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高橋紘

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東宮家を巡り雑誌等で発言が多く見られた、元・共同通信記者の経歴を持つ静岡福祉大学教授・高橋紘(ひろし)氏のこと。
高橋氏は「象徴天皇にふさわしい皇位継承とは、国民に広く支持されるかどうかが基本」との考えを持ち、「継承順についてはわかりやすさから第1子優先がよい」と、女性天皇について容認すべきだとする意見を表明している。
つまり東宮家の長女である敬宮愛子ちゃんが、徳仁の次の天皇になるべきだということである。

例:『週刊新潮』2004年8月12・19日夏季特大号<「愛子天皇」実現を阻む「4つの壁」(静岡福祉大学社会教授・高橋紘)>表紙・目次


そんな思想からか、以前はしきりと雅子夫人と東宮一家を弁護するような発言が多かったのだが、同日シリーズしょっちゅう会ってるシリーズに見られる事件が続発するにつれて、雅子夫人に対する厳しいコメントが急増している。
文藝春秋』2006年10月号では、1993年1月19日婚約内定記者会見における小和田雅子による「『雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから』というふうにおっしゃってくださいました」発言を、「まるで、言質を取りました、と言わんばかりに。」と評しており、終に婚約時点にまで遡っての指摘もしている。女性天皇・女系天皇を求める人間の中では、雅子に対し最もキツいことを述べていると思われるのが氏の発言である。

時は流れ、2010年3月5日には敬宮愛子ちゃん不登校問題が東宮大夫定例会見にて発表された。原因が学習院初等科2年生別クラス所属の「乱暴な振る舞いをする男子」にあるとしたことで、言わば東宮側が一般人である小二8歳男児相手に公器を用い攻撃したも同然。この問題について皇室ジャーナリストたちはコメントを求められるわけであるが、高橋氏もその一人として発言をしている

2010年3月6日 TBSニュースキャスターにてコメントする静岡福祉大学・高橋紘教授
コメント要約:短期間でこうなる(=不登校)ことはないと思います
  ずっとこの問題は続いているんですよ
  学校側と東宮側が話し合いをしていてどうもうまくいかないということで
  昨日(=5日)会見になったのではないか
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4376784.html(魚拓)

最終更新:2010年3月11日(木) 21時24分
愛子さまめぐり両陛下「児童にも配慮を」
 愛子さまの登校問題について、東宮職から報告を受けた天皇、皇后両陛下が犠牲が出ない形での解決が必要との考えを示されました。
 「愛子内親王殿下のご通学の状況については、おととい(9日)、天皇、皇后両陛下にその経緯などご報告申し上げました」(宮内庁・東宮職の発表〔要旨〕)
 皇太子ご夫妻の長女・愛子さまが男子児童による乱暴な行為が原因で登校できなくなっている問題。宮内庁は11日、この問題を天皇、皇后両陛下に報告した際に述べられた両陛下のお考えを、文書で発表しました。
 「両陛下からは事柄が愛子内親王殿下と学校さらには、数名の児童ともかかわりをもつことから、その内のいずれかが犠牲になる形で解決がはかられることがないよう、十分に配慮を払うことが必要ではないかと思うとのお話がございました」(宮内庁・東宮職の発表〔要旨〕)
 「犠牲」という重い言葉まで使って伝えられた両陛下の思い。皇室研究家の高橋紘教授は、東宮職に対しての不満が、こうした発言の根底にあると推測します。
 「両陛下にすればお孫さんのことだから、大変心を痛めていると思う。それを何でああいう形で大げさにしてしまったのか、残念に思うと同時に『(公表は)いかがなものかな』という気がする」(皇室研究家、静岡福祉大学・高橋紘教授)
 幼い頃から絵本を読んだり、力士の名前を覚えたりすることを楽しまれていた愛子さま。小学校への入学を早くから心待ちにされていて、皇室の展覧会では、力強い筆さばきで「牛」、「メダル」と書いた作品を披露したほか、学業だけでなく学校生活そのものを楽しく過ごされていたように思われていました。
 その矢先で明らかになった愛子さまが登校できない問題。11日午後に会見した宮内庁・羽毛田信吾長官は「登校していない状況を隠していく東宮職のつらさもご理解いただきたい」と公表したことへの理解を求めました。
 「この数年の東宮職を見てますと“人格否定発言”とか非常に処理が下手。東宮職の管理能力、東宮大夫の責任というか、それについて非常に思う」(皇室研究家、静岡福祉大学・高橋紘教授)
 愛子さまは11日、2時限目から行われた6年生を送る会に出席。その後に行われた、学年末のお話を聞き、整理整頓をされ、4時限目の途中東宮御所に戻られました。この間、雅子さまも参観されていたといいます。(11日19:01)


高橋氏は2011年9月30日に死去、同月14-16日には雅子が学習院初等科4年生山中湖2泊3日校外学習へ娘愛子付きまといに出かけるなど、まんまモンスターマザーぶりを全国に知らしめる事件が発生している。

ttp://www.mbs.jp/news/jnn_4840756_zen.shtml

ページ更新時間:2011年10月02日(日) 00時30分
■ 皇室評論家・高橋紘さんが死去
 皇室評論家として知られる高橋紘さんが9月30日、都内の病院で亡くなりました。69歳でした。
 高橋さんは共同通信に在籍中、宮内庁の担当記者として皇室の取材にあたりました。共同通信を退社した後は、静岡福祉大学で教壇に立つ一方、2005年、小泉政権時代に開かれた「皇室典範に関する有識者会議」で専門家として意見を述べるなど、皇室評論家として活躍しました。
 関係者によりますと、高橋さんは転移性の肝臓がんにより、都内の病院で30日、亡くなったということです。葬儀・告別式は近親者のみで行い、後日、「しのぶ会」を開くということです。(01日19:53)

ttp://www.nikkei.com/tech/news/article/g=96958A9C93819695E2E3E2E3818DE2E3E3E2E0E2E3E39191E3E2E2E2;da=96958A88889DE2E0E2E5EAE5E5E2E3E7E3E0E0E2E2EBE2E2E2E2E2E2

高橋紘氏が死去 元共同通信社ラジオ・テレビ局長
2011/10/1 23:11
 高橋 紘氏(たかはし・ひろし=元共同通信社ラジオ・テレビ局長)9月30日、肝臓がんのため死去、69歳。しのぶ会を行うが日取りなどは未定。喪主は妻、みさ子さん。
 同社社会部長、仙台支社長などを歴任。皇室の研究でも知られ、著書に「現代天皇家の研究」「象徴天皇」など。


最晩年の氏が雅子愛子の山中湖事件を知り得る状態にあったかどうか定かでないが、かつて自身が「愛子さまを天皇に」と主張していた愛子、そして雅子徳仁の行く末を見届けることなく亡くなったのは心残りだったのではないかとも感じられてならない。

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