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順序が違うのではありませんか

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平成24年(2012年)2月18日天皇陛下心臓冠動脈バイパス手術は世に大きく伝えられたが、その後のお見舞いを巡って、まともに打診もせずぐずぐずしていた東宮家の雅子が、秋篠宮妃殿下からのお見舞いスケジュール打ち合わせのための打診を知ったときに強い不快を示したと伝えられる台詞。
『順序が違うのではありませんか』と文句つけるぐらいなら、とっとと自分からお見舞いに出かけろよ!!!!」「単にぐずぐずしているだけならまだしも、他人の足引っ張って迷惑かけるなんて何様????」と呆れた奥様方続出である。

秋篠宮家に対しては「順序が違うのではありませんか」と主張するくせに、夫皇太子徳仁に対してはワゴン車末席最後尾荷物席(奥)押し込む扱いが常であり、
天皇陛下相手に「私の友達にそんなことを言う人は一人もいません」の口答えと、両陛下に対して頭を下げようともしない実績も有し、

2005年11月27日 黒田ご夫妻結婚祝いの茶会にて、天皇皇后両陛下ご登場に際し深々と礼をする秋篠宮両殿下と、
お辞儀拒否の徳仁雅子4コマ切り取り画像

2005年11月27日 黒田ご夫妻結婚祝いの茶会にて、天皇皇后両陛下ご登場に際し深々と礼をする秋篠宮両殿下と、
お辞儀拒否の徳仁雅子gif動画
]
参考ようつべ:黒田慶樹さん清子さんご夫妻のご結婚をお祝いするお茶会 http://www.youtube.com/watch?v=dJkTnUsU8GA

公務より私的お楽しみ活動を露骨に優先する態度(参照:【同日シリーズ】【翌日シリーズ】)が顕著なのが雅子であり、その当の本人が「順序が違うのではありませんか」と言い張ったところで説得力完全にねーだろとしか言いようがない。

参照:【カーテンシャー】、【私の友達にそんなことを言う人は一人もいません】、【江頭2:47】、【ひざかけ】、【(奥)

『週刊新潮』2012年5月24日号<ついに「皇室に生じた確執の芽」「美智子皇后」が嘆いた「雅子妃」の「紀子妃」妨害>編集

pp.22-25より全文引用
 未来の「お世継ぎ候補」である悠仁さまを擁する秋篠宮家では目下、前途に向けて準備が進んでいる。が、ご一家を切り盛りされている紀子妃が、先ごろある“確執の渦”に巻き込まれてしまった。お相手は他ならぬ雅子妃で、これには皇后さまも大層お嘆きだというのだ。
 
 さる12日に仙台市を訪問された天皇陛下は、翌日、津波の被害が甚大だった荒浜地区の住民が暮らす仮設住宅を見舞われた。
「3月に退院されてから初めて地方公務であり、13日にあった国際会議の開会式出席が本来の目的でした。宮内庁側は当初、体調を考えて最低限のご公務に留めようと検討したのですが、陛下は『どうしても被災者を見舞いたい』と、きわめて強く希望されたのです。同行された皇后さまもまた、精力的に被災者にお声をかけていました」(宮内庁担当記者)
 現在もリハビリを続けられる陛下は、以前少量の胸水貯留が認められるものの、術後の不安はひとまず払拭され、16日からは心待ちにされていた英国ご訪問、そして帰国後には、山口市で催される植樹祭へお出ましと、多忙を極める日々に戻られつつある。
 その傍には、絶えずご体調を気遣われる皇后さまのお姿があった。3月11日の大震災追悼式典では壇上での不測の事態に備え、とっさに動きやすい和装で臨まれ、また4月の園遊会でも、陛下を支えるように付き添われていたのだった。
 皇后さまのご心痛は、陛下のご回復に伴ってさぞ和らいだことであろう。が、実はその頃、新たな“憂慮の種”が生じていたのである。
「それは取りも直さず、東宮家と秋篠宮家、さらに言えば両妃殿下の間に生じた“軋轢”に他なりません」
 こう明かすのは、さる秋篠宮家関係者である。
 あろうことか、その不和は、入院中の陛下のお見舞いに際して露見したというのだ。
「陛下が東大病院に入院されたのは2月17日。翌日には心臓バイパス手術を受けられICU(集中治療室)へ入られます。19日の夕刻には、短時間ではありますが、皇太子殿下と秋篠宮殿下が揃ってお見舞いにみえました」(同)
 ところが、この背後に見えざる“暗闘”があったのである。
実は、手術が終わったのち、真っ先に紀子妃殿下から病院関係者に『お見舞いに伺いたい』との打診があったのです。それを受け、医師団と侍従職が折衝し、一旦は手筈が整っていました。ところが、そうした動きをお知りになった雅子妃殿下のご意向が、直前になって伝わってきたのです。それは、『順序が違うのではありませんか』という、強いご不快のお言葉でした
 これにより、紀子妃の「お見舞い計画」は、あえなく水泡に帰してしまった。侍従職関係者が指摘する。
「皇室にも『序列』があるのは言うまでもなく、雅子妃の仰ること自体はむろん理があります。とはいえ、それならご自身がお見舞いの意向を示されても良かったでしょうが、残念ながらそういう段階には至りませんでした。紀子妃殿下には『東宮家を押しのけて』などというお考えは毛頭なく、純粋に陛下の御身を案じてのことだったため、ひどく気落ちなさっていました」
 同時に、この一件は皇后さまのお耳にも入ってしまう。
「ただでさえ陛下の術後が予断を許さない状況下、こうした事態が起こっていることで、皇后さまは大いにお嘆きの様子でした。そして、これ以上波風が立たぬよう、ひたすらお心を砕かれ、最終的には『それならば皇太子と秋篠宮が2人で来ればよろしいのでは』と、こじれてしまった事態を自ら収拾なさったのです」(同)
 こうして19日、ご兄弟のお見舞いと相成ったわけである。ご心痛をおして「大岡裁き」をこなされた皇后さまは、2人の息子の到着を待たずして、すでに病院を離れられていた。
 
確執の予兆
 図らずも露になったお二方の“衝突”。その予兆は数カ月前から見え隠れしていたという。別の宮内庁担当記者が振り返る。
「昨秋以降、両家の間にはとみにギクシャクした雰囲気が漂っていました。まず10月下旬、皇后さまのお誕生日の夕食会において、皇太子ご夫妻が途中退席されるという出来事がありました。また11月に入って悠仁さまの七五三にあたる『着袴の儀』が執り行われますが、お祝いの宴も皇太子ご夫妻は欠席されています。この時、そもそも東宮ご一家は葉山で静養される予定になっており、愛子さまがマイコプラズマ肺炎で入院されたことで結局取り止めとなるのですが、いずれにしても、弟宮のお祝いに参加するおつもりはなかったということです
 同月に陛下が気管支肺炎で入院されると、まず秋篠宮ご夫妻、続いて黒田清子さんがお見舞いに訪れたことで、皇太子さまはご兄妹で最後となり、加えて雅子妃は発熱のためキャンセル。あるいはこの時から「順序」が尾を引いていたのかも知れないが、こうしたすれ違いが積み重なり、いつしかエスカレートしていったという。
「この度のご入院では、すでに昼夜逆転の生活が始まっていたこともあり、雅子さまが皇太子さまとご一緒に初めてお見舞いにいらしたのは3月1日のことでした。それを受け、“順序”を守って長らく待たされていた紀子さまも、ようやく翌2日にご夫妻でのお見舞いが叶ったのです」(同)
 3月4日に陛下が退院された際、御所でお出迎えをなさったのは秋篠宮ご夫妻と悠仁さまであった。一方雅子妃がご退院後の陛下を初めて見舞われたのは、その3週間以上も後である。
 
職員はてんてこ舞
 両妃殿下が確執の只中にある現状は、むろん皇室にとって由々しき事態である。東宮家は言うに及ばず、秋篠宮家もお二人の皇位継承資格者を抱える筆頭宮家。とりわけ、未来のお世継ぎ候補である悠仁さまを育てられる紀子妃にのし掛かる重圧は察するに余りある。
 が、そうしたご負担とは相反して、両家には処遇において大きな差があるのが現実なのだ。
「予算の面でいえば、内廷皇族である東宮家は両陛下と共用で年間3億2400万円の内廷費が御手元金として支給されますが、一方の秋篠宮家は5人家族で6100万円の皇族費が支払われるのみ。原則としてここから捻出しなければならないのです」
 とは、皇室ジャーナリストの山下晋司氏である。
「職員数も、東宮家は51人を擁し、さらに管理部の車馬課や大膳課など別途数十人が担当についているのに比して、秋篠宮家はわずか16人。眞子さまが成年となってご公務に就かれるなど、ご一家は年々ご多忙になるばかりなのに、3分の1以下の陣容です。実際はさらに長官官房宮務課との掛け持ち職員を3人配置するなどして、カバーしています」
 09年から秋篠宮家には経産省のキャリア女性官僚が兼務で赴任しており、また悠仁さまのご誕生を受けて専属の御用掛が2人に増え、さらに私費で数人の侍女も雇い入れている。それでもなお、人手不足は慢性のようで、90年秋篠宮家創設以来、取材を続けている皇室ジャーナリストの高清水有子氏が言う。
「秋篠宮家では、『ご日程』として発表されるご活動以外にも、お子様の学校行事や両殿下それぞれに取り組まれているご研究などでスケジュールが詰まっており、大体そうした日程は紀子さまがご確認の上職員に指示を出されています。紀子さまはご出席行事の一つ一つを大切にされるので、事前に目を通される資料も膨大な量にのぼります。例えば、ある財団の式典に出られた際も、その財団の方ですら知らないような昔のパンフレットを取り寄せ、細かく目を通して臨まれていました。職員の方はご指示を受け、希少な資料まで急いで取り寄せるのですから、やはり忙しくなるのでしょう」
 それゆえ、身のこなされ方も、
「ご公務の時など、紀子さまはゆったりと優雅に歩いておられますが、宮廷の中ではフットワークよくてきぱきと動かれています。職員の方も出払っていたりするので、秋篠宮家にお電話すると、時に紀子さまが出られることがあります。また私が宮邸をお訪ねし、事務所にお声掛けしたところ、殿下が自ら戸口まで出てこられたこともありました」
 それでも、やはり「未来の天皇家」に向けた体制作りは徐々に進んでいるようである。さる職員が言う。
「全ての宮家に対して平等であるのが宮内庁の建前ですが、意識的に筆頭宮家を厚遇しているといっても過言ではありません」
 先述したように金銭的支出は年額が定められており、やはり人員の手当てでまかなうほかない。
「両殿下が地方にお出かけの際などは、多くの場合、宮内庁病院の医師が随行しています。また、本来は陛下のご相談相手である宮内庁参与が、年に2回ほどご夫妻のご意見やご注文を拝聴する『ご懇談』を機会もあります」(同)
 この席で参与らは陛下のご意向を伝え、代わりに両殿下のお考えを伺って皇居に持ち帰るなど、メッセンジャー的役割を果たすこともあるという。そして、こうも言う。
「このご懇談がなされること自体、秋篠宮家が他の宮家とは大いに異なることを示していますが、実はこの場に、参与や宮内庁御用掛とともに羽毛田信吾・宮内庁長官も同席しているのです。直近では1月6日に宮邸で行われています」
 
トップダウンの深謀遠慮
 長官自らお訪ねしてご意見を拝聴するとは、別格かつ将来の最重要ご一家との証左であろう。さらに、
「宮家のご意見表明となれば通常、あくまでご当主のお考えが反映される形になっていますが、秋篠宮家におかれては、内助の功に徹しつつも、実質的には妃殿下がいわば『企画立案』を担われているのです」(同)
 これまでのご懇談では、時に両殿下から『あの部屋が傷んでいる』『壁紙を替えたい』といった、お住まいのメンテナンスに関して打診をされたこともあったという。
 本来、お住まいの修繕を望まれる場合は、いったん宮務課に申請し、宮務主管の決裁が下りたのち関係部署が手がける段取りなのだが、トップダウンであれば話も早かろう。
「むろん予算は限られており、全ての要望が通るわけではありません。現に、赤坂御用地内にある職員宿舎も老朽化が進んでいますが、改装しようとすると他の宮家から『それよりこちらを早く』との声が出るほどです。そんな状況で秋篠宮家だけ先んじるのですから、庁内では『さすが妃殿下は交渉がお上手だ』とも囁かれています」(同)
 が、せっかく深謀遠慮を巡らせても、眼前に横たわる「兄嫁との衝突」が障壁となりかねない。皇室評論家の渡辺みどり文化大学客員教授は、
「両殿下のご年齢は世代的にはちょうど『働き盛り』の時期。その忙しさを、ご家族で分担して支え合っておられるというお姿にも、国民の求める理想的な“家族の肖像”が見えます」
 としながら、
「お見舞いの件について、皇太子さま、秋篠宮さまご兄弟でいらっしゃるよう取り計らった皇后さまのお気遣いは本当に素晴らしいと思います。陛下にご心配をかけないよう、あらゆる面でさり気なくご配慮をされている。そのご心配の源は、結局東宮家の問題ではありますが、今回のご訪英は、まさに陛下が身を賭してお行になる国際親善。そうしたお姿や、お支えになる皇后さまを手本として、例えば皇太子ご夫妻がロンドン五輪などで揃ってお姿をお店になれば、両陛下にとって何よりの喜びとなるでしょう」
 紀子妃とのわだかまりを除去する最良の処方箋は、雅子妃がご公務に戻られることだというのだ。

天皇陛下ご入院とその後のお見舞いについて編集

平成23年(2011年)11月6-24日天皇陛下気管支肺炎によるご入院の流れ編集

より詳細な動きは【皇太子妃出欠表(2011年)】を参照のこと。

11月 1~5日 愛子が発熱・咳の症状のため東京大学医学部付属病院入院、以降雅子は病院泊を続ける
  学習院初等科入試休みを利用し一家で葉山御用邸静養(1~8日)予定≪女性自身11/15号、週刊文春11/10号≫だったが、
  10月31日時点では延期と発表、秋篠宮家悠仁殿下着袴の儀が行われた3日になって中止発表
11月 6日 天皇陛下がご執務の後、東大病院ご入院
11月 7日 理由不明の外出「雅子さまの通過で交差点封鎖。のため、わたくしも病院遅れるという。。。 11/7 10:11」「雅子さま見たなう。11/7 20:43/ちなみにただの人だった笑 11/7 20:44」≪Part2187-307ツイッター≫
11月 8日 秋篠宮両殿下が東大病院へ陛下お見舞いに出向く
11月10日 東大病院入院・翌11日退院予定の天皇陛下を徳仁初お見舞い、雅子は発熱理由で同行せず
11月12日(土) 江戸川区スポーツランドが理由不明の午前7時~午後2時貸切≪Part2157-768えどねっと情報≫
  「一般公開専門公開 11月12日土13-18 フィギュア」=午前中貸切≪Part2176-94江戸川区スポーツランド11月予定11/13時点魚拓
  「スポーツランドに電話で確認しましたところ、予約手放したようです。10時から一般公開だそうですわ。」≪避難所part5-962≫とのことであるが、ネット告知がそうでない以上無意味としか言いようがない。
11月14日 秋篠宮両殿下が東大病院へ陛下二度目のお見舞いに出向く
         学習院初等科4年生社会科見学を愛子欠席と11日東宮大夫定例会見発表 ※昨年は10月19日(火)新江東清掃工場(団体見学火~金)
11月18日 「18日には雅子さまも初等科を訪問されたという。」≪MSN産経皇室ウイークリー11/19
  「愛子さま(9)は15日以降、ほとんど1人で登校し、全ての授業に出ており」≪読売新聞11/18
11月19日 秋篠宮殿下と眞子内親王殿下が東大病院へ陛下のお見舞いに出向く
11月23日 愛子10歳・雅子48歳誕生日発表用画像映像撮影会
11月24日 天皇陛下、東大病院ご退院(当初11日退院予定だったがこの日まで遅延)
11月26日 学習院初等科祭、午前中徳仁が愛子付き添い、昼前に雅子合流≪週刊女性12/13号≫
11月27日 「マスク姿の雅子さま、愛子さまの学習院初等科祭に2日間の皆勤賞」≪週刊文春12/8号≫
11月28日 ベトナム離任大使夫妻接見ドタ出(東宮御所)
  「当初は皇太子さま1人で会う予定だったが、雅子さまも体調に支障がなかったため同席した。」≪朝日新聞11/28]≫
  「宮内庁の小町恭士東宮大夫は2日の定例会見で、皇太子さまが平成21年2月にベトナムを訪問された際、大使が全日程に同行した縁があり、雅子さまも大使夫人をよくご存じだったと説明した。」≪MSN産経皇室ウイークリー12/3]≫
11月30日 秋篠宮殿下お誕生日恒例の夕食会(秋篠宮邸)に雅子は部分的に参加
  「宮内庁関係者によると、陛下は姿をお見せにならなかったが、皇后さまと皇太子さまが出席され、雅子さまも部分的に同席されたという。紀子さまのご両親も出席した。」≪MSN産経皇室ウイークリー12/3
12月 1日 愛子10歳誕生日につき諸行事、夕方東宮一家が両陛下へのご挨拶に参内、これが天皇陛下ご入院~ご退院から初めて雅子が会った場である
  「関係者によると、この日は付き添いなしで登校、終業まで過ごした。」≪共同通信12/1≫、「皇太子ご一家が皇居におられた時間は30分ほど。」≪MSN産経皇室ウイークリー12/3

天皇陛下の2011年11月ご入院について、雅子は一度たりとも「お見舞い」をしていない。



※未確認情報
11月11日 「雅子さん、11日にどっかのレストランに行ってた」≪Part2192-447書き込み≫
11月15日 理由不明の外出「昨日は美智子さま、今日は雅子さまとすれ違ったよ at: 2011/11/15 08:25:41/昨日は竜岡門、今日は竹橋だよ at: 2011/11/15 10:37:28」≪Part2193-597・Part2196-23ツイッター≫

平成24年(2012年)2月18日天皇陛下心臓冠動脈バイパス手術/2月17日-3月4日ご入院の流れ編集

より詳細な動きは【皇太子妃出欠表(2012年)】を参照のこと。

2月16日 天皇陛下ご入院前日、両陛下と秋篠宮両殿下が御所にて3時間余りの夕食会NHK2/16FNN2/17JNN2/17
2月16日 天皇陛下東大病院にご入院
2月18日 陛下心臓冠動脈パイパス手術当日、徳仁は日課のジョギングを取り止めたが、雅子はいつも通り御用地散策≪週刊新潮3/1号≫
2月23日 宮内庁HP日程ページには「皇太子同妃両殿下 皇太子殿下お誕生日につき諸行事」と記載があるが、『週刊朝日』3/9号は「今年は妃殿下の姿はなく、皇太子一人で祝辞を受けていた、妃殿下はよほど体調が優れなかったのだろう」出席した職員…とあり矛盾しており未確定
2月24日 東宮夫妻揃って学習院初等科授業参観≪MSN産経皇室ウイークリー2/25
       1/2成人式参観≪週刊朝日3/9号、女性自身3/13号、週刊文春3/8号、女性セブン3/15号≫
3月 1日 東宮夫妻が天皇陛下お見舞い(東京大学医学部附属病院)したが、東宮御所へ戻る際に「カーテンシャー」事件発生。
  正午頃、東大病院入院中の天皇陛下を夫婦で約20分間お見舞い、夫妻の到着約10分前に皇后陛下が東大病院入り
3月 3日 帰国していた小和田恒優美子夫妻が、離日前の挨拶として夕方~19時頃まで東宮御所滞在≪週刊文春3/15号≫、雅子徳仁愛子と面会≪週刊ポスト3/23号≫
3月 3日 江戸川区スポーツランド午前中貸切予約で愛子スケート予定だったが直前になってキャンセル≪週刊女性3/20号≫
3月 4日 東大病院から退院された天皇陛下を、御所で秋篠宮両殿下・悠仁殿下・黒田清子さんがお出迎え。夜は黒田ご夫妻とご一緒。
  退院前日(3/3)に徳仁雅子が御所へ行くと東宮職から内々に連絡、千代田では朝交代予定の当直勤務者が午後まで待機、交通規制のため警察にも連絡、結局東宮からの連絡はなくドタキャン≪週刊文春3/22号≫
  「御所では秋篠宮ご夫妻や長男の悠仁さまが待ち受け、天皇陛下に会われたということです。」≪NHK3/4
  「天皇・皇后両陛下は、お住まいの御所で秋篠宮ご夫妻と悠仁さまのお出迎えを受けられた。」≪NNN3/4
  「およそ2週間ぶりに御所に戻られましたが、秋篠宮ご夫妻と悠仁さまがひと足先に駆けつけ、御所で出迎えられました。」≪JNN3/4
  「御所で4日、秋篠宮ご夫妻と悠仁さまの出迎えを受けた陛下は、非常ににこやかで(以下略)」≪FNN3/4
  「御所では職員のほか、秋篠宮ご夫妻や悠仁さまが出迎え、陛下はにこやかに車から降りられたということです。」≪ANN3/4
  「4日夜、お住まいの皇居・御所では、秋篠宮ご夫妻と長男悠仁さま(5)、陛下の長女・黒田清子さん(42)らが出迎え、退院を祝ったという。」≪毎日新聞3/4
  「この日お住まいの皇居・御所に戻った後、皇后さま、秋篠宮ご夫妻と長男の悠仁(ひさひと)さま、両陛下の長女の黒田清子(さやこ)さんと共に過ごされたという。」≪読売新聞3/5
  「陛下は御所で秋篠宮ご夫妻と悠仁さまに出迎えられ、夜は長女の黒田清子さん夫妻と一緒に過ごされました。」≪JNN3/5
3月 5日 御所で両陛下と秋篠宮両殿下が夕食を共にされるも、東宮一家に動きなし。FNN3/5JNN3/6
3月 9日 「紀尾井町 吉祥」にて雅子の希望でいつもより高めの5,000円懐石ママ友ランチ予定だったが、諸事情で無念の直前キャンセル≪週刊女性3/27号
  ランチドタキャンについて、学習院関係者2名の証言:幹事が店の選定について相談したところ雅子は積極的に考えてくれた/出席の返事があったのは陛下ご入院の日(2/17)かその直前≪週刊文春3/22号≫
       徳仁は天皇陛下に国事行為臨時代行等のお務めについてご報告(御所)+両陛下と昼食会(雅子抜き)
3月10日 江戸川区スポーツランド午前中貸切予約で愛子スケート予定だったが直前になってキャンセル≪週刊女性3/20号≫
3月11日 ご黙祷(東日本大震災発生から1年目に当たり)(東宮御所、愛子の名前記載なし)
3月26日 徳仁雅子夫妻が天皇陛下退院後初お見舞い&両陛下と昼食会(皇居御所)
       徳仁雅子夫妻でドタ出ご覧(皇后陛下喜寿記念特別展「紅葉山(もみじやま)御養蚕所と正倉院裂(ぎれ)復元のその後」)(三の丸尚蔵館、徳仁は同月19日以来二度目)
  「もともと雅子さまは特別展を訪問したいというお気持ちがあり、26日は皇居に到着後も体調がよかったため、急きょご覧になることが決まったという。」≪MSN産経皇室ウイークリー3/31
3月16日 学習院初等科修了式、徳仁雅子について記載なし≪MSN産経皇室ウイークリー3/17
  雅子妃の影響か、愛子さまは3月16日の修了式に1時間遅刻≪週刊朝日3/30号、ただ印刷のタイミングが早すぎる感あり≫
3月24日 眞子内親王殿下成年のお祝い(赤坂東邸、天皇皇后両陛下・徳仁・常陸宮両殿下出席)、雅子欠席
3月26日~29日 ホテルグランフェニックス奥志賀ロイヤルスイート含め全館満室だったが、奥志賀スキーは中止
  「3月26日あさま 519号 東京11:24長野12:51 グリーン車予約できません/3月30日あさま540号 長野発16:50東京着18:32 グリーン車予約できません」≪Part2293-226≫
  「3/25 あさま 511号 09:20 11:05 ○ × あさま 513号 09:52 11:28 ○ ×/3/29 あさま 542号 17:26 19:12 ○ ×」≪Part2293-890≫
  「3月27日からのロイヤルスイート予約がキャンセルされました。」≪Part2295-275≫
  1日天皇陛下お見舞い直前に、ずっと検討していた長野へのスキー静養を中止≪女性自身3/20号≫
  徳仁フランス訪問中止は5日,長野県奥志賀の“春スキーご静養”もキャンセル≪週刊文春3/15号≫
3月31日 東宮一家が天皇陛下お見舞い&両陛下と昼食会(皇居御所)

「順序が違うのではありませんか」コレクション編集

参照:【(奥)

参照:【小和田優美子

参照:【マコオタ画像集(雅子関係)07
皇太子ご一家 大相撲ご観戦(1) http://www.youtube.com/watch?v=oEE-8yB9kAI
6分50秒あたりから中継映像最後の退出場面、雅子が席から立ちお手振りして、娘愛子の手を引き、夫徳仁を尻目にさっさと自分から先に退出しようとして出口を間違える光景収録。

参考ようつべ:19930609皇太子同妃両殿下結婚パレード6/6 http://www.youtube.com/watch?v=fhFpt6m4sa8
立ち位置が逆、車降りてぺちゃくちゃお喋り、皇宮警察音楽隊演奏に最初は嬉しげにしているものの後半飽きてきたのか落ち着きがなくなる様も。

雅子「順序が違うのではありませんか」をなかったことにして、責任を宮内庁に全部押し付ける『女性自身』2012年12月18日号記事編集

Part2476-733 可愛い奥様 sage 2012/12/04(火) 18:35:04.56 ID:dX0+XnRy0
豚、失礼。
自身チラ見。
陛下手術入院のときのお見舞い騒動について。

紀子様がまっさきにお見舞いを希望した。
しかし、雅子がまだお見舞いに行ってなかったので 宮内庁幹部が(!) 止めた。
序列を重んじる宮内庁の論理に紀子様は、大きなショックを受けた。

「順序がー」 が無かったことにされています。
「悪いのは宮内庁」 だそうです。

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