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東日本大震災

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2011年3月11日14時46分、東北地方沖でM9.0の地震が発生。東北地方を中心に、関東まで広範囲で大被害が発生しており、平成の御代では阪神・淡路大震災を上回る規模の自然災害となった。
火力発電所・原子力発電所が被害を受けたため、関東地方でも電力不足による計画停電(輪番停電)が行われている。ただし、東京都23区は対象外である。

関連項目:【死海】、【お慎みの日】、【日本ユニセフ】、【マコオタ画像集(報道)02#東日本大震災発生後】、【ガー

共通編集

2011/3/11 地震発生の当日午後編集

ttp://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210311051.html(テレビ朝日元URL、記事は既に削除)

テレ朝Webニュース画面キャプチャ画像 http://www.yuko2ch.net/mako/makok/src/1299877738263.jpg
2ちゃんねる痛いニュース+板で立てられたスレッド http://toki.2ch.net/test/read.cgi/dqnplus/1299879825/


【宮城地震】天皇皇后両陛下、東宮ご一家無事(03/11 15:41)
 地震の瞬間、天皇陛下は皇居の宮殿で、ご執務を行っていました。皇后さまは御所に戻ったところでした。お二人とも、ご無事だということです。東宮ご一家も赤坂の東宮御所にいましたがご無事です。雅子さまは愛子さまと一緒に学習院初等科からお戻りになったところでした。


2011/3/21 春季皇霊祭・春季神殿祭の儀、雅子欠席編集

天皇・皇后両陛下

http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/h23/gonittei-1-2011-1.html
平成23年3月21日(月)
天皇皇后両陛下 春季皇霊祭・春季神殿祭の儀(皇霊殿・神殿)
天皇陛下 ご執務(御所)
天皇陛下 認証官任命式(大使8名)(宮殿)

東宮夫妻

http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/02/h23/gonittei-2-2011-1.html
平成23年3月21日(月)
皇太子殿下 春季皇霊祭の儀・神殿祭の儀(皇霊殿・神殿)

秋篠宮同妃両殿下

http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/03/h23/gonittei-3-2011-1.html
平成23年3月21日(月)
文仁親王同妃両殿下 春季皇霊祭の儀及び春季神殿祭の儀ご参列(皇霊殿・神殿)

宮中三殿にも被害が出ており、両陛下は平安装束ではなくモーニングとローブモンタントで、庭から神殿を拝礼する『庭上拝』となった。
…で、東宮妃は?

東日本大震災に関する「ご説明」を数多く受けられている両陛下と秋篠宮家。しかし東宮夫妻は週刊朝日と雅愛ウイークリーにフォローされる形でようやく3件(2011/9/17現在)編集

  • ソース:宮内庁公式HP 2011/3/11以降の公務日程記録 なお「ご進講」については別にページもあることからここでは取り上げないものとする。両陛下については他に「活動状況ご聴取」「ご報告」もあるが、ここでは「ご説明」のみに限るとする。
天皇・皇后両陛下
2011/3/31まで http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/h23/gonittei-1-2011-1.html

4/1-6/30 http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/h23/gonittei-1-2011-2.html
7/1-9/30 http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/h23/gonittei-1-2011-3.html
平成23年3月15日(火) 天皇皇后両陛下 ご説明(前原子力委員会委員長代理(原子力発電所の仕組みと安全対策について))(御所)
               天皇皇后両陛下 ご説明(警察庁長官(東北地方太平洋沖地震被災状況及び救助活動等について))(御所)
平成23年3月16日(水) 天皇皇后両陛下 ご説明(東京大学大学院医学系研究科教授(放射線被曝について))(御所)
平成23年3月17日(木) 天皇皇后両陛下 ご説明(日本赤十字社社長,同副社長(東北地方太平洋沖地震に対する日赤の救護活動等について))(御所)
平成23年3月18日(金) 天皇皇后両陛下 ご説明(海上保安庁長官(東北地方太平洋沖地震被災地の救助,救援活動等について))(御所)
平成23年3月28日(月) 天皇皇后両陛下 ご説明(宮内庁総務課長(東京武道館における避難者お見舞いにつき))(御所)
平成23年3月29日(火) 皇后陛下 ご説明(東京大学医学部附属病院院長(乳児と放射線被曝について))(御所)
平成23年3月30日(水) 天皇皇后両陛下 ご説明(外務事務次官(東北地方太平洋沖地震と国際社会-支援その他-について))(御所)
平成23年4月1日(金) 天皇皇后両陛下 ご説明(防衛大臣,統合幕僚長(東北地方太平洋沖地震及び福島原子力発電所に対する自衛隊の活動状況について))(御所)
平成23年4月4日(月) 天皇皇后両陛下 ご説明(文部科学省研究振興局長,京都大学名誉教授,名古屋大学医学部保健学科教授,学習院大学理学部化学科教授(放射性物質の環境影響について))(御所)
平成23年4月5日(火) 天皇皇后両陛下 ご説明(宮内庁総務課長(旧騎西高等学校-埼玉県加須市-における避難者お見舞につき))(御所)
平成23年4月11日(月) 天皇皇后両陛下 ご説明(宮内庁総務課長(東日本大震災被災地-千葉県旭市-お見舞につき))(御所)
平成23年4月12日(火) 天皇皇后両陛下 ご説明(東京工業大学原子炉工学研究所所長(福島原子力発電所について))(御所)
平成23年4月13日(水) 天皇皇后両陛下 ご説明(農林水産大臣(東日本大震災による農水産物被害と原子力発電所事故に伴う農水産物への影響について))(御所)
平成23年4月18日(月) 天皇皇后両陛下 ご説明(宮内庁総務課長(東日本大震災被災地-茨城県-お見舞につき))(御所)
平成23年4月20日(水) 天皇皇后両陛下 ご説明(東京大学地震研究所地震火山情報センター長(地震のメカニズムと東北地方太平洋沖地震等について))(御所)
平成23年4月21日(木) 天皇皇后両陛下 ご説明(宮内庁総務課長(東日本大震災被災地-宮城県・岩手県-お見舞につき))(御所)
平成23年4月25日(月) 天皇皇后両陛下 ご説明(消防庁長官(東日本大震災における消防の活動状況につき))(御所)
平成23年4月26日(火) 天皇皇后両陛下 ご説明(宮内庁総務課長(東日本大震災被災地-宮城県・岩手県-お見舞につき))(御所)
               天皇皇后両陛下 ご説明(厚生労働副大臣(東日本大震災に伴う医療・看護等厚生労働関係業務への影響と対応策につき))(御所)
平成23年4月28日(木) 天皇皇后両陛下 ご説明(宮内庁総務課長(東日本大震災被災地-岩手県・福島県-お見舞につき))(御所)
平成23年5月2日(月) 天皇皇后両陛下 ご説明(宮内庁総務課長(東日本大震災被災地-福島県-お見舞につき))(御所)
平成23年5月9日(月) 天皇皇后両陛下 ご説明(宮内庁総務課長(東日本大震災被災地-福島県-お見舞につき))(御所)
               天皇皇后両陛下 ご説明(日本アイソトープ協会常務理事(放射線の人体への影響等につき))(御所)
平成23年5月10日(火) 天皇皇后両陛下 ご説明(内閣総理大臣(東日本大震災への対応につき))(御所)
平成23年5月19日(木) 天皇皇后両陛下 ご説明(全国漁業協同組合連合会会長他(東日本大震災に伴う漁業被害につき))(御所)
平成23年5月26日(木) 天皇皇后両陛下 ご説明(東京工業大学原子炉工学研究所所長(福島原子力発電所の現状につき))(御所)
平成23年5月30日(月) 天皇皇后両陛下 ご説明(全国農業協同組合中央会会長他(東日本大震災に伴う農業被害につき))(御所)
平成23年6月2日(木) 天皇皇后両陛下 ご説明(経済産業事務次官(東日本大震災に伴う企業の被災状況等産業界への影響につき))(御所)
平成23年6月8日(水) 天皇皇后両陛下 ご説明(林野庁長官(東日本大震災に伴う林野関係被害及び国際森林年等について))(御所)
平成23年7月14日(木) 天皇皇后両陛下 ご説明(岩手県知事(東日本大震災の被災者支援と復興への取り組みにつき))(御所)
平成23年7月15日(金) 天皇皇后両陛下 ご説明(東日本大震災復興構想会議議長他(復興構想会議の提言につき))(御所)
平成23年7月20日(水) 天皇皇后両陛下 ご説明(福島県知事(東日本大震災の被災者支援と復興への取り組みにつき))(御所)
平成23年8月3日(水) 天皇皇后両陛下 ご説明(陸上自衛隊東北方面総監(元災統合任務部隊指揮官)(東日本大震災に対する自衛隊の活動状況につき))(御所)
平成23年8月4日(木) 天皇皇后両陛下 ご説明(宮城県知事(東日本大震災の被災者支援と復興への取り組みにつき))(御所)
平成23年8月15日(月) 天皇皇后両陛下 ご説明(福島県警察本部長(東日本大震災に際しての福島県警察の活動につき))(御所)
平成23年8月17日(水) 天皇皇后両陛下 ご説明(宮城県警察本部長(東日本大震災に際しての宮城県警察の活動につき))(御所)
平成23年8月18日(木) 天皇皇后両陛下 ご説明(岩手県警察本部長(東日本大震災に際しての岩手県警察の活動につき))(御所)
平成23年8月31日(水) 天皇皇后両陛下 ご説明(文化庁長官(東日本大震災に関連し,被災文化財の保護及び被災地等での文化芸術振興につき))(御所)
平成23年9月8日(木)天皇皇后両陛下 ご説明(東京大学高齢社会総合研究機構機構長他(東日本大震災被災地での仮設住宅におけるコミュニティづくりにつき))(御所)
平成23年9月15日(木)天皇皇后両陛下 ご説明(関西広域連合長(阪神・淡路大震災の被災経験を活かした,関西地域としての東日本大震災の被災地・被災者への支援につき))(御所)

東宮夫妻
2011/3/31まで http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/02/h23/gonittei-2-2011-1.html

4/1-6/30 http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/02/h23/gonittei-2-2011-2.html
7/1-9/30 http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/02/h23/gonittei-2-2011-3.html
平成23年4月5日(火) 皇太子同妃両殿下 ご説明(警察庁長官)(東宮御所)
平成23年4月15日(金) 皇太子同妃両殿下 ご説明(防衛事務次官,統合幕僚長)(東宮御所)
平成23年4月28日(木) 皇太子同妃両殿下 ご説明(日本赤十字社社長,同副社長)(東宮御所)


前者1件は『週刊朝日』4/22号が、後者2件は雅愛ウイークリーことMSN産経皇室ウイークリーが震災に関するものだったと記しているが、少なくとも宮内庁HPにおいては、東宮家日程記録は、両陛下・秋篠宮両殿下ご日程書式とは異なる扱いをしてることが明白である。

秋篠宮同妃両殿下+両内親王殿下
2011/3/31まで http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/03/h23/gonittei-3-2011-1.html

4/1-6/30 http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/03/h23/gonittei-3-2011-2.html
7/1-9/30 http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/03/h23/gonittei-3-2011-3.html
平成23年3月18日(金) 文仁親王同妃両殿下 公益財団法人結核予防会専務理事,同事業部長ご説明(東北地方太平洋沖地震における被災関係支部の状況及び被災地支援について)(宮邸)
               文仁親王同妃両殿下 社会福祉法人恩賜財団母子愛育会会長,同理事長ご説明(東北地方太平洋沖地震における対応について)(宮邸)
平成23年3月24日(木) 文仁親王妃殿下 公益財団法人結核予防会事業部長ご説明(「第14回秩父宮妃記念結核予防功労賞国際協力功労賞」及び東北地方太平洋沖地震に関連する結核予防会の活動について)(宮邸)
平成23年3月30日(水) 文仁親王同妃両殿下,眞子内親王殿下並びに佳子内親王殿下 外務省国際法局長ご説明(東北地方太平洋沖地震における諸外国の支援について)(宮邸)
               文仁親王妃殿下 公益財団法人結核予防会第一健康相談所総合検診センター所長ご説明(東北地方の災害に対する健康に関わる支援活動等について)(宮邸)
平成23年3月31日(木) 文仁親王同妃両殿下,眞子内親王殿下並びに佳子内親王殿下 京都大学名誉教授ご説明(東北地方太平洋沖地震について )(宮邸)
平成23年4月4日(月) 文仁親王妃殿下 (財)全日本ろうあ連盟理事長ご説明(東日本大震災において被災した聴覚障害者と支援活動について)(宮邸)
平成23年4月5日(火) 文仁親王妃殿下 社会福祉法人恩賜財団母子愛育会 総合母子保健センター 愛育病院院長,北里大学教授ご説明(東日本大震災における産科医療の状況と支援活動等について)(宮邸)
平成23年4月6日(水) 文仁親王同妃両殿下,眞子内親王殿下並びに佳子内親王殿下 日本赤十字社社長,同副社長ご説明(東日本大震災における日本赤十字社の救護活動等について)(宮邸)
平成23年4月11日(月) 文仁親王同妃両殿下 独立行政法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所成人精神保健研究部部長ご説明(東日本大震災関連)(宮邸)
平成23年4月12日(火) 文仁親王殿下 (社)日本動物園水族館協会会長他ご説明(東日本大震災関連)(宮邸)
平成23年4月18日(月) 文仁親王妃殿下 公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン事業部日本マネージャーご説明(東日本大震災関連)(宮邸)
               文仁親王同妃両殿下 社会福祉法人全国社会福祉協議会会長,同地域福祉部長ご説明(東日本大震災関連)(宮邸)
平成23年4月19日(火) 文仁親王妃殿下 公益社団法人日本看護協会会長ご説明(東日本大震災の支援活動について)(宮邸)
平成23年4月27日(水) 文仁親王同妃両殿下 独立行政法人国立成育医療研究センター関係者ご説明(東日本大震災関連)(宮邸)
平成23年5月2日(月) 文仁親王妃殿下 社団法人日本助産師会会長,同専務理事ご説明(東日本大震災関連)(宮邸)
平成23年5月9日(月) 文仁親王同妃両殿下 警察庁警備局長ご説明(東日本大震災関連)(宮邸)
平成23年5月11日(水) 文仁親王同妃両殿下 防衛省運用企画局長,統合幕僚監部運用部長ご説明(東日本大震災関連)(宮邸)
平成23年5月18日(水) 文仁親王同妃両殿下 消防庁次長ご説明(東日本大震災関連)(宮邸)
平成23年5月23日(月) 文仁親王同妃両殿下 国土交通省河川局長ご説明(東日本大震災関連)(宮邸)
平成23年5月24日(火) 文仁親王同妃両殿下 文部科学省総括審議官ご説明(東日本大震災関連)(宮邸)
平成23年7月22日(金) 文仁親王同妃両殿下 厚生労働省健康局長他ご説明(東日本大震災関連)(宮邸)
平成23年7月28日(木) 文仁親王同妃両殿下 厚生労働省労働基準局長,同職業安定局長ご説明(東日本大震災関連)(宮邸)
平成23年8月19日(金) 文仁親王同妃両殿下並びに眞子内親王殿下 厚生労働省雇用均等・児童家庭局長他ご説明(東日本大震災関連)


2011/4/11 震災1か月目にあたっての黙祷、東宮大夫定例会見で愛子が黙祷したと態々発表。後日、4/11東宮御所では愛子同級生を招いて「お楽しみ会」を開催していたとばれることに編集

http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/h23/gonittei-1-2011-2.html

平成23年4月11日(月)
天皇皇后両陛下 東日本大震災に伴う都内避難者(皇居東御苑見学会参加者)にお会いになる(皇居東御苑)
天皇皇后両陛下 ご説明(財団法人国際科学技術財団会長,同理事長(日本国際賞受賞者について(東日本大震災に伴い2011年-第27回-日本国際賞授賞式及び祝宴中止に当たり)))(御所)
天皇皇后両陛下 ご説明(宮内庁総務課長(東日本大震災被災地-千葉県旭市-お見舞につき))(御所)
天皇皇后両陛下 ご黙祷(東日本大震災から1か月目に当たり)(御所)
天皇皇后両陛下 お茶(日本学士院第一部部長始め学士院第一部会員)(御所)
天皇陛下 ご執務(御所)

http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/02/h23/gonittei-2-2011-2.html
平成23年4月11日(月)
皇太子同妃両殿下 ご黙祷(東日本大震災から1か月目に当たり)(東宮御所)

この日「公務」はこれだけ。同日東宮御所では愛子同級生十数名を招いて「お楽しみ会」開催である。(後述)

http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/03/h23/gonittei-3-2011-2.html

平成23年4月11日(月)
文仁親王同妃両殿下,眞子内親王殿下,佳子内親王殿下並びに悠仁親王殿下 ご黙祷(東日本大震災から1か月目に当たり)(宮邸)
文仁親王同妃両殿下 赴任インドネシア大使夫妻ご接見(宮邸)
文仁親王同妃両殿下 独立行政法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所成人精神保健研究部部長ご説明(東日本大震災関連)(宮邸)

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110416/imp11041607010002-n2.htm
皇室ウイークリー】(175)両陛下、膝をつき、手を握ってお見舞い 愛子さまもご黙祷

2011.4.16 07:00 (2/5ページ)
 野村東宮大夫によると、愛子さまは震災から1カ月となる11日、皇太子ご夫妻と同様に黙●(=示へんに寿の旧字体)(もくとう)をささげられたという。愛子さまは、ご自身でつけられている日程に「黙●(=示へんに寿の旧字体)」と書くなど、意識して臨まれたという。書かれた文字が漢字かどうかは明らかになっていない。

『サンデー毎日』2011年6月12日号<祈りの日 東宮御所で開かれた「ある行事」>pp.134-135より引用

 大震災から1カ月の4月11日、皇太子ご一家のお住まいに愛子さまの学友が招かれた。同日、天皇、皇后両陛下は震災の犠牲者を追悼し静かに過ごされたという。関係者から皇太子ご一家の行動に疑問の声が上がっている。
  
 4月11日、月曜日。皇太子ご夫妻の長女、愛子さま(9)が通学する学習院初等科は休みだった。学習院の新学期の始まりは4月9日からだったが、その日が土曜日だったこともあり11日が振り替えで休みになったのだ。
 天皇、皇后両陛下の側近の一人が言う。
「東京大空襲のあった3月10日や8月の原爆の日、終戦の日などと同様に震災から1カ月というような日には、皇族方は犠牲者を慰霊するためにお祈りを捧げられます。そして、お慎みの日として心静かに過ごされるのが通例です。この日、両陛下は忙しい公務をこなされながらも黙とうをして犠牲者を悼み、静かに過ごされました」
 国家の平和を願い、国民の安寧を祈る。それは皇族の大きな務めの一つである。宮内庁ホームページによると、皇太子ご夫妻の同日の動静についてこう公表されている。
「皇太子同妃両殿下 ご黙祷(東宮御所)」
 皇太子ご夫妻は祈りを捧げていたことが分かる。「しかし……」と、ある東宮関係者が顔をしかめながら話すのだ。
実はこの日、愛子さまのご学友10人前後が東宮御所に集まり『お楽しみ会』が開かれていたんです。お子さま方が楽しく遊ぶ会自体は何ら問題がないでしょう。むしろ良いことではありますが、開催された日にち問題はなかったのでしょうか。震災から一カ月が経過した節目のお慎みの日に、しかも両陛下が被災地への訪問を始めた時期です。そうした時期にワイワイガヤガヤとした会を開催することはいかがなものか、そんな声が内部から上がっていました」
 東宮関係者の話を総合すると、「お楽しみ会」の全容は次のようなものだったという。
 4月11日午前11時、保護者が運転する数台の車に分乗した学友らが東宮御所に入った。男女ほぼ同数で、愛子さまと雅子さまが笑顔で迎えた。
 東宮御所の庭ではボール遊びや鬼ごっこなどをするのを、東宮関係者2人が中心になってつきっきりで面倒をみていた。子どもたちは元気に走り回り、疲れると室内でゲームに興じていたという。昼食にはサンドイッチが振る舞われ、午後3時のおやつとして出されたオレンジゼリーを子どもたちは大いに喜んだ。
「よほど楽しかったのでしょうか、お楽しみ会は夜7時近くまで続きました。驚いたのは、両殿下がお揃いでずっとご一緒していたことです。皇太子殿下はビデオカメラを、雅子さまは小さなカメラをそれぞれお持ちになり、子供たちの様子を常に撮影していました」(東宮関係者)
 おやつの前、震災の発生時刻になると両殿下と愛子さま、そして招かれた子どもたちは揃って1分間の黙とうを捧げた。
 ハプニングもあった。午後5時過ぎ、関東地方で震度4の地震があり、子どもたち慌ててテーブルの下などにもぐった。1カ月前の恐怖がよみがえり、不安な表情を浮かべる子どもたちもいたという。
 東宮関係者が続ける。
「両殿下もお子さまたちも笑顔が絶えませんでした。しかい、多くの皇族の方々が静かに過ごされていたことを考えると、素直に喜んでばかりもいられないと思うのです」
 お楽しみ会は当初、春休み中の4月6日に予定されていた。ところが、その日は両殿下が被災者避難所になっていた味の素スタジアム(東京都調布市)を訪問することになり、11日に変更されたのだ。
 この時期、天皇、皇后両陛下は被災者や被災地の訪問を始めていた。3月30日に初めて、東京都足立区の東京武道館に設けられていた避難所をお見舞いされた。その後、千葉や埼玉、茨城、岩手、宮城、福島の各県の被災地をそれぞれ日帰りで訪ねている。皇太子ご夫妻も、東京や埼玉の避難所を訪問された。
 前出の側近が語る。
「両陛下はご高齢に加え、ご病気をおしてでも被災地まで出かけられています。そんな時期に今回の皇太子ご一家の件は、やはり日程を変更されるなどしたほうがよかったのではないでしょうか」
 昨年9月5日号で本誌が報じたように、皇太子ご一家は昨年8月6日、広島原爆の日という「お慎みの日」に静養先近くのリゾートホテルに出かけ、友人や家族とともにディナーを楽しんでいる。天皇陛下はそれを知って、たいへん困惑されたという。
 同じく昨年8月、東宮御所では皇太子家の「[[夏祭り]」が開催された。愛子さまの友人とその家族など数十人が招かれた祭りは、外部からの業者が屋台を出すなど例年以上の賑わいを見せた。例年なら関係者が手作りで行うのだが、必要以上に派手な印象を残したことが「鎮魂の季節にふさわしくなかったのではないか」と指摘された。
 一方で、雅子さまは大震災当日にこんな気遣いを見せていた。
 東日本大震災が起こった3月11日、学習院初等科では交通機関がストップしたため、帰宅できなくなった数十人の児童と保護者、教員が校内で一晩を過ごすことになった。
 だが、備蓄されていたのはわずかな乾パンと水だけ。泊まるといっても教室の机を並べ、その上で横になる程度のことで余震のたびに机の下にもぐることになった。空腹も重なり、とても眠れる状態ではなかったという。そうした中、東宮御所から差し入れが届けられた。学習院関係者が話す。
「温かいコンソメスープとジュースでした。泊まった児童や教職員らを気遣った雅子さまの発案だったと伺いました。寒い時期でもあり、ありがたいことでとても感謝しております」
 天皇陛下の学友で元共同通信記者の橋本明氏は今回の件について言う。
「自分の家庭を極端に重く見て、公人としての活動、つまり皇室の祈りという伝統の尊重と実践がかなり薄いような気がします。こうしたことが続いてしまうと、国民の気持ちがどんどん離れてしまう。今まさに皇室は危機的状況にあると言わざるを得ません」
 ジャーナリストで文化女子大客員教授の渡辺みどり氏はこう指摘する。
「できれば、この日は避けたかったですね。どうしてもというのであれば、両殿下と子どもたちが千羽鶴を折ったり、励ましの手紙を書いて被災者に送るということもできました」
 震災後1カ月という「祈りの日」に東宮御所で開かれた会。「次代の重責を担う皇太子家に皇族としての自覚が欠けているのではないか」(宮内庁関係者)という声も上がる。その波紋は広がっている。
本誌・皇室取材班


両陛下のご対応編集

2011/3/14 皇居御所の節電&春の園遊会中止発表編集

2011/3/14 スポニチ<御所でも節電 春の園遊会も中止

 宮内庁は14日、東日本大震災による東京電力の計画停電に合わせ、天皇、皇后両陛下がお住まいの皇居・御所でも電力の使用を一定時間、停止すると発表した。皇居のある千代田区は停電の対象外だが「困難を分かち合いたい」との両陛下の気持ちに沿った。
 計画停電が続く間、電力消費量が大きい宮殿は、国事行為で使う場合を除いて閉鎖する。両陛下は現地での救助活動などに支障が出なくなった段階で、被災地入りしたいとの意向を示す一方、警備などの負担を避けるため、当面の間外出は控える。
 4月28日に予定していた春の園遊会は中止する。災害による園遊会の中止は、阪神大震災があった1995年以来。


2011/3/16 天皇陛下のビデオメッセージ発表編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/okotoba/tohokujishin-h230316-mov.html

宮内庁公式HPより、東北地方太平洋沖地震に関する天皇陛下のおことば全文
この度の東北地方太平洋沖地震は,マグニチュード9.0という例を見ない規模の巨大地震であり,被災地の悲惨な状況に深く心を痛めています。地震や津波による死者の数は日を追って増加し,犠牲者が何人になるのかも分かりません。一人でも多くの人の無事が確認されることを願っています。また,現在,原子力発電所の状況が予断を許さぬものであることを深く案じ,関係者の尽力により事態の更なる悪化が回避されることを切に願っています。
現在,国を挙げての救援活動が進められていますが,厳しい寒さの中で,多くの人々が,食糧,飲料水,燃料などの不足により,極めて苦しい避難生活を余儀なくされています。その速やかな救済のために全力を挙げることにより,被災者の状況が少しでも好転し,人々の復興への希望につながっていくことを心から願わずにはいられません。そして,何にも増して,この大災害を生き抜き,被災者としての自らを励ましつつ,これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています。
自衛隊,警察,消防,海上保安庁を始めとする国や地方自治体の人々,諸外国から救援のために来日した人々,国内の様々な救援組織に属する人々が,余震の続く危険な状況の中で,日夜救援活動を進めている努力に感謝し,その労を深くねぎらいたく思います。
今回,世界各国の元首から相次いでお見舞いの電報が届き,その多くに各国国民の気持ちが被災者と共にあるとの言葉が添えられていました。これを被災地の人々にお伝えします。
海外においては,この深い悲しみの中で,日本人が,取り乱すことなく助け合い,秩序ある対応を示していることに触れた論調も多いと聞いています。これからも皆が相携え,いたわり合って,この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています。
被災者のこれからの苦難の日々を,私たち皆が,様々な形で少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います。被災した人々が決して希望を捨てることなく,身体(からだ)を大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう,また,国民一人びとりが,被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ,被災者と共にそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています。


2011/3/24 5/2 両陛下の「自主停電」継続が明らかに編集

2011/3/24 MSN産経<両陛下、「自主停電」お続けに

 天皇、皇后両陛下が、東日本大震災の被災地に思いをはせ、お住まいの皇居・御所の電気を一定時間使わない「自主停電」を続けられていることが分かった。「国民と困難を分かち合いたい」という趣旨で15日に始めたもので、宮内庁の羽毛田信吾長官らによると、陛下は「寒いのは(服を)着れば大丈夫」とおっしゃっているという。
 両陛下は計画停電で「第1グループ」に分類された地域の停電時間に合わせ、1回約2時間にわたり、明かりや暖房といった電気の使用を一切控え、時にはろうそくや懐中電灯を使いながら過ごされているという。暗い中で夕食を取られることもあったようだ。
 両陛下は、第1グループで停電が計画されたものの、実際には電力供給が逼(ひっ)迫(ぱく)せず、停電がなかった日も、当初の計画時間に合わせ、自主的な停電を実行された。15日から23日までは1日も欠かさずに行い、スケジュールに合わせて同じ日に朝晩2回、電気を止められた日も複数回あったという。宮内庁東宮職によると、皇太子ご一家も、同様の「自主停電」を、お住まいの東宮御所で行われているという
 計画停電では、皇居のある東京都千代田区は対象地域になっていない。

2011/3/24 朝日新聞<両陛下は毎日「自主節電」
 宮内庁は24日、天皇、皇后両陛下が福島第一原子力発電所事故に伴う東京電力の計画停電に合わせ、皇居・御所で15日以降毎日、自主節電を続けていることを明らかにした。
 羽毛田信吾長官らによると、御所では計画停電の第1グループに合わせて自主的に電源を切っている。17、18、22、23日は1日2回実施。東電が停電を見送った場合も実施しているという。
 羽毛田長官によると、天皇陛下からは「大勢の被災者、苦しんでいる人たちがおり、電源すらない人もいる。私の体調を気遣ってくれるのはありがたいが、寒いのは厚着をすればいいだろう」「いつこういう事態があるかわからないし、こういうことはやってみないとわからないから、学ぶ機会ではないか」という趣旨の発言があったという。
ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110502/imp11050214030001-n1.htm

両陛下「自主停電」130時間 先月まで1日の休みなく、1回2時間 宮内庁が明かす
2011.5.2 14:02
 宮内庁は2日、天皇、皇后両陛下が、お住まいの皇居・御所で自主的に電気の使用を控えられた「自主停電」の時間が、計130時間に及んだことを明らかにした。
 宮内庁によると、両陛下は東京電力の計画停電の「第1グループ」のスケジュールに合わせ、3月15日から4月30日まで47日間、1日も休みなく、1回につき2時間、照明や暖房などの電気の使用を控えられた。
 1日2回行われた日も18日あった。5月からは自主停電をやめ、節電を心がけた通常の生活に戻られているという。


2011/3/26 栃木・那須御用邸の職員宿舎の温泉開放・御料牧場の食糧提供編集

/3/26 毎日新聞<東日本大震災:「気持ちいい」 栃木・那須御用邸の温泉施設開放
 栃木県那須町の那須御用邸にある職員用の温泉施設が26日、東日本大震災の被災者のため開放された。宮内庁によると、天皇、皇后両陛下の意向を受けた対応。同町に避難している福島県の住民ら22人が入浴を楽しんだ。
 開放されたのは、宮内庁職員や警備関係者らが使用する宿舎の入浴施設。同県浪江町から避難した会社員、平子直美さん(44)は「気持ち良かった。避難しているということを忘れさせてくれました」と話した。
 那須町では25日現在、福島県の被災者406人を含む計450人が3施設で避難生活を送っており、4月末まで週2回、1日50人程度ずつ受け入れる予定。また宮内庁は25日、両陛下の意向を受け、栃木県高根沢町などの御料牧場に備蓄されている鶏卵やソーセージの缶詰などを県内の避難者に提供した。【柴田光二】
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110514/imp11051407000001-n4.htm
【皇室ウイークリー】(179)両陛下、福島の野菜でご昼食 被災者に雅子さま「私もソフトボールを…」2011.5.14 07:00 (4/5ページ)
 宮内庁は12日、両陛下のご意向を受け、栃木県内に避難する被災者のために始めた那須御用邸の職員用宿舎の温泉施設の提供と、御料牧場で採れた卵などの避難所への提供を終了すると発表した。栃木県内に避難する被災者の多くが、旅館やホテルなどの二次避難所に移ったため、県と相談の上、終了することにしたという。宮内庁によると、温泉施設は3月26日から4月19日までの間、9カ所の避難所から延べ449人が利用。御料牧場の卵や缶詰は6カ所の避難所に提供された。


2011/3/30 避難所の一つである足立区東京武道館ご訪問編集

ttp://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20110328k0000m040141000c.html

東日本大震災:天皇、皇后両陛下 都内避難所を30日訪問
 天皇、皇后両陛下が30日、東日本大震災の被災者が生活する東京都内の避難所を訪問する方針が固まった。今回の震災で両陛下が避難所を訪れるのは初めて。都によると27日現在、都が開設する避難所は3カ所で、岩手、宮城、福島などからの被災者は計約580人。区などが窓口になっている避難所を合わせると、都内では16カ所に約1000人が避難している。両陛下が訪問する避難所は1カ所で、約1時間の見込み。【真鍋光之】
毎日新聞 2011年3月28日 2時30分(最終更新 3月28日 8時13分)

ttp://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/03/30/kiji/K20110330000530990.html

天皇、皇后両陛下が都内の避難所お見舞い
天皇、皇后両陛下は30日、福島県いわき市などから避難した約300人が身を寄せる東京都足立区の東京武道館を訪れ、激励の言葉を掛けられた。
東日本大震災で、両陛下が避難所をお見舞いするのは初めて。
都によると、東京武道館では17日から被災者や原発事故から避難する人々の受け入れを始めた。
1995年の阪神大震災や2004年の新潟県中越地震で、両陛下は発生の2週間ほど後に被災地入りし、避難所を回った。
今回の大震災は被災地が広範囲にわたり、甚大な被害の全容がまだ明らかになっていないことから、被災地訪問の時期は決まっていない。
2011年3月30日 15:58

ttp://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00196309.html

天皇皇后両陛下、東日本大震災の被災者が身を寄せる東京都内の避難所を訪問される
被災者が身を寄せる東京都内の避難所を30日午後、天皇皇后両陛下が訪問された。避難所では、直接、被災者に対して励ましの声をかけられた。
午後3時30分すぎ、天皇・皇后両陛下が、避難所となっている東京・足立区の東京武道館に到着された。
この避難所では、福島県などで被災したおよそ300人が、不自由な避難生活を余儀なくされている。
天皇陛下が「どちらから?」と尋ねられると、避難している人は「福島県いわき市からです」と答え、天皇陛下は、「皆さん大丈夫だったんですね」と声をかけられた。
1人ひとりの前でひざをつき、声をかけられた両陛下。
天皇陛下が、「おうちの方は?」と尋ねられると、避難している人は「大丈夫です」と答え、天皇陛下は、「ずいぶん心配されたでしょう」と声をかけられた。
両陛下は、長引く避難生活を気遣い、震災で心が傷ついた被災者の言葉に耳を傾けられた。
天皇陛下は、今回の大震災の甚大な被害に心を痛め、震災直後に異例のビデオメッセージを寄せられている。
天皇陛下は、ビデオメッセージで「被災者の状況が少しでも好転し、人々の復興への希望につながっていくことを心から願わずにはいられません」と述べられた。
そして、「ささやかでもお役に立ちたい」という両陛下のお気持ちを受け、宮内庁は栃木県の御料牧場でとれた卵や野菜などを避難所に提供し、那須御用邸の職員用の入浴施設を被災者に開放した。
被災地では、復興作業などを優先すべきとのお考えから、都内の避難所を訪問された両陛下だが、1日も早く被災地を訪れ、お見舞いすることを強く希望されているという。
(03/30 17:21)


2011/4/8 福島県双葉町の集団避難先である埼玉県加須市旧騎西高校ご訪問編集

ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011040700399

両陛下、埼玉の避難所訪問へ=来週以降も調整-宮内庁
 東日本大震災で、宮内庁は7日、天皇、皇后両陛下が8日午後、福島県双葉町の集団避難先になっている埼玉県加須市の旧騎西高校を訪問されると発表した。
 同庁によると、両陛下は避難生活を余儀なくされている人々を大変心配しており、来週以降もさらに別の避難所を訪問することで調整しているという。(2011/04/07-12:24)

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110407/imp11040711330002-n1.htm

両陛下、各地の避難所歴訪へ 8日から、埼玉・加須市
2011.4.7 11:31
 宮内庁は7日、天皇、皇后両陛下が8日午後に、東日本大震災の被災者が生活する埼玉県加須(かぞ)市の旧県立騎西高校を訪問されると発表した。両陛下は来週以降も、各地の避難所を訪問する意向を示されているという。
 両陛下は3月30日に東京武道館(東京都足立区)の避難所を訪れており、被災者を直接見舞われるのは2回目。都外では初めてとなられる。旧騎西高校では、福島第1原発がある福島県双葉町の町民らが、集団で避難生活を送っている。
 宮内庁によると、両陛下は震災以降、復旧活動に支障を与えない段階になれば、可能な限り早く現地に入り、被災者を見舞いたいとする意向も一貫して持たれている。
 皇太子ご夫妻も、避難所となっている味の素スタジアム(東京都調布市)を6日に訪問された。

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110407k0000e040086000c.html
東日本大震災:両陛下が8日、避難所を訪問 埼玉・加須
 宮内庁は7日、天皇、皇后両陛下が8日に福島県双葉町民が集団避難している埼玉県加須市の旧騎西(きさい)高校を訪問すると発表した。14日にも、千葉県内の避難所を慰問する方向で準備を進めている。両陛下は3月30日には東京都足立区の東京武道館を訪れており、異例の避難所歴訪となりそうだ。
 同校では、福島第1原発の事故によって集団避難している双葉町民約1400人が共同生活している。両陛下は約40分間、被災者を見舞う。慰問の予定がある千葉県内の複数の避難所では計約90人が生活している。
 同庁の風岡典之次長は「両陛下はできるだけ早く被災地を訪れたいというお気持ちを強くお持ちだ」と話しており、現地の受け入れ態勢が整い次第、さらに被災地訪問の準備を進める予定。【真鍋光之】
毎日新聞 2011年4月7日 15時00分
ttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20110408/k10015188361000.html

両陛下 埼玉の避難所を訪問
4月8日 18時37分
天皇皇后両陛下は、福島第一原子力発電所の事故を受けて福島県双葉町から集団避難している人たちが暮らす、埼玉県加須市の施設を訪問し、被災した人たちを励まされました。
両陛下は、福島県双葉町から1400人余りが集団避難している、埼玉県加須市の廃校になった高校の施設に到着されました。天皇陛下は、体育館で避難生活を続けている人たちに「風邪をひかないようにね」とことばをかけたり、8日から近くの小学校に通い始めた子どもたちに「お友だちができるといいね」と声をかけられたりしていました。また、皇后さまは「大変でしたね。よく眠れますか。こちらでゆっくり疲れをとってください」と話しかけ、励まされていました。52歳の女性は「皇后さまに『元気で頑張って下さい』と励ましていただき、一から頑張って行こうという気持ちになりました」と涙ぐみながら話していました。今回の震災を受けて両陛下が避難所を訪れるのは、先月30日に東京・足立区の避難施設で被災者を励まされて以来2回目です。両陛下は、今月14日には千葉県旭市の避難所を訪問するほか、早ければ今月下旬にも仙台市を、来月中旬ごろまでに岩手県や福島県の被災地を訪問される方向で、検討が進められています。

http://www.news24.jp/articles/2011/04/08/07180458.html

両陛下、集団避難の双葉町民をお見舞い
< 2011年4月8日 18:55 >
 天皇・皇后両陛下は8日、福島第一原発の事故の影響で福島・双葉町の住民が避難している埼玉・加須市の旧騎西高校を訪問された。
 両陛下は、小学校の入学式を迎えた新1年生に「良い学校生活が送れるといいですね」「頑張ってお勉強してくださいね」などと声をかけて回られた。
 両陛下は14日、千葉・旭市の避難所を訪問される予定。

ttp://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4695299.html

最終更新:2011年4月8日(金) 22時44分
天皇・皇后両陛下、双葉町民お見舞い
 天皇・皇后両陛下は、原発事故の影響で福島県双葉町の町民が集団避難している埼玉県内の避難所をお見舞いされました。
 両陛下が訪れたのは、福島県双葉町から1400人あまりの町民が集団避難している埼玉県加須市の避難所です。
 陛下は、お年寄りに「お体を大切にね」と励まされ、皇后さまも8日、入学式を迎えたばかりの小学1年生の子どもたちに「新しい学校はどんなところでしたか?」「がんばってお勉強してくださいね」などと声を掛けられていました。
 両陛下を前に町民たちは、「もう辛い涙でなく嬉しい涙しか出ません。埼玉の人たちに温かくしてもらって」と話していました。(08日19:42)

ttp://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00196946.html

東日本大震災 天皇皇后両陛下、集団避難した福島・双葉町の被災者らをお見舞いされる
天皇皇后両陛下は8日午後、埼玉・加須市の避難所を訪れ、東日本大震災で集団避難している福島・双葉町の被災者らをお見舞いされた。
両陛下は午後3時すぎ、福島第1原発がある双葉町の町民およそ1,400人が共同生活を送る、加須市の旧騎西高校に到着された。
体育館を訪れた天皇陛下は、床にひざをつき、「体を大切に元気に過ごしてくださいね」と、一人ひとりに声をかけ、8日に小学校の入学式を迎えた新1年生の児童には、「良いお友達ができるといいですね」とお祝いの言葉を送られた。
皇后さまは、1人でも多くの人に声をかけようと小走りで回り、1カ月に及ぶ避難生活で疲労を重ねる被災者に顔を寄せ、「お疲れでしょう」、「安心して眠れていますか」と気遣われた。
(04/08 17:52)

ttp://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210408052.html
【地震】両陛下 双葉町の移転先の避難所を訪問(04/08 21:00)
 天皇皇后両陛下は、福島県双葉町の住民が町の行政機関ごと移転してきている埼玉県加須市の避難所を訪問されました。
 両陛下が避難所に到着されると、出迎えた人たちから拍手と歓声が上がりました。両陛下はお二人別々に、避難している人たちの間を回られました。陛下は、小学生の女の子を「良い学校生活を送れると良いですね」などと励まされました。また、皇后さまは「大変でしたね」「夜は眠れていますか」などと話しかけられました。廃校となった騎西高校には、双葉町から約1400人が避難しています。両陛下は宮城県や岩手県などの被災地への訪問を強く希望されていて、宮内庁が調整を進めています。


2011/4/14 千葉県旭市ご訪問編集

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110413/imp11041311500001-n1.htm

両陛下が14日に初の被災地ご視察 千葉県旭市
2011.4.13 11:49
 宮内庁は13日、天皇、皇后両陛下が14日に千葉県旭市を訪問し、東日本大震災の被災地域をバスで回って視察するとともに、避難所で被災者を見舞われると発表した。
 両陛下は3月30日に東京都内、4月8日に埼玉県内の避難所をそれぞれ訪問しているが、被災した地域に入られるのは初めてとなる。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110413-OYT1T00572.htm
両陛下、千葉・旭市を訪問へ…初の被災地入り
 宮内庁は13日午前、天皇、皇后両陛下が14日に、東日本大震災で津波などの被害を受けた千葉県旭市を訪問されると発表した。
 震災後、両陛下が被災地入りされるのは初めて。14日午前に現地入りし、午後、被災した住民を見舞い、津波被害の現場も視察される。
 秋篠宮ご夫妻も14日、新潟県長岡、小千谷両市を訪れ、同県外から避難している被災者を見舞われる。仮設住宅用部品の組み立て作業やボランティア活動の様子も視察される。
(2011年4月13日13時10分 読売新聞)
ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110414/imp11041411560001-n1.htm

両陛下、千葉県の被災地ご訪問
2011.4.14 11:55
 天皇、皇后両陛下は14日午前、東日本大震災で津波被害を受けた千葉県旭市に入られた。避難所で生活する人々を見舞うほか、被災地域を視察される。今回の震災で、両陛下が被災地を訪問されたのは初めて。
 旭市は津波被害で、千葉県最多となる13人の犠牲者を出し、2人が行方不明になっている。
 両陛下は3月30日に東京都内、4月8日に埼玉県内の避難所をそれぞれ訪問されている。

ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011041400333
両陛下、千葉県入り=初の被災地訪問

 天皇、皇后両陛下は14日午前、東日本大震災の被災状況視察のため、千葉県旭市に入られた。今回の震災で両陛下が被災地を訪れるのは初めて。
 両陛下は同日午後、市内の公民館などを訪問する予定。(2011/04/14-12:05)

http://www.news24.jp/articles/2011/04/14/07180946.html
両陛下が千葉・旭市を訪問 初の被災地入り

 天皇・皇后両陛下は14日、東日本大震災で被災した千葉・旭市を訪問し、避難所でのお見舞いや津波被害を受けた地域の視察を行われた。両陛下が被災地に入られるのは初めて。
 旭市では、今回の震災で13人が死亡、約250人が市内4つの避難所で生活している。両陛下は、2か所の避難所を訪れ、被災者一人一人に声をかけられた。また、津波の被害が大きかった横根地区を視察し、黙礼をささげられた。
 両陛下は、ゴールデンウイーク前後には宮城、岩手、福島の各県を訪れることも検討されているという。
 また、秋篠宮ご夫妻も14日、新潟・長岡市の避難所を訪問された。ご夫妻は被災した人に声をかけ、避難所での作業や住民ボランティアの活動などを視察された。
<2011年4月14日 18:43>

ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011041400436

両陛下、被災地を初訪問=「頑張りましたね」-千葉・旭市
 天皇、皇后両陛下は14日午後、東日本大震災による津波で13人が犠牲となった千葉県旭市を訪問された。両陛下が今回の震災の被災地を訪れるのは初めて。
 両陛下は、同市海上公民館と飯岡福祉センターに設置された避難所を訪問。ジャンパー姿の天皇陛下は膝を突いて、「どうぞお元気でね」と被災者に声を掛けた。皇后さまは手を握ったり、腰をかがめたりしながら、「よく頑張りましたね」「大丈夫よ、大丈夫よ」と被災者をいたわった。
 ダウン症のため上手に話せない小野正和さん(36)は、「これからも頑張っていきます」と書いたメモ帳を胸に掲げて両陛下に見せた。母親と一緒に津波にのまれ、近所の人に助けられたといい、天皇陛下は小野さんのメモをゆっくりと声に出して読み、皇后さまは「えらかったですね」と励ましの言葉を掛けた。
 両陛下は避難所のほかに、津波で家屋が流されるなどした横根地区を訪問。1人が死亡し、1人が行方不明になった現場の路地に立ち、黙礼をささげた。
 旭市では4カ所の避難所で、計約250人が避難生活を送っている。
(2011/04/14-19:23)

ttp://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00197442.html

天皇皇后両陛下、東日本大震災の被災地である千葉・旭市をご訪問
 天皇皇后両陛下は14日、東日本大震災の被災地である千葉・旭市を訪問された。
 両陛下の被災地入りは、震災後初めてのこととなる。
 津波により13人が死亡するなど、大きな被害が出た旭市を訪れた両陛下は、14日午後2時半ごろ、多くの住宅が流された沿岸部の被災地に足を運び、犠牲者を悼み一礼された。
 住民は「力づきましたよ。わたしはここで一生、過ごそうと思いました」と話した。
 また避難所では、津波にのまれ、レスキュー隊に救助された被災者の話に耳を傾け、天皇陛下は「本当に危ないことでしたね。ご無事でよかったですね」と声をかけ、皇后さまは「どんなに怖かったでしょう。よくご無事でいてくださいました」とねぎらわれた。
(2011/04/14 21:17)

ttp://news.tbs.co.jp/20110414/newseye/tbs_newseye4700235.html

両陛下、初めて被災地訪問
  天皇・皇后両陛下が津波の大きな被害を受けた千葉県・旭市を訪れ、被災者たちをお見舞いされました。
 千葉県・旭市では沿岸地域が津波に襲われ13人が亡くなり、現在も2人が行方不明になっています。両陛下は津波に襲われた被災現場を歩かれ、犠牲者が出た場所に向かって黙礼をされました。
 また、両陛下は避難所を訪れ、津波から間一髪で逃れた被災者らに「本当に危なかったですね」「よく無事でいて下さいましたね」などと声を掛けられました。両陛下は今月中に茨城県と宮城県へ、さらに来月には岩手県と福島県を相次いで訪問し、お見舞いされる予定です。
 一方、秋篠宮ご夫妻は、東日本大震災で避難してきている人たちを、お見舞いするため新潟の避難所を2か所訪れました。
 長岡市にある、この避難所では、福島県・南相馬市などからの避難者が地元企業の発注で被災者向け仮設住宅の部品を製造しています。秋篠宮ご夫妻から声をかけられた避難所の男性が涙する場面もありました。
 続いて訪問された小千谷市の避難所では、地元のボランティアが被災者向けに押し花教室を開いている様子を見学されました。(2011年4月15日05:21)

http://www.news24.jp/articles/2011/04/14/07180946.html

両陛下が千葉・旭市を訪問 初の被災地入り
< 2011年4月14日 18:43 >
 天皇・皇后両陛下は14日、東日本大震災で被災した千葉・旭市を訪問し、避難所でのお見舞いや津波被害を受けた地域の視察を行われた。両陛下が被災地に入られるのは初めて。
 旭市では、今回の震災で13人が死亡、約250人が市内4つの避難所で生活している。両陛下は、2か所の避難所を訪れ、被災者一人一人に声をかけられた。また、津波の被害が大きかった横根地区を視察し、黙礼をささげられた。
 両陛下は、ゴールデンウイーク前後には宮城、岩手、福島の各県を訪れることも検討されているという。
 また、秋篠宮ご夫妻も14日、新潟・長岡市の避難所を訪問された。ご夫妻は被災した人に声をかけ、避難所での作業や住民ボランティアの活動などを視察された。

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110414/imp11041419350002-n1.htm

両陛下が初めて被災地お見舞い 「怖かったでしょう」「大丈夫ですか」
2011.4.14 19:33
 天皇、皇后両陛下は14日、東日本大震災で津波被害を受け13人が死亡した千葉県旭市を訪れ、避難所2カ所を見舞い、被災地を視察された。今回の震災で、両陛下が被災地に入られたのは初めて。
 両陛下は、80人が避難する海上(うなかみ)公民館を訪問後、津波で大きな被害を受けた飯岡地区にバスで向かい、出迎えた住民らに「怖かったでしょう」「大丈夫ですか」などと声をかけて気遣われた。近くで津波の犠牲者が出たことを聞くと、自宅跡に向かい、並んで一礼された。
 続けて、75人が避難する飯岡保健センターもお見舞いに。自力で逃げて助かった知的障害の男性(36)に、陛下は「えらいですね。がんばってくださいね」と言葉をかけられ、皇后さまも手を握って励まされた。
 被害状況を説明した森田健作知事によると、両陛下は大きな津波の到達まで2時間半かかったことに強い関心を示された。陛下は「これから防災の勉強をしていかなければいけませんね」と話されたという。
 この日は秋篠宮ご夫妻も新潟県の避難所を訪問された。関東以外の避難所を皇族方が見舞われたのは初めて。両陛下は来週、茨城県を訪問される見通しとなっている。

ttp://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819695E3E6E2E0958DE3E6E2E6E0E2E3E39180EAE2E2E2;at=DGXZZO0195583008122009000000]

両陛下、被災地を初めて訪問 千葉県旭市でお見舞い
2011/4/14 20:52
 天皇、皇后両陛下は14日、東日本大震災による津波で13人が死亡した千葉県旭市を訪問、避難所で被災者を慰問したほか、被災現場にも立ち寄られた。今回の震災で両陛下が被災地に入られたのは初めて。
 両陛下は避難所になっている同市の海上公民館、飯岡保健センターを訪れ、被災者の話を聞きながら「危ないところでしたね」「よく眠れるようになさってください」などと声を掛けられた。
 天皇陛下は車いすの赤松陸夫さん(72)の前で膝をついて見上げるようにして話しかけ、「これからお体に気をつけてください」といたわられた。赤松さんは「まさか陛下と話ができるとは思わなかった。ただありがたい」と感激していた。
 皇后さまは内山紀子さん(46)、唯さん(21)親子に話しかけ、唯さんの手を握って「大丈夫よ」と何回も繰り返された。
 両陛下は津波の被害があった海岸近くをマイクロバスに乗って視察。死者が1人出た現場でバスを降り、黙礼された。
 同市は津波の第1、2波から2時間半後の第3波による被害が最も大きく、説明を受けた天皇陛下は「このことを研究し、語り継いでいかなければいけませんね」と話されていたという。

ttp://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00197442.html

天皇皇后両陛下、東日本大震災の被災地である千葉・旭市をご訪問
天皇皇后両陛下は14日、東日本大震災の被災地である千葉・旭市を訪問された。
両陛下の被災地入りは、震災後初めてのこととなる。
津波により13人が死亡するなど、大きな被害が出た旭市を訪れた両陛下は、14日午後2時半ごろ、多くの住宅が流された沿岸部の被災地に足を運び、犠牲者を悼み一礼された。
住民は「力づきましたよ。わたしはここで一生、過ごそうと思いました」と話した。
また避難所では、津波にのまれ、レスキュー隊に救助された被災者の話に耳を傾け、天皇陛下は「本当に危ないことでしたね。ご無事でよかったですね」と声をかけ、皇后さまは「どんなに怖かったでしょう。よくご無事でいてくださいました」とねぎらわれた。
(04/14 21:17)


2011/4/22 茨城県北茨城市ご訪問編集

ttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20110413/k10015288831000.html

両陛下 東北の被災地訪問へ
4月13日 16時42分
天皇皇后両陛下は、東日本大震災の被災者を励ますため、大型連休前から連休すぎにかけて、甚大な被害を受けた宮城県と岩手県、それに福島県の東北3県の被災地を相次いで訪問されることになりました。
これは、宮内庁の羽毛田長官が、13日の記者会見で発表したものです。それによりますと、両陛下は、震災の被災者を励ますため、今月下旬の大型連休前から来月の連休すぎの、そう遠くない時期にかけて、甚大な被害を受けた宮城県と岩手県、それに福島県の東北3県の被災地を相次いで訪問されることになりました。具体的な訪問の時期などについては、宮内庁が各県や関係機関と調整を進めていますが、関係者によりますと、▽宮城県は今月27日ごろ、▽岩手県は来月2日ごろ、▽福島県は来月8日の週を軸にして調整が進められているということです。両陛下は、震災の甚大な被害に心を痛め、これまでに東京と埼玉の避難所を訪れて、被災地から避難してきた人たちを励まされました。同時に、できるだけ早い時期の被災地への訪問を望まれていて、▽今月14日には、震災で大きな被害を受けた千葉県旭市を、▽今月22日には茨城県北茨城市を訪ねられることになっています。両陛下が震災からまもない被災地を訪問されるのは、4年前の新潟県中越沖地震以来で、今回のような相次ぐ訪問は初めてのことです。

ttp://www.ji ji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011042100334

両陛下、あす北茨城へ=2度目の被災地訪問
 宮内庁は21日、天皇、皇后両陛下が東日本大震災の被災者を見舞うため、22日に日帰りで茨城県北茨城市を訪問されると発表した。今回の震災で両陛下の被災地訪問は2度目。
 両陛下は常磐道経由で北茨城市入りし、津波に襲われた大津漁港を視察後、避難所の市民体育館を訪れる。
 北茨城市では今回の震災で5人が死亡、1人が行方不明。茨城県内(死者23人、行方不明1人)で最も人的被害が大きかった。(2011/04/21-11:43)

http://www.asahi.com/national/update/0421/TKY201104210116.html

両陛下、22日に北茨城市訪問 被災地入りは2回目
2011年4月21日12時2分
 宮内庁は21日、天皇、皇后両陛下が東日本大震災で被害を受けた茨城県北茨城市を22日に訪問すると発表した。両陛下の被災地の訪問は14日の千葉県旭市に次いで2回目。この後、大型連休の前後には東北の被災地を訪問する予定だ。
 北茨城市は、津波の被害も大きく、5人が死亡し、1人が行方不明になっている。また、福島第一原発事故の影響で同市沖のイカナゴの稚魚(コウナゴ)から基準を超える放射性物質が検出され、漁業に風評被害も出ている。
 両陛下は、避難所として使われている体育館で被災者を見舞うほか、津波の被害を受けた漁港などにも視察に訪れる。

ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011042200096

両陛下が北茨城市入り=2度目の被災地
 天皇、皇后両陛下は22日、東日本大震災で津波の被害を受けた茨城県北茨城市に車で入られた。今回の震災で両陛下の被災地訪問は14日の千葉県旭市に続き2度目。被災した大津漁港を視察後、避難所の市民体育館を訪れる。
 両陛下は皇居から約3時間余りかけ、午後0時15分ごろ北茨城市役所に到着した。(2011/04/22-12:29)

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110422/imp11042212400001-n1.htm

両陛下が被災地の茨城・北茨城市ご訪問
2011.4.22 12:33
 天皇、皇后両陛下は22日、東日本大震災の被災者を見舞うため、茨城県北茨城市を訪問された。
 両陛下は正午過ぎ、沿道で迎えた大勢の人たちに手を振りながら、北茨城市役所に到着された。夕方までに、津波で大きな被害を受けた大津漁港周辺を視察するほか、避難所にも足を運び、帰京される。
 両陛下が皇居外で被災者を見舞われるのは、東京都足立区、埼玉県加須市、千葉県旭市に次いで4カ所目。被災地に入られるのは旭市に続き2カ所目。
 大型連休前後には、被害が大きかった東北地方の各地域に順次入られる見通しとなっている。

ttp://www.mbs.jp/news/jnn_4707104_zen.shtml
■ 両陛下、茨城の大津漁港を視察

 天皇皇后両陛下は、震災で津波の被害にあった茨城県の大津漁港を視察し、漁師たちに励ましの言葉をかけられました。
 両陛下が訪れた大津漁港では津波の被害が出ましたが、20日には、震災後初めての競りが行われるなど、現在は復旧が進んでいます。しかし、原発事故の影響で、最盛期のはずのコウナゴ漁は自粛が続いています。
 両陛下は漁協の組合長らの案内のもと、陸に引きあげられた船を見て「あの船は、海に沈んでいたのですか」などと質問し、また、集まった地元の漁業関係者らに「大変でしょう」と言葉をかけられました。このあと、両陛下は犠牲者が出た場所を訪れ、黙礼をされました。(22日15:32)

ttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20110422/k10015495691000.html

両陛下 北茨城市の漁港を訪問
4月22日 19時32分
天皇皇后両陛下は、東日本大震災で大きな被害を受けた茨城県北茨城市の港を訪れ、漁業関係者らを励まされました。両陛下は先週、千葉県旭市の被災地を訪問したのに続いて、22日、地震と津波で5人が亡くなるなど、大きな被害が出た北茨城市を訪ねられました。
初めに、津波で堤防が決壊した大津漁港を訪れ、港を見ながら、漁協の組合長から被害の説明を受けられました。両陛下は、港で行方不明になっている男性がいることを知らされると、海に向かって深く頭を下げられました。そして、福島第一原子力発電所の事故の影響で、今が旬のコウナゴ漁を見合わせている漁業関係者に「頑張って復興してください」などと声をかけられていました。両陛下はこのあと、津波で家が壊れたままの住宅地も歩いて視察されました。続いて、40人近くが避難している体育館にも足を運び、天皇陛下は、震災後、避難所で妻を亡くしたという72歳の男性に「残念なことでしたね。さみしいですね」と話しかけ、慰められていました。また、皇后さまは、余震におびえる女性に「怖かったでしょう。つらかったでしょう。これまでよく耐えてくれましたね」と優しく話しかけられていました。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110422-OYT1T00911.htm

両陛下、被災者一人一人に声かけられる…北茨城
 天皇、皇后両陛下は22日午後、茨城県北茨城市で、東日本大震災による津波で大きな被害を受けた大津漁港を視察、避難所の被災者を見舞われた。
 両陛下は原発事故による魚介類への風評被害も心配されており、関係者によると、この日の昼食には、同漁港で水揚げされたアナゴの空揚げやマコガレイの煮付けなどが並んだ。
 両陛下は、津波で漁船が打ち上げられた同漁港の岸壁で、漁協幹部から「防波堤が崩れ組合員1人が行方不明になった」と説明を受け、海に向かって黙礼された。次いで、津波の被害を受けた家が並ぶ近くの集落を訪問。「52歳の女性が亡くなった」との説明に、ここでも黙礼された。約40人が避難する市民体育館では、一人一人に声をかけられた。
 「余震が怖くてここにいます」と天皇陛下に説明した男性(74)は、「陛下の顔を見たら気持ちが和み、涙が出た」と話した。
(2011年4月22日20時19分 読売新聞)

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110423k0000m040085000c.html

両陛下:海に向かって黙礼 北茨城を訪問
 天皇、皇后両陛下は22日、東日本大震災で被害を受けた北茨城市を訪問し、同市大津漁港では、行方不明者が1人いるとの説明を受け、海に向かって黙礼をささげた。豊田稔市長によると、両陛下は漁業の風評被害も心配している様子だったという。
 両陛下の被災地入りは千葉県旭市に次いで2度目。同漁港は震災で防波堤が決壊し漁船約120隻のうち半数以上が損壊した。両陛下は、津波で犠牲になった女性(52)の遺体が見つかった場所でも静かに頭を下げた。漁港には約500人が集まり、両陛下は「被害はどうでしたか」などと声をかけて歩いた。引き続き、約40人が避難生活を送る北茨城市民体育館も慰問した。
 同行した豊田市長によると、同市役所での昼食には、同漁港で前日水揚げされたカレイやアナゴの煮付けが入った弁当が出された。現地では、風評被害による魚の値崩れが起きているといい、天皇陛下は、原子力に対して理解を深め、しっかりした知識に基づいて行動すべきだという趣旨の発言をしたという。【真鍋光之】
毎日新聞 2011年4月22日 20時34分(最終更新 4月22日 20時37分)


2011/4/27 宮城県南三陸町・仙台市ご訪問編集

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110426/imp11042609430001-n1.htm

両陛下の東北お見舞い、閣議で報告 5月2日に岩手、11日に福島
2011.4.26 09:42
 天皇、皇后両陛下が東日本大震災の被災者を見舞うため、宮城、岩手、福島の3県を訪問されることが26日の閣議で報告された。27日に宮城、5月2日に岩手、同11日に福島を見舞われる。
 両陛下は27日午前、羽田空港から自衛隊機で宮城県へ。南三陸町で被災状況を視察後、被災者を励ますほか、復興に尽力する関係者をねぎらわれる。仙台市内の避難所も訪問し、自衛隊機で帰京される予定。県内の移動は自衛隊ヘリを利用される。悪天候の場合、28日に延期される。
 両陛下は3月30日に東京都足立区、今月8日に埼玉県加須市の避難所を相次いでご訪問。14日には津波で被災した千葉県旭市、22日にも同様に津波被害を受けた茨城県北茨城市を見舞われた。東北3県を予定通り訪問すれば、7週間連続で避難所や被災地に入られることになる。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110426-OYT1T00236.htm
両陛下、東北3県の被災地初訪問へ
 天皇、皇后両陛下が東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城、岩手、福島の3県を訪問されることが、26日午前の閣議に正式に報告された。
 27日に宮城県、5月2日に岩手県、同11日に福島県をいずれも日帰りで訪ね、被災者らを見舞われる。両陛下の東北地方の被災地訪問は初めて。
 宮内庁によると、宮城県には27日午前、東松島市の航空自衛隊松島基地に入り、自衛隊のヘリに乗り換えて南三陸町に向かい、沿岸の津波被害の状況を見られる。避難所で被災者を見舞い、復興作業に当たる人たちもねぎらわれる。仙台市でも被災者を見舞われる。両陛下の被災地訪問は、今月14日の千葉県旭市、22日の茨城県北茨城市に続き、宮城県が3回目。岩手、福島訪問については詳細な日程を調整している。
(2011年4月26日10時45分 読売新聞)
ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110427/imp11042711060001-n1.htm

両陛下、宮城県入り 南三陸町などお見舞いへ
2011.4.27 11:05
 天皇、皇后両陛下は27日午前、東日本大震災の被災者を見舞うため、自衛隊機で宮城県に入られた。午後に津波で甚大な被害を受けた南三陸町を視察するほか、同町と仙台市の避難所を訪問される。両陛下が東北地方の被災地に入られるのは初めて。
 両陛下は午前9時半ごろ、自衛隊機で羽田空港をご出発。航空自衛隊松島基地(東松島市)に到着後、基地内で、村井嘉浩知事から被災状況について説明を受けられた。宮内庁によると、両陛下は同庁の羽毛田信吾長官を通じて、村井知事に、被災者支援のためのお見舞い金を渡されたという。
 被災地に配慮する両陛下のご意向を踏まえ、宮内庁は両陛下の随員を最小限の7人としたほか、過去の被災地訪問と同様、日帰りの強行軍の日程を組んだ。
 両陛下は3月30日に東京都内、今月8日に埼玉県加須市の避難所をご訪問。「1日も早く被災地に入りたい」というご意向のもと、震災1カ月の節目が過ぎた14日には、津波で被災した千葉県旭市へ。22日も茨城県北茨城市を見舞い、両陛下は5週連続で避難所や被災地に足を運ばれている。

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00198253.html
天皇皇后両陛下、東日本大震災の被災者を見舞うため宮城県に入られる
天皇皇后両陛下は、東日本大震災の被災者を見舞うため、27日午前、宮城県に入られた。
両陛下が震災後、東北地方を訪問されるのは、初めてのこととなる。
両陛下は27日午前、航空自衛隊松島基地に到着された。
27日午前11時半現在は、基地内で、宮城県の村井知事から、宮城県の被災状況について説明を受けられている。
両陛下は27日午前10時半ごろ、自衛隊の飛行機で、羽田空港から宮城・東松島市に入られた。
到着の際、両陛下は、出迎えの村井知事や東松島市長らに、1人ずつ声をかけられた。
また両陛下は、避難者支援のため、宮内庁長官を通じて、宮城県にお見舞金を送られた。
両陛下はこのあと27日昼すぎ、自衛隊のヘリコプターで、津波で壊滅的な被害を受けた南三陸町を訪れて被災現場を視察したあと、およそ500人が避難生活を送っている中学校の体育館で被災者を見舞われる。
27日夕方には、仙台市の避難所にも足を運び、27日夜、帰京されることになっている。
両陛下は、現地の状況が許すかぎり、1日でも早く被災者を見舞いたいと強く希望されており、5月2日に岩手県を、5月11日には福島県を訪問されることになっている。
(04/27 11:45 仙台放送)
http://www.asahi.com/national/update/0427/TKY201104270120.html
両陛下、自衛隊機で宮城県入り 初の東北被災地訪問
2011年4月27日12時12分
 天皇、皇后両陛下は27日午前、空路、宮城県入りした。東日本大震災の後、両陛下は関東の避難所などの慰問を続けているが、甚大な被害を受けた東北地方に入ったのは初めて。午後には、津波で壊滅的な被害を受けた南三陸町の被災現場を視察。同町や仙台市の避難所を慰問する。
 両陛下はこの日、東京の羽田空港から自衛隊機で東松島市の航空自衛隊松島基地に到着。村井嘉浩・同県知事らの出迎えを受け、基地内で県内の被災状況の説明を受けた。この席で、羽毛田信吾・宮内庁長官を通じて義援金が同知事に手渡された。
 この日は日帰りの予定で、今後も5月2日に岩手県、11日には福島県を訪問する予定だ。
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20110428k0000m040063000c.html
東日本大震災:両陛下、一人一人に励まし 東北被災地訪問
 東日本大震災で甚大な被害を受けた東北3県を見舞う天皇、皇后両陛下の「癒やしの旅」が27日、宮城県から始まった。両陛下は被災者とひざをつき合わせ、一人一人に声をかけて慰め、励ました。南三陸町の佐藤仁町長は「被災者の皆さんの笑顔を初めて見た」と感想を話した。
 臨時へリポートになった町立伊里前小学校は高台にあり、津波に町がのみ込まれた状況が見渡せる。両陛下が到着後、佐藤町長が「壊滅的な打撃です」と説明すると、天皇陛下は一面、がれきと化した光景を見ながら「そうですね」と静かに話したという。
 両陛下は引き続き、約200人が避難生活を送る町立歌津中学校体育館を訪問。伊里前小教諭の菊田新一さん(51)が「家族を亡くしたり、転校した子もいる」と話すと、天皇陛下は「随分大きな傷を負っているんでしょうね」「子供たちのために頑張ってください」と励ました。
 両陛下はその後、自衛隊ヘリで仙台市に向かい、約270人の被災者が身を寄せる宮城野体育館を訪れた。津波で自宅が全壊した主婦、佐藤美紀子さん(64)が、自宅跡の庭から摘んできた黄色いスイセンを皇后さまに見せ、「このスイセンのように力強く生きます」と話すと、皇后さまは「ちょうだいできますか」と受け取り、「頑張ってくださいね」と励ました。
 また、妻征子さん(69)が津波の犠牲になった赤間憲さん(69)が遺影を差し出すと、天皇陛下は「大変にお気の毒です」と遺影をじっと見つめながらつぶやいた。赤間さんは「陛下に遺影を見てもらって(家内も)幸せだと思う」と涙ぐんだ。【大久保和夫、真鍋光之】
毎日新聞 2011年4月27日 20時14分(最終更新 4月27日 20時21分)
ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011042701029
大川小の被害「かわいそう」=ヘリ上空から視察の両陛下-宮城
 東日本大震災の被災者を見舞うため、宮城県南三陸町と仙台市を訪問した天皇、皇后両陛下は27日、移動の際にヘリで上空から県内の被災地を視察された。天皇陛下は、多くの児童が犠牲になった石巻市の大川小学校の近くを通った際、「かわいそうだったですね」と感想を語ったという。
 同行した宮城県の村井嘉浩知事によると、両陛下は被害の大きさに驚いていた様子で、機内では一カ所一カ所指を差し、「あれは何」と質問を繰り返し、「ひどいですね」「時間がかかるかもしれませんね」と述べていた。特に水産業と農業を心配しており、水産業では養殖施設や漁船の転覆を見た際、「あれは元に戻るのでしょうか」「どれくらい時間がかかるのでしょうか」と話し、仙台平野では塩、海水を抜くのにどれくらい時間がかかるか質問されたという。
 宮城県に到着した際、「心よりお見舞い申し上げます。ぜひ県民で力を合わせて」と両陛下から声を掛けられたといい、村井知事は「頑張ってくださいという強いメッセージになった」と話した。(2011/04/27-20:30)


2011/5/6 岩手県釜石市・宮古市ご訪問編集

ttp://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110502-OYT1T00203.htm

両陛下の岩手ご訪問、6日に延期…悪天候で
 宮内庁は2日午前、同日予定されていた天皇、皇后両陛下の岩手県ご訪問が延期になったと発表した。
 強風で同県内を移動するための自衛隊ヘリが飛べなくなったため。同県ご訪問は6日になる予定。
 両陛下は自衛隊機で東京・羽田空港を出発、岩手県花巻市の花巻空港でヘリに乗り換え、釜石市と宮古市の避難所を訪れるほか、上空から被災状況を視察される予定だった。
(2011年5月2日09時16分 読売新聞)

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110506/imp11050611250000-n1.htm

両陛下が岩手ご訪問
2011.5.6 11:24
 天皇、皇后両陛下は6日、東日本大震災の被災者を見舞うため岩手県に入られた。東北地方の被災地を訪問されるのは、4月27日の宮城県に続き2回目。
 両陛下は6日午前、羽田空港から自衛隊機で、岩手県花巻市の花巻空港に到着し、県内の被災状況を聞かれた。夕方までに自衛隊ヘリを使って釜石市と宮古市に入り、両市の避難所で被災者を見舞い、同日中に帰京される。
 両陛下は各地で避難所を訪問されており、今回で6週連続となる。岩手ご訪問は当初2日に予定されていたが、強風のため延期となっていた。11日には福島県を訪問される予定。

ttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20110506/k10015731051000.html
両陛下 岩手県の避難所を訪問
5月6日 18時42分
天皇皇后両陛下は、東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県を訪れ、釜石市と宮古市の避難所で避難生活を送る人たちを励まされました。
自衛隊機で岩手県入りした両陛下は、ヘリコプターに乗り換えて、午後1時すぎ、津波で大きな被害を受け、2100人余りが避難生活を続けている釜石市に到着されました。両陛下は避難所の釜石中学校を訪れ、およそ100人の住民が生活する部屋で、床にひざをついて、一人一人に声をかけて回られました。天皇陛下は「後ろから津波が来て、逃げるのがやっとでした」と話す女性に、「よくご無事で。どうぞお元気で」と声をかけられていました。また皇后さまは、避難している男性に「お体を大事になさってください」などと優しくことばをかけられていました。訪問の終了間際には、釜石市で震度3の揺れを観測する余震がありましたが、皇后さまは避難所の人たちに「落ち着いてください。大丈夫でしょうか」と呼びかけたうえで、「何ともなかったでしょうか」と声をかけながら、目の前の女性の手をそっと握られたということです。両陛下はこのあと、岩手県内で最も多くの住宅が倒壊した宮古市に移動し、避難所の体育館を訪ねられました。天皇陛下は、母親を亡くした39歳の女性から母親の写真を見せられると、「本当に残念なことでしたね」と声をかけ、慰められました。そして女性が「母も陛下とお会いできてよかったと思います」と涙を流しながら話すと、「どうぞお元気で」と励まされていました。また皇后さまは、家を失った男性に寄り添い、「つらかったでしょうね。よく助かって下さいましたね」とことばをかけられていました。


2011/5/11 福島県福島市・相馬市ご訪問編集

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110511/imp11051110520001-n1.htm

両陛下が福島県ご訪問
2011.5.11 10:50
 天皇、皇后両陛下は11日、東日本大震災の被災地を見舞うため福島県に入られた。両陛下は4月27日に宮城県、5月6日に岩手県をそれぞれ訪問しており、被害が甚大だった東北3県すべてを訪問されたことになる。
 両陛下は11日午前に自衛隊機で福島空港にご到着。佐藤雄平知事から被災状況をお聞きになった。自衛隊ヘリを使って福島市と相馬市の避難所を訪問し、同日中に帰京される。
 相馬市では、津波で壊滅的な被害を受けた原釜・尾浜地区もごらんになる予定。同地区は東京電力の福島第一原子力発電所から40キロ余りの場所にある。
 両陛下は3月30日の東京都足立区の避難所訪問以降、毎週各地の避難所や被災地を見舞われており、今回で7週連続となった。

http://www.47news.jp/CN/201105/CN2011051101000265.html

両陛下、福島入り 原発避難住民ら激励へ
 天皇、皇后両陛下は11日、東日本大震災の被災者や東京電力福島第1原発事故の避難住民を励ますため、東京・羽田発の自衛隊機で福島県入りされた。
 福島県は津波による死者・行方不明者が2千人を超え、原発近隣の住民が県内外に避難を余儀なくされるなど、深刻な被害が続く。両陛下の被災地訪問は千葉、茨城、宮城、岩手に続き5県目。
 福島空港で両陛下は羽毛田信吾宮内庁長官を通じ、佐藤雄平知事に私的費用から見舞金を渡した。知事は県内の被災状況を両陛下に説明した。
 両陛下は福島空港からヘリコプターに乗り、南相馬市の住民らが避難する福島市の体育館と死者・不明者が400人を超えた相馬市の避難所を見舞う。また自衛隊や警察、消防の関係者をねぎらい、津波に襲われた現場にも足を運ぶ。
2011/05/11 10:56 【共同通信】

http://mainichi.jp/photo/news/20110511k0000e040024000c.html

天皇、皇后両陛下:福島空港に到着 被災者お見舞い
 天皇、皇后両陛下は東日本大震災から2カ月となる11日、被災者お見舞いのため、東京・羽田空港から自衛隊機で福島県の福島空港に到着し、佐藤雄平知事らの出迎えを受けた。両陛下が東北の被災地に赴くのは、宮城、岩手両県に次いで3県目となる。
 両陛下は午前10時過ぎに福島空港に着いた後、自衛隊ヘリに乗り換えて福島市のあづま総合運動公園に。昼食後、避難所になっている同公園内の総合体育館を訪れて被災者を見舞う。引き続きヘリで相馬市に移動して復興関係者をねぎらうほか、被災状況を視察する。また、地震が起きた午後2時46分には、移動中のヘリの中で黙とうする予定。両陛下は同日中に自衛隊機で帰京する。【真鍋光之】
毎日新聞 2011年5月11日 10時56分(最終更新 5月11日 11時15分)

ttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20110511/k10015816651000.html
両陛下 被災の福島県を訪問
5月11日 12時18分
天皇皇后両陛下は、11日、東日本大震災と原発事故で甚大な被害を受けた福島県を訪問されています。午後からは福島市と相馬市の避難所で被災した人たちを励まされます。
羽田空港を自衛隊機で出発した両陛下は、午前10時15分、福島空港に到着し、福島県の佐藤知事らの出迎えを受けられました。両陛下は、知事から県内の被害の状況について説明を聞いたあと、ヘリコプターに乗り換えて、福島第一原発の事故などで多くの人たちが避難生活を送る福島市に入られました。両陛下は、臨時のヘリポートが設けられた運動公園の中の施設で、福島市の被災者の受け入れ状況について説明を受けられます。そして、午後からは、避難所になっている運動公園の体育館で、「警戒区域」や「計画的避難区域」などに指定されている南相馬市や葛尾村などから避難してきた人たちを励まされます。続いて、津波で大きな被害を受けた相馬市に移動して、避難所の小学校で住民たちを励ましたり、復旧活動に当たっている人たちをねぎらったりするほか、海岸沿いの地域の被災状況も視察されます。両陛下は11日夜、自衛隊機で東京に戻られる予定です。
http://mainichi.jp/select/today/news/20110513k0000m040028000c.html
天皇、皇后両陛下:福島産の野菜を購入 風評被害に心痛め
2011年5月12日 18時32分 更新:5月12日 18時40分
 宮内庁は12日、天皇、皇后両陛下が11日に福島県を訪問した際、地元で取れた野菜と果物を購入したことを明らかにした。同県産の野菜や果物については東京電力福島第1原発事故による風評被害が出ており、両陛下は心を痛めているという。
 同庁によると、両陛下は福島空港を自衛隊機で出発する際、箱詰めされたアスパラガス、シイタケ、ブロッコリー、イチゴなどを計3箱購入した。県が用意したもので、それぞれ両陛下、皇太子ご一家、秋篠宮ご一家用という。両陛下は11日に福島市で、地元産のダイコン、カボチャ、ワラビなどの食材で作った昼食をとった。同市の瀬戸孝則市長は、両陛下が「風評被害が心配ですね」などと気に掛けていたことを明らかにしていた。【真鍋光之】
ttp://www.minyu-net.com/news/news/0512/news1.html

両陛下、被災悼み黙礼 福島、相馬の避難所訪問
 天皇、皇后両陛下は11日、被災地お見舞いのため本県を訪問され、福島市と相馬市の避難所で原発事故の避難住民や東日本大震災の被災者に励ましの言葉を掛けたほか、行方不明者の捜索などに尽力している県民をねぎらった。
 両陛下は自衛隊機で福島空港到着後、ヘリコプターに乗り換え両市を訪れた。地震発生2カ月となった午後2時46分は移動中のヘリ機内で迎えた。両陛下は座席で目を閉じ、犠牲者に思いをはせた。津波で146人が死亡、壊滅的な被害を受けた相馬市の原釜・尾浜地区にも足を運び、雨の中、傘を畳んでがれきが残る住宅街に向かって黙礼した。
 福島市では、約620人が避難生活を送るあづま総合体育館を訪れ、住民と膝をついて向き合い「小さなお子さんがいるのに原発事故があって大変でしたね」などと声を掛けた。1999(平成11)年10月の「全国豊かな海づくり大会」で訪れた相馬市では、約135人が身を寄せる中村二小の体育館で「体を大事にしてください」などと被災住民の健康を気遣った。
 両陛下に同行した佐藤雄平知事は「県民には大きな勇気となった。一言一言が本当に温かかった」と語った。佐藤知事によると、両陛下は県産農産物の放射性物質による風評被害を気に掛け、県側が県産のイチゴやトマトなど10品目を献上しようとしたところ、私費で買って帰られたという。
(2011年5月12日 福島民友ニュース)


2011/8/8 空き部屋を避難者に提供している成増団地ご訪問編集

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110801/imp11080116540003-n1.htm

両陛下、都営アパート「成増団地」で避難者お見舞いへ
2011.8.1 16:52
 宮内庁は1日、天皇、皇后両陛下が8日、東日本大震災による避難者を見舞うため、東京都板橋区にある都営アパート「成増団地」を訪問されると発表した。都は成増団地の空き部屋を避難者に提供しており、福島、宮城両県から95人を受け入れている。
 両陛下は団地の集会所で避難者を見舞われる予定。

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110808/imp11080811570000-n1.htm

両陛下、団地で避難者お見舞い
2011.8.8 11:55
 天皇、皇后両陛下は8日、東日本大震災の福島、宮城両県の避難者が身を寄せる、東京都板橋区の成増団地を見舞われた。両陛下は団地の集会所で28人と会われた。
 陛下は、福島県富岡町で薬局を経営していた菊地成一さん(53)に対し、「いつ戻れるか、先行きは大変だと察しています」と述べられた。長女の中学3年、彩夏さん(15)には「こちらの学校には慣れましたか」と声をかけられた。
 成一さんは「皇后さまからは『(薬局は)大事な仕事だから、再開して地域の方々に貢献してほしい』と励ましをいただいた。使命感を感じた」と話していた。

http://news24.jp/articles/2011/08/08/07188168.html
両陛下、都営住宅の被災者をお見舞い
< 2011年8月8日 12:09 >
 天皇・皇后両陛下は8日午前、東日本大震災の被災者を見舞うため、東京・板橋区の都営住宅を訪問された。
 板橋区成増の都営住宅には、福島県や宮城県から43世帯95人が避難している。両陛下は、集会所に集まった被災者一人一人に「元気でね」「お大事にされてくださいね」とねぎらいの言葉をかけて回り、皇后さまが生後8か月の乳児の顔に触れながら、やさしく話しかけられる場面もあった。
 また、見舞いの後、被災者の生活を支援する地域の人たちとも懇談された。


震災発生から半年経った2011/9/11、両陛下ご黙祷編集

http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/h23/gonittei-1-2011-3.html
平成23年9月11日(日) 天皇陛下 ご黙祷(東日本大震災発生から6か月目に当たり。皇后陛下は,同時刻御所でご黙祷)(アイヌ民族博物館(白老町))
ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110917/imp11091707010001-n1.htm
皇室ウイークリー】(197)軽装、カメラ…陛下迎える議員の礼儀は? 愛子さま校外学習、雅子さまと別室
2011.9.17 07:00
 震災半年を迎えた11日の午後2時46分には、陛下は記者たちから見えない場所におられたが、宮内庁によると、被害が甚大だった東北地方南部の方を向かれて約1分黙祷(もくとう)をした。頸椎(けいつい)症性神経根症の痛みのため、北海道同行を取りやめた皇后さまも、同じ時間に皇居・御所で黙祷された。


2012/5/12 宮城県仙台市ご訪問編集

ttp://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/220511011.html

天皇陛下の強い意向で… 両陛下あす仮設住宅訪問(05/11 11:54)
 天皇・皇后両陛下が12日から仙台市を訪問されます。国際会議への出席のほか、天皇陛下の強い意向で仮設住宅の被災者を見舞われます。
 陛下が心臓のバイパス手術を受けられてから約3カ月がたち、宮内庁は体調に配慮して、当初は国際会議だけの出席を検討していました。しかし、陛下が「仙台を訪問するとなれば、どうしても被災者の方々を見舞いたい」という強い意向を一貫して示したため、仮設住宅を訪問されることになりました。両陛下が宮城県を訪れるのは、南三陸町の避難所などを訪問されて以来、1年ぶりです。

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/120512/imp12051200410000-n1.htm

「震災支援に感謝伝えたい」 陛下、訪英前にご感想
2012.5.12 00:39 [皇室]
 天皇陛下は11日、英国のエリザベス女王の即位60年を記念した午餐(昼食)会に出席するため、皇后さまと16日からロンドンを訪問するのに先立ち、宮内庁を通じて「ご感想」を発表された。昭和28年に昭和天皇の名代として女王の戴冠式に出席したことに触れ、「それからほぼ60年、女王としてのお務めを今もお元気に果たしていらっしゃる女王陛下に、この度お祝いをお伝えする機会を持てますことを誠にうれしく思います」とつづられている。
 東日本大震災の際、英国から救援隊派遣やチャリティー活動などを通じた支援が行われたことに対しては、「関係者とお会いし、私ども、そして日本国民の感謝の気持ちを伝えたいと思います」と述べられた。陛下は2月に心臓手術を受けたが、運動を通したリハビリに努めているとし、現在のご体調を「健康を取り戻してきているように感じています」と説明されている。

ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012051200167
両陛下が仙台入り
 天皇、皇后両陛下は12日午後、東日本大震災の被災者お見舞いと国際会議出席のため、新幹線で仙台市入りされた。宮城県への慰問は昨年4月27日以来1年ぶりで、天皇陛下は2月の心臓の冠動脈バイパス手術後、初の地方公務。
 両陛下は13日、津波被害が大きかった同市若林区荒浜地区の住民が多く暮らす市内の仮設住宅を訪ねた後、「第14回IACIS(国際コロイド・界面科学者連盟)国際会議」の開会式に出席し、同日夜に帰京する。
 宮内庁によると、陛下の体調を踏まえ、国際会議だけの出席も検討されたが、陛下が被災者のお見舞いを強く希望したという。(2012/05/12-15:19)
ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/120512/imp12051218470004-n1.htm

両陛下が仙台市ご訪問 半年ぶり地方ご公務
2012.5.12 18:43
 天皇、皇后両陛下は12日、東北新幹線で仙台市に入られた。13日に東日本大震災の被災者が身を寄せる仮設住宅を見舞うほか、化学関連の国際会議に出席し、同日帰京される。陛下が地方で泊まりを伴う公務に臨むのは「全国豊かな海づくり大会」で鳥取県を訪問された昨年10月末以来、約半年ぶりとなる。
 12日は、防災について研究する東北大の今村文彦教授が、宮城県庁を訪問された両陛下に、東日本大震災の津波のメカニズムや、最新の防災研究を説明。東日本大震災での津波の発生と広がりを再現した動画がスクリーンに映し出されると、両陛下は真剣な表情で見つめられた。
 陛下は「(防災は)学校の教育が非常に大事になるんじゃないでしょうか」「高齢化が進むだけに、一層避難が難しくなりますね」などと感想を話された。平成5年に訪問した、北海道の奥尻島の津波被害に触れ、車で津波から逃げる危険性を陛下が指摘される場面もあった。

ttp://www.asahi.com/national/update/0512/TKY201205120365.html

2012年5月12日19時22分
両陛下、1年ぶり宮城入り 手術以来初の地方訪問
宮城県庁で今村文彦・東北大教授(左)から、地震・津波研究の概要について説明を受ける天皇、皇后両陛下=12日、午後4時15分、仙台市青葉区、代表撮影
 天皇、皇后両陛下は12日、学術国際会議出席のため仙台市入りした。宮城県入りは1年ぶり。天皇陛下は2月に冠動脈バイパス手術を受けて以来、公務での地方訪問は初めて。
 宮城県庁では、東北大学災害科学国際研究所副所長の今村文彦教授(津波工学)が津波の研究について説明した。天皇陛下が「今回の災害で、津波に対する人々の認識が改まったのではないでしょうか」などと尋ねたのに対し、今村教授は「世代を超え震災の経験を継承する『災害文化』づくりが課題です」と答えた。
 両陛下は13日、第14回IACIS(国際コロイド・界面科学者連盟)国際会議開会式に出席するほか、東日本大震災で被害を受けた仙台市若林区の仮設住宅で被災者を見舞う。

ttp://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120512-OYT1T00721.htm

天皇、皇后両陛下が被災者お見舞いなどで仙台に
被災地訪問のため、仙台に到着された天皇、皇后両陛下(12日、JR仙台駅で)=飯島啓太撮影
 天皇、皇后両陛下は12日、東日本大震災の被災者お見舞いと、国際会議開会式出席のため、新幹線で仙台市入りされた。
 陛下は、心臓の冠動脈の手術後、初めての泊まりがけの公務となった。両陛下の宮城県訪問は、昨年4月の被災地お見舞い以来で、13日は、津波で被災した仙台市若林区の小学校建設予定地にある応急仮設住宅を訪問される。
(2012年5月12日19時53分 読売新聞)

ttp://mainichi.jp/select/news/20120513k0000m040048000c.html

天皇、皇后両陛下:仙台入り 国際会議出席のため
毎日新聞 2012年05月12日 20時33分(最終更新 05月12日 21時59分)
宮城県庁で今村文彦・東北大学教授(東北大学災害科学国際研究所副所長・写真左)から、地震・津波研究の概要について説明を受ける天皇、皇后両陛下=仙台市青葉区の宮城県庁で2012年5月12日午後4時15分、代表撮影
 天皇、皇后両陛下は12日、仙台市の宮城県庁を訪れ、津波工学を専門とする東北大の今村文彦教授から最新の研究成果を聴いた。両陛下の仙台訪問は、13日に開かれる科学関連の国際会議出席のためで、会議の前には東日本大震災の被災者が暮らす同市若林区の仮設住宅を訪問する。両陛下が宮城県を訪れたのは昨年4月以来で、今年2月に心臓バイパス手術を受けて以降、天皇陛下が公務で地方を訪問したのは初めて。
 両陛下は新幹線で宮城入りし、村井嘉浩知事から復興状況などを聞いた後、今村教授から津波が時速約700キロで波及したメカニズムや今後の対策について説明を受けた。今村教授が教訓を後世に伝える重要性を指摘すると、天皇陛下は「学校の教育が非常に大事になるのではないでしょうか」と話した。
 両陛下は13日、物質科学分野の研究者が集う第14回IACIS(国際コロイド・界面科学者連盟)国際会議の開会式に出席し、帰京する。【長谷川豊】

ttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20120512/k10015077831000.html

天皇皇后両陛下 仙台市を訪問
5月12日 20時37分
天皇皇后両陛下は12日仙台市を訪れ、東日本大震災の発生のメカニズムや今後の防災対策について専門家から説明を受けられました。
両陛下は午後3時ごろ新幹線でJR仙台駅に到着し、宮城県の村井知事らの出迎えを受けられました。
天皇陛下が公務で地方を訪れるのは心臓の手術後初めてで、東日本大震災の被災地を訪ねるのは、去年の春東北3県の被災地を相次いで訪問されて以来、およそ1年ぶりです。
両陛下は宮城県庁で、東北大学の今村文彦教授から東日本大震災の発生のメカニズムや今後の防災対策などについて説明を受けられました。
天皇陛下は、かつて津波で大きな被害を受けた北海道の奥尻島を訪れた際の経験などをもとに、高齢者の避難の難しさや学校での防災教育の重要性を盛んに話題に取り上げられていました。
両陛下は13日は、仙台市内の仮設住宅を訪れて被災者を励ましたり、化学に関する国際会議の開会式に出席したりして、夜には東京に戻られる予定です。

ttp://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye5027419.html

天皇陛下、退院後初の地方公務で宮城へ
 心臓手術からおよそ3か月。退院後、初めての地方公務です。天皇陛下は皇后さまと共に、12日、宮城県に出発されました。1年ぶりの被災地訪問で仮設住宅をお見舞いされる予定です。
 天皇皇后両陛下は、午後1時、新幹線で仙台に出発されました。1泊2日の日程で仙台市に滞在し、12日は宮城県の村井知事から被災地の復興計画などについて説明を受けられる予定です。
 13日は仮設住宅を訪れ、被災者をお見舞いされるほか、仙台市内で開催される国際会議の開会式にも出席されます。
 宮内庁によりますと、手術後の経過は順調だということですが、宮城県への訪問を終えたあと、16日からはイギリスを訪問されるなど、忙しい日程となっています。(12日14:05)

ttp://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00223169.html

天皇皇后両陛下、宮城県庁で地震研究などについて説明受けられる
天皇皇后両陛下は、国際会議出席のため、宮城・仙台市を訪れていて、13日は、東日本大震災で被災した人たちを見舞われる予定。
午後3時ごろ、JR仙台駅に到着した両陛下が姿を見せられると、待ち受けたおよそ1,450人の市民から大きな歓声と拍手が沸き起こった。
その後、両陛下は、宮城県庁で、地震や津波に関する研究などについて説明を受けられ、陛下は「津波への意識を高めるためには、学校教育が大事になるのではないでしょうか」との考えを述べられた。
(05/13 01:09)

ttp://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/220512046.html

【震災】両陛下が仙台へ 手術後初の地方公務(05/13 00:07)
 天皇皇后両陛下は、国際会議に出席するため、仙台市に入られました。陛下にとって2月の心臓手術以来、初めての地方公務となります。
 両陛下は、専用列車で仙台駅に到着し、出迎えた約450人の市民らに笑顔で手を振られました。宮城県庁では、東北大学の教授から津波の被害と今後の対策について説明を聞かれました。陛下は、「今度の災害によって一般の人の津波に対する認識は改まってきたと思いますが、どうですか」などと質問し、さらに「学校の教育が大事になるのでは」と防災教育の重要性を改めて示されました。両陛下は13日、市内の仮設住宅を訪問し、被災した人々をお見舞いされる予定です。


秋篠宮家のご対応編集

2011/3/10、秋篠宮殿下が非公式訪問中のタイからご帰国。眞子内親王殿下は3/8-10までスキー大会に参加(ちなみに新人戦5位入賞)。

なお、秋篠宮妃紀子殿下の実弟・川嶋舟さんの妻は、相馬中村神社の宮司の長女で、神職でもあった麻紗美さん(当時、後に離婚)。東京単身赴任中で相馬市に電車移動中だった舟さんは無事であったが、被災した相馬市支援の陣頭指揮に立っている由、海外でも報じられている。


2011/3/24 那須御用邸の温泉開放に伴い、秋篠宮妃殿下・眞子佳子両内親王殿下が被災者へのタオル準備編集

2011/3/25 朝日新聞<御用邸の風呂、被災者へ提供 眞子さまらタオル袋詰め
 那須御用邸(栃木県那須町)の職員宿舎の温泉風呂が東日本大震災で同県に避難した人たちに26日から提供されるのを前に、宮内庁職員と皇宮警察の護衛官から集まったタオル計約3400枚が25日までに運び込まれた。同庁によると、タオルの袋詰め作業には、秋篠宮妃紀子さま、長女眞子さま、次女佳子さまも参加。同庁本庁舎で24日午後、職員と一緒に1時間半ほどかけて1セットずつポリ袋に詰めたという。


2011/4/7 避難所の一つである江東区東京ビッグサイトご訪問編集

ttp://www.ji ji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011040100771

皇太子ご夫妻、避難所訪問検討
 宮内庁の野村一成東宮大夫は1日、皇太子ご夫妻が東日本大震災の被災者を見舞うため、東京都内の避難所訪問を検討されていることを明らかにした。ご夫妻は震災に大変心を痛め、被災者を日々案じて過ごしており、訪問先は天皇、皇后両陛下が先月30日に訪問された足立区の東京武道館とは別の避難所で調整しているという。
 同庁はまた、秋篠宮ご夫妻も来週以降、避難所訪問を検討されていると公表。状況が落ち着くまで被災地入りはしないという。(2011/04/01-18:53)

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110402ddm041040155000c.html

東日本大震災:皇太子ご夫妻も避難所を訪問へ
 宮内庁の野村一成・東宮大夫は1日、皇太子ご夫妻が近く、東日本大震災の被災者が過ごす東京都内の避難所を訪問することを明らかにした。日時や訪問場所を都と詰めている。また、秋篠宮ご夫妻も避難所訪問を検討していると発表した。秋篠宮ご夫妻は、地震や放射性物質の専門家らから説明を受けている。
毎日新聞 2011年4月2日 東京朝刊

ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011040600629

皇太子ご夫妻が避難所訪問=東京
 皇太子ご夫妻は6日、東京都調布市の味の素スタジアムを訪問し、東日本大震災や福島第1原発事故により避難した人々を見舞われた。ご夫妻が今回の被災者を直接見舞うのは初めて。
 都によると、同スタジアムでは約140人が避難生活を送っており、大半が福島県から避難してきているという。
 宮内庁東宮職によると、ご夫妻は避難生活を余儀なくされている人々を大変心配しており、お住まいの東宮御所ではできる限り節電しながら過ごしているという。
 秋篠宮ご夫妻も7日、江東区の東京国際展示場(東京ビッグサイト)を訪れ、施設内で避難生活を送っている被災者を見舞われる。(2011/04/06-17:07)

ttp://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/04/07/kiji/K20110407000581390.html

秋篠宮ご夫妻も都内の避難所訪問
 秋篠宮ご夫妻は7日、東日本大震災や福島第1原発事故の避難者約140人が身を寄せる東京都江東区の東京ビッグサイトを訪問、被災者を激励された。
 都は、都内3カ所で約500人を受け入れている。大半が原発事故で避難した福島県出身者。
 6日には皇太子ご夫妻が東京都調布市の味の素スタジアムを訪問し、被災者をねぎらった。先立つ3月30日には天皇、皇后両陛下が東京武道館(足立区)を訪れた。
[ 2011年4月7日 17:18 ]

http://www.news24.jp/articles/2011/04/07/07180323.html
秋篠宮ご夫妻 都内の避難所を訪問
< 2011年4月7日 18:37 >
 秋篠宮ご夫妻は7日午後、東日本大震災で福島県などから避難してきた136人が生活する東京・江東区の東京ビッグサイトを訪問された。
 秋篠宮さまは「どうぞお元気にお過ごしください」、紀子さまは「早く落ち着いた生活ができるように祈っています」などと、全員に声をかけられた。声をかけられた被災者が涙ぐむ場面もあった。
 秋篠宮さま「私の一番下の子供が4歳。同い年だね」
 ご夫妻と話した男性「『みんなで少しずつ頑張っていきましょう』と励ましのことばをいただきました」
 ご夫妻と話した女性「私、妊娠していて、そのことを気にかけていただいて、『こちらでも安心して産めるところはたくさんあるので、頑張ってください』と」
 また、天皇・皇后両陛下は8日、福島・双葉町の住民が避難している埼玉・加須市の避難所を訪問される予定。
http://news.tbs.co.jp/20110407/newseye/tbs_newseye4694272.html
最終更新:2011年4月7日(木) 19時30分
秋篠宮ご夫妻、避難所を訪問
 秋篠宮ご夫妻が東日本大震災の被災者をお見舞いするため、避難所になっている東京・江東区の「東京ビッグサイト」を訪問されました。
 こちらでは福島県からの被災者を中心に136人が避難生活を送っています。ご夫妻は共有スペースで過ごしていた被災者たちに直接、声をかけられ、紀子さまが「体を冷やさないようにね」などと、おなかが大きな妊婦の女性の手をとる場面もありました。(2011年4月07日18:47)
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00196860.html
東日本大震災 秋篠宮ご夫妻、都内の避難所ご訪問
秋篠宮ご夫妻は7日午後、東日本大震災の被災者のお見舞いのため、都内の避難所を訪問された。
また、ご夫妻は、那須御用邸の職員用の風呂を利用する被災者のためにタオルを寄付し、紀子さまや眞子さま、佳子さまも、職員らとともにタオルの袋詰め作業に参加されたという。
(04/07 18:55)
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210407034.html
【地震】秋篠宮ご夫妻が都内の避難所を訪問(04/07 17:56)
 秋篠宮ご夫妻は7日午後、福島県などから避難している方々が暮らしている東京都内の施設を訪れました。
 秋篠宮ご夫妻は午後4時半過ぎ、江東区の東京ビッグサイトに到着し、避難している方々を激励されました。紀子さまは、妊娠している女性に「体を冷やさないようにね」などと声をかけられていました。都内では、東京ビッグサイトなど3カ所で、福島県などから避難している約500人が生活をしています。これまで、天皇皇后両陛下が足立区の東京武道館を訪れたほか、皇太子ご夫妻が6日に調布市の味の素スタジアムをお見舞いに訪れています。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110407/imp11040718530003-n1.htm
秋篠宮ご夫妻が避難所ご訪問
2011.4.7 18:50
避難所の被災者に声を掛けられる秋篠宮ご夫妻=7日午後、東京都江東区の東京ビッグサイト(代表撮影)
 秋篠宮ご夫妻は7日、東日本大震災の被災者を見舞うため、東京都の避難所の一つ、東京ビッグサイト(東京都江東区)を訪問された。ご夫妻は避難所の共用スペースで、被災者一人一人に「体調はいかがですか」「早く落ち着いた生活ができることを願っています」と励まされた。
 子供用のおもちゃがあるキッズスペースでは、秋篠宮妃紀子さまが、子供たちと電子ピアノを演奏される場面もあった。
 南相馬市の飲食店経営、斎藤祥市さん(32)は「みんなで少しずつがんばっていきましょうと励ましてもらい、非常に勇気づけられた」と話した。
 妊娠中の妻、早也香さん(26)は「紀子さまから、こちらでも産めるところはいっぱいあるので、安心して産んでくださいと気遣っていただきました」と話していた。
ttp://www.ji ji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011040700881]
秋篠宮ご夫妻が避難所訪問=子どもの輪で「きらきら星」-東京
 秋篠宮ご夫妻は7日午後、東京都江東区の東京ビッグサイトを訪問し、東日本大震災や福島第1原発事故で避難した人々を見舞われた。ご夫妻が今回の震災の被災者を直接見舞うのは初めて。
 秋篠宮さまは、床に膝を付けて避難している人たちの顔をのぞき込みながら「体調はいかがですか」などと気遣った。紀子さまは妊婦の肩を抱いたり、子どもの頭をなでたりしながら「東京でも安心して産める所がありますから」「私たちも一人ひとりできることを考えていきます」などと優しく声を掛けた。
 ご夫妻が子どもたちの遊びの輪に入り、紀子さまが子どもと一緒に電子ピアノで、「きらきら星」を連弾してみせる場面もあった。
 福島県南相馬市の飲食店経営斎藤祥市さん(32)は「暗い気分になっていたが、明るく前を向いていこうという気持ちになれた」と話した。都によると、東京ビッグサイトでは約140人が避難生活を送っており、大半が福島県から避難してきているという。(2011/04/07-20:56)

2011/4/14 新潟県長岡市・小千谷市ご訪問編集

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110413-OYT1T00572.htm
両陛下、千葉・旭市を訪問へ…初の被災地入り
 宮内庁は13日午前、天皇、皇后両陛下が14日に、東日本大震災で津波などの被害を受けた千葉県旭市を訪問されると発表した。
 震災後、両陛下が被災地入りされるのは初めて。14日午前に現地入りし、午後、被災した住民を見舞い、津波被害の現場も視察される。
 秋篠宮ご夫妻も14日、新潟県長岡、小千谷両市を訪れ、同県外から避難している被災者を見舞われる。仮設住宅用部品の組み立て作業やボランティア活動の様子も視察される。
(2011年4月13日13時10分 読売新聞)
http://www.niigata-nippo.co.jp/news/pref/21871.html
秋篠宮ご夫妻が避難所訪問
 秋篠宮ご夫妻は14日午前、東日本大震災の避難所を訪問するため来県された。午前中は長岡市役所で、泉田裕彦知事と森民夫市長から、避難者の受け入れ状況などの説明を受けた。
 ご夫妻は午前11時すぎ、市役所に到着、出迎えた泉田知事らにあいさつされた。市民や保育園児が「こんにちは」と歓迎すると、笑みを浮かべて軽く手を振られた。
新潟日報2011年4月14日
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/04/14/kiji/K20110414000628310.html
秋篠宮ご夫妻が激励 新潟の避難所訪問
 秋篠宮ご夫妻は14日、東日本大震災で福島県南相馬市などから避難してきた人が暮らす新潟県小千谷市と長岡市の避難所2カ所を訪問し、被災者を激励された。
 ご夫妻は午後3時ごろ、小千谷市の市総合体育館に到着。原発事故で避難している南相馬市の会社員原久美さん(44)は、秋篠宮さまに「早く事故が収束するといいですね」と声を掛けられ、「小千谷の人が良くしてくれているので、ありがたい」と応えた。
 紀子さまは、津波で夫を亡くし自宅も全壊したという南相馬市の中川恵美子さん(63)に「つらいでしょうが、頑張ってください」と言葉を掛けていたわった。中川さんは「勇気をもらった」と感激した様子だった。
 ご夫妻は、長岡市で避難所となっている福祉施設も訪問された。
(2011年4月14日 18:31 スポニチ)
http://www.asahi.com/national/update/0414/TKY201104140291.html
秋篠宮ご夫妻、原発避難住民を慰問 新潟の2市
 秋篠宮ご夫妻は14日、東日本大震災や東京電力福島第一原発の放射能漏れ事故で、新潟県長岡、小千谷両市に避難している被災住民を慰問に訪れた。
 福島県南相馬市や浪江町など6市町の12世帯40人が生活する長岡市の健康福祉施設「志保の里荘」では、被災住民が仮設住宅の屋根に使われる部品を組み立てる様子などを視察。紀子さまが「大事な部品を作っていただき、ありがとうございます」などと声をかけ、一緒に組み立てる一幕もあった。
 夫(72)ら5人で避難生活を送る福島県双葉町郡山の農業細沢政子さん(73)は、自宅が流されたことを話しているうちに涙ぐみ、紀子さまからティッシュを差し出される場面も。細沢さんは「両手で握手され、頑張ってくださいとやさしく声をかけられてありがたかった。少し気持ちが落ち着いた」と話した。
 53世帯115人が暮らす小千谷市総合体育館では、被災者と一緒に押し花のはがきを作り、館内の避難者を回って生活ぶりなどを尋ねた。
(2011年4月14日18時35分 朝日新聞)
ttp://uxtv.jp/news/news.php?&id=2201

秋篠宮ご夫妻 県内の避難所を訪問
2011/04/14 18:44
秋篠宮ご夫妻が長岡市と小千谷市を訪ね福島県から避難してきた人たちを激励されました。
 長岡市与板町の健康福祉施設「志保の里荘」では避難者が被災地用の仮設住宅の屋根に使う部品を組み立てていて秋篠宮ご夫妻は作業の様子をご覧になりました。
 1人1人に励ましや労いの言葉をかけられると涙ぐむ人の姿もあり、紀子さまが静かに寄り添う様子も見られました。
 秋篠宮ご夫妻は小千谷市総合体育館も訪れ被災者を激励されたほか避難所で活動する地元ボランティアの活動も視察されました。
(UXテレビ新潟21)

ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011041400773]

秋篠宮ご夫妻、避難所訪問=仮設住宅部品組み立て視察-新潟
4月14日 20時0分
 秋篠宮ご夫妻は14日、新潟県長岡市と小千谷市の避難所を訪問し、東日本大震災や東京電力福島第1原発事故による被災者を見舞われた。
 長岡市の避難所では、被災者有志が行っている仮設住宅の部品組み立て作業を視察。紀子さまは「一緒によろしいですか」と尋ね、秋篠宮さまとともに説明を受けながら作業を手伝われた。
 小千谷市では被災者と地元ボランティアとの交流活動に参加。一緒に押し花作りに取り組まれた。秋篠宮さまは被災者に対し「早く(事態が)収束すればいいですね」と声を掛けたという。
 新潟県は震災後、福島県などから約8000人の被災者を受け入れている。
(2011/04/14-19:18)

ttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20110414/k10015318431000.html
秋篠宮ご夫妻が避難所を訪問
4月14日 20時0分
秋篠宮ご夫妻は、東日本大震災や東京電力福島第一原子力発電所の事故で新潟県内に避難している被災者を見舞うため、14日、避難所になっている施設を訪問されました。
秋篠宮ご夫妻は、14日午後、福島県南相馬市などから40人が避難している新潟県長岡市の施設に到着されました。ご夫妻は、被災者が地元の建築用の金具メーカーから請け負っている、仮設住宅の屋根をつなぎ合わせるボルトを組み合わせる作業の様子を視察されました。このあと、避難所になっている新潟県小千谷市の体育館を訪れ、避難生活を送っている人たちに話しかけられました。秋篠宮さまは、福島第一原発から半径20キロ圏内の避難指示の区域になっている南相馬市の47歳の女性に「早くこの状況が収束するとよいですね」などと話しかけ、気遣われていました。紀子さまも、津波で自宅が流されて夫が亡くなった63歳の女性に「つらいでしょうが、頑張ってください」などとことばをかけ、励まされていました。南相馬市から家族で避難して来た66歳の男性は「原発の事故でいつ帰ることができるか不安なときですが、秋篠宮ご夫妻にお会いできてほっとしました」と話していました。
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20110415k0000m040120000c.html
東日本大震災:秋篠宮ご夫妻 新潟の避難所を慰問
2011年4月14日 20時09分
 秋篠宮ご夫妻は14日、震災被災者が身を寄せている新潟県長岡市と小千谷市の避難所を訪れた。
 長岡市では、福島県南相馬市民ら約40人が避難する健康福祉施設「志保(しお)の里(り)荘」を訪れ、避難者らによる仮設住宅の部品組み立て作業を見学。
 同県双葉町の女性(73)が被災時を思い出して涙を流すと、紀子さまは背中をさすりながら「つらいでしょうが、頑張ってください」と励ました。
 小千谷市総合体育館では、避難者と住民らによる押し花教室を見学。秋篠宮さまは一緒に押し花づくりをした。
【岡村昌彦】(毎日新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110415-OYT1T00103.htm
秋篠宮ご夫妻、新潟へ被災者お見舞い
2011/04/15 05:58
 秋篠宮ご夫妻も14日、東日本大震災の被災者が避難している新潟県の長岡市と小千谷市を訪問された。
 長岡市では、仮設住宅の屋根部品を作る福島県の被災者らと一緒に部品を組み立て、涙ぐむ人にティッシュを差し出して背中をさすられる場面もあった。
 福島第一原発から約3キロの所から夫婦と義母3人で避難しているという同県双葉町の農業細沢政子さん(73)は、「『頑張ってください』と言われ胸がいっぱいになった。とても励まされました」と話していた。
 (2011年4月15日00時55分 読売新聞)
http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210415003.html
【原発】秋篠宮ご夫妻が新潟に 避難住民を激励
2011/04/15 05:58
 秋篠宮ご夫妻が、原発事故で福島県から新潟県に避難してきた人たちを激励されました。
 秋篠宮ご夫妻は14日昼前、福島県南相馬市や浪江町などから避難してきた13世帯42人が生活している新潟県長岡市の施設を訪れました。この施設では、地元企業の協力で、希望者は仮設住宅の屋根に使う部品を組み立てる仕事をしています。秋篠宮ご夫妻は作業をご覧になりながら、一人ひとりに励ましの言葉をかけられると涙ぐむ人の姿も見られました。
http://news.tbs.co.jp/20110414/newseye/tbs_newseye4700235.html
両陛下、初めて被災地訪問
 (略)
 一方、秋篠宮ご夫妻は、東日本大震災で避難してきている人たちを、お見舞いするため新潟の避難所を2か所訪れました。
 長岡市にある、この避難所では、福島県・南相馬市などからの避難者が地元企業の発注で被災者向け仮設住宅の部品を製造しています。秋篠宮ご夫妻から声をかけられた避難所の男性が涙する場面もありました。
 続いて訪問された小千谷市の避難所では、地元のボランティアが被災者向けに押し花教室を開いている様子を見学されました。(2011年4月15日05:21)
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201104140291.html
秋篠宮ご夫妻、原発避難住民を慰問 新潟の2市
2011年4月14日18時35分
 秋篠宮ご夫妻は14日、東日本大震災や東京電力福島第一原発の放射能漏れ事故で、新潟県長岡、小千谷両市に避難している被災住民を慰問に訪れた。
 福島県南相馬市や浪江町など6市町の12世帯40人が生活する長岡市の健康福祉施設「志保の里荘」では、被災住民が仮設住宅の屋根に使われる部品の組み立ての様子などを視察し、紀子さまが「大事な部品を作っていただき、ありがとうございます」などと声をかけ、一緒に組み立てる一幕もあった。
 夫(72)ら5人で避難生活を送る福島県双葉町郡山の農業細沢政子さん(73)は、自宅が流されたことを話しているうちに涙ぐみ、紀子さまからティッシュを差し出される場面も。細沢さんは「両手で握手され、頑張ってくださいとやさしく声をかけられてありがたかった。少し気持ちが落ち着いた」と話した。
 53世帯115人が暮らす小千谷市総合体育館では、被災者と一緒に押し花のはがきを作り、館内の避難者を回って生活ぶりなどを尋ねた。
http://www.nhk.or.jp/lnews/niigata/1035270431.html
秋篠宮ご夫妻が避難所訪問
秋篠宮ご夫妻は東日本大震災や東京電力福島第一原子力発電所の事故で避難して来た被災者を見舞うため避難所になっている新潟県内の施設を訪問されました。
秋篠宮ご夫妻は、14日午後、福島県南相馬市などから40人が避難している長岡市の施設に到着されました。
ご夫妻は被災者が地元の建築用の金具メーカーから請け負っている仮設住宅の屋根をつなぎ合わせるボルトを組み合わせる作業の様子を視察されました。
このあと、避難所になっている小千谷市の体育館を訪れ、避難生活を送っている人たちに話しかけられました。
秋篠宮さまは福島第一原発から半径20キロ圏内の避難指示の区域になっている南相馬市の47歳の女性に「早くこの状況が収束すると良いですね」などと話しかけ、気遣われていました。
紀子さまも津波で自宅が流されて夫が亡くなった63歳の女性に「つらいでしょうが、頑張って下さい」などとことばをかけ、励まされていました。
南相馬市から家族で避難して来た66歳の男性は「原発の事故でいつ帰ることが出来るか不安な時ですが、秋篠宮ご夫妻にお会いできてほっとしました」と話していました。
04月14日 19時01分
ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011041400773
秋篠宮ご夫妻、避難所訪問=仮設住宅部品組み立て視察-新潟
 秋篠宮ご夫妻は14日、新潟県長岡市と小千谷市の避難所を訪問し、東日本大震災や東京電力福島第1原発事故による被災者を見舞われた。
 長岡市の避難所では、被災者有志が行っている仮設住宅の部品組み立て作業を視察。紀子さまは「一緒によろしいですか」と尋ね、秋篠宮さまとともに説明を受けながら作業を手伝われた。
 小千谷市では被災者と地元ボランティアとの交流活動に参加。一緒に押し花作りに取り組まれた。秋篠宮さまは被災者に対し「早く(事態が)収束すればいいですね」と声を掛けたという。
 新潟県は震災後、福島県などから約8000人の被災者を受け入れている。(2011/04/14-19:18)
ttp://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/04/14/kiji/K20110414000628310.html
秋篠宮ご夫妻が激励 新潟の避難所訪問
 秋篠宮ご夫妻は14日、東日本大震災で福島県南相馬市などから避難してきた人が暮らす新潟県小千谷市と長岡市の避難所2カ所を訪問し、被災者を激励された。
 ご夫妻は午後3時ごろ、小千谷市の市総合体育館に到着。原発事故で避難している南相馬市の会社員原久美さん(44)は、秋篠宮さまに「早く事故が収束するといいですね」と声を掛けられ、「小千谷の人が良くしてくれているので、ありがたい」と応えた。
 紀子さまは、津波で夫を亡くし自宅も全壊したという南相馬市の中川恵美子さん(63)に「つらいでしょうが、頑張ってください」と言葉を掛けていたわった。中川さんは「勇気をもらった」と感激した様子だった。
 ご夫妻は、長岡市で避難所となっている福祉施設も訪問された。
[ 2011年4月14日 18:31 ]
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20110415k0000m040120000c.html
東日本大震災:秋篠宮ご夫妻 新潟の避難所を慰問
 秋篠宮ご夫妻は14日、震災被災者が身を寄せている新潟県長岡市と小千谷市の避難所を訪れた。
 長岡市では、福島県南相馬市民ら約40人が避難する健康福祉施設「志保(しお)の里(り)荘」を訪れ、避難者らによる仮設住宅の部品組み立て作業を見学。同県双葉町の女性(73)が被災時を思い出して涙を流すと、紀子さまは背中をさすりながら「つらいでしょうが、頑張ってください」と励ました。小千谷市総合体育館では、避難者と住民らによる押し花教室を見学。秋篠宮さまは一緒に押し花づくりをした。【岡村昌彦】
毎日新聞 2011年4月14日 20時09分


2011/4/25 群馬県東吾妻町・中之条町ご訪問編集

朝日新聞前橋総局ツイッターより

asahi_gunma 朝日新聞前橋総局

  1. gunma 秋篠宮ご夫妻が25日、群馬県内で避難生活を送る東日本大震災の被災者を慰問する。東吾妻町の「コニファーいわびつ」と「岩櫃ふれあいの郷」の2カ所を訪れる予定。来県は約2年9カ月ぶりで、6回目
http://mainichi.jp/area/gunma/news/20110422ddlk10040080000c.html
東日本大震災:秋篠宮ご夫妻、避難所を訪問 東吾妻で25日に /群馬
 県は21日、秋篠宮ご夫妻が25日に東日本大震災の被災者が暮らす東吾妻町内の避難所と中之条町を訪問すると発表した。秋篠宮ご夫妻の来県は、08年8月に開催された全国高校総合文化祭以来で6回目になる。【鳥井真平】
毎日新聞 2011年4月22日 地方版
ttp://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20110426k0000m040029000c.html

東日本大震災:秋篠宮ご夫妻が避難所訪問 群馬・東吾妻
 秋篠宮ご夫妻は25日、東日本大震災の避難所となっている群馬県東吾妻町内の施設を訪れ、被災者らを励ました。紀子さまが、震災のショックで声が出なくなったという女性に手話で話しかける場面もあった。ご夫妻が避難所を慰問するのは東京都内、新潟県内に次いで3回目。
 福島県からの被災者約90人が生活する「岩櫃(いわびつ)ふれあいの郷(さと)」で紀子さまは、声が出せない南相馬市の美容師、佐藤和香子さん(25)に手話で「何か困ったことは」と尋ねると、佐藤さんはのどに手を当てた。紀子さまが「声が出なくても、いろいろな方法でお話しすることができるわよね」と肩を抱くと、佐藤さんは涙ぐんだ。懇談後、佐藤さんは「紀子さまに『ずっと思っていますからね』と言われ、うれしかった」と筆談で感想を示した。【真鍋光之】
毎日新聞 2011年4月25日 19時11分(最終更新 4月25日 19時22分)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110425/t10015543471000.html
秋篠宮ご夫妻 避難所を訪問
4月25日 20時9分
秋篠宮ご夫妻は、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故の被災者を見舞うため、避難所になっている群馬県東吾妻町の施設を訪問されました。
秋篠宮ご夫妻は25日午後、福島県の南相馬市や浪江町の人たちが避難している、群馬県東吾妻町の施設2か所を訪問されました。ご夫妻は、避難してきている人たちとともに輪投げなどのレクリエーションをしながら、およそ160人に話しかけられました。秋篠宮さまは、避難所で眠れないという女性に、「体を動かすと夜も眠りやすくなりますよ。早く安心した生活が戻るといいですね」と話しかけ、気遣われていました。また、紀子さまは、震災のショックで声が出なくなったという女性に、手話を交えて「声が出なくてもいろいろな方法でお話しすることができますね」とお伝えになっていました。ご夫妻は、今月18日に全国社会福祉協議会の担当者から、被災地でのボランティア活動について説明を受けるなど、ボランティアにも強い関心を持っていて、避難所のボランティアスタッフにも「頑張ってください」とことばをかけられていました。南相馬市から避難している77歳の女性は「体のことや避難生活のことを気遣っていただき、少し安心することができました」と話していました。
http://www.asahi.com/national/update/0425/TKY201104250471.html
秋篠宮ご夫妻、群馬の避難所慰問「ずっと思っています」
2011年4月25日20時49分
 秋篠宮ご夫妻は25日、東日本大震災の被災者を受け入れている群馬県東吾妻町の町営施設「岩櫃(いわびつ)ふれあいの郷(さと)」、保養施設「コニファーいわびつ」の2カ所の避難所を訪れ、計約160人を見舞った。お二人は床にひざをつき、お年寄りら一人一人に「夜は眠れますか」などと話しかけた。
 両施設とも、福島第一原発に近い福島県南相馬市や浪江町からの避難者が大半を占める。
 「岩櫃ふれあいの郷」で紀子さまは、地震のショックで声が出なくなっている南相馬市の美容師、佐藤和香子さん(25)に「声が出なくてもいろいろな方法でお話しできますよ」「ずっと思っていますね」と手話をまじえて語りかけ、抱きしめた。秋篠宮さまは「身体が硬くなってきたので運動を始めた」という同市の農業、木幡清治さん(83)を「お元気で早く帰れることを願っています」と励ました。
 両施設の避難者らは「避難で家族がバラバラになった」「豚700頭を家に残してきたのが悲しい」「小鳥を家に置いてきて死なせた」と涙を流しながら話し、お二人は背中や肩をなでながら耳を傾けた。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110425-OYT1T01032.htm
秋篠宮ご夫妻、手話交えて被災者を激励
 秋篠宮ご夫妻は25日、東日本大震災後、福島第一原発の事故の影響で福島県南相馬市と同県浪江町などの被災者計約290人が避難生活を送っている群馬県東吾妻町の宿泊施設「コニファーいわびつ」と「岩櫃(いわびつ)ふれあいの郷」を訪問された。
 ご夫妻は、「いわびつ」で被災者らが参加したレクリエーションの玉入れの輪に加わり、一人ひとりに声をかけられた。津波被害に加え、福島第一原発の事故で避難してきた被災者も多いため、「早く原発が落ち着いて(自宅に)帰れるといいですね」などと気遣われた。
 その後、紀子さまは「ふれあいの郷」で、震災の心労で声が出なくなった福島県南相馬市の美容師佐藤和香子さん(25)を手話を交えながら励まされた。佐藤さんは、報道陣に「お会いできて大変感動しました」と筆談で感想を述べた。
(2011年4月25日21時00分 読売新聞)
http://www.jomo-news.co.jp/news/a/2011/04/26/news01.htm
更新日時: 2011年4月26日(火) AM 07:11
●秋篠宮ご夫妻 東吾妻の避難所訪問
 秋篠宮ご夫妻が25日、東日本大震災による家屋被害や福島第1原発事故の影響で福島県から避難してきた約290人が暮らす東吾妻町原町の避難所2カ所を訪問し、避難している人たちに励ましの言葉を掛けられた。
 ご夫妻は、県中之条合同庁舎で大沢正明知事から本県の避難者受け入れの状況について説明を受けた後、ホテル「コニファーいわびつ」をご訪問。輪投げや玉入れなどのレクリエーションを楽しむ避難者の輪に入って「大変でしたね」「お体を大切にしてくださいね」と声を掛けて回られた。
 続いて訪れた温泉施設「岩櫃(いわびつ)ふれあいの郷(さと)」でも、ホールで体操をしていた約40人と約1時間にわたって言葉を交わし、体調や被災地の状況などを尋ねられた。震災のショックで声が出なくなったという南相馬市の佐藤和香子さん(25)に紀子さまが「声が出なくてもいろいろな方法で話せますね」と手話で語りかけ、抱き締められる場面もあった。
 浪江町から両親と3人で避難している若月芳則さん(61)は「足を運んでいただいて感謝です」と笑顔を浮かべた。南相馬市の木幡トシ子さん(74)も「うれしくて涙が出てきました。心が落ち着きました」と話していた。
 大沢知事は「避難生活が1カ月以上になるが、皆さんも非常に元気づけられたのではないか」と語った。
http://sankei.jp.msn.com/region/news/110426/gnm11042602130000-n1.htm
秋篠宮ご夫妻、避難所ご訪問 被災者「元気いただいた」 群馬
2011.4.26 02:13
 秋篠宮ご夫妻が25日訪問された東吾妻町の2カ所の避難所では、福島県南相馬市などの東日本大震災被災者から「本当に元気をいただいた」と喜びの声が相次いだ。
 ご夫妻はまず同町のホテル「コニファーいわびつ」で、被災者と地元ボランティアとのレクリエーションの様子を視察された。ご夫妻が玉入れに参加される場面もあり、室内は大きな拍手に包まれた。
 その後、秋篠宮さまは「お体は大丈夫ですか」と被災者らに声を掛けられた。南相馬市から避難した木幡トシ子さん(74)が「なかなか眠れません」と話すと、秋篠宮妃紀子さまは「外に出て太陽を浴びたら元気になりますよ」と励まされた。
 続いて、ご夫妻は同町の温泉施設「岩櫃ふれあいの郷」を訪問された。
 震災のショックで声が出なくなった同市の美容師、佐藤和香子さん(25)に、紀子さまが「手話はできますか」と声を掛けられた。佐藤さんがうなずいたため、紀子さまが手話で意思疎通を図られた。
 紀子さまは「声が出なくても、色々な方法で話ができますね」と励まし、佐藤さんを抱きしめられた。佐藤さんは「ご夫妻にお会いできて本当に感激しました」と筆談で喜びを示した。

2011/5/10 青森県三沢市・八戸市ご訪問編集

http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2011/
2011年5月7日(土)
秋篠宮ご夫妻が三沢、八戸視察へ
 秋篠宮ご夫妻が10日、東日本大震災被災地のお見舞いのため、三沢市と八戸市を訪問される。
 ご夫妻は10日午前に三沢空港に到着し、三沢漁港の被災状況を視察される。八戸市では、津波被害を受けた市川地区の橋向生活館を訪れ、被災者をねぎらう予定。さらに八戸漁港館鼻岸壁を視察、漁業者をお見舞いされた後、三沢空港から帰京される。ご夫妻の来県は、2008年10月に十和田市で行われた「第42回全日本高校馬術競技大会」への出席以来となる。
http://www.asahi.com/national/update/0510/TKY201105100132.html
秋篠宮ご夫妻、青森の漁港など慰問
2011年5月10日11時31分
 秋篠宮ご夫妻は10日、東日本大震災による津波で被害を受けた青森県三沢市と八戸市を訪れ、避難所などを見舞った。青森県内では3人が死亡、1人が行方不明、住宅1260棟が全半壊した。
 ご夫妻は午前10時ごろ、漁が再開したばかりの三沢漁港を訪問。種市一正・三沢市長から被災状況の説明を受け、漁業関係者をねぎらった。11時ごろからは、多くの住宅が津波で浸水した八戸市市川地区を訪問。集まった被災者に見舞いの言葉をかけた。
 娘が福島市にいるという主婦中村きりさん(56)が「原発事故が心配で、家に呼びたいが、家が壊れて呼べない」と涙を流すと、紀子さまは「少しずつよくなります。安心して」と励ましていた。
 同日午後、八戸漁港を慰問した後、帰路につく。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00199086.html
秋篠宮ご夫妻、震災で被害を受けた青森・三沢漁港を訪問し漁業関係者らを励まされる
秋篠宮ご夫妻は10日午前、東日本大震災で被害を受けた青森県の三沢漁港を訪問し、漁業関係者らを励まされた。
ご夫妻は、津波で78隻の漁船などが被害を受けた三沢漁港を視察し、漁業関係者らに「どのようにして逃げたのですか?」、「大変でしたね」と声をかけられた。
このあとご夫妻は、八戸市の避難所を訪れ、午後には、八戸漁港で漁業関係者らを見舞われる予定。
ご夫妻はこれまで、東京都や新潟県の避難所で被災者を見舞っているが、被災地を訪問されるのは初めてとなる。
(05/10 12:40)
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00199100.html
秋篠宮ご夫妻、青森・八戸漁港などを訪問される 天皇皇后両陛下は11日に福島ご訪問へ
秋篠宮ご夫妻は、東日本大震災で被害を受けた青森県の漁港を訪れ、漁業関係者らを励まされた。
10日午後2時前、八戸漁港に到着したご夫妻は、岸壁に打ち上げられた大きな漁船の前で、八戸市長から被害状況の説明を受けられた。
そしてご夫妻は、集まった漁業関係者に、「仕事が1日も早く復旧されることを願っています」、「これからも、おいしいしめさばを作ってください」と声をかけ、励まされた。
一方、天皇皇后両陛下は11日、福島県を訪れ、大震災と原発事故の被災者を見舞われる予定。
(05/10 17:16)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110510/t10015793381000.html
秋篠宮ご夫妻 被災地を訪問
5月10日 12時46分
秋篠宮ご夫妻は、東日本大震災で大きな被害を受けた青森県三沢市の漁港を視察されました。
秋篠宮ご夫妻は、10日午前、民間の航空機で三沢空港に到着したあと、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた三沢市の三沢漁港を訪問されました。ご夫妻が東日本大震災の被災地を訪問されるのは初めてです。お二人は、出迎えた三沢市の種市一正市長から、漁港の荷揚げ用の施設4つが大きく壊れてしまったことや、漁船およそ30隻が海に流されたり使えなくなったりしたことなど、被災状況について説明を受けられました。また、震災前の港の写真パネルと、今の港の様子を見比べながら、漁港の被災状況や復旧に向けた作業の進み具合を尋ねられていました。秋篠宮さまは、船や漁具が流されて漁に出られないという漁業者らに「大変でしたね。皆さんで力を合わせて頑張ってください」と声をかけ、励まされていました。また、紀子さまは漁協の女性たちに「これからもどうぞお体にお気をつけて頑張って下さい」と声をかけ、気遣われていました。ご夫妻は、午後にかけては八戸市を訪れ、被災者を見舞ったあと、八戸漁港の被災状況を視察される予定です。
ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011051000657
秋篠宮ご夫妻が青森訪問=「お大事に」と被災者見舞う
 秋篠宮ご夫妻は10日、東日本大震災の津波被害を受けた青森県の太平洋沿岸部を訪れ、被災者を見舞われた。三沢市の三沢漁港を訪問後、八戸市入りしたご夫妻は、住宅の浸水被害が大きかった同市市川地区の集会所で30人の被災者一人ひとりに「お大事になさってください」などと声を掛けて回った。
 秋篠宮さまは主婦石田友江さん(65)から避難の様子を聞き、「避難訓練は大事ですね」と声を掛けた。紀子さまは、自宅が半壊したという主婦高橋ハルさん(76)の手を取りながら、被災状況を詳しく聞いた。(2011/05/10-16:24)
http://www.47news.jp/CN/201105/CN2011051001000728.html
秋篠宮ご夫妻が被災地訪問 八戸で漁業者ら激励
 秋篠宮ご夫妻は10日、東日本大震災で被災した青森県八戸市の漁港などを訪問し、漁業関係者や被災者を激励された。
 ご夫妻は午後1時40分ごろ、イカ釣り漁船が津波で打ち上げられたままになっている八戸漁港に到着し、被害状況を視察。漁船を所有する水産加工会社の社員船板幸子さん(39)は「優しい言葉を掛けてもらい、元気を出していきたい」と話した。
 紀子さまは、自宅が被災した漁港近くの女性(23)の生後3カ月の長女を抱っこ。女性は「(赤ちゃんを津波から)守ったのね、と声を掛けられた」と感激していた。
 これに先立ち、ご夫妻は同県三沢市の三沢漁港や、被災者30人が集まった八戸市の集会所も訪問。秋篠宮さまは集会所で「お大事になさってください」と被災者を気遣った。
2011/05/10 17:15 【共同通信】

2011/5/25-26 岩手県大槌町・山田町ご訪問編集

2011/5/20NHKニュースがソース。

http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20110521k0000m040082000c.html
東日本大震災:皇太子ご夫妻、6月に仙台慰問へ
 宮内庁の野村一成・東宮大夫は20日、皇太子ご夫妻が6月初旬に東日本大震災の被災地の宮城県を見舞う予定であることを明らかにした。ご夫妻の東北3県慰問は初めて。
 野村東宮大夫や関係者によると、6月4日を予定しており、仙台空港を利用して、同市内の避難所を日帰りで訪問するという。ご夫妻はこれまで東京都内と埼玉県内の避難所を見舞っている。また、宮内庁は20日、秋篠宮ご夫妻が25、26の両日に慰問のために岩手県へ、寛仁親王殿下が23、24の両日に宮城県を訪れることも発表した。
毎日新聞 2011年5月20日 20時47分
http://mainichi.jp/photo/news/20110526k0000m040031000c.html
東日本大震災:秋篠宮ご夫妻が大槌の避難所訪問
 秋篠宮ご夫妻は25日、東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県大槌町の避難所を訪れた。ご夫妻は同町が一望できる城山公園の高台に立ち、津波で壊滅状態になった町に向かって黙礼した。震災後、秋篠宮ご夫妻が同県に入るのは初めて。
 ご夫妻は高台で東梅政昭・副町長から被害状況の説明を受けた。引き続きご夫妻は城山公園体育館のホールで避難者を見舞った。紀子さまは、この日が出産予定だという越田弥美(ひろみ)さん(32)に「大変ですが、頑張ってくださいね」と手を握りながら大きなおなかに目を細めた。津波で家が流された山陰洋子さん(57)が「早く家族で仮設住宅に入りたいです」と話すと、秋篠宮さまは「本当に早くそうなるといいですね」といたわった。ご夫妻は避難所で約1時間半、ひざをつきながら丁寧に被災者に声をかけた。帰り際は記念撮影に応じたり、握手をするなどして避難所は和やかな雰囲気に包まれた。【真鍋光之】
毎日新聞 2011年5月25日 19時35分(最終更新 5月25日 19時37分)
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20110525-781007.html
秋篠宮ご夫妻が大槌町住民激励
 秋篠宮ご夫妻は25日、被災地の岩手県大槌町を訪問し、避難生活を続ける住民を激励された。
 夫妻は午後3時50分ごろ、被災した沿岸部を一望できる城山公園に到着。東梅政昭副町長の説明に何度もうなずきながら聞き入った後、手を合わせて犠牲者の冥福を祈った。
 この後、避難所になっている公園内の体育館に移動。秋篠宮さまは玄関前やロビーで住民と握手し「大変でしたね」と声を掛けた。団体職員山陰洋子さん(57)は「うれしくて涙が出てきました」と話した。
 紀子さまは、出産予定日が近いという主婦越田弥美さん(32)に歩み寄り、おなかを両手で優しく包み込むようにさすった。越田さんは「感激しました」と笑顔だった。
 夫妻はこの後、体育館内で住民を励ました。26日は隣接する山田町を訪問する。(共同)
 [2011年5月25日18時5分]
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110525/k10013106691000.html
秋篠宮ご夫妻 大槌町を訪問
5月25日 18時8分
秋篠宮ご夫妻は、東日本大震災で壊滅的な被害を受けた岩手県大槌町を訪れ、被災した人たちを励まされました。
新幹線で岩手県入りした秋篠宮ご夫妻は、25日午後、津波で壊滅的な被害を受け、760人を超える死者が確認されている、大槌町を訪問されました。ご夫妻は、町の中心部が一望できる公園の高台に立ち、津波でほとんどの建物が流された現場を見ながら、亡くなった町長の代わりを務める副町長から被害の状況を聞き取られました。このあと、およそ300人の住民が避難する施設に移動し、共有スペースになっているホールで一人一人に声をかけて回られました。秋篠宮さまは、家を流され仮設住宅への入居を希望する57歳の女性に「このたびは本当に大変なことでしたね。早く仮設住宅に入ることができるといいですね」と話しかけ、励まされていました。紀子さまは、余震が続いていることを涙を流しながら話す女性の手を握り、「心配ですね。本当に大変でしたね」と声をかけられていました。また、25日に出産予定日を迎えた32歳の女性を、紀子さまがおなかをさすりながら励まされる一幕もあり、この女性は「お二人から『名前を考えていますか。頑張ってください』と声をかけていただきました。ありがたかったです」と話していました。ご夫妻は26日まで岩手県に滞在し、津波や火災で大きな被害が出た山田町も訪れて、被災者を励まされることになっています。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110525/imp11052519000003-n1.htm
秋篠宮ご夫妻、岩手・大槌町をご訪問
2011.5.25 18:55
 秋篠宮ご夫妻は25日、被災地の岩手県大槌町を訪問し、避難生活を続ける住民を励まされた。
 ご夫妻は午後3時50分ごろ、被災した沿岸部を一望できる城山公園にご到着。東梅政昭副町長の説明に何度もうなずきながら聞き入った後、犠牲者の冥福を祈られた。
 この後、避難所になっている公園内の体育館にご移動。秋篠宮さまは玄関前やロビーで住民と握手し「大変でしたね」と声を掛けられた。団体職員の山陰洋子さん(57)は「うれしくて涙が出てきました」と話した。
 紀子さまは、出産予定日が近いという主婦、越田弥美さん(32)に歩み寄り、両手で優しく包み込むように越田さんのおなかを触られた。越田さんは「感激しました」と笑顔だった。
 ご夫妻はこの後、体育館内で住民を励まされた。26日は隣接する山田町を訪問される。
http://news.ibc.co.jp/item_16152.html
秋篠宮ご夫妻が被災地を慰問 (2011年05月25日 18:55 更新)
秋篠宮ご夫妻がきょうから岩手を訪れ、東日本大震災の被災地をお見舞いされています。
秋篠宮ご夫妻は、きょう午前11時半すぎ新幹線で新花巻駅に到着されました。新花巻駅では大勢の市民がお二人を出迎え、ご夫妻は笑顔で手を振って応えられていました。秋篠宮ご夫妻は遠野市で県内の被害状況の説明を受けられた後に、大槌町の城山公園体育館の避難所を訪れ被災者をお見舞いされました。秋篠宮ご夫妻はあすは山田町で被害状況を視察された後避難所となっている小学校を訪れ避難生活を送る人を励まされるほか、子ども達の授業の様子もご覧になる予定です。秋篠宮ご夫妻の来県は3年前の岩手・宮城内陸地震で被災地をお見舞いされて以来となります。
http://www.asahi.com/national/update/0526/TKY201105260157.html
秋篠宮ご夫妻、岩手の小学校訪問
2011年5月26日11時43分
 東日本大震災の被災地・岩手県を訪れている秋篠宮ご夫妻は26日午前、山田町の大沢小学校を訪れた。授業の合間を利用し、体育館で子どもたちと体操をしたり、授業を参観したりした。また、避難所として同校を利用している人たちを慰問した。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110526/k10013121221000.html
秋篠宮ご夫妻 山田町を訪問
5月26日 12時10分
東日本大震災の被災地の岩手県を訪問している秋篠宮ご夫妻は、津波や火災で大きな被害を受けた山田町を訪れ、支援活動を続けているボランティアをねぎらわれました。ご夫妻は、26日夜、新幹線で東京に戻られる予定です。
秋篠宮ご夫妻は、25日、大槌町を訪ねたのに続いて、26日は津波などで500人を超える人たちが亡くなった山田町を訪問されました。ご夫妻は、初めに町役場の屋上から住宅の多くが津波で流された現場や、火災で黒く焼け焦げた跡が残っている建物などを視察されました。続いて、およそ90人が避難している近くの小学校に移動されました。ここでは、震災後、紀子さまが総裁を務められている公益財団法人「結核予防会」の看護師や保健師らが中心になってボランティアで被災者の健康管理に当たっています。秋篠宮さまは、ボランティアの人たちに糖尿病などの病気を抱える被災者の健康状態を尋ねられていました。また、紀子さまも保健師の女性に「乳幼児健診はできていますか。長期にわたって大変ですね」などと声をかけ、ねぎらわれていました。ご夫妻はこのあと、教室で避難生活を送る被災者を励まして回られました。ご夫妻は26日夜、新幹線で東京に戻られる予定です。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866918/news/20110526-OYT1T00814.htm
秋篠宮ご夫妻、山田町役場屋上で被災地に黙礼
 東日本大震災の被災地お見舞いのために岩手県入りした秋篠宮ご夫妻は26日、571人が死亡、296人が行方不明となっている山田町を訪問された。
 ご夫妻は同町役場の屋上で、沼崎喜一町長から被災状況の説明を受けられた。ご夫妻は被災地に向かって黙礼された。続いて訪れた同町立大沢小学校では、授業などを見た後、88人が避難している同小の教室で、被災者を励まされた。
 肺気腫のため酸素吸入器を使っている佐藤正孝さん(76)が、自分の病気や震災で妹を亡くしたことなどを伝えると、ご夫妻はうなずきながら耳を傾けられたという。佐藤さんは「ご夫妻の優しい人柄を感じた。力がわいた」と話した。
 ご夫妻は午後からは大槌町で、避難所になっている郷土芸能の鹿子(しし)踊りの保存会の施設や、希少魚「淡水型イトヨ」が生息する源水地区に足を運ばれた。
(2011年5月26日18時38分 読売新聞)
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/05/20110526t33014.htm
秋篠宮ご夫妻が岩手・大槌を訪問 被災者を激励
 秋篠宮ご夫妻は25日、東日本大震災の被災地のお見舞いのため、岩手県大槌町を訪問し、被災者を激励された。
午前に東北新幹線で新花巻駅に到着し、遠野市内で岩手県の達増拓也知事から被災状況の説明を受けた。
 その後、大槌町に入り、高台からがれきの山となった町中心部を視察。東梅政昭副町長から津波で倒壊した町役場の状況などを聞いた。
 続いて、約300人が避難生活を送る町城山公園体育館で、被災者を見舞った。町シルバー人材センター職員の山陰洋子さん(57)は「両殿下に『体に気を付けて頑張ってください』と言葉を掛けられ、感激で涙が出ました」と話した。
 出産日が近いという主婦越田弥美(ひろみ)さん(32)は紀子さまにおなかを両手でさすってもらい、「ありがたかったです」と笑顔を見せた。
 魚類研究者でもある秋篠宮さまは、2002年に同町で開かれた希少種「淡水魚イトヨ」のシンポジウムに出席するなど大槌町を過去に3度訪れている。
 ご夫妻は26日には隣接する山田町を訪問し、帰京する予定。
2011年05月26日木曜日
http://news.ibc.co.jp/item_16158.html
秋篠宮ご夫妻 山田町で児童激励 (2011年05月26日 19:17 更新)
秋篠宮ご夫妻は、きのうの大槌町に続いて、きょうは山田町を訪れ、避難所となっている小学校で住民や子どもたちを励まされました。秋篠宮ご夫妻は、午前9時半ころ、町内が一望できる山田町役場の屋上で沼崎喜一町長から被災状況の説明を受けられました。ご夫妻は、津波が襲ったときの様子など質問しながらお聞きになりました。このあとご夫妻は、大沢小学校を訪れ、子どもたちの卒業制作の絵の前で、毎年行われている表現劇の取り組みの説明を興味深く聞かれました。ご夫妻は、小学校で授業の様子などもご覧になり、飼育している生き物の話など子どもたち一人一人に声をかけられました。また、ご夫妻は、健康支援活動を行っている結核予防会のメンバーを激励されたあと、小学校の避難所を訪れました。被災者の男性は、「健康で長生きするように言われた感激した。力がもらえて元気が出た感じです」と話してました。沼崎喜一町長は「これ(ご訪問)を力にして復興に全力を傾けて頑張っていく、そういう、いわば、両殿下から力をいただいた気がする」と話してました。秋篠宮ご夫妻はこのあと午後6時半の新幹線で東京にお戻りになります。


2011/6/17 福島県いわき市ご訪問編集

ttp://www.minyu-net.com/news/news/0611/news11.html

秋篠宮ご夫妻、17日来県へ 被災者をお見舞い
 秋篠宮さま、紀子さまご夫妻は17日、東日本大震災の被災者をお見舞いするため来県される。県が10日発表した。
 秋篠宮さまの来県は、2010(平成22)年にいわき市で開かれた日本動物園水族館協会の第54回水族館技術者研究会に出席されて以来、8度目となる。ご夫妻での来県は、08年10月に郡山市で開催された全国生涯学習フェスティバル「まなびピアふくしま2008」に出席されて以来となる。
(2011年6月11日 福島民友ニュース)

ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011061700472

住民に「お悔やみ申し上げます」=秋篠宮ご夫妻が被災者激励-福島
 秋篠宮ご夫妻は17日、東日本大震災の被災地、福島県いわき市を日帰りで訪れ、被災者を励まされた。ご夫妻の被災地入りは青森、岩手に続き3県目。27日と7月8日には宮城県を訪れる。
 ご夫妻は津波で75人が死亡、10人が行方不明となった平豊間地区を訪れ、海に向かって手を合わせ一礼。集まった約50人の住民に声を掛けて回った。亡き父親(77)の骨つぼを持っていた金成大輔さん(37)は「お悔やみ申し上げます」と声を掛けられ、「父が喜んでいます」と答えた。
 続いて、被災した水族館「アクアマリンふくしま」を視察後、58人が身を寄せる「いわき南の森スポーツパーク」内の避難所を訪問。津波で自宅が流され、南相馬市小高区から避難している佐藤昌子さん(49)から、タオルで作った象形のぬいぐるみ「まけないぞう」を受け取った紀子さまは「とてもかわいいですね。大事にします」と笑顔を見せた。(2011/06/17-20:49)

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110618k0000m040024000c.html
東日本大震災:秋篠宮ご夫妻がいわきの避難所など訪問
 秋篠宮ご夫妻は17日、東日本大震災で大きな被害を受けた福島県いわき市の被災地や避難所を訪れた。津波による被害を受けた同市平豊間で渡辺敬夫市長から説明を受けた後、海に向かって手を合わせ黙礼。同市小名浜の水族館アクアマリンふくしまでは、再開に向けた復旧作業の様子を視察し、職員を励ました。その後、約60人が避難している同市錦町の南の森スポーツパークを訪ね、避難者を見舞った。
毎日新聞 2011年6月17日 19時25分(最終更新 6月17日 19時28分)
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20110617-791773.html
秋篠宮ご夫妻慰問に避難者「ほっとした」
 秋篠宮ご夫妻は17日、被災地の福島県いわき市を訪れ、避難生活を続ける住民を慰問、津波被害があった沿岸部や水族館などを視察された。
 ご夫妻は午後1時ごろ、津波に襲われた沿岸部の同市平豊間に到着。渡辺敬夫市長に被災状況の説明を受けた後、海に向かって手を合わせ、犠牲者の冥福を祈った。
 避難所となっている同市錦町の「南の森スポーツパーク」の体育館を訪問。住民に寄り添い「気候が変わりやすいときなので、気を付けてくださいね」などと声を掛けた。紀子さまに肩を抱かれた渡辺真澄さん(36)は「ほんの一時だったが、すごく和やかでほっとした」と話した。
 また津波被害で休業中の水族館「アクアマリンふくしま」も視察。同館は7月15日の再オープンを目指しており、水槽などの修理状況について説明を受けた。
 [2011年6月17日21時4分]
http://www.minyu-net.com/news/news/0618/news1.html
秋篠宮夫妻、いわき訪問 避難住民に寄り添い激励
 秋篠宮、紀子さまご夫妻は17日、被災地お見舞いのためいわき市を訪問、津波被害を受けた平豊間地区、7月15日の再オープンを目指している水族館「アクアマリンふくしま」を視察したほか、勿来町の避難所で被災者に励ましの言葉を掛けられた。
 豊間地区では家屋が流失した被災現場を訪れ、渡辺敬夫市長から被災状況の説明を受けた。説明が終わると、ご夫妻は海に向かって合掌し黙とうをささげた。
 避難所になっている勿来町の「南の森スポーツパーク」では、ご夫妻が避難住民に寄り添い「気候が変わりやすい時なので気をつけて、お元気でお過ごしくださいね」などと声を掛けられた。紀子さまはタオルで作ったゾウの手芸品を避難住民から受け取り、持ち帰られた。
 ご夫妻に同行した佐藤雄平知事は「避難所で優しく温かい言葉を頂き本当にありがたかった。被災者、県民の皆さんをどれだけ勇気づけたか」と話した。
 アクアマリンふくしまの視察では、安部義孝館長から水槽などの修理状況について説明を受けた。
(2011年6月18日 福島民友ニュース)
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201106170613.html
秋篠宮ご夫妻、被災地や避難所など訪問 福島・いわき
2011年6月18日1時34分
 秋篠宮ご夫妻は17日、福島県いわき市を訪れ、沿岸の津波被災地や避難所の被災者を見舞った。
 津波で多くの家が流された平豊間地区で、ご夫妻は黙礼。遺骨を抱く被災者に秋篠宮さまは「お悔やみ申し上げます」、紀子さまは涙する女性の腕に手を添えて「お体を大事にしてください」と声をかけた。
 再開準備が進む小名浜港の水族館「アクアマリンふくしま」を視察したあと、原発事故で地元や南相馬市、富岡町などから避難中の約60人が身を寄せる「いわき南の森スポーツパーク」を訪問。紀子さまは、住民らが支援物資のタオルを使って作った、ゾウをかたどった縫い物「まけないぞう」を手に取った。南相馬市小高区の佐藤昌子さん(49)は「手作りがお好きなようだったので2枚差し上げました。喜んでいただいてよかった」と話した。


2011/6/27 宮城県気仙沼市ご訪問編集

ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011062700708

漁船背に、海に黙礼=秋篠宮ご夫妻が宮城県訪問
 秋篠宮ご夫妻は27日、東日本大震災の被災地、宮城県気仙沼市を訪れ、被災者らを見舞われた。ご夫妻の被災地訪問は青森、岩手、福島に続き4県目。7月8日には再び宮城県を訪れる。
 ご夫妻はJR鹿折唐桑駅前を訪れ、津波で打ち上げられた大型漁船や、見渡す限りがれきが続く光景を見た。その後、漁船を背に海の方を向き、沈痛な面持ちで手を合わせて黙礼した。
 続いてご夫妻は、被災した気仙沼魚市場で漁業関係者らと懇談した後、避難所になっている市立気仙沼小学校を訪問。秋篠宮さまは「少しでも早く仮設(住宅)に入らないと、夏になって避難所も過ごしにくくなる」と避難者の体調を心配し、紀子さまはご自身が総裁を務める結核予防会が派遣し、同小学校で活動する看護師らに「皆さんに感謝いたします」とねぎらいの言葉を掛けた。(2011/06/27-18:36)

http://www.nhk.or.jp/sendai/lnews/6003723031.html
秋篠宮ご夫妻が被災地に
秋篠宮ご夫妻は、震災で大きな被害を受けた気仙沼市を訪れ、今月23日に再開した気仙沼港の魚市場などを視察されました。
新幹線で宮城県入りした秋篠宮ご夫妻は、27日午後、気仙沼市を訪問されました。
ご夫妻は、生鮮かつおの水揚げが全国で最も多かった気仙沼港で今月23日に再開したばかりの魚市場を視察されました。そして、漁協の関係者などから、魚市場が再開にこぎつけたいきさつや、復旧にかける思いなどについて説明を受けられました。
秋篠宮さまは、漁協の関係者に「がんばってください」と声をかけ、励まされていました。
このあと、ご夫妻は紀子さまが総裁を務められている「結核予防会」がボランティア活動をしている、気仙沼小学校を訪問されました。おふたりは、担当者から「仮設住宅に移った被災者が孤立しないよう、心のケアが大切になっています」などと説明を受けられ、紀子さまは「みなさまのご協力があってよかったです。心強いと思います」と声をかけられていました。
06月27日 18時37分
http://www.news24.jp/articles/2011/06/27/07185293.html
秋篠宮ご夫妻、宮城・気仙沼を訪問
< 2011年6月27日 18:38 >
 秋篠宮ご夫妻は27日、東日本大震災後、初めて宮城・気仙沼市を訪れ、津波と火災で大きな被害を受けた鹿折地区で、陸に打ち上げられた漁船を視察された。また、避難所となっている気仙沼小学校では、被災者の健康相談にあたっている看護師や保健師らに「ご苦労さまですね」と声をかけられた。
 ご夫妻は、来月8日に再び宮城県を訪問される予定。
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20110628k0000m040092000c.html
東日本大震災:秋篠宮ご夫妻が気仙沼市を視察
 秋篠宮ご夫妻は27日、日帰りで東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県気仙沼市を訪れた。村井嘉浩知事から被災状況の説明を受けた後、港からJR大船渡線鹿折唐桑駅前まで約900メートル流された大型漁船の前で菅原茂市長から市内の被災の説明を受けた。
 同地区は津波のあと、火災も発生しており、ご夫妻は「ここで手を合わせたい」と市長に海の方向を確認して合掌した。
毎日新聞 2011年6月27日 21時10分(最終更新 6月27日 21時14分)
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/06/20110628t15017.htm
秋篠宮ご夫妻 気仙沼見舞う 被災者と交流
打ち上げられた大型漁船の前で、菅原気仙沼市長から説明を受けられる秋篠宮ご夫妻=27日、JR鹿折唐桑駅前(代表撮影)
 秋篠宮ご夫妻は27日、東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市を訪問し、被災者を見舞われた。ご夫妻の宮城県訪問は震災後初めて。
 ご夫妻は、JR鹿折唐桑駅前を視察。打ち上げられた大型漁船の前で菅原茂市長から被災状況の説明を受け、海に向かって両手を合わせて黙礼した。
 市魚市場では、水産関係者と懇談。気仙沼小も訪れ、被災者の健康対策に取り組む結核予防会(東京)のメンバーと面会した。紀子さまは同会の総裁を務めており、「(被災者にとって)心強いことだと思います。感謝します」と激励した。
 避難所となっている同小体育館では、被災者の苦労をねぎらった。別の避難所から駆け付けた小野寺はや子さん(68)は、秋篠宮さまから「夏の避難所は過ごしにくくなりますが、どうぞお元気で」と声を掛けられたという。小野寺さんは「夢のよう。元気が出た」と笑顔を見せた。
2011年06月28日火曜日


2011/7/8 宮城県石巻市ご訪問編集

ttp://www.nhk.or.jp/sendai/lnews/6004021831.html

秋篠宮ご夫妻 被災地に
秋篠宮ご夫妻が8日、宮城県の被災地を訪れ、石巻市などを視察されました。
秋篠宮ご夫妻は、8日午後、石巻市を訪問され、被災した中心部が一望できる高台で亀山市長が被害の状況を説明しました。
市内の鹿妻小学校では、出迎えた子どもたちに「頑張ってね」などと声をかけられ、放課後、子供たちを預かっている「児童クラブ」では、震災直後から子供たちの支援している団体の職員らが、当時の状況や子どもたちの様子について説明しました。
このあと、秋篠宮ご夫妻は、松島町の水族館や、化石などを展示した東北大学の博物館などを視察して回られました。
07月08日 18時45分

http://www.asahi.com/national/update/0708/TKY201107080421.html
2011年7月8日18時58分
紀子さま涙 奇跡のユリ手渡され ご夫妻で石巻訪問
 秋篠宮ご夫妻は8日、宮城県石巻市を訪れ、被災者約120人が避難する市立鹿妻小学校を見舞った。
 娘一家が同校に避難している大津安子さん(77)が、黄色いスカシユリの花束を紀子さまに手渡した。自宅1階が津波に見舞われ、2階で暮らす。庭にあった約100株のほとんどが流されたが、残った鉢に「大きくなってね」と毎日話しかけて手入れしたところ、この朝最初の一輪が開花したという。紀子さまは涙をこぼして「きっと言葉が通じたのですね」と話し、花束を持ち帰った。
ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011070800805
紀子さま、被災者のユリに涙=秋篠宮ご夫妻、石巻市など訪問-宮城
 秋篠宮ご夫妻は8日、東日本大震災で4000人以上が死亡・行方不明となった宮城県石巻市などを訪れ、被災者を見舞われた。同県訪問は震災後2度目。
 石巻市でご夫妻は、高台にある日和山公園からがれきが残る街に向かって手を合わせた後、約140人の避難者がいる市立鹿妻小学校を訪問。紀子さまは、津波被害に遭い、2階で夫(80)と生活する大津安子さん(77)から、自宅の玄関前に咲いたばかりの黄色いユリを渡された。大津さんが、ヘドロや土の塩分を取り除き、「咲いてね」と言葉を掛け続けたと説明すると、紀子さまは涙を流し、「言葉って大切ですね」と話したという。
 続いてご夫妻は、被災したものの、4月から営業を再開している「マリンピア松島水族館」(同県松島町)を訪れた。秋篠宮さまは「これからも良い水族館であり続けられるよう頑張ってください」と職員を励ました。(2011/07/08-19:46)
ttp://www.kahoku.co.jp/news/2011/07/20110709t15016.htm
秋篠宮ご夫妻 住民の話に涙 石巻の避難所訪問
浸水被害に遭った石巻市鹿妻小の子どもたちに声を掛ける秋篠宮ご夫妻=8日午後1時30分ごろ、石巻市鹿妻小
 秋篠宮ご夫妻は8日、東日本大震災で被災した宮城県石巻市を視察し、避難生活を送る住民らを激励された。
 ご夫妻は午後1時ごろ、市内を一望できる日和山公園を訪問。津波で壊滅状態になった南浜町・門脇町地区の被災当時の様子や現状について亀山紘市長から説明を受けた後、静かに手を合わせ犠牲者の冥福を祈った。
 約140人が避難する市鹿妻小では、出迎えた1年生56人に優しく声を掛けた。同市千石町の大津安子さん(75)は自宅で育てた黄色いユリの花束を紀子さまに贈った。津波をかぶったユリに「大きくなってね」と話し掛けながら育てたという話に、紀子さまは涙を流し、深くうなずいていたという。
 この日、ご夫妻はマリンピア松島水族館(宮城県松島町)や東北大総合学術博物館(仙台市青葉区)も視察した。
2011年07月09日土曜日


震災発生から半年経った2011/9/11、紀子妃殿下お誕生日行事はお控えに編集

http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/03/h23/gonittei-3-2011-3.html
平成23年9月11日(日) 文仁親王妃殿下 東日本大震災発生から半年に当たるため,お誕生日のお祝い行事はお控えになりました。


紀子妃殿下と眞子内親王殿下のお忍びボランティア活動(AERA 2011年12月5日号より)編集

『AERAアエラ』2011年12月5日号<頼れるのは秋篠宮さま 震災後、初めて秋篠宮家の公務をを公開/人知れず栃木県で4日間もボランティアしていた紀子さま>
pp29-30より引用
お忍びボランティアも
 一切発表せず、人知れず携わっていた被災地支援活動もある。
 8月、以前から活動に携わっている団体が栃木県のキャンプ場に福島県の被災地の子供たちを招いて夏休みキャンプを開いたが、これを知った紀子さまはお忍びで4日間手伝いに出かけたこのうち2日間は1泊2日だったが、残りは2日続けて東京から日帰りで足を運んだ。
 あくまで一人のボランティアとして子供たちと一緒にマシュマロを作ってクッキーにはさんだおやつを作ったり遊んだり。絵本を持参し、低学年の子のための読み聞かせにも参加した。長い避難所生活から久しぶりに広々したキャンプ場に来て、歓声をあげて走り回る子供たちのために、縄跳びの縄を回したり、大きな布に絵を描いたりして一緒に遊び、紙細工や竹筒の水鉄砲や楽器作りも他のボランティアとともに手伝った。
 ある子が突然、
「何歳?」
 と尋ねると、紀子さまは、
「何歳だと思う?」
 子供たちが、
「60歳?」
「15歳?」
「わーい60歳だ、60歳だ」
 とおどけて騒ぐのを、にこにこして見ていたという。
 夜もボランティアの青年たちと一緒に食事をし、被災者のこと、支援のあり方などを語り合ったようだ。
 紀子さまはスラックスのラフな服装でとけ込み、子供たちはもちろん若いボランティアたちとも自然な形で交流していたという。
「何かお役にたてることがあれば」と主催者と相談して、求めがあれば参加するというのが紀子さまの考えだという。
 
「皇族のあり方」教え
・・中略・・
 眞子さまは夏休みには岩手県の山田町と大槌町、宮城県の石巻市を被災地支援ボランティアの一員として訪れ、「夏休みの出前講座のお手伝い」として子供の勉強を手伝ったり一緒に遊んだりしたという。|

当初2011年春に予定されていた悠仁殿下「着袴の儀」を、同年11月に延期編集

→【着袴の儀】参照のこと。

常陸宮家のご対応編集

2011/4/20 神奈川県川崎市ご訪問編集

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110420/imp11042017440000-n1.htm
常陸宮ご夫妻、川崎市の避難所ご訪問
2011.4.20 17:43
 常陸宮ご夫妻は20日、東日本大震災の被災者を見舞うため、川崎市の避難所「川崎市とどろきアリーナ」を訪問された。
 常陸宮さまは、福島県南相馬市で米作りをしているという男性(69)に、「売れなくてお困りでは」と風評被害を案じられた。常陸宮妃華子さまは川崎市内の中学校に編入した中学3年の女子生徒(14)に「新しい友達をたくさん作ってね」と励まされた。
 常陸宮さまは天皇陛下の弟。両陛下をはじめ皇族方が神奈川県内の避難所を訪問されたのは初めて。
 とどろきアリーナでは、福島、宮城、岩手の計107人が避難生活を送っている。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110420/t10015444931000.html
常陸宮ご夫妻 避難所を訪問
4月20日 19時26分
常陸宮ご夫妻は、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故を受けて、避難所になっている川崎市の施設を訪れ、被災した人たちを励まされました。
常陸宮ご夫妻は、20日午後3時半ごろ、福島県の南相馬市などから100人余りが避難している「川崎市とどろきアリーナ」に到着されました。震災後、天皇ご一家以外の皇族方が避難所を訪問されたのは初めてです。ご夫妻は、30人ほどが集まっていた喫茶室に足を運び、常陸宮さまは放射線への不安を訴える男性の話に耳を傾け、「ずいぶん怖い思いをされましたね」などと話しかけられました。また、常陸宮妃の華子さまも、女性の肩に手を置いて優しく励まされていました。常陸宮さまは、最後に被災した人たちに向かって「皆さんがお元気で地元に帰られ、平和な暮らしに戻られることを願っています」と述べられました。南相馬市の66歳の男性は「放射線が怖くて地元に帰れずにいます。常陸宮さまに『何とか頑張ってほしい』と言われ、心強く思いました」と話していました。
http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819695E0E2E2E18B8DE0E2E2E6E0E2E3E39180EAE2E2E2
常陸宮ご夫妻、避難所を訪問 川崎市とどろきアリーナ
2011/4/20 21:25
 常陸宮ご夫妻は20日、福島第1原発事故の影響で福島県南相馬市の住民ら約100人が避難している川崎市とどろきアリーナを訪問された。常陸宮さまは「今、日本中が心を一つにしてみなさんとともに頑張っています。くれぐれも健康に気を付けてください」と、励ましの言葉を述べられた。
 ご夫妻はアリーナ内の喫茶室で避難者と同じテーブルに着き「食事など足りない物は?」「夜は寝られる?」と声を掛けて回られた。〔共同〕


2011/5/27 栃木県大田原市ふれあいの丘青少年研修センターご訪問編集

2011/5/20NHKニュース]が訪問予定ソース。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110527-OYT1T00871.htm
常陸宮ご夫妻、原発避難者を慰問…大田原市
 常陸宮ご夫妻は27日午後、東日本大震災や福島第一原発事故の影響で福島県南相馬市などから69人が避難している栃木県大田原市ふれあいの丘青少年研修センターを慰問された。
 食堂で50人と同じテーブルにつき、「何かお困りになっていることはありますか」「学校は慣れましたか」などと声をかけられた。さらに常陸宮さまは「日本中が心を一つにして、皆さんとともに復興に向けて頑張っています。くれぐれも健康に気をつけてください」と励ましの言葉を述べられた。
(2011年5月27日18時46分 読売新聞)
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20110527-OHT1T00194.htm
常陸宮ご夫妻が避難所訪問
 常陸宮ご夫妻は27日、福島第1原発事故の影響で、福島県内から約70人が身を寄せる栃木県大田原市の「ふれあいの丘青少年研修センター」を訪問された。常陸宮さまは「皆さんがお元気に地元に帰られ、静かな平和な暮らしに戻られるよう願っています。くれぐれも健康に気を付けてください」と励ましの言葉を述べた。
 ご夫妻はセンター内の食堂で、被災者とテーブルを挟んで懇談。福島県浪江町の建築業千葉二郎さん(64)は車を運転中に津波に巻き込まれ、偶然開いたドアから水中に投げ出された。常陸宮さまは大きくうなずきながら千葉さんの話を聞き、華子さまも「怖かったでしょう」と気遣った。
 理容師の稲本康広さん(33)は家族4人で福島県双葉町から避難。華子さまは稲本さんの3か月の次男の手を取ってあやした。
(2011年5月27日19時01分 スポーツ報知)


2011/6/6 華子妃殿下岩手県雫石町の避難所と動物ボランティアの会ご訪問編集

http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20110607k0000m040062000c.html
東日本大震災:常陸宮妃華子さまが岩手訪問 被災者を激励
 常陸宮妃華子さまは6日、岩手県を訪問し、雫石町の雫石プリンスホテルに滞在する東日本大震災の被災者を励ますとともに被災したペットを預かっているボランティア団体の施設を視察した。
 ホテルには山田町と大槌町の住民約90人が避難している。華子さまは「怖かったことを一人でしまっておかないで話してください」などと話し掛けながら被災者約50人の話に約1時間耳を傾けた。
 また、被災地のペットを預かっている「動物いのちの会いわて」では、スタッフを激励し、ペットをなでたりしていた。華子さまは「日本動物福祉協会」の名誉総裁を務めている。
毎日新聞 2011年6月6日 19時38分(最終更新 6月6日 19時46分)
http://www.asahi.com/national/update/0606/TKY201106060405.html
常陸宮妃華子さま、岩手で被災者をお見舞い
2011年6月6日20時1分
 常陸宮妃華子さまは6日、岩手県を訪れ、雫石町のホテルに避難している山田町などの被災者約50人を見舞った。また「日本動物福祉協会」の名誉総裁として、被災地で保護した犬猫を含め計約250匹を世話している雫石町の「動物いのちの会いわて」(下机(しもつくえ)都美子代表)を視察し、ボランティアをねぎらった。


2011/6/15 青森県八戸市・階上町ご訪問編集

http://cgi.daily-tohoku.co.jp/cgi-bin/news/2011/06/14/new1106141102.htm
常陸宮ご夫妻 あす八戸、階上の被災地訪問(2011/06/14 11:29)
 常陸宮ご夫妻があす15日、東日本大震災で被災した八戸市と階上町を訪問される。被災状況の視察、被災者の見舞いなどが目的。
 ご夫妻は15日午前に空路県内入りし、階上町大蛇漁港、八戸市浜地内海岸防災林などを視察。同防災林では、植樹をされる。午後に空路で帰京の予定。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/aomori/news/20110616-OYT8T00060.htm
常陸宮ご夫妻 八戸、階上訪問 漁港など視察 被災者見舞う
 常陸宮ご夫妻は15日、八戸市と階上町を訪問し、東日本大震災で被災した漁港などを視察された。常陸宮さまは被災者を見舞い、「1日も早く、皆さんの町が、美しく、安全で平和な町に戻るよう願っています」と声をかけられた。
 ご夫妻は同日午前、津波被害にあった階上町の大蛇漁港に到着し、浜谷豊美町長から防波堤や漁船などの被災状況の説明を受けられた。被災者には「大変だったでしょう」などとお言葉をかけ、同漁港近くの自宅が流された西村きささん(82)は、「頑張って下さいと声をかけられ、涙が出ました」と話した。
 午後には八戸市市川町浜地区で、津波でなぎ倒されて枯れた防災林をご視察。小林真市長、三村知事らとともに、防災林の復活を願ってクロマツの苗6本を植樹された。付近でがれき撤去中の作業員にも「くれぐれも気をつけ、けがのないよう」とお声をかけていた。
 自宅が全壊した同地区の吉田久子さん(66)は激励を受け、「ありがたく、励みになります」と感激の様子だった。
 県によると、ご夫妻がそろって来県するのは、2003年2月の「青森冬季アジア大会」以来となる。
(2011年6月16日 読売新聞)
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/06/20110616t25006.htm
青森の被災地お見舞い 常陸宮ご夫妻 八戸など訪問
 常陸宮ご夫妻は15日、東日本大震災の被災地のお見舞いのため、青森県八戸市と青森県階上町を訪れ、被災者を激励された。
 八戸市では津波による住宅の被害が大きかった市川町を訪問し、住民に「おけがはなかったですか」と言葉を掛けた。約3ヘクタールにわたり防災林がなぎ倒された海岸を視察し、クロマツの苗木を植樹した。
 階上町の大蛇漁港では、津波で損壊した漁業施設を視察。浜谷豊美町長から「漁船の半数に当たる120隻が流され、付近の民家や商店も被災した」と説明を受けた。
 華子さまは「諦めないで」と町民を励ました。自宅を流された商店経営西村きささん(82)は「とてもうれしく、涙が出てきます。頑張ろうと思いました」と話した。
2011年06月16日木曜日
http://www.aba-net.com/news/news010.html
常陸宮ご夫妻が被災地訪問
2011/06/15(水) 18:18
東日本大震災の発生から3カ月余り、常陸宮ご夫妻が15日、被災地の階上町と八戸市を訪れました。階上町の大蛇漁港では浜谷町長から高さおよそ8メートルの津波に襲われ、住宅や漁業施設などに大きな被害があったという説明を受けられました。また住民たちに「地震が起きた時はどうでしたか」、「家族は無事ですか」などと声をかけられました。このあと、常陸宮ご夫妻は八戸市市川町を訪れました。県の担当者から「防災林のおかげで被害を受けなかった住民もいた」などと、説明を受けられた後、クロマツの苗木を植えられました。住民には、「心からお見舞い申し上げます。しばらくは困難な日々を過ごすと思われますが、くれぐれもご健康にお過ごしください」などと言葉をかけられました。


2012/1/17 福島県松川町ご訪問編集

http://sankei.jp.msn.com/life/news/120117/imp12011717190001-n1.htm
常陸宮ご夫妻が福島お見舞い
2012.1.17 17:19
 常陸宮ご夫妻は17日、福島市松川町の仮設住宅を訪問し、福島第1原発の事故で避難している飯舘村の人々を見舞われた。東日本大震災以降、ご夫妻が福島県を訪問されたのは初めて。
 常陸宮さまは「一番大変なのはどういうところですか」と被災者に声をかけ、菅野典雄村長に対しても「田んぼの除染は難しいですか」と尋ねられた。常陸宮妃華子さまは地元の漬け物の話をした荒サキイさん(74)に「早く安心して故郷で料理を作れるといいですね」と話された。
 常陸宮さまは別れる際、「この寒さに負けないで、明るい、平穏な暮らしができる日を待っていてください。日本中、世界中の人も願っています」とお言葉を述べられた。
http://www.asahi.com/national/update/0117/TKY201201170476.html
2012年1月17日19時56分
常陸宮ご夫妻、仮設訪れる お年寄り励ます
 常陸宮ご夫妻は17日、東日本大震災の被災者を見舞うため、福島市の松川工業団地にある仮設住宅と高齢者施設を訪れた。福島第一原発の事故で避難している福島県飯舘村の住民計約400人が暮らしている。
 常陸宮さまは「家に帰れず不安と困難の避難生活を余儀なくされているみなさんが、近いうちに健康で安心してふるさとに戻れることを心から願っています」とあいさつ。ご夫妻で「痛いところはないですか」「どうかお元気で」と村民たちを励ました。
 飯舘村から避難している菅野ウメさん(80)は昨秋から仮設住宅の集会所で、古い和服を再利用してもんぺなどを作る裁縫講習会を開いているといい、この日は自分たちで縫った綿入れのはんてんをご夫妻に贈った。「飯舘村でしていた畑仕事ができなくなり、避難生活がつらくて死にたいと思ったこともあったけれど、ここに来てからは生活に張りが出ました」と語った。(北野隆一)
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20120118k0000m040020000c.html
常陸宮ご夫妻:福島の原発避難住民を訪問
 常陸宮ご夫妻は17日、福島市の松川工業団地第1仮設住宅を訪れた。この仮設住宅には、福島第1原発事故で転居を余儀なくされた福島県飯舘村の住民214人が生活している。
 ご夫妻は集会所に集まった被災者に「どこかお痛いところはありますか」「早く安心して暮らせるようになってほしいですね」などと話しかけた。常陸宮さまは最後に「近いうちに健康で安心してふるさとに戻れる日が来ることを心から願っています」と述べた。【真鍋光之】
毎日新聞 2012年1月17日 19時06分(最終更新 1月17日 21時52分)
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/220117060.html
【震災】常陸宮ご夫妻が福島県の仮設住宅訪問(01/17 20:51)
 常陸宮ご夫妻が、福島第一原発の事故を受けて避難した住民らが暮らす福島市内の仮設住宅を訪問されました。
 常陸宮ご夫妻は、17日午後1時半ごろ、「松川工業団地応急仮設住宅」に到着されました。この仮設住宅には、計画的避難区域に指定されている福島県飯舘村から避難した住民ら約400人が暮らしています。ご夫妻は、ストレッチ運動などのデイサービスを受けていた高齢者に「どこかお痛いところはありますか?」「風邪をひかないように気をつけてください」などと声をかけられました。また、飯舘村の菅野村長に対して「(除染は)田んぼが一番難しいんですか」などと質問されていました。最後に、常陸宮さまは「近いうちに健康で安心して故郷に戻れる日が来ることを心から願っています」と住民らに励ましの言葉を述べられました。


2012/2/8 宮城県多賀城市ご訪問編集

http://www.asahi.com/national/update/0208/TKY201202080492.html
 常陸宮ご夫妻は8日、宮城県多賀城市を訪れ、東日本大震災の被災者を見舞った。ご夫妻は市内で被災状況を視察後、同市宮内1丁目の仮設住宅を訪れ、被災者と懇談。常陸宮さまは「日本中が一つとして復興を願っています。今年のことのほか厳しい寒さに負けないで、その日を待っていてください」と励ました。
(2012年2月8日18時8分)
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20120209k0000m040034000c.html
常陸宮ご夫妻:宮城の仮設住宅を慰問
 常陸宮ご夫妻は8日、宮城県多賀城市を訪れ、東日本大震災の津波で社務所が全壊した八幡神社と多賀城公園野球場仮設住宅を慰問した。仮設住宅には約160世帯310人が生活している。
 仮設住宅での懇談で、華子さまは「津波は思い出も幸せも全部、持っていってしまいました」と肩を落とす女性を「本当にお気の毒に。危機一髪でしたね」といたわった。常陸宮さまは「さぞかしご苦労が多いことと思います。どうかお元気で古里に帰られ、静かな平穏な暮らしができるように願っています」と手紙を読み上げた。【真鍋光之】
毎日新聞 2012年2月8日 18時55分(最終更新 2月8日 19時07分)
http://www.ohbsn.com/news/detail/zenkoku20120209_30135.php
最終更新:2012年02月09日(木) 08:04
常陸宮ご夫妻、宮城の仮設住宅お見舞い
 常陸宮ご夫妻はまず、津波の被害を受けた多賀城市の「八幡神社」を訪れ、鳥居や周囲の樹木が全て流され、変わり果てた境内をご覧になりました。多賀城市では津波で188人が犠牲になり、多くの家屋が流されました。
 常陸宮ご夫妻はこの後、およそ300人の被災者が生活している市内の仮設住宅をお見舞いし、ひとりひとりに声をかけて励まされました。常陸宮さまが「まだ余震はありますか?」と尋ねると「毎日あります」と答えが返ってきたり、「津波で思い出も幸せも全て流されてしまった」と訴える人もいましたが、常陸宮さまは「今、日本中が一つとして復興を願っています。今年のことのほか厳しい寒さに負けないで、その日を待っていて下さい」と励ましの言葉を述べられました。(08日18:37)
2012年02月09日(木) 02:23
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/02/20120209t15007.htm
仮設の被災者を激励 常陸宮ご夫妻が訪問 多賀城
仮設住宅団地の集会所を訪れ、被災者と懇談する常陸宮ご夫妻(代表撮影)
 常陸宮ご夫妻は8日、東日本大震災の被災地見舞いのため宮城県多賀城市を訪れ、市内の仮設住宅で暮らす被災者を激励された。
 ご夫妻は、160世帯が入居する多賀城公園野球場仮設住宅団地内の集会所で約30人と懇談。「寒くはないですか」「生活は不便ではないですか」と声を掛けた。
 華子さまは、出席した女性に「仮設住宅で近所の方は、震災前と同じ近所の方ですか」と質問。女性が「初対面の人ばかりです」と答えると「この集会所で知り合いや相談する人ができるといいですね」と励ました。
 津波襲来時の様子を尋ねられた沼田勝さん(68)は終了後、「目の前で話ができ、うれしい。これからの生活の励みになります」と話した。
 ご夫妻は仮設住宅訪問に先立ち、市内の被災状況を視察。津波で境内にあった杉約1000本が全滅した八幡神社で、菊地健次郎市長から被害の説明を受けた。
 神社総代の鈴木邦彦さん(67)は「直接言葉を掛けてもらい感激した。励ましを糧に復興に取り組む」と語った。
2012年02月09日木曜日
http://www.pref.miyagi.jp/kohou/streaming/news/h23/120208.htm
TOP > 宮城県インターネット放送局 > みやぎニュースクリップ > 常陸宮同妃両殿下 多賀城市を御訪問(平成24年2月8日)
平成24年2月9日作成 / 広報課
常陸宮同妃両殿下 多賀城市を御訪問(平成24年2月8日)
 常陸宮同妃両殿下は2月8日、東日本大震災の被災者を見舞うため、多賀城市を訪問されました。
 両殿下は多賀城市役所で村井知事から復旧・復興に向けての取組状況の説明を受けられた後、同市内の八幡神社をご訪問。津波によって被害をうけた周辺の住宅地や神社境内の様子をご覧になり、多賀城市の菊地市長から被害の説明を受けられました。
 その後、避難所となっている多賀城公園野球場仮設住宅を訪問し、被災住民の方々と御懇談。「元気で古里に帰られ、静かな平穏な暮らしができるように願っています」と被災者を励まされました。
被害状況の説明を受けられる両殿下(八幡神社)
仮設住宅での御懇談の様子(多賀城公園野球場仮設住宅)


三笠宮家のご対応編集

2011/5/23-24 寛仁親王殿下宮城県東松島市・石巻市ご訪問編集

2011/5/20NHKニュース]が訪問予定ソース。

ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_date1&k=2011052000987

寛仁さまも宮城県訪問へ
 宮内庁は20日、三笠宮家の寛仁さまが23、24日の日程で、東日本大震災で被災した宮城県を訪問されると発表した。
 津波で浸水被害を受けた東松島市の航空自衛隊松島基地の状況を視察し、自衛隊の活動拠点になっている石巻市の石巻総合運動場で自衛隊員を激励するという。(2011/05/20-20:36)

http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20110521k0000m040082000c.html
東日本大震災:皇太子ご夫妻、6月に仙台慰問へ
 宮内庁の野村一成・東宮大夫は20日、皇太子ご夫妻が6月初旬に東日本大震災の被災地の宮城県を見舞う予定であることを明らかにした。ご夫妻の東北3県慰問は初めて。
 野村東宮大夫や関係者によると、6月4日を予定しており、仙台空港を利用して、同市内の避難所を日帰りで訪問するという。ご夫妻はこれまで東京都内と埼玉県内の避難所を見舞っている。また、宮内庁は20日、秋篠宮ご夫妻が25、26の両日に慰問のために岩手県へ、寛仁親王殿下が23、24の両日に宮城県を訪れることも発表した。
毎日新聞 2011年5月20日 20時47分
http://www.asahi.com/national/update/0523/TKY201105230573.html
寛仁さま、宮城の自衛隊基地視察し激励
2011年5月23日22時15分
 三笠宮家の長男寛仁さまは23日、宮城県東松島市の航空自衛隊松島基地を訪れ、東日本大震災で津波の被害を受けた基地を視察するとともに、被災地で救援活動にあたる隊員を激励した。その後、同県石巻市の石巻総合運動場でも陸上自衛隊員らを激励した。
 24日には寛仁さまが総裁をつとめる仙台市内の福祉施設などを見舞う。


高円宮家の対応編集

2011/5/30 恒久子妃と承子女王宮城県亘理町訪問編集

2011/5/20NHKニュースがソース。

ttp://www.nhk.or.jp/lnews/sendai/6003119021.html

高円宮妃 久子さま宮城訪問
高円宮妃の久子さまは長女の承子さまとともに東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県亘理町を訪れ、被災した人たちを励まされました。
高円宮妃の久子さまと承子さまは、30日、新幹線と車を乗り継いで、津波で250人を超える人たちが亡くなった宮城県亘理町を訪れ、久子さまが名誉総裁を務める「日本水難救済会」の支部があった漁港に足を運ばれました。
水難救済会には漁業関係者が救助員として所属し、ボランティアで水難事故の救助にあたっていますが、宮城県では、救助員の90パーセント近くが震災で家や漁船を失うなどの被害を受けました。
久子さまと承子さまは、強い風と雨の中、海岸に設けられた献花台に花束を手向けたあと、深く頭を下げて震災の犠牲者を悼まれました。
このあと久子さまは、救助員1人1人に「皆さん力をあわせて1日も早く復興して下さい」などと声をかけ励まされていました。
また承子さまも「お体に気をつけてください」などと言葉をかけられていました。
震災で妻を亡くした救助員の男性は「お二人の励ましを受け少しでも早く立ち直って復興したいと思います」と話していました。
05月30日 20時00分


2011/9/15 恒久子妃岩手県陸前高田市訪問編集

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110916-OYT1T00943.htm
[[%b9%b1%b5%d7%bb%d2">高円宮妃久子]さま、陸前高田市を訪問
 高円宮妃久子さまは16日、東日本大震災のお見舞いのため、被害が甚大で死者が1500人を超えた岩手県陸前高田市を訪問された。
 まず、津波で全壊した旧市役所庁舎の前に立ち、今なおがれきが残る海辺に向かって黙礼された。戸羽(とば)太市長が近くの交番を示しながら「逃げずにとどまった警官が殉職しました。3月末で定年でした」と説明すると、「最後までお仕事をなさって……」と述べ、後の言葉をのみこまれた。次いで訪れた市内の仮設住宅では、被災者を気遣い、「住み心地は」「お体は」と一人一人に声をかけられた。
(2011年9月16日20時15分 読売新聞)


東宮家の対応編集

2011/3/5 英国ウェールズ大公息ウィリアム王子の婚礼の招待状が、東宮夫妻宛として駐英日本大使館に届く。

2011/3/11 学習院初等科の帰宅難民に、コンソメスープ&ジュース差し入れ編集

女性自身2011/4/5号<雅子さま、帰宅難民の母子たちに届けた温もりのコンソメスープ


2011/3/18 ウィリアム王子結婚式の招待を辞退、節電協力、同月末に予定していた奥志賀スキーキャンセル編集

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/03/18/kiji/K20110318000450370.html
皇太子ご夫妻 大震災で英王子結婚式の招待断る
 宮内庁は18日、東日本大震災を受け、皇太子ご夫妻が4月の英ウィリアム王子結婚式の招待を断ったことを明らかにした。英王室側に同日、伝えた。
 宮内庁東宮職によると、ご夫妻は大震災の発生以降、被災者の悲しみに心を寄せ、住まいの東宮御所で静かに過ごしているという。今月末に長野県で予定していた一家での[[%c0%c5%cd%dc">静養]は取りやめた。
[ 2011年3月18日 16:39 ]
2011/3/18 読売新聞<皇太子ご夫妻、ウィリアム王子結婚式出席見送り
 宮内庁の[[%a5%ce%a5%e0%a5%d2%a5%e7%a5%f3">野村一成]・東宮大夫は18日、皇太子ご夫妻が、4月29日に行われる英国・ウィリアム王子の結婚式への出席を見送られたと発表した。
 英国王室から招待を受けていたが、野村大夫によると、東日本巨大地震の被害が甚大で、国内が未曽有の危機にあるためで、ご夫妻は被災地の悲惨な状況に深く心を痛め、「せっかくのご招待だが、お断りせざるを得ない」と判断されたという。18日、英国王室に伝えられた。ご夫妻は、お住まいの東宮御所のブレーカーを一定時間落とすなど節電にも協力されているという。


2011/4/6 避難所の一つである調布市味の素スタジアム訪問、雅子は「当日出欠決定」のドタ出、被災者漁師さんの「陸のカッパ」発言に大笑い事件編集

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110401/imp11040115340002-n1.htm

皇太子ご夫妻も避難所訪問をご検討
2011.4.1 15:33
宮内庁東宮職は1日、皇太子ご夫妻が、東日本大震災の被災者を激励するため、東京都内の避難所への訪問を検討されていることを明らかにした。
ご夫妻の意向を受けて検討が進められているもので、皇太子妃雅子さまは体調面で問題がなければ同行される見通しとしている。
3月30日には天皇、皇后両陛下が東京都足立区の東京武道館で被災者を見舞われている。

ttp://www.ji ji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011040100771

皇太子ご夫妻、避難所訪問検討
 宮内庁の野村一成東宮大夫は1日、皇太子ご夫妻が東日本大震災の被災者を見舞うため、東京都内の避難所訪問を検討されていることを明らかにした。ご夫妻は震災に大変心を痛め、被災者を日々案じて過ごしており、訪問先は天皇、皇后両陛下が先月30日に訪問された足立区の東京武道館とは別の避難所で調整しているという。
 同庁はまた、秋篠宮ご夫妻も来週以降、避難所訪問を検討されていると公表。状況が落ち着くまで被災地入りはしないという。(2011/04/01-18:53)

http://www.news24.jp/articles/2011/04/01/07179921.html

皇太子ご夫妻 都内の避難所訪問を検討
< 2011年4月1日 17:53 >
 宮内庁は、皇太子ご夫妻が東日本大震災の被災者を見舞うため東京都内の避難所を訪問されることを検討していると明らかにした。
 宮内庁によると、皇太子ご夫妻は被災者を心配し、避難所の訪問を望まれている。先月30日には、天皇・皇后両陛下が東京・足立区の東京武道館を訪問された。皇太子ご夫妻が都内のどの避難所を訪問されるかは検討中だという。
 宮内庁は、東京都と相談しながら、できるだけ早い時期に行いたいとしている。病気療養中の雅子さまは、当日の体調によって訪問するかどうか判断されるという。

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4689540.html
最終更新:2011年4月1日(金) 22時17分
皇太子ご夫妻、被災者お見舞いへ
 天皇・皇后両陛下に続き、皇太子ご夫妻も近く東日本大震災の被災者をお見舞いされることになりました。
 宮内庁によりますと、皇太子ご夫妻は被災した人々を日々案じながら過ごし、避難所をお見舞いしたいとの意向を持たれているということです。
 先月30日には天皇・皇后両陛下が東京都内の避難所をお見舞いされていますが、宮内庁は出来るだけ早く皇太子ご夫妻が都内にある別の避難所を訪問できるよう、日程などを調整しています。
 また、秋篠宮ご夫妻も震災後は眞子さまや佳子さまと一緒に地震や救援活動の専門家から説明を聞いたり、節電に協力されていますが、来週以降、東京周辺の避難所をお見舞いすることを検討されているということです。(01日21:32)
h[[ttp://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00196703.html(魚拓)
皇太子ご夫妻、被災者お見舞いのため6日に都内避難所を訪問されることに
皇太子ご夫妻が6日、東日本大震災の被災者へのお見舞いのため、東京都内の避難所を訪問されることになった。
宮内庁によると、皇太子さまと雅子さまは6日午後、東京都の受け入れ施設となっている調布市の味の素スタジアムを訪れ、被災者をお見舞いされるという。
長期療養中の雅子さまも、今回の震災被害に心を痛め、訪問を希望されており、当日の体調をみて、同行するかどうか判断するという。(04/05 18:17)
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110402ddm041040155000c.html
東日本大震災:皇太子ご夫妻も避難所を訪問へ
 宮内庁の野村一成・東宮大夫は1日、皇太子ご夫妻が近く、東日本大震災の被災者が過ごす東京都内の避難所を訪問することを明らかにした。日時や訪問場所を都と詰めている。
 また、秋篠宮ご夫妻も避難所訪問を検討していると発表した。
 秋篠宮ご夫妻は、地震や放射性物質の専門家らから説明を受けている。
 毎日新聞 2011年4月2日 東京朝刊
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110405/imp11040517430001-n1.htm
皇太子ご夫妻、あす都内避難所お見舞い
2011.4.5 17:41
 宮内庁は5日、皇太子ご夫妻が6日午後に、東日本大震災の被災者をお見舞いするため、味の素スタジアム(東京都調布市)を訪問されると発表した。皇太子ご夫妻が今回の震災で被災者を直接見舞われるのは初めて。
訪問当日新聞朝刊のテレビ欄より:フジテレビ・4/6夕方スーパーニュース<皇太子さま避難所へ 皇太子“ご夫妻”の表記でないことに注目。雅子が当日やっぱり欠席(=ドタキャン)となっても対応できる形で予告していることがよく分かる。
ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011040600629

皇太子ご夫妻が避難所訪問=東京
 皇太子ご夫妻は6日、東京都調布市の味の素スタジアムを訪問し、東日本大震災や福島第1原発事故により避難した人々を見舞われた。ご夫妻が今回の被災者を直接見舞うのは初めて。
 都によると、同スタジアムでは約140人が避難生活を送っており、大半が福島県から避難してきているという。
 宮内庁東宮職によると、ご夫妻は避難生活を余儀なくされている人々を大変心配しており、お住まいの東宮御所ではできる限り節電しながら過ごしているという。
 秋篠宮ご夫妻も7日、江東区の東京国際展示場(東京ビッグサイト)を訪れ、施設内で避難生活を送っている被災者を見舞われる。(2011/04/06-17:07)

http://www.47news.jp/CN/201104/CN2011040601000498.html
福島からの避難者励ます 皇太子ご夫妻
 皇太子ご夫妻は6日、東日本大震災や福島第1原発事故の避難所になっている東京都調布市の味の素スタジアムを訪ね、福島県いわき市などから身を寄せている人々を激励された。
 都によると、スタジアム内の体育室や会議室で約140人が生活している。今回の震災で、ご夫妻が被災者や避難者をお見舞いするのは初めて。
 東京都は同スタジアムなど3施設に約500人を受け入れた。天皇、皇后両陛下は3月30日、東京都足立区の東京武道館を見舞われた。
 療養中の雅子さまが公的な活動で外出するのは昨年10月以来。
2011/04/06 15:58 【共同通信】
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110406/t10015141311000.html
皇太子ご夫妻 被災者を励ます
4月6日 18時56分
皇太子ご夫妻は、6日午後、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故を受けて、福島県のいわき市などからおよそ130人が避難している東京・調布市の味の素スタジアムを訪れ、被災した人たちを励まされました。
今回の大震災で、ご夫妻が避難所に出かけられるのは初めてで、療養中の雅子さまにとっては、皇居での新年行事などを除けば、半年ぶりの外出を伴う公務となりました。ご夫妻は、まず、20人ほどが休んでいた体育室を訪ね、床にひざをついて、一人一人に話しかけられました。皇太子さまは、家族連れの話に耳を傾け、「お体はいかがですか。こちらにいらっしゃるまで大変でしたか」などと気遣われていました。雅子さまも、孫に連れられて避難してきたというお年寄りの女性に、「お孫さんがいらっしゃるから心強いですね」などとことばをかけ、励まされていました。また、避難している女性の1人が、天皇ご一家が国民と困難を分かち合おうと節電していることについて、「心にとめていただいて、ありがたく思っています」と感謝の気持ちを伝えると、お二人はうなずきながら耳を傾けられていました。福島県浪江町から避難してきた83歳の女性は、「雅子さまから『お体を大事に』と言われ、心の優しい方だと思いました。本当にありがたかったです」と話していました。
http://www.news24.jp/articles/2011/04/06/07180245.html
皇太子ご夫妻 都内の避難所を訪問
< 2011年4月6日 18:38 >
 皇太子ご夫妻は6日、東京・調布市の避難所を訪問し、東日本大震災の被災者を直接見舞われた。
 皇太子ご夫妻は6日、福島県からの被災者ら約130人が避難生活を送る調布市の味の素スタジアムを訪問し、予定を大幅に上回る約1時間、被災者を見舞われた。「ご自宅は海の近くですか」「大変だったでしょうね」などと声をかけられ、被災者が涙ぐむ姿も見られた。
 皇太子ご夫妻は震災の被害に心を痛め、避難所の訪問を望まれたという。
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4693448.html
最終更新:2011年4月6日(水) 18時43分
皇太子ご夫妻、避難所をお見舞い
 皇太子ご夫妻が被災者をお見舞いするため、東京・調布市の避難所を訪れました。
 「ありがたいことだと思って」(福島県から避難している人)
 雅子さまが公の場にお出かけになるのは6か月ぶりで、「怖かったでしょうね。お大事にして下さい」と声をかけて励まされました。
 避難所にいた人たちは「雅子さまも体調がすぐれないのに、来ていただいてありがたかった」と話していました。(06日17:55)
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00196775.html
皇太子ご夫妻、東京・調布市の避難所を訪れ被災者の体調を気遣われる
6日午後、皇太子ご夫妻は避難所を訪問し、被災者に声をかけて体調を気遣われた。
皇太子ご夫妻は6日午後3時ごろ、福島県などからの被災者およそ130人が避難生活を送っている、東京・調布市の味の素スタジアムを訪問された。
皇太子さまは、ひざをついて、「お体いかがですか」などと声をかけられた。
雅子さまも正座をして、被災者の不安や悩みなどを、皇太子さまと一緒にうなずきながら聞かれた。
被災者は「できれば、地元に戻れるとね」と話していた。
適応障害で長期療養中の雅子さまが、皇居の外でご公務をされるのは、2010年10月以来、半年ぶりのこととなる。
1人ひとりに「こちらにいらっしゃるまで大変でしたか」などと声をかけられ、「お体をお大事に」と、被災者の体調を気遣われた。
避難している人は、「心優しいお方だと思いました。わざわざおいでになって」、「雅子さまの体調が優れないのに、本当にお目にかかれて。それがとてもうれしかったです」と話した。
http://news.tv-asahi.co.jp/news/web/html/210406033.html
【地震】皇太子ご夫妻が避難所を訪問 東京・調布(04/06 16:54)
 皇太子ご夫妻は、東京都内の避難所で不便な生活を送っている東日本大震災の被災者を見舞われました。
 皇太子さまと雅子さまは6日午後3時ごろ、東京・調布市の「味の素スタジアム」に到着されました。皇太子ご夫妻はそろってグレーのジャケット姿で、避難している人たちのそばで両ひざを折り、熱心に話を聞かれました。
 この施設には福島県などから130人以上が身を寄せていて、皇太子さまは浪江町から避難した人に「お体はいかがですか」「お大事になさってください」、雅子さまは「海の近くですか」などと話しかけられたということです。療養中の雅子さまが公務に出かけるのは去年10月以来、約半年ぶりです。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110406-OYT1T00930.htm
皇太子ご夫妻、避難所で被災者を激励
 皇太子ご夫妻は6日、東日本大震災の被災者約130人が避難している味の素スタジアム(東京・調布市)を訪れ、被災者を励まされた。
 お見舞いは約30分間の予定だったが、ご夫妻がそろって床に正座し一人一人の話に耳を傾けたり、被災者の求めで写真撮影に応じられたりする場面もあり、1時間を超えた。家族4人で避難している福島県浪江町の高松アイ子さん(83)は、雅子さまに「お体を大切に」と声をかけられたといい、「優しい言葉がありがたかった」と話した。同県富岡町の小林順子さん(39)は、「これまでこらえていたものが、(ご夫妻に)話を聞いてもらってほぐれた」と涙を浮かべていた。
 雅子さまは病気療養中で、今回のお見舞いは昨年10月以来の公的な外出。ご夫妻で被災者を見舞われるのは、阪神大震災で兵庫県を訪問された1995年3月以来。
(2011年4月6日21時23分 読売新聞)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110407/imp11040709110001-n1.htm
雅子さま、優しくお声かけ 皇太子ご夫妻、避難所ご訪問
2011.4.7 09:07
 皇太子ご夫妻は6日、東日本大震災で被災した福島からの被災者ら約130人が生活する東京都調布市の味の素スタジアムを訪問された。3月末の天皇、皇后両陛下に続く都内の避難所ご訪問で、病気療養中の皇太子妃雅子さまが、公的な活動で皇居外に外出されるのは昨年10月以来、約半年ぶり。約1時間の滞在予定を約45分間オーバーし、熱心に被災者の話に耳を傾け、励まし続けられた。
 「何年生?」「何の教科が好きですか?」「外で遊ぶことはありますか?」。ご夫妻は子供たちにも優しく声をかけられた。友達と連絡が取れないという話をきいた雅子さまは「離ればなれなんですね…」と心配そうに話された。
 「記念撮影してもよろしいですか。携帯電話しかないんですが」。そんな申し出にも、ご夫妻は快く応じられた。ご夫妻を囲むように家族が並んだ。
 雅子さまは疲れた様子を見せず、皇太子さまとともに、ひざを床について被災者と会話を続けられた。被災者が雅子さまの体調を逆に気遣う場面もあり、雅子さまは「ありがとうございます」と返された。
 涙を流しながらご夫妻と話していた、福島県富岡町の小林順子さん(39)は「話を聞いていただいてうれしかった。これまでこらえていたが、心がほぐれました。私たちの目線に立って話を聞いてくれる方たちでした」と話した。
 家族4人でご夫妻を迎えた、同県浪江町の高松せい子さん(60)は「体調が優れないのに、雅子さまに来ていただいた。すごくうれしかった。だから私も『頑張ります』と言いました」。
 宮内庁によると、ご夫妻は、被災者を見舞いたいという強いご意向を持たれていたという。お住まいの東宮御所では「被災者と困難を分かち合いたい」とする両陛下と同様に、自主的に電気の使用を控える取り組みをされているという。
 両陛下は3月30日、避難所となっている東京都足立区の東京武道館を訪問されている。秋篠宮ご夫妻も、7日に東京ビッグサイトを訪問される予定。
東日本大震災避難所東宮夫妻訪問。被災者である漁師さんの「漁師は陸に上がるとかっぱになっちまうんですという言葉にご夫妻は大爆笑(原文ママ)≪週刊朝日2011/4/22号、現在発売中の号のため引用は後日≫
参考連結キャプチャ画像:2011年4月6日 スーパーJチャンネル、津波で船を流された被災者漁師さんの「仕事がなくなると陸のカッパ状態です」の言葉に、大笑いの表情を見せる雅子
            2011年4月7日 モーニングバードでも同じく「陸のカッパ」に笑う雅子の姿を放映、3枚目のひどい表情に注目。

Part2055-250 可愛い奥様 sage 2011/04/17(日) 06:03:21.23 ID:WRQz5JWl0
日本テレビ皇室アルバムで驚いた。
 
味の素スタジアムでの皇太子同妃殿下慰問での被災者インタビューを
映像とも一緒に出しました。
 
『皇太子さまが仕事はどうなりますか?とおっしゃって
主人が陸に上がったカッパになりましたっていったら、
なんか雅子様笑われてましたね(悲笑)』
 
とうとう皇室アルバムも怒ったかな。
 
251 可愛い奥様 sage 2011/04/17(日) 06:19:32.23 ID:WRQz5JWl0
〉205
皇室日記(日本テレビ)でした。

2011/4/11 大震災月命日、東宮御所では愛子同級生を招いて「お楽しみ会」を開催編集

『サンデー毎日』2011年6月12日号 pp134-135より引用  祈りの日 東宮御所で開かれた「ある行事」
 大震災から1カ月の4月11日、皇太子ご一家のお住まいに愛子さまの学友が招かれた。同日、天皇、皇后両陛下は震災の犠牲者を追悼し静かに過ごされたという。関係者から皇太子ご一家の行動に疑問の声が上がっている。
  
 4月11日、月曜日。皇太子ご夫妻の長女、愛子さま(9)が通学する学習院初等科は休みだった。学習院の新学期の始まりは4月9日からだったが、その日が土曜日だったこともあり11日が振り替えで休みになったのだ。
 天皇、皇后両陛下の側近の一人が言う。
「東京大空襲のあった3月10日や8月の原爆の日、終戦の日などと同様に震災から1カ月というような日には、皇族方は犠牲者を慰霊するためにお祈りを捧げられます。そして、お慎みの日として心静かに過ごされるのが通例です。この日、両陛下は忙しい公務をこなされながらも黙とうをして犠牲者を悼み、静かに過ごされました」
 国家の平和を願い、国民の安寧を祈る。それは皇族の大きな務めの一つである。宮内庁ホームページによると、皇太子ご夫妻の同日の動静についてこう公表されている。
「皇太子同妃両殿下 ご黙祷(東宮御所)」
 皇太子ご夫妻は祈りを捧げていたことが分かる。「しかし……」と、ある東宮関係者が顔をしかめながら話すのだ。
実はこの日、愛子さまのご学友10人前後が東宮御所に集まり『お楽しみ会』が開かれていたんです。お子さま方が楽しく遊ぶ会自体は何ら問題がないでしょう。むしろ良いことではありますが、開催された日にち問題はなかったのでしょうか。震災から一カ月が経過した節目のお慎みの日に、しかも両陛下が被災地への訪問を始めた時期です。そうした時期にワイワイガヤガヤとした会を開催することはいかがなものか、そんな声が内部から上がっていました」
 東宮関係者の話を総合すると、「お楽しみ会」の全容は次のようなものだったという。
 4月11日午前11時、保護者が運転する数台の車に分乗した学友らが東宮御所に入った。男女ほぼ同数で、愛子さまと雅子さまが笑顔で迎えた。
 東宮御所の庭ではボール遊びや鬼ごっこなどをするのを、東宮関係者2人が中心になってつきっきりで面倒をみていた。子どもたちは元気に走り回り、疲れると室内でゲームに興じていたという。昼食にはサンドイッチが振る舞われ、午後3時のおやつとして出されたオレンジゼリーを子どもたちは大いに喜んだ。
「よほど楽しかったのでしょうか、お楽しみ会は夜7時近くまで続きました。驚いたのは、両殿下がお揃いでずっとご一緒していたことです。皇太子殿下はビデオカメラを、雅子さまは小さなカメラをそれぞれお持ちになり、子供たちの様子を常に撮影していました」(東宮関係者)
 おやつの前、震災の発生時刻になると両殿下と愛子さま、そして招かれた子どもたちは揃って1分間の黙とうを捧げた。
 ハプニングもあった。午後5時過ぎ、関東地方で震度4の地震があり、子どもたち慌ててテーブルの下などにもぐった。1カ月前の恐怖がよみがえり、不安な表情を浮かべる子どもたちもいたという。
 東宮関係者が続ける。
「両殿下もお子さまたちも笑顔が絶えませんでした。しかい、多くの皇族の方々が静かに過ごされていたことを考えると、素直に喜んでばかりもいられないと思うのです」
 お楽しみ会は当初、春休み中の4月6日に予定されていた。ところが、その日は両殿下が被災者避難所になっていた味の素スタジアム(東京都調布市)を訪問することになり、11日に変更されたのだ。
 この時期、天皇、皇后両陛下は被災者や被災地の訪問を始めていた。3月30日に初めて、東京都足立区の東京武道館に設けられていた避難所をお見舞いされた。その後、千葉や埼玉、茨城、岩手、宮城、福島の各県の被災地をそれぞれ日帰りで訪ねている。皇太子ご夫妻も、東京や埼玉の避難所を訪問された。
 前出の側近が語る。
「両陛下はご高齢に加え、ご病気をおしてでも被災地まで出かけられています。そんな時期に今回の皇太子ご一家の件は、やはり日程を変更されるなどしたほうがよかったのではないでしょうか」
 昨年9月5日号で本誌が報じたように、皇太子ご一家は昨年8月6日、広島原爆の日という「お慎みの日」に静養先近くのリゾートホテルに出かけ、友人や家族とともにディナーを楽しんでいる。天皇陛下はそれを知って、たいへん困惑されたという。
 同じく昨年8月、東宮御所では皇太子家の「[[%b2%c6%ba%d7%a4%ea">夏祭り]」が開催された。愛子さまの友人とその家族など数十人が招かれた祭りは、外部からの業者が屋台を出すなど例年以上の賑わいを見せた。例年なら関係者が手作りで行うのだが、必要以上に派手な印象を残したことが「鎮魂の季節にふさわしくなかったのではないか」と指摘された。
 一方で、雅子さまは大震災当日にこんな気遣いを見せていた。
 東日本大震災が起こった3月11日、学習院初等科では交通機関がストップしたため、帰宅できなくなった数十人の児童と保護者、教員が校内で一晩を過ごすことになった。
 だが、備蓄されていたのはわずかな乾パンと水だけ。泊まるといっても教室の机を並べ、その上で横になる程度のことで余震のたびに机の下にもぐることになった。空腹も重なり、とても眠れる状態ではなかったという。そうした中、東宮御所から差し入れが届けられた。学習院関係者が話す。
「温かいコンソメスープとジュースでした。泊まった児童や教職員らを気遣った雅子さまの発案だったと伺いました。寒い時期でもあり、ありがたいことでとても感謝しております」
 天皇陛下の学友で元共同通信記者の橋本明氏は今回の件について言う。
「自分の家庭を極端に重く見て、公人としての活動、つまり皇室の祈りという伝統の尊重と実践がかなり薄いような気がします。こうしたことが続いてしまうと、国民の気持ちがどんどん離れてしまう。今まさに皇室は危機的状況にあると言わざるを得ません」
 ジャーナリストで文化女子大客員教授の渡辺みどり氏はこう指摘する。
「できれば、この日は避けたかったですね。どうしてもというのであれば、両殿下と子どもたちが千羽鶴を折ったり、励ましの手紙を書いて被災者に送るということもできました」
 震災後1カ月という「祈りの日」に東宮御所で開かれた会。「次代の重責を担う皇太子家に皇族としての自覚が欠けているのではないか」(宮内庁関係者)という声も上がる。その波紋は広がっている。
本誌・皇室取材班


震災1ヶ月後「お楽しみ会」の事実は完全隠蔽し、黙祷や節電節水ばかり喧伝する白々しい2011年12月1日愛子10歳誕生日ニュース編集

ttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20111201/t10014325951000.html
愛子さま 10歳の誕生日
12月1日 5時56分
皇太子ご夫妻の長女の愛子さまは1日、10歳の誕生日を迎えられました。
宮内庁によりますと、学習院初等科4年生の愛子さまは、通学への不安などから一部の授業を欠席する日が続いていましたが、ここ2か月はほぼ毎日すべての授業に出席され、雅子さまの付き添いも減ってきています。4月から授業で習い始めた英語に関心を持ち、簡単な英会話を学んだりしているほか、秋の運動会では元気に綱引きに参加するなど健やかに成長されています。お住まいでは、百人一首を暗唱しながら覚えて皇太子ご夫妻とカルタ遊びを楽しんでいるほか、詩を楽しそうに音読したり自分で作られたりしているということです。東日本大震災では、報道で伝えられる被災地の様子に心を痛め、発生からひとつきがたった日にはお住まいで黙とうをしたほか、必要のない場所の電気を消したり、入浴の際に使う湯や水の量がなるべく少なく済むよう工夫したりして、率先して節電や節水に取り組まれているということです。また、先月、天皇陛下が東京都内の病院に入院された際には、お見舞いの手紙を送ったほか、お住まいの庭で摘み取った花を皇太子さまに託して届けられたということです。
http://www.news24.jp/articles/2011/12/01/07195547.html
愛子さま、10歳に 1人での通学増える
< 2011年12月1日 8:39 >
 皇太子ご夫妻の長女・愛子さまが1日、10歳の誕生日を迎えられた。一時期は通学に不安を感じ、雅子さまが学校に付き添われていたが、現在は1人で通学されることが多くなっているという。
 学習院初等科4年の愛子さまは去年、通学への不安を感じて雅子さまに付き添われる形で一部の授業に出席していたが、ここ約2か月は1人で通学することが多くなり、毎日1時限目から授業を受けられているという。
 また、今年から新たに英語の授業が始まり、アルファベットを丁寧に書いたり、クラブ活動の管弦楽部ではチェロを熱心に練習されたりしている。
 先月、天皇陛下が入院された際には、お見舞いの手紙や、お住まいの東宮御所の庭で摘んだ花やミカンを届けられた。
 また、東日本大震災の発生後は、必要のない場所の電気を消したり、湯を大切に使ったりと節電や節水に積極的に取り組み、発生から1か月目には黙とうをささげ、被災地に思いを寄せられたという。
http://news.tbs.co.jp/20111201/newseye/tbs_newseye4891032.html
最終更新:2011年12月1日(木) 6時56分
愛子さま、10歳の誕生日
 皇太子ご夫妻の長女、愛子さまが1日、10歳の誕生日を迎えられました。雅子さまの付き添いなしで通学する日が増えるなど、最近の御様子が紹介されました。
 愛子さまは先月、マイコプラズマが原因とみられる肺炎にかかり5日間入院されましたが、先週、撮影された映像では元気な姿を見せられています。宮内庁によりますと、愛子さまは、初めての入院で、レントゲン検査を受けたことなどが印象に残った様子で、お世話になった医師らに感謝されているということです。
 また、天皇陛下が入院された際には、お見舞いの手紙を書いたり、お住まいの庭で自ら摘み取った花やみかんを皇太子さまなどを通じて病室に届けられました。
 一方、学校での御様子ですが、去年2月に通学への不安を抱くようになってからは雅子さまに付き添われて登校する日々がおよそ1年半続いていました。しかし、2か月程前からは毎日、1時限目から出席し、雅子さまに付き添われる回数も減ってきました。
 さらに、英語に関心を持って勉強されたり、6月からは管弦楽部に入部しチェロを担当。熱心にレッスンされています。
 そして、お住まいでは東日本大震災の後、冷暖房の温度設定に気をつけて、使っていない電気器具のコンセントを抜いたり、お風呂ではなるべく少量のお湯や水で済ませる工夫をするなど、率先して節電と節水に取り組まれています。
 最近では、百人一首を暗唱して覚えたり、詩を自分で作ったり声を出して読んだりして楽しまれているということです。(01日05:00)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111201-OYT1T00122.htm
愛子さま、10歳に…管弦楽部入部・チェロ練習
皇太子ご夫妻に見守られ、バランスを取りながら直方体を積み上げられる愛子さま(11月23日、東宮御所で)=宮内庁提供 皇太子ご夫妻の長女で学習院初等科4年の愛子さまが1日、10歳の誕生日を迎えられた。
 宮内庁によると、この1年で様々な経験を経て成長され、学校生活への不安により昨年3月から続いている雅子さまの登校の付き添いも、最近は減ってきている。
 東日本大震災を受けて、被災地を思い、節目の日には黙とうし、お住まいの東宮御所では節電にも取り組まれている。初等科では英語の授業が始まり、6月には管弦楽部に入部。チェロを熱心に練習されている。10月の運動会は元気に出場し短距離競走で1位になった。
 先月、天皇陛下が気管支肺炎で入院されると、大変心配し、見舞いの手紙を書いたり、東宮御所で摘んだ花を皇太子さまに託して届けられたりしたという。
(2011年12月1日06時22分 読売新聞)
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20111201ddm012040062000c.html
皇室:愛子さま10歳 管弦楽部でチェロ練習
 皇太子ご夫妻の長女愛子さま=学習院初等科4年=が1日、10歳の誕生日を迎えた。宮内庁などによると、通学への不安感が明らかになった昨春から雅子さまの付き添いが続いているが、最近はその回数も減り、約2カ月前からは、ほぼ1時間目から下校時まで授業を受けているという。
 東日本大震災1カ月目には東宮御所で黙とうし、節電のため使っていない電気器具のプラグをコンセントから抜いたりしているという。9月には雅子さまも同行し、山梨県であった2泊3日の校外学習に初めて参加。11月26、27両日の文化祭には焼き物を出品するなどした。今年6月に管弦楽部に入部してチェロの練習を始めたほか、最近は百人一首も暗唱しているという。愛犬・由莉(ゆり)のほか、昨夏から親子の猫も世話している。
 愛子さまに学校生活への不安感があることが明らかになったのは、昨年3月。現在はほとんどの授業を受ける一方、給食は別の部屋で取ることが多く、宮内庁関係者は「元に戻るまでもう一息と思う。静かに見守りたい」と話している。
 また、11月に東京大病院に入院し、マイコプラズマ肺炎の可能性が高いと診断されたが、宮内庁によると「良い経験ができた」と治療に当たった医師や看護師らに感謝しているという。【真鍋光之】
毎日新聞 2011年12月1日 東京朝刊
http://sankei.jp.msn.com/life/news/111201/imp11120107300001-n1.htm
百人一首にご関心 愛子さま10歳
2011.12.1 07:27 [皇室]
皇太子ご夫妻と積み木を楽しまれる愛子さま=11月23日、東京・元赤坂の東宮御所 (宮内庁提供)
 皇太子ご夫妻の長女、敬宮(としのみや)愛子さまは1日、10歳の誕生日を迎えられた。学習院初等科4年生に進級してから英語の授業が新たに始まり、簡単な会話を学んでいるほか、百人一首を暗唱してカルタ遊びを楽しむなど、関心の幅を広げられている。
 宮内庁東宮職によると、昨年2月に通学不安を訴えて以降、雅子さまのお付き添いが続いてきたが、最近は一人で通学する日が増え、1時限目から下校時まで元気に過ごされているという。東日本大震災では、被災地の様子を報道で知り、心を痛めたといい、震災1カ月目には黙祷(もくとう)をされた。震災後は不用な電気器具のプラグを抜くなど節電や節水に取り組まれている。
 11月にはマイコプラズマ肺炎の疑いで東大病院に初めて入院された。天皇陛下が気管支炎などで入院された際には、手紙を書いたり、お住まいの東宮御所で摘んだ花やみかんを届けたりして、お見舞いの気持ちを伝えられた。
http://www.asahi.com/national/update/1130/TKY201111300845.html
2011年12月1日5時2分
愛子さま10歳に 通学の不安感減り、付き添いも減る
東宮御所で皇太子ご夫妻と積み木をする愛子さま=11月23日、宮内庁提供
 皇太子ご夫妻の長女、敬宮(としのみや)愛子さまが1日、10歳の誕生日を迎えた。宮内庁東宮職によると、昨年2月から通学に不安を持ち、学習院初等科4年の授業に一部しか出席できない状態が続いていたが、最近2カ月はほとんど、1時間目から出て下校まで過ごしている。通学への不安感も少なくなって、雅子さまが登校や授業に付き添う回数も減り、最近は「ほとんどお一人」だという。
 6月に管弦楽部に入部。チェロを担当し、朝や放課後の練習にも参加している。休み時間や放課後には友だちとドッジボールやサッカーを楽しむ。お住まいの東宮御所では百人一首かるたや詩の音読・創作を楽しむほか、ピアノやバイオリン、習字のけいこを続けている。
 11月1日から5日まで、マイコプラズマ肺炎とみられる症状で東京大病院に入院。いい経験になった、と医師ら関係者に感謝していたという。天皇陛下が気管支肺炎で東京大病院に入院した際はお見舞いの手紙を書き、東宮御所の庭でとれたミカンや花を、見舞いに訪れた皇太子さまに託すなどして届けた。
 東日本大震災には心を痛め、発生1カ月の4月11日には黙祷(もくとう)した。東宮御所で節電に取り組んだ際は、冷暖房の温度設定に気をつけたり、必要ない場所の電灯を消したりしたという。(北野隆一)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/111203/imp11120307010002-n3.htm
2011.12.3 07:00 (3/5ページ)
・・前略・・
 皇太子ご夫妻の長女、敬宮愛子さまは1日、10歳の誕生日を迎えられた。この日は午後4時10分すぎ、皇太子ご夫妻とともに皇居・御所を訪れ、両陛下にあいさつをされた愛子さま。半蔵門から入る際には、にこやかな表情を浮かべられていた。
 皇太子ご一家が皇居におられた時間は30分ほど。会見で小町氏は、あいさつの具体的なやり取りは明かさなかったが、「両陛下から温かいお言葉をいただき、3殿下は大変感謝されていた」とした。
 学習院初等科4年生に進級してから、授業では英語が新たに加わり、簡単な会話を学んでいるほか、アルファベットを丁寧に書くように心がけられているという。6月からは管弦学部に入部し、チェロパートの一員として、平日の朝や放課後、土曜日のレッスンに熱心に通われている。
 最近は百人一首を覚え始め、楽しそうに暗唱されている。百人一首といえば、両陛下も皇太子時代にご家族だけでなく、職員を交えて楽しまれていたというエピソードがあり、来年の正月は、愛子さまも両陛下やご家族と、カルタ遊びを楽しまれるのかもしれない。
 運動は学校の休み時間にサッカーやドッヂボールをし、東宮御所では縄跳びや職員らと野球をされることもあるそうで、小町氏は「毎日生き生きとお過ごしのようです」と愛子さまの近況を表現した。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/111203/imp11120307010002-n4.htm
2011.12.3 07:00 (4/5ページ)[皇室ウイークリー]
 東日本大震災に対する愛子さまのご様子も明らかになった。震災1カ月の節目の日には、ご夫妻とは別の部屋で、お世話役の職員とともに黙祷をされたという。今年4月に行われた野村一成東宮大夫(当時)の定例会見では、愛子さまがご自身で「日程」をつけていて、4月11日には「黙祷」と書かれていたことが明らかにされていた。
 また、震災以降、節電・節水に積極的に取り組み、特にお風呂では、洗面器にどれくらいの湯を入れるというふうに自分なりに決めて、無駄遣いをしないように工夫されているという。
 11月1~5日にかけてマイコプラズマ肺炎の疑いで東大病院に入院したことについては、レントゲン撮影など一つ一つが初めての経験となり、印象に残られたそうだ。


あと「節水」をそんなにアピールしたいなら、雅子愛子母子揃っていくらなんでも長すぎる髪をどうにかするのが合理的だと思うんだな(´・ω・`)

2011/5/7 埼玉県三郷市立瑞沼市民センター訪問、雅子は「当日のご体調次第となる」ドタ出、1時間20分の予定時間オーバー 編集

ttp://www.ji ji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011050600341
皇太子ご夫妻、7日に避難所訪問=埼玉・三郷の施設、2回目
 宮内庁は6日、皇太子ご夫妻が7日、東日本大震災の被災者を見舞うため、避難所になっている埼玉県三郷市の市立瑞沼市民センターを訪問されると発表した。ご夫妻の避難所訪問は、東京都調布市の味の素スタジアムを訪れた4月6日以来2回目となる。(2011/05/06-11:36)
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20110506k0000e040056000c.html
福島第1原発:埼玉避難の住民お見舞いへ 皇太子ご夫妻
 宮内庁東宮職は6日、福島第1原発事故で埼玉県三郷市に避難している福島県広野町の住民らを、皇太子ご夫妻が7日にお見舞いすると発表した。
 町民が生活する三郷市の瑞沼市民センターを訪れる。ご夫妻が大震災の避難所を見舞うのは、4月6日の味の素スタジアム(東京)以来2回目。
毎日新聞 2011年5月6日 12時15分(最終更新 5月6日 12時36分)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110507/imp11050707000001-n2.htm
(178)両陛下ご宿泊のホテルもなくなった… 皇太子ご夫妻もきょう避難所へ
2011.5.7 07:00 (2/3ページ)
・・前略・・
 皇太子ご夫妻はきょう7日、埼玉県の三郷市立瑞沼市民センターを訪問される。皇太子妃雅子さまは当日のご体調次第となるが、実現すれば、ご夫妻での避難所訪問は4月6日の味の素スタジアム(東京都調布市)に次いで2回目となられる。
 ご夫妻の長女、敬宮愛子さまのご通学には、現在も雅子さまが付き添われている。7日は土曜日。学校が休みであることが、避難所ご訪問の日がこの日になった理由の1つのようだ。
・・後略・・
ttp://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00198942.html
東日本大震災 皇太子ご夫妻、埼玉・三郷市の避難所を訪問し被災者を見舞われる
皇太子ご夫妻は7日午後、埼玉・三郷市の避難所を訪問し、東日本大震災の被災者を見舞われた。
ご夫妻は午後3時ごろ、震災の影響などで福島県からおよそ200人が避難している、三郷市の瑞沼(みずぬま)市民センターに到着された。
適応障害で長期療養中の雅子さまは、皇太子さまとともに床にひざをついて、「大変でしたね」などと被災者の言葉に耳を傾け、1人ひとりを励まされていた。
ご夫妻は予定時間を大幅に超えて被災者をお見舞いされ、今後、被災地を訪問して、被災者を見舞うことを検討されているという。
(05/07 18:19)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110507/imp11050719270002-n1.htm
皇太子ご夫妻、埼玉県の避難所お見舞い
2011.5.7 19:25
 皇太子ご夫妻は7日、福島第1原発事故による避難者を見舞うため、埼玉県三郷市の瑞沼市民センターを訪問された。皇太子ご夫妻が避難所を見舞われるのは、4月6日の味の素スタジアム(東京都調布市)に続き2回目。
 同センターには、福島第1原発事故の影響で、町全域が緊急時避難準備区域となっている福島県広野町などの住民約200人が生活している。皇太子ご夫妻は膝をつき、目線を合わせてお見舞いに。予定時間を1時間以上超えて避難所に滞在された。
 皇太子さまは製造業の坂本邦弥さん(31)に「一時的にはお帰りになる機会はあったんですか」と長引く避難生活を案じられた。
 皇太子妃雅子さまは、震災の当日、富岡町で道路工事をしていた建設業の坂本一光さん(37)から、津波がくる直前、近くの民家の高齢者を数人、車に乗せたが、多くの人が流されたという話をきき「心に傷が残るようで、大変ですね」と心配された。
 坂本さんの母、光子さん(62)は「妃殿下も体調がすぐれない中、おいで頂いてありがたかった。お会いして元気が出ました」と話していた。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110507/t10015746981000.html
皇太子ご夫妻 避難所を訪問
5月7日 20時27分
皇太子ご夫妻は、東日本大震災と原子力発電所の事故を受けて福島県広野町から住民たちが避難している埼玉県内の施設を訪れ、被災した人たちを励まされました。
皇太子ご夫妻は、7日午後、避難所になっている埼玉県三郷市の市民センターを訪問されました。ここには、自宅が津波の被害を受けたり、原発事故で「緊急時避難準備区域」に指定されたりしたため避難してきた福島県広野町の住民やその家族ら200人余りが生活しています。ご夫妻は床にひざをついて一人一人に話しかけられました。皇太子さまは、家族で避難してきた男性に「ほんとに大変でしたね。一時的にはご自宅に戻れましたか」などと気遣われていました。雅子さまは、61歳の男性に「体の方は大丈夫ですか。みんなで、また地元に戻れる日が来ればいいですね」などと励まされていました。また、海の近くで道路工事をしていた男性は、自分で撮影した津波が押し寄せる様子の写真をご夫妻に見せて説明したということで、「近くに住むお年寄りたちを助けることができませんでしたと話したら、雅子さまに『心に傷が残って大変でしょうね』と気遣っていただきました」と話していました。ご夫妻は予定を1時間余り超えて、被災者の話に耳を傾けられていました。今回の震災後、皇太子ご夫妻が避難所を訪れるのは2回目で、被害が甚大だった東北地方の被災地への訪問も希望されているということです。
http://www.47news.jp/CN/201105/CN2011050701000704.html
皇太子ご夫妻、福島避難民を激励 「お元気で」と
 皇太子ご夫妻は7日、埼玉県三郷市の瑞沼市民センターを訪れ、福島第1原発事故で避難している福島県広野町の住民ら約200人を「体の方は大丈夫ですか」「お元気で」と励まされた。
 避難所のお見舞いは、4月の味の素スタジアム(東京)以来2回目。元は小学校だった同センターの体育館でご夫妻は膝をついて一人一人に声を掛け、滞在は予定を約1時間20分オーバーした。
 広野町の建設業坂本一光さん(37)は福島県富岡町で仕事中に津波に遭遇。近くの家にいたお年寄りを車に乗せて逃げたが、助けられなかった人もいたと、ご夫妻に当時撮影した写真を見せ説明した。皇太子さまは「大変でしたね」、雅子さまは「助けられなかった人を思うと、心が痛むでしょう」と気遣った。
 母親の光子さん(62)が雅子さまに「体調が優れないのに来ていただいて」と語り掛けると、雅子さまは「ありがとうございます」と応じた。
2011/05/07 19:48 【共同通信】
http://www.asahi.com/national/update/0507/TKY201105070356.html
皇太子ご夫妻、避難所訪問 滞在時間延長し言葉交わす
2011年5月7日20時33分
 皇太子ご夫妻は7日、東日本大震災で約200人が避難している埼玉県三郷(みさと)市の瑞沼(みずぬま)市民センターを訪れた。ご夫妻の避難所慰問は、4月6日の東京都調布市の施設に続いて2回目。当初1時間半の予定だった訪問時間を約1時間20分延ばし、一人ひとりの目を見ながら言葉を交わした。
 同施設に身を寄せている人は、地震や津波に加え、原発事故の影響で自宅に戻れなくなった福島県広野町の住民が大半を占める。
 同町の渡辺孝一さん(61)が「早く家に帰りたい。放射線量が下がることを願って、毎日、新聞やテレビばかり見ています」と話すと、皇太子さまは「原発が本当にね」「大変ですね」と大きくうなずいた。
 同町の建設業、坂本一光さん(37)は地震発生当時、同県富岡町で道路工事をしていたという。町が津波にのまれる様子をおさめたデジタルカメラの画像をご夫妻に見せて説明した。「津波に気づき、家々に残っていた近所のお年寄りに声をかけて回りましたが、数人しか助けられませんでした」と話すと、雅子さまは「助けられなかった人たちのことを思うと心がいたむでしょう」といたわった。坂本さんは「話してよかった。生きる力をもらいました」と涙ぐんだ。
 ご夫妻は、子どもたちと話す時も同じ目の高さにかがみ、「学校には慣れましたか」などと声をかけた。
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20110508k0000m040063000c.html
皇太子ご夫妻:埼玉県三郷市の避難所を慰問
 皇太子ご夫妻は7日、東日本大震災の避難所になっている埼玉県三郷市の瑞沼(みずぬま)市民センターを慰問した。ご夫妻が避難所を見舞うのは、4月6日の味の素スタジアム(東京都調布市)以来2回目。
 センターでは、福島第1原発事故で避難している福島県広野町などの被災者ら約200人が生活している。地震の際、福島第2原発近くで道路工事をしていたという坂本一光さん(37)は、津波の第1波が押し寄せる模様を撮影した写真をご夫妻に見せた。その時、坂本さんには、お年寄りら約20人の姿が近くに見えたが、車に乗せて一緒に逃げることができたのは5人ほどだったという。雅子さまは「心に傷が残るようで大変ですね」といたわった。
 皇太子さまは製造業、坂本邦弥さん(31)に「一時的にご自宅に帰れる機会はあったのですか」と気遣った。【真鍋光之】
毎日新聞 2011年5月7日 20時10分(最終更新 5月7日 20時28分)
http://mainichi.jp/area/saitama/news/20110508ddlk11040172000c.html
東日本大震災:皇太子ご夫妻慰問 三郷の避難者ら「励みになった」 /埼玉
 皇太子ご夫妻は7日、福島第1原発事故で福島県広野町から約200人が避難している三郷市瑞沼市民センターを訪れた。長引く避難生活に疲れ切っている町民は「先が見えず不安だが、大きな励みになりました」と、ご夫妻の慰問を喜んだ。
 皇太子さまと雅子さまは、予定を1時間20分以上超え、3時間近く1人ずつ声を掛けた。雅子さまから学校の様子を聞かれた、三郷市立瑞木小4年、鈴木拡樹君(9)は「(避難所から)学校が近く、楽しい。少年野球チームに入り、二塁手をしています」と答えた。雅子さまは「私も高校時代にソフトボールをやっていました」と応じたという。
 皇太子さまから声を掛けられた会社役員、坂本光子さん(62)は「両殿下にお目にかかり、もう一度前向きに生きる元気が出ました」と答えた。【飯嶋英好】
毎日新聞 2011年5月8日 地方版
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/05/08/kiji/K20110508000778860.html
皇太子ご夫妻「お元気で」避難の福島住民ら激励
 皇太子ご夫妻は7日、埼玉県三郷市の瑞沼市民センターを訪れ、福島第1原発事故で避難している福島県広野町の住民ら約200人を「体の方は大丈夫ですか」「お元気で」と励まされた。
 避難所のお見舞いは、4月の味の素スタジアム(東京)以来2回目。元は小学校だった同センターの体育館でご夫妻は膝をついて一人一人に声を掛け、滞在は予定を約1時間20分オーバーした。
 広野町の建設業坂本一光さん(37)は福島県富岡町で仕事中に津波に遭遇。近くの家にいたお年寄りを車に乗せて逃げたが、助けられなかった人もいたと、ご夫妻に当時撮影した写真を見せ説明した。皇太子さまは「大変でしたね」、雅子さまは「助けられなかった人を思うと、心が痛むでしょう」と気遣った。
[ 2011年5月8日 06:00 ]


2011/5/14 六大行啓「みどりの愛護のつどい」で徳仁が富山県訪問、被災者15名と対面し「愛子もリレーの選手なんですよ」発言編集

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110515ddm012040120000c.html
東日本大震災:皇太子さまが見舞い
 富山市で開催された第22回[[%c8%ac%c2%e7%b9%d4%b7%bc">全国「みどりの愛護」のつどい]に出席した皇太子さまは14日、式典に招かれた東日本大震災の被災者15人に会い、見舞いの言葉をかけた。
 地震発生時、防災指導員として東京電力福島第1原発4号機内にいたという古山嘉三(よしぞう)さん(68)。一緒に富山市に避難した孫娘の暖乃(はるの)ちゃん(6)が小学校のリレー選手に選ばれたことを話すと、皇太子さまは「愛子もリレーの選手なんですよ。練習大変だろうけど、頑張ってね」と励ました。
日新聞 2011年5月15日 東京朝刊


2011/5月下旬 東北地方避難所訪問を検討中とのことだが、5/12東宮大夫定例会見時点でも行き先すら決まらず → 6/4宮城県日帰り訪問予定だとやっとこさ発表、実施編集

皇室ジャーナリストの山下晋司氏によると、東宮夫妻の慰問がいまだ一カ所なのは「避難所ではなく被災地を夫婦で訪問することを強く希望してる」ためとのこと。
週刊女性2011/5/10・17合併号がソース。現在発売中の号のため引用は後日。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110423/imp11042307010001-n2.htm
2011.4.23 07:00 (2/4ページ)
 皇太子ご夫妻は先週から今週にかけて、東日本大震災に関連し、[[%c5%ec%c6%fc%cb%dc%c2%e7%bf%cc%ba%d2#content_1_3">説明]や[[%a4%b4%bf%ca%b9%d6">進講]を受けられた。ご夫妻は15日、防衛事務次官と自衛隊の統合幕僚長から、震災における自衛隊の活動について説明を受けられた。21日にも、中央防災会議の専門委員で、地震や津波の専門家である阿部勝征・東大名誉教授による進講をご夫妻で受けられた。
 宮内庁の野村一成東宮大夫は21日の定例記者会見で、今後のご夫妻の被災地などのご訪問について「両陛下の被災地へのお見舞いが連休前後に検討されていることを踏まえつつ検討する」と話した。具体的な日程は「まだお話しできる段階にない」と明言を避けた。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110514/imp11051407000001-n3.htm
【皇室ウイークリー】(179)両陛下、福島の野菜でご昼食 被災者に雅子さま「私もソフトボールを…」2011.5.14 07:00 (3/5ページ)
 宮内庁の野村一成東宮大夫は12日の定例会見で、被災地入りを希望されているという皇太子ご夫妻の今後の予定について、「これまでの説明に付け加えることはございません」と、具体的な計画が固まっていないことを明らかにした。「受け入れ先になる現地の事情を十分に踏まえ、慎重に調整している」としている。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110520/t10013005991000.html
皇太子ご夫妻 宮城県を訪問へ
5月20日 11時49分
皇太子ご夫妻は、東日本大震災の被災者を励ますため、来月初めにも甚大な被害を受けた宮城県を訪問される見通しとなりました。東日本大震災を巡っては、天皇皇后両陛下が、先週まで7週連続で東北3県の被災地などを訪問され、今月下旬には、秋篠宮ご夫妻が岩手県を、三笠宮寛仁さまが宮城県を、それぞれ泊まりがけで訪問されるほか、常陸宮ご夫妻と高円宮妃の久子さまも避難所や被災地を訪問される見通しです。
皇太子ご夫妻は、震災の被害の大きさに深く心を痛め、先月と今月の2度にわたって東京と埼玉の避難所を訪れ、被災地から避難してきた人たちを励まされました。ご夫妻は、一日も早い被災地への訪問を望まれていて、宮内庁が県などと調整を進めた結果、来月初めにも甚大な被害を受けた宮城県を訪問される見通しとなりました。雅子さまの訪問は、最終的には体調を見ながらの判断になりますが、関係者によりますと、訪問は日帰りで来月4日を軸にして調整が進められているということです。皇太子ご夫妻が、震災から間もない被災地を訪問されるのは、平成7年の阪神淡路大震災以来のことです。東日本大震災を巡っては、天皇皇后両陛下が、先週まで7週連続で東北3県の被災地などを訪問され、今月下旬には、秋篠宮ご夫妻が岩手県を、三笠宮寛仁さまが宮城県を、それぞれ泊まりがけで訪問されるほか、常陸宮ご夫妻と高円宮妃の久子さまも避難所や被災地を訪問される見通しです。
http://www.asahi.com/national/update/0520/TKY201105200256.html
皇太子ご夫妻、宮城県訪問へ 6月初旬で調整
2011年5月20日13時20分
 宮内庁東宮職は20日、皇太子ご夫妻が6月初旬に、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県を訪れ、被災者らを慰問する方向で調整中と発表した。ご夫妻は震災後、東京と埼玉の避難所を訪問したが、東北の被災地を訪れるのは初めて。4日を軸に日程を調整しているとみられる。
 宮内庁によると、雅子さまは病気療養のため、当日の体調次第で皇太子さま1人での訪問となる可能性もあるという。
ttp://www.ji ji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011052000392
皇太子ご夫妻、宮城へ=来月初旬、初の被災地訪問
 皇太子ご夫妻が6月初旬に、東日本大震災で被災した宮城県を訪問されることが分かった。宮内庁の野村一成・東宮大夫が20日の定例記者会見で明らかにした。皇太子ご夫妻が今回の震災で被災地を訪問するのは初めて。
 皇太子ご夫妻は4月6日、地震や福島第1原発事故で避難してきた人々が暮らす東京都調布市の味の素スタジアムを訪問。今月7日には、避難所になっている埼玉県三郷市の市立瑞沼市民センターを訪れていた。(2011/05/20-12:57)
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20110521k0000m040082000c.html
東日本大震災:皇太子ご夫妻、6月に仙台慰問へ
 宮内庁の野村一成・東宮大夫は20日、皇太子ご夫妻が6月初旬に東日本大震災の被災地の宮城県を見舞う予定であることを明らかにした。ご夫妻の東北3県慰問は初めて。
 野村東宮大夫や関係者によると、6月4日を予定しており、仙台空港を利用して、同市内の避難所を日帰りで訪問するという。ご夫妻はこれまで東京都内と埼玉県内の避難所を見舞っている。また、宮内庁は20日、秋篠宮ご夫妻が25、26の両日に慰問のために岩手県へ、寛仁親王殿下が23、24の両日に宮城県を訪れることも発表した。
毎日新聞 2011年5月20日 20時47分
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00199801.html
東日本大震災 皇太子ご夫妻、宮城県をご訪問へ 6月初旬で調整
皇太子ご夫妻が、6月初旬に宮城県を訪問される予定。
ご夫妻は、1日も早い被災地への訪問を希望されていて、宮内庁によると、6月初旬に宮城県を訪問する方向で、現在県と調整しているという。
雅子さまの訪問は、最終的には、体調を見ながら判断するという。
(05/20 19:01)
http://www.news24.jp/articles/2011/05/20/07183045.html
皇太子ご夫妻、来月初旬に宮城県を訪問へ
< 2011年5月20日 14:26 >
 宮内庁は20日、皇太子ご夫妻が、東日本大震災の被災者を見舞うため、来月初旬に宮城県を訪問される見通しとなったと発表した。皇太子ご夫妻はこれまで東京都と埼玉県の避難所を訪問しているが、被災地に入られるのは初めてとなる。
 宮内庁は今後、移動手段や具体的な日程などを県と調整することにしている。
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4729818.html(魚拓)
皇太子ご夫妻、来月 宮城訪問へ
 皇太子ご夫妻は、東日本大震災の被災者をお見舞いするため、来月、宮城県を訪問することになりました。
 皇太子ご夫妻は震災後、東京と埼玉の2つの避難所を訪問していますが、宮内庁によりますと、来月初旬には宮城県の避難所を訪問される予定で調整を進めているということです。
 宮城県には天皇皇后両陛下に続いての訪問となりますが、病気療養中の雅子さまの地方訪問は、去年1月に「阪神・淡路大震災」の15周年追悼式典に出席するため、兵庫県を訪問されて以来となります。(20日16:03)
ttp://www.ji ji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011060200637

皇太子ご夫妻、4日に宮城へ=初の被災地訪問-東日本大震災
 宮内庁は2日、皇太子ご夫妻が4日に東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県を訪問されると発表した。皇太子ご夫妻が今回の震災で被災地を訪れるのは初めて。
 同庁によると、ご夫妻は同日午後、羽田空港発の自衛隊機で宮城県入りし、同県岩沼市の被災状況を視察。同県山元町の避難所で生活する被災者らを見舞う。(2011/06/02-16:19)

http://www.nhk.or.jp/sendai/lnews/6003280651.html

皇太子ご夫妻 4日に県内へ
皇太子ご夫妻は、東日本大震災の被災者を励ますため、4日、甚大な被害を受けた宮城県を訪問されることが正式に決まりました。
皇太子ご夫妻は、これまで2度にわたって東京と埼玉の避難所を訪れ、被災地から避難してきた人たちを励ます一方、一日も早い被災地への訪問を望まれていました。宮内庁が県などと調整を進めた結果、4日、甚大な被害を受けた宮城県を日帰りで訪問されることが正式に決まりました。
宮内庁によりますと、ご夫妻は、昼すぎに羽田空港を自衛隊機で出発し、仙台空港に到着したあと、村井知事から県内の被害の状況について説明を受けられます。
そして車に乗り換えて岩沼市の沿岸部を訪れ、津波による被災状況を視察されます。
続いて650人を超える人たちが亡くなった、山元町の避難所にも足を運んで被災した人たちを励まし、夜には東京に戻られる予定です。
皇太子ご夫妻が、震災からまもない被災地を訪問されるのは、平成7年の阪神・淡路大震災以来のことです。
06月02日 19時01分

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110602/imp11060222070001-n1.htm

皇太子ご夫妻が4日に宮城へ
2011.6.2 22:06
 宮内庁は2日、皇太子ご夫妻が4日に宮城県を訪問されると発表した。ご夫妻が東日本大震災の被災地に入られるのは初めて。自衛隊機で仙台空港に入り、岩沼市で被災状況を視察し、山元町で被災者を見舞われる。

ttp://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210604023.html
【震災】皇太子ご夫妻が宮城へ 被災者をお見舞い(06/04 13:57)
 皇太子ご夫妻が東日本大震災の被災者を見舞うため、宮城県に向けて出発されました。皇太子ご夫妻の被災地訪問は初めてです。
 皇太子ご夫妻は午後0時半過ぎ、羽田空港から自衛隊機に乗り、およそ1時間後の午後1時半過ぎ、仙台空港に到着されました。ご夫妻はその後、車に乗り換え、津波の被害を受けた岩沼市を訪れるほか、山元町では小学校などに避難している被災者を見舞われる予定です。皇太子ご夫妻は、これまで2度にわたって東京都や埼玉県内の避難所を訪問されていますが、東北地方に直接入って被災者を励まされるのは初めてです。
http://www.47news.jp/CN/201106/CN2011060401000520.html
皇太子ご夫妻が宮城県入り 初の被災地で黙礼
 皇太子ご夫妻は4日、東日本大震災のお見舞いで宮城県を訪れ、津波で大きな被害を受けた岩沼市の住宅地で黙礼された。ご夫妻の被災地訪問は初めて。
 東京・羽田から自衛隊機で仙台空港に到着したご夫妻は、マイクロバスで空港から近い岩沼市下野郷の住宅地へ。井口経明市長から約80戸のほとんどが全壊し、住民42人が亡くなったと説明を受けると、ご夫妻は並んで海に向かって頭を下げた。
 井口市長によると、皇太子さまは「お体を大切に、市民のために頑張ってください」と励まし、雅子さまは「寒い時期から今の時期まで大変でしたね」と気遣った。

2011/06/04 16:32 【共同通信】

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00200810.html

東日本大震災 皇太子ご夫妻、被災地の宮城県を訪問し被災者を励まされる
皇太子ご夫妻は4日、東日本大震災の被災地の宮城県を訪問し、被災者を励まされた。今回の大震災で、ご夫妻が被災地を訪問されるのは初めてのこと。
ご夫妻は4日午後1時半ごろ、自衛隊の飛行機で宮城県の仙台空港に入り、津波で大きな被害を受けた空港近くの岩沼市の被災現場に訪れた。
岩沼市の井口市長が、ご夫妻に「42人が亡くなった集落です」と説明すると、皇太子さまは「大変な状況でしたね」と話し、雅子さまは「寒い時期から今まで大変でしたね」と述べ、お2人そろって被災現場に向かって黙礼された。
このあと、ご夫妻は山元町の小学校と中学校の避難所で、被災者を励まされた。
皇太子さまは「いろいろ大変でしょう」と声をかけ、病気療養中の雅子さまも、「避難所での生活も何カ月にもなりましたね。お体いかがですか?」と体調を気遣われた。
被災者は「雅子さまの方から手を出して、握手してくれて、すごくうれしかった」と話した。
ご夫妻は、これまでに東京と埼玉の避難所を見舞っているが、今回の大震災で被災地を訪問されるのは初めてのこと。
(06/04 18:14 仙台放送)

ttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20110604/k10013319001000.html

皇太子ご夫妻 宮城県を訪問
6月4日 19時8分
皇太子ご夫妻は、4日、東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県を訪れ、沿岸部の被災状況を視察したほか、避難生活を送る人たちを励まされました。
皇太子ご夫妻は午後1時半すぎに自衛隊機で宮城県の仙台空港に到着し、村井知事らの出迎えを受けられました。ご夫妻が震災から間もない被災地を訪れるのは、平成7年の阪神淡路大震災以来のことで、はじめに空港近くの岩沼市の下野郷地区を訪問されました。この地区では、海沿いにあった住宅の多くが津波で流され、今もがれきの山が残っていて、ご夫妻は被害の状況について説明を受けたあと、住宅地の跡に向かって深く頭を下げ犠牲になった人たちを悼まれました。続いて、ご夫妻は、津波で650人を超える人たちが亡くなるなど大きな被害を受けた山元町の避難所になっている小学校と中学校に足を運ばれました。このうち、60人余りが避難生活を送る小学校の体育館では、床にひざをついて一人一人に声をかけて回られました。皇太子さまは、津波で家を失ったお年寄りの女性が「やっとのことで助かりました」と話すと、「逃げるのも大変だったでしょうね。どうぞお大事にしてください」とことばをかけ励まされていました。また、雅子さまは、津波について「つらくてもう思い出したくない」と泣きながら訴える女性の手を両手で何度も握りしめ、「本当につらかったですね。大変ですが頑張ってください」と声をかけ励まされていました。雅子さまは、このあと訪れた中学校でも、母親をなくしたという女性に「残念なことでしたね。天国から見守っていらっしゃると思います」と話しかけ、慰められていました。ご夫妻は4日夜、東京に戻られます。

ttp://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4742670.html

皇太子ご夫妻、被災地の宮城県を訪問
 皇太子ご夫妻が初めて被災地の宮城県を訪問されました。
 皇太子ご夫妻は4日午後、自衛隊機で仙台空港に到着されました。皇太子ご夫妻はこれまで、東京などの避難所をお見舞いされましたが、被災地を訪問されるのは今回が初めてで、津波の被害を受けた岩沼市に入り、42人の犠牲者が出た地域を視察して、黙礼を捧げられました。
 雅子さまは、涙を流す被災者の肩に手を添えたり、手を握りながら、「つらかったでしょう。今まで我慢されていたのでしょう」「力を合わせてお大事になさって下さい」などと励ましの言葉を掛けられました。(04日19:31)
↓末尾一文更新追加
 病気療養中の雅子さまは、ほとんどの公務に出席できない状態が続いていますが、宮内庁によりますと、震災後、皇太子ご夫妻は、出来るだけ早く被災地を訪問することを希望されていたということです。(04日23:13)

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110604/imp11060421200003-n1.htm
皇太子ご夫妻が初の被災地入り 「寒い時期から今まで大変でしたね」
2011.6.4 21:18
 皇太子ご夫妻は4日、東日本大震災の被災者を見舞うため、自衛隊機を使って宮城県を日帰りで訪問された。ご夫妻はこれまでに東京、埼玉の避難所2カ所を見舞っていたが、被災地に入られたのは初めて。
 ご夫妻はまず、津波で148人が犠牲になった岩沼市で、特に被害が甚大だった相野釜地区をご視察。ご夫妻そろって、がれきに向かい黙礼された。井口経明市長によると、皇太子妃雅子さまは「寒い時期から今まで大変でしたね」と気遣われたという。
 続いてご夫妻は車で山元町に移動し、避難所の学校施設2カ所を訪問し、被災者を見舞われた。
 ご夫妻は、床にひざをついて一人一人に声をかけられた。皇太子さまは、震災の影響で土木関係の仕事を失った男性に「お仕事が見つかるといいですね」、仮設住宅への入居を希望している男性に「早く入れるといいですね」と励まされた。
 雅子さまは、津波で亡くした親族の写真を掲げていた夫婦に「残念でしたね。天国から見守ってらっしゃると思います」と述べられた。また、津波の話をしている最中に涙ぐんだ鈴木弘子さん(67)の手を約1分にわたって握り続け、「おつらかったですね」「大変でしたね」などと声をかけられた。ほかの被災者の話に目を真っ赤にしたり、ハンカチで目を押さえたりされる場面もあった。
 山元町の斎藤俊夫町長は「避難所の皆さんは温かい励ましに感激し、これをバネに頑張ると言っていた。大きな力をいただいた」と話した。
ttp://www.kahoku.co.jp/news/2011/06/20110605t13005.htm
「大変でしたね、元気を出して」 皇太子ご夫妻、宮城訪問
 皇太子ご夫妻は4日、東日本大震災のお見舞いのため宮城県入りし、宮城県山元町の避難所などを訪問された。ご夫妻が被災地に入るのは初めて。
 ご夫妻は、自衛隊機で仙台空港に到着。約60人が身を寄せる山元町の山下小体育館では、津波で自宅を流された松本テイさん(83)が「近くの工事現場の人たちに助けられました」と話すと、皇太子さまは「逃げるのも大変だったでしょう」と気遣った。
 雅子さまは、無職鈴木弘子さん(67)が津波の様子を涙ながらに説明するのを聞き、「大変でしたね。元気を出してください」と固い握手で励ました。ご夫妻は、隣接する山下中の避難所も見舞った。
 案内した斎藤俊夫町長は「90人が屋上で助かった中浜小や鉄道の被害状況などをご説明した。心温まる言葉をいただき、感激した」と語った。
 ご夫妻は、井口経明岩沼市長、佐々木一十郎名取市長の案内で、42人が犠牲になった岩沼市の下野郷地区も視察した。がれきが残る被災地に向かって黙礼。「お体を大切に、市民のために頑張ってください」などと井口市長らを激励したという。
 同行した村井嘉浩知事は「被災者一人一人に、時には手を取りながら温かい言葉を掛けていただいた。感謝したい」と話した。
2011年06月05日日曜日
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/06/05/kiji/K20110605000960340.html
皇太子ご夫妻が宮城県へ 被災地初訪問
 皇太子ご夫妻は4日、日帰りで宮城県を訪問された。被災地訪問は初めて。羽田から自衛隊機で仙台空港に到着し、マイクロバスで岩沼市下野郷の住宅地へ。
 津波で大被害を受け、約80戸のほとんどが全壊し、住民42人が亡くなったと説明を受けると海に向かって黙礼。その後、山元町に移動し、約60人が身を寄せる山下小学校の体育館で膝をつきながら被災者の話に耳を傾けた。鈴木弘子さん(67)が「着の身着のままで逃げてきました」と涙ぐむと、雅子さまは鈴木さんの手に自分の両手を重ね「おつらかったですね。大変でしたね」といたわった。ご夫妻は訪問に併せ、宮城県に見舞金を渡した。
[ 2011年6月5日 06:00 ]


被災地訪問した皇太子夫妻の日程に地元民から不満の声出る(週刊ポスト2011年6月24日号)編集

http://www.news-postseven.com/archives/20110615_23095.html
被災地訪問した皇太子夫妻の日程に地元民から不満の声出る
2011.06.15 07:00
 皇太子殿下と雅子妃が6月4日に被災地を訪問したが、この日程について、地元の一部住民からは不満が上がっていた。実はこの日は山下小学校の運動会の日。例年なら子供たちは父母と一緒にお昼御飯を食べ、午後の競技も楽しめるはずだった。
 ところが――「皇太子さまと雅子さまがいらっしゃるからということで、午前中だけでアッという間に終わっちゃった」(小5男子)「教室に帰るともう警察の人が廊下に立っていた。先生に“皇太子さまと雅子さまをお出迎えしたい”といったけど、“早く帰りなさい”っていわれた」(小6女子)
 と、子供たちも残念がっていた。午後になって学校に忘れ物を取りにいき、警備の人間にストップをかけられた児童もいたという。
 そもそも被災地訪問がこの土曜日になったのはなぜなのか。東宮大夫は記者会見で「地元からの提案に沿って対応した」と説明したが、ある宮内庁関係者はこう証言する。
「過去2回、東京と埼玉県の避難所をご訪問されたときも、愛子さまがお休みの日だった。いまも愛子さまに付き添って登校する日が続いている雅子さまを慮ってのことです」
 実際、訪問先となった地元関係者はこんな事情を明かした。
「宮城県から地元の方に皇太子ご夫妻のご訪問受け入れの打診があったのは1か月ほど前で、宮内庁からは6月4日にお願いしたいと依頼されたという話だった。ちょうど小学校の運動会の日だったので、正直、調整が大変だった」
 山下小学校の教頭は「元々こういう震災下でのことだったので午前中で終了することになっていました。プログラムを変更したということはありません」というが、子供や保護者たちにはきちんと伝わっていなかったようだ。
※週刊ポスト2011年6月24日号

2011/7/26 福島県郡山市訪問、移動は当初自衛隊機利用とされていたが後になって新幹線利用と発表。二本松市訪問予定も取り止め編集

http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20110628k0000e040076000c.html(魚拓)
皇太子ご夫妻:7月下旬、福島慰問へ
 皇太子ご夫妻が7月下旬に東日本大震災の被災地、福島県を訪問することがわかった。県などによると、26日を軸に宮内庁と調整している。8月上旬には岩手県を訪れることも検討している。ご夫妻が東北の被災地を見舞うのは6月4日の宮城県以来。
 県関係者によると、ご夫妻の訪問は自衛隊機を使って日帰りとなる見込みで、今のところ二本松市、郡山市の避難所などを慰問する予定。皇太子さまは17日にあったドイツ訪問前の会見で被災地に触れ「これからも長く心を寄せ、復興への道のりを見守り続けたい」と述べている。【真鍋光之】
毎日新聞 2011年6月28日 15時00分(最終更新 6月28日 15時19分)
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00202351.html
皇太子ご夫妻、7月に福島県内の避難所をご訪問へ 震災後の福島ご訪問は初
皇太子ご夫妻が7月、福島県内の避難所を訪問される予定があることがわかった。
7月26日で調整中ということで、震災後の福島ご訪問は初めてとなる。
(06/28 19:50)
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20110713k0000m040147000c.html
皇太子ご夫妻:初の仮設慰問へ 26日福島で
 皇太子ご夫妻が26日に東日本大震災の被災地の福島県を訪れ、仮設住宅を見舞うことが決まった。これまでご夫妻は東京都、埼玉県、宮城県の避難所を訪れ、津波被害に遭った地域も視察しているが、仮設住宅を訪問するのは初めて。
 福島県関係者らによると、ご夫妻は新幹線で同県に入る。郡山市の高校や避難所を訪れた後、仮設住宅で被災者らと懇談し、同日中に新幹線で帰京する予定。【真鍋光之】
毎日新聞 2011年7月13日 2時33分
ttp://www.ji ji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011072000596

皇太子ご夫妻、26日福島へ
 宮内庁は20日、皇太子ご夫妻が東日本大震災の被災者を見舞うため、26日に福島県を日帰りで訪問されると発表した。ご夫妻が震災で甚大な被害を受けた東北3県を訪れるのは、6月の宮城に続き2県目となる。
 同庁によると、ご夫妻は26日午前にお住まいの東宮御所を出発。新幹線で午後に福島県入りし、同県郡山市の避難所と仮設住宅などを訪れ被災者を見舞う。(2011/07/20-17:38)

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110720/imp11072017060001-n1.htm
皇太子ご夫妻、26日に福島県をお見舞い
2011.7.20 17:04
 宮内庁は20日、皇太子ご夫妻が東日本大震災の被災者を見舞うため、26日に福島県を日帰りで訪問されると発表した。皇太子ご夫妻は郡山市の避難所と仮設住宅を訪問される予定。
 ご夫妻で被災地を見舞われるのは6月の宮城県に続き2県目。
ttp://www.ji ji.com/jc/zc?key=%b9%c4%c2%c0%bb%d2&k=201107/2011072000596

皇太子ご夫妻、26日福島へ
 宮内庁は20日、皇太子ご夫妻が東日本大震災の被災者を見舞うため、26日に福島県を日帰りで訪問されると発表した。ご夫妻が震災で甚大な被害を受けた東北3県を訪れるのは、6月の宮城に続き2県目となる。
 同庁によると、ご夫妻は26日午前にお住まいの東宮御所を出発。新幹線で午後に福島県入りし、同県郡山市の避難所と仮設住宅などを訪れ被災者を見舞う。(2011/07/20-17:38)

ttp://www.minpo.jp/view.php?pageId=4107&mode=0&classId=&blockId=9868509&newsMode=article
皇太子ご夫妻26日郡山市に 避難者を激励
 福島県は26日に皇太子ご夫妻が東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の被災者を見舞うため郡山市を訪問されると20日、発表した。
 ご夫妻はJR東北新幹線で同市に入り、避難所と応急仮設住宅で浜通り地方からの避難者を励まされる。今回の震災でお2人は、東京都と埼玉県の避難所も訪れ本県からの避難者を激励した。
 お2人そろって本県を訪問されるのは、平成12年9月に猪苗代町で開かれた全国育樹祭以来、7回目となる。
(2011/07/21 09:20)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110726/k10014469301000.html
皇太子ご夫妻 福島県を訪問
7月26日 19時2分
皇太子ご夫妻は、26日、東日本大震災で甚大な被害を受け、原発事故の影響が今も続く福島県を訪れ、避難所や仮設住宅で生活する人たちを励まされました。
皇太子ご夫妻は、午後1時半すぎに、新幹線で福島県のJR郡山駅に到着し、佐藤知事らの出迎えを受けられました。ご夫妻が東日本大震災の被災地を訪問されるのは、先月4日の宮城県に続いて2回目です。ご夫妻は、知事から県内の被害の状況について説明を受けたあと、原発事故の影響で全域が警戒区域に指定された富岡町をはじめ、周辺の川内村などから合わせておよそ250人が避難している郡山市内の施設を訪問されました。そして、4か月以上も避難生活を余儀なくされている人たち一人一人に話しかけ、皇太子さまは娘を津波で亡くしたと涙を流しながら話す女性を「残念でしたね」と気遣ったうえ、「お体を大切にしてください」と励ましのことばをかけられていました。また雅子さまも、妻と避難生活を送っている富岡町の83歳の男性に「ふるさとに帰れるといいですね。大変だと思いますがお元気でいてください」と優しく語りかけられていました。ご夫妻は、このあと隣接する敷地に建設された300戸余りの仮設住宅にも足を運び、住民らに暮らしぶりを尋ねたり、励ましのことばをかけられたりしていました。
http://www.news24.jp/articles/2011/07/26/07187320.html#
皇太子ご夫妻が福島訪問、被災者をお見舞い
< 2011年7月26日 20:39 >
 皇太子ご夫妻は26日午後、東日本大震災の被災者を見舞うため、福島県を訪問された。
 郡山市内の避難所を訪れた皇太子ご夫妻は、福島第一原子力発電所の事故の影響で避難生活を送る被災者に「お体をお大事に」「早くふるさとに帰れるといいですね」などと声をかけて回られた。また、仮設住宅も訪れ、お見舞いの言葉をかけられた。
 皇太子ご夫妻が東北地方の被災地を訪問するのは先月4日の宮城県以来で、福島県の訪問は震災後初めて。
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4786170.html
最終更新:2011年7月26日(火) 18時34分
皇太子ご夫妻、郡山市の被災者を見舞う
 東北の被災地に、2度目のお見舞い訪問です。皇太子ご夫妻が福島県郡山市を訪れ、仮設住宅で生活する被災者たちを励まされました。
 ここでは、原発事故で富岡町などから避難した被災者が先月から300余りの仮設住宅で生活していて雅子さまは一人ひとりと握手をしたり、「いつから入っていらっしゃいますか? お体を大切にしてください」などと、いたわりの言葉をかけられました。(26日17:45)
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00204126.html
皇太子ご夫妻、福島・郡山市の仮設住宅を訪問し被災者に直接声をかけられる
皇太子ご夫妻が26日午後、福島・郡山市の仮設住宅を訪問し、被災者に直接声をかけられた。宮城県に続く、2度目のご訪問となる。雅子さまは、目に涙を浮かべられる場面もあったという。
26日、皇太子ご夫妻が訪問されたのは、今なお緊迫した状態が続く、福島第1原発からおよそ60kmの福島・郡山市。
ご夫妻は午後3時ごろ、避難所の「ビッグパレットふくしま」に到着された。
適応障害で長期療養中の雅子さまは、ベージュのジャケットに黒のパンツスーツ姿だった。
6月の宮城に続く、2度目の被災地訪問となった。
雅子さまは6月、宮城・山元町を訪問された際には、被災者の手を取り、親身になって話を聞かれていた。
今回も被災者に手を添え、熱心に話を聞かれていた。
ご夫妻は、1人ひとり、時間を取って話を聞いて回られ、中には、涙を流す被災者もいた。
被災者は「雅子さまの目も、涙目になってました。『苦労なされてるんですね』って言われました。まさかね、雅子さまが、そんなに思ってくれるなんてね...」と涙ぐんでいた。
被災者に寄り添い、目に涙をためていたという雅子さま。
その思いは、6月の皇太子さまの会見でも語られた。
6月17日、皇太子さまは「雅子は、今回の震災で困難な状況に置かれていらっしゃる方々に、思いを寄せていきたいという気持ちが強く」と話されていた。
被災者へ強い思いを抱かれているという雅子さま。
しかし、体調不良で、6月のドイツ訪問には同行されず、皇太子さまは、お1人で大統領主催の晩さん会に出席し、日本への支援のお礼を述べられた。
皇太子さまは「(東日本大震災に対する)ドイツ政府、民間からのさまざまな支援に対し、この場をお借りして、感謝の意を申し上げたいと思います」と述べられた。
しかし26日は、ご夫妻そろっての被災地訪問が実現した。
午後4時すぎには、郡山市内の仮設住宅を訪れ、ここでも、被災者の話を熱心に聞かれていた。
皇太子ご夫妻と話した被災者は「もう本当、目の前でびっくりした。話しやすかったね、本当に。親しみやすいというか」と話した。
皇太子ご夫妻は、26日夜に東京へ戻られる。
(07/26 18:48)
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210726045.html
【震災】涙目の雅子さま…ご夫妻で福島訪問(07/26 17:45)
 皇太子ご夫妻が東日本大震災の被災者を見舞うため、初めて福島県郡山市を訪問されました。
 皇太子さまと雅子さまは、郡山市内の避難所「ビッグパレットふくしま」を訪問されました。ここでは、震災から4カ月あまりたった今もおよそ250人が避難生活を続けています。お2人は、津波で家族を亡くした被災者らに「ご苦労があったんですね」「お体に気をつけて」などと声をかけられていました。
 被災者:「雅子さまはもう涙目でした」「まさかね、雅子さまがそんなに思ってくれるなんてね…」
 ビッグパレットふくしまのすぐ隣には先月から入居が始まった仮設住宅があり、ご夫妻はここでも避難している人たちに声をかけて回られました。皇太子ご夫妻がそろって東北地方の被災地に入られるのは、先月4日に宮城県を訪問されて以来、2度目です。


2011/8/5 岩手県大船渡市訪問、またも自衛隊機利用と予告→自衛隊ヘリ利用、中学生に向かって徳仁「これからどうやって生活をしていきますか」編集

http://mainichi.jp/select/today/news/20110728k0000m040159000c.html
皇太子ご夫妻:8月5日に大船渡を慰問
2011年7月28日 2時30分
 皇太子ご夫妻が来月5日に東日本大震災の被災地、岩手県大船渡市を日帰りで慰問することが固まった。ご夫妻はこれまで東京、埼玉をはじめ宮城、福島各県の避難所や仮設住宅などを訪問。岩手県を見舞うことで甚大な被害を受けた東北3県を訪れることになる。
ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110802/imp11080215300002-n1.htm

皇太子ご夫妻、5日に岩手県をお見舞い
2011.8.2 15:29
 宮内庁は2日、皇太子ご夫妻が東日本大震災の被災者を見舞うため、5日に岩手県を日帰りで訪問されると発表した。皇太子ご夫妻は大船渡市で被災状況を視察後、同市内の仮設住宅を訪問される予定。
 皇太子ご夫妻は6月4日に宮城県、7月26日に福島県を見舞われている。

ttp://www.ji ji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011080200591

皇太子ご夫妻、5日岩手へ
 宮内庁は2日、皇太子ご夫妻が東日本大震災の被災者を見舞うため、岩手県を日帰りで訪問されると発表した。ご夫妻での東北の被災地訪問は6月の宮城、7月の福島に続き3県目。(2011/08/02-15:51)

http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20110803k0000m040049000c.html

皇太子ご夫妻:5日に岩手訪問 被災地入りは3県目
 宮内庁は2日、皇太子ご夫妻が東日本大震災の被災地を見舞うため、5日に日帰りで岩手県を訪問すると発表した。ご夫妻の被災地入りは、宮城、福島両県に続いて3県目。
 同庁によると、ご夫妻は自衛隊機で岩手県入り。大船渡市で関係者から被災状況の説明を受け、仮設住宅で暮らす被災者を激励する。
毎日新聞 2011年8月2日 19時37分

http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210802051.html(魚拓)
【震災】皇太子ご夫妻 日帰りで岩手県を訪問へ(08/02 19:13)
 皇太子ご夫妻は、東日本大震災の被災者を見舞うため、5日に日帰りで岩手県を訪問される予定です。
 皇太子ご夫妻が岩手県の被災地を訪問されるのは初めてです。宮内庁によりますと、皇太子ご夫妻は5日午前に自衛隊機で羽田空港を出発し、岩手県の大船渡市で被災状況について説明を受けた後、仮設住宅を訪れて被災者を見舞われることにしています。皇太子ご夫妻が被災した東北地方を訪問されるのは、6月4日の宮城県と先月26日の福島県の訪問以来、3回目です。
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110803_7(魚拓)
皇太子ご夫妻が来県 大船渡市に5日
 宮内庁は2日、皇太子ご夫妻が東日本大震災の被災地を見舞うため、5日に本県の大船渡市を訪問されると発表した。
 ご夫妻は5日午後、自衛隊機で花巻空港に到着。ヘリコプターに乗り換えて同市入りし、戸田公明市長から被災状況の説明などを受ける。この後、市内の被災現場を視察し、仮設住宅を訪問。被災者に直接励ましの言葉を掛ける予定だ。 ご夫妻の来県は1999年の岩手インターハイ以来となる。(2011/08/03)
http://www.47news.jp/CN/201108/CN2011080501000638.html
皇太子ご夫妻が岩手を訪問 仮設住宅お見舞い
 皇太子ご夫妻は5日、東日本大震災の被災地お見舞いのため、岩手県大船渡市の仮設住宅を訪問された。
 ご夫妻の被災地入りは宮城、福島両県に続き3県目。72世帯、192人が身を寄せる仮設住宅で、被災者に励ましの声を掛けた。
 ご夫妻は花巻空港から自衛隊のヘリコプターで大船渡市入り。市役所で関係者から被災の状況を聞いた後、スーパーが跡形もなく流されるなど津波の被害が大きかった地区で黙とうした。
 ご夫妻は訪問に合わせ、岩手県にお見舞金を贈った。
2011/08/05 16:15 【共同通信】
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4794006.html
最終更新:2011年8月5日(金) 18時51分
皇太子ご夫妻、被災地・岩手を訪問
 東北の被災地に3度目のお見舞い訪問です。皇太子ご夫妻は宮城県と福島県に続き、5日、岩手県を訪問し、津波の被害を受けた大船渡市で犠牲者に黙礼を捧げられました。
 地元の保育園児が、祖父母が津波で死亡したことを無邪気に説明する一幕もあり、皇太子さまは「残念だったね」と声をかけ、雅子さまも「元気にしていますか?」と、子供たちを気遣っていました。(05日17:47)
 ↓
http://news.tbs.co.jp/20110805/newseye/tbs_newseye4794006.html
最終更新:2011年8月6日(土) 2時19分
皇太子ご夫妻、被災地・岩手を訪問
 東北の被災地に3度目のお見舞い訪問です。皇太子ご夫妻は宮城県と福島県に続き、5日、岩手県を訪れ被災者を励まされました。
 5日午後、自衛隊のヘリコプターで岩手県・大船渡市に到着した皇太子ご夫妻。津波で甚大な被害を受けた市街地を視察し、犠牲者に長い黙礼を捧げられました。
 沿道では大勢の市民が迎えましたが、地元の保育園児が、祖父母が津波で死亡したことを無邪気に説明する一幕もあり、皇太子さまは「残念だったね」と声をかけ、雅子さまも「元気にしてますか?」と子供たちを気遣いました。
 さらに、皇太子ご夫妻は仮設住宅をお見舞いし、雅子さまが「こちらでの生活は?」「大変な思いをされましたね」などと励ましの言葉をかけられると、被災者たちは「こんな遠くまで来てくれて、ありがとうございます」「前向きに頑張ります」と気丈に答えていました。(05日19:46)
ttp://www.ji ji.co.jp/jc/c?g=soc_30&k=2011080500822
皇太子ご夫妻、岩手見舞う=仮設住宅の被災者と懇談
 皇太子ご夫妻は5日、東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県大船渡市を日帰りで訪れ、仮設住宅で暮らす住民を見舞われた。ご夫妻の被災地訪問は宮城、福島に続き3県目。
 ご夫妻は羽田空港発の自衛隊機で花巻空港に到着後、ヘリで大船渡市入り。多くのがれきが残る大船渡町地ノ森地区で中心街に向かって黙礼した後、約190人が暮らす仮設住宅を訪れた。
 皇太子さまから「[[徳仁の(゚Д゚)ハァ?な発言シリーズ|これからどうやって生活をしていきますか]」と尋ねられた中学2年の斎藤雄仁君(13)は「救われた命を大事にしていきたい」と答えた。雅子さまは、目の不自由な菅原とみ子さん(55)の両手を握り、「おつらかったでしょう」と励ました。
 仮設住宅訪問に先立ち、ご夫妻が保育園児に歩み寄る場面も。「(津波で)じいちゃんばあちゃん死んだ」と無邪気に話す男の子に、皇太子さまは「残念だったね」と声を掛けた。(2011/08/05-18:55)
http://dailynews.yahoo.co.jp/photograph/pickup/?1312543355
皇太子ご夫妻、岩手見舞う
 岩手県の被災地を訪れ、集まった住民と話される皇太子ご夫妻。ご夫妻の被災地訪問は宮城、福島に続き3県目 =5日午後4時、岩手県大船渡市、代表撮影
 (時事通信)5日19時35分配信
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00204839.html
皇太子ご夫妻、岩手県をご訪問 スーパーマーケットの跡地などを視察される
皇太子ご夫妻が岩手県を訪問された。
皇太子ご夫妻は自衛隊機で花巻空港に到着後、津波ですべて流されるという被害を受けたスーパーマーケットの跡地などを視察され、説明を受けたあとには深く頭をお下げになる場面も見られた。
(08/05 19:06)
http://www.nhk.or.jp/lnews/morioka/6044510901.html
皇太子夫妻 岩手の被災地へ
皇太子ご夫妻は、きょう、東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県を訪れ、仮設住宅で避難生活を送る人たちを励まされました。
皇太子ご夫妻は、午後0時半すぎに自衛隊機で岩手県の花巻空港に到着し、達増知事らの出迎えを受けられました。
ご夫妻が東日本大震災の被災地を訪問されるのは、6月の宮城県、先月の福島県に続いて3度目です。ご夫妻は、知事から県内の被害の状況について説明を受けたあとヘリコプターに乗り換え津波で大きな被害を受けた大船渡市を訪問されました。
そして、今もがれきの山が残る海沿いの地域をバスで視察したあと、多くの人が亡くなった住宅地の跡に向かって静かに頭を下げ犠牲になった人たちを悼まれていました。このあとご夫妻は、近くの高台に建てられた仮設住宅に足を運ばれました。
ここでは、72世帯192人が避難生活を送っていて、お2人は、はじめに6人で暮らす家族と会われました。
皇太子さまは「避難所での生活は大丈夫でしたか」と言葉をかけ、長期にわたる避難生活を気遣われていました。
雅子さまは、車いすの77歳の男性の前で腰をかがめ「お体を大事になさってください」などと優しく語りかけられていました。
また、皇太子さまが、今後の生活についてたずねられると、中学2年生の男の子が「助かった命を大事にしていきたいです」と答えていました。
ご夫妻は、このあと近くの集会所でも仮設住宅で生活する人たちと面会し、励ましやいたわりの言葉をかけられていました。
これで東北3県の被災地訪問を終えた皇太子ご夫妻は、今後も折に触れて被災者を励ましながら復興までの道のりを見守られるということです。
ご夫妻は、5日夜、東京に戻られます。
08月05日 20時44分
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110805/imp11080522570001-n1.htm
皇太子ご夫妻、岩手県をお見舞いに
2011.8.5 22:55
 皇太子ご夫妻は5日、[[%c5%ec%c6%fc%cb%dc%c2%e7%bf%cc%ba%d2">東日本大震災]の被災者を見舞うため、自衛隊機を使って岩手県を日帰りで訪問された。ご夫妻が被災地を見舞われるのは、宮城、福島に続き3回目。
 皇太子ご夫妻は大船渡市で、津波で流されたスーパー跡を訪れ、市街地に向かい黙礼された。ご夫妻は沿道に集まった人々に声をかけ、皇太子さまは「じいちゃん、ばあちゃん死んだ」と話す保育園児を「残念だったね」と慰められた。
 続いて、72世帯192人が生活する仮設住宅をお見舞いに。皇太子さまが中学2年の斎藤雄仁君(13)に「[[%c6%c1%bf%ce%a4%ce%28%8e%df%a7%a5%8e%df%29%8e%ca%8e%a7%3f%a4%ca%c8%af%b8%c0%a5%b7%a5%ea%a1%bc%a5%ba">これからどうやって生活していきますか]」と話されると、斎藤君は「救われた命を大事にしたいです」と答えた。
 皇太子妃雅子さまは目が不自由という菅原とみ子さん(55)の両手を握り「おつらかったでしょう。よくご無事で」と励まされた。
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/08/20110806t33014.htm
園児らに慰め 皇太子ご夫妻 大船渡を訪問
ttp://www.kahoku.co.jp/img/news/2011/20110805025jd.jpg
仮設住宅の入居者と会話を交わす皇太子ご夫妻=5日午後4時5分ごろ、大船渡市(代表撮影)
 皇太子ご夫妻は5日、東日本大震災の被災地お見舞いで岩手県大船渡市を訪れた。ご夫妻の被災地訪問は宮城、福島に続き3県目。
 ご夫妻は被害の激しい地区で黙とう。沿道の市民に歩み寄り、言葉を交わされた。「じいちゃん、ばあちゃん死んだ」と話す園児に、皇太子さまは「残念だったね」と優しく声を掛けた。
 72世帯、計192人が入居する近くの仮設住宅では、自宅が全壊した中学校事務員斎藤美百貴(みゆき)さん(48)一家をお見舞いした。
 皇太子さまが「[[%c6%c1%bf%ce%a4%ce%28%8e%df%a7%a5%8e%df%29%8e%ca%8e%a7%3f%a4%ca%c8%af%b8%c0%a5%b7%a5%ea%a1%bc%a5%ba">これからどう生活していきますか]」と尋ねると、次男の雄仁君(13)=大船渡一中2年=は「救われた命を大事にしたい」と答えた。ご夫妻は、仮設住宅の集会所でも5家族と面会。車いすの浜田喜三郎さん(90)に、雅子さまは姿勢を低くしながら「お体を大切に」と励まされた。
2011年08月06日土曜日
http://www.tohkaishimpo.com/scripts/index_main.cgi?mode=kiji_zoom&cd=nws6849
皇太子ご夫妻が大船渡入り 励まし、にこやかに
応急仮設住宅で懇談
 皇太子ご夫妻は5日、東日本大震災の被災者を励まされるため、大船渡市をご訪問した。ご夫妻での県内被災地入りは初めて。津波浸水地では黙礼を捧げられたほか、応急仮設住宅で暮らす住民には、被災生活を気遣い「お体に気をつけて」「頑張ってください」などと、優しく声をかけられた。
 ご夫妻は、同日午前に東京国際空港を自衛隊機で出発し、昼過ぎに花巻空港にご到着。その後、自衛隊ヘリコプターに搭乗し、被災地の宮城県気仙沼市、陸前高田市、大船渡市の上空では、機内からその都度黙礼された。
 大船渡市立根町の県立大船渡東高校グラウンドに設けられた臨時ヘリポートにご到着後、バスで向かった市役所では市内の被災状況について説明を受けられた。甚大な被害を受けた大船渡町の市街地を回った後、大津波で全壊被害を受けたマイヤ中央店跡地では大船渡湾方向に立ち、黙礼を捧げられた。
 ご夫妻は、跡地付近に訪れた大船渡保育園児や地域住民とも懇談。家族や親戚が亡くなった園児には、皇太子様が「残念だったね」「寂しくなったね」と声をかけられた。雅子様は「保育園は楽しいですか」「元気にしていますか」と語りかけられ、子どもたちと和やかに会話を交わした。
 跡地に近い旧県立大船渡病院に建設された地ノ森応急仮設住宅も訪問し、斎藤美百貴さん・村上勲さん一家と面会された。殿下から今後の生活について尋ねられた斎藤雄仁君(13)は「救われた命を大事にしていきたい」と力強く語った。
 集会所では、団地内で暮らす5家族と懇談し、被災時の様子や避難生活に理解を深められた。このうち、赤崎町で被災した西山謙一さん(73)は、昭和35年のチリ地震津波に続く被災であることを説明した一方、「避難訓練の成果が生きました」とも語り、日ごろの備えや自主防災活動の重要性を強調した。
 ご夫妻は集会所近くで出迎えた住民の声にも耳を傾け、手を握りながら「お体にはお気をつけて」「頑張ってください」と励まされた。同日中に自衛隊機で岩手を出発し、東宮御所に戻られた。
 ご夫妻に対し、市役所や被災地で被害状況を説明した戸田公明市長は「最後にヘリコプターに乗られる前に、皇太子殿下から『大変な被害で大変でしょうけれども、皆さんとともに頑張ってください』と声をかけていただいた。多くの市民の方々に、希望と勇気を与えていただいた」と話していた。
2011年08月06日付 1面
讀賣新聞日曜版2面「皇室ダイアリー」No.108 2011年(平成23年)8月7日
皇太子ご夫妻
 「お母さんの顔になって、悲しんで下さいました」。57歳の母親は雅子さまの励ましをこう振り返った。
 7月26日。皇太子ご夫妻が福島県郡山市の避難所を見舞われた時のことだ。
 長女は、浪江町の勤務先で津波にのまれて亡くなった。その説明に雅子さまは涙ぐみ、母親の腕をさすって、「ご苦労なさったんですね」と声をかけられた。
 お二人のお見舞いは6月の宮城県以来。療養が続く雅子さまが同行を希望され、宮内庁は可能性を探ってきた。被災地の訪問先で、天皇、皇后両陛下は二手に分かれて回られる。しかし、ご夫妻は必ず一緒。体調に波がある雅子さまを皇太子さまが気遣ってのこととみられるが、雅子さまはじっと話を聞かれるから、つい遅れることになる。
 この日の避難所のお見舞いは、前後の休憩を削って1時間以上。この間、雅子さまはうなずき通しにうなずいて被災者の話に耳を傾けられ、お二人への感謝の声があちこちで聞かれた。
 隣接する仮設住宅を訪ねた帰りがけ。予定が押して新幹線の時刻が気になる中で、ご夫妻は見送りに並んだ約300人に声をかけられた。「大変ですね」「お大事に」。一歩進むたびに拍手が起き、途中からは握手攻め。炎天下の丁寧なお見舞いに、笑顔が広がった。
(編集委員 井上茂男)


徳仁雅子の東日本大震災被災地訪問珍道中まとめ編集

Part2111-600 可愛い奥様 sage 2011/08/08(月) 08:59:15.09 ID:13HPikA+P
シリーズ『ドジリーヌ妃の無様な慰問』 各800円 全5巻 堂々完結!

<第1巻> 味スタ編         <第2巻> 三郷編
・体育館に土足で入るの段       ・前巻に引き続きドタ出の段
・「陸に上がった河童」に大爆笑の段  ・後ろ向きで靴を脱ぐの段
・送迎住民を無視するの段       ・これ慰問?な笑顔の段
                   ・被災者に慰問されるの段

<第3巻> 山元町編
・自衛隊機のタラップでコケかけるの段
・段々深くなる不思議な黙礼の段
・何がどうなったのやらワンちゃんポーズの段
・被災者から説教を喰らうの段

<第4巻> 郡山編
・二本松行き&自衛隊機利用がポシャッたの段
・超効率的な市内移動の段
・避難者が話し出す前から泣き顔になるの段
 特別付録:夫君、津波でお嬢さんを亡くした母親に「残念でしたね」発言の段

<第5巻> 大船渡編
・お目々パッチリ黙礼の段
・前巻に引き続き超効率的移動の段
・お口をチャック、頷き人形と化するの段
・謎の空白3時間の段
 特別付録:夫君、中2生に「どうやって生活して行きますか?」質問の段

☆ シリーズ完結記念 ☆
 写真集『東宮御所の4月11日』 撮影:ドジリーヌ妃&夫君 800円 同時発売



601 可愛い奥様 sage 2011/08/08(月) 09:04:59.67 ID:SkahsjF20
>>600
第4巻に片膝立てをしてしまうの段が
抜けてますよ。

秋篠宮妃紀子殿下を誹謗中傷する輩による暴言書き込み 「紀子のふるさと福島終了 ざまあみやがれ」編集

Part2041-257 可愛い奥様 sage 2011/03/17(木) 19:51:51.41 ID:vOGEdPWdO
紀子のふるさと福島終了
ざまあみやがれ


241 可愛い奥様 sage 2011/03/17(木) 19:30:34.20 ID:kVXaqcmk0
今は一人でも多くの人たちが、助かればいいとしか思えない。

現地のボランティアは職場に依頼が来て、すでに志願登録はしたが
未だお呼びが来ない。
現地に行けない、募金だけしか何も出来ない自分がもどかしい。


259 可愛い奥様 sage 2011/03/17(木) 19:53:05.24 ID:vOGEdPWdO
>>241
残念でした(笑)

「美智子が全て悪い」「両陛下が責任逃れをしてる」と、全ての責任を天皇皇后両陛下にありとする輩(通称「ガー」)による超暴言書き込み 「今後何十年かしたら奇怪で異様なゾンビのようなのがこの地(=福島県)からウヨウヨと出てくるのか?」編集

555 可愛い奥様 2011/10/04(火) 15:24:02.43 ID:Vrh9rilj0
今後何十年かしたら奇怪で異様なゾンビのようなのがこの地からウヨウヨと出てくるのか?


Part2150-14 可愛い奥様 sage 2011/10/04(火) 13:38:36.16 ID:Vrh9rilj0
両陛下も両陛下だよなあ。
ここまでになれば皇室の長として親として責任逃れを
今までのようにもうできないだろうな。

122 可愛い奥様 sage 2011/10/04(火) 15:05:21.87 ID:Vrh9rilj0
マサコやオワダケにも責任は確かにあることはあるけれども、
結局はナルがしっかりしないからこのような事態に陥っているワケで、
ナルちゃん憲法”だの帝王学だのと鼻高々で吹聴してたけど、
結局詰まるところ美智子サマの子育ては完膚なきまでに失敗。
両陛下には放置、無視、責任放棄して逃げることなく
反省すべきことは速やかに反省し、懺悔し、
今後の対処と責任の所在を明確化していただきたいものだ。

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