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鎌田勇

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1928年(昭和3年)生まれ 、沖ユニシスの元代表取締役社長で徳仁とは古くから交流がある人物。徳仁の父今上陛下が1933年(昭和8年)生まれ、母皇后陛下が1934年(昭和9年)生まれであることから、1960年生まれの徳仁にとっては実の両親よりも年上の人物である。
学習院高等科(後に慶応大学進学)出身であり、クラシック音楽を趣味としてアマチュア音楽家として演奏・作曲活動をしていることから、特に音楽方面での関わりが深い。徳仁がメンバーである学習院OBオーケストラの副団長を務めていたこともある。
皇室の一員である徳仁との交流が鎌田氏は大層ご自慢なようで、それについて著書も出している。鎌田氏によるロマンチシズム溢れすぎな徳仁大絶賛文章は、読む人にこっ恥ずかしい///////とまで感じさせることもしばしばである。

徳仁と結婚することになった小和田雅子についても同じく大絶賛するわけであるが、後に雅子が静養突入、公務をしないだけならまだしも様々な問題を引き起こし徳仁の内実まで大きく疑問視されるようになってからも、基本変わらず歯の浮くような大絶賛論調を続けている。
未だにこんな調子で徳仁雅子を絶賛し続けていたら人生最晩年の氏の末節を汚すことになりやしないかと、他人事ながら心配になるほどである。

『FLASH』1992年3月3日号<皇太子殿下の「有力お見合い場所」は新宿区の社長邸!?“音楽の師”鎌田勇氏(63)宅をしばしばご訪問…報道協定締結でお妃選びはクライマックスへ>
『音楽の聞こえる小さな家―ハーモニーに包まれた皇室の肖像』(時事通信社、1999年10月)


鎌田勇CDにおける自己紹介、その感想編集

Part2587-271 可愛い奥様 sage 2013/05/13(月) 09:51:53.13 ID:wUGhO7pd0
鎌田勇氏について
 
"KAMATA COLLECTION etc."というCDを紹介した文から抜粋
 
2 作曲者の横顔
財界人として、第一線で活躍する一方で、数々の名曲を世に送り出すという、ユニークな人物として知られている。
5歳にしてピアノを習い始め、その後笈田光吉門下で絶対音感教育を受ける。13歳よりヴァイオリンを始める。
その後、指揮・作曲等を故尾高尚忠氏に、又ピアノを故永井進氏に師事。音楽家への道を歩み始めたが、
ピアノもヴァイオリンも、作曲も指揮もと、欲か深く、どの専門家になるか悩んだ末、それならば生活の手段は他に求め、
かたわら、幅広く音楽活動を続けようと決心、サラリーマンになる。しかし「生活の手段」として入った会社でも成功をおさめ、
又、「かたわら」の音楽活動でも、特に作曲分野では、交響曲第一番、第二番、ヴイオラ協奏曲、ピアノ三重奏曲等、海外でも多く演奏され高い評価を受けている。
このように、二つの分野で成功した数少ない例として、実業家であり今世紀最大の作曲家の一人である米国のアイビス氏と並んで、
テレビ番組「オーケストラがやってきた」でも「東西の日曜作曲家」として、紹介されている。     福田一雄 記(指揮者)
ttp://www.sam.hi-ho.ne.jp/s_suzuki/kamata_collection.html
 
284 可愛い奥様 sage 2013/05/13(月) 10:10:34.15 ID:8+2iRs410
>>271
うへあ……この文章だけで自分大好きな人間性が分かるわ。
一応福田一雄が書いたってことにはなってるけど、絶対本人のリクエストが入ってるよね。
鎌田さんが28年生まれ、福田一雄は31年生まれだから、
学習院での在籍期間がかぶるんだね。断れなかったんだろうな。

文藝春秋』2013年6月号<独占手記 皇太子と雅子妃ご成婚20年 私だけが知る悲劇の真相(鎌田勇)>編集

Part2585-309 可愛い奥様 sage 2013/05/10(金) 15:30:14.85 ID:WJoxS+7J0
文藝春秋6月号の皇室関連記事読みました。
久々登場の鎌爺ですが、いろいろ余計なことをナルに吹き込んでたようですね。
鎌爺自身も反省してる発言もあるようですが、いくつか抜粋してΣ(゚д゚) エッ!?と
なったところをレポします。(本文はもっと丁寧な言い回しです)

・皇太子妃選びの時、
   「火花が散るような方を選ぶべき。断固として自分の道を貫くべきで、殿下の
   決断なら国民の多くは納得する。」
・マサが妃候補の有力となった時、ナルが江頭ジジンがチッソに勤めていたことが
 あるが、マサが悪いわけじゃない可哀想だと言ったのに対して、
   「殿下が結婚されるのはチッソでもおじいさまでもなく、雅子さんなんですから、
   そんなことは関係ないのではないか。」
・マサにフルートを勧めたのは鎌爺。他の皇族に管楽器してる方がいないし、初心者
 にもやりやすいからとのこと。
・子供がなかなか授かれなかった時、
   「天皇制は殿下が決めたわけではないから、それに縛られて私生活まで全部
   犠牲にされているのであれば人権問題だ。」
   「天皇家は養子をとることを考えられないのか。」
・マサは皇室に入ってから日々の時間が大変ゆっくり流れていくことに悩んでいた。
・皇室外交について、
   「マサにしかできない、日本のためになる外交があるはずだ。」
   「国連大学などにマサのための研究室を作り、皇室外交のあり方や日本の
   外交全般についてアカデミック(学術的)に研究してはどうか。」
・「新しい公務」について、ナルは「誰でもできるお飾りのような仕事ではなく、東宮家
 でなければできないことに挑戦してみたい」と言っていた。
・鎌爺はちょっと聞いただけはわかりにくいジョークを飛ばしているようで、ある日マサが
 「それはどういう意味ですか」と訊いたことあり。


698 :可愛い奥様@避難所生活:2013/05/12(日) 09:20:22 ID:lzl.0SEI
文藝春秋鎌爺レポに補足。
独身時代のナルの妃候補に美智子様も賛成した旧皇族の娘があがって鎌爺の家で数回顔を合わせたが、
ナルと話題が続かず立ち消えになった。
ナルは芸能ニュースの話とかがしたかったのに、真面目な令嬢は応じられなかったらからとのこと。

702 :可愛い奥様@避難所生活:2013/05/12(日) 09:25:51 ID:lzl.0SEI
あと鎌爺、ナルが「東宮家でなければできない、お飾りでない公務をしたい」と言ってたと述べた直後、
「公務の問題は、陛下が殿下に譲れば解決します」だと。
まるっきり矛盾してる。


Part2587-197 可愛い奥様 sage 2013/05/13(月) 01:46:08.21 ID:K5PPcIRB0
既出だったらごめんなさい。
文藝春秋最新号の鎌爺エッセイの最後にあったエピに( ゚д゚)ポカーン…
ナルが鎌爺に「こういうのを作ってみました」って言って、自作の曲を見せたんだって。
んで鎌爺はそれをナルマサアイで合奏できるようにアレンジする約束して、皇太子も心待ち
にしてるってさー(棒
鎌爺はまだ手をつけてないらしいけど、「ご家族で室内楽されるのが待ち遠しい」だとよ。

公務すっからかんの今の状況じゃ、作曲でもしてないと時間持て余すのかもしれないけど、
なんだかなぁ感でいっぱいになりました。

徳仁の「こうたい(交代)してんか」だじゃれ情報を紹介する鎌田氏編集

http://www.asahi.com/articles/ASK2755LNK27UTIL038.html
皇太子さまの「素顔」とは 我慢強く前向き、だじゃれも
多田晃子、島康彦
2017年2月20日10時20分
・・抜粋・・
 親交は30年超。昔から変わらないのが「我慢強く、逃げない姿勢」と感じている。長期療養中の雅子さまやご一家への批判記事が続いた際も色々な話をする中で、「あまり心を動かされることはなく、いつも前向きに捉えておられたようだ」と話す。
 だが、「どうしたらいいか困っています」と苦悩を吐露することもあったという。雅子さまの海外訪問が直前まで決まらなかったことなどへの批判、被災地など各地に精力的に足を運ぶ天皇、皇后両陛下との比較、次の天皇としての周囲からの過度な期待――。様々な周囲の声を察して鎌田さんが「新しい公務のスタイルを作ればいい」「ご自分を失わないで、思うようにお進みになったら」などとアドバイスすると、安心したような表情を浮かべたこともあったという。
 ユーモラスな一面もある。料理に塩をかける際、容器から塩がうまく出ず、「皇太子殿下、やりましょうか」と声をかけると、方言で「こうたい(交代)してんか」とだじゃれをいい、鎌田さんを笑わせたこともあった。

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