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小川東洲

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小和田家と親交が深い書家。アメリカのハーバード大学客員教授、オランダのライデン大学客員教授の経歴を持つ人物であり、雅子実父小和田恒とともに「財団法人 美術文化振興協会」の理事に名を連ねてもいる。

財団法人 美術文化振興協会 財団を構成する役員(2006年10月20日現在)(魚拓)
理事 小和田 恆 財団名誉会長 国際司法裁判所判事
(一名略)
   小川 東洲 財団常務理事 書家
(後略)
1981年10月 小和田家と親交が深く、ハーバード大客員教授でもあった書家小川東洲教授の部屋で開かれたコンパに参加、日本人留学生らと乾杯する小和田雅子

1992年12月12日 徳仁からのプロポーズを受け入れた当日、小和田家と親交の深い書家小川東洲個展鑑賞に出向く小和田恒・優美子・雅子
1992年12月12日 小川東洲個展鑑賞にて、個展企画人の元巨人軍コーチ瀧安治氏と記念撮影する小和田雅子
1992年12月12日 小和田家と親交の深い書家小川東洲氏個展鑑賞後、中華料理店でターンテーブルを囲み、小川夫妻、小和田家両親と共に記念撮影する雅子。優美子雅子ともに椅子の背によりかかり不敵なポーズである
『週刊文春』1993年1月21日号グラビアページ、元巨人軍コーチ瀧安治氏と小和田雅子ツーショット写真、小川東洲の写真・コメント、雅子が書いた年賀状画像あり

19930106皇太子さま婚約内定報道1<小川東洲氏インタビュー>

http://www.youtube.com/watch?v=vUeuYu3Qkf4
同上インタビュー映像5:20あたりより~
久米宏  ハーバード時代の雅子さんは、どういう女性だったんでしょう?
小川東洲 それでですね、いま実は今年の2月3月向こうに行っておりまして、この、あのアメリカの学生が言うことですから、素晴らしいことだと思うんですが、あの実はハーバード大学の学生の信条って言いますか、人間形成の信条にあの、「信実」っていうのがあるんですね。「しん」はあの、真(まこと)の「しん」でなく、信頼の「しん」なんですね。信頼を積み重ねて、えー上らせるというのと信実でして、でそのある学生たちがですね、えー、ミス雅子小和田は、あの、我々の大学のこの、スローガンに非常に近いヒューマニズムを持っていると。つまりあのー「アンフェアじゃない」って言うんですね。でとかく学生たちもそういう点ではあのー、日本のそのいろいろな状態から日本人ってのはこうこうこうっていう一面を持ち易いんですが、その点で雅子さんがそういうことであの、非常にフェアな方だと。
<以下略、インタビューが終了した7:55あたりから>
久米宏 素晴らしい方のようですね、どうもありがとうございました。…今の小川先生の小和田さん話を聞きますと、その、ハーバードの学生仲間にその、ミス雅子小和田は「アンフェアじゃない」と、これは素晴らしい褒め言葉ですね。
加藤千洋 いやあ凄いですねえ。非常にいいですねえ。
久米宏 日本人ですとなかなかそういう言葉を手に入れられない時代ですもんね。

『FOCUS』1993年1月22日号 「皇太子妃内定」7年の大逆転
pp.8-11グラビア記事より引用
 さて、ここに紹介する3枚の写真は、雅子さんが、青春を謳歌していたアメリカ・ボストン在住中のスナップ。ちょっぴり太目で、いかにも健康的な笑顔が印象的である。当時から小和田家と家族づき合いをしていた書道家で、ハーバード大学客員教授でもある小川東洲氏はいう。
「雅ちゃんが卒業してから5年以上も経つのに、未だに学生達の間では“よき日本人”としての評判が残っています。向こうの人が使う言葉でベリタスというラテン語があるんですが、彼女はベリタスな人と呼ばれていました。日本語で敢えて訳すと“信実”とでもなりますが。普通、外国人は日本人を褒めないんですけどね。彼女のことをみんな“アンフェアじゃない人”というふうに言っていました。どこの人とも分け隔てなくつきあえた」


「アンフェア」とは言うまでも無く英語の「unfair」、不公平であることを表す貶義形容詞である。つまり、「アンフェアじゃない」とは「不公平じゃない」に相当する。
一人の人間を評価するに当たって態々ネガティブな意味合いの形容詞を持ち出し、それに否定を加える形というのはどこか含みを持たせたニュアンスになる。「あの人は馬鹿じゃない」「あの人は不細工じゃない」が、「あの人は賢い」「あの人は美しい」という意味にそのままつながるとは言い難いことからも、そのビミョーなニュアンスがお分かりいただけるだろう。
婚約時期における小和田雅子ご優秀プロパガンダを担うマンセー要員の一人として、小川氏はインタビューに顔出し出演しているが、舞い上がりやすい性格なのかハーバード時代における周囲による雅子評価を「アンフェアじゃない」と様々な媒体で何度も口走ってくれるなど、実に興味深い事実を提供している人物である。

時が流れ敬宮愛子ちゃんが誕生し、2005年には雅子とともに母娘書初めをしている写真がマスコミ発表されたりしたのだが、その書の評価にも、2007年秋の皇室特番で小川氏が登場している。

2005年2月 スキー画像と合わせて公表された、雅子に手を取られて二人羽織状態での愛子初めての「お習字」

2005年2月 愛子一人だと水墨画というかお絵描き状態

2007年11月7日 TBS秋の皇室スペシャル番組「笑う愛子さま(以下略)」にて、書家小川東洲氏が雅子愛子二人羽織で書いた字やお絵描き遊びを絶賛。

20071107秋のSP07-愛子さま:3:55あたりから、愛子2005年の「お書初め」について
http://www.youtube.com/watch?v=qe8JicUncd0
同上インタビュー映像4:30あたりより~
小川東洲 いやぁ堂々としてお書きになってますなぁ。もう文字のこの形といいですね、筆使いといい、立派すぎるんじゃないですか(笑)
筆と墨汁で水墨画のようなお絵描きをしている愛子について>
(左手を紙の角に置くと)これだけの空間が出てくるんですよね。これここ(紙の角ではなく、体の近く)に置きますと、この(左手より外側の)空間は見えないんです。空間いっぱいいっぱいを生かしてお書きになる。いや、偶然ですけれども、いや立派ですなぁ。

20071107秋のSP10-恩師から雅子さまへ:ハーバード客員教授、オランダ・ライデン大学客員教授経歴とインタビュー

http://www.youtube.com/watch?v=pwyVw-ZZCnc


この小川氏出演皇室特番が放映された翌年2008年12月、毎年恒例の宮内庁職員組合文化祭に愛子ちゃんの粘土細工とお習字が出展されたのだが、そのお習字「犬」は、どこをどう見ても小川東洲氏が絶賛していた「あ」とは遠くかけ離れたものとなっている。
小川氏による2007年書の評価コメントはとんでもなくいい加減なものであったことを裏付けることになったわけである。それにしても氏が自らの言葉で、自らの専門である書の分野で信用を損なっていることに気付いているかどうかは定かでない。

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00145655.html(魚拓)
天皇皇后両陛下や皇族方、宮内庁職員の作品を集めた美術展が報道陣に公開
天皇皇后両陛下や皇族方、宮内庁職員の作品を集めた美術展が報道陣に公開され、愛子さまは、力強い筆さばきの書を披露された。
今回、両陛下が出品されたのは、2008年の「歌会始」で披露された歌を書にしたもの。
愛子さまの作品は、学習院初等科の図工の授業で、4色の粘土やドングリを使って作った「なかよしのことりさん」。
そして、2008年春から始めたという書道では、「犬」の一字で、堂々とした筆使いを披露された。
また、皇太子さまは、2008年に念願の初登頂を果たした富士山、雅子さまは赤坂御用地の写真を出品された。
秋篠宮さまと眞子さまが出品された作品は、2007年8月に訪問したマダガスカルのバオバブの木や、ワオキツネザルを写したものだという。
(12/11 11:04)
2008年12月10日 第51回宮内庁職員組合文化祭美術展に出展された愛子ちゃんの色粘土製「なかよしことりさん」、真ん中の大きな鳥は雅子ではないかとの感想しきり

2008年12月10日 同上第51回宮内庁職員組合文化祭美術展に出展の愛子ちゃん書道「犬」。テン「、」が力強いと報じられる。それにしても発表用の字として「犬」を選ぶセンスに('A`)
参考比較:愛子の書き初め2005年「あ」と2008年「犬」の比較。明らかに全く別物である。
比較画像:2005年二人羽織「あ」、2008年「犬」、2009年「牛」「メダル」


小川東洲氏は、2008年2月に何故か北海道新聞連載エッセーにて小和田家の飼い犬だった「ショコラ」の死について触れている。
ショコラの末路については雑誌記事に書かれた小和田コンクリ御殿近所の住人証言から、「在外生活が多い小和田夫妻が連れて行くこともなく(動物の海外渡航は検疫期間もあり負担も大きい)、スイス在住の渋谷節子も無理、日本在住の池田礼子が面倒をみることもなく、小型犬1匹のスペースは余裕であるはずの東宮家でも既に「ピッピとまり」を飼っているからなのか、高齢で耳が遠く歩くことのできない老犬の引き取りを拒否、コンクリ御殿で孤独死した」という見方が多いのであるが、それに対する反論であると考えられる。
愛子「書初め」でのいい加減なコメントに加え、小和田家と付き合いが深い、言わば身内からの言い訳めいた新聞利用の擁護宣伝に、多くのスレ住民奥様方が信用ならない胡散臭いものだと感じている。


参考:【マコオタ画像集(その他)

2008/2/13唐突に「ショコラはオランダで昇天した」と証言する小川東洲氏編集

Part1130-877 可愛い奥様 sage 2008/02/18(月) 12:16:57 ID:zQw+OqLZ0
北海道新聞 2008年2月13日 夕刊
『私のなかの歴史 命の証を尋ね求めて⑭』 書家 小川東州さん
ショコラとおイネ
 一昨年の夏のある日、軽井沢にある小和田恒さんの別荘へ
向かう途中でのことでした。
 雅子様もかわいがっていた小和田家の愛犬、ヨークシャーテリアの
ショコラは、もはや失明し、はったままでしたが、ご夫婦は何度も
運転の手を休めては介抱にこれ努めているのです。
 見るに見かねた私が、「これでは(オランダに)持ち帰れますか」と
声を掛けますと、「いいえ、連れて帰るのです」と、小和田さんは
なんともかよわい声で話すのです。
 実はショコラを「持ち帰る」と話したのはそれなりに理由があっての
ことでした。このときの老ショコラが首の出るトウで編んだ手提げかごに
入っていたからで、私どもには「持ち帰る」がこのときに合った言葉に
思えたのです。
(中略)
小和田家のショコラは一昨年、オランダに戻って間もなく昇天しました。

あの胡散臭い書家の話しだけどねw


952 可愛い奥様 sage 2008/02/18(月) 13:26:40 ID:5Tjl+lm50
>>877
2・9には雅子さんについてもかいてるね。部分引用。文中「僕」は小川氏。

雅子さま 「いい日旅立ち」美声 心に 

(1992年春、ハーバード大学に)着いて間もなくニューヨークや日本のテレビ局から、
皇太子妃の発表に備えて、ある有力候補の学生についての緊急取材がありました。
その内容は「ジャパンアズナンバーワン」のエズラ・ボーゲル教授と僕との対談を急ぎ
収録したいのでぜひ協力してほしいという申し入れです。
93年の1月、彼らの予想通りに皇太子妃は小和田雅子さんと発表され、
この対談は、お妃決定の発表と同時に全米へ放映されたと聞きました。
(中略)
そういえば、ライシャワー邸へ伺ったとき、ハル夫人が「小和田さんのお嬢さんが
皇太子妃候補とおうわさされていますが、あの方なら礼儀も正しく、素直で
聡明な方ですから…」と話されたことが強く心に残っています。
(中略)
93年1月、お二人のご婚約が発表になる少し前に、雅子さまはプライベートで
北海道を旅行し、僕の家に泊まってスキーを楽しまれました。
富良野のスキー場へは滝川の三浦華園を宿にして出かけました。たまたま居合わせた
滝川出身のエッセイスト黒柳朝さんが、僕の母と高等女学校時代からの知り合いだった
とかで、「雅子さまが皇太子妃に決まっていただきたいもの」などと、熱心に話されました。
(中略)
夜ススキノの店で雅子さまが歌われた「いい日旅立ち」は、とおるような美声とともに、
いまでは懐かしい思い出の一つです。
婚約が発表される以前は、銀座の日本料理店「古窯」で小和田家ご一家との
お食事を考えたい、とおかみの佐藤幸子さんに話をしていましたが、
もうそんなわけにもいかない状態になってしまいました。それで、発表からの5日後、
報道陣でごった返す中を、おかみや調理長と共に小和田宅に出向き、
皇室のご紋にちなんだフグの菊盛りとてっちりなべを召し上がっていただくことにしました。(後略)

※[北海道新聞は2ちゃんねるニュース速報+板でもこんなスレッド「北海道新聞社説】外国人参政権、日本の植民地支配の歴史を引きずった問題であることも考慮しなければならない」が立てられるほどに、日本と中韓関係について独特な論調を広めている新聞であることにも注意したい。果たして老犬ショコラが日本→オランダ十数時間のフライト+その数時間前からの絶食に耐えられたのか?
婚約内定祝いとして小川氏が小和田家で食したフグ料理については、その後婚約時期取材にて「フグの皿」事件として少し世に知られている。


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