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VIEWSヴューズ 1994年11月号編集

何が、誰がロイヤルカップルを苦しめる 皇太子と雅子妃「苦悩の結婚16ヶ月」 文:高山文彦編集

・大雑把なまとめ
静養帰りに窓にもたれて爆睡する雅子
ナルの学友とはほとんど交流しない雅子
皇族に嫌悪感を持ち無表情に接する雅子
…を、注意一つできない「石のように動かない皇太子」徳仁
こういう光景を不用意に目撃されていることから「不仲説」がながれるのだろう
小和田雅子を皇太子に嫁がせることを望んでいたのは、野心を抱く父恒氏ではなかったか
婚約による大赦で犯罪者は赦されたが、水俣の被害者の霊をなぐさめない雅子
外務省時代の雅子:「包括協議では一ヶ月泊まり込んで調整をやったこともある。けれども彼女はのんびりしているというのかマイペースというのか、一人2時3時を過ぎても黙々と仕事をしているんです」(元上司)
江頭豊は水俣病に直接関係なしというが、彼の就任時代が一番被害が拡大していた。東宮夫妻は水俣に慰霊に行くべき。
〆は
「諸外国への戦後補償にあけくれたところで、足元の自国の民のこころが癒されない限り、日本の戦後は終わらない。なおさらそれが天皇家の政治利用(※小和田の政治的野心に前段で触れている)によっておこなわれつづけるのなら、人々のこころは天皇家から離れていくばかりだ。政治の狙いがじつはそこにこそあるのだとしたら、皇太子と雅子妃の姿がどことなく陰影をおびているわけもわかる。
『天皇家の在り方についての国民的な議論を、皇太子殿下はのぞまれているはずです』
21世紀の天皇家は、いま寒々とした荒野に立たされている。

当VIEWS記事の読みどころ「静養帰りに目撃された車中爆睡雅子」(p.31)引用編集

p.31より引用
 それは、ちょっと信じがたい光景だったという。
 ことし(1994年)七月六日の夕方、ある皇室ウォッチャーは、横浜市内を東京方面へむけて走る第三京浜の保土ヶ谷インターチェンジ近くのドライブインで、友人とくつろいでいた。
 そこには、どういうわけか警備警官の姿があった。なにごとかとたずねてみると、葉山の御用邸で静養を終えた皇太子夫妻がもうすぐここを通る、という返事。彼はできるかぎり道路ぎわまで行き、車がやって来るのを待った。
 まもなく皇太子夫妻を乗せた黒塗りの車が、疾風のごとく近づいてきた。
 進行方向右側の後部座席は皇太子の席、左側は皇太子妃の席と決まっている。立っている位置からみると、車はすぐ手前の車線を右から左に通りぬけていく。だから、左座席に座っている雅子妃の姿がもっとも近くにみえ、皇太子の姿はその向こうにみることができる。
 そのとき彼はわが眼を疑った。
雅子妃は寝ておられたのです。おどろいたのはその寝姿でした。左後頭部を車の窓ガラスにもたせかけ、そのために、からだ全体は大きく斜めになって、崩れるように寝ておられた。皇太子は居ずまいを正して座っておられたのですが……。おなじ車両には運転手と侍従も乗っているわけですからね。疲労の度は極限にまで達していたのでしょうか」
 七月四日から二泊三日で神奈川県葉山町の御用邸で静養した皇太子夫妻は、一歩も外にでなかった。人目を気にする必要もないので、十分休養になったはずだとおもわれていたのだが、帰りの車のなかの雅子妃の寝姿からは、疲労の堆積が感じられた。
 それにしても周囲の眼を考えれば、皇太子から注意をうながすことはあってもいいとおもわれるのだが、彼はじっと正面を見据えたまま黙っている。
 結婚十六ヶ月、まだ杳として世継ぎ誕生の知らせはきこえず、昏々と眠りつづける雅子妃と、石のように動かない皇太子――。


居眠り】参照。

当VIEWS記事の読みどころ「女は、男から言ってきてくれるのを待つしかないんです。雅子が思い悩んでいるのを、みていられない」小和田恒(p.32)引用編集

 ふたりのそんな姿は、単なる夫婦関係の問題というだけでなく、自分たちではとても抗しきれないある“力”の存在に気づき、それに必死に耐えているようにさえおもわれる。というのも婚約が決まる過程をもう一度洗いなおしていくうちに、じつに「皇太子の片思い」というこれまでの純愛ラブストーリーとはまったくちがった流れが、浮かびあがってきたからである。
 皇太子は雅子妃との結婚について、思い悩んでいた。結婚をのぞんでいたのは、むしろ雅子妃の父、当時外務省事務次官だった小和田恒氏ではなかったか。
 二年まえの一九九二年秋、全国民がお妃選びに注目しているまっただなかで、天皇と小和田家のあいだを行き来し、メッセンジャーをつとめたある福祉団体役員の証言によれば、彼が小和田氏に会ったとき、
「陛下が皇太子殿下のご結婚を気にしている」
 と伝えると、小和国氏は顔を曇らせ、うつむき加減になって、こう漏らしたという。
「殿下は帝王学に徹しすぎますよ。女は、男から言ってきてくれるのを待つしかないんです。雅子が思い悩んでいるのを、みていられない
 皇太子自身がはっきりとプロポーズをすれば、小和田雅子はそれを受けいれる用意がある、とこの人物は受けとめた。
 その一ヵ月まえに、彼は天皇に会っている。そのとき天皇は、
「小和田雅子さんという方は、どういう方か。皇太子の気持ちは、どうも小和田雅子さんらしい」
 と胸中をあかした。そして、
「外務省次官の娘さんであれば、こちらとしても結構な話だとおもうが」
 と話した。
 この人物は、この時、小和田雅子さんが本命であることを確信したという。その上で小和田恒氏と会ったのだが、その直前、小和田氏本人が直接、天皇と会い、ふたりきりで結婚について話し合う機会をもったと彼は語る。
「表向きは外務省次官が世界情勢の激変について、ご進講するということでした。しかし、中身はまったくちがう。皇太子殿下と雅子さんの結婚話が、二時間以上も交わされたときいています」
 家長どうしの突っこんだ話し合いが行われていたというのである。
 そのころまでに二百人ともいわれるお妃候補が、浮かんでは消えた。お妃選びのメンバーであったある人物は、天皇と小和田氏の話し合いがおこなわれる一年近くもまえに、お妃選びが特定の流れに向かっていることに気づいていたという。
「結論からいえば、はじめから雅子さんありき、だったのです。ただ、その時点では、雅子さんのことには気づきませんでした。
 ひとつの決まった流れが存在しているということに気がついたのは、私と同じお妃選びのメンバーが突然、その任務からおりると言いだしたときでした」
 引きとめるためにでかけていった彼は、逆に相手から、じつに意味深長なことばでさとされた。
「お妃選びから、きみも手を引いたほうがいいよ。もう流れは決まっているんだから」


小和田恒】参照。

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