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湯浅利夫元宮内庁長官のこと。平成15年(2003年)12月の「秋篠宮に第3子を強く希望」発言が大きな波紋を引き起こし、平成17年(2005年)3月末宮内庁長官の座を去ることになった。

この2003年12月11日の湯浅長官会見翌日、これまでも体調不良との理由で公務を休みがちだった雅子夫人の長期静養が発表され(露骨な不快感の表明か?)、翌年平成16年(2004年)5月10日皇太子によるあの「人格否定」発言がなされるに至った。

2003年12月湯浅長官発言の後、氏の辞職を求める運動がネット上にて起こるなどユアーサバッシングの嵐が吹き荒れた。しかし宮内庁長官としてお世継ぎのことを考えるのは職務として当然であり、半年前既に東宮家第2子についても発言しているのにそれを隠蔽する形で秋篠宮家第3子だけを意図的にクローズアップして異様ともいえる叩きが行われた。ちなみに秋篠宮殿下は湯浅長官発言を受けて、平成16年(2004年)11月25日誕生日記者会見にて「そのような質問があれば宮内庁長官という立場として,それについて話をするのであればそのように言わざるを得ないのではないか」と理解を示している。

皇室御一行様スレッドでは「自分の首をかけてでも進言を行った真の忠臣」としてユアーサ評価が見直されている。

自治事務次官を務め1995年退官。地域総合整備財団理事長などを経る。

平成12年(2000年)4月宮内庁次長就任 ↓
平成13年(2001年)4月2日宮内庁長官就任
 鎌倉節氏から交代
 新宮内庁次長には羽毛田信吾氏が就任 ↓
平成17年(2005年)3月末日をもって宮内庁長官を退任
 4月1日新宮内庁長官には羽毛田信吾氏が就任


平成15年(2003年)6月10日「(皇太子夫妻に)お2人目をと思っている国民はたくさんいると思う」編集

http://www.47news.jp/CN/200306/CN2003061001000373.html

皇太子さまの第2子に期待 結婚10年で宮内庁長官
 宮内庁の湯浅利夫長官は10日の定例記者会見で、皇太子ご夫妻の第2子への期待について「やはりもう一人ほしい」「多くの国民もそう考えているのではないか」と述べた。
ご夫妻の結婚10周年の質疑の中で話した。  湯浅長官は「私の希望であって(ご夫妻への)プレッシャーになってはいけない」と付け加えた。  皇太子さまは9日の結婚記念日を前に、宮内記者会に寄せた文書の中で「今しばらくは愛子の子育てを大切にしていきたい。(2人目の子供については)1人目に至るまでにあったような内外からのプレッシャーをぜひとも避けたい」と心情を明かした。  これに関連し、湯浅長官は「ご結婚後、次の皇位を継承されるお世継ぎが早く生まれてほしいというのは、誰しもが考えたと思う。そういう中でお2人にいろいろなプレッシャーがかかったのだろう」と述べた。
2003/06/10 08:12 【共同通信】


平成15年(2003年)12月3日雅子帯状疱疹→そのままずるずる静養へ編集

http://www.sanspo.com/shakai/masakosama/2003/sha2003120406.html(Webarchive)

雅子さま帯状疱疹-公務控え2~3週間治療
 宮内庁は3日、皇太子妃雅子さま(39)が帯状疱疹(ほうしん)と診断されたと発表した。当面公務を取りやめ、治療に専念する。9日に40歳の誕生日を迎えるが、祝賀行事はすべて中止する。
★皮膚科医が正式に診断
 2日夕、頭の後ろと下あごに痛みを伴う発疹(はっしん)が出たため東宮侍医の診察を受け、3日午前、外部の皮膚科医が正式に診断した。
 同日午後から住まいの東宮御所(東京・元赤坂)で点滴治療を開始。今後2、3週間は1日3回の点滴が必要という。治療に万全を期すため、宮内庁病院に入院する可能性もあるとしている。
 帯状疱疹は水ぼうそうウイルスで発症することから、東宮御所では長女愛子さま(2)との接触を避けているという。
★疲労の蓄積が原因か
 雅子さまは11月23日、のどの痛みやせき、微熱を訴え、風邪と診断されていた。愛子さま2歳の誕生日だった今月1日は、ご一家で皇居・御所に天皇、皇后両陛下を訪問。側近は「この時は元気な様子だった」としている。
 発疹が出た2日は公務や行事はなく、1週間後に控えた自身の誕生日に向けた準備をしていたという。
 側近トップの林田英樹東宮大夫は夏ごろから、雅子さまについて「皇太子妃としての重責と、第一子の養育で、疲労が蓄積している」と記者会見でたびたび言明。地方訪問などは皇太子さまだけで出掛けることが増えていた。


平成15年(2003年)12月11日「秋篠宮さまのお考えはあると思うが、皇室の繁栄を考えると、3人目を強く希望したい」「姉妹との年齢差を考えるとできるだけ早い時期にと思う」編集

ttp://www.ji ji.com/cgi-bin/content.cgi?content=031211195058X707&genre=soc

湯浅利夫宮内庁長官は11日の定例記者会見で、帯状疱疹(ほうしん)で療養中の皇太子妃雅子さま(40)が今年に入り、養育との両立で負担があるため公務を軽減してきたことに触れ、「(ご負担が)病気にどう影響したかは分からないが、 公務に支障がある状況が続いたのは、我々にも責任がある」と述べた。長官は、この1年、雅子さまの様子に改善が見られなかった原因を 把握しきれていないとした上で、「今後はご夫妻の考えを伝えてもらって、必要な態勢を取っていきたい」 とした。
一方、長官は、秋篠宮ご夫妻のお子さまについて考えを問われ、 「皇室の繁栄を考えた場合、3人目のお子さまを強く希望したい。多くの国民は歓迎してくれるのではないか」と期待を表明した。

ttp://www.nikkansports.com/ns/general/p-so-tp0-060208-0004.html

紀子さま懐妊、第3子今秋出産
 秋篠宮妃紀子さま(39)が懐妊されたことが7日、分かった。宮内庁の羽毛田信吾長官が記者会見し「ご懐妊の兆候がある」と発表した。妊娠6週目で、出産は今年9月末ごろとみられる。秋篠宮さま(40)と紀子さまにとっては長女眞子(まこ)さま(14)二女佳子(かこ)さま(11)に続く第3子。男子が誕生すると、皇室では65年の秋篠宮さま以来41年ぶり。皇位継承順位は皇太子さま、秋篠宮さまに続く第3位となる。
 紀子さまは最近、妊娠の兆候があり、7日朝に宮邸で超音波などの詳しい検査を受け、胎動が確認された。羽毛田長官によると、紀子さまは検査結果を外出中の秋篠宮さまに電話で連絡。秋篠宮さまが天皇、皇后両陛下と皇太子ご夫妻に電話で伝えられた。御所で両陛下と会ったという長官によると「久々に皇室に小さい宮さまをお迎えすることについて大変お喜びだった」という。両陛下にとって4人目の孫になる。
 秋篠宮ご夫妻は昨年9月、兵庫県豊岡市の「県立コウノトリの郷公園」で行われた、人工飼育したコウノトリ5羽を世界で初めて放鳥する式典に出席。今年1月の「歌会始の儀」では、秋篠宮さまが「人々が笑みを湛へて見送りしこふのとり今空に羽ばたく」、紀子さまが「飛びたちて大空にまふこふのとり仰ぎてをれば笑み栄えくる」とともに、「赤ちゃんを運んでくる鳥」との言い伝えがあるコウノトリを題材にした歌を詠まれた。
 02年12月の記者会見で、秋篠宮さまは3人目のお子さまについて尋ねられると「確かに子どもたちが妹なり弟なりがいて、その世話をしてあげたいという気持ちがある印象があります」。紀子さまと顔を見合わせながら「今後のことはまた相談をしながら」と笑顔で応じられていた。
 03年12月に当時の宮内庁の湯浅利夫長官が「皇室の繁栄を考えると、3人目を強く希望したい」と語ったことを受け、秋篠宮さまは04年11月の記者会見で「長官は皇室の繁栄と、秋篠宮一家の繁栄を考えた上で、と話しています。長官としてはそのように言わざるを得ないのではないかと感じています」と述べられていた
 紀子さまは7日、宮邸で1日を過ごされたが、8日は都内で開かれる結核予防会の式典に体調次第で出席される予定。19日には群馬県片品村で行われる第61回冬季国体スキー競技会開会式出席なども予定されている。羽毛田長官は長女眞子さま、二女佳子さまについて「びっくりされているのでは」と話した。
[2006/2/8/07:44 紙面から]


その翌日平成15年(2003年)12月12日、雅子“翌春まで”の長期静養発表編集

http://www.47news.jp/CN/200312/CN2003121201000411.html

雅子さま来春まで静養 ストレスで心身不調
宮内庁は12日、皇太子妃雅子さま(40)が来年春ごろまで公務を休み、静養に専念されると発表した。23日の天皇誕生日に伴う行事、新年一般参賀や歌会始など年始の宮中恒例行事もすべて欠席する。 長女愛子さま(2つ)の妊娠、出産時を除き、雅子さまがこれほど長期間公式の場に出ないのは、1993年の結婚以来初めて。 記者会見した側近トップの林田英樹東宮大夫は「ストレスによる心身の不調が原因」と説明。「公務と(愛子さまの)養育を万全に両立させようとして蓄積した心労も一因にある」と述べた。医師や皇太子ご夫妻と相談した上で、静養を決めたという。
雅子さまは後頭部などに痛みを伴う発疹(はっしん)が出て、3日に帯状疱疹(ほうしん)と診断された。宮内庁病院に入院して点滴治療などを受け、8日の退院後も住まいの東宮御所(東京・元赤坂)で薬をのむ生活を続けている。
2003/12/12 11:29 【共同通信】

http://www.asahi.com/national/update/0208/TKY200602070607.html(Webarchive)

「東宮さまに遠慮していたが…」秋篠宮さま
2006年02月08日08時13分
 「東宮さまのほうに遠慮していたが、『もうそろそろいいよ』とのお許しがあったので……」
 秋篠宮さまは、親しい人にこんな話をもらしたことがあるという。03年12月、当時の湯浅利夫宮内庁長官が記者会見で「皇室の繁栄を考えると、(秋篠宮ご夫妻に)3人目を強く希望したい」と述べた後のことだった。会見の翌日、体調を崩して公務を休みがちだった皇太子妃雅子さまの静養が発表された。突然の第3子発言は、天皇、皇后両陛下の意向を受けたものだったと見られている。
 その後、紀子さまは、東京都港区の愛育病院を訪れ、検査を受けたり体調管理を相談したりしていた。「なるべく自然に」とのご夫妻の意向で、特別な医学的な手だてはとられなかったという。


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