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霜鳥加奈

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2011年7月21日付で愛子養育担当東宮家出仕となった女性。それまで愛子養育担当出仕には福迫美樹子氏、筒井美奈氏がいたが、霜鳥氏は3人目となる。
ほぼ同時期に愛子養育担当人員として雇用された存在として、元・品川区立公立小学校教諭から2011年5月16日付で東宮家の御用掛(皇室に関わる非常勤の国家公務員)となった糸川順子氏(就任期間:2011年5月16日~2014年10月15日、専門は国語)がいる。 また2014年10月16日付にて東宮家御用掛となった大橋志津江氏(就任期間:2014年10月16日~現在、専門は数学)もいる。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110723/imp11072307000001-n1.htm
(189)愛子さまに新たな「お姉さん」役 皇居はホットスポット?
2011.7.23 07:00 (1/6ページ)
 皇太子ご夫妻の長女、敬宮愛子さまは22日、学習院初等科の1学期の終業式を迎えられた。愛子さまはこの日、午前8時前に皇太子さまとご登校。終業式にも出席されたという。約1時間後、皇太子妃雅子さまが初等科に入り、皇太子さまと付き添いを交代された。
 下校時は雅子さまの付き添いはなく、東宮職の職員とともに徒歩で帰られた。雅子さまは約1時間後、車で東宮御所に戻られた。
 宮内庁は21日、愛子さまの養育を担当する東宮職の出仕として、霜鳥加奈さんを採用した。宮内庁によると、出仕は「内親王(天皇の娘、女性の孫など)の日常のお世話をする方」だという。愛子さまには現在、霜鳥さんを含め、3人の出仕がいる。20代後半から30代の女性で、愛子さまにとって、“お姉さん”のような存在という。
 過去には、天皇、皇后両陛下の長女、黒田清子さんに出仕がいた。だが、幼少期の皇太子さまや秋篠宮さまには付いていなかった。あくまでも内親王のお世話を専門とする役職というが、同じ内親王でも秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまや次女の佳子さまには出仕はいないそうだ。
 宮内庁は「年齢に応じて、適任者を採用する」としており、愛子さまが5歳だった平成19年3月から4年以上出仕として働いた筒井美奈さんは20日付で辞職が承認された。


このMSN産経皇室ウィークリー記事が発表された直後、スレ住民奥様方により「武蔵野東学園」中学校に同姓同名の教員が存在すること、上智大学グランドホッケー部OGにも同姓同名の人物がいることが発見されており、「上智大学→上智大学院→1年間の空白期間→武蔵野東学園中学校教員となった?」という推測がスレ住民の間で広まった。
そして7月28日発売の『週刊文春』2011年8月4日号<ついに皇太子が「付き添い登校」 愛子さま新ご養育係に20代「英語教育のプロ」が選ばれた!>によって、上智大→武蔵野東学園中学校教員(2011年3月『家庭の事情で』という理由で退職)の経歴が裏打ちされることになった。
武蔵野東学園については、『月刊THEMISテーミス』2004年11月号で敬宮愛子ちゃんの教育を依頼されたと記事に書かれたこともあり、霜鳥氏の出仕就任はスレ住民奥様方から大きく注目をされている。

「武蔵野東学園」中学校に在籍の霜鳥加奈先生ネット情報編集

Part2103-12 可愛い奥様 sage 2011/07/23(土) 07:17:24.83 ID:lwcrH7JT0
武蔵野東学園に霜鳥加奈さんという職員が2年前に在籍しているけど同一人物?
 
13 可愛い奥様 sage 2011/07/23(土) 07:21:53.18 ID:F4DxuAbk0
http://www.musashino-higashi.org/newsletter/newsletter31/7.htm
魚拓保存っと
http://megalodon.jp/2011-0723-0721-08/www.musashino-higashi.org/newsletter/newsletter31/7.htm
 
教職員異動
◎着任(平成21年度)
   【中学校】尾﨑はるか、霜鳥加奈、水井明日香  【小学校】宇野友梨、加藤優奈、菅野瑞保、鈴木達也、
 
14 可愛い奥様 sage 2011/07/23(土) 07:25:23.02 ID:lwcrH7JT0
もし,この方でビンゴだったらどうしましょう。
上智大学グランドホッケー部OBにも同姓同名がいましたけど
 


Part2105-843 可愛い奥様 sage 2011/07/28(木) 00:31:54.62 ID:AcljQOh60
武蔵野自閉症記念に買いにいこうかな。
 
もしかしたら、武蔵野を早めに退職させて
武蔵野を表に出さずに就任させるつもりだったけど
このスレで祭りになって、バレちゃったとか。
だと面白い。
 
900 可愛い奥様 sage 2011/07/28(木) 07:42:35.89 ID:dzVN0SJ30
もしかしたら、武蔵野を早めに退職させて
>武蔵野を表に出さずに就任させるつもりだったけど
このスレで祭りになって、バレちゃったとか。
だと面白い。
 
23年3月付(22年度)で退職したのなら学園便りに掲載されるはずなのに掲載なしです。
東宮出仕が内定していたから経歴を載せたくなかったとか・・・
ttp://www.musashino-higashi.org/newsletter/newsletter37/7.htm


『週刊文春』2011年8月4日号 ついに皇太子が「付き添い登校」 愛子さま新ご養育係に20代「英語教育のプロ」が選ばれた! pp.150-151より引用編集

「七月初旬には、新東宮大夫として元オランダ大使の小町恭士氏が就任しましたが、今回(=2011年7月26日)の福島ご訪問には同行しませんでした。東宮職幹部はベテランも多い。年齢的には世代交代の時期にさしかかっており、今後も人員交代が予想されます」(宮内庁担当記者)
 ご一家を支える側近たちの体制はめまぐるしく変化している。たとえば、今年一月には、雅子さまを支える“扇の要”である木幡清子東宮女官長が退官したが、以降、半年以上にわたって東宮女官長は不在のままだ。
 学習院幼稚園の経歴を買われて、鳴り物入りで愛子さまの「養育専門女官」におさまった小山久子氏も、昨年末に退任してしまった。
「妃殿下のご体調は少しずつ回復に向かっておられるようですが、公務復帰に向けてやはり女官長がしっかり手綱を握るべきですよ。今のところ公の場所にあまりお出にならないので、さほど支障はないのでしょうが」(元東宮職関係者)
 そして先週、また新たな動きがあった。愛子さまのご養育係(出仕)が交代したのである。
「七月二十一日付で、霜鳥加奈さんが就任しました。四年間『絵本博士』として養育係を務めていた筒井美奈さんは前日付で退任。
 霜鳥さんは、上智大学英文学科を卒業し、〇八年に同大学の修士課程を修了した二十代の女性だそうです。その後、二年間中学校の英語教師のキャリアを経て、迎えられることになった。いわば“英語教育のスペシャリスト”です。修士論文では“イギリス小説の父”ヘンリー・フィールディングについて六十九ページにわたって英語で論文を書いています」(皇室担当記者)
 四年生になられた愛子さまだが、四月から初等科では週に一回、英語授業が始まっている。約三十人のクラスを半分に分けて授業をするという。
「教科書はロングマンの『ゴーゴー・ラブズ・イングリッシュ』と、学習院オリジナルの副教材『初等科のペンマンシップ練習帳』。このオリジナル練習帳には、薄い本で手本が書かれておりなぞることでアルファベットを書く練習ができる。四年生の間にbookやcatなど約二百単語勉強します」(学習院関係者)
 さっそく一学期には五段階評価で英語の評価がつけられたという。
「さらに夏休みの間に、一学期に習った練習帳の七ページを覚えること、という宿題が出ました。アルファベットの大文字と小文字を覚え、自分の名前をローマ字で書けるようになることなど。霜鳥氏の採用は、英語が堪能な雅子さまが、愛子さまのご成長を願われてのことでしょう」(同前)
 霜鳥氏が二年間教員として務めていたのは、健常児と自閉症児の「混合教育」が特色の、武蔵野東中学校。自閉症児が一学年のうち約三分の一在校し、そのユニークな指導法や、自閉症児の治療法は世界的に注目されている。
 理事長の寺田欣司氏が語る。
「彼女は一~三年の英語を指導していました。今年三月に『家庭の事情で』という理由で退職したのですが、非常に優秀で、教師の間でも『早く担任を持たせ、昇進させたい』と評判でした」
 霜鳥氏は「熱心な先生」として教え子からの人気が高い先生だった。
「英語の発音が綺麗でカッコよかった。希望者を募って英検の面接試験の対策をしてくれました。習熟度別で上のクラスを教えていて、下のクラスに落ちるとまた先生に習いたいから勉強を頑張りました」(在校生の一人)
「去年度、最後の英語の授業で霜鳥先生手作りの“くじ引き”をしました。箱の中に細長い紙が入っていて、英語で『願えば道は開ける』とか『くじけるな』という言葉が書いてあって、説明してくれました。今思えばそれが先生の最後の授業でした」(別の教え子)
 大学時代はホッケー部に所属していた霜鳥さん。同部の古いHPには自己紹介が残っていた。
 好きな言葉の欄には、
<There is always a better way>
 というトーマス・エジソンの名言が。
 今よりもっとよい方法がある――。東宮職にとって、なにより希望に満ちたアドバイスではないだろうか。
 

参考:『月刊THEMISテーミス』2004年11月号<懸念は払拭されたのか 皇太子ご一家ビデオ公開は裏目に出た 宮内庁の無策が生んだ“ボタンのかけ違い”は危機的状況に達し皇室を追い詰める>編集

月刊テーミスWEBサイト 立ち読み記事全文掲載
http://www.e-themis.net/feature/read_0411.php
過去の立ち読み記事<2004年11月>
懸念は払拭されたのか
皇太子ご一家ビデオ公開は裏目に出た
宮内庁の無策が生んだ“ボタンのかけ違い”は危機的状況に達し皇室を追い詰める

自閉症児教育施設と接触の噂
 宮内庁は9月24日、皇太子殿下(44歳)が撮影した長女敬宮愛子さま(2歳)のビデオ映像を公表した。しかし、あまりの唐突さにマスコミ関係者は「なぜこの時期に」と、一様に首を傾げた。
 公開された映像は約3分間。7月と9月に東宮御所内で2回にわたって撮影された。愛子さまが、絵本を開いて「もーいいかい。まーだだよ」「どこに隠れたのかなあ」などと読みあげたり、皇太子さまに「パパも読んで」とせがんだりする様子が、肉声とともに収められている。また、雅子妃殿下(40歳)と一緒にハープに触れたり、母娘で踊る姿も映っている。
 天皇家のビデオ映像はこれまで、誕生日や新年などの節目に宮内庁が撮影したものが公開されてきたが、いずれも音声は入っていなかった。
 「適応障害」で長期静養中の雅子さまは、9月4日、皇太子さまとともに天皇、皇后両陛下を皇居へ訪ねた。雅子さまの外出は、今年3月から4月にかけての軽井沢静養以来だったが、愛子さまはこのときも、「車に乗るのをむずかって」同行しなかった。
 外国メディアや週刊誌は、以前から「愛子さまに発達の遅れがあるのではないか」と報じてきた。今回、異例の映像公表に踏み切った理由について、宮内庁は、皇太子ご夫妻が、様子を知りたがっている国民の期待に応えたいという意向を示されたことと、雅子さまがそうした「憶測記事」に心を痛めていることを挙げている。
 一連の記事は、果たして単なる「憶測」だったのだろうか。皇室問題に関心の深いジャーナリストが明かす。
 「初夏に、皇室の関係者がある学校を訪ねて、愛子さまの教育を依頼したと聞きました。引き受けてくれたら相応の施設を寄付したいとまでいったというのです。そこが特別な教育方法で実績を上げてきた学校だったので、『やはり』ということになった」
 このとき訪ねた先は、東京都武蔵野市の武蔵野東学園(寺田欣司理事長)だったといわれている。
 武蔵野東学園は、’64年に開設された武蔵野東幼稚園が母体で、小中学校や高等専修学校も運営している。創立以来、健常児だけでなく、教育が困難といわれていた自閉症児を積極的に受け入れ、「混合教育」を行ってきた。
 自閉症は生まれながらのもので、原因はいまだに解明されていない。心理的な原因で生じる情緒障害と違い、治療しても完治することは難しいとされる。発症率は0・1~0・2%。言葉の発達が遅れたり、人との関わり方が分からず、他の子どもと協調して遊ぶのが難しかったり、知的機能が偏って発達したりするのが特徴だ。
 武蔵野東学園では、健常児と一緒に教育することで、自閉症児は、話し方や遊び方なども含め、より高度な社会への適応力を身につけられるという。
同学園のホームページには、「こうした『混合教育』は、世界で唯一、当学園のみが行っている」と記されている。
 前出のジャーナリストは9月中旬、自身が運営するメールマガジンに、こうした情報を慎重な表現で掲載した。これに素早く反応したのが、旧知の古川清・前東宮大夫だった。

■「マスコミってウジ虫みたい
 古川氏は自分なりに情報収集に奔走し、9月22日に、「あれは違うようだ。近く、(違うことが)わかるようにマスコミに姿を見せる予定らしい」と、そのジャーナリストに伝えたという。愛子さまの映像が公開されたのは、その2日後だった。
 「皇室の関係者が武蔵野東学園と接触したのは間違いないと思う。自閉症の症状は個人差が大きいといわれているので、今回の映像だけで判断するのは難しい」(前出のジャーナリスト)
 当の武蔵野東学園に取材を申し込んだが、秘書室を通じて「(そのような質問には)お答えできないので、(しかるべき立場の者にも)お取り次ぎできません」と門前払いだった。
 12月1日で3歳になる愛子さまの幼稚園進学準備はすでに始まっており、巷では複数の有名小学校附属幼稚園の名前が取り沙汰されている。そんな中で、ビデオ映像公表前まで根強く残っていた噂から、愛子さまを案じた皇族関係者の誰かが、まったくの一存で密かに武蔵野東学園に問い合わせた可能性もある。
 皇太子さまと雅子さま、愛子さまの3人は、ビデオ映像を公開したその日から、栃木県の那須御用邸に滞在し、静養した。林田英樹東宮大夫は、雅子さまの年内の公務復帰の可能性を否定。「私的活動まで取材対象になるということは、つらい思い出が多くおありになったこともあり、心理的負担を著しく生じさせる」とし、取材、報道を控えるよう改めて要請した。
 雅子さまの「マスコミ嫌い」は、結婚前から有名だった。お后候補報道が過熱した当時、雅子さまの一挙手一投足は連日、各社のカメラマンにマークされた。外務省の元同僚によると、雅子さまは「マスコミってウジ虫みたい」とこぼしたという。
 小和田番だった大手新聞社のカメラマンは、「駅のホームで電車を待っていた雅子さまを撮ろうとしたら、タートルネックのセーターの襟を伸ばして顔を隠されました。そこまで神経質な人が、皇室に嫁いで大丈夫かなと心配になった」と述懐する。
 そうしたマスコミへの拒否感は、結婚から10年以上たっても、まだ消えていないようだ。「今回のビデオ映像公開について、雅子さまは、『娘のプライベートな姿を本人の了解なしに出したくない』と主張されたが、皇太子さまが『国民は心配しているのだから』と説得され、雅子さまも最終的には納得された」(宮内庁関係者)という。
 映像公開の是非を2歳児が判断できるわけはない。それでも本人の意思を尊重しようとするあたり、外国生活の長かった雅子さまらしい発想ではある。その一方で、皇族という特殊な立場への抵抗感は、根強いようにも見える。
 長年皇室取材を続けてきた雑誌編集者は、「問題は、そうした雅子さまのキャラクターをまったく生かそうとしてこなかった、宮内庁の無為無策にある」と指摘する。

適切なプロデュースを怠った
 数年前、天皇皇后両陛下のご成婚40周年を記念して、雑誌が特集を組んだ。メーンは美智子さまのご成婚当時の秘蔵写真で、掲載号は完売した。読者の中心は50代以上の女性だったという。
 「現皇室の最大のスーパースターは美智子さまです。美智子さまと同世代かそれよりも少し下の女性たちは、美智子さまに自分たちの人生をオーバーラップさせてきた。雅子さまにそうしたシンパはいません。雑誌で雅子さまを取り上げるときも、『雅子さまを気遣う美智子さま』といった具合に、美智子さまモノにしないと売れない」
 こうした雅子さまの「不人気」は、天皇家をプロデュースすべき宮内庁の致命的ミスだと指摘する声は多い。別の宮内庁担当記者がいう。
 「皇太子妃になられた当初の雅子さまに、同世代の女性たちは、キャリア女性として新しい皇室を創ってくれるのでは、という期待感を抱いた。しかし、宮内庁は雅子さまを旧来の皇室の枠の中に押し込めてきた」
 流産を乗り越えての出産も、イメージチェンジをはかる好機だったという。
 「雅子さまのご懐妊をわがことのように喜んだのは、不妊治療を受けていた同世代の女性たちでした。彼女たちが集うホームページには、雅子さまが、ご懐妊に至った経緯を公表されることを願う書き込みが殺到しました」
 憲法を引くまでもなく、天皇や皇族には「国民統合の象徴」としての役割が期待されている。しかし、次代の皇室が、国民から敬愛され、必要とされる存在であり続けられるかどうかは、いまだ定かではない。
 「英国の故ダイアナ元妃が世界中で支持されたのは、地雷除去の現場を単身視察されるなど、常に行動的で、弱者とともにあろうとしたからです。日本国民が雅子さまに期待していることも、まさに国民の目線に立った新しい皇室なのではないでしょうか。たとえば、日本に自閉症の人は10万人以上います。もし愛子さまがそうなのであれば、公表することで勇気づけられる人は本当に多いはずです」(前出の評論家)
 「菊のベール」に包まれることは、雅子さまご自身の望まれることではあるまい。宮内庁生え抜きの元侍従は、「最近の幹部は、警察庁や旧自治省など中央官庁からの天下りの人ばかり。本気で皇室の将来を考えようとしていない」と嘆いている。宮内庁の構造改革こそが、即刻必要なのではないか。
(2004年11月号掲載)

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