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新弟子検査

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大相撲力士を目指す若者が受ける検査のことであるが、スレでは小和田雅子16歳当時の正月晴れ着姿を形容するのに用いられている。

『女性セブン別冊永久保存版 皇太子さま雅子さま華麗平成絵巻』小学館1993、p.91より引用
80年元旦、ボストンで、迎えた16才のお正月に、生まれて初めて“晴れ着”を経験しました。(サイテック社プリズムを使用し、一部に修正を施してあります)

「半襟が見えないけど??」
「袖から両の手首がにゅっと出すぎ」
「皺くちゃなのはどうして??」
双子の妹はまあまあ様になっているのに雅子だけなぜ変なのか??」
……といった声が、この着物姿の小和田三姉妹画像を見る度に多数寄せられている。

この1980年ボストン16歳の正月晴れ着が「生まれて初めての晴れ着」であり、その次に晴れ着に袖を通すことになったのはなんと1993年4月12日納采の儀(一般の結納に当たる)、「錦鯉」とも評されるペラペラピカピカゴールド扇柄着物であった。この納采の儀の黄色い振袖姿は「お扇子ど真ん中ぶっ挿し」という、茶道をかじったことのある人からすれば絶対に犯しようがないミスをしていることでも知られている。(参照:御婚約晴れ姿、お扇子ド真ん中挿し事件
また三方を受け取る際、持つ位置でもミスを犯している

小和田家お手伝い皆川薫さんを削除した画像編集編集

この“新弟子検査”画像には、先に挙げた画像の「小和田三姉妹バージョン」と「雅子単体バージョン」、そして「小和田家お手伝いさんを加えた4人バージョン」の3つが存在している。

共同通信社1993年1月発行『ロイヤルロマンス皇太子ご婚約速報写真集』p.51、画像右=雅子単体(妹礼子節子なし)バージョン

左:小和田家お手伝いをしていた皆川薫氏とともに、晴れ着姿の小和田雅子・礼子・節子三姉妹が写っている画像(結婚1周年記念写真集に収録)

雅子の表情と晴れ着の皺が同じであるのに、袖の重なり具合、足元に影があるのに雅子と隣妹の着物の間には影が存在していないことから、何らかの画像編集が施されていると以前からスレ住民に指摘されていた。実際、三姉妹バージョン画像説明で「サイテック社プリズムを使用し、一部に修正を施してあります」との画像説明文言が存在している。
この画像編集について2007年5月14日に、小和田家お手伝いをしていた皆川薫氏とともに晴れ着姿の小和田三姉妹が写っている画像(結婚1周年記念写真集に収録)が発掘され、皆川氏の姿を削除編集したものであると結論が出た。「三姉妹バージョン」と「雅子単体バージョン」どちらも、この雅礼節三姉妹+皆川氏の4人で撮影した画像をオリジナルに作出されているのである。
アメリカ・ボストンに和服の着付けができる日本式の美容院は存在しないだろうが、写真スタジオぐらいはあるだろうから、そういうものを利用して姉妹だけで撮影すれば、こんな胡散臭い印象を抱かせる北朝鮮の工作めいた画像編集の必要はなかったであろう。

多くの写真集が発売され小和田雅子16歳の晴れ着姿もそれに収録されている画像の一つであるが、彼女の成人式の晴れ着姿画像はこれまで1枚も見つかっていない。納采の儀の黄色い振袖姿が「二度目の晴れ着」とマスコミ報道されたことからも、二十歳当時在米であった小和田雅子は日本では定番ともいえる振袖姿となる成人式は行っていないと結論付けるのが妥当である。
「日本の文化を大事にしてきた」としきりにアピールするOWD家であるが、着物の着付けの常識を踏まえていないだけでなく、そんなひどい有様で娘が写る家族写真をマスコミに平気で出していることからも、そのアピールは非常に胡散臭いものである。

雅子着用の振袖その後編集

Part838スレッドにて、この雅子の着ていた振袖が、1999年妹節子によって結婚披露宴で着用されていたことが明らかとなっている。

Part838-80 可愛い奥様 sage 2007/04/07(土) 14:41:38 ID:QtHjlotp0
>>69
こちらのお母さんも人相が絶句
上の写真の
染鹿の子に薬玉(?)の振袖は新弟子写真のときのものかな?

『女性自身』1999年7月13日号 速報!小和田節子さん披露宴 p.32より引用
 節子さんは洋髪。白地に朱色の絞りと扇面や四季の花々が手刺繍された、友禅の振り袖に、矢羽柄が入ったグリーンの佐賀錦の帯を、変形ふくら雀に結んだ艶やかな花嫁姿。それは母親の優美子さんが、昭和37年の結婚式で着たもの。ずっと桐箱の中に大切に保管してきたという。


雅子→節子が着ることになったこの振袖は、実は彼女らの母・江頭優美子が小和田家に嫁ぐときに着たものだという記事も発見されている。写真で見る限り、手の込んだ上品な振り袖であり、まして嫁ぐ際に作った大事な振袖なのに娘(雅子)に無茶苦茶な着付けをして写真撮影しマスコミ提供しているというところが、常人には理解しがたいOWD家の感性である。

番外編:1993年1月19日婚約発表の日、小和田優美子着物姿の「福」一文字がど真ん中に織り込まれた帯に注目。(参照:福帯

20070121皇室と歌舞伎:1分52秒あたりに雅子が歌舞伎座に出かけた折の和服大股歩き映像収録
http://www.youtube.com/watch?v=G8roTDeb0_8

雅子の着物姿大集合画像(2010/9/28時点まとめ)

参考:川嶋紀子嬢の場合編集

後の秋篠宮妃となる川嶋紀子嬢は、七五三・成人式のお振袖姿をきちんと写真館に依頼して撮影し残している。こんなところからもOWD家と川嶋家、両家の娘の育て方についての違いを窺い知ることができるだろう。
川嶋紀子嬢七五三の晴れ着姿画像(左画像/右は正田美智子嬢七五三写真)
川嶋紀子嬢成人式の晴れ着姿画像(モノクロ)
川嶋紀子嬢成人式の晴れ着姿画像(カラー/左画像、右は新弟子検査画像)
川嶋紀子嬢納采の儀(三方の受け取り方を上掲小和田雅子のものと比較されたい)
納采の儀を終えて両陛下へのご挨拶に向かう川嶋家ご両親と、見事な大振袖姿の紀子さん
1998年園遊会にて、紀宮・秋篠宮妃・雅子夫人3人の和服姿

参考:【浴衣】、【錦鯉

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