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山中湖事件

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2011年9月14-16日の学習院初等科4年生山中湖2泊3日校外学習に、警備陣をぞろぞろ引き連れた雅子が娘愛子にストーカーよろしく付きまとい続けた出来事を指す。日本の現皇太子妃雅子が超絶モンスターマザーであること、またその行動を許してしまった現皇太子である徳仁と合わせ超弩級モンスターペアレントである様が如実に世間へ知れ渡った、とんでもない大事件である。
それまでの学習院初等科校外学習については「長瀞事件」「かまぼこ事件」があるが、雅子の過干渉ぶりは悪化の一途を辿っていると言える。

2011年9月雅子の山中湖事件概要編集

当初4年生の校外学習は千葉県館山にて実施予定だったのが、東日本大震災の影響を受け山中湖に変更。
出発当日14日の朝、徳仁が愛子に付添い登校。朝早く起きるのが無理なのか雅子は現れず。一般見送り保護者は正門前で子供と別れるが、徳仁だけは愛子と一緒に校舎内へ。バスに乗り込んだ愛子を徳仁パパはじっと見守り、出発時にはお手振り見送りorz 雅子が乗った金色アルファードは4台の初等科バスを追いかける形で東宮御所を出発。とてつもない警備陣もくっついて回り、地元は物々しい雰囲気。東宮職も取材カメラマンを怒鳴るなどして雅愛ツーショットを撮らせまいと威嚇。
雅子はひたすら愛子の行く先々を、間隔をあける形で全て訪問。直接の接触はしなかったということだが、一度だけ青木々原のコウモリ穴付近で接近し、雅子「あら偶然ね」→愛子にこにこ笑顔で手を振るという、珍妙な出来事も。
昼食をとった地元食事処では愛子が左手にスプーンを持ちカレーを食べていたという普通だったら気にも留めないような食事風景の証言、またその流れで愛子が学校給食を他児童と一緒に食べないこと、東宮御所でテーブル下にシートを敷いて食事してたことがあるだなんて情報も投下(週刊文春9/29号)されるなど、愛子の食事に関する新情報も注目を集める。
児童たちと雅子ら一行が宿泊したのは、地元の高級リゾートホテル「ホテルマウント富士」、愛子含め児童は和洋室に布団を追加して1部屋5人で、雅子は壁紙まで態々新しく張り替えらえた1泊12万円の「インペリアルスイート」で「特別懐石料理」を出してもらうなどして宿泊。

同月22日には、羽毛田信吾宮内庁長官が木曜定例会見にて「(雅子の付きまといのために)通常の校外学習でない姿になっていることは心配している」と、両陛下の意向が働いていると解釈せざるを得ない形にて雅子の行動が異常であると認定発表。
学習院児童保護者からも、皇室/宮内庁担当記者からも批判噴出で、小町恭士東宮大夫が定例会見で説明を求められるわけだが、小町大夫はのらりくらり回答。この雅子付添いは「愛子が希望したから」と小町東宮大夫ら東宮職は説明しており、47歳中年女の常識外れモンペ行動を、1年半以上通常登校ができないでいる小学4年生9歳女児のせいにしているという、我が子を批判からの盾として利用する呆れ返る事態となっている

『週刊文春』2011年9月29日号<1泊12万円「インペリアルスイート」に懐石料理 愛子さま「校外学習 山中湖2泊3日」雅子妃密着に学習院保護者が激怒!> p29より引用
 東宮職幹部も今回のお付き添いについては、批判を予測していたようだ。
ある幹部は『愛子さまのご要望だから仕方がない』と漏らしていた。まるで雅子さまを庇うような話しぶりです。ですが、妃殿下は泊りがけの地方公務を控えらえている(=やっていない)状態。同じ二泊三日で地方公務をなさったのは、〇七年の徳島の国民文化祭にまで遡る。東宮職には説明責任があるはずです」(宮内庁担当記者)
ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/111001/imp11100107000001-n2.htm
<MSN産経皇室ウイークリー2011.10.1 07:00 (199)愛子さま「お付き添いなし」続かず 1年で最初に皇族が爪を切る日は?>より引用
山中湖の校外学習に雅子さまが付き添われた理由についても「宮さまからお付き添いがあればいらっしゃりたいというお気持ちがそもそもございまして」と、愛子さまのご要望だったことが明らかにされた。


画像で見る山中湖事件の雅子&愛子編集

『女性自身』2011年10月4日号<お友達の輪と、愛ちゃんスマイル!-学習院初等科の校外学習でがんばったよ> “山ガール”と『テーミス』2011年10月号に評された雅子47歳の登山スタイル編集

女性自身 2011年10月4日号<お友達の輪と、愛ちゃんスマイル!-学習院初等科の校外学習でがんばったよ>カラーグラビア
グラビア説明文引用
同行された雅子さまも、現地で出会った人々に笑顔でご挨拶

学習院初等科の校外学習で、山梨県の山中湖にお出かけの愛子さま。9月14日から2泊3日の日程で、初等科に入られてから初めてお泊りでの学校行事に参加された。初日は富士山ろくでお過ごしになり、5合目の登山口に到着された際には、お友達とお話ししながらとても楽しそう。学校からクラスメートと一緒に乗られてきたバスの長旅は、愛子さまには初めての体験だったが、そのワクワクぶりが伝わってきた。この3日間で、愛子さまは大きく成長されたに違いない今回の校外学習に少し離れて同行されていた雅子さまも、旅先での愛子さまのご様子には目を細められていた。

2011年9月15日 雅子が14-16日前代未聞の学習院初等科4年生2泊3日校外学習(林間学校)付き纏い事件を起こす。2日目に軽装で十分な子供たちの登山にまでしっかり装備で娘ストーカー、でっぷりした上半身を青白チェックシャツに包み腰に巻いたでっかいウエストポーチが印象的、ご機嫌な様子のニコニコ笑顔でお手振りまでしちゃってる雅子(女性自身10/4号カラーグラビア)
“山ガール”と『テーミス』2011年10月号に評された雅子カラー補正拡大バージョン
2011年9月15日 山中湖校外学習2日目、丸々とした身体の肉付きが目立つ登山スタイル、娘愛子を心配して同行しているとは到底思われないほどのニコニコ笑顔雅子(女性誌記事画像)
参考:2011年山中湖校外学習付きまとい事件の雅子・2002年那須沼原湿原ハイキングの雅子、同じ青白チェックシャツを着用している|

『週刊新潮』2011年9月29日号<富士山「校外学習」で一人ぼっちだった「愛子さま」>編集

週刊新潮 2011年9月29日号<富士山「校外学習」で一人ぼっちだった「愛子さま」>モノクログラビアp.1 前月静養移動で那須塩原駅前で撮影された時より、だいぶ髪の毛が短くなっている愛子。二つに分けてゴムで縛ってある左お下げの根元を触っているところ
週刊新潮 2011年9月29日号<富士山「校外学習」で一人ぼっちだった「愛子さま」>モノクログラビアpp.2-3 / 部分拡大。ペットボトルを逆手に持っている愛子
グラビア説明文引用
残暑に見舞われる東京を離れ、ご学友と行楽地に行かれた愛子さま(9)。
学習院初等科4年の校外学習い参加され、初めて2泊3日の泊りがけで出かけられたのだが、見る限りでは少し心配なことが……。
みんなと一緒で楽しいはずなのに、一人でいらっしゃる場面が多かったのである。
 校外学習が行われたのは、14日から16日にかけてのこと。学習院初等科の校外学習に参加された愛子さまは、バスで山梨県山中湖村をご訪問され、自然散策やホテルでの宿泊を体験された。
 写真は、16日。うどん、ほうとうといった郷土料理の食堂で昼食を取り、店から出てこられた愛子さまのお姿だ。写真の左、ペットボトルをお持ちになっているのが愛子さまである。
 ここで少し気になるのは、お友達との距離感。周囲の児童は、隣同士、お喋りをする子もいれば、手を繋ぐ子もいる(愛子さまの前児童)。それに比べて、愛子さまの周囲は、ぽっかりと隙間ができ、表情もどことなく暗いようにお見受けしてしまうのだった。
 昨年学校でのトラブルが原因で不登校になり、現在も雅子さまや皇太子さまとの登校が続く愛子さま。新たに不安の影を落とす出来事が起きていたのである。その詳細については、36頁からのワイド特集をお読みください。

『週刊文春』2011年9月29日号<愛子さま、初めての「校外学習」の陰に…-ご学友と一緒に山中湖へ/雅子さま、2泊3日の「皇外学習」-愛子さまをつかず離れず大追跡!?> 編集

週刊文春 2011年9月29日号<愛子さま、初めての「校外学習」の陰に…-ご学友と一緒に山中湖へ>父徳仁と瓜二つな愛子モノクログラビア
山梨県の「道の駅 なるさわ」にて。お友達とおしゃべりしながら、移動休憩を満喫中の愛子さま。いやはやすっかり大きくなられて。お顔はどちらかというと……皇太子さま似?

週刊文春 2011年9月29日号<雅子さま、2泊3日の「皇外学習」-愛子さまをつかず離れず大追跡!?>モノクログラビアp1
週刊文春 2011年9月29日号<雅子さま、2泊3日の「皇外学習」-愛子さまをつかず離れず大追跡!?>モノクログラビアp2
グラビア説明文引用
「児童の写真を撮ってるんだろ。家宅捜索するぞ」
 九月十五日、正午過ぎの山梨県・山中湖近く。小誌記者を恫喝したのは、ベテラン東宮侍従だった。記者は、デジタルカメラを手にしていただけである。一方、小誌カメラマンが待機する車の周りでも、異様な光景が広がっていた。写真を撮らせまいと、カメラの動きに合わせて数人の男たちが車の窓の前を移動しているのだ。まるでインベーダーゲームである。たまたま近くにいた老夫婦が、「異常な雰囲気だな」とつぶやいた。東宮侍従が激昂し、男たちがカメラマンを包囲してまで隠そうとしたもの。それは、皇太子妃雅子さまの姿であった。
 山中湖に雅子さまがいらしたのは、二泊三日で初めての校外学習に行かれた愛子さまを追いかけていったからである。白バイ二台、護衛車八台を引き連れた雅子さまのワンボックスカーが、生徒たちのバスに続く。愛子さまと同じハイキングコースを巡り、愛子さまと同じお食事処に赴き、愛子さまと同じホテルに宿泊されたのである。
 昨年三月からの登校への付き添いとは異なり、今回は、生徒全員も参加する校外学習。かわいい娘だからこそ、あえて旅をさせてみる。そんな母心が、愛子さまにとっても、周囲にとっても、プラスに働くことがあるのではないだろうか。
(特集記事も合わせてお読み下さい)

2日目 愛子さまが昼食を済ませた食堂から、遅れて出てきた雅子さま、ご満悦のご様子。愛子さまの食事の内容に納得? ちなみにこの前には軽快な足取りでハイキングを楽しまれた
3日目 大追跡を締めくくられた雅子さま。最後は、郷土料理を出すレストランへ。ほうとうを食べ、ほうっと一息? 厳戒態勢の警備とは対照的な、達成感のある笑顔に注目したい

どう見ても記者から小馬鹿にされている書き方であることに注目。

山中湖事件を報じるWebニュース編集

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110914/imp11091411020001-n1.htm
愛子さま、宿泊行事へご出発 雅子さまもお付き添い 
2011.9.14 11:01
 学習院初等科に通う皇太子ご夫妻の長女、敬宮(としのみや)愛子さまは14日午前、宿泊を伴う学校行事に参加するため、山梨県の山中湖へ向け、同級生らとともに出発された。皇太子妃雅子さまも付き添いのため、別の車で山中湖に向かわれた。
 宿泊行事は14~16日の2泊3日。4年生の愛子さまが初等科の宿泊行事に参加されるのは初めて。
 愛子さまは昨年3月以降、通学への不安を抱えられており、通常の授業でも雅子さまのお付き添いが続いている。

ttp://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20110914k0000e040066000c.html
愛子さま:山梨県で校外学習 雅子さま3日間同行
 宮内庁東宮職は14日、皇太子ご夫妻の長女、愛子さま(9)=学習院初等科4年=が校外学習のため、同日午前から山梨県に向かったと発表した。16日まで山中湖近くのホテルに宿泊する。雅子さまも同じホテルに泊まり2泊3日の間、愛子さまを見守り続けるという。
 東宮職などによると、愛子さまは初等科をクラスメートらとバスで出発。富士山のふもとでハイキングをしたり、気象観測施設を見学したりする。雅子さまは愛子さまが行く先々にすべて赴き、活動を見守るという。
毎日新聞 2011年9月14日 15時02分

ttp://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4826376.html
愛子さま、泊まりがけの校外学習に
 学校への不安を訴えられた皇太子ご夫妻の長女・愛子さまが、泊まりがけの校外学習に参加するため、山梨県へお出かけになり、雅子さまも同行されました。
 宮内庁によりますと、愛子さまは、14日から2泊3日の予定で4年生の校外学習に参加するため、他の児童と一緒にバスに乗り、山梨県の山中湖へお出かけになりました。学習院初等課で泊まりがけの行事に参加されるのは初めてで、雅子さまも愛子さまに付き添うため、別の車に乗って現地に同行されました。
 愛子さまは、去年3月ごろに学校への不安を訴えてから、現在も皇太子さまや雅子さまの付き添いのもと、授業に出席される日々が続いています。(14日14:26)

ttp://www.asahi.com/national/update/0914/TKY201109140528.html
2011年9月14日21時2分
愛子さま、初めての泊まりがけ校外学習 雅子さまも同行
 皇太子ご夫妻の長女、愛子さま(9)が14日、通学する学習院初等科4年の校外学習に参加し、同級生たちと一緒にバスで東京を出発し、山梨県山中湖村に入った。雅子さまも付き添うため、別の車で同行した。16日まで2泊3日の予定で滞在する。宮内庁東宮職が発表した。愛子さまが泊まりがけの学校行事に参加するのは初めて。
 愛子さまは昨年3月、不安を訴えて通常の登校ができなくなり、現在も雅子さまや皇太子さまが付き添っての登校が続いている。昨年12月に神奈川県小田原市であった学習院初等科3年の校外学習には、同級生とは別の車で往復した。

ttp://www.asahi.com/national/update/0916/TKY201109160341.html
2011年9月16日16時26分
愛子さま、元気に校外学習 雅子さまも付き添い
 宮内庁の小町恭士東宮大夫は16日の定例会見で、山中湖での「校外学習」に参加している皇太子ご夫妻の長女の愛子さま(9)について、「元気で行事に参加されている」と語った。ほかの児童と一緒に宿泊しているという。雅子さまも別の車で現地に向かったが、具体的な付き添いの様子については、16日夕の帰京後に確認するとしている。
 愛子さまは昨年3月に通学について不安を訴え、現在は雅子さまや皇太子さまが付き添っての登校が続いている。今回、泊まりがけの校外学習に参加するにあたっては学校側と相談のうえ、雅子さまが付き添うことにしたという。

2011/9/22 羽毛田宮内庁長官「通常の形ではなく心配している」発表編集

ttp://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110922-OYT1T01099.htm?from=main6
宮内庁長官、雅子さま付き添い「心配している」
 宮内庁の羽毛田信吾長官は22日の定例記者会見で、皇太子ご夫妻の長女で学習院初等科4年生の愛子さま(9)が今月半ば、初めて泊まりがけの校外学習に参加されたことについて「非常によいことだ」とする一方、雅子さまが現地に出向き、様子を見守られたことについて「通常の形ではなく心配している」と述べた。
 愛子さまは、昨年2月に通学への不安を訴えてから、皇太子さまや雅子さまに付き添われての登校が続いており、発言はこうした状況が長期間続いていることも含め懸念を示したものと見られる。
 小町恭士・東宮大夫は22日の定例記者会見で、雅子さまは距離をとりながら校外学習を見守られたとした上で「(愛子さまは)全ての行事に参加され、よい方向に向かっていると思うが、今の状況が正常だとは思っていない」と説明した。
(2011年9月22日19時46分 読売新聞)

ttp://www.asahi.com/national/update/0922/TKY201109220563.html
2011年9月22日21時10分
愛子さま行事への雅子さま付き添い「心配」 宮内庁長官
 皇太子ご夫妻の長女の愛子さま(9)が、通学する学習院初等科4年約120人による「校外学習」に2泊3日で参加した際、雅子さまが全日程に付き添ったことについて、宮内庁の羽毛田信吾長官は22日の定例記者会見で「通常の形でないことは心配している」と述べた。皇太子家を担当する小町恭士・東宮大夫も、同日の会見で「正常な状態とは思っていない」との認識を示した。
 小町氏によると、愛子さまは14~16日の校外学習で同級生と一緒のバスに乗って山梨県へ行き、山中湖村のホテルに滞在した。雅子さまは別の車で現地に入り、同じホテルに宿泊。ハイキングや富士山レーダードーム館見学など、児童の訪問先すべてに同行し、距離を置いて見守った。
 愛子さまは同級生と同じ部屋に泊まり、全行事に「友だちと元気に、楽しそうに参加した」という。宿泊行事に参加しなかった昨年までと比べ「よくなっている」と小町氏は述べた。

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110922/imp11092223440001-n1.htm
雅子さまお付き添いの校外学習に「心配」 宮内庁長官
2011.9.22 23:42
 皇太子ご夫妻の長女、敬宮(としのみや)愛子さまの山梨県での校外学習に、普段の登下校で付き添いを続けている皇太子妃雅子さまが「同行」されたことについて、宮内庁の羽毛田信吾長官は22日の定例会見で「通常の校外学習でない姿になっていることは心配している」と述べた。
 皇太子家を担当する小町恭士東宮大夫(とうぐうだいぶ)も同日の定例会見で、愛子さまの参加自体については「よかった」としたが、「正常な状態と思っていない」との認識を示した。
 宮内庁によると、学習院初等科4年生の愛子さまは今月14~16日、山梨県の山中湖近くでの校外学習にご参加。雅子さまは期間を通し、別の車を使って見守られていた。

MSN産経皇室ウイークリー、山中湖事件に関する記事部分抜粋、雅子が宿泊し世話になったホテルマウント富士の1泊12万円「インペリアルスイート」について小町東宮大夫「すごいたくさんの部屋があるって印象を与えるかもしれませんが、そうではない。そこだけ念のため申し上げます」とホテルをdisる形の反論 編集

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110917/imp11091707010001-n4.htm
(197)軽装、カメラ…陛下迎える議員の礼儀は? 愛子さま校外学習、雅子さまと別室
2011.9.17 07:00 (4/5ページ)
 学習院初等科に通う皇太子ご夫妻の長女、敬宮(としのみや)愛子さまは14日、2泊3日の校外学習に参加するため、山梨県の山中湖へ向け出発された。愛子さまは同級生らとともにバスに乗られ、出発の際には皇太子さまが見送られたという。
 皇太子妃雅子さまも、児童らのバスと別の車で山中湖に向かわれた。
 宮内庁の小町恭士東宮大夫は16日の定例会見で、校外学習中の愛子さまのご様子について「大変お元気で行事に参加されていると聞いております」と話すにとどめ、詳しい内容については「学校行事なので差し控えたい」と言及を避けた。
 雅子さまは児童らと同じホテルに泊まられているが、小町氏によると、愛子さまはほかの児童と一緒の部屋に宿泊されているという。
 初等科では3年生で初の宿泊行事が行われるが、愛子さまは昨年、通学不安のため欠席されている。今回は雅子さまのお付き添いのもととはいえ、愛子さまは初めて宿泊行事に参加されたことになり、小町氏はご通学をめぐる状況は改善しているという認識を示した。

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110923/imp11092307000001-n1.htm
(198)会われたのは3日間で1回…雅子さま校外学習同行の「真相」
2011.9.24 07:00 (1/5ページ)
 皇太子ご夫妻の長女で、小学4年生の敬宮愛子さまが14日から16日までの日程で、山中湖(山梨県)近くで行われた学習院初等科の校外学習に参加された。泊まりがけの学校行事への参加は初めてで、夜は宿舎となっているホテルで、数人の児童たちだけの部屋に泊まられた。
 宮内庁の小町恭士東宮大夫は22日の定例会見で、「富士山レーダードーム館見学、青木ケ原樹海ハイキング、山中湖キャンプ場でのネイチャーラリーなど、すべての行事にお友達とお元気に楽しそうに参加され、思い出に残る有意義な校外学習になられたと拝察します」と、3日間のご様子を明らかにした。また、登校問題をふまえて「実現してよかったと考えている」と感想を述べた。
 先週の【皇室ウイークリー(197)】では、別の車に乗り、校外学習の場に皇太子妃雅子さまも向かわれたことを書いた。この「同行」をめぐっては、週刊誌の報道が相次いでいるが、この日の会見でも記者側からさまざまな質問が相次いだ。
 そこで明らかにされたのは、雅子さまが愛子さまの訪問先を、別の車で遅れて訪問しながら、各所で「距離をおいて見守られた」(小町氏)ということだった。雅子さまは愛子さまに接触しようとはせず、「偶然に、出合い頭に」(同)現地で顔を合わされたことが3日間で1回あっただけという。
 娘の近くにいながらも、極力会わないようにされる、という変わった状況だったわけだ。この「見守る方針」は当初から決まっていたわけではなく、現地で愛子さまがお元気な様子を見て決められたようだという。

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110923/imp11092307000001-n2.htm
【皇室ウイークリー】
(198)会われたのは3日間で1回…雅子さま校外学習同行の「真相」
2011.9.24 07:00 (2/5ページ)
 記者側からは、学校行事にこのような形で雅子さまが同行されたことについて説明を求める質問だけでなく、東宮職の説明が足りないとする意見、非難も相次いだ。なお、一部の週刊誌で雅子さまが「インペリアルスイート」と呼ばれる高級な部屋に宿泊されたと伝えられたことについては、小町氏は「すごいたくさんの部屋があるって印象を与えるかもしれませんが、そうではない。そこだけ念のため申し上げます」と反論した。
 宮内庁の羽毛田信吾長官は22日の定例会見でこの校外学習の感想を問われ、「通常の校外学習でない姿になっていることは心配している」と述べた。
 また、秋篠宮ご一家を支える職員の離職が相次いでいることを指摘した週刊誌の報道が相次いでいることについては、「筆頭宮家として、またお子さん3人方が生育の過程にある中で、態勢の充実というのが課題であるというのは、質量共にそうだと私も感じているところ」とする認識を示した。


ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/111001/imp11100107000001-n1.htm
(199)愛子さま「お付き添いなし」続かず 1年で最初に皇族が爪を切る日は?
2011.10.1 07:00 (1/5ページ)
 学習院初等科に通う皇太子ご夫妻の長女、敬宮(としのみや)愛子さまは9月27日、ご夫妻のお付き添いなしで、登下校された。通学への不安を抱える愛子さまが通常の授業の日にお付き添いなしで登下校されたのは、昨年2月下旬以来、1年7カ月ぶり。しかし翌日以降は、風邪のため欠席されたり、途中から皇太子妃雅子さまが付き添われたりする日があった。
 宮内庁の小町恭士東宮大夫は30日の定例記者会見で、27日に一人で登校された背景について言及。愛子さまが山中湖での校外学習に楽しく参加できたことが「宮さまの自信につながり、プラスの一歩になられたものと思います」とし、いい形で校外学習に参加できたことが「お付き添いなし」につながったのかもしれないという見解を示した。
 その一方で、今後の通学については「ずっとこのまま(お一人で)いくには、まだ早い」「様子を見守る必要がある」と指摘。「まだ10歳にも満たない一人のお子さまの問題」であり、通学問題がたびたび報道で取り上げられることが、病気療養中の雅子さまの心労になっているとして「今こそ静かな環境でのご通学の確保が非常に重要」だと改めて強調した。

ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/111001/imp11100107000001-n2.htm
2011.10.1 07:00 (2/5ページ)
 また、先週の定例会見で、愛子さまの通学問題について国民が心配しているという記者会の指摘を受け「国民に心配を頂いていることについては両殿下も大変有り難く思われております」と回答した。山中湖の校外学習に雅子さまが付き添われた理由についても「宮さまからお付き添いがあればいらっしゃりたいというお気持ちがそもそもございまして」と、愛子さまのご要望だったことが明らかにされた。

『週刊文春』2011年9月29日号<1泊12万円「インペリアルスイート」に懐石料理 愛子さま「校外学習 山中湖2泊3日」雅子妃密着に学習院保護者が激怒!>編集

『週刊文春』2011年9月29日号<1泊12万円「インペリアルスイート」に懐石料理 愛子さま「校外学習 山中湖2泊3日」雅子妃密着に学習院保護者が激怒!>中吊り画像
pp.27-29より引用
「子供の合宿になぜ親がついて行くのですか」愛子さまたち初等科四年生の校外学習に雅子妃がご同行。ブルーのシャツに運動靴の雅子妃は、東宮職、警察ら数十人を率いて児童たちの後を行く。この“お付添い騒動”についに学習院保護者から非難の声が上がった――。
 
 雅子妃が、学習院初等科の山中湖「校外学習」にお付添いされる――。
 九月上旬、早耳の父兄たちの間ではすでに噂が流れ始めていた。三浦芳雄初等科長(=小学校校長)は困り切った顔で周囲にこう漏らしたという。
お付き添いについては、通常授業はもちろん、校外学習も、妃殿下に『どうぞお出ましください』ということではない。今回は過去の事例を最大限“拡大解釈”して判断しましたが……」
 学習院初等科四年生の二泊三日の校外学習は、例年だと五月に千葉県館山に行くのが恒例となっている。
 しかし、今年は震災の影響で延期され、場所も山中湖に変更された。昨年、埼玉県長瀞での校外学習に参加できなかった愛子さまにとっては、今回が初めての泊りがけの校外学習になる。
 三浦科長の“本音”を聞いた学習院関係者が語る。
「学習院の校外学習は、原則として保護者の同伴は認められていません。過去、保護者の方が、怪我や病気の児童を迎えに来たり、宿泊先の宿に泊まって待機したり、ということはありましたが、今回のように行く先々まで保護者が同行するのは初めて。そういう意味で『拡大解釈』だと科長は言ったのでしょう。
 今回の雅子妃の付添いについては、東宮職を通じて学習院側に申し出があったのだが、
『付き添ってよろしいでしょうか』という『ご相談』ではなく、『ご意志』として、初等科に伝えられたそうです。三浦科長も『ご遠慮下さい』とは言えなかったでしょう」(同前)
 九月十四日当日。愛子さまは午前八時前、紺色のリュックを背負ってご登校。そこに付き添っておられたのは皇太子だった。父兄に詳細は知らされていなかったが、雅子妃は現地で合流する予定になっていたのである。
「一般の児童は見送りに来た保護者と正門前で別れ、親は門外で待機していました。しかし、皇太子殿下は愛子さまと一緒に校舎へ入っていかれた。出発前もバスに乗り込んだ愛子さまを、心配そうにじっと見守っていました。愛子さまはお友達と手を繋ぐなど、とてもウキウキした様子でしたが(皇室担当記者)
 初等科のすぐ近くに停められた四台のバスは、愛子さまの護衛のため、皇宮警察、東宮職職員の乗り込んだ二台の車を挟んで山中湖に向けて出発した。皇太子は目を細めて愛子さまの乗るバスや別のバスに交互にお手振りなされ、見送られた。
 
ツーショットは撮らせない
 その後、雅子妃が初等科のバスを追うように東宮御所をご出発。目的地である富士山五合目まで約三時間のご移動には当然、山梨県警を含めた大掛かりな警備が必要になる。東宮御所から初等科までの片道数百メートルの“お付き添い登校”とはわけが違う。
現地では雅子さまを乗せたゴールドのアルファードが長い車列を作って移動していました。宮内庁や山梨県警の車両、さらに白バイ二台を合わせた計十台、数十人の関係者が乗り込んでいたようです。児童らが乗るバスが移動すると、十分ほど時間をあけて追走していました。仰々しい車列に沿道の人は、何があるのだろうと驚いていました」(地元関係者)
 頻繁に交通規制が行われ、児童たちが宿泊するホテルへ続く道では検問が行われた。また児童の行動範囲には立ち入り禁止のロープが張られたり、緊迫した雰囲気に一般の観光客も驚いていた。
「カメラを向けると県警職員が立ちはだかるんです。今回、東宮職が異常とも思えるほどに気にしていたのは、雅子さまと愛子さまのツーショットを撮られることだったようですから」(前出・皇室担当記者)
 たしかに現場で取材にあたった小誌カメラマンも東宮侍従から、
「撮ると大変なことになるぞ!」
 と凄味を利かせて怒鳴られるという一幕があった。
雅子妃は移動の車内でも、つばの広い帽子を目深にかぶって、まるで顔を隠しておられるようだった。
「雅子さまはほとんどの場所で児童と同じ施設に入られ、別室で待機されていました。愛子さまの様子を見守られたようです」(前出・皇室担当記者)
 二日目の昼食時に立ち寄られた「富士緑の休暇村」では、愛子さまは二階の食堂で、雅子妃はその食堂から近い六人部屋の客室で食事をされた。
「何かご心配だったのでしょうか、『雅子さまが愛子さまのお食事の様子を見に行くかもしれない』と事前に連絡がありました」(休暇村関係者)
 愛子さまはふだん学校では、児童が一堂に会する食堂での給食を召し上がれず、別室で雅子妃と昼食を召し上がっているという。
 原因はわかりませんが、一時は御所でテーブルの下にシートを敷いて食事をされていたそうですから、ご飯をこぼしたりしたのを他の児童にからかわれたのかもしれません」(宮内庁関係者)
 「富士緑の休暇村」では結局、雅子妃は食堂へはいらっしゃらなかった。
「献立はポークカレー。ちょっと驚いたのは、愛子さまがスプーンを左手に持って召し上がってたことですね」(前出・休暇村関係者)
 食事中、愛子さまはとても元気で笑顔を見せられ、はしゃぎ気味なほどだったという。「富士山レーダードーム館」ではクイズで全問正解。山中湖キャンプでは宝探しゲームに参加された。これらの場所にも雅子妃は一定の時間をおいて訪問されている。
 今回児童が宿泊したのは高級リゾートホテル「ホテルマウント富士」。一九六三年に開業した富士急行系列の老舗で、同社代表取締役は初等科OB、妻も皇后陛下の女官長を務めたこともある故・牧野純子氏の親族。皇室とは浅からぬ縁がある。
「建物は地上六階、地下一階、部屋数は百五十三室あり、約四百人を収容できる。ここが約百三十名の児童と学校関係者で貸し切り状態だったのです。雅子さまご一行もここにお泊りになったのですが、部屋はかなり余っていたはずです」(前出・皇室担当記者)
 標高千百メートルに位置し、眼下に山中湖、西側には富士山、北側には南アルプスが望める絶好のロケーション。露天風呂や二種類のサウナがついた「満天星の湯」や、「屋内温泉プール、レストランのメインダイニングからも富士山の雄大なパノラマが楽しめる。
 愛子さまは五人一組で和洋室にご学友とお泊りになった。一方、雅子妃が宿泊されたのは一泊十二万円の、その名も“インペリアルスイート”だった。
「全客室の中で最も富士山を堪能できる部屋で、富士連作で知られる洋画家・林武がアトリエとして利用したこともある部屋です。富士山が見えない日がほとんどなく、多くの芸術家、政治家、財界人に愛されてきました」(ホテル関係者)
 校外学習二日目は富士山にかかる雲もないほど天候に恵まれた。雅子妃も、部屋からの絶景をさぞ楽しまれたことだろう。
雅子さまがいらっしゃるということで、インペリアルスイートのお部屋の壁紙をベージュから白地にグリーンの花柄に変えました。お食事も、児童と一緒というわけにはいきませんので、食材にこだわった雅子さまのための『特別懐石料理』を召し上がっていただきました」(同前)
 
「愛子さまのご希望だから」
 二泊三日の校外学習はつつがなく終了した。だが、小誌取材で明らかになったのは、一連の運びに憤りを隠せない保護者の声だ。
「ほかの児童が、落ち着いて校外学習に参加できなかったのではないかと可哀想です。雅子さまが毎日のように授業を見学され、普段から『毎日が参観日状態』。子供たちも委縮しているはずです。いくら離れてついて行ったとしても、子供たちは百も承知。日々のお付添い登校も含め、今後お付き添いが本当に必要かどうか、両殿下と学校で話し合っていただきたいです」
 保護者たちの怒りがは、四年生だけでなく、他学年にも飛び火している。複数の保護者が、口を揃えて「四年生が校外学習に行っている間は、初等科は平和だった」と冗談交じりに語っているのだ。学習院関係者も保護者の意見に同調する。
「よく『つ離れ』と言いますでしょう。『一つ』『二つ』と歳を数えられるうちは子供ですが、『十歳』となれば、そろそろ反抗期の入り口。女の子のほうが成長も早く、この頃から親の知らないところで子供同士の人間関係が広がっていく。校外学習は部屋割りやバスの席次などで普段とは違う新しい交友が生まれる絶好の機会なのです」
 東宮職幹部も今回のお付き添いについては、批判を予測していたようだ。
ある幹部は『愛子さまのご要望だから仕方がない』と漏らしていた。まるで雅子さまを庇うような話しぶりです。ですが、妃殿下は泊りがけの地方公務を控えらえている(=やっていない)状態。同じ二泊三日で地方公務をなさったのは、〇七年の徳島の国民文化祭にまで遡る。東宮職には説明責任があるはずです」(宮内庁担当記者)
 両陛下にお仕えする宮内庁の千代田関係者も嘆息を漏らした。
「本来なら東宮大夫が諌言すべきなんでしょう。しかし、それで妃殿下のご体調に障ったら大変ですから、それもできない。触らぬ神になんとやらですよ。もちろん学習院を責めることもできないでしょう」
 東宮大夫は今年七月、それまで五年三ヵ月務めた[[野村一成]氏から、小町恭士元タイ大使に交代したばかり。野村氏は同日付で御用掛に就任している。
小町さんは許可を得ないと何も喋れないと思っている。定例会見の質疑応答でも、『なぜ妃殿下が同行するのか』『警備態勢は』といった質問に何も答えられない。こんな状況ですから、両殿下に諌言なんてとても無理です」(前出・宮内庁担当記者)
 校外学習最終日、帰路に着く小町氏を直撃したが、記者の問いかけに終始無言。野村氏も「現職の東宮職に聞いてほしい」の一点張りだった。
 愛子さまは十二月で十歳。「つ離れ」の年頃である。このまま“お付き添い”を続けることが、愛子さまやご学友たちにとって支障とならないのか。いまこそ東宮職は見識と覚悟をもって両殿下のお考えをお聞きするべきではないか。

『週刊新潮』2011年9月29日号<ワイド女たちの「常在戦場」 学習院富士山2泊3日の校外学習を追尾した「雅子妃の車列」「樹海洞穴」行き違いで心配される雅子さま愛子さま不和の芽>編集

『週刊新潮』2011年9月29日号<ワイド女たちの「常在戦場」 学習院富士山2泊3日の校外学習を追尾した「雅子妃の車列」「樹海洞穴」行き違いで心配される雅子さま愛子さま不和の芽> 中吊り画像

『週刊文春』2011年10月6日号<東宮大夫「大荒れ会見」をスッパ抜く!雅子さま愛子さま校外学習に宮内庁記者が「税金泥棒」「異様な母子」>編集

pp.141-143より引用
波紋を広げる雅子妃の“校外学習密着”事件。前回の会見で、記者会は「妃殿下の二泊三日の行啓(傍点付)」と“皮肉な一矢”を放ったが、新任の東宮大夫にはまるで響かなかった。要を得ない説明を続ける大夫。翌週ついに記者会は言葉を選ばず小町大夫の見識を問い質した。
 
「今回のお付き添いは、極めつけの茶番ですよ。皇室の尊厳もくそもない!」
 九月二十日、怒気を含んだ記者の声が、宮内庁二階の報道室に響き渡った。
 この日、通常は長くて三十分しかかからない東宮大夫の定例会見が、約四十五分も続いた。会見が終わる頃には日は落ち、辺りは暗くなっていたという。
 記者が声を荒げて訴えた“茶番”とは、愛子さまが参加され、雅子さまがお付き添いされた、学習院初等科の二泊三日の山中湖・校外学習のことである。
「過去の校外学習で、児童が怪我や病気のため、父兄が児童の宿泊施設の近隣のホテルに泊まるということはありました。しかし、妃殿下のように行く先々にご同行されたことは初めてです」(元学習院初等科職員)
 小誌先週号で既報の通り、お付き添いは初等科の児童が乗るバスに、妃殿下を乗せた車が数十分遅れで追走するという異様な形で行われた。警備、職員らを乗せた車は七台、白バイ二台の厳戒態勢。児童らの宿泊したホテル付近には検問が張られ、山梨県警も数十名が動員された。雅子さまは児童と同じ「ホテルマウント富士」の「インペリアルスイート」(一泊十二万円)に宿泊された。
 この前代未聞の校外学習について、東宮職のトップである小町恭士東宮大夫は、理解を求める努力をほとんどしてこなかった。
「小町大夫はいつものお付き添いの延長という認識だったようですが、ほかの児童への配慮が全く欠けている。だからこそ、二十二日は『今日こそ説明を聞こう』と意気込んでいた。校外学習のさなかにあった前回の大夫会見では、『両殿下が戻ってきてから』と説明を先延ばしにされていたからです。女官や侍従から情報はとっくに上がっているはずなのに」(宮内庁担当記者)
 また前週の会見では、ある記者が質問のなかで、「妃殿下の立場としての二泊三日の行啓(傍点付)と皮肉を込めて聞いたが、小町大夫は「詳しい話は差し控える」と回答を避けた、という経緯もあった。
 記者たちが勢い込んでいたのには別の理由もあった。大夫会見の約三時間前には、羽毛田信吾宮内庁長官の定例会見があり、こんなコメントが飛び出したのだ。
「校外学習が出来たのは良いですが、通常の形でないのは心配している」
 前出・宮内庁担当記者が解説する。
「普通なら、東宮大夫の定例会見は金曜日。ですが、この週は金曜が祝日だったため、一日繰り上げとなり、長官と大夫の会見が重なった。羽毛田長官の『心配発言』に対して、小町大夫がどう答えるのか、もちろん注目していた」
 
開始早々、大夫は前言を撤回。
 午後五時、いつものように宮内庁二階の報道室に集まった記者たちは、細長いテーブルをコの字型に囲んだ黒い革張りのソファに座り、小町大夫にどう切り込むか考えていた。大夫の席から見て左奥、ソファ席から離れた所にはベテラン記者数名が囲む年季が入った麻雀卓があり、彼らは煙草を燻らせながら、会見前の時間を過ごすという。
「昔は赤坂の東宮御所で定例会見が開かれていたのですが、妃殿下が、報道関係者が御所内に入るのを負担にお感じになるということもあったそうで、千代田の本庁舎・報道室に会見場が変更されたのです。大夫会見には、記者約二十名が出席し、東宮大夫を囲む。横には東宮侍従が控え、他にも東宮職職員、総務課報道室職員など、宮内庁側は十名弱が会します」(同前)
 定刻、小町大夫を記者たちが囲み、会見は始まった。目の前のテーブルには新聞記事のスクラップ帳を作るため、カッターでつくった傷が無数に刻まれている。普段、取材が制限される事の多い独特な慣習を持つ宮内庁記者クラブにとって、定例会見は主戦場の一つである。
「三殿下はお変わりなくお元気でお過ごしになっておられます」
 会見の冒頭、定型句となったこの言葉を皮切りに、小町大夫が書類を手にしながら、皇太子ご一家のご日程について報告した。前出・宮内庁担当記者が話す。
「愛子さまの校外学習について、大夫は『富士山五合目ハイキング、富士山レーダードーム館の見学……』と立ち寄られた場所を列挙して、『有意義な校外学習だったと拝察します。妃殿下は距離を置いて見守られました』と話しただけでした。
 小町氏はあっという間にペーパーを読み上げ、いつも通り、こう締めくくった。
「以上です」
 予想し得たこととはいえ、あまりにすげない発表に会場は一瞬、脱力感に包まれたという。そして、ある記者が口火を切った。
<妃殿下と宮さまが山中湖で接触することはなかったのですか>
「はい」
 この質問は明らかに「週刊新潮」で報じられた、青木々原樹海ハイキングで雅子さまと愛子さまが「鉢合わせ」されたという件についての確認だった。
大夫は言下に否定したのである。
 記者たちは念を押すようにこう聞いた。
<現地で接触することはなかったんですね>
<お二人が話をしたこともなかったんですね>
 すると小町大夫は急に前言を翻したのだ。
「まったく偶然に、出会い頭に接触したことが一度だけあったようです。それ以外にはなかったと」
 質疑開始早々に自らの発言を撤回した大夫に、記者たちは唖然としたという。
<接触がなかったとなると、妃殿下が行かれた目的は何なのか>
「宮さまの希望もあって、妃殿下の付き添いのもとで、ご通学という状況が続いている。現地でも宮さまのご様子から、結果的に距離をおいて見守ることになったと理解している……」
 小町東宮大夫は今年(=2011年)七月に就任したばかり。会見の回数は十回に満たない。五年三ヵ月務めた前任の野村一成氏と比較するのは酷かもしれないが、
「野村さんは都合の悪い質問には声が小さくなる。小町大夫は、声は聞きやすいが、まだおどおどしていて、ペーパーを読みながら、答に窮すると、隣に座っている侍従がささっと書いたものを渡す。それを小町大夫が政治家の答弁のように読むんです。癖なのか、困ると時々、にやつくような表情を見せるのです」(別の宮内庁担当記者)
 もともと外務省出身の小町大夫は、野村氏の六期下にあたる。「外務省は伏魔殿」と言い放った田中真紀子外相(当時)の下では、省内の総務を統括する官房長に就いていた。かつての部下がこう話す。
「当時、小町さんが国会答弁するために想定問答集を作ったのですが、かなりテンパった様子で、緊張のため用意した回答を使いこなせていませんでした。小心で、典型的な役人タイプに見えました」
 この日も、十分な想定問答を用意しておけばよかったのだろうが、小町氏は要を得ない回答を繰り返し、どんどん墓穴を掘っていった。記者も苛立ちを隠せず質問は次第にヒートアップしていったという。
 そして痺れを切らした記者が痛烈な一撃を放ったのが、冒頭の「茶番」発言。これで完全に火蓋は切って落とされた。
 
侍従の仕事はホテルの支配人
<世間の常識がある。一人の社会人として東宮大夫はどう考えているのか>
<付き添いの形があまりにも異様です。親が子を思う気持ちはわかるが、大夫からの説明、支える者の方針がなければ、“異様な母子”に映る>
<皇室に対する国民の見方にも影響する。今のやり方は適切か>
異様な母子」とまで言われた小町大夫は、
「ポイントを十分踏まえつつ、良い状況に持って行きたい。長い目”で見ていただければありがたい。今の状況は正常だとは思わない……
 と返すのが精一杯。
<ポイントというのは、学校や周囲に迷惑をかけている状況を指すのですか>
 と更なる質問を浴びた。そして、あるベテラン記者は厳しく懸念を表明した。
長い目で』と言うが、国民は既に長い目で見ている。(東日本大)震災から半年、国民が大増税の時代を迎えようとしているその時期に妃殿下は校外学習でインペリアルスイートに泊られた。常識的に考えられない出費。“税金泥棒”との批判を受けるかもしれません。それを許した(皇太子)殿下はどうお考えなのですか
 通常、東宮大夫の定例会見は録音され、記録される。そして発言者や内容も余すところなく、両殿下に報告が上げられるという。
「妃殿下は療養中ですから、ご覧になれないとしても、殿下はご覧になっているはずです」(皇室担当記者)
 両殿下が今回の会見の様子をご存知かどうかは不明だが、会見翌週の火曜日、登校される愛子さまを一目見ようとする記者の目に、珍しい光景が飛び込んできた。
「一年半ぶりに、愛子さまがお一人で登下校されたのです。十月の運動会を控え、学年対抗リレーの選手に選ばれてはしゃいでおられるそうです。元気なご様子でもう付き添いは不要では、と学習院関係者の間で話題になっています」(同前)
 あまり知られていないが校外学習の一週間前、東宮侍従一名が異動で宮内庁を離れた。彼は知人に侍従の仕事をこう語ったという。
「東宮侍従は、ホテルの支配人みたいな感じだ」
 また、別のベテラン東宮侍従は小誌の取材に、
「私どもは兵隊ですから」
 とも述べている。昨今の東宮職についての印象を前出・宮内庁担当記者がこう洩らした。
「東宮職を責めるつもりなどありません。会見でも『東宮職はどう支えるか。将来の皇室をどうしていくのか』という質問が出ましたが、記者は期待を込めて聞いたはずなのです。大夫は『私がどうこう言うのは適当でない』と言っただけ。やはり何とも頼りないとしか言いようがない」
 小誌では、小町大夫を直撃したが、「お付き添いはまだ続きそうですか」との問いには答えず、「外が寒くなりましたね……」とはぐらかすばかり。
 東宮職はホテルの支配人でも、兵隊でもない。両殿下の良き理解者であり、国民との架け橋でなければならないのではないか。

『週刊新潮』2011年10月6日号<「学習院」を打ちのめした「雅子妃」の月曜日事件 「月曜日、月曜日が問題だ」。ある東宮職員は、週末、誰に聞かせるともなしに、こう呟いていた。愛子さまが不登校となったあの事件から1年半。ようやく、明るい兆しが見え始めていた。そして9月26日、月曜日、何もかも上手く運ぶかに思えたその矢先、雅子さまのある行動で……。>編集

pp.136-138より引用
 9月24日、土曜日、午前7時50分、東京・新宿区の学習院初等科。晴天に恵まれ、初秋の涼やかな空気に包まれるなか、愛子さまは正門を通り抜け、校内へと消えていかれた。
 その軽快な足取りには、“独り”で歩く9歳の少女の瑞々しさが溢れていた。7人の東宮職らに見守られながらも、そこには皇太子殿下の姿も雅子さまの姿もなかったのだ。
「昨年の不登校騒動以来、愛子さまがご夫妻のいずれにも付き添われずに登校したことはほとんどありません。奇跡的なことです」(皇室ウォッチャー)
 感動的な愛子さまの自立心の芽生え。だが、随行していた東宮職の一人は、こう呟いた。
「月曜日が勝負。月曜日、月曜日が問題だ」
 月曜日も続けてお一人で通ってくだされば、いよいよ愛子さまの親離れの時が訪れたことを意味する。
 管弦楽部の練習を終えた午前9時、3人の女子児童と一緒に元気よく駆け足で校外へと出てきた愛子さまの姿からは、お一人での学校生活を存分に楽しんでおられる様子が窺えた。東宮のみならず学習院の職員も、弥が上にも期待に胸を膨らませていった――。
 そして、週が明けた「問題」の26日、月曜日。鈍色の雲が垂れ込めた東京は、今にも泣きだしそうな空模様だった。
 午前7時54分、正門へと向かって行く愛子さま。だが残念なことに、後ろに3メートルほど距離を取って、皇太子殿下が控えていらしたのだ。
「まだ愛子さまは親離れできないのか」
 学習院職員の間に落胆が広がりかけた、その時だった。校舎へ入って行く愛子さまを校門の外で見送った殿下は、そのまま引き返されたのである。
 殿下あるいは雅子さまのどちらかがほぼ必ず、愛子さまの在校時間中、校舎内で待機なさるという、1年半にわたった前代未聞の“年中無休授業参観”。この異常事態に、漸く終止符が打たれたのだ。
「やった、ついに愛子さまは“独り立ち”された!」
 学習院の職員は胸を躍らせた。1時間目の授業が過ぎ、2時間目も無事終わった。依然として愛子さまは、お一人で授業を受けておられる。職員たちは感慨を噛み締めていた。直後に“悲劇”が起き、再びどん底へ突き落されるとも知らずに……。
 それは3時間目が始まる5分前、午前10時45分のことだった。
 正門前に猛然と滑り込んできた、トヨタの金色のアルファード。チャコールグレーのパンツスーツに身を包んだ女性が降り立つ。雅子さまである。彼女は門をくぐり、悠然と校舎の中へ歩を進めていった。
 再び雅子さまが外に出ていらしたのは、午後4時5分。傍らには制服姿の愛子さまがいた。そう、愛子さまが授業を終えられるまで、雅子さまは校内で例の“授業参観”をしていたのである。そして、車に乗り込み、“お二人”で東宮御所へとお帰りになっていったのだ。
 学習院職員の嘆息だけが校内に置き去りにされていた。やはり、雅子さまと愛子さまは離れられなかったのである――。
 
税金泥棒
 “泡沫の夢”と消えた、愛子さまの親離れ、いや、雅子さまの子離れ、今回の「月曜日事件」を、教育評論家の長谷川孝氏が分析する。
「本当は愛子さまは、“もういいよ”と雅子さまに仰りたいのではないでしょうか。いずれにしても、学校に通うという行為は、自動的に親離れ、子離れができる格好の機会。にも拘らず、親が同伴していては元も子もない。“子どものため”と思って取っている行動が、実は子どもの成長の妨げになってしまっていることを、親は自覚すべきです」
 こうして、雅子さまと愛子さまの母子関係の“影”を感じさせた「月曜日事件」。だが、学習院の職員が失意を深くした背景には、直前に起きていたもう一つの事件、本誌が前号で報じた「校外学習事件」が横たわっているのだった。
 9月14日から16日まで、愛子さまを含めた学習院初等科4年生の約120人は、2泊3日の日程で富士山麓を訪れていた。気象観測施設や青木々原樹海にある洞窟「コウモリ穴」などの見学と同時に、子どもたちだけで宿泊を含めた共同生活を経験することが、校外学習の狙いである。ところが、
「雅子さまは、愛子さまたちが乗るバスを追い掛けるように、東京からアルファードに乗って富士山麓に向かわれました。そして、4年生の見学先全てに足を運び、愛子さまの姿を見守っていらした。しかも、児童と同じホテルマウント富士の、インペリアルスイートにお泊りになっていた」(学習院関係者)
「コウモリ穴」付近では、愛子さまとすれ違った雅子さまが、
「あら、偶然ね」
 と話しかける“珍妙”な光景まで見られた。さらに、東園基政・学習院常務理事が驚愕の事実を打ち明ける。
実は、雅子妃殿下を愛子さまら児童と同じバスに乗せてほしいという申し出があったんです。頑として断りましたが、要するに妃殿下は、愛子さまと一緒にいてご安心なさりたいお気持ちが強いのでしょう」
 子どもの自立を促すための校外学習の本旨を、何か勘違いされているのではないかと懸念せざるを得ない雅子さまの言動。この“異形”には、さすがに宮内庁も黙っていなかった。
「正常な状態だとは思っていない」
 小町恭士・東宮大夫が、22日の定例記者会見で、こう違和感を表明したのである。しかも記者からは、
ここ何年かで最悪の茶番。皇室の尊厳が損なわれる
行動を許された(皇太子)殿下のお考えに、もの凄く疑問を持ちました。(東日本大)震災で大増税されようという時期に、スイートルームに泊まった。“税金泥棒”という言葉を思い浮かべました。これから批判を受けると思いますよ
 といった、質問ならぬ詰問がなされる始末。皇室ジャーナリストの久能靖氏も慨嘆する。
「これまで私は、早く回復していただきたいとの思いから、周囲はそっとしておくべきではないかと、どちらかといえば皇太子ご夫妻を擁護してきたつもりです。しかし、校外学習の一件だけは“なぜ?”という思いを抱かずにはいられませんでした。残念でなりません。そもそも皇太子ご夫妻は、愛子さまが学習院に入学される際、“特別扱いしないでください”と申し入れているんですからね」
 
思い出されるのは…
 一層の衝撃を与えたのは、同日、やはり定例記者会見で羽毛田信吾・宮内庁長官が放った次の一言だった。
「通常の校外学習でない形になっていることは心配」
 宮内庁のトップが、雅子さまの行動に対して、公式に苦言を呈したのである。
「宮内庁長官の発言は、当然、天皇・皇后両陛下の意を汲んだものと考えるべきでしょう」
 と解説するのは、ある宮内庁担当記者。例えば、
「09年12月、民主党の幹事長だった小沢一郎さんが天皇陛下と中国の習近平・国家副主席の会見を特例でねじ込んだ時、羽毛田長官は“(こういう事態は)二度とあってほしくない”と発言し、物議を醸しましたが、これも両陛下、とりわけ天皇陛下に相談した上でのこと。陛下の了解を得ずに、宮内庁長官が皇室に関する事柄について発言することは、まずあり得ません」
 すなわち、長官よりも、むしろ両陛下が雅子さまの姿勢に疑義を持たれているということになる。
 そこで思い出されるのは、04年5月10日の皇太子殿下の「人格否定」発言である。
「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあったことも事実です」
 当時、既にご病気を患われ、公務に支障を来していた雅子さまに対して批判の声が上がっていた。悩まれる雅子さまをお守りになりたいあまりか、殿下は内外からのプレッシャーを撥ねよけようと、“反撃”に出られたのである。
「両陛下の御心を反映したこの度の宮内庁長官発言を受けて、皇太子殿下が再び“反論”なさる事態になりはしないでしょうか。折も折、皇后さまが10月20日、愛子さまが12月1日、雅子さまが9日、天皇陛下が23日と、年末にかけてお誕生日が続く。そうした際に、会見等で殿下あるいは陛下が、愛子さまの教育方針を巡って互いに不信感を含んだ“お言葉”を発し合い、千代田(両陛下)と東宮(皇太子ご一家)の確執が深まるといったことにならないか、気が気でない」(前出記者)
 “大人たち”の心配をよそに27日、火曜日、愛子さまは登下校ともお一人でこなされた。しかし、周囲の交通が規制され、東宮の要人が学習院を訪れるなど、いつもの雅子さま“ご来校シフト”が敷かれていた。やはり、雅子さまは直前まで“授業参観”に駆け付けるおつもりだったのではなかろうか……
 愛子さまが、真に自立なさるのはいつの日か――。

『女性セブン』2011年10月13日号<「愛子さま(9)2泊3日校外学習にまたご同伴」でくすぶる 皇太子妃雅子さま(47)山中湖騒動5つの火種>編集

pp.27-30より引用
 3連休明けの9月26日、東京・四谷にある学習院初等科には、普段と違う光景が見られた。
 午前8時前、ネイビーのカーディガン姿の愛子さまが元気に登校された。この日、登校に付き添われたのは雅子さまではなく、皇太子さまだった。そして愛子さまを校門まで見送ると、皇太子さまは校内にはいることなく、歩いて東宮御所までお帰りになられた。
 それから2時間半後の午前10時半過ぎ、雅子さまが車で登校され、校内へと向かわれた。
「いつもなら、皇太子さまは校内にまで同行されるんですが、この日は校門まででお帰りになられました。もしかすると、先日のあの騒動を気にされて、遠慮なさったのかと思いました」(学習院関係者)
             *
 その“騒動”とは。9月14日から2泊3日の日程で行われたた、お泊りを伴う校外学習でのこと。本来、4年生の校外学習は5月に千葉・館山の海辺で行われるのが通例だが、今年は3月に東日本大震災が起こり、使用する建物に被害が出たり、海辺での活動が中心のため、万が一のことを考慮して中止となっていた。その代わりとして実施されたのが、今回の山梨県・山中湖でのお泊まり学習だった。
 愛子さまは3年生のときの埼玉・長瀞での1泊2日の校外学習は不参加だったため、今回が初めての“お泊まり学習”となり、大きな注目を集めていた。
 だが、愛子さま以上に目立ってしまわれたのが同伴された雅子さまの存在だった。初等科のお泊まり校外学習は、原則として保護者の同伴は認められていないのだが、雅子さまは全日程に付き添われたのだ。
 9月14日、愛子さまはクラスメートとともに、バスに乗られて山中湖へと出発。それから10分後、雅子さまはバスを追うように東宮御所を出発された。
 片道約3時間かかる道中、雅子さまを乗せた車の後ろには警察車両や白バイなど計10台が連なり、物々しい車列を成していた。現地にはいってからも、頻繁に交通規制が行われ、一般車両は足止めされ、雅子さまの車を優先的に通すなど、その様子はただならぬものだった。
 この日の目的地である富士山五合目に辿り着くと、初等科の児童たちは「雲上閣」というレストランで昼食を取ったが、雅子さまも10分ほど遅れて同レストランの別室へはいられた。
「雅子さまは、このお泊まり学習中、ほとんどの訪問先で、レストラン同様に別室で待機され、少し離れたところから愛子さまを見守られたそうです」(宮内庁関係者)
 唯一、おふたりが接触されたのが、2日目に「コウモリ穴」と呼ばれる溶岩洞窟入り口のトイレ前で鉢合わせたときだった。
愛子さまを見つけられた雅子さまは、手を振りながら“あら、偶然ね”と声をかけられたそうです。ご同行されているにもかかわらず、愛子さまの側に寄ろうともせず、揚げ句の果てに、会ってしまったら“偶然ね”とおっしゃった雅子さまに、多くの関係者が首を傾けざるをえなかったようです。 一体、何のために、雅子さまは山中湖まで行かれたんでしょうか・・・・」(学習院関係者)
 こんな全体未聞の異常事態を多くのマスコミが報じ、大きな波紋を呼ぶこととなった。

1 長官の発言は両陛下の思いを代弁したもの
 さらにそんな報道を受けて、9月22日、宮内庁のトップである羽毛田信吾宮内庁長官が、
「愛子さまが校外学習へ行かれたことは、とてもいいことだと思う」
 と前置きしたうえで、雅子さまの同行について、
「通常の校外学習でない姿になっていることは心配だ」
 と異例の苦言を呈した。
長官が自らの考えで雅子さまを批判されるなんてことはありえません。基本的に長官の発言は、両陛下の思いやお考えを代弁したもので、羽毛田長官の言葉こそ、両陛下の本音だといえるでしょう」(皇室関係者)
 また同日、東宮職のトップである小町恭士東宮大夫も、
いまの状況が正常だとは思っていない
 と語ったが、宮内記者会からは、「なぜ雅子さまは同行されたのか?」「雅子さまが同行された目的は何だったのか?」「一緒に行動されないのに行かれる必要があったのか?」といった厳しい質問が相次いだという。これには小町東宮大夫も困惑の表情を浮かべながら、
「私は答えを持ち合わせておりません」
 と苦しい弁明をするしかなかった。前出の皇室関係者はこう憤る。
「きっと東宮職は、今回の雅子さまのご同行を、普段の同伴登校の延長ぐらいに軽く考えていたんでしょう。しかし、よく考えれば、プライベートとはいえ、雅子さまが地方に宿泊を伴って行かれれば、警備など、多くの関係者が動くことになり、事態が大きくなることは想像できたはずです。
 本来なら東宮職は、雅子さまに“同行はおやめください”と進言しなければならない立場。だが、それができないということが露呈した形になってしまったわけです
 確かに小町東宮大夫は、今年7月に就任したばかりで日も浅く、皇太子ご夫妻との信頼関係も築き上げる途中の段階であろう。
雅子さまにしてみれば、行きたいと要望されて、側近が何もいわなかったのだから、問題ないとお考えだったはず。しかし蓋を開けてみたらバッシングの嵐。今回の騒動でまた雅子さまと東宮職の間に新たな火種を生んだような気がしてなりませんね・・・・」(前出・皇室関係者)

2 保護者の間であがり始めた声
 雅子さまの校外学習同行には、宮内庁内部だけでなく、学習院の保護者たちからも批判的な声が聞こえてくる。
「校外学習の目的は、親から離れ、友達や先生との集団生活の中で“規律”や“ルール”を守りながら、自然と触れ合い、自立心を養うことです。それに親がついていってしまっては、意味がありません。
 また雅子さまが行かれたことで、他の児童は物々しい雰囲気の中で過ごさなければならなくなって、校外学習を心から楽しめたのか疑問です。それを考えると、子供たちがかわいそうで仕方ないですよ。たとえ離れて行動されていたといっても、現地に行かれてしまえば、同じことです」(4年生の保護者)
 今回の騒動を機に、保護者の間では、日々の雅子さまの同伴登校にまで“早急に対処すべきだ”という声もあがっているという。

3 1500人、3000万円の警備態勢
 さらに今回、私的に雅子さまが東京から山梨までお出かけになられたことで、多くのお金と人が動いたという問題もある。
 今回、愛子さまと雅子さまが宿泊されたのは「ホテルマウント富士」。愛子さまはクラスメートと一緒に5人1組の部屋に泊まられたが、雅子さまは1泊12万円の“インペリアルスイート”を使われたという。一部報道によれば一部報道によれば、雅子さまが宿泊されるために、部屋の壁紙を新しいものに変え、食事も雅子さまのために用意した“特別懐石料理”が振る舞われたという。
 雅子さまをお守りすべき警護も、尋常でない人と金が動いていた。
今回は私的とはいえ、皇宮警察、警視庁、神奈川県警、そして山梨県警が協力して警護を務めています。3都県にまたがりますから、その人員の数も大きくなります。1日約500人は動員されているでしょうから、3日間で1500人態勢ですね。
 また24時間態勢で警護しなければなりませんから、交代で泊まるホテルなど経費も莫大で、1日約1000万円かかっているはず。ですから、3日間で3000万円ほどになると思いますよ」(警察関係者)
 経費に関しては公にされていないというが、両陛下と皇太子ご一家の警護にかかわる経費は国費でまかなわれるという。私的な宿泊を伴う突然のお出かけに対して、どう考えていけばいいのか、この問題も問われ始めている。

4 全面協力の陰にもうひとつの“同伴登校”
 今回、千葉・館山から山中湖に訪問先が変更になったわけだが、この行き先選定にも学習院は苦悩したという。そんな学習院のために一肌脱いだのが、富士急行の堀内光一郎社長(51才)だった。
 同社の御曹司として生まれた彼は、高校からは慶應へと進んだものの、小中は学習院で学んだOB。大学卒業後は、長期信用銀行に勤務した後、29才の若さで富士急行の社長に就任している。
 学習院中等科時代には、当時1学年上に在籍されていた皇太子さま(当時・浩宮さま)に、学校の廊下でゴムボールをぶつけてしまったという逸話も持っている。
 また堀内氏の妻・詔子さんは、かつて美智子さまの女官長を務めた故・牧野純子さんの親族で、父親は天皇陛下と学習院時代の同級生。さらに詔子さん自身も、皇太子さまのお妃候補として名前が挙がったことがあり、皇室とは浅からぬ縁がある。
「当初、校外学習に雅子さまが同行されるかどうか不透明な状態でした。だからどんな状況になっても、学校側の事情を理解して、対応してくれる、信頼できる施設、でなければならなかったんです。そのため、学習院OBの堀内氏が社長を務める同社の本拠地である山梨に決めて、バス、ホテル、休憩するレストランなどすべてを委ねたそうです」(前出・学習院関係者)
 実際、前述した初日には昼食を取ったレストランや宿泊したホテルもすべて富士急行の系列だ。
 堀内氏が全面的に協力した背景には、ある事情があると彼の同級生のひとりが語る。
「堀内くんの母親も、彼が初等科のころ、雅子さまと同じように、ほぼ毎日同伴登校をしていたんです。教室に来ることはなかったですけど、正門近くの木の下で、雨の日も風の日も立って、授業が終わるのを待っていましたね。彼はいじめられていたわけではなかったですけど、お母さんのほうがわが子が心配で仕方なかったんじゃないでしょうか。
 そんな母親の姿を見てきていますから、雅子さまに自分の母親の姿を重ねて、学習院に協力したんでしょう」
 滞在中に雅子さまが堀内氏と会話を交わされたかどうか不明だが、保護者のひとりがこんな懸念を口にする。
「ご自分以外にも長期同伴登校を続けていた保護者がいたと知ったら、雅子さまは心強く感じて、今後も継続しようと思われるのではと、つい思ってしまいます」

5 南組の“チーム愛子”で問題ないのに
 雅子さまの行動が大きな波紋を呼んでいる一方で、愛子さまあ雅子さまの力を借りることなく、お友達と力を合わせ、無事に2泊3日の日程を終えられた。
「いま愛子さまは昼休みにお友達と遊ぶのがいちばんの楽しみだそうです。それだけ信頼できるお友達ができたということでしょう。
 その仲間たちの存在が愛子さまを支えていて、彼女たちがいたからこそ、このお泊まり学習も雅子さまが近くにおいでにならなくても何の問題もなく過ごされたんだと思います。
 まさに、4年南組の“チーム愛子”ですね」(別の学習院関係者)
 しかし、そうなると再び浮上ししてくるのが、雅子さまの同伴登校はもう必要ないのではという声だ。
             *
 そんな状況の中、9月27日、愛子さまはおひとりで、徒歩で登校された。この日は午後3時前に下校されるまでとうとう雅子さまは学校に姿を見せられることはなかった。昨年3月のいじめ問題発生以降、初めて同伴登校を取りやめになられた。
 まだ1日だけでは、完全に同伴登校が終わったとはいいづらいが、1年半にも及ぶ愛子さまの登校問題に、確かな前進があったことは間違いない。このまま5つの火種が消えて、平穏な学校生活を取り戻されればいいのだが・・・・。

2011年12月9日雅子48歳誕生日発表文書、山中湖校外学習への自らの付きまとい行為について、全く反省の色なし自己弁護に終始する雅子編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/gokanso-h23hn.html
皇太子妃殿下お誕生日に際してのご感想
平成23年12月9日(金)
・・前略・・
 また,愛子の学校のことが私の生活の中で大きな部分を占めてきた年でした。この問題では,多くの方にご心配をいただいていることと思いますが,昨年から,皇太子殿下とご相談をしながら,どうすれば愛子が安心して学校に通うことができるようになるか,そのために,親として何をしてあげられるのか,日々考え,力を尽くしてまいりました。学校とも相談を重ねてまいりましたが,愛子の学校への付き添いは,与えられた状況の中で唯一取れる可能性として続けてきたものでした。
 そして,今年の9月には,学校からも参加をすすめられ,愛子自身も是非参加したいと希望した,山中湖での2泊3日の校外学習がありました。この時,先生方のご配慮をいただき,私が少し離れて付き添う形で,全行程一人で,お友達の皆さんととても楽しく参加できたことが,学校生活に戻っていく上での大きな自信と励みになったように感じております。そして,このことは,学校の先生方もとても喜んで下さり,有り難く思っております。その後,愛子が私の付き添いなしに通学する日も増えてくるなど,段々と良い方向に向かってきていると思います。また,愛子は,4年生になり,学校の特別クラブの活動として管弦楽部に入部し,お友達と一緒にチェロの練習に励むなど,これまで以上に様々な分野に関心を持ち,色々なことに取り組んできております。一つ一つ成長していく子供の姿をみることは嬉しく,私にとり,日々の励みになっております。今後とも,愛子が安心して学校生活を送ることができるように,愛子自身の気持ちをよく聞きながら,学校の理解と協力をお願いしつつ,私も出来る限りの手助けをしてまいりたいと思っております。
・・後略・・

参照:【他罰感情

2012年2月23日徳仁52歳誕生日発表会見、山中湖校外学習への雅子付きまとい行為について「校外学習への参加は学校側からもお勧めを頂き」と全部学校が仕向けたことだと口走る徳仁編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h24az.html
皇太子殿下お誕生日に際し(平成24年)
皇太子殿下の記者会見
会見年月日:平成24年2月21日
会見場所:東宮御所
問4
 雅子さまが療養に入られて9年目になります。昨年は愛子さまの通学への付き添いを続けられた一方,東日本大震災の被災地を訪れるなどの活動にも取り組まれました。一方で,秋以降は公務などで外出される機会はあまりありません。山梨県での愛子さまの校外学習に付き添われたことや,[[dosukono/d/%b0%e5%bb%d5%c3%c4%b8%ab%b2%f2">東宮職医師団の見解]に週刊誌報道への強い批判も記されたことに対して,さまざまな意見も出ました。雅子さまの最近のご様子や,公務復帰への道筋について,お考えをお聞かせください。
皇太子殿下
 雅子は,東日本大震災の被害に大変心を痛め,被災された方々をお見舞いするために,東京都や埼玉県の避難所,そして,宮城,福島,岩手の東北3県の被災地を訪れるなど,体調に波がある中で,被災地の方々に心を寄せ,力を尽くしてきていると思います。
 また,愛子の学校での問題に関しては,学校の先生方との度重なる相談や愛子の付添いを始めとして,愛子が安心できる環境で通学ができるように,母親としてできる限りの努力を払ってきた1年でもありました。雅子のそうした努力もあって,愛子は,今では元どおりの学校生活を楽しむようになっており,私も雅子も安堵(ど)し大変うれしく思っております。雅子は,自分自身の体調のこともある中でとても大変だったと思いますが本当に頑張ってよく愛子を支えたと思います。また,これからも愛子の学校の内外での活動の幅が広がるにつれ,雅子の,母親としての気配りが引き続き大切になってくるように感じております。
 雅子については,天皇陛下から,一昨年の陛下のお誕生日のご会見で「皇太子妃の公務のことがよく言われますが,何よりも健康の回復に心掛けるよう願っています。」とのお言葉を頂いております。まずは,健康の回復を最優先にして,体調を整えながら,焦ることなく徐々に,活動の幅を広げていってほしいと思っております。
 いずれにしても,雅子は病気療養中でありますので,引き続き,皆様方には,ご理解とご配慮をお願いするとともに,温かくお見守りいただきたいと思います。

問5
 通学への不安から,一昨年3月以降,殿下や雅子さまに付き添われて学習院初等科に通われていた愛子さまが,昨年11月中旬以降は,付き添い無しで通学される日が多くなり,小町東宮大夫も記者会見で,愛子さまの通学状況について,「顕著に良い方向に向かっている」と述べています。殿下は昨年の会見で「親として愛子のために何をしてあげられるのかという思いで,雅子とともに考え,歩んできました」と心境を述べられました。愛子さまの現状と,この2年,ご夫婦でどの様に愛子さまをサポートしてこられたかについて,お聞かせください。
皇太子殿下
 愛子は,昨年秋以来,親の付添いなしで通学する日が増え,今年に入ってからは従来どおりの形で,通学し,元気に過ごしています。
 この件については,一昨年来,天皇皇后両陛下を始め,多くの国民の皆様にお気遣いを頂き,温かくお見守りいただいてきましたことに,この場をお借りして改めて感謝申し上げます。
 愛子へのサポートについてですが,現在の状況に至るまでには,体調が万全でない中,昨年秋まで毎日のように学校に付き添いながら,先生方や関係者と相談を続けて問題の解決に力を尽くしてきた雅子の努力が大変大きかったと思います。私自身も父親として,雅子とも相談しながら,時間の許す限り愛子をサポートしてきました。
 愛子は4年生になり,学校の特別クラブ活動として管弦楽部に6月に入部したことが大きな励みになったように思います。授業が始まる前や,放課後にお友達と一緒にチェロの練習をしたり,演奏会でみんなと一緒に演奏したり,楽しそうに参加しており,また,音楽以外でも,興味や関心もいろいろな分野に広がってきています。
 また,愛子が初めて,学校のお友達と一緒に泊まり掛けの生活を体験した,昨年の山中湖における校外学習への参加は,愛子が学校生活への安心感を取り戻す上で,大きなステップになったと思います。校外学習を経て,愛子が大きなものを一つ乗り越えたように見受けられました。また,そこから,学校へ通うことに対して,自信を持って進めるようになったように思います。校外学習への参加は学校側からもお勧めを頂き,いろいろとご配慮いただいたことも有り難いことでした。また,学校生活の様々な場面で,親しいお友達の皆さんが愛子を誘ってくださり,愛子が元どおりの学校生活を送れるようになるきっかけを作ってくださったことにも感謝しています。
 愛子は,昨年12月に満10歳になりましたが,10歳という年は,気付いてみれば,成人を迎える20歳のもう半分ということになります。この10年の愛子の歩みを振り返ると親として感慨もひとしおですし,これからも健やかに育っていってほしいと願っております。


『文藝春秋』2012年6月号<雅子妃と愛子さま批判に晒された二年-愛子さまは心からの感謝を>友納尚子署名記事:愛子がいじめで髪を掴まれて下駄箱に突っ込まれそうだったと言い張ったり、学習院が2010年3月不登校会見の前日に後押しをしただの、山中湖事件で雅子側は安いホテルを考えていたが学習院側が愛子と同じホテルを提案しただの、愛子が「私もお母様に助けてもらったから。ありがとう、ね」と眉唾物の台詞を口にしただの、不登校会見・山中湖事件の自己正当キャンペーンオンパレード編集

Part2339-84 可愛い奥様 sage 2012/05/10(木) 14:42:46.72 ID:9u4gsuQfO
お昼に文藝春秋立ち読みしましたが貧血おこしてたおれそうでした。
まだ下駄箱に頭を突っ込まれそうだったと言い張っているし。
宮内庁と学習院にはお知らせするべきと感じました。

232 可愛い奥様 sage 2012/05/10(木) 19:36:50.73 ID:2cbPJBhc0
文藝春秋立ち読みした
今までの言い訳を全部、微に入り細に入り改めて説明
そこですごく引っかかったのが、乱暴男児の親のついてのくだり
ウロなんで大まかな意味としてですが、子供は親の前ではいい顔をするから
当事者の親は自分の子供事だと認識もせず、他人事のように会話してたという部分
すっごい名指しつるし上げしてると思うんですが、わかっててやってるんだろうか
保護者達たくさんの人がもう忘れたい事件?だというのに、今もなおはっきり非難してる
これは問題にしてもいいんじゃないでしょうか


672 可愛い奥様 sage 2012/05/11(金) 12:14:37.68 ID:tgQJUhlC0
文春トモノー確認してきたけど、下駄箱の件、「髪を」つっこまれかけたことになっていた。
2010年の週刊文春では、確かに「頭」だったのに。
トモノーもここ見て修正してるの? どんなに小さくても髪の毛の入らない下駄箱は無いと。


679 可愛い奥様 sage 2012/05/11(金) 12:20:18.36 ID:CubCmyMN0
文春友脳で、具体的に書かれている、愛子さんの口から伝えられたといわれる「愛子さんが受けたイジメ」

・すれ違いざまに大声を出されたり首をしめられそうになった
・靴を履きかえようとする愛子さまの髪を後ろから摑んで、下駄箱に突っ込もうとした
・決められた時間で給食を終えられなかった愛子様を囃仕立てたので、その後給食が喉を通らないようになってしまった
          
以上です。
下駄箱」の件は、何を、何処を下駄箱に突っ込もうとしたか、これだけではよくわかりませんね。
あの、お尻のあたりまで伸ばしていた髪の毛を下駄箱に突っ込もうとした、とも読めます。
それならあり得ると思います。だって、異様だったもの、あの髪の毛は。
でも、突っ込んではいないんですよね。

もう一つ、「イジメ騒動」きっかけとなった「愛子さんの異変」
・風邪をひいて侍医の診察を受けたとき、「学校へ行くと食欲がなくて給食が食べられないから、今日はお休みするの」と侍医に話した


955 可愛い奥様 sage 2012/05/11(金) 17:37:52.65 ID:PLrqYYKd0
スレ立て、テンプレ乙です。

文藝春秋、図書館でチラ見してきたよ。

驚いたのは、山中湖後の記者会見の記者から質問で「皇室の尊厳もくそもない極めつけの茶番」
なんて言葉が出たということ。
こんなこと言わせるような行動自体、重大な事故だと思う。


102 名前:レポその1 投稿日: 2012/05/11(金) 00:44:39 ID:8v4KBMHg
 レポと言うほどではありませんが・・・
 
 文藝春秋2012年6月号
 雅子妃と愛子さま批判に晒された二年   友納尚子

 ・愛子さんに異変が見られたのは2010年2月、風邪を引いて侍医の診察を受けた時に 「学校に行くと食欲がなくて給食が食べられないので休みたい」と訴える。
 ・いじめ会見の前日に、野村東宮大夫から波多野院長に会見内容を伝えていた。「この時、波多野院長は『もっと強く言ったほうがいい』と、野村大夫にハッパをかけていたほどだった」(宮内記者)
しかし週刊誌には「腕白坊主を怖がるのを直すのは家庭でやってほしい」と答え、東宮との溝が深まることに。
 ・雅子妃が愛子さんに付き添うようになった理由は「自ら状況を確認したい」「我が子を客観視して捉えたい」から。
 ・学校医と東宮の侍医は以前から連絡を取り合っていたが、雅子妃はそのルートとは別に、皇太子と専門書を読んだり、子供の心の病にも詳しい大野医師らに相談した。

 続きます。


103 名前:レポその2 投稿日: 2012/05/11(金) 01:33:12 ID:8v4KBMHg
 102の続きです。
 ・皇太子ご夫妻が考えた「ご登校復帰」のプログラムは次のようなものらしい。
  「楽しい経験をたくさんする」
  「普通の子供たちと多く関わる」
  「目標を持って、達成感を味わう」
  「共同作業の中から新しい発見をする」
 ・愛子さんは元気な時もあるが、心の傷は深かった。「特に暗い顔をしていらっしゃるという印象はないようです。そういえばいつもより口数が少なかったな、という程度だそうですが、朝になると一変していて、学校に行きたがらないご様子で、その理由もおっしゃられる。雅子さまがなだめ説得されるうちに時間が経過し、登校が遅くなってしまうそうです。」(元東宮職員)
 ・4年生になると管弦楽部に入部したが、朝練はいつも皇太子が付き添う。
 ・山中湖校外学習では、一泊12万に対し「実はもう少し安いホテルを考えていたのですが、学習院が『宮様と同じホテルがいいでしょう』と提案したことで決めたのです。」(東宮関係者)
 ・東宮職はマスコミとの間にいらぬ誤解が生じないように、語るべきものは語り、時には国民の目線を皇太子夫妻の伝えるべき。
 ・〆は最近愛子さんは、母が子を助けるという内容の本を説明しながら、「私もお母様に助けてもらったから。ありがとう、ね」といったらしい。

 ものすごく雑なレポですみません。


108 名前:可愛い奥様@避難所生活[sage] 投稿日:2012/05/11(金) 11:13:18 ID:8v4KBMHg
IDが変わっているかもしれませんが102,103です。
 追加レポみたいなもの&感想を。

・愛子さんは現在給食は他の児童と一緒に食べていて、「乱暴な男児」とは仲良くしている。
・愛子さんの同級生の母親「乱暴な児童は主管や親など大人の前と、子供たちの前では態度は全然違う。当の母親もまさか自分の子供が暴れているとは知らず、『乱暴するなんていやねえ。困ったものだわ。』というほどでした。」
・三月八日雅子妃に手を引かれ、愛子さんは登校。仲良し三人組のお友達の励ましもあって登校できた。
・愛子さんが不登校になってから、学習院と東宮との話合いはあったが、「乱暴な児童」に対する指導は行われず。

気になったこと
・「乱暴な児童」と仲良くしているならバレー部への転部希望事件はなんだったの?
養育専門の東宮女官だった小山さんのことが全く書かれていない。
・学習院の生徒の保護者のコメントが上記のもののみ。雅子妃擁護の記事だから批判的なコメントは載らないと思うけど、擁護のコメントも載っていない。
・学習院に通う児童たちを気遣う文章は一切なし。また雅子さんが他の児童を気遣ったという記述もない。ホント自分と愛子さんのことしか考えてないようです。
・東宮御所の夏祭りは毎年恒例だそうです。
・記事の内容とは関係ないが、文章も変。この記事は「雅子妃」「皇太子」「天皇」と書かれており、「殿下」「さま」といった敬称が略されている。なのに愛子さんは「愛子さま」。「愛子内親王」とか「敬宮」じゃないのか・・・
 しかも最後に東宮夫妻のことを「両殿下」って書いてたり・・・

雑な追加レポですが以上です。


『文藝春秋』2013年4月号<情報公開でわかった「公」と「私」 天皇家と東宮家の「家計簿」 雅子妃殿下と愛子さま山中湖校外学習58万2430円 天皇皇后両陛下被災地ご訪問40万5010円(奥野修司と本誌取材班)>編集

  • 『文藝春秋』2013年4月号<情報公開でわかった「公」と「私」 天皇家と東宮家の「家計簿」 雅子妃殿下と愛子さま山中湖校外学習58万2430円 天皇皇后両陛下被災地ご訪問40万5010円(奥野修司と本誌取材班)>中吊り
    ">


961 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2013/03/07(木) 14:14:34.48 ID:D3DCoXx30 [1/2]
10日発売の文藝春秋4月号に、雅子妃の山中湖付きまといが
どれほど税金を使ったかが出ていて興味深い。
(定期購読だからもう手元に届いた)

964 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2013/03/07(木) 15:56:11.08 ID:D3DCoXx30 [2/2]
>>963
書いたのは奥野修二と本誌(文藝春秋)取材班。
タイトルは、
情報公開でわかった「公」と「私」
天皇家と東宮家「それぞれの家計簿」

Part2431-337 可愛い奥様 sage 2013/03/09(土) 08:42:36.85 ID:pTd9kN9b0
文藝春秋の特集は13ページ、うち山中湖付き纏いに4ページ
そのうち1ページを割いて内訳を日付入りで記述
職員が下見するとか雅子と職員が宿泊するホテル棟をまるまる1棟貸し切りとか、
あらためて無駄にも程があると感じた

754 可愛い奥様 sage 2013/03/09(土) 19:15:22.98 ID:bHaYlVKY0
文芸春秋4月号,遅まきながら読んできました。
例の雅子さま山中湖付添い費用が58万というのは,宮内庁が公表を認めた額でしかなく,
内廷費で払った分,人件費,ガソリン代,山梨県警の警備費,壁紙張り替え代
などは含まれていないと書いてありました。

755 可愛い奥様 sage 2013/03/09(土) 19:24:40.39 ID:bHaYlVKY0
>>754
自己レス
文藝春秋4月号の〆のところはよかった。
細かい言い回しはうろですが,
東宮に男子が生まれることを前提にした予算体系であるゆえ,
秋篠宮家の職員が不足しているので,
時代に即した皇室費のあり方から考える必要がある,
とはっきり書いてありました。
「時代に即した皇室費のあり方」という表現は原文通りです。

762 可愛い奥様 sage 2013/03/09(土) 19:40:29.55 ID:bHaYlVKY0
>>756
> ホテルは、下見料金や貸切料金を請求しなかったのかな?
> 宮内庁は、何の内訳を公表して何を隠してるの?

ホテルマウント富士の代表取締役は学習院初等科OBだそうで。
それとは関係あるかどうかわからないけど,
雅子の付添いでホテルが少なからぬ出費だったはずとあったので
ひょっとすると請求できずに持ち出しというのがかなりあるのかも。
少なくとも,壁紙の新調はホテル側だそうです。

情報開示請求で開示されるのは,宮廷費だけで内廷費はプライベートだから
非公表だとか。


皇室御一行様避難所 part16
222 名前:可愛い奥様@避難所生活[sage] 投稿日:2013/03/10(日) 16:12:38 ID:V3kWjdrc
>>221
文藝春秋詳しい費用の表が丸々1ページ出てるけど
それによると8/25~と9/4~と、事前に2回東宮職員が下見のため
マウント富士を訪れて宿泊してる。


Part2532-138 可愛い奥様 sage 2013/03/10(日) 16:38:34.93 ID:DAbEHg8n0
『文言春秋』立ち読み。
記事としては、「宮廷費」(公)と「内廷費」(私)の区別が明確でない。
即ち、宮内庁が公表する数字と公表しないものとの違いがハッキリしていない。
東宮家に認められている費用には、本来、先々即位する親王の養育費も含まれている
こと等も含めて、全体を見直すべきなのではないか?という問題提起だった。

印象に残った部分を一つだけ。
山中湖追尾劇で使用したホテルにはハーベスト棟とホテル棟があり、初等科は
ハーベスト棟に宿泊した。
ホテル棟は53室あるが、その特別室をマサコが使用。
随行員と警備10名もこちらに泊まった。
残る40室も含めてホテル棟全体を借り上げたが、宮内庁が発表した数字からは、
全部で幾らかかったかが分からない。

後略


141 可愛い奥様 sage 2013/03/10(日) 16:47:49.43 ID:1eTl1Vg40
>>138
宮内庁HPの「公共調達の適正化について」というところに宮内庁が支払った
旅費や物品代金など出るはずなのに、そういえば山中湖関連の随行者宿泊費等
何も出てないね。そのあとのアイコ東大入院の室料は出てるけど。宮内庁内で
どう隠したんだろう?


142 可愛い奥様 sage 2013/03/10(日) 16:48:40.35 ID:+yFViLWK0
>>138
公務じゃなくてただの雅子のお楽しみのために40室を空室ってホテルへの営業妨害だと思う
13室分しか料金払ってないのか40室分まで払ってるのかどちらにせよ非常識にも程がある


143 可愛い奥様 sage 2013/03/10(日) 16:50:44.56 ID:XbWQKuE20
>>138
レポ乙です
ナルがオランダ静養で使った「ポケットマネー」だって即位で必要なお金なんだよね。
悠仁親王殿下の立太子の時も必要なお金じゃない?勝手に自分たちの為に使って
いいお金じゃないよね。
ナル、金は湧いてくるとでも思ってるのかな

あと、雅子さんが付いて行かなければ、40室も借り上げることなかったじゃん
こういう事いい加減声を大にしていかないと、今後の即位の儀式とかもろもろが簡素化
されたりするんじゃない?
両陛下が一緒にとか火葬とか言い出したのって、ナルマサ一家がバンバンつかってるからかも
許せん


144 可愛い奥様 sage 2013/03/10(日) 16:51:59.84 ID:L44BSDuQ0
>>138
乙です

別の棟に泊まったんだ。
ますます何しに行ったんだかわからない。


145 可愛い奥様 sage 2013/03/10(日) 16:53:41.93 ID:ZStVeWL50
どうして40室も借り上げる必要があったの??
マイケルのようにその階の部屋を全部借り上げたってこと?
もちろんマイケルは大スターだったし、
自分で稼いだ金でそうするから誰もなにも文句言わないけど。


173 可愛い奥様 sage 2013/03/10(日) 17:43:51.62 ID:eBV9NWsD0
文芸春秋、結構チクチク書いてあった。
皇族の意識と心がけで費用も変わってくるとか。
宮廷費と内廷費?に分かれてて、内廷費は表に出さないけど、どっちみち税金だろ!とか。
ちゃんと覚えてないので原文あたってください。


175 可愛い奥様 sage 2013/03/10(日) 17:59:24.19 ID:8SjhMGD30
文藝春秋4月号の皇室費の記事読みました。
愛子ちゃんの山中湖校外学習withマサ付き纏いの時の費用総額は約58万円、
対して白樺湖校外学習withoutマサの時は約15万円。愛子ちゃん一人の時に
比べてマサが付き纏うと、約4倍に跳ね上がることが分かります。
同行した職員数もマサ有りの時は13名に対して、マサ無しの時は4名。ちなみに
ナルが7歳の時に一人で浜松へ旅行した折は、当時の浜尾侍従だけが付き添った
そうです。
(浜尾さん著書にて曰く「ひとり旅というのは、両陛下とごいっしょでなくという意味」)

他の内容で興味深かったのは、、、
・ 宮中晩餐会の一人当たりの費用はだいたい1万円くらい(御料牧場製の食品を含む)で、
 国賓が誰であれほぼ同じ。
・ 昭和40年頃、当時皇太子であらせられた今上陛下が「目の前で握った寿司を食べたい。」
 と大膳課の秋山徳蔵さんにリクエスト。フレンチシェフの秋山さんは「新富寿し」にて1週間
 修行し、御所の食堂で今上陛下らの前で握ったそうです(「新富寿し」さんはこれがご縁で
 宮内庁への出入りするようになれたとも)。
・ 皇居内で使用する電力の大半は「新電力」(新規参入小売事業者)から購入。2008年の
 電力小売市場の自由化拡大に伴って入札に参入→落札できたから


204 可愛い奥様 sage 2013/03/10(日) 19:35:02.97 ID:nDaEYUEP0
文藝春秋、立ち読みですけど冒頭近くに宮内庁職員が語るエピとして
「ある皇族が住居にあった物品を来客にプレゼントしてしまったが、
それは宮廷費(公)で買ったものだったため事務処理に困った」。

その皇族が誰とは書いてないが、ヤフオクとかは関係ないよね?


293 可愛い奥様 sage 2013/03/10(日) 23:39:36.97 ID:d3pjAEOuO
文藝春秋読みましたが、58万数千円の内訳は、職員達の旅費(日当と宿泊費)だけなんですね。
下見の時の分も入ってるけど。
雅子さんの分や県警らの警護分など諸々は計上されていない。
下見だけでも延べ7名、2泊ずつ2回(計4泊)も。
こんなに下見する必要あるのかしら。

『週刊文春』2013年3月21日号<宮内庁情報公開でわかった雅子さまの「金銭感覚」 愛子さま山中湖同伴58万円、オランダご静養2300万円 、ブルガリネックレス200万円、シャネルバッグ50万円…>編集

中吊り
記事
雅子さま「お出かけ・お買い物」年表
pp.30-33より全文引用
「ティファニーに行ってあれやこれや買うような方では困る」。かつて結婚相手について皇太子はこう述べられた。だが今回。雅子さまが二百万円のジュエリーなどをお持ちであることが判明。公開情報からも“金銭感覚”が垣間見えた。別の角度から見た皇太子妃の実像。
 
 月刊「文藝春秋」四月号の『天皇家と東宮家「それぞれの家計簿」』が話題になっている。皇室費がどう使われているか、その仔細を描いた記事である。執筆したノンフィクションライターの奥野修司氏が話す。
「とりわけ興味深いのは、[[山中湖事件|一昨年、愛子さまが二泊三日の『校外学習』で山中湖に行かれた際、雅子妃がつかず離れず付き添われた一件]にかかった費用です。当日は雅子妃を乗せた車を挟むように白バイ二台と宮内庁職員や山梨県警の警察官を乗せた車七台が長い車列を作って警護に当たった。ホテル周辺では検問所が置かれるなど、大規模な警護態勢が敷かれたそうです。
 このお付き添いは当然、私的な行為ですが、そこにかかるお金はどういう使われ方をしているのか、宮内庁が開示したデータを元に論考しています」
 こうした費用の明細を宮内庁は自ら公開しない。そこで情報公開請求によって明らかになったデータに基づいて、雅子さまの「金銭感覚」を考察した。
 まず皇室全体で言えば二〇一二年度の「皇室費」は約六十二億円。この皇室費は三つに分類される。最も多いのは地方行幸啓などに使われるオフィシャルマネーの「宮廷費」で、九〇%の約五十五億八千万円。天皇家と東宮家の私的費用である「内廷費」は約三億二千四百万円。残りの約二億九千万円は宮家の私的費用「皇族費」である。ちなみに、秋篠宮家の予算は五千四百九十万円だが、ここから私的使用人などの人件費を払うと、実質使えるのは二千万円ほどといわれる。
 では、愛子さまの校外学習に、皇室費からどれだけ支払われたのだろうか。お付き添いは公務ではないが、皇太子妃の外出は「行啓」になる。
行啓には必ず下見があり、この「[[山中湖事件|山梨県行啓]」でも、八月二十五日から二日間と九月四日から二日間の「事前調査」でのべ七人の東宮職員が動員された。この費用は「日当」(弁当代)と宿泊料をあわせて十万六千九百五十円。本番当日には、雅子さまを迎えるために東宮職が一人山中湖に向かい、当日は東宮侍医、女官、女嬬各一名、東宮職五名、車馬課技官五名の約十三名が、車七台と白バイ二代の車列を組んで山中湖に向かった。
 このうち雅子さまとともに高級リゾートホテル「ホテルマウント富士」に宿泊した職員は十名。残りは日帰りである。ホテルの東側に五十三室のホテル棟があり、雅子さまのために宮内庁はこころ借り切った。この「借り上げ」費は一人二万円で一日二十万円、二日間で四十万円。雅子さまの私的行為の同行だが、いずれもオフィシャルな宮廷費から支払われている。
 
インペリアルスイート料金は非公開
 雅子さまが宿泊されたのは一泊二十万円の「インペリアルスイート」だったが、これは内廷費で払ったという理由で公開されなかった。職員の宿泊費も雅子さまの宿泊費も同じ税金だが、内廷費は私的費用ということで非公開なのだ。ちなみに何を内廷費にして、何を宮廷費にするかは宮内庁のさじ加減ひとつである。
 この「山梨県行啓」でかかった費用は「事前調査」を含めて五十八万八万二千四百三十円。十三名もの職員が動いてこの程度なら安いと思われるかもしれないが、ここには内廷費で払った分、職員の人件費、ガソリン代等々は含まれていない。また、山梨県警は警護のために数十名の警察官を動員したが、彼らの人件費等も除外されている。あくまで宮内庁が認めた経費だけであり、費用全てを推計すると二百万円を軽く超えるだろう。
 いずれにしろ、国内だからこの程度の出費で済んだが、海外となるとひと桁以上も違ってくる。
 この四月末、オランダではベアトリックス女王の退位式と新国王の戴冠式がある。〇六年もベアトリックス女王が皇太子一家を招待した経緯があり、今回も招待される可能性が高い。
 そこで、雅子さまのご静養が目的だった〇六年の「オランダご訪問」の経費を推計してみたい。これを、情報公開法によって詳らかにした論文が中嶋啓明氏の『外遊経費から見る象徴天皇制の現在』であり。この論文内容などからその仔細を紹介したい。
 オランダ訪問は八月十七日から三十一日までの二週間。皇太子ご一家が乗られたJAL通常便で、随従員は十一名だった。
 ご一家と一緒にファーストクラスに乗ったのは末綱隆東宮侍従長、野本勲東宮侍従、中村嘉宏東宮侍医(小児科)、箱嶋明美東宮女官、福迫美樹子出仕の五名。ビジネスクラスは川上泰男内閣府事務官、平山学東宮内舎人、小山内さち子東宮女嬬。中川直美看護師の四名と、このときはじめて宮内庁が名前を明らかにした雅子さまの担当医・大野裕氏(現国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター長)と民間人ヘアドレッサー水尻美雪氏の二名。ご一家三名分に加え、医師とヘアドレッサーの二名分は内廷費から支払われた。
 
ご静養にヘアドレッサーが同行
 航空運賃は、ファーストクラスが往復で約百六十五万円、愛子さまは子供割引で約百二十四万円、ビジネスクラスは約六十二万円で、内廷費で払った五人分の運賃は五百七十八万円。宮廷費分とあわせて千六百五十二万円である。
 当時を知る宮内庁担当記者が振り返る。
「なぜご静養でヘアドレッサーが必要なのか、という疑問の声は宮内記者からも上がりましt。しかし東宮職は『費用は内廷費から拠出されているから問題ない』と話していました」
 ご一家はオランダ王室の離宮に宿泊されたが、随従員の大半は離宮近くのホテルに宿泊。このホテル代が十三日間で約百五十七万円計上されている。
 食事代に関しては、たとえば「山梨県行啓」の場合は千五百円で予算を統一していたが、オランダでは昼食が四千五百円で夕食は七千五百円。弁当代などを含めると約百四万円である。
 これらを合わせると宮廷費からの支出は千八百万円。これに内廷費から払った航空運賃を加えると二千三百七十八万円である。しかし、これも[[山中湖事件|山中湖の一件]と同じで、極めて表層的な額だ。
 たとえばオランダ王室への「献上品荷造」という項目が存在し、一個七千円で十個分七万円を計上、さらに「献上品整理伝票」も作成しているのだから、手ぶらで宮殿に泊まったとは考えられない。しかし、持参されたはずの献上品は公開された情報には出てこない。また、ご一家を迎えるために大勢の大使館員が動いたはずだ。中嶋氏も書いているように、<直接関係する費用だけで、総額数千万円のオーダーのカネが使われたのは明らか>である。
 果たして数千万円の海外旅行はご快復に寄与したのか。帰国後、東宮職医師団は<自信につながる体験で、今後の治療を進めていく上で有意義だった>と評価した。だが、七年後の現在でも雅子さまの公務への本格復帰は実現していない。
「昨年の雅子さまは、人事異動者などへの『ご会釈』が主で、公務らしい公務はされていません。去る三月十一日の『東日本大震災二周年追悼式』には両陛下がご臨席されましたが、皇太子ご夫妻はとくにご予定もなく、御所で黙祷されただけでした。また、両陛下あ七月四日から二日間の日程で岩手県を訪問されますが、皇太子ご夫妻にはそういうご予定もない。
 治療開始から十年、その間にオランダご静養も含めておそらく億単位の税金が投入されたと思われますが、成果は見えない。東宮職医師団が説明責任を問われても仕方ないでしょう」(別の宮内庁担当記者)
 皇太子ご夫妻は今年六月、ご成婚二十周年を迎えられるが、この二十年の雅子さまのご動静を振り返ると、オランダご静養前後から大きく変化していることがわかる。それまで、スキー旅行や友人の招待で食事することが年に一度あるかないかだったが、〇六年以降は公務がなくても、お忍びで外出することが突然増えるのである(表参照)。
 たとえば〇六年にはご一家でディズニーリゾートに行かれ、夥しい数の私服警官や警備陣で園内はパニック寸前になった。また、クリスマスにはウェスティンホテル東京のレストラン「ビクターズ」に行かれている。この時分はほぼ月一回のペースで出かけられているが、〇七年の暮れには銀座の三ツ星レストラン「ロオジエ」に行かれ、深夜を過ぎて帰られたことが大きな話題になった。
 外食されるのはご自由だが、皇太子一家が行かれるのとわれわれではまったく違う。「諸君!」(〇八年七月号)で、鮫島敦氏が、六本木の「ラ・コリナ」の店長から聞いたという次のような話を披露している。
<ご来訪の一カ月ほど前から、宮内庁関係者が何度も来店し、非常時のための動線や窓からの景色などを入念に確認し、写真撮影などを繰り返していました。
 当日は、奥の個室にご案内しました。宮内庁の方数名が個室近くの席で待機した他、十数名ものSPが、店の内外を厳重に警護していました>
 
愛知万博での首飾りが二百万円
 両陛下がレストランで食事をしないのは、警備や、場合によっては店を貸し切りにすることで大勢の人に迷惑をかけるからだと、かつて渡辺允前侍従長がテレビで語ったが、皇族にはこうした「配慮」が必要ということだろう。皇室ジャーナリストが説明する。
「〇六年から堰を切ったように増えた雅子さまの私的外出は、大野医師が主治医になったことと無縁ではないでしょう。大野氏の著書『こころをほぐす小さな「開き直り」術』のオビには、<ちょっと「開き直る」ことができれば、すっとラクになり、明るい気持ちになれます>と書いてありますが、雅子さまにも普通の女性として『開き直る』ことを勧めたのかも知れません。<ゆっくり休んで、じっくり「自分の楽しみ」をつくろう>と」
 もっとも「ロオジエ」を最後に外食が目立って少なくなったのは、さすがに東宮職も、世間の強い批判をおそれたのかもしれない。
 雅子さまが食事されたレストランは、いわゆる皇室ゆかりの店ではなく、雑誌に紹介されるような流行の店だった。まるで皇族というより、普通の女性として振る舞おうとしているかのようである。それは、ブランド品を身につけることにも相通じるものがある。
 小誌では過去の写真などから、雅子さまが身に付けられた装飾品などを検証したところ、フェラガモからシャネル、ジバンシイまで数多くのブランド品をお持ちであることがわかった。なかにはとても庶民には手が出ない高級品もあった。
「〇五年の愛知万博のときにつけているネックレスはブルガリの『パレンテシ』、お召しのものは、おそらく一九八〇年代のものです」(ブルガリ・マーケティング部)
 宝飾業関係者によれば、なんと推定二百万円。
「〇九年八月の那須ご静養のときにお持ちのカバンは、クリスチャン・ディオールの『マリス』です。もう十年以上作っていないので、昔買われたものではないか。値段は当時十万円くらい」(ディオール店員)
 三年前の那須ご静養の際、那須塩原駅に降り立った雅子さまがお持ちだったのは、フェンディの新作バゲットバッグだった。(三十一頁写真)。服飾評論家の堀江瑠璃子氏が解説する。
「細長くてバゲットパンに似ていることから名付けられました。Fのモノグラムバックルでひと目でそれとわかります。雅子さまのものは二〇一〇年春夏コレクションの新作、ベージュの麻地にレース風の刺繍が施されています」
 価格は十一万千三百円。
 もっとも、最近は地味な格好のことが多い。
「美智子さまは海外のものはお召しになりませんでしたが、逆に雅子さまは日本のものはあまりお召しになりませんね。皇室に海外ブランドを持ち込んだのは雅子さまですが、今はジャケットもパンツも新しいものはお召しになってません。どこか、ご成婚直後の自信や輝きがなくなって、服もPTAのお母さんのようにお地味。これもご病気のせいでしょうか」(同前)
 奥野氏いわく、常に注目される皇太子妃は“国民のスター”であることを求められるという。
「皇族はタレントではない。タレントは人気があっても尊敬の対象にはならないが、スターの代わりは誰にも務まらない。だからこそ畏敬もされる。国民の象徴的な存在になるというのは、下世話ながら、この国のスターになるということではないでしょうか」(奥野氏)
 その意味で美智子さまは間違いなくスターである。
 ある千代田関係者が話す。
「帽子や洋服を修理や仕立て直しをして、何年もお召しになる。絶対に贅沢はなさらない。高度経済成長を過ごした我々国民には容易く真似できることではありません。ゆえに、それが尊敬に転化するのでしょう」
 皇后はかつて、象徴たらんとする思いそのもの、その積み重ねが象徴であるということではないかしら、と仰ったという。今回垣間見えた雅子さまの金銭感覚は、国民にどう受け止められるのだろうか。


Part2533-622 可愛い奥様 sage 2013/03/13(水) 18:54:23.99 ID:gUNj/uax0
週刊文春3月21日号 早読みレポ
「宮内庁情報公開でわかった雅子さまの『金銭感覚』」全4ページ

※基本的には,先日の文藝春秋4月号の記事が元ネタ。
 文藝春秋の記事からさらに踏み込んでいる。

・[[山中湖事件|山中湖つきまとい]は費用すべてを推計すると,200万を軽く超えるだろう。
・中嶋啓明氏の「外遊経費から見る象徴天皇制の現在」の論文で,雅子のオランダ訪問
 の経費が明らかになっている。
・06年のオランダ静養訪問は,随行員は11名。
 航空運賃ファーストクラス往復約165万円,愛子は124万円,
 ビジネスクラスお付きの5人分578万円,
 内廷費,宮廷費あわせて1652万円
 医師大野の他,ヘアドレッサーも同行。
・静養なのになぜヘアドレッサーが必要なのかという疑問が記者から上がったが
 内廷費だから問題ないとの回答(東宮職)
・オランダ滞在中,随行員はホテルに宿泊。ホテル代は約157万円。
・オランダでの食費は役104万円。
・オランダ滞在に関して,宮廷費・内廷費あわせると2378万円(航空運賃含む)。

続きます

632 可愛い奥様 sage 2013/03/13(水) 19:03:39.13 ID:gUNj/uax0
続きです
週刊文春3月21日号 早読みレポ
「宮内庁情報公開でわかった雅子さまの『金銭感覚』」全4ページ

・この他オランダに持参した献上品は公開されない情報。
 お迎えの大使館員も大勢動いたはず。
 直接関係する費用だけで,総額数千万円の金が使われたのは明らか。
・この数千万の効果は,ご快復に寄与したのか。公務らしい公務はない。
・治療から10数年,億単位の税金が投入されたが,成果は見えない(宮内庁関係者)

・雅子の高級レストラン外食ディズニー貸し切りの振り返り(かなり辛辣)。
・両陛下がレストランで食事をされないのは,店を貸し切ることで
 大勢に迷惑をかけるから。皇族はこうした「配慮」が必要。(皇室ジャーナリスト)
・雅子は皇族と言うよりも普通の女性としてふるまおうとしているかのよう。


639 可愛い奥様 sage 2013/03/13(水) 19:08:45.03 ID:gUNj/uax0
週刊文春3月21日号 早読みレポ 続き
「宮内庁情報公開でわかった雅子さまの『金銭感覚』」全4ページ

・雅子の装飾品の検証。
フェラガモ,シャネル,ジバンシー,数多くのブランド品をお持ち。
・雅子のブランド品
について突っ込んで解説。
・美智子様は海外のものはお持ちになりませんが,雅子さまは日本のものを
 お召しにならない。皇室に海外のものを持ち込んだのは雅子さま。
・今の雅子さまは,服もPTAのお母さんのようにお地味。これも御病気のせいか(服飾評論家)
・〆は,
 「今回,垣間見えた雅子さまの金銭感覚は国民にどう受け止められるだろうか。

この他,「雅子さま お出かけ・お買いもの年表(1993~2012」がでっかく載っています。


2016年1月新年早々「週刊文春Woman」にて記述された新事実「いちばん驚いたのは、信号で止まったアルファードの窓がスーッと開いて、雅子さまが笑顔で沿道の人たちにお手振りされたことです。ご自身のなさっていることを何とも思ってらっしゃらないのかなと。」編集

http://shukan.bunshun.jp/articles/-/5753
スクープ秘話満載座談会 「週刊文春」皇室担当記者は見た!
平成女性皇族 妻として母として女として 嫁姑、跡継ぎ、母子密着……もがく大家族の12年史
2016.01.01 07:00
セブン-イレブンで発売中の臨時増刊「週刊文春Woman」より注目記事を紹介。

佳子さまブームの一方、昨秋には雅子さまが12年ぶりに園遊会にご出席。変化のときを迎える平成皇室。嫁姑問題、母子密着、皇位継承をめぐる葛藤の日々……。数々のスクープの裏側を、「週刊文春」皇室担当記者が初めて明かす!

    ◇    ◇
デスクA 2015年は、平成皇室を語る上で節目ともいえる年でした。天皇陛下、皇后陛下のご体調の問題が明るみに出る一方、皇太子殿下は2月のお誕生日に55歳になられた。これは今上天皇が即位されたご年齢です。
記者B しかし次代に皇太子さまが何をなさりたいのか、誕生日会見からは分かりませんでした。“公約数的”な発言ばかりで。
記者C 以前から仰っている「時代に即した公務」についても未だ不明です。
デスクA 一番憂慮すべきなのは孤軍奮闘するしかないという現状でしょう。雅子さまが適応障害の療養に入られて12年。昨年は12年ぶりに園遊会に出席されるなど少しずつ公務に復帰されてはいますが、皇太子殿下の“お一人公務”は日常的になっています。今上陛下には美智子さまの存在が大きかったわけですが、その点、皇太子殿下は大変です。
記者D 国民と密接な“平成流”は美智子さまなしには考えられませんでした。
記者B 昭和の時代から、美智子さまは理想の妻であり母でした。凛々しいお姿を拝見するうちに、自然と皇室への畏敬の念を持ったという国民も多いはずです。皇位は男系男子で継承されていきますが、やはり女性皇族は重要な存在なんです。
記者D 雅子さまも当初は国民、特に女性たちから尊敬と憧れを持たれていました。国民の見方が大きく変わったのは、やはり2004年7月の適応障害の診断結果発表からです。雅子さまは03年頃から公の場に出なくなっていたのですが、それが初めて表沙汰になったのは、04年5月の「人格否定発言」。皇太子さまが「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあった」と会見で仰ったのは衝撃的でした。
デスクA 当初は「雅子さまを応援したい」と考える女性も多かったのです。皇太子殿下はよく仰ったと見る向きもあった。しかしその後、12年の間に応援の声は小さくなっていった。
記者E きっかけは雅子さまの“子育て問題”ではないでしょうか。愛子(あいこ)さまの子育てを拝見するうちに、強い違和感を持つようになったのだと思います。
記者C 決定的となったのが「山中湖お付き添い事件」でした(11年9月29日号)。学習院初等科4年生だった愛子さまの山中湖校外学習に、雅子さまが付いて行かれた。
記者E あれは不思議な光景でした。初等科の生徒たちを乗せたバスの後ろから、雅子さまの乗られたアルファードと白バイ2台、自動車7台の長大な車列が数分あけて追尾しているんです。
記者C いちばん驚いたのは、信号で止まったアルファードの窓がスーッと開いて、雅子さまが笑顔で沿道の人たちにお手振りされたことです。ご自身のなさっていることを何とも思ってらっしゃらないのかなと。
記者D 子供たちが立ち寄る場所には、雅子さまもほとんどついて行かれた。青木ヶ原樹海でハイキングもされました。

「茶番」と批判された校外学習
記者E 山ガールファッションでしたよね。チェックのシャツにウエストポーチ、リュックを背負って、やる気満々。一方で東宮職は殺気立っていました。雅子さまの姿を撮らせまいと、カメラマンの周りを男性数人で包囲。愛子さまを撮影しようとしたら、東宮侍従から「家宅捜索するぞ!」と恫喝されました。
記者D 学習院では過去に子供が怪我や病気の場合だけ、親が近くの宿で待機するということはあったようです。だけど雅子さまは、子供と同じ「ホテルマウント富士」の、1泊12万円のインペリアルスイートに宿泊した。保護者からも非難の声があがりました。
記者C ホテル側は雅子さまのために、壁紙をベージュから白地にグリーンの花柄に張り変えたんですよ。食材にこだわった「特別懐石料理」も用意した。
記者B 直後の東宮大夫の定例会見は大荒れになりました。会見内容は両殿下もご覧になるので、記者も言葉を選ぶ。ところが、このときは「今回のお付き添いは、極めつけの茶番ですよ。皇室の尊厳もくそもない!」という過激な発言が飛び出した(11年10月6日号)。
記者D 東宮大夫は「長い目で見ていただきたい」と答えた。それにベテラン記者が「国民はすでに長い目で見ている。震災から半年、国民が大増税の時代を迎えようとしているその時期に妃殿下は校外学習でインペリアルスイートに泊られた。常識的に考えられない出費。“税金泥棒”との批判を受けるかもしれません。それを許した殿下はどうお考えなのですか」と詰め寄った。緊迫の場面でした。
記者E 皇太子さまはむしろ賛成されてましたよね。校外学習当日の朝も、初等科まで愛子さまに付き添い、保護者や子供たち一人ひとりに挨拶されて、4台のバスがいなくなるまでずっと手をふっていらした。その光景に、記者たちは「逆一般参賀状態だ」と(笑)。
記者C 山中湖事件の前から、愛子さまは登校拒否のような感じになって、お付き添い登校が始まっていました。朝早いときは皇太子さま、遅いときは雅子さまがお付き添いされていた。
記者D 10年3月5日の定例会見では、東宮大夫が、愛子さまが不登校状態にあること、その原因として初等科に「何人かの乱暴な児童たち」がいることを公にしました。子供たちの問題が、一国を揺るがす事件になった瞬間でした。
記者B 雅子さまは授業中に教室の後ろでパイプ椅子に座って、愛子さまを見守られるようにもなったそうです。
記者D その後、不登校は落ち着きましたが、いわゆる“母子密着”の状態は続きました。愛子さまは髪をかなり長く伸ばして、雅子さまとほとんど同じ髪型でした。外見的にも深く結びついていらっしゃるように見えたし、愛子さまが順調だと雅子さまのお加減もよくなることもあり、“母子シンクロ”とも言われました(14年12月18日号)。
記者B そして再び欠席・遅刻が始まったのが、学習院女子中・高等科にあがられた14年、中学1年生の6月頃から。1学期、2学期の定期試験を欠席されました。
デスクA 勉強はよくおできになるんですよね。
記者B 英語はお好きなはずですし、歴史も得意だそうです。愛子さまは完璧主義なんだと思います。試験前夜もおそくまで熱心に勉強するそうなのですが、朝になると登校されない。
デスクA なぜそんなことになってしまったのか。当時、原因として考えられたのが、皇太子ご夫妻の「叱らない子育て」です。

この続きはセブン-イレブンの店舗とセブンネットショッピングにて販売中の「週刊文春Woman 2016新春スペシャル限定版」で。

『週刊文春』2016年12月1日号<ワイド特集文春砲って何だ? 悠仁さま・車両事故で浮彫り・秋篠宮家の苛酷労働事情 ◆悠仁親王、紀子妃、西村泰彦次長、愛子内親王、宮内庁>にて山中湖事件蒸し返し編集

Part3170-226 可愛い奥様@無断転載は禁止 sage 2016/11/24(木) 14:37:49.08 ID:gcLI54mc0
文春読みました。

確かに紀子様sage?な部分もあったけど、
東宮との比較に
「例えば、愛子様の山中湖校外学習では同行された雅子様のアルファードの前後を
 宮内庁や県警の車両、白バイ二台を合わせた計十台が車列を作りました
と、さりげなく黒歴史である山中湖付きまとい事件を蒸し返してたり、

締めは、「秋篠宮家でも安全のさらにその上を目指すような体制作りが必要でしょう」
「宮内庁は早急に再発防止の対策を徹底すべきだろう」
ともあり、チクリと本音が漏れてる感じもしました。

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