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お妃候補前編集

小和田雅子がお妃候補になる前のエピソード
この頃の話を持ち出すのはちょっと可哀想ですが、雅子の性格を理解する上での参考までに。
  • アメリカ公立小学校1年生時期、おにぎり弁当に箸を入れ忘れた当時の小和田家お手伝いさん(井上道子さん)をひどく怒る事件
『週刊女性増刊1993年3月3日号永久保存版 皇太子さま貫かれた初恋 佳麗雅子さんとご婚約』
特別寄稿 元お手伝いさんが語ってくれた幼少時代のマーちゃん秘話 秋本誠(ジャーナリスト) pp.156-157より引用
 ところで、雅子さんの幼少時代は、ほとんど海外生活。ご両親以外で、雅子さんの幼少期を知る人は少なかった。おそらくご両親以外でいちばんよく知っているのは、雅子さんが生後9か月のときから7歳2か月までの約6年の間、小和田家のお手伝いさんとして身近に接してきた井上道子さん(44歳・千葉県在住)である。
「マーちゃんは活発でおしゃまさんでしたね。それに動物好きで、散歩中に犬を見ると、ちょこちょこ寄って行って頭を撫でたりして、目の離せないお子様でした」
 井上さんは、20年以上も前の思い出を懐かしそうに話し始める。
 井上さんと雅子さんとの出会いは、29年前の昭和39年9月。
 井上さん16歳、雅子さん生後9か月のときである。
・・中略・・
 当然、子供らしいわがままもあった。
雅子さんがニューヨークの公立小学校に入ると、お昼は、学校給食、お弁当、それに帰宅しての食事と3通りあったが、家が遠かったことからお弁当を持参した。
「ご飯は食べやすいように、おにぎりにしたんですが、ハシを入れなかった。でも、日本人はおにぎりを手でつかんで食べるので、友達に汚いといわれたらしく、ちゃんとハシを入れてと注文しました。ところが私が忘れてしまい、マーちゃんにひどく怒られたことがあります」
  • しかいし作文事件
  • 伝蓋小学校2年生での中途編入不合格事件
  • 伝蓋小学校3年生での中途編入にまつわる、双子妹・礼子&節子が合格したオマケで入学できた?疑惑事件
  • 小学生の頃、自分のお尻につぶされた虫を見て雅子が「(押し花を意識して)押し虫ね」発言事件
  • 学校のドッジボールで思いっきりボールを級友にぶつけていて、婚約時期当時のボールをぶつけられた元同級生に「痛かったんですよ」と態々証言されるぐらい、まるでダンスィ並み張り切り事件
『小和田雅子さん素顔の29年』永井雄一、データハウス(1993年) p.70より引用
 友人が語る言葉のなかから、その共通項を引き出してみると、
「スポーツ万能で勉強もできる、非のうちどころがないひと」
 ということになる。
 ドッジボールが得意で
「オワにボールをぶつけられると痛い」
 と同級生たちは逃げ回った。運動神経はバツグンだった。
『雅子さま 殿下の愛に守られて』江森敬治、集英社(2001年)
pp.68-69より引用(注:末尾に何故か二重括弧の片方だけがあるが原文ママ)
 校内の球技大会でも、雅子さまが入っているグループは必ず優勝するという“伝説”もあった。だが、決して目立つ存在ではなかったというのが、当時のクラスメートの“雅子さま評”。
「ドッジボールでもオワはエースでした。ただ、最初から攻めまくるタイプではなくて、当てられてみんなが“外野”にまわってから、いよいよ前にでてくるんです。結果的には、オワだけは最後まで当てられずにしぶとく残るというタイプだったと思います。さりげなくて、そして頼りになるのがあのころのオワでした。でも……ドッジボールでオワにぶつけられると痛かったんですよ」》
  • 樽ネズミ事件
  • 小学校卒業文集でコジュケイの剥製作りが最大の思い出と記した事件
  • 巨人軍の高田繁選手追っかけグルーピー多摩川ギャルだった事件
  • 巨人の代打・原田治明選手と夜の六本木でツーショット、どこまでの関係かは未だ謎事件【原田治明】、【原久美
  • 巨人軍原田治明とはまた別に、大洋ホエールズの長崎啓二選手までどうたぶらかしたのか、大洋の練習グラウンドで長崎ファンだった友人原久美に雅子が「こちら大洋の長崎さん」と引き合わせるという、1950年生まれ13歳年長である長崎選手に対しほとんど彼女気取りの振る舞いをしていた事件
『週刊文春』2001年12月13号<総力特集雅子妃ご出産 初めて明かされるとっておきの十大秘話> p.49より引用
【密かに応援していた選手】原久美さん
 雅子妃と「オワ(雅子さまの学生時代の愛称)」「クミ」と呼び合う田園調布雙葉時代からの親友。ボサノヴァ歌手。
「仲良くなったのは中学生の時です。ふたりとも巨人ファンで、よく多摩川に練習を見に行きました。妃殿下が巨人の高田選手のファンだったことは有名な話ですが、実は一人で密かに大洋(当時、現横浜)の長崎選手の応援にも行ってたんです。ある日突然、『ちょっとつきあって』と川向こうの大洋のグラウンドに連れていかれたのですが、『こちら大洋の長崎さん』と紹介されて、驚きました。そんな行動力もある方でした。
  • リングネームは「ナンシー雅子」事件
  • 友人にテスト結果通知への保護者サインの代筆を頼まれ、バレても先生に言い返した事件
  • 学校の活動中にみたらし団子買い食い事件
  • スカートめくりが流行った時、率先してそのいたずらをやっていた事件
  • 中学二年の秋、学校の文化教室で京都へ二泊三日旅行、消灯後の部屋で雅子は、缶詰やパン、マヨネーズなどを広げ“宴会”を開き、真面目な友人たちがハラハラドキドキしている中で雅子だけは堂々としていて、肝っ玉の座った人だなあと周囲に印象付ける事件
  • 中学三年のとき、世田谷区のソフトボール大会で優勝したのはよかったが、優勝カップにジュースを注いで回し飲みをするという、優勝の象徴をグラスと同一視でご機嫌事件
  • キリスト教カトリック系である田園調布雙葉学園中学の夏休み宗教合宿にて、信者でないのにキリストの血肉の象徴であるワインとパン=ホスチアいたずらで盗み食い、挙句「こんなまずいものだったら食べなければよかった」と言い放つ、現在のgdgdにもつながる食欲優先宗教精神完全欠落事件
Part1574-67奥様発掘:『皇室アルバムvol.11 ご成婚特別号 世紀のロイヤルウエディング皇太子殿下と雅子さま』学習研究社(1993年発行)
ご結婚によせて 田園調布雙葉学園の学友が語る 小学校・中学校時代の雅子さん p.177より引用(注:画像提供奥様の説明では「p117」となっているが、正しい現物頁は「p.177」である)
村岡(ルリ子さん)
夏休みの宗教合宿でもよくみんないたずらしてましたね。信者でなければ食べられないワインをつけたパンを食べてしまったり……。まずいんですけどね。こんなまずいものだったら食べなければよかったなんて、二人で話したこともありました。あれも中学の時でした。
  • 中学3年のときの現代国語の授業が始まる前の黒板に、“現代国語は体育に変更になりました”と書いて、生徒全員で窓側のベランダに隠れての授業開始妨害に中心となって関わる。体育のため着替えたように、机の上に風呂敷のようなものまで置いて完璧にカムフラージュを施すという、いくらなんでも悪質度が高すぎるいたずら事件
  • あらかじめ録音しておいた非常ベルのテープを授業中に鳴らして“火事だ、火事だ”と大騒ぎ、ほとんど学級崩壊状態の洒落にならない悪質授業妨害いたずら事件
  • 中学の修学旅行で「急病人が出た」と嘘を吐いてツアコンを呼びだし部屋に閉じ込めたいたずら事件
  • 高校生にもなって授業中友達の背中に消しゴムのかすを入れたりするようないたずらをよくしていた事件
  • 伝蓋高校1年のソフトボール部夏合宿で、部員たちとの意見の対立から雅子一人だけが家に帰ってしまい、後に母小和田優美子が一緒にアイスクリームを持参して部員たちとの仲をとりなす事件
  • 高校1年1学期の7月、小和田一家が渡米によりクラスでお別れ会開催、その場で何故か雅子はドイツ語の詩を朗読してみせる事件
  • ボストンのベルモントハイスクールで周囲からつけられた雅子のあだ名が「ブレイン」、本人は「頭が良い」という意味だと思い込んでたかもしれないが、実はアメリカ文化におけるLoserあだ名だった事件
  • 小学5年生の時体育の先生から貰った飼い犬「プッチー」、高校1年の小和田一家渡米時に連れて行けず親戚宅に預かってもらうも、『以来帰国したときには、「プッチー」に会っても必ずお別れを経験しなくてはならないため、あえて会わない方を選んだという』超薄情事件
  • 渡米後も文通を続けていた伝蓋時代の友達原久美に、「こちら(=ハーバード大)の優秀な学生についていくには一日十数時間勉強しなければならない。もう返事は書けない」とアメリカから文通お断りエアメール事件
『週刊文春』2001年12月13号<総力特集雅子妃ご出産 初めて明かされるとっておきの十大秘話> p.50より引用
【密かに応援していた選手】原久美さん
 雅子妃と「オワ(雅子さまの学生時代の愛称)」「クミ」と呼び合う田園調布雙葉時代からの親友。ボサノヴァ歌手
 高校でボストンに行った彼女と文通を続けましたが、ある日、『こちらの優秀な学生についていくには一日十数時間勉強しなければならない。もう返事は書けない』という手紙が来ました。彼女はハーバード大に入学し、帰国後外交官試験に合格、交換日記に『国際的な視野にたった仕事がしたい』と書いていた通り、目標を達成した彼女を私は尊敬していました。ご結婚されると聞いた時、個人的には、これからもう会えないし、失恋に近いような、絶望的な別れ、という気分でした。でも今年三月の同窓会で、七年ぶりに再会したら、妃殿下の表情が私のわだかまりを吹き飛ばしてくれました。
  • 東大生があんまり勉強しないのに驚いて、「ハーバードでは皆死ぬほど勉強するのよ」発言事件
  • 元ボーイフレンドのデビッド・カオが小和田雅子のトップレス写真所持疑惑事件

お妃候補~婚約時代編集

外務省入省内定しただけなのに異常なまでのマスコミ露出編集

東大在学中、外務省入省前から異常なまでにマスコミ露出。ほどなく浩宮妃候補と騒がれだす。
  • 東大在学中、写真誌『FOCUS』の取材を撮影場所に自宅コンクリ御殿を提供までして、中庭でイコン美術書傍らにポーズとったり台所でウインナー炒め姿等、144枚もの異様すぎる大量撮影事件
  • 浩宮と小和田雅子が全く同じ『FOCUS』1986/10/17号に掲載され、その発売の翌週スペイン・エレナ王女レセプションパーティーで二人が出会う、偶然にしてはあまりに出来すぎな「運命の出会い」事件
  • 「浩宮さまっておえらいの?」発言事件
  • 1987年4月25日高円宮邸での夕食会に招かれ、同じく招待されていた浩宮とツーショット、偶然にしてはあまりに出来すぎな「運命の再会」事件
『美智子さまから雅子さまへ プリンセスへの道』河原敏明、ネスコ(1993年) pp.65-66より引用
 入省して三週間目の四月二十五日に、雅子さまは高円宮邸に一人招かれる。高円宮ご夫妻と浩宮、雅子さまの四人だけだった。英国人カップルも招かれていたが、「都合で欠席」とされた。
 お二人は、高円宮夫妻とともに会食した。浩宮は、同年三月に訪問したネパール、ブータン、インドのアルバムを用意していた。写真は浩宮がご自分で撮ったものである。
・・中略・・
 話ははずみ、たった四人のホームパーティは、数時間にもおよんだ。雅子さまがその日帰宅したのは、夜遅くなってからだった。
  • 高円宮邸夕食会をきっかけにお妃候補として名前が挙がった当時、「彼(皇太子)に興味をもたれるのはイライラする」と友人に漏らした事件
  • 路上でマスコミカメラマンを指差し恫喝事件
  • 駅の反対ホームから記者にカメラを向けられて、全力疾走でそのホームに突進、記者の胸倉をつかんで揺すぶり「フィルムを出してください!!」と抗議事件【指差し恫喝
  • 取材記者に向かって舌打ちしながら明らかに「馬鹿野郎」と小声で吐き捨てた事件(『SPA!』1993/2/10号「神なき国のガリバー」by田中康夫より)
  • 「マスコミって蛆虫みたい」と同僚にこぼし、駅ではタートルネックで顔を隠すほど神経質なマスコミ嫌い事件
  • 皇太子妃候補として取り沙汰されだした小和田雅子を取材しようとマスコミがあの手この手、朝日新聞社の斉藤智子記者が食事(間違いなく全費用は取材側持ち)を餌に接触を試み、それにマスコミを嫌ってるはずの雅子が平気で16回も食いつく事件【大食い雅子さま
『週刊女性』1993年6月29日御成婚記念号 p.68より引用
社命で雅子さまとデート。焼き鳥屋や映画に誘って…
 新聞社も雅子さまの取材となると“仁義なき戦い”――。ある新聞社など昭和62年12月から平成元年11月まで、第3社会面で企画物を掲載。
「殿下への雅子さまの気持ちを確認しろ。友達になれ」
と社命が下っていた。担当になったのは女性記者。電話をかけるのは当然だが、花束を贈ったり、手紙を書いたり、映画へも。
「いろんな口実を作って、16回も一緒に食事に出かけてた。焼き鳥屋、イタメシ、オムレツ店等……とにかく自分をアピールするので一生懸命」
その女性記者は「女性を誘うときの男性の気持ちがわかった」と……。
  • 取材記者に向かって「あんな家には行かない」と声を荒らげ発言事件
『噂の真相』1993年3月号 p.27より引用
 実際小和田雅子はお妃になる意思のないことを自ら表明してもいる。オックスフォード大留学中の89年9月、日本から追いかけてきたマスコミ数社を前に即席の会見を開き、「わたくしはお妃問題には関係していません、ずっと外務省職員として生きていく」と語ったのはよく知られた話だが、実は、彼女はこの公になっているコメント以外にもっと強烈な台詞を発したこともあるという。
「一時たりとも活字になっていませんが、小和田さんは留学前の88年、ある新聞記者の執拗な取材に声を荒らげて『あんな家にはいかない』と答えてるんです。ちょうど報道陣に『名刺を見せなさい』と詰めよるなど、取材攻勢に神経を尖らせていた時期ですから、ついホンネが出ちゃったんじゃないですか。当時、この発言は記者連中の間でもかなり話題になりましたね」(もと宮内庁詰記者)
  • 英国からの帰国後も続く取材攻勢に、40代の温厚なベテラン記者が差し出した名刺を目の前で破り捨てた事件≪選択2014年1月号≫
  • 自宅に遊びに来た妹の友達に、皇太子のことを「本当は大っ嫌いなのよっ!!!」と吐き捨てるように断言した事件(2ch書き込み)
  • 皇太子妃候補で騒がれ始めたころ、父方祖父・江頭豊が社長を務めていた水俣病原因企業チッソが取り上げられ「おじいちゃまのことが悪く言われるの」と周囲に愚痴って、祖父はなんにも悪くないと本気で思ってたらしい事件
  • 横断歩道で取材を試みるレポーターを妹と一緒にクスクス嘲笑う事件
  • 六本木でブイブイ言わせていて婚約発表の前には泣き崩れていた事件(2ch書き込み)
  • 「よく自宅近くのコンビニで女性週刊誌を立ち読みしていた」by近所に住む小林よしのり目撃事件
  • デートに同席した皇太子の御学友・賀陽正憲氏から、もう少し周囲の雰囲気を考えることを勉強なさった方がよいと思うとコメントされた事件
  • 一時期服の上から臍穴の場所が分かるほどピチピチ激太りだったのが、浩宮との婚約にこぎつける時期には一応すらっとした体型へダイエットに励む事件

外務省でのご活躍についての評判編集

  • 1987年4月1日外務省入省、幹部を父に持つ小和田雅子一人だけ初日から、前身ごろに大胆な白い切り替えデザインが入った目立つ衣装でお出まし、なんとこれは友人の結婚式に着ていくような衣装だった事件
参照画像:1987年4月1日 文京区・旧外務省研修所にて入省記念写真撮影、皆が灰色・紺色系統スーツ姿の中で小和田雅子だけがただ一人大きく目立つ白切り替えデザインツーピース衣装。両親ともに彼女が家を出る前に注意しなかったのか不思議でならない光景
1987年5月5日 田園調布雙葉学園時代の友人の結婚式で、同年4月1日外務省入省時と同じ服を着ている雅子
  • 職場外務省でも周囲に誰がいようが「お父様」けじめなし事件
  • 外務省研修所での研修に遅刻、小走りで駆け込む事件
  • カラオケ十八番は表向きは山口百恵「いい日旅立ち」だけど、実のところはテレサ・テン「愛人」事件
  • オックスフォード国費留学前の送迎会、大勢の見送りの友人たちの前にて「フンドシを締め直して勉強しなくちゃ」品なし発言事件
  • オックスフォード大学院国費留学中、ボート部に入ってみるものの「水にぬれ風邪をこじらせた」との訳が分からない理由で僅か半年後に退部事件
  • そのオックスフォード国費留学、2年間丸々過ごしたのに同期研修留学の中でただ一人修士号取得失敗事件【学歴ロンダリング
  • 外務省時代、後輩や部下に「こんな事も出来ないの!」だの翻訳が遅いだの高飛車に命令して嫌われていた事件
  • 小和田恒閣下御威光の内規違反自家用車カローラII通勤事件【運転免許証
  • (外務省の人の話)雅子さんは動作がすべてゆ~っくりでしかも30分おきくらいにトイレで化粧直しをしにいくので周りはすげ~苛々させられてた事件
  • 何を考えているか解らないので「ブラックボックスというあだ名がついていた」事件
  • ある新聞記者の談話「雅子妃は仕事はできるし、官僚としての事務処理能力は確かに優れていたが、外交官として大切な人脈作りは得意ではなかった。友人が少なく内向的な性格でマジメで融通が利かず原則論に固執する癖がある」
  • 別の省庁官僚と仕事をしたとき関係ない英文資料もドサドサ渡し「これくらいで驚いちゃ困ります」と馬鹿にした事件(2ch書き込み)
  • 別の省庁の官僚が外務省に会議に来て資料が足りずコピーを取ってたら「よその省庁の方が勝手にここのコピー機を使用しないでください!」とヒステリックに怒鳴った事件(2ch書き込み)
  • 「高慢ちきな鼻持ちならない女」と外務省担当記者の評判(2ch書き込み)
  • 営業時間外に外務省内の食堂に来て「コーヒーぐらい出せるでしょう!」と吐き捨てた事件(2ch書き込み)

皇太子・小和田雅子婚約内定記者会見エピソード編集

皇太子・小和田雅子婚約内定記者会見ページも参照されたい。
  • 1992年GW時点で既に伝蓋旧友・土川純代さん一家協力の下、限りなくやらせと思われる「超キャリアウーマン小和田雅子さんってば実は子供好きで家庭的な女性なの」プロモーションビデオ撮影、婚約内定会見当日にNHKで全国放映事件
  • 婚約発表に際し靴をオーダーメイドするものの、靴デザイナー河村龍介氏になんとそれまで履いていた既製品靴を渡して製作させ、後に「靴のフィッティングがぴったりいっていないように思われますが」と文句をつけるオーダーメイドする意味が全く理解できていない事件、また靴の採寸最中に飼い犬ショコラをうろちょろさせる非常識事件【甲の肉
  • 婚約内定会見にて徳仁直接話法として自分を「雅子さん」呼ばわり:「私に対して、『皇室に入られるということには、いろいろな不安や心配がおありでしょうけれども、雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから』というふうにおっしゃってくださいました」と、今後何があっても私を守れよゴルァと全世界を証人として言質取りする事件
  • 婚約会見で皇太子よりも長く話した事件
  • 全世界公式会見で「一言付け加えさせていただく」発言事件
  • 全世界公式会見で「いい人生だったと振り返れるようにしたい」、“ら”抜き発言事件
  • 「殿下に幸せになっていただきたい」上から目線発言事件【言質
  • 「殿下は人間が出来てらっしゃる」上から目線発言事件【浜尾実
  • オーケストラ人数分出産拒否事件【言質
  • 婚約会見で仕事を辞めることに悔いはございませんと抜かしつつ皇室外交やらせろ矛盾発言事件


婚約発表後編集

  • 皇室で外交をして参ります発言事件
  • お妃教育で神道を学ぶのになぜか英語の本(ザ・ワールド・オブ・シントー)を教材として求めた事件
  • めでたい記念に小和田家が注文した仕出しのふぐ料理に知人共々舌鼓、そのフグの皿をなんと返却せずガメてしまう事件
  • 婚約正式締結となる納采の儀でお扇子ド真ん中挿し事件
  • 桐箪笥として用を成さぬ、たいそう下品な金箔箪笥事件
  • 田崎真珠から高級九ミリ玉二連真珠ネックレス(推定500万円)を軽率にも貰ってしまう事件(後返却)
  • 「好きな食べもの=サラダ」「得意な料理=風呂吹き大根」「酒量=ワイン少々、ブランデーケーキでも顔が赤くなるぐらい」「習い事=茶道」「体重51キロ」etc.と嘘てんこ盛りのプロフィール流布事件【釣書き
  • 義妹となる紀宮殿下が平成5年誕生日発表文書にて、秋篠宮妃となった川嶋紀子さんの時と比較して、明らかに小和田雅子に対し距離を置いたクールな態度を取る事件
Part530-20奥様ご紹介、扶桑社『皇室Our Imperial Family』第29号平成17年冬紀宮殿下ご結婚記念号より
・川嶋紀子さんに対して(平成2年4月16日、21歳お誕生日の記者会見より)
「川嶋さんは本当にすんなりと私たち家族のなかに溶け込まれて、このたびのお二人のご婚約は、大変自然なもののように感じました。川嶋さんとお会いになった方は、あの温かな雰囲気に心が和むのをお感じになると思いますが、同時に、芯に大変しっかりしたものをお持ちになり、物事を慎重に深く、お考えになる方だと思います。これからご一緒に両陛下をお助けしながら仕事をしていく上でも、これからの生活の上でも、私が川嶋さんから教えていただくものがたくさんあることでしょうし、また、私の方でも何かお役に立つことがございましたならば、喜んでしたいと思っております」
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・小和田雅子に対して(平成5年4月18日、24歳お誕生日の文書ご回答より)
「(雅子さんとは)まだゆっくりとお話をする機会はございませんが、自分をしっかりと持っていらっしゃり、ユーモアのある楽しい方のように拝見しております。頼もしい姉二人を持つことが出来て大変心強く思っております」

入内後~愛子誕生前編集

  • 今上陛下(皇太子時代)正田美智子嬢ご成婚記念切手完売にあやかり、徳仁雅子結婚記念切手が製作されるも「関係筋から雅子さまのしわや目の大きさについてクレーム」がついたことにより発行期日に間に合わず、クレームつけた関係筋ってどう考えても雅子サイドだろ事件
『週刊文春』2014年1月2・9日新年特大号より引用

「皇太子さまと雅子さまのご成婚時にも記念切手は作られたのですが、関係筋から雅子さまのしわや目の大きさについてクレームがついた。印刷の版式も凸版からグラビアに変えたりしたので、結局ご成婚には間に合いませんでした」(切手の博物館元副部長 内藤陽介氏)

『女性自身』1994年6月13日号増刊 新妻・雅子さま輝いて「愛の一年」<おーっと、イッキに杯をキュッ!>(上画像)
  • 森村桂さんの作ってくれたケーキをマスコミ披露前に食べてしまい、再度森村さんに作り直させた事件【桂よ。わが愛・その死
  • 入内直後から皇室内でわからないことを“ド庶民”の実母・小和田優美子に聞く事件
  • 嫁入り早々、宮内庁職員をあごで使って総スカンを食らった事件
  • 公務で壇上堂々居眠り事件
  • 1993年7月20日明治神宮参拝、石段を上る際にローブモンタントの裾踏んづけ]事件
『女性セブン別冊1996年6月5日号 皇太子さま雅子さま「ご成婚3周年記念」麗しのプリンセス』より<明治神宮のぬれた石段を上る雅子さまのヒールは5cm、参拝服のすそがちょっと…。><アッという間もなくすそを踏まれてが、そのときあわてず、騒がず…。>の説明入り画像
1993年7月20日 明治神宮参拝、「足下にご注意!」ドレスの裾踏みつけ雅子(右画像)
  • 1993年8月小和田家コンクリ御殿里帰り、飼い犬ショコラとマスコミカメラ前で堂々ベロチューキス事件
  • 1993年8月25日八大行啓の一つである全国農業青年交換大会にて、帽子を着用しないカジュアルスタイルで出席、雅子流「ファッション改革」事件
『女性自身』1993年9月14日号<滋賀県のご公務で気配りTPO雅子さまショルダーバッグとお帽子なしのファッション改革!>グラビア記事。文面ではマンセーしているが、主要公務での女性皇族無帽姿がいかに異例なことなのかが窺えるキャプション文面である。
  • 1993年10月15日初出席の園遊会にて、世界陸上選手権女子マラソンで優勝した浅利純子選手に対して「殿下と夕食をとりながらテレビを見てたのよ。」品に欠ける夕食光景を自ら話して聞かせる事件
『週刊新潮』1993年10月28日号<雅子さま初めての園遊会>モノクログラビア記事
  • 両陛下や秋篠宮ご一家と中華料理の食事会をするとき、紀宮殿下はかいがいしく皆の分を皿に取り分けたりなさるのに、雅子はぼんやりしたまま何もしない事件
  • 御料牧場の牛乳(「63度30分」低音殺菌瓶牛乳)は口に合わないと拒否、自分用を買いに行かせる事件
『週刊現代』2004年6月19日号<新聞テレビが報じない「浩宮の乱」 宮内庁はスパイなのか> p.30より引用
「両陛下や秋篠宮ご一家とご一緒に食事をなさる機会もよくあるんですが、中華料理のときなど紀宮さまが、みんなの分を皿に取り分けていらっしゃるのに、どうしたものか雅子妃はボンヤリとして何もなさろうとしない」
「皇室で使っている御料牧場でとれた牛乳が雅子妃はどうも苦手のようで、市販の牛乳を飲まれている」
 宮内庁担当記者らが取材に動くと、この類のマイナスのエピソードを聞かされることになる。その結果、記事のなかに、どうしても雅子妃に対する批判めいたトーンが反映してしまうことがある。
 体調がすぐれず夜なかなか寝付けないのに、早起きしないといけないと批判されるのは理屈に合わないし、御料牧場の牛乳を飲まないのは、持病であるアレルギーの症状が悪化するため、というのが理由だ。もとより完璧な人間などいないだろう。
『選択』2015年4月号<宮中取材余話 皇室の風(連載80) 二君に事えるということ(岩井克己)>記事

p.89より引用
 最も面食らったのは、同年六月の皇太子結婚から半年も経たない頃のことだ。
「皇太子妃もだいぶ皇室に慣れてこられたのではないですか」と(補足:昭和最後の侍従長である山本悟氏に)話しかけると、山本はしばし沈黙のあと「この結婚は失敗だった」と言ったのである

  • 結婚半年で早速ダイエットのリバウンド、皇室取材記者からは「ひょっとしておめでた?」妊婦と間違われるほど出腹事件【ふっくら
  • 婚約内定一周年会見で「一言付け加えるといたしましたら,依然としてオーケストラは考えておりませんということでございましょうか」と、一言付け加えさせていただく事件再び、そしてオーケストラ人数分出産再拒否事件
  • 1994年6月徳仁雅子が奥多摩登山、「昼食は雅子さまお手製のおにぎり」と宮内庁が説明したけど、実際は業者から買ったおにぎりだった事件
『噂の真相』 1995年10月号 p.29より引用
 昨年の6月、皇太子夫妻は結婚後、初めて二人揃って奥多摩に登山に出掛け、一部のマスコミが 「雅子さまの愛情が篭もった手作りのオニギリで昼食を」 とその仲睦まじさを報じたことがある。しかし実はこのオニギリ、雅子の「手作り」などではなく、宮内庁が出入りの業者から買い入れたものだったのである。
「宮内庁としてもこの時、雅子妃に手作り弁当を作ってもらい、マスコミにPRしたがっていたんですが、なぜかそれが実現しなかった。ある関係者がお二人の関係は手作り弁当というようなホノボノとしたものじゃないからな、と洩らしていました」 (宮内庁記者)
『週刊新潮』2012年1月5・12日新年特大号<雅子さまに御された「東宮」のラスプーチン> p.27より引用
 さきに本誌は、ご病状が「適応障害」には当たらず、他罰的感情をその特徴とする「ディスチミア症候群」ではないかと報じた。事実、そうしたお振る舞いは長期療養に入られる2003年以前、さらに言えばご成婚直後から見受けられたという。さる東宮職OBによれば、
「ご懐妊の兆しが見える数年前、東宮ご夫妻が揃ってある地方都市を視察されたことがありました。土地の産業や地域の過疎化などについて、県や市の幹部と意見交換し、食事をともにされたのですが、後日、妃殿下は『ああいう集まりには、もう二度と出席したいとは思いません』と仰せになったのです」
 このOBが当時、耳を疑ったのは言うまでもない。
「つまりは、現在のご自分とお暮らしとは直接に関係がないことだというようなご趣旨だったのですが、皇族のお立場というものについて、根本的にご理解が異なっているのではないか、という違和感を強く覚えたことを記憶しています」
  • 皇太子の友人や皇室関係者との会食出席を拒否。皇太子一人で対応事件
  • 1997年またも東宮御所5億8000万円公室棟改修(耐震補強工事・[車椅子用リフト設置]等、バリアフリー化)、母方祖父江頭豊が遊びに来るのに便利にするためじゃないか?事件
  • 1997年徳仁雅子裏磐梯静養で、夫徳仁の友人・乃万暢敏一家が近くで静養していたので共に夕食。後日「磐梯でお子様を…と思っていたのに邪魔をしに来た家族がいる」という愚痴が乃万氏に漏れる事件
Part2606-283 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2013/06/12(水) 00:38:37.85 ID:NQ92jKpE0
今さらですみません。
週刊女性が出した誤成婚本「雅子さま 愛と絆の20年」に載ってたナル学友の話が本当に意味わかりません。
 
初等科からの学友・乃万暢敏(のまのぶとし)氏の寄稿。
97年の夏にナルマサが裏磐梯で静養した時、乃間氏一家も近くで静養してたから
ナルマサのホテルに招待され夕食を共にした。焼肉レストランのカウンターに横1列に並んで
食事したが、雅子さまは息子(小5)にとても気を配ってくれた。
楽しい時間を過ごしたのに、後日その静養について、ある東宮職関係者が
「磐梯でお子様を…と思っていたのに邪魔をしに来た家族がいる」と言っている
という話を聞き、愕然とした。殿下にそれとなく話したら殿下も驚いておられ、
激怒した(←職員に対して?)(←これは私のツッコミです)と伺った。
すでにこの頃から東宮職との関係がぎくしゃくしていたのではないか。
 
というエピ。
おめでたい20年本なのに、何でこんな後味悪い話題を持ち出したんだろう?
 
というか、夫の友人家族を「静養の邪魔しにきた」と断罪するのは雅子氏本人じゃないかと思うけどね。
表面は子供の世話焼いたりいい妻ぶってみたけど、そのあとドッと疲れてナルに
「気を使って疲れた」とか「休みを邪魔しに来やがって」とか当たってても驚かない。
  • 公務のない日は自分の部屋に篭りきり事件
  • ヨルダン国王の葬儀に参列できて有難かった^^失言事件(宮内庁公式情報)
  • 700万プラチナフルート事件
  • 高知県知事によると「雅子さんは結婚一年目から外交ができないと悩んでた」事件
  • 外務省直行便3000万ワインセラー建築事件
  • オーケストラ演奏中に途中入場事件
  • 2002年皇太子妃記者会見でまさか皇室に入ろうとは夢にも思っていなかった ブヒヒヒぃ~ンンwと、下卑た笑いをして反皇室発言をした事件
  • 脳内モルヒネ発言事件
  • 「検査の苦しさよりも私が子供を産める身体だと両陛下にご理解をいただいてほっと致しました」夫皇太子に男性不妊責任擦り付け発言事件≪文藝春秋2004年7月号友納尚子記事≫
  • 豊葦原瑞穂乃國を統べる皇室に嫁に入って、どっかの公務で稲の成育の話に無関心だった事件
  • 車の乗り降りのとき皇太子を優先にする行動が注意されても出来なかった事件
  • 1998年8月石川県加賀市での梨狩りにて、夫徳仁が落としたナシを拾おうともせず、そのまま夫に拾わせ籠に入れさせる事件(当該場面映像キャプチャ連結画像
参考ようつべ:雅子さま1989-2000 ttp://www.youtube.com/watch?v=AIBLW_spqj8#t=5m12s 5分12秒から梨狩り場面映像あり。
  • お客様にお茶をだす時の茶托を廃止する事件
『週刊文春』2001年12月13号<総力特集雅子妃ご出産 初めて明かされるとっておきの十大秘話>p.50より引用
茶托を出さない理由】乃万暢敏(のまのぶとし)さん
 殿下は子供の頃から、自分に厳しく人に優しいという方でした。そして気配りを重要視される方です。たとえば、御所では、ある時からお客様にお茶をだす時の茶托をやめました。漆塗りの立派な茶托が、熱くなった湯のみの糸底にぴったりと吸い付いて持ち上がってしまうことがありますよね。その茶托が落ちて大きな音を立てると、タダでさえ慣れない御所で緊張されているお客様が、痛々しいほど緊張される。だったら茶托はやめて、くつろいでお茶をどうぞ、という気配りなのです。
  • そのくせ、客人に出す飲み物でコーヒーか紅茶にするかに悩み、更にティーカップをどれにするか選ぶのに悩むという事件
  • 赤坂御所に迷い込んだ犬が生んだという触れ込みである東宮家飼犬ピッピとまり、生まれた当時仔犬たちが万が一車に轢かれてはいけないと周辺の道を通行止めにさせる事件
  • 赤坂御用地に生息していたタヌキを東宮御所内で飼育、無許可でやっていたなら明らかに鳥獣保護法違反事件

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『女性セブン』1999年2月4日号 美智子さま(64)雅子さま(35)「宮中いじめ」を越えて>
p.18より引用
 ところで雅子さまは、昨年12月の誕生日会見で、犬を2匹飼っていることを話された。
「いま、犬がおり、『夫婦げんかは犬もくわぬ』と申しますけれど、けんかのタネはわりとよく(犬が)拾って食べてくれる気がします」
 雅子さまは、このようにユーモアたっぷりに紹介された。
 2匹の愛犬は雑種で、名前は「ピッピ」(オス)と「マリ」(メス)だ。この犬はいまから4年ほど前に、赤坂御用地内に住みついた雑種の犬が生んだ10匹の子犬のうちの2匹。残りの8匹は希望した宮内庁職員に分け、いちばん小さかったオスとメスの子犬を雅子さまが手元に残されたのだ。
 当時のことを、ある宮内庁関係者はこう話す。
子犬が生まれたとき、妃殿下はたいへん心配されましてねえ。御用地内は車も走りますから、万が一車にでもひかれたらいけないということで、周辺の道を通行止めになさったほどでした。
 2匹の子犬もたいへんかわいがられ、ご自分ができないときは、職員に“ミルクをあげておいてください”などと頼まれてもいました」
 かつては、同じく御用地内に住みついていたタヌキも雅子さまは御所内で飼われていたこともあり、皇太子さまと一緒に、余った肉などを食べさせていたこともあったという。
    ソース:『文藝春秋』02年1月号兵藤長雄氏(前ベルギー大使)記事]
    • ベルギー訪問で郊外Durbuy (デュルビュイ)にあるレストラン「Les Sanglier des Ardennes」まで悪路を長距離グルメ旅行、そこで大皿交換といったとんでもないマナー違反事件 ソース:『文藝春秋』兵藤氏記事
    • 結果今も店に飾られている記念写真]で雅子は“La Princesse”ではなく“SON EPOUSE”と書かれ店側に貴賎結婚認定、本人は気付いているかどうだか知らないが、店を訪れる数多の客に馬鹿にされ続けてますよ事件
    • ベルギー訪問の際、懐妊兆候を知りながらそれを隠して渡欧、ワインを普通に飲んだり]、帰国した後に流産。因果関係は不明だが、そもそも8年間不妊で妊娠初期状態を知っていたら、まともな女性なら用心して飲酒しないだろ事件
      →【ベルギー訪問】参照
    • 雅子の「高度な懐妊治療」担当となった堤治東大医学部教授(当時)に「雅子さまは妊娠中もタバコをやめなかったんだ」と周囲にこぼさせるほど不妊治療にまともに取り組まない事件
    • 2000年5月28日、大好物の外国人と肉が用意されている東京ローンテニスクラブのパーティーに夫婦でドタ出参加、ゴーゴーダンスに熱狂36歳事件
    • 2000年7月25日、香淳皇后のお葬式である斂葬の儀を「[夏バテのようなもの]]」で欠席事件
    • 香淳皇后と今上陛下・皇后陛下・秋篠宮ご一家・紀宮殿下との交流について、2000年12月天皇陛下が自ら誕生日会見で語られるが、徳仁雅子については完全スルー。恐らくこの二人は香淳皇后を見舞ったこともろくにないとお察しされる事件
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天皇陛下お誕生日に際し(平成12年)]より引用
問3 今年6月に,香淳皇后がお亡くなりになりました。お別れの時のお気持ちや,印象に残っている出来事,お言葉などがありましたらお聞かせください。
天皇陛下
吹上大宮御所は,私どもの住んでいる御所からすぐの所にあります。週末には大抵皇后や紀宮,時には秋篠宮一家を交えて吹上大宮御所をお訪ねしていました。皇后は,香淳皇后がお元気であったころと変わりなく心を込めてお尽くししていました。また,秋篠宮の子供たちが一緒の時には,いつも子供たちを香淳皇后のおそばに連れて行き,二人が皇后に倣いお手を一生懸命さすったりしているのが印象に残っています。香淳皇后が崩御された時に,秋篠宮家の子供たちが,お見舞いしたいということを言ったことを,秋篠宮が話していますが,このようなことから香淳皇后に親しみを感じていたことと思います。香淳皇后がもう御生存ではいらっしゃらないのだということをしみじみと感じたのは,崩御の夜,祗候しこうのために吹上大宮御所を訪れた時のことでした。帰り道,空を仰ぐと月がこうこうと照っていました。昭和天皇崩御から11年,吹上大宮御所に勤める職員が皆誠意を持って勤めてくれたことを感謝しています。香淳皇后は,早くから高齢化の兆しがおありになり,香淳皇后とお話らしいお話ができたのは随分前のことになります。その分を昭和天皇がお心を遣われ,私どもの子供たちとの話も務めてくださったことを感謝とともに思い出します。香淳皇后について印象に残っていることは多々ありますが,戦後親子兄弟が,一緒に過ごす機会が多くなったころの香淳皇后の朗らかな印象は,私の記憶に深く残っています。
    • 妊娠したお腹が大きくて恥ずかしい発言をして、それを聞いてた友人がTVインタビューで証言事件/友人が言ったんじゃなくて、フジテレビ「とくダネ!」武藤まき子レポーターが“雅子さまの母親優美子さんが「大きくなったお腹で人前に出るのが恥ずかしいと(雅子が)言ったので、今までの(子供が出来なかった時)事を思えばそんな事何でもないことでしょ」と言われたそうです”こんな感じで言ってたんだよ、だから“お腹が大きくて恥ずかしい”発言は間違いなく雅子本人が言った言葉です事件≪後者はPart2037-45書き込み≫
    • 2001年8月またまた東宮御所改修コルク床2900万円事件(紀宮殿下のお部屋をコルク床に・壁にはリノリウム使用・部屋を仕切って看護婦控え室も)
      アサヒコム]ソースと、日経ネット]ソース
    • 公務現場に着用していた金・真珠ブローチを、実母小和田優美子に下げ渡し疑惑事件【小和田優美子
      比較画像:1994-1996年公務現場における金・真珠ブローチ着用の雅子、2001年12月1日「赤ちゃま」会見における金・真珠ブローチ着用の小和田優美子]

 

■第3期-愛子誕生後、公務同伴・公園デビューなど見せびらかし状態-■編集

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皇室御一行様避難所 part19
884 :可愛い奥様@避難所生活:2013/04/19(金) 00:28:41 ID:G9U9Xa3k
クライストチャーチに住んでいたから会えた雅子様]」で検索してみて。
このブログの最後に「まさかというような所で遊んで行かれたそうだが、そこが何処だか書いていいのか分からないので書かない」って。
また皇族らしくないことしてきたのかしらね。
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Part2563-79 可愛い奥様 sege 2013/04/19(金) 19:38:58.59 ID:UhpxIG6u0
前スレ>雅子がニュージーランド訪問したとき、カジノで遊んで大負けした
ググるとたくさんでてくるね>クイーンズタウン カジノ 雅子]」
 
>さっきも少し話しましたが、この街には2つのカジノがあってそのうちの1つは、]
>かつて雅子様もお忍びで来て、大負けした由緒正しいカジノがあるのですw]
 
国民の税金で賭博やって、大負けしたんだ、オランダでもやるのでは?
楽しいでしょうね、大負けしても全く気にならない掛け金
まさにマリーアントワネット(顔とスタイルと育ちは月とスッポンだが)
    • オーストラリアの動物園訪問、コアラ・ソーフラッフィー溺愛、生毛皮に鼻先まで埋め日本ではついぞ見せたことがないほど大喜び]事件
    • 「あなたと同じよ」豪州歩行器障害児落胆事件→【Like you!
    • ノーベル化学賞受賞田中耕一氏とお祝い茶会でテーブル同席し、氏をクスクス嘲笑う事件
    • おみ足をお引っ張り事件 宮内庁公式情報
    • 39歳誕生日公式記者会見]で北朝鮮拉致問題について触れ、「明るみに出て」とまるでバレては困ることだったような表現をしたり、「また亡くなられてしまったと言われている方々もいらっしゃるわけで」と言い切るなど、北朝鮮プロパガンダ発表=日本国外務省見解を拡声器で伝えるかのような発言事件宮内庁公式情報
    • 砂場でアイボがお友達に砂をかけても知らんふり事件
    • 当時の高知県知事・橋本大二郎氏メルマガ証言、徳仁が「(愛子の鼻から目のあたりが)私に似ていると言われるんです」と嬉しそうに言ったのに対し、雅子が「私はそうは思わないんですけど」と漏らす、そんなに娘愛子の父親似が嫌なのか夫皇太子発言を否定事件
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h ttp://www.pref.kochi.jp/%7Ehisho/chiji/omoi-no50.htm
平成14年12月19日 NO.50 お二人のお誕生月に寄せて
・・前略・・
また、雅子さまは今回のお誕生日の会見で、愛子さまは性格的に皇太子さまに似たところがあると話されていましたが、話がお顔のことになりますと、皇太子さまは、「このあたりが」と鼻から目のあたりを指しながら、「私に似ていると言われるんです」と嬉しそうでした。
 それに対して、僕の隣りに座られていた雅子さまが「私はそうは思わないんですけど」と漏らされたのを、僕は聞き逃しませんでした。

■第4期-引きこもり前期 帯状疱疹~人格否定会見前まで-■ 編集

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『週刊新潮』2007年1月4・11日新年特大号<特集 かくも色濃い「皇室の憂愁」>記事
p.30より引用
 ある皇室ジャーナリストが言う。
「(補足:皇太子)殿下のご心配は絶えることがありません。03年12月に公務から離れられた雅子妃は精神状態が不安定な日々が続き、軽井沢の小和田家の別荘で静養されていた時には、別荘の外にまで聞こえる大きな声で叫んでおられることもありました。05年5月の人格否定発言の前には、思い悩まれた殿下が、両陛下と紀宮さまとの4人だけの食事の席で、美智子皇后とお二人だけになった時、皇后の手をとって泣かれたこともあったそうです。その後、人格否定発言があり、また、雅子妃が東宮幹部に電話で“私、皇太子妃、やめます!”と叫んだこともあった。情緒が不安定で、両陛下は、腫れ物に触るように雅子妃に気を使ってこられたのです」
    • 送迎車の中、女官との談笑に夢中のあまり、報道陣を一切無視事件
    • 大野裕・慶応大学教授が雅子の主治医になる以前、医師とのコミュニケーションもままならず、処方されたアメリカの薬に不信感を抱き、なんとアメリカ大使館に電話して効能を聞くという、どこからどう見ても頭がイカれすぎてる事件
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『週刊新潮』2007年1月4・11日新年特大号<特集 かくも色濃い「皇室の憂愁」>記事
pp.30-31より引用
  その後、同年夏に大野裕・慶応大学教授が、雅子妃の主治医となり、
「それまでは、雅子妃ご自身が医師を探し、コミュニケーションがうまくはかれなくなれば、相談をやめてしまう、というようなことが続いていました。医師から処方されたアメリカの薬に不信感を抱き、アメリカ大使館に自ら電話を入れて効能を聞くということもあったそうです。しかし、大野教授が主治医になってからは、そういうこともなくなり、大野教授が“適応障害”と診断し、雅子妃と大野教授の意向によって、06年の8月にはオランダ静養も敢行されました。この直前、7月に那須での静養がありましたが、那須から帰京した際、オランダ静養を許可してもらったことに対するお礼も兼ねて挨拶に行かれればよかったと思いますが、ご夫妻はそれもされなかった。両陛下は寂しかったと思いますよ」(宮内庁関係者)
    • 雅子一人でカローラIIに乗り、赤坂御用地内の未舗装道を走り、乗り上げてしまって皇宮警察に救出される事件
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『週刊朝日』2013年10月4日号<天皇陛下が運転するグレーの「インテグラ」 雅子さまはカローラII乗り上げ救出も>
p.24より引用
 天皇陛下以外にご自分で車を運転される皇族といえば、雅子さまだ。ご結婚前に運転して外務省に通勤する姿が話題となったカローラII]は、嫁入り道具として持参された。
「雅子さまはその後も運転で気分転換されていたようです。一人でカローラIIに乗り、赤坂御用地内の未舗装道を走り、乗り上げてしまって皇宮警察に救出されたこともあるそうです。その後、適応障害と診断され、ご実家の別荘がある軽井沢で静養された際にも、ご実家のBMWを運転されていました」(宮内庁関係者)


 

■第5期-引きこもり後期 人格否定会見~SOドタキャンまで-■編集

■第6期-公務復帰への足慣らし期-■編集

  • ヘイリー嬢コンサート鑑賞にお忍びお出まし、終了後時間オーバーご対面、ぶしつけな英語でサインをねだる事件→【ヘイリー】【マサグリッシュ
  • [スペイン皇太子妃の為にメニューも考えちゃう事件]]
  • 香淳皇后五年式年祭の儀と欧州王族の差事件
  • 愛知万博を仏頂面で視察、出迎えた[モリコロ無視]]事件
  • マンモス療法してもやっぱり同日シリーズやらかし、マンモスは全然役に立たなかった事件
  • 平成17年(2005年)8月6日に聖路加国際病院小児病棟を私的訪問、重症入院患者である子供たちとその家族らが「夏祭り」を開いていたのだが、射的遊びで使われていた割り箸ピストルを雅子が所望、そんなに欲しいなら作り方教えてもらって自分で作れよ事件

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『女性セブン』2005年9月1日号<皇太子妃雅子さま(41)に30人のママが泣いた>記事
pp.32-33より引用
 8月6日夕刻、東京・中央区の聖路加国際病院小児病棟をお忍びで訪ねられたのだ。
 この日、小児病棟では入院中の子供たちとその家族、それに病院スタッフら、合わせて200人ほどが参加して「夏祭り」が行われていた。そこに雅子さまが姿を見せられ、夏祭りを楽しむ子供たちとふれあいのひとときをもたれたのだ。
・・中略・・
 なかでも、雅子さまが興味をもたれたのは、射的。この射的に使う、割り箸で作ったピストルに、雅子さまはとても感心されたという。
「それをお渡ししたところ、“初めて見ました。これは、どうやって使うのですか”と、おたずねになられて。子供たちが割り箸ピストルから輪ゴムを飛ばしてお手本を見せると、興味深げに観察なさっていました」(別の母親)
 そして雅子さまは、ちょっとためらわれたあと、遠慮がちにこうおっしゃった。
「ひとついただいてよろしいでしょうか」
 ひとりが割り箸ピストルを差し上げると、雅子さまはそれは嬉しそうな表情で受け取られたという。
「きっと、愛子さまへのお土産になさったんでしょうね。那須御用邸で、愛子さまと割り箸ピストルで遊ばれているのでは・・・とみんなでそんなことを話していたところなんですよ」(前出・母親)
    • 2005年9月6日長野県奥志賀静養からの帰京時、普段駅弁抱っこ姿を散々披露しているくせに、この時には愛子を何故かホームで歩かせ、新幹線を2~3分遅らせ運行ダイヤに影響を与える事件
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『週刊アサヒ芸能』2006年2月16日号<雅子妃「離婚報道」で飛び交う皇太子一家の「深刻孤立」> p41から引用
 今春から学習院幼稚園の入園が決まった愛子さまのご養育を巡っても、こんな場面が見られた。
昨年(=2005年)9月、奥志賀高原でご静養された際、新幹線でご帰京されたのですが、専用列車の発車が2~3分遅れたのです」(前出・担当記者)
 その理由は、愛子さまをホームで歩かせたためだという。これは抱きグセをつけないためなのだが、専用列車とはいえ、ダイヤへの影響は避けられない。
 皇室ジャーナリストの河原氏が語った「天皇陛下誕生日中座事件」も、雅子妃と離れたくないとおむずがる愛子さまに付き添ったための「事件」だった。


黒田清子さん(紀宮殿下)結婚式時の振る舞い編集

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平成17年(2005年)12月9日・雅子誕生日編集

  • 東宮職医師団の見解」と称して、お遊びイケイケ海外どんどん行くべき!な雅子擁護丸出し見解文を発表させた事件(関連:銀器
  • 自分の誕生日友人との茶会には出席しながら、直後の田蓋恩師との茶会はドタキャン事件
  • 東宮家主催晩餐会ドタキャン事件
  • 天皇誕生日、お祝いの晩餐会をアイボおむずかりを利用して2時間47分ブッチ、ようやく戻ってきても「どうも」と一言だけ詫びる言葉ゼロ事件
  • 天皇誕生日の翌日、祭祀をサボっておきながら暗闇と光に慣れるためミレナリオ療法を実行事件
  • 新年関係行事を国民の前に出る必要のない必要最小限の行事しか出席せず、一般参賀ではまたも隣にいらした常陸宮殿下に話し掛けまくる事件

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■第7期-秋篠宮妃紀子殿下ご懐妊発表後-■編集

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『AERA』2007年12月31日・2008年1月7日合併増大号 <雅子さまへ20の質問状>

p24より引用
 宮内庁関係者は言う。
「雅子さまは夜型。朝7時に散歩に出かける皇太子さまと生活のスタイルが違う。朝食もご一緒ではない日が多いようです」
 愛子さまに幼稚園まで付き添うのは、ほとんど養育係というのが実態のようだ。
 雅子さまの担当医は慶応大学保健管理センターの大野裕教授。週に1度のペースで東宮御所を訪れ、雅子さまと向き合っているとされる。ときには日付が変わるまで話し込む日もあるという。

p26より引用
 関係者によれば紀子さまの第3子ご懐妊で、雅子さまは心理的に不安定な時期もあった。担当医の大野教授と明け方まで話し合ったこともあったという。

■第8期-愛子入園後-■編集

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tp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060416-00000039-kyodo-soci
愛子さま、合唱を楽しむ 皇太子ご夫妻と
 皇太子ご夫妻に付き添われ「オール学習院大合同演奏会」を楽しむ愛子さま=16日午前、東京都豊島区(代表撮影)
 皇太子家の長女愛子さまは16日、皇太子ご夫妻に付き添われて東京都豊島区の学習院創立百周年記念会館を訪れ、「オール学習院大合同演奏会」に出演した学習院幼稚園の年長組園児による合唱などを楽しまれた。
 幼稚園の授業の一環で、愛子さまは紺色の制服姿で出席。約50人の年長組園児が「ぞうさん」など3曲を披露すると、愛子さまは横に座った雅子さまと言葉を交わしたり、拍手したりして聞いた。
 演奏会後には、会場近くに設けられた出店でヨーヨー釣りに挑戦。愛子さまは自分で釣り上げた緑やオレンジのヨーヨー3個を持ち帰った。
 合同演奏会は、在校生や卒業生らが参加する「第20回オール学習院の集い」の催しの一つ。
(共同通信) - 2006年4月16日12時35分更新
    • 御料牧場静養計画~アイボマスコミ撮影予定発熱ドタキャン事件
    • 新宿御苑での幼稚園遠足で、庶民に愛子を見せるなと警備員が注意、雅子は御付きの女官を叱責事件
    • 同じく新宿御苑幼稚園遠足で、他の園児ママ達がてきぱきレジャーシートを敷く中、雅子は何もせずぼーっと突っ立ってるだけだった事件
    • 同じく新宿御苑幼稚園遠足、終了間際に雨が降り出し、年長組の母子は当然のように傘を差しているのに、雅子はぼーっとしたまま傘を差すこともせず、おかげで周囲にいる同じさくら組(年中組)の母子は遠慮して傘を差すことができず濡れるがままだった事件【シート
    • 赤十字大会をブッチしておきながら、テニスに興じる事件
    • [OWD|伝染性疾患を患ったばかりの病み上がりの娘を連れて、ホテル貸切ランチ]]事件
    • 2006年6月16日香淳皇后の例祭を欠席]した翌日、メトロポリタンオペラの「椿姫」を“体調に配慮して”第2幕から鑑賞]、「椿姫」一番の聴き所である第1幕乾杯の歌なんて関係ない事件

オランダ静養計画ぶち上げ作戦実行編集

  • 沖縄戦終結日にオランダ静養行くぞと発表事件
  • オランダ静養に出かけるその前月にも那須と葉山(予定、その後中止に)両御用邸静養てんこ盛り事件
  • 両陛下と円満仲良し演出のため葉山静養合流をゴリ押しするも断られ、雅子が顔色を変えプイッと横を向く、ブリザードのホタル鑑賞会事件
  • 那須静養、駅前で皇太子に足蹴して指図事件
  • 那須からの帰り、4歳にしては大柄すぎるアイボを駅弁抱っこ事件
  • オランダ出発の空港にて関係者による見送り時、足元くねくね愛子を全く制しない]事件
  • オランダ王室馬車庫にて、日本ではお目にかかれない程の呵呵大笑]事件
  • オランダで徳仁雅子の乗った車が時速130kmでぶっ飛ばす事件≪週刊文春2008/6/12号 雅子さま再び囁かれるご病状 ご成婚十五年小誌が掴んで書かなかった全情報≫
  • 愛子をハーグ在住の小和田両親に預け、夫婦で静養満喫事件
  • 2006年8月22日、「ブルヘルス動物園」で遊んだあと、近くのレストランが立食パーティを企画準備したが、東宮一家三人はトイレを利用しただけでそのまま出口に。レストランスタッフたちに何の挨拶も無し事件→【オランダ静養
  • 2006年8月25日、オランダの誇りであるマウリッツハイス美術館で、ベアトリクス女王の案内にて絵画鑑賞するも、なんと僅か15分で予定切り上げ事件→【オランダ静養
  • 2006年8月27日、こともあろうにオランダ女王の所有ヨットによるセーリングを雅子愛子ドタキャン事件
    ◆『WiLL』2006年11月号、雅子のオランダ女王ヨットクルーズドタキャンについて話し合うオランダ記者座談会記事]]
  • オランダからの帰国映像がまったく出ず、一時所在不明?と思われた事件
  • 情報管理ネタもみ消しのエキスパート[チーム大盛り]]就任事件

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■第9期-秋篠宮家悠仁親王殿下ご誕生後-■編集

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着袴の儀関連編集

着袴の儀】項目ページも参照されたい。

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■第10期-愛子着袴の儀以降-■編集

参考動画:日テレにこにこアルバム映像] / 問題の愛子股間に棒グサグサ場面gif動画]

  • 宮内庁幹部に飲み会で“雅子妃は、警護官を選り好みして困る”と愚痴をこぼさせるほどに、何が基準かは不明だが警護官の好みにやたらうるさい事件【私は病気ではありません
  • とにかく治療の一環を盾に、公務を休みまくったり外食したり遊びまくったりしているくせに、東宮職に向かって「私は病気ではありません」と言い放つ、マジで頭のビョーキじゃないか?事件
  • 娘愛子が通っていた学習院幼稚園の園長先生(小山久子氏)を、卒園と同時に引き抜いて愛子養育専門女官として超異例の雇用をしてしまうわ、初等科進学に当たって愛子担任予定だった男性社会科教諭から女性国語教諭に変えろと我侭放題「雅子マター」事件
  • 愛子が通う学習院初等科の朝礼を何故か雅子が木陰から監視していて、当然のことだが警備でものものしくなってしまう「学習院は雅子さまが監視しています」事件≪女性自身2008/7/10号≫
  • 2008年6月23日午後に予定されていた定期健康診断を、なんと「体調不良」理由で欠席事件
  • 東宮一家が外食に出かけようと出発支度、しかし雅子だけが一向に現れず、徳仁と愛子を玄関で1時間以上待たせることに。その間、雅子の夫徳仁はただ娘愛子と遊んで待っているだけで妻雅子を呼びに行こうとも何もしない「遠慮」というか仮面夫婦状態、部屋の中でいったい何をしていたんだ?事件

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『サンデー毎日』2008年11月2日号<療養生活まる5年 孤独なプリンセス 午前零時に散歩する雅子さま>記事
p.149より引用
 ある日、ご一家で外食をする予定があった。東宮御所から車で出かけるため、出発時間の少し前に、皇太子さまと愛子さまが玄関に姿を見せた。
 ところが、雅子さまはいっこうに来ない。10分、20分、30分……結局、雅子さまは1時間以上遅れて姿を見せた。その間、皇太子さまは玄関で愛子さまと遊んだり、話をしたりしてずっと待っていたというのだ。
「普通だったら様子を見に行きますよね。だが、皇太子さまはそうはなさらない。玄関でずっとお待ちになっているだけでした。遠慮されているのでしょうか? 雅子さまはお部屋にいるので、どうされているのかもわからないのです。もちろん、女官も中に入ることはしませんから」(前出・宮内庁関係者)
    • 2008年8月からの東宮御所改修で天皇陛下が使用されていた机を粗大ゴミとして廃棄しようとして、秋篠宮家に引き取られる事件≪選択2014年1月号≫→【ベビーベッド
    • 2009年3月5日WBC開幕戦を同日シリーズで元気に観戦、5回までの予定が再三「もう1イニング」と延長希望]で予定時間オーバー、更に「(先発を務めた)ダルビッシュ投手にも会いたい]」とまるでホスト扱いご指名事件
    • 2009年5月2日那須御料牧場静養へ前月25日から飼い始めたばっかりの生後2ヶ月の仔犬「ゆり」を抱いてお出まし、免疫系も出来上がってない仔犬を長距離移動させ大勢の人前へ連れ出す非常識犬飼い事件
    • 2009年8月14日 那須御用邸への移動ワゴン車にて、国民を見下すようなお犬様お手振り事件
    • 学習院幼稚園園長だったのを定年退職と同時に愛子養育専門女官としてゴリ押し雇用した小山久子氏について、その僅か1年3ヵ月後にはニュースキン・マルチ商法疑惑をなすりつけ「東宮にいる方とは思えない」「他の省庁なら大変な問題になっているはず」「あの人に愛ちゃんを預けなければならないなんて」「まだ何も片付いてない」「東宮の職員がそんなことをするなんて」「誰を信用して良いのか」「愛ちゃんがすごく懐いているんだけど、やっぱり愛ちゃんのことを考えると辞めてもらうしかないわよね」といったとんでもない噂を雅子自らばら撒いて追い出し画策する事件
    • 平成21年(2009年)11月25日、東宮御所にて東宮夫妻主催で開かれた「天皇陛下在位20年・天皇皇后両陛下ご成婚50年」の内祝夕食会にて、集まった皇族旧皇族親戚ら一同の前で「私は殿下とともに、皇室に新しいぬくもりを投じてみたい。そして、日本の伝統を意識しながら、愛子の人生生活を守りたいと思っています」とおかしな日本語で宣言事件
      ソース:『女性セブン』2009年12月24日号<紀子さま「学習院拒否」と雅子さま「新しいぬくもり教育」宣言>
    • 平成21年(2009年)12月13日、徳仁も出演した学習院大学OB管弦楽団定演(天皇陛下即位20年・両陛下ご成婚50年祝賀記念演奏会でもある)を天皇皇后両陛下と雅子が鑑賞、その退場の際、おつきの人間がいるというのに雅子が自分のひざかけをあろうことか皇后陛下に渡してしまうという、皇后陛下を従者扱い事件
    • 平成21年(2009年)12月13日、同上学習院大学OB管弦楽団定演のレセプションに両陛下と雅子が出席予定だったが、雅子は参加せず両陛下より先に帰ってしまう事件
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『AERAアエラ』2010年1月4・11日号<東宮職医師団の見解発表は二転三転 陛下が触れない雅子さまの病状>pp.21-22より引用
 その少し前の13日、学習院OB管弦楽団による天皇陛下の即位20年、両陛下のご成婚50年を祝う記念演奏会があった。ビオラ奏者である皇太子さまの演奏を、両陛下が鑑賞した。その隣には雅子さま。皇后さまと雅子さまはしきりに言葉を交わしていたが、雅子さまの行動にはやはり、ぎこちなさが見られたという。
 当日、客席にいた人はこう証言する。
「両陛下も雅子さまも退場されるときだったのですが、おつきの方に渡されていた黒いひざかけを雅子さまが帰り際の皇后さまに手渡したんです。本来ならばおつきの方に渡すはずなのですが……。皇后さまはそっと、おつきの方に返していらっしゃいました。雅子さまは過度に緊張なさっているご様子でした」
 この日、報道陣に告げられた予定では当初、雅子さまも演奏終了後のレセプションに出席とあったが、雅子さまは参加せず、両陛下より先に帰ったという。
補足:「おつきの方に渡されていた黒いひざかけ」は「おつきの方から渡されていた黒いひざかけ」とした方がより分かり易いだろう。

■第11期-東日本大震災以降-■編集

  • 2011年4月6日東日本大震災避難所味の素スタジアム訪問、被災者漁師さんの「漁師は陸に上がるとかっぱになっちまうんです(=船が無いと全く仕事にならない、無力な状態だ)」という言葉に大笑い事件
東日本大震災避難所東宮夫妻訪問。被災者である漁師さんの「漁師は陸に上がるとかっぱになっちまうんですという言葉にご夫妻は大爆笑(原文ママ)≪週刊朝日2011/4/22号≫

参考連結キャプチャ画像:2011年4月6日 スーパーJチャンネル、津波で船を流された被災者漁師さんの「仕事がなくなると陸のカッパ状態です」の言葉に、大笑いの表情を見せる雅子
            2011年4月7日 モーニングバードでも同じく「陸のカッパ」に笑う雅子の姿を放映、3枚目のひどい表情に注目。]

  • 2011年4月11日東日本大震災発生から1ヶ月となるこの日、東宮御所に愛子同級生を招き、午前11時~夜7時近くまでお楽しみパーティー開催、「皇太子殿下はビデオカメラを、雅子さまは小さなカメラをそれぞれお持ちになり、子供たちの様子を常に撮影していました」事件
    →【東日本大震災】参照
  • 2011年9月14-16日学習院初等科4年生の山中湖2泊3日校外学習にまで雅子同行、「皇太子妃雅子さまも付き添いのため、別の車で山中湖に向かわれた。」産経新聞9/14]≫、「雅子さまも同じホテルに泊まり2泊3日の間、愛子さまを見守り続けるという。」「雅子さまは愛子さまが行く先々にすべて赴き、活動を見守るという。」≪毎日新聞9/14]≫、見事なまでのモンスターマザー事件
    →【山中湖事件】参照
  • 敬宮愛子ちゃんが発熱・咳の症状のため2011年11月1-5日東大医学部病院入院、連日泊まり込みの雅子は同病院内の精養軒に出前注文「出前療法アゲイン」事件
  • 天皇陛下が2011年11月6-24日東大医学部病院ご入院、徳仁は10日夜お見舞いに出向くも、雅子は同日夕発熱と咳が出たとの理由で欠席]、結局最後までお見舞いに出向かず事件
  • 2014年6月26日(木)愛子が学習院女子中等科に入って初めての保護者参観日、徳仁雅子二人揃って1時間目から5時間目までフル参観という、体力と暇ありすぎ事件
朝日新聞記者・中田絢子氏ツイッターより

中田 絢子‏@ayako_nkd
また、26日は愛子さまが中等科に進学してから初めての授業参観があり、皇太子ご夫妻も参加。1~5限まで英語、音楽、理科、国語、古文の授業を参観されたそうです。ご夫妻は愛子さまが授業を熱心に聞き、お友だちと楽しそうに過ごされている様子を喜ばれたそうです。
3:22 - 2014年6月27日

  • 2014年9月28日 日本臨床獣医学フォーラムJBVP年次大会2014に雅子が徳仁を伴い私的参加。後日JBVP公式HPにて石田会長が「皇太子殿下ご夫妻におかれましてはご多忙中,動物のご家族としてのカジュアルなご参加を頂き,心から御礼申し上げます.」と記す事件
  • 2014年10月29日オランダ国王王妃夫妻のための宮中晩餐会というこれ以上ない最高にフォーマルな場面で「第一ティアラ」をかぶってこない事件
  • 2014年10月29日オランダ国王王妃夫妻のための宮中晩餐会に雅子が着用してお出ましした「第二ティアラ(もちろん材質はプラチナのはず)」、それが海外ニュースサイトで「The princess, in a silky white formal dress and a silver tiara」と報じられる事件
  • 2016年6月21日岩手県宮古市田老地区視察、一度見るだけでも耐えられないという人が少なくない「たろう観光ホテル」松本勇毅社長が撮影した津波映像DVD上映に「もう一度見せてください」お代わり所望「おーおー」事件
http://news.tvi.jp/index_78916483.html(魚拓記録

皇太子ご夫妻が宮古・田老へ  (06/21 19:12)
岩手を訪問されている皇太子ご夫妻は宮古市で復興状況や震災遺構を視察された。震災から5年3か月余。お二人のあたたかなまなざしと交流は、被災者の励みになった。皇太子さまと雅子さまは、はじめに二重の防潮堤を越えてきた津波で大きな被害を受けた宮古市田老地区で防潮堤の上から復興の現状等を視察された。そして、近くにある震災遺構の「たろう観光ホテル」で、被災の状況について説明を受けられた。ホテルの6階から撮影された津波の映像を、雅子さまは「もう一度みたい」と要望され、2度繰り返してご覧になったという。「たろう観光ホテル」松本勇毅社長:「(ご夫妻は)『おー』と声を発していたので、津波が考えていたものと全然違うものだったのかと思った」また、宮古市の浄土ヶ浜ビジターセンターでは、皇太子ご夫妻が災害公営住宅に住む被災者と懇談され た。ご夫妻は、「大変だったね」、「お体をお大事に」等と声をかけられ、被災者の一人が「震災当時、小学生だった子どもが、ことし高校に入学した。愛子さまより一つ上だ」と話すと、笑顔を見せられた。高台移転先の三王団地で住民と懇談された後、夕方の新幹線で岩手を離れた皇太子さまと雅子さま。震災後3度目となるお二人の岩手のご訪問は、復興へと歩む被災地に明るく温かな光を灯した。


http://www.asahi.com/articles/ASJ6P4QJTJ6PUJUB00F.html
岩手)皇太子ご夫妻、宮古市田老で被災ホテル見学
阿部浩明2016年6月22日03時00分
高台移転団地の「三王団地」で住宅再建した住民と懇談される皇太子さまと雅子さま=宮古市田老(代表撮影)
 被災地視察のため岩手県入りしていた皇太子ご夫妻は21日、宮古市で最も被害が大きかった田老地区を訪れ、防潮堤の上から復旧が進む市街地の様子などを見学した。
 被災当時の姿で保存されている震災遺構「たろう観光ホテル」では、松本勇毅社長が撮った津波映像を目の前の実際の風景と重ねながら視聴。しぶきを上げて襲ってくる津波の威力に驚き、1回の予定だったDVD上映を「もう一度見せてください」と求めた
 松本社長は「津波の恐ろしさを伝えることで、迅速に逃げる行動につながってほしい」と説明した。
残り:199文字/全文:442文字


http://www.youtube.com/watch?v=vP9PxRP7MVc
http://www.fnn-news.com/localtime/iwate/detail.html?id=FNNL00038362(WebArchive記録
皇太子ご夫妻、宮古市ご訪問 被災者と懇談される(岩手16/06/21)
20日、岩手県内入りされた皇太子ご夫妻は、21日は、東日本大震災で被災した宮古市を視察された。田老地区の防潮堤では、黙とうをささげられたほか、被災者に、お言葉をかけられた。
20日夜、宮古市内のホテルに宿泊した皇太子ご夫妻は、午前9時30分ごろ、田老地区の防潮堤を視察された。
ご夫妻は、津波で亡くなった人たちへの哀悼の意を込め、海に向かって深々と頭を下げ、犠牲者に、黙とうをささげられた。
このあとご夫妻は、震災遺構となっている、たろう観光ホテルを見学された。
津波で、ホテルの4階まで浸水したことなどの説明を受けられたほか、たろう観光ホテルの松本勇毅社長が撮影した津波の映像をご覧になった。
映像を流したあと、雅子さまが「もう一度見せてください」と話し、2回にわたって、ご覧になったという。
松本社長は「『お―おー』と声を出されていたので、津波のすごさや勢いを感じられたのだと思う」と話した
その後、浄土ヶ浜ビジターセンターに向かい、仮設住宅などで暮らす被災者と懇談された。
ご夫妻は、腰をかがめて、いすに座る被災者と同じ目の高さで話された。
懇談した人は、「『大変だった』ということで言われましたので、『1歩ずつ1歩ずつ、前を向いていくしかない』と答えた」、「わざわざ遠いところまでいらしていただいて、その分も、みんなで復興のために頑張っていこうと、あらためて思う」などと話した。
午後には、防災集団移転事業で高台に整備された三王団地も視察され、住民を慰労された。
そして、皇太子ご夫妻は21日午後、JR盛岡駅で新幹線に乗り、岩手をあとにされた。 (6/21 21:14) 岩手めんこいテレビ


時期不明、あるいは常時編集

  • 雅子のお召し物当たり屋シリーズ事件
  • 予定時間オーバー事件
  • 宅配ピザお届け事件
  • 和歌おへたくそ事件
  • 通訳入れず喋りすぎ何を喋ったか宮内庁把握できず事件
  • 雅子は朝寝、皇太子の朝食は犬のようにおあずけ事件→【食卓
  • 妃殿下たちの集まりで、突然「立ち聞きされていると」言って部屋を出て行ってしまってみんな遠巻きに見るしかなかったっていう事件
  • 北米二課の同僚に「ネズミに似てる」。同僚が髪を切ってきたら今度は「うちのショコラに似てる」。]担任の先生に対しても「首の辺りがジャミラに似てる」しかも授業中の教室で。昔から他人に変なあだ名ばかりつける失言連発事件
  • 日本人のなんとか学会会長に尻を向けて白人のおっさんと満面の笑顔で話しこんでいたよ事件
  • (宮内庁の人の話)雅子さんはお支度が遅くいつも天皇陛下を待たせて美智子皇后が怒られた事件
  • 終戦記念日にどこかにしけこんじゃった事件
  • 皇太子夫妻が宿泊したホテルの人から直接聞いたんだけど、雅子さんは自室で皇太子を叱りつけていた(というか小言を言っていた)そうな。事件
  • 地方公務のとき、控え室に入るとムッツリ不機嫌に黙り込んでお茶を出してもお礼一つ言わない(紀子妃殿下はにこやかに労ってくれたのに)事件
  • 皇室では子供をチャイルドシートに座らせなくていいんだ事件
  • 皇太子の会見文書等を影で執筆疑惑事件
  • 親友の「結婚後はそれまでになく優しい顔に」証言から、元々気が弱くおっとりしたマサコ様というのは大嘘だったとバレバレ事件
  • 友達談「雅子様は仕事だけじゃなく幸せな家庭を築きたいと言っていた」から、最近の友達談「雅子様はもともと仕事一筋でもいいと言っていた」に変化、証言が一貫しない事件
  • ウイスキーボンボンの外側だけ齧って中身を吐き出す下品な食べ方事件


番外編・小和田恒小和田優美子編集

しょっちゅう会ってるシリーズ】も参照されたい。
  • 優美子様も、雅子オックスフォード留学前にふんどし発言事件
  • 総領娘が16歳になって初めて着物を着せる事件(日本に帰国しているのにまともに七五三やってない疑惑)→【新弟子検査
  • 閣下「(皇太子には)娘以外の人に興味を持って欲しい」「立場が立場だけに、断るのが難しい」発言事件
  • 小和田閣下が「雅子は外交官に向いてないから皇太子妃になったほうがいい」と天皇家を軽視発言事件
  • 娘が婚約内定発表された優美子様、反動物愛護精神の表れなのか毛皮コートで登場]事件
  • 婚約発表&両陛下にご挨拶の当日、福田康夫の妻・喜代子夫人所有のものと同じ「福帯」を優美子様が締めてご登場事件
  • 納采の儀当日、雅子に贈られた真珠の指輪を優美子様が路上で品定め]事件
  • 金箔箪笥事件にて、優美子様TV生番組に対し直々にクレーム電話事件
  • 「小和田雅子さんは気が強いから」とTV番組で皇室ジャーナリストに評され、母方祖母江頭寿々子がこれまた直々にクレーム電話事件
  • 優美子様、娘が皇太子妃候補に上がったときに「あの娘はそんなタイプじゃない」発言
  • 恒が某大使時代にフランス中のミシュラン1つ星以上の レストランを全て公費で試食事件 2ch書き込み
  • 東宮への献上品に優美子が礼状を出す事件(献上品ガメ疑惑)
  • 優美子様、流産時の発言「(雅子)妃殿下がおかわいそう」事件
  • 外務省外交機密費横領事件で事務次官は小和田パパ処分されず事件
  • 優美子様が飛行機のファーストクラスでショコラ放し飼い事件
  • 愛子誕生、記者会見の席で恒が肘掛に肘ついた格好で答える事件
  • 両陛下差し置いて皇孫抱っこ事件
  • 小和田宮優美子様欧州勘違いお見送り事件
  • 紀子妃殿下の弟・川嶋舟氏の妻(当時は婚約者)を相馬馬追にかこつけて品定め事件
  • 小和田恒が「ケンブリッジLL.M.時代、執筆した博士論文をトランクに入れて船便で一時帰国したところトランクが盗まれ、そのおかげで論文提出できなかった」とインタビューで言い訳たらたら事件→【小和田恒】、【学歴ロンダリング
  • 小和田家おせち事件


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