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筒井美奈

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平成19年(2007年)3月26日~平成23年(2011年)7月20日の間、新規に敬宮愛子ちゃん養育係として増員された「東宮職内廷係員(身分は出仕)」を務めていた筒井美奈氏のこと。奈良県奈良市出身で、1999年に芦屋大学教育学部・英語英文学教育科を卒業、その後同大学大学院に進学、幼児教育を研究していた人物である。

彼女は御一行様スレッドで「芦屋嬢」と称されることもあるが、これは彼女の出身大学(院)である芦屋大学にちなんだものである。芦屋大学とはオベンキョウがあまりにできないオカネモチの坊ちゃん嬢ちゃんのために設立されたようなもので、偏差値39程度とぶっちゃけ測定不能のようなものである。
もちろん小和田雅子のように、ハーバード卒→東大学士入学中退→外務省入省→オックスフォード大学院国費留学修士号取得失敗といった華麗な学歴・職歴の持ち主でも後に使えない人間であることが判明するのは珍しくなく、大学名や偏差値だけでは人物を推し量ることはできない。
しかしそれにしても派手な高学歴キャリアを誇る雅子夫人と、芦屋大学出身である筒井嬢との接点があまりに不明瞭であり、何故彼女が愛子養育係として選出されたのかについて不明な点が多い。また筒井氏には「絵本博士」という別称もあり、これは彼女の博士論文が「絵本」を取り上げたものであったことに由来している。

芦屋大学論叢Asiyadaigaku ronso Vol.43(20060331) pp. 61-83 芦屋大学 ISSN:03853233

絵本論 A theory of the picture book
筒井 美奈 1 Tsutsui Mina 1

1芦屋大学大学院 教育学研究科博士後期課程
(CiNiiにて当論文をPDFで読むことができます)


芦屋大学とは先述したようにお金持ちでないと入れないような大学であるのだが、この芦屋嬢も東大寺龍松院院主・筒井寛昭師のお嬢さんで良家の出であると、『女性自身』2007年7月24日号<愛子さま(5)新教育係は絵本博士「東大寺のお嬢様」>に記されている。また早速スレ住民によって父・寛昭師の画像が芋掘りされたのだが、そのお顔と2007年7月「電車でGO!」体験に付き添っていた女性の一人があまりにもそっくりだと、ほぼ父娘断定がなされている。

2007年7月19日 雅子と愛子の電車体験「電車でGO!」より、左:3月からの新教育係筒井美奈氏(芦屋大学&大学院出身)と思われる女性/右:筒井美奈氏の父上と雑誌記事にも書かれた東大寺住職・筒井寛昭師。とてもよく似ていらっしゃいます



これまでの愛子の養育に関わる人員には、東宮家古株女官のハクションさんと、2004年6月採用の福迫美樹子出仕とがおり、この唐突な増員で福迫氏は筒井氏にバトンタッチして辞めるのでは?とも言われていた(2009年4月3日福迫美樹子、東宮職出仕を退職する)。更に異例な形で愛子養育専門女官として2008年4月採用となった元学習院幼稚園園長の小山久子氏がおり、宮中掟破りの養育女官雇用というドタバタ劇の中で「雅子さまマター」なる単語まで活字になる始末。
とまれ、これらの女性たちがよってたかって愛子養育に携わっているはずなのであるが、未だにご挨拶一つまともにできないという体たらく、果てには不登校状態にまで陥っている。

筒井氏雇用の背景には、学習院ルートで紹介された別の人物と面談までしながら東宮側がキャンセルしたという事件も存在している(『週刊文春』2007年7月12日号<雅子さまが学習院ルート、愛子さまご養育係をキャンセルしたので…>参照)。
2008年4月からは小学校に上がった敬宮愛子ちゃんなのだが、伝蓋幼稚園教諭出身である福迫出仕は2009年4月3日退職、元・学習院幼稚園園長が東宮家に雇われたと鳴り物入りで注目された小山久子養育専門女官も2010年12月27日付で退職、そして幼児教育・絵本論専門である筒井出仕も2011年7月20日退職。
宮内庁御用係の身分で愛子家庭教師として雇われた糸川順子氏(2011年5月15日付就任)に、筒井氏の後任にあたる新出仕霜鳥加奈氏(2011年7月21日付就任)、彼女らがどのように愛子を導いていくのか、心配な状況は続くと思われるのが現在である。

参考書籍:
『週刊文春』2007年7月12日号<雅子さまが学習院ルート、愛子さまご養育係をキャンセルしたので…>(記事)
『女性自身』2007年7月24日号<愛子さま(5)新教育係は絵本博士「東大寺のお嬢様」>
『週刊女性』2007年7月24日号<愛子さま 初めての電車 お泊まり保育 新しい“先生”成長の夏>

関連項目:【福迫美樹子】、【小山久子】、【ハクションさん】、【不登校】、【チィーッス】、【霜鳥加奈

『週刊文春』2007年7月12日号<雅子さまが学習院ルート、愛子さまご養育係をキャンセルしたので…>筒井美奈氏紹介記事編集

 来年は、初等科に進学される愛子さま、その健やかなご成長に合わせ、東宮職では三月末から、新規に養育係として「東宮職内廷係員」を一名増員した。愛子さまの身の回りのお世話を担当する係で、皇室内では「出仕」と呼ばれる。皇室ジャーナリストが解説する。
「同じ立場としては、三年ほど前から、デンフタ(田園調布雙葉小学校付属幼稚園)の元教諭だった福迫美樹子さんが愛子さまの身の回りのお世話をしています。いつも愛子さまの側にいて、幼稚園の送り迎えはもちろん、御所での食事も一緒、遊びも一緒、昨夏のオランダご静養でも、十一人の随行員の一人に選ばれています。まさに“付きっきり”で内親王をお世話する、という肉体的にも精神的にもハードな職務です」
 今回の増員にあたって、東宮職は昨年(補足:2006年)から相応しい人物を探していたが、すんなりとはいかなかった。
「“皇室離れ”が進んでいる今、候補者を探すこと自体が難しい。世間とはまるで違うしきたりで動くオクの世界に飛び込むのは誰でも腰が引けますよ」(同前)
 選考が難航する中、新養育係に採用されたのは、筒井美奈さんという女性。兵庫県の私立・芦屋大学大学院の博士課程を修了した幼児教育の研究者で、愛子さまの大好きな絵本についての研究論文もある。幼稚園教諭の資格も持っているので、その専門性が両殿下に評価されたのかもしれない。恩師である同大学理事長の奥田眞丈氏が話す。
「非常に真面目な人柄で優秀な学生でした。最近も会いましたが元気そうで、(皇室の)中の生活もエンジョイしているようですよ」
 だが実は、選考の過程で“当確”と思われていた有力候補が土壇場で断られていた。
 宮内庁関係者が話す。
皇太子殿下とも近しい学習院関係者が推薦した女性で、初等教育の専門家としては申し分のないキャリア。野村一成東宮大夫らとの面談も終わり、『是非に』という感触だったため、紹介者も安心し、本人も引き受ける決心をしていたそうです。ところがしばらく保留にされた上で、結局、断られた。最終段階のことですから、両殿下のご意向なのでしょうが……
 これについて東宮職筋に聞いたところ、
「面談した候補者は何人かいたようです。東宮大夫も返事までに時間がかかったということでしょう。両殿下が、(判断された)ということはあり得ませんよ」
 と話す。だが、前出の宮内庁関係者に言わせれば、
「ならばなおさら、東宮大夫の気配り不足と言わざるを得ません。断られた方は『両殿下は私をお気に召さなかった』と、心に傷を負うのです。将来の天皇皇后両陛下の側近ならば、本来そこにいちばん気を配らなくてはいけません」
 たしかに元外務官僚の野村東宮大夫は、実行力が高く評価されている反面、その強引な仕事運びについて、「ここは外務省じゃない」と宮内庁内でも反発が多い。
 そこで今、六月十五日から新侍従長に就任した川島裕氏に期待が集まっている。元外務官僚で皇室に詳しい日赤看護大学教授の小池政行氏が話す。
「川島氏は各国大使の中でもも最もバランス感覚を求められる駐イスラエル大使を経験しており、その能力や政治感覚は、皇室の大きな力となるはず。外務省では野村氏の一年後輩ですが、事務次官まで登り詰めた川島氏は、東宮職に対する重しにもなるでしょう」

2010年1月23日筒井美奈氏の祖父・筒井寛秀師が死去、おくやみ記事から分かる名家ぶり編集

http://www.asahi.com/obituaries/update/0123/OSK201001230158.html
東大寺長老の筒井寛秀さん死去 88歳
2010年1月24日3時0分
 筒井 寛秀さん(つつい・かんしゅう=東大寺長老)が23日、肺炎で死去、88歳。通夜は25日午後7時、告別式は26日午後1時から、奈良市雑司町406の1の東大寺塔頭(たっちゅう)・龍松院で。本葬は後日、東大寺で執り行われる予定。喪主は東大寺執事長の筒井寛昭(かんしょう)さん。
 1921年、奈良市生まれ。大正大卒。龍松院住職や東大寺執事長などを歴任し、90年、祖父寛聖師、父英俊師に続いて第212世東大寺別当・華厳宗管長に就任した。93年から長老。著書に東大寺の秘話をまとめた「誰も知らない東大寺」(小学館)など。

http://www.yomiuri.co.jp/national/obit/news/20100124-OYT1T00203.htm
おくやみ
筒井寛秀師=元東大寺別当
 筒井寛秀師(つつい・かんしゅう=元東大寺別当)23日、肺炎で死去。88歳。告別式は26日午後1時、奈良市雑司町406の1東大寺塔頭(たっちゅう)の自坊・龍松院。喪主は長男で、東大寺執事長の寛昭(かんしょう)師。
 奈良市出身。1990~93年に第212世別当、華厳宗管長を務めた。74~80年の「大仏殿昭和大修理」では、勧進部長を務め、寄進を募るために全国を回った。著書に「誰も知らない東大寺」など。
(2010年1月24日09時15分 読売新聞)

2008年東大寺二月堂お水取りに登場した、筒井美奈出仕の弟である筒井英賢さんを取り上げた読売新聞記事編集

ttp://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nara/feature/nara1202910110503_02/news/20080213-OYT8T00695.htm
2人緊張の「新入習礼」東大寺二月堂お水取り
 今年で1257回を迎える東大寺二月堂(奈良市)の修二会(しゅにえ)(お水取り)に、「新入(しんにゅう)」の練行衆(れんぎょうしゅう)2人がこもる。12、13日、本坊で声明(しょうみょう)を唱える稽古(けいこ)の成果を披露する「新入習礼(しゅらい)」に臨んだ。
 2人は、同寺塔頭(たっちゅう)の宝珠(ほうしゅ)院徒弟、佐保山暁祥(ぎょうしょう)さん(25)と、龍松(りゅうしょう)院徒弟、筒井英賢さん(25)。ともに父は同寺の僧侶で、塔頭の徒弟2人が同時に新入となるのは96年ぶり。
 声明は「称揚(しょうよう)」と呼ばれる、お経に音程が付く独特の節回しを用いる。新入は行の間に1度だけ、声明を唱える中心の役「時導師(じどうし)」を勤めるため、新入習礼で、経験豊かな僧侶らに助言や注意を受け、本番に備える。今年は指導役の守屋弘斎長老や上野道善別当ら僧侶約15人が見守った。
 12日は佐保山さん。同志社大大学院(京都市)を卒業後、大仏殿に勤務する。修二会について「知らない世界に飛び込む緊張感はあるが、貴重な経験ができる」と意気込み、音程の取り方に苦労しながらも、記憶力を生かして稽古に励んできた。習札では途中、目を閉じ、続きを思い出すかのように、朗々と声明を唱えた。
 13日に臨んだ筒井さんは、種智院大(同)を卒業した後、二月堂で働く。リズムを取るのは得意だが、声明の記憶が課題という。昨年12月から連日約2時間の稽古を積んだ。上野別当らを前に緊張した表情を見せ、詰まる場面もあったが、抑揚のある声明を披露した。「最初から上手にはいかないと思う。怒られて成長したい」と語った。
 2人は「本番までにもっとうまくなりたい」と声をそろえる。15日からは行のリーダーとなる大導師とともに前行に入る。
(2008年2月14日 読売新聞)

2011年7月23日MSN産経皇室ウイークリー<愛子さまに新たな「お姉さん」役 皇居はホットスポット?>、筒井氏辞職記事編集

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110723/imp11072307000001-n1.htm
(189)愛子さまに新たな「お姉さん」役 皇居はホットスポット?
2011.7.23 07:00 (1/6ページ)
 皇太子ご夫妻の長女、敬宮愛子さまは22日、学習院初等科の1学期の終業式を迎えられた。愛子さまはこの日、午前8時前に皇太子さまとご登校。終業式にも出席されたという。約1時間後、皇太子妃雅子さまが初等科に入り、皇太子さまと付き添いを交代された。
 下校時は雅子さまの付き添いはなく、東宮職の職員とともに徒歩で帰られた。雅子さまは約1時間後、車で東宮御所に戻られた。
 宮内庁は21日、愛子さまの養育を担当する東宮職の出仕として、霜鳥加奈さんを採用した。宮内庁によると、出仕は「内親王(天皇の娘、女性の孫など)の日常のお世話をする方」だという。愛子さまには現在、霜鳥さんを含め、3人の出仕がいる。20代後半から30代の女性で、愛子さまにとって、“お姉さん”のような存在という。
 過去には、天皇、皇后両陛下の長女、黒田清子さんに出仕がいた。だが、幼少期の皇太子さまや秋篠宮さまには付いていなかった。
あくまでも内親王のお世話を専門とする役職というが、同じ内親王でも秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまや次女の佳子さまには出仕はいないそうだ。
 宮内庁は「年齢に応じて、適任者を採用する」としており、愛子さまが5歳だった平成19年3月から4年以上出仕として働いた筒井美奈さんは20日付で辞職が承認された。

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