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御地赤

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「おじあか」と読む。皇室の内親王に贈られる、赤い特別な着物のこと。宮中には、3歳になって初めて色の付いた着物を身に着ける風習があり、それに合わせて一着目の御地赤が製作され、以降身体の成長に合わせて数着作られる。誕生日や新年の両陛下への挨拶といった、節目となるときに着用するものである。
ちなみに内親王の「御地赤」に対して、親王には「黒紅縫(くろくれないぬい)」という特別な黒い着物が贈られる。

関連項目:【着袴の儀】、【新弟子検査】、【浴衣

御地赤の例編集

ttp://img149.imageshack.us/i/1233472020451wh7.jpg/ 久邇宮家 良子女王殿下(後の香淳皇后)1歳? 1904年頃]
久邇宮家 良子女王・信子女王
照宮成子内親王(昭和天皇第一皇女)の御地赤姿 ※白黒
週刊明星 1970年1月4・11日合併新春特大号<特大カラー アーヤの初笑い 礼宮文仁親王>御地赤のような赤い着物を着ている礼宮折り込みカラーピンナップグラビア
言うまでもなく礼宮は男児であるが、魔除けの意味で女児の装いをする風習の可能性もある。
紀宮清子内親王 初節句~着袴の儀まで様々な御着物姿まとめ画像(中左が3歳、下中央が4歳の「御地赤」お召し姿) / 高画質
秋篠宮家 眞子内親王・佳子内親王 2008年1月2日新年夕食会へ参内移動車中
秋篠宮家 眞子内親王・佳子内親王 2009年1月2日新年夕食会へ参内移動車中
秋篠宮家 眞子内親王 2011年1月2日新年夕食会へ参内移動車中
秋篠宮家 眞子内親王・佳子内親王 2011年1月2日新年夕食会へ参内移動車中
秋篠宮家 眞子内親王・佳子内親王 2011年1月2日新年夕食会へ参内移動車中
秋篠宮家 佳子内親王 2012年1月2日新年夕食会へ参内移動車中、未成年の佳子殿下は御地赤をお召し、成人された眞子殿下は御地赤ご卒業で淡い色の振袖姿
秋篠宮家 佳子内親王 2014年1月2日新年夕食会へ参内移動車中(同日ANNニュース連結画像)

参考:ヤフオク事件で出品された御地赤。資料写真として明治天皇皇女の御地赤画像も(魚拓)
(ヤフオク事件→トプカプ宮殿参照のこと)

敬宮愛子ちゃんの御地赤?画像集編集

以下の画像群、いずれも誕生日等の公式写真としては存在しない。
愛子内親王3歳 2005年1月1日新年挨拶参内移動車中、御地赤と思しき赤い着物姿の愛子
愛子内親王4歳 2006年1月1日新年挨拶参内移動車中、珍しく髪を結いあげた御地赤姿の愛子は左手に張子の犬(この年の干支)を持って「お手振り」優秀伝説
愛子内親王5歳 2007年1月2日 天皇皇后両陛下への新年のあいさつに参内する車中、赤い着物姿でお口半開き表情の愛子
愛子内親王6歳 2008年1月2日新年夕食会参内移動車中、御地赤の愛子はお手振りはできたものの、お口半開きは改善されず。
愛子内親王7歳 2009年1月1日新年挨拶参内移動車中、御地赤愛子は昨年同様お口が開いてる状態
愛子内親王8歳 2009年12月23日天皇誕生日夕方の挨拶参内移動車中。徳仁が付き添った愛子は会釈どころかお手振りすらなくただ口を半開きにしてぼうっとしたままの表情で、謎の白ケープ様コートを羽織った姿
愛子内親王8歳 2010年1月1日新年挨拶参内移動車中でも謎ケープを羽織っているため御地赤なのかどうなのか不明。秋篠宮ご一家は両親&悠仁殿下・眞子佳子両内親王殿下とで分乗移動。紀子さまは和装、悠仁殿下は黒紅縫? 眞子さま佳子さまは揃って御地赤をきちんと取材カメラに見せている。
愛子内親王9歳 2011年1月2日天皇ご一家の夕食会を報じるニュース映像より連結画像、愛子は御地赤らしい着物にケープを纏っているような姿だが詳細は不明。悠仁殿下は黒紅縫を着用、もちろんケープなぞ不使用。
参考:2011年2月5日 松屋銀座デパートを東宮一家訪問、買い物お楽しみ&「第26回東京私立小学校児童作品展鑑賞、開店時間10時を45分もオーバーするgdgd事件発生。チェック地コートの上に何故か白ケープまで着用し、挨拶する関係者を無表情横目でジロ見し口半開きな愛子。この白ケープは「御地赤」のような着物の上にも何度か利用されている(女性セブン2011/2/24号)デパ地下
愛子内親王10歳 2011年1月2日新年夕食会のため「皇居に入られる皇太子ご一家=2日午後6時12分、皇居・半蔵門(代表撮影)」愛子は新作御地赤と思しき赤い着物姿で左手お手振り左手

愛子内親王11歳 2013年1月1日新年挨拶の参内車中の東宮一家、なぜか愛子は制服コートを着用

愛子内親王12歳 2014年1月2日新年夕食会のための参内車中、赤い着物の上に白いコートのようなものを着用し左手を逆さバイバイしている愛子(同日ANNニュース連結画像)逆さバイバイ
愛子内親王13歳 2015年1月2日 天皇皇后両陛下との夕食会に出席するため御所に向かう車中、この度はコートやケープなしで御地赤っぽい赤い着物を着た愛子、逆さバイバイするgif動画(FNN)逆さバイバイ
愛子内親王14歳 2016年1月2日 天皇皇后両陛下との夕食会に出席するため御所に向かう車中、徳仁と赤い着物の愛子は右手お手振り、雅子は左手お手振り(FNN)左手
愛子内親王15歳 2017年1月2日 御所夕食会に向かう車中、マスコミカメラに向かってお手振りする徳仁雅子愛子連結画像、赤い着物を着た顔が尖るほどの劇痩せ愛子が異様に目をキラキラさせたハイな表情であることが印象的(ANN)
比較画像:2015年1月2日愛子13歳→2016年1月2日愛子14歳→2017年1月2日激痩せ愛子15歳


スネーク?書き込み「御地赤もそろそろ作り直さないといけない時期だがまだご注文がないらしい」「注文を受けて出来上がるのに1年はみないと無理なので去年のうちに御注文がなかったのはちょっと、という話」その他着袴の疑や雅子錦鯉など編集

敬宮愛子ちゃんの「御地赤」をめぐっては、東宮家周辺の情報を投下してくれる「スネーク」さんが気になる書き込みをしており、俄然注目を浴びている。御地赤も子供の体の成長に合わせ注文が必要になるわけだが、2歳7ヶ月当時に着せられていた浴衣を、そのまま6歳半過ぎてもお直しなしの半袖つんつるてん状態で着せられていた実績を持つ雅子だけに、庶民の浴衣ならともかく、皇室内親王の御地赤がつんつるてんでは余りに見っとも無さ過ぎる、本当に大丈夫かと危惧する声が高まっている。

上:1966年7月19日 ジュネーブにて浴衣姿の雅子当時2歳7ヶ月
下:1970年夏 NYの自宅ベランダにて、半袖&丈足らずでつんつるてんの浴衣姿の6歳半過ぎた雅子。上下画像の浴衣はまったく同一物



Part1640-135 可愛い奥様 sage 2009/09/16(水) 01:04:57 ID:2G4uAduz0
愛子様
年齢の割に体格が良いので
御地赤もそろそろ作り直さないといけない時期だが
まだご注文がないらしい
大きくなればその分刺繍の面積も増えるので
1年以上は見ていただかないといけないのに、
と関係者は気をもんでいるとか
 
139 可愛い奥様 sage 2009/09/16(水) 01:08:31 ID:iPIW+SP80
>>135
それって、東宮家で注文するもの?
陛下が注文するもの?
3歳のお誕生日にお召しになる御地赤は陛下がお贈りになるようですが。
 
149 可愛い奥様 sage 2009/09/16(水) 01:28:51 ID:2G4uAduz0
>>139
決まりごととして
数えで5歳の御正月に初めてお召しになる
意匠は皇后さまがお決めになる
(清子さまのものは香淳様が御指図された)
 
現在、どこがGoサインを出されるのか不明
最終決定がどこかもわからないという前代未聞の事態らしいです・・・
 
Part1642-507 可愛い奥様 sage 2009/09/19(土) 00:15:42 ID:kxUQWRkZ0
一括でご注文などありませんよ。
ご誕生の時期も違い、成長速度もさまざま。
 
ただ、眞子様・佳子様は御成長に合わせて滞りなく御誂え、
愛子様は予想以上に背が伸びていらっしゃるのに、いまだにご注文がなく、
このままでは丈も裄もあわなくなる。
 
もうお召しになるおつもりがないのなら、それはそれでよろしいですが。
 
ちなみにオークションに出た御地赤は照宮さまのもの。
宮内庁が沈黙しているのはそれなりの理由があります。


Part1706-148 可愛い奥様 sage 2010/01/03(日) 04:34:09 ID:ze7wCXdo0
愛子さんの着物は御地赤見たいだね。
実はOWDがその辺の呉服屋さんに注文したただの赤い着物だったりして。
 
149 可愛い奥様 sage 2010/01/03(日) 04:54:35 ID:48yS2jIB0
紀子さまはお着物でマサコはサーヤの結婚式の中座事件のときのワインレッド
で皇后陛下は和装、洋装、どっちだったんだろ。
お食事会のときはいつも皇后陛下の装いがわからないので気になる。
 
あいこさんの着物にケープはあり?
 
150 可愛い奥様 sage 2010/01/03(日) 05:21:11 ID:5npNj2Oq0
>>148
偽御地赤を隠すためのケープとしか思えない
写真の撮られ方によっては、肩口からはっきり見えて検証されちゃうのを恐れた?w
 
156 可愛い奥様 sage 2010/01/03(日) 05:49:20 ID:Vh09cdZm0
>>148さま
私もそう思います。
京都の織物関係(中京)の身内ですが、
愛子さんの御地赤
の注文もうわさを聞いたことがありません。
 
仮に京都の業者に注文ではなくても、皇族にお収めるするような
業者へ注文があれば、この狭い世界ではすぐ知れ渡りますから。
雅子さんの振袖注文の経緯から、愛子さんのお着物のごまかしも
うなずけてしまいます。
 
160 可愛い奥様 sage 2010/01/03(日) 06:42:11 ID:ze7wCXdo0
>>156
着袴の儀ピンクと黄色の道中着?を見てから、愛子ちゃんの着物はその辺の
呉服屋さんで仕立ててもらっていると思いました。
 
御地赤を新調ているのならわ、ざわざあんなケープなんて羽織る必要はない。
むしろあの夫婦なら見せびらかすでしょう。
両陛下に挨拶する時もケープを羽織ったままだとしたら無作法だし、脱いだら
皇后様が腰抜かすような安っぽい赤い着物なのかも。
 
166 156 sage 2010/01/03(日) 07:11:59 ID:Vh09cdZm0
>>160さま
着袴の儀ピンクと黄色の道中着
これも身内からの伝え聞きですが、布地は良いのだそうです。
ただ、皆さんが違和感を感じられたように、あの黄色とピンク色
古代色(というのですか?)の台帳には無い色で、
蛍光が入っているか化学繊維が入っているか、または特別な色配合か、
絹の光り方ではないペカペカ感が写真では強く出たそうです。
注文主はこういう発色が「とても良い」という感覚なので、本染めになった
そうです。(注文主からオーケーが出ないと本染めはしないそうです)
私も家族も織物関係ではなく身内からの情報漏れですので
裏づけはできませんが、全体的に雅子さんなら「さもありなん」と
思えます。
音楽の世界も狭いらしいですが、織物・染色もすごく狭い世界らしいです。
そのため競争もうわさも激しい、ということです。
 
それをごまかす為のケープでは、と思います。
見る人が見たら生地の艶・刺繍・発色ですぐわかりますから。
(小さな写真でフラッシュがたかれていても絹地は見分けがつきます)
 
305 可愛い奥様 sage 2010/01/03(日) 18:18:21 ID:zs+Zk5Ls0
愛子様の御地赤
寸法は今年はギリギリ大丈夫なはず
来年はさすがに厳しい
注文を受けて出来上がるのに1年はみないと無理なので
去年のうちに御注文がなかったのはちょっと、という話
 
367 可愛い奥様 sage 2010/01/03(日) 22:41:05 ID:nVsphfmh0
亀過ぎてスマソですが
錦鯉報道時代に京都呉服業界(御用達老舗)のど真ん中におりましたが
どこの店がどんなルートでこの錦鯉を誂えたのか確定した話は聞かれませんでした
「あんなんではなぁ・・・・・・」という話で終りました(京都はこれではこれで解るw)


スネーク】コメント欄書き込み
愛子様、今年も御地赤はお召しになりましたが、裄がギリギリの状態でした。
愛子様の御歳では肩上げをしてお召しになるのが決まりですが、ほとんど取れず、それでも決まりは決まりですので五ミリほど取ってお召しになりました。
このままでは来年は、たいそう体裁の悪いことになりましょう。
東宮が機能していないのは皆分かっていることですし、妃殿下は「病気」と陛下がおっしゃっているのですから、皇后様がお手配なさってもやむを得ないことだと思うのですが、未だに御指図がありません。
 
結局は海外御静養を御認めになるのではないか、と囁かれるもとにもなっています。
Posted by 落窪 2010年05月20日(木) 00:51:04


Part1828-298 可愛い奥様 sage 2010/05/30(日) 18:57:19 ID:lJuQglzE0
御地赤は取り次ぎが注意を喚起するたびに「金がない」と断られる由。
秋篠宮家はおふたりともきちんと次を整えられたのに、
仮にも東宮の一の姫が、御本人もお着物嫌いではないようなのに、と訝られている。
海外静養の有無はどうでも、来年の参内はどうするのだろう。
カメラに写らなければよいのだろうか。


Part2273-536 可愛い奥様 sage 2012/02/07(火) 16:27:38.52 ID:B19fsrWP0
御地赤について、佳子さまのを愛子が、眞子さまのを佳子さまが着ているのかな?
 
Part2274-136 可愛い奥様 sage 2012/02/08(水) 12:23:21.12 ID:+8f8F0mE0
前スレ 御地赤
 
御三方で融通することはありません。
各人意匠が違いますので。
最初に皇后陛下がお決めになり、成人するまで変わりません。
 
東宮からご希望があって御回しすることもないと思います。


Part2864-883 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/10/04(土) 01:22:04.71 ID:onhSmn1E0
>>878
「慈愛」が逆スパイラルを招いているような気がする。
本当に守るべきものを守らないで。
 
愛子さまの御地赤久々のお仕立てに関わっている関係者は
「もうこれで最後でしょうなあ」
と言いあってたそうだ。
 
ずっとこの仕事に関わってきた人たちの言葉だから
ドキッとした。
皇室はそういう風に見られているのかと。


Part2909-688 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/12/24(水) 21:50:41.99 ID:FKaHo5x30
御地赤、新年の参内には間に合う

東宮 出費明細の調査始まっているとか

脚本家・井沢満氏ブログ「近年御地赤(内親王に贈られる格別の赤い着物)など、伝統を無視、自己流にアレンジなさる方が皇室内にいらっしゃるとかで、伝統の世界の職人さんの嘆きが耳に届くのは、由々しきことだと思っています」編集

  • 脚本家・井沢満氏ブログ

http://blog.goo.ne.jp/mannizawa/e/6ec97200e8a04d1d655ecef1a4bf0965
深緋 和の色
2015-10-31 | 日本語について
・・前略・・
こうした和の色の文化の命脈を保っていたのが皇室ですが、近年御地赤(内親王に贈られる格別の赤い着物)など、伝統を無視、自己流にアレンジなさる方が皇室内にいらっしゃるとかで、伝統の世界の職人さんの嘆きが耳に届くのは、由々しきことだと思っています。御地赤における模様の内容も配置も、邪気から身を護るための結界なのだそうで、勝手にデザイン変更などとんでもないことなのだとか。

東洋経済2016年1月19日安積明子記事より「2004年に女官を通じて美智子さまからご連絡をいただき、愛子さまの御地赤をお作りしました。同時に宮内庁からの依頼で、秋篠宮家の眞子さまと佳子さまの2枚目の御地赤もお作りすることになったのです」「愛子様の御地赤は、背にゴヨウツツジと松竹梅の紋が金糸で縫いとられています。ゴヨウツツジは愛子様のお印です。そして身ごろや袖には鳳凰が飛び交う刺繍がこれも金糸で施されており、シンプルですが非常に格調高いものになっています」編集

http://toyokeizai.net/articles/-/100960?page=3
宮中の着物には、日本の歴史が息づいている
押さえておくべき日本文化の要諦
安積 明子 :ジャーナリスト 2016年01月19日
(3ページ目)
宮中の行事にも着物は欠かせない。高橋氏は愛子内親王殿下と秋篠宮家の眞子内親王殿下、佳子内親王殿下の御地赤(おじあか)も作っている。
「御地赤とは内親王殿下が成人されるまで、元旦に新年の挨拶のために参内される時などに着用される特別の赤い着物のことです。2004年に女官を通じて美智子さまからご連絡をいただき、愛子さまの御地赤をお作りしました。同時に宮内庁からの依頼で、秋篠宮家の眞子さまと佳子さまの2枚目の御地赤もお作りすることになったのです

御地赤に込められた皇后陛下の思い
内親王殿下が御地赤を着用された写真は公式には公開されていないが、「銀座きものギャラリー泰三」で特別に見ることができた。
愛子様の御地赤は、背にゴヨウツツジと松竹梅の紋が金糸で縫いとられています。ゴヨウツツジは愛子様のお印です。そして身ごろや袖には鳳凰が飛び交う刺繍がこれも金糸で施されており、シンプルですが非常に格調高いものになっています」 作成の際には皇后陛下から丁寧な指示があり、その意向が反映されたという。
眞子様と佳子様の御地赤は、背に松竹梅の紋が入っていますが、お印は入っていません。身ごろや袖には鶴が飛び交っています。これもとても格調高いものです」
鳳凰は最高の鳥で、中国では皇后の象徴とされる。鶴も亀と並んで長寿の象徴とされた上、江戸時代には禁鳥とされ、一般に捕獲することは許されなかった。将軍が鷹狩りで鶴を獲ることは「鶴御成」と言われ、朝廷に献上されていた。
内廷の内親王、宮家の内親王という身位による格差はあるが、いずれの御地赤にも孫娘たちの健やかな成長を祈る皇后陛下の思いが偲ばれる。
「このように、宮中には古来から伝わってきた着物文化が息づいているのです。ところが明治に入り、宮中祭祀や即位の礼などを除いて洋装が公式のものとされてしまいました。国際プロトコールは西洋式によるべきものが多いのは事実ですが、それでも鎌倉中期に始まったとされる歌会始などは、ローブ・モンタントよりも着物の方がふさわしいのではないでしょうか。女性皇族の方々には、もっと着物をお召しいただきたいですね」

週刊朝日2017年1月27日号永井貴子記事「愛子の御地赤を納めた高橋泰三氏のコメント:13年に東宮家よりご注文があり、14年暮れには2着目を納めることができたのです」「成長に間に合わなかったのか、制服をお召しの年もあった」編集

Part3190-555 可愛い奥様@無断転載は禁止 sage 2017/01/16(月) 14:57:19.05 ID:3DCU4M/P0
週刊朝日2017年1月27日号
ttp://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=18752

歌会始でうかがえた体調と心境
雅子さま「皇后」への覚悟


615 可愛い奥様@無断転載は禁止 sage 2017/01/16(月) 18:46:09.79 ID:N9Pos0lSO
>>555
>週刊朝日2017年1月27日号
>歌会始でうかがえた体調と心境
>雅子さま「皇后」への覚悟

立ち読みでウロですが、
・永井貴子記者の署名記事
・月次の和歌を提出する皇族は両陛下以外は少ないが、紀子さまはほぼ毎回提出
・雅子の和歌は公より個を詠んだ歌が多い
・徳仁に宮内庁関係者(ウロ)が、雅子に公を詠んだ歌を作って欲しいと伝えた事がある
・2014年の歌は被災地についてだが、この時期に陛下から譲位について話があったらしい
・この後、晩餐会や園遊会に出てくるようになった
愛子の御地赤を納めた高橋泰三のコメント
2013年に注文があり、2014年暮れに納めた
歌会始の前日の食事会で雅子が車内から顔見知りの記者(島w)に会釈
・記者(島w)のコメント
・〆は目が滑って覚えてません、すみません


769 可愛い奥様@無断転載は禁止 sage 2017/01/17(火) 10:14:53.00 ID:eRZG0K2y0
御地赤について追記
13年に東宮より注文、14年暮れに納める
愛子の御地赤は成長に間に合わなかったのか、制服の年もあった
皇居に入るナルマサアイの写真が載っているけど、御地赤を着た愛子が痩せすぎで怖い


817 可愛い奥様@無断転載は禁止 sage 2017/01/17(火) 12:52:08.38 ID:ZuOKNk2S0
>10歳 2012年  1月 2日 赤い着物 (白ケープ無し、赤い着物の襟の大きさは体に合っているように見える)
>11歳 2013年 記載なし
>  《2013年暮れに 泰三 に御地赤発注》←
>12歳 2014年  1月2日 赤い着物 白ケープ
>  《2014年暮れに新調した御地赤を納品》←
>13歳 2015年  1月2日 御地赤 《新調品!》

あった、2013年1月1日の参内車中画像
tp://www.YUKO2ch.net/mako/makok/src/1357013936859.jpg
2013年(11歳)、毎年着物?なのに、なぜか愛子、制服コートを着て参内している
2013年暮れ(12歳)に、泰三に御地赤発注
・・レス後略・・


https://dot.asahi.com/wa/2017011800020.html
雅子さま「皇后」への覚悟 歌会始でうかがえた体調と心境
(更新 2017/1/19 07:00)
皇居に参内する皇太子ご夫妻と御地赤の着物を着た愛子さま (c)朝日新聞社

 政府は新天皇の即位を2019年元日で調整しているが、雅子さまの最近の好調は、「皇后」となる覚悟の表れなのだろうか。1月13日の「歌会始の儀」では雅子さまの和歌も披露された。歌ほど詠み手の本音がにじむものはないと言われる。雅子さまの心のひだを、和歌から読み解いていこう。
 宮内庁の医療関係者からは、こんな案が出たことがあった。
「雅子さまはお妃(きさき)教育の頃から、和歌について熱心に勉強され、才能もおありだと聞いています。歌を通じて体調を改善できないかと内部で検討したのです」
 変化の兆しを周囲が感じたのは、3年前。14年の歌会始の場だった。
<悲しみも包みこむごと釜石の海は静かに水たたへたり>(14年、題「静」)
 前年、東日本大震災のお見舞いで岩手県釜石市を訪れた際の情景だった。
 この少し前から別の宮内庁関係者は「ご家族のこともよろしいが、国民や社会の事象をお詠みになるほうが……」と、じかにお話ししていた。当時、雅子さまが勧めに従ったのは、前年の成功体験が後押ししたに違いない。その年の春にオランダへの公式訪問、秋には泊まりがけ地方公務である釜石市訪問を実現させた。
 踏み出したこの一歩は、好循環を生んだ。
「11年ぶりの晩餐(ばんさん)会出席へとつながり、15年にはトンガをご訪問。さらに12年ぶりの園遊会出席を果たされた。妃殿下の表情に明るい笑顔が浮かび、『勝負カラー』と言われる白色の装いも増えたように感じます」(東宮関係者)
 千代田関係者らによれば、天皇陛下から退位について皇太子さまと秋篠宮さまに話が伝わったのは、この時期だ。和歌の変化は、雅子さまがひそかに「覚悟」を固めた表れだったのか。
 あまり知られていないが、雅子さまの心境を推しはかるうえで、重要な出来事があった。15年の新年に、愛子さまが新しい御地赤の着物で皇居に参内したのだ。皇室に着物を納める「銀座きものギャラリー泰三」店主、高橋泰三さんがこう話す

「御地赤とは直系の女性皇族である内親王方が、数えで5歳の年から成人になるまで元日など節目となる日に身に着ける宮中の伝統的な着物です。上品な朱赤の絹地に、松や梅などおめでたい柄の刺繍(ししゅう)が金糸などで施されたもの。愛子さまの1着目に配された鳳凰の意匠は美智子さまのご指示によるものでした
 秋篠宮家は、眞子さま、佳子さまの成長に合わせて2着目の御地赤を作った。 愛子さまの御地赤は成長に間に合わなかったのか、制服をお召しの年もあった。雅子さまの体調の安定とともに、生活も落ち着き始めたのだろうか。
13年に東宮家よりご注文があり、14年暮れには2着目を納めることができたのです」(高橋さん)
 そして16年の歌会始。雅子さまは福島県の訪問先で出会った高校生に未来を重ねた歌を披露している。
<ふるさとの復興願ひて語りあふ若人たちのまなざしは澄む>(16年、題「人」)
 雅子さまは4月、春の園遊会に姿を見せ、7年ぶりの宮中祭祀参列。6月は皇太子の8大行啓のひとつである「全国『みどりの愛護』のつどい」への出席と、岩手県訪問で、1カ月に2回の地方公務を実現した。
 秋には学習院女子中等科3年の愛子さまが体調を崩し、雅子さまの公務のペースも落ちたが、無理のない範囲で続けている。
 1月13日の「歌会始の儀」の前夜。雅子さまの順調な回復ぶりを示す、ちょっとした出来事があった。皇居に、皇太子ご一家、秋篠宮家のご家族が集まり、両陛下を囲んで新年恒例の夕食会があった。参内する皇太子ご一家が半蔵門を通過する際、なじみの記者に気づいた雅子さまは、自ら窓を開けて会釈した。
 少し前まで、報道陣を見かけると車内のカーテンを閉めることも少なくなかった。会釈された記者は、
「雅子さまの取材を長く続けていますが、初めてのことに驚きながらも、幸せな気持ちになりましたね」
 と喜びを漏らした。
 天皇陛下が昨年8月に退位をにじませるメッセージを出し、政府は19年元日の代替わりを目指すと報道された。となれば、平成の「歌会始の儀」も来年が最後である。歌会始の選者を務める永田和宏さん(69)は、今年は御所の庭にある季節の草花を詠んだ皇后美智子さまの和歌が強く印象に残ったと語る。

<土筆(つくし)摘み野蒜(のびる)を引きてさながらに野にあるごとくここに住み来(こ)し>
 永田さんは、和歌には、様々な想いが込められているのでは、と見る。
 ひとつは、御所の自然への愛着。二つ目は狭い居住空間で生活を送る都内の人びとに対し、恵まれた環境にあることへの申し訳なさもかすかに伝わる。三つ目は、御所での生活の横には、いつも陛下がおられたこと。その幸せへの感謝だ。
「両陛下は、つねに言葉に対する慎み深さがにじみ出るような和歌をお詠みになる。『慎み』とは、言葉をおそれ、口にする行動への責任と自覚です。和歌は自分の思いを表現する言葉の模索を続ける作業。だとすれば、国民の象徴たる天皇、皇族方が和歌を詠む意味も、そこにあるのではないでしょうか」(永田さん)
 平成の天皇、皇后両陛下は和歌を詠み、平和への祈りを捧げながら、ひたすら国民に寄り添い続けてきた。2年後には新天皇、皇后のもとで「歌会始の儀」が催される見通しだ。
 おふたりは、どのような和歌を詠むのだろうか。
※週刊朝日  2017年1月27日号より抜粋

3歳未満児の白い和服編集

先述したように 宮中風習では3歳になって初めて色の付いた着物を着用することになるのだが、それ以前は白い着物を身に着けるのが習わしとなっている。なお、愛子ちゃんは和服を着用した公式写真がほとんど存在しない。

愛子内親王0歳 2002年3月 御初召姿で
愛子内親王0歳 2002年3月 同上
着袴の儀を除くと、公式発表写真での和服着用はこれ一回のみの可能性が濃厚。
愛子内親王0歳 2002年3月13日賢所皇霊殿神殿に謁するの儀(=御宮参り)。謎ケープ着用

紀宮清子内親王殿下11ヶ月 1970年3月 初節句
紀宮清子内親王殿下11ヶ月 1970年3月頃撮影
紀宮清子内親王殿下2歳直前 1971年4月6日撮影、淡色の和服

秋篠宮家悠仁親王殿下0歳 2006年11月14日お宮参りにあたる儀式「宮中三殿に謁するの儀」に臨む秋篠宮両殿下と真っ白な着物に包まれた悠仁さま。
秋篠宮家悠仁親王殿下1歳 2007年9月6日発表、白い着物姿でつかまり立ちをする悠仁親王
秋篠宮家悠仁親王殿下1歳 2008年1月2日新年夕食会への参内車中、紀子さまのお好きな若草色の半襟で差し色をしているがお着物本体は白のみ。
秋篠宮家悠仁親王殿下2歳 2008年9月6日発表、純白のお着物姿で誕生日用写真映像撮影(撮影日は8/26)、お顔アップの悠仁殿下
秋篠宮家悠仁親王殿下2歳 2008年9月6日発表、白いお着物姿で両手をぱちぱち叩いている仕草のお顔アップ画像
悠仁親王殿下1歳・2歳・3歳のお祝着姿の比較(色無し→色付きの変化がはっきり分かります)

黒紅縫の例編集

秋篠宮家悠仁親王殿下3歳 2009年9月6日発表、「黒紅縫」姿正面笑顔
秋篠宮家悠仁親王殿下3歳 2009年9月6日発表、「黒紅縫」姿左側から
秋篠宮家悠仁親王殿下3歳 2009年9月6日発表、「黒紅縫」姿正面全身
秋篠宮家悠仁親王殿下4歳 2010年9月6日発表、「黒紅縫」4枚まとめ

継宮明仁親王殿下(=今上陛下)のために作られた「黒紅縫の御祝着」は、浩宮・礼宮(=秋篠宮殿下)も着用している。
継宮殿下・ナルちゃん・礼宮殿下・悠仁親王殿下の満3歳写真比較。悠仁さまの「黒紅縫」は両陛下からの贈り物(サイズ調整あり) / 同別アングル比較画像
黒紅縫・浩宮と悠仁親王比較、同じ柄でも曲線がやや異なっていることから、悠仁親王殿下のために両陛下が新しく発注され新調されたものと考えられる。着物工芸における技の伝承に必要なことである。

悠仁親王殿下1歳・2歳・3歳・4歳のお祝着姿比較(3歳と4歳で白い靴→足袋&草履へと、履物が変わったことが分かる)

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