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堤治

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雅子夫人の「高度な懐妊治療」もとい不妊治療に携わっていた元東京大学医学部教授(堤医師 公式HP)。専門は腹腔鏡を用いた不妊治療であり、「体外受精」「顕微授精」の成功例も数多い腕利き。あくまで妊娠に至るプロセスが専門で、出産そのものは氏の専門外。坂元正一医師(皇后陛下・秋篠宮妃殿下のご出産時の担当医)の“弟子”に当たる。

堤治東大教授と東宮夫妻との関わり編集

敬宮愛子ちゃん誕生まで編集

  • ソースは『噂の真相』2001年6月号等

1995年、「(東宮夫妻の子供を)国民みんなが待っているからね」と仰った天皇陛下に対し、雅子が「私の友達にそんなことを言う人は一人もいません」と口答えする事件発生。

1997年に突如として堤治東大教授が宮内庁の非常勤医師に就任し、女性週刊誌が「人工授精治療の開始か」と大騒ぎするが、宮内庁やA医師は「職員の治療をお願いしているだけ」などと報道を完全否定。しかし実際は鎌倉節宮内庁長官(2001年3月退任)が坂元正一東大医学部名誉教授に依頼して立ち上げた、皇太子夫妻のための「不妊治療プロジェクトチーム」の一員(中心メンバー)だったのが堤教授。

しかしスタート直後、皇太子が坂元医師の説得に「自分たちで計画的にちゃんとやります」と断り(基礎体温提出拒否事件)、せっかくのプロジェクトチームはほどなく解散。堤教授も1998年非常勤医の職を辞する。

1998年秋、不妊検査で異常がなかった雅子が両陛下に向かって「検査の苦しさよりも私が子供を産める身体だと、両陛下にご理解をいただいてほっと致しました」発言事件

ところが1999年5月、再び非常勤医として宮内庁病院に復帰。仕掛け人は鎌倉節長官で、支持率低迷に悩む小渕恵三首相と連携する形で99年春から再び東宮夫妻不妊治療プロジェクトを始動。

渋っていた皇太子夫妻もその説得のプレッシャーに耐えられず、夏過ぎには同意。秋に東宮御所内に医療機器が運び込まれ堤教授が検査を始めた。

1999年11月26日頃(ベルギー訪問1週間前)尿検査で妊娠陽性反応、5週目だと判明するものの、雅子夫人は12月上旬ベルギー王太子結婚式参列&グルメ旅行を強行、因果関係は不明だが同年12月30日妊娠約7週にて繋留流産手術と宮内庁発表。
流産に終ったあとの2000年1月下旬、堤教授が東大医学部の「体外受精」をテーマにした講義で「体外受精ではけい留流産の可能性が高い。それをどうのこうの言われてもね」と語ったとのこと。記者が同学部の学生から聞いたのだけれど、その学生曰く、「具体的に名前を出したわけではないですが、明らかに雅子妃の流産を指していることがわかりました」

2001年3月には堤教授が宮内庁御用掛に就任(つまりそれまではあくまで非常勤医「影の主治医」という立場)。堤教授の弟子に当たる女医・定月みゆき医師も宮内庁東宮御用掛として宮内庁病院産婦人科医長に抜擢。

2001年4月16日雅子に妊娠の兆候ありと宮内庁正式発表。

3081-523 可愛い奥様@無断転載は禁止 sage 2016/03/21(月) 12:58:14.51 ID:VH0YQT8M0

古いログを読んでて、奇妙な一文を見つけた。

> 2001/12/02 毎日新聞朝刊
> [クローズアップ2001] 新宮さま誕生(その1) 「配慮」重ねた宮内庁
> これまで皇太子妃の出産時には、超音波診断や小児科、内科の専門家らを集めた
> 「医師団」が結成されるのが通例だったが、今回は見送られた
> それは、堤氏の意向を反映した結果という

情報漏洩を恐れるのは分かるけど、
医師団を作らなかった理由は本当にそれだけだったのかなぁ。

流産を経験した患者なんだから、非常事態が起きる確率は高いはずなのに。
実に不思議…。


2001年12月1日 雅子が女児(=敬宮愛子ちゃん)出産。
午後7時45分より宮内庁で記者会見する川口政行東宮侍医長(中央)、堤治東大教授(右から二人目)

敬宮愛子ちゃん誕生後編集

このように、堤医師は評判通りの腕利きぶりを発揮し、雅子は妊娠出産に至ったわけであるが、その後にはどうも穏やかでない話が続く。

THEMISテーミス2004年7月号<天皇・皇后は「女帝」を望まれていない>

p.35より引用
 皇室関係者が言う。
「(略)御用掛として雅子さまが信頼していた堤治東大教授も昨年、研究費の不正流用事件で失脚、いまは相談できる医療関係の人間もいません。その堤教授は『雅子さまは妊娠中もタバコを辞めなかったんだ(原文ママ)』となどと周囲に漏らしていたというのですから、皇太子夫妻が不信感を抱くのも当然でしょう」
 この関係者によれば、東宮職の職員からは雅子さまの寝室に関する詳細な話や身体に関するプライベートな情報まで漏れていたという。これでは雅子さまは侍従も女官も信用できない。

堤医師が雅子夫人の喫煙癖を他人に漏らしていて、プライベートな情報を口外されるようでは信用できないという論調である(デマを吹聴されて困るという書き方でないことに注目、またこの記事に関して東宮職から抗議は一切ない)。雅子が堤医師に不信感を抱いていたことが窺える記事であるが、後に堤医師は東京大学医学部で科学研究費補助金不正流用事件を起こしたため、2003年6月宮内庁御用掛を辞し、停職処分を受けた東大も教授職を追われることはなかったが更に上の名誉教授等の道は断たれ、大学を去ることになった。
現在はセレブ御用達である山王病院の院長に就任し活躍している堤治医師。彼は雅子夫人と関わったことにより敬宮愛子ちゃんを世に存在せしめるなど彼らに大きな影響を与え、また自身の人生に大きな影響を与えられた人物の一人と言えるだろう。

堤治・東大医学部教授の科研費流用問題と退職に関する記事集編集

pp.40-42より引用
日本中が感動した愛子内親王の誕生会見から早一年。当時、雅子妃の主治医としてにわかに脚光を浴びた東大教授であり、東宮職御用掛である堤治医師に何とも不名誉なスキャンダルが発覚した。国民の税金である研究補助金を長年にわたり不正流用していたというのだ。

「産婦人科医としてお手伝いさせていただき、非常に幸せだと思います」
 昨年(=2001年)12月1日、愛子内親王の誕生会見で、落ち着いた明晰な語り口で慶びを表現する一人の医師の姿があった。
 国民注視の途轍もない重圧がかかる中、見事に「国民的慶事」を成功に導いた医師の名前は、堤治・東洋大学医学部教授(52)。
 昨年三月一日付けで東宮職御用掛に就任、雅子妃の主治医となった堤教授は、七六年、東大医学部を卒業後、米国留学などを経て、東大医学部付属病院の産婦人科医長に。生殖内分泌、腹腔鏡手術、不妊治療などを専門にしており、話題の環境ホルモンも研究対象で、学術的価値の高い発見を何度もしている。
「不妊治療の権威として名高い堤教授は、御用掛就任以前より、宮内庁病院の非常勤医を務めていました。その頃から皇太子ご夫妻の信任も厚く、ご夫妻の強い希望もあって、御用掛になったという話もあります」(皇室担当記者)
 堤教授は愛子内親王のご誕生後も、東宮職御用掛の重職を担いつつ、東大病院で治療と研究の多忙な日々を送っている。
 このような名医に、金銭を巡るスキャンダルが持ち上がっているというのである。
「公金の詐欺疑惑と流用疑惑です。現在、堤教授が文部科学省所管の特殊法人から受け取った研究補助金の一部を、長年にわたって不正に流用している疑いがあり。すでに文科省が調査に乗り出したと聞いています」(東大医学部関係者)
 この関係者によると、疑惑の震源となっているのは、文科省の科学研究費補助金、通称・科研費。科研費とは、あらゆる文化の様々な研究への助成金であり、平成十四年度の当初予算額は、八百五十三億円。当然、全額、国庫から拠出された「公金」である。
 
辻元清美や田中真紀子と同罪
「疑いが持たれているのは、科研費の中でも『謝金』という経費です。これは、簡単に言えば、科研費交付が許可された研究に協力したもの、たとえば大学院生に支払われる謝金のこと。
 支払方法は、協力者本人名義の預貯金口座に振り込まれる形が一般的で、堤教授の場合も、研究に協力した大学院生名義の口座に、謝金が振り込まれていました。ですが、その謝金が実際には大学院生には渡らずにプールされ、その後、他の用途に流用され続けているというのです。
 さらに、書類上では謝金を支払ったと明記されている大学院生たちが、本当に補助金が許可された研究に関する作業を手伝ったかどうかもわからない。
 彼らは名前を貸すだけで、いわゆるカラ雇用や名義借りの疑いもあるというのです」(別の東大医学部関係者)
 補助金の用途については、「補助金等適正化法」第十一条で「他の用途への使用をしてはならない」と、明確に禁じられており、違反すると、<三年以下の懲役若しくは五十万円以下の罰金>という厳しい罰則が待っている。
 その上、実際に働いていない大学院生の「名義貸し」が実際に行われているならば、これは、公設秘書制度を悪用した辻元清美前衆院議員や田中真紀子前衆院議員と同様の「公金横領システム」であり、税金の「詐取行為」だという指弾も免れまい。
 近年、科研費に関する不正が日本の大学で横行しており、大きな社会問題となっている。
「九六年二月に発覚した岡山大のケースでは、大学院生の謝金を研究費に流用などしていた歯学部教授が、懲戒免職という重い処分を受けました。九八年の富山大理学部教授も謝金流用で辞表を提出。これは旧厚生省管轄の科学研究費ですが、今年一月に逮捕された徳島大医学部教授のような悪質なケースは、詐欺罪で起訴されています」(社会部記者)
 皇太子ご夫妻の信頼も厚い堤教授ともあろうお方が、本当にこんな不名誉な「犯罪行為」を働いていたのだろうか。俄かには信じがたい話である。
 だが、多数の関係者に取材を進めていく過程で、小誌は複数の驚くべき内容のメールを入手した。
 その一部を公開しよう。メールの差出人は、高井秦氏。高井氏は、堤研究グループで、二〇〇一年の三月まで三年間ほど、実質的な会計兼秘書係を務めていた人物である。日付は九九年一月二十二日。受取人は合計七名で、いずれも東大医学部大学院生(当時)。
 題名からしてこうだ。
「謝金に名前を使わせていただきます」
 本文は至ってシンプル。
<大学院所属の諸先生へ。
 堤先生の科研費の謝金で先生方のお名前を12月、1月の分で使わせていただきます。月10万くらいで、特に申告する必要はないと思いますが、ご了承ください>
 誰がどう読んでも、これが謝金に関する「名義貸し」の承諾を求めるメールであることは明白である。
 実際、メールを受け取った者複数が、我々の取材に対し、九九年当時、堤教授の研究を直接手伝える立場にいなかったと証言。彼らは当然謝金も受け取っておらず、そればかりか預金通帳すら見たことがないという。彼らは全体的に、謝金や「名義貸し」に対する認識が非常に甘い。
「なんか、名前を貸すということをみんなやっていると思いますけど……。よくはわかんないですけど。応じたかどうか、私はわからないです。お金に関しては何もわかりません」(当時の大学院生)
 翌二〇〇〇年決算期前に出されたメールも公開しよう。
 これも前出の高井氏が五人の大学院生(当時)に宛てたもので、今度は少々、文章が長く、その一部を抜粋する。
<おかげさまで、堤グループは研究費が大変潤沢で、喜ばしい限りです。しかしながら、使用可能な研究費は大変限られているのが現状です。こうした状況の中、実験助手の方々の給与や賞与などを捻出しなければいけません。その対策として生まれてきたのが「謝金」作りというものです。
 これは、常勤でない方に(書類上)働いていただき、それに対する給与を支給し、皆様にはその給与を堤グループに寄付していただく制度だと考えていただいて結構です。つきましては、皆様のお名前で謝金を作らせていただきます>(傍点=編集部)

注:wikiaの仕様上、傍点を下線に変えて表記する。

「私の監督責任は免れません」
 この二通のメールが何を表すのか。もはや言うまでもないが、これは、「流用のための「名義貸し」依頼を裏付ける決定的な証拠なのである。
 二通目のメールには、さらに興味深い記述があった。
<昨今の社会情勢では、これまで慣習的に行われてきたことが、次々に厳しい批判にさらされていることも否めません。私としてはそのことも十分考慮した上で、現実としてやむを得ないと判断し、皆様にお願い申し上げる次第です。やはり協力しかねるという方は申し出てください。
そのことで不利にはならないと思いますが、何卒上記の人件費をめぐる状況をご賢察の上、ご協力いただければ幸いです>
 つまり、今まで<慣習的に>行ってきた<「謝金」作り>は、いま<厳しい批判>にさらされていることも認識しているが、それでも実行する。そして断ってもあなたの立場が<不利にはならないと思いますが>と、暗に脅しをかけているわけである。
 高井氏は当時、周囲に次の発言をしていたという。
「謝金は、多くの研究室で、実験助手に支払うボーナスなどへ充てる財源、「裏金」として機能しています。堤グループでも、大学院生に一カ月医局で働いたことにしてもらって、研究費から支払われる月十万円ほどをプールし、それを実験助手のボーナスなどにあてているんですよ」
 東大病院関係者がこう語る。
「以前は、堤教授本人が院生に持ちかけ、『迷惑はかけないから』と言って、銀行口座を院生に作らせていたといいます。作った通帳を預かった事務方なのが、謝金が口座に振り込まれるたびに、銀行へ行って全額を下ろし、そのまま別の口座に一括して入金する。この作業を繰り返していたというのです。
 これらの疑惑に対し、堤教授はどう答えるのか。
 小誌が取材を申し込む前に、堤教授ご本人から、編集部に電話がかかってきた。
「色々取材されているようですが、謝金をプールするとか、私的にせよ何にせよ謝金を流用したことは、私の知る限り、一切ありません」
 そこで、小誌は書面の形で質問を送り、翌日夜、堤教授に直接取材の機会を得た。
 まず、堤教授は、「名義貸し」と「謝金のプール及び流用」について、「事実に反すると思う」と明確に否定した。
「謝金は大学院生に実質的に働いてもらったことに対する謝金でありますので、名前を貸すという趣旨ではないと思います。大学院生は、実際、毎日のように働いています。
 研究費に、謝金を自発的に、自分の意思で充ててくれて、大学院生の研究を遂行することはあります。謝金で得たお金を拠出するということは、個人の意思であれば、していただいても、まあよろしいかなという私の認識があります。プールしたとか、流用したという認識はありません」
 だが、小誌が入手した前出の、メールを次々と突きつけると、教授の表情はみるみる曇り、絶句する場面もあった。
「これは、私はいま初めて見ました。とにかく、私の認識は、こういうものではありません。高井君が謝金の趣旨を誤解して、院生に誤解を招くメールを送ったんです。院生のうちの誰かが働いていなくて謝金を得ていたら、国庫に返納していただくことになりますが、全員何らかの形で研究に貢献してもらっていました。九九年と〇〇年には、科研費の謝金では(院生による研究費への)拠出はされていないんです。つまり、『名義貸し』や『プールして後の流用』を行ったはずがないんです。
 しかし、高井君が誤解していたことについては、私の監督責任は免れません」
 堤教授が言う通り、メールで「名義貸し」依頼が行われた年に、謝金が研究費への「拠出」に回されなかったとすれば、一体その金はどこに消えてしまったのだろうか。
 十月中旬から調査に乗り出している文科省は以下の回答を寄せた。
「東大にはすでに調査を依頼済みです。謝金の流用が明らかになれば、その謝金は全学返済。悪質なケースでは、個別の研究者への研究費打ち切りもあります」
 最後に、別の東大関係者がこう断言する。
「これは全部、堤先生の指示でやっていたことですから、先生はすべてを知っているはずなんです」


ttp://www.mainichi.co.jp/news/selection/20030603k0000m040125003c.html

東京大医学部産婦人科の堤治教授(53)が、国から支給された科学研究費を流用していた問題で、同大は堤教授に対し、停職を相当とする懲戒処分案をまとめた。
3日に開かれる同大の評議会に報告し、正式な処分を決定する。堤教授は01年3月に宮内庁東宮御用掛に就任し、皇太子妃雅子さまの主治医を務めている。
 同大は昨年11月に医学部調査委員会を設置し、学内外の関係者から事情を聴くなど内部調査を進めてきた。
 これまでの調べでは、堤教授は98年度から02年度までの5年間に、厚生労働省や文部科学省から支給された科学研究費補助金のうち、約2252万円を自分の個人口座や研究室にプールするなどして管理し、研究室の運営費や学会出席の旅費など目的外に使っていた。
 厚労省などはこの処分を受けて堤教授に対し、流用した補助金の返還を求める。
 堤教授は大学側に対し、「私的流用はないが、不適切な点があったことはおわびします」とする文書を提出している。
[毎日新聞6月3日] ( 2003-06-03-01:24 )

ttp://www.sanspo.com/shakai/masakosama/2003/sha2003060507.html

堤治教授が雅子さまの主治医を辞職
 宮内庁は4日、補助金流用問題で東大から停職1カ月の懲戒処分を受けた堤治東大教授(53)が、皇太子妃雅子さまの主治医「東宮職御用掛」を辞職したと発表した。
 堤教授がこの日、宮内庁に退職願を出し、受理された。
 宮内庁は「医学的な専門知識、技術などに着目して、東宮職御用掛をお願いしていたが、今回大変厳しい処分があり、本人も退職したいという意向なので、やむを得ない」としている。
 堤教授は平成13年3月に東宮職御用掛に就任。同年5月の雅子さまのご懐妊発表から、12月の愛子さまご誕生まで、医師団のリーダーを務めた。

ttp://www.t-shinpo.com/891/top891.html

■堤教授に停職1カ月
 不正流用は2252万円
 医学系研究科の堤治教授が国から支給された補助金を不正流用した問題で、本学は3日の評議会で、堤教授に停職1カ月の懲戒処分とすることを決めた。
 医学部の調査委員会によると、堤教授は1998年から2002年の5年間に、研究費補助金として支払われたうちの約2252万円について、個人口座にプールするなどの不正流用があったことが明らかになった。そのため調査委員会では2日までに堤教授に対し、停職が相当との懲戒処分案をまとめ評議会に報告、3日の評議会で了承された。
 また2250万円の内訳について調べたところ、架空の賃金支払いなど明らかな不正が650万円に上った。そのため、この650万円に利子を加えた800万円と、未使用の680万円などを国庫に返納することとなった。
 公務員の懲戒指針では、公金の不適切な処理に対しては通常減給または戒告を科しているが、今回は金額が高額に上るなどの事の重大さに鑑み、処分を一段階上の停職に引き上げた。また、当時監督責任のあった桐野高明前医学部長を厳重注意、一部の研究費に関わった武谷雄二教授を注意とする処分も発表された。
 この件について堤教授は、医学部の調査委員会を通じ、「私的流用はないが、不適切な処理をしたことを深く反省しています」とのコメントを発表した。

『月刊中央ジャーナル』2003年06月25日発行分

雅子さま主治医・堤治教授にスキャンダル噴出-裏金スキャンダルに女性スキャンダルも- (2003年06月25日発行)
 堤治東大医学部教授の裏金疑惑が不倫疑惑に発展した。捜査当局や東大も、相手が雅子さまの主治医ということもあって、公金私的流用の証拠はつかんだものの、穏便に処理したいようだ。
裏金づくりは組織ぐるみの犯罪?
 警視庁捜査第二課が東京大学医学部産婦人科の堤治教授(五三)の「公金流用」を調べている。
 昨年暮れ捜査を開始、関係者に事情聴取を行ってきた。その中には取引先業者も含まれている。
 捜査当局は、‥
雅子妃の不妊治療の費用の一部にも
 もう一つ、堤教授の処分が遅れていた理由がある。堤教授が雅子皇太子妃の主治医だからだ。
 堤教授は、〇一年三月から東宮職御用掛(六月四日付で辞職)として、愛子内親王の出産も手掛け、その後第二子出産計画を指揮していた。
 ところが、‥
裏金でユーミンのCDを買う
 堤教授の「科研費疑惑」は国の科研費(科学技術研究費)補助金の一部を私的に流用したのではないかという疑い。
 堤教授は研究費の一部を裏金に変え、‥
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高度な懐妊治療編集

『週刊女性』2006年2月28日号

p.29より引用
前にも触れたように、'03年の湯浅発言のころに、両陛下が男子誕生を望まれていたのは事実だろう。だが、皇太子ご夫妻は第2子誕生を断念された。じつは愛子さま誕生は、かなり高度な懐妊治療の結果だったともいわれている。

『週刊女性』は政府高官夫人がもたらす東宮家情報をしばしば流す雑誌であり、以前から「東宮夫妻第2子断念」の文字が誌面に書かれていたが、いわばその決定版とでも言うべきものである。一般にはこういう場合「不妊治療」という表現を使うところだが、「不妊」ではなく「懐妊」という言葉を選んでいるのは皇族女性が治療対象であるからなのか、それとも「アテクシ女性側には不妊なんて問題ないわよ!」とでも雅子側が主張する意図を有しているためなのか不明である。

跡継ぎをもうけるのが最重要使命である東宮家が第2子断念というのはとてつもなく大問題なのであるが、週刊女性を中心としてだけ情報が流されるのが摩訶不思議である。また2006年2月7日秋篠宮妃ご懐妊が明らかになった後、第2子断念としつつも文藝春秋や女性誌などで向精神薬の服用を減らし第2子懐妊を長い目で考えているといった記事が書かれるなど、東宮妃第2子を巡っては周囲の思惑が二転三転している模様であった。
結局敬宮愛子ちゃん以降、雅子は新たに子をもうけることはないまま五十路を迎え、産む産む詐欺は終焉している。

関連項目:【夏バテのようなもの】、【産む産む詐欺

第二子断念編集

臭女こと週刊女性を中心に流布されている、東宮夫妻についての主張。
結婚当初から子作りに励まず、堤治教授を中心とするプロジェクトチームによってようやく敬宮愛子ちゃんをもうけた東宮夫妻であるが、その後の子作りについては週刊女性によると「断念」、その理由は「皇室を改革したいという気持ちのあらわれ」であり、2006年9月6日秋篠宮家悠仁親王殿下のご誕生はそれを「挫折」させたとのこと。
女児である敬宮愛子ちゃんが天皇になってくれないと、東宮夫妻やOWD係累や臭女バックが非常に困ったことになるかのようである。斜め上すぎてさっぱり意味不明、理解に苦しむ主張である。


 ある宮内庁関係者によれば、皇太子ご夫妻は新婚時代、「二年間は子どもをつくりません」と両陛下におっしゃったと言う。真実だとしたら、落胆したことだろう。
 実は、皇太子ご夫妻は真剣に「お世継ぎ問題」を受けとめていた。雅子さまは、生真面目で頑張りやだ。両陛下の期待に応えたいという使命感のような気持ちは強かった。しかし、この問題は頑張ろうとすればするほど女性にはつらい。
 雅子さまが九九年に流産したとき、撮影されるのは忍びない、と皇太子さまが食堂の白いカーテンを外し、車窓に目隠しをした。それを聞いた両陛下は不快感を示したという。皇族という立場は、辛いときも国民から姿を隠すようなことをしてはいけない、ということだと周りは斟酌した。厳しいが、考え方の違いを物語っている。


■週刊女性2005年1月1日号
不妊・受胎治療チームがリーダーの堤治元東大教授が「公金流用」不祥事で崩壊、
結局そんなことから雅子さまは第2子出産を断念というより拒否されたのだという、
http://wiki.livedoor.jp/dosukono/d/%bd%b5%b4%a9%bd%f7%c0%ad2005%c7%af
 
■週刊女性2005年12月20日号
皇室典範改正の動きについて「愛子さまの将来については、第2子を断念されたときから、ある意味で覚悟されていたこと」とご夫妻に近い関係者、

■週刊女性2006年9月12日号
ご夫妻が第二子を断念されたのも、皇室を改革したいという気持ちのあらわれである。 それが、紀子様のご懐妊によって、「挫折」してしまった

■2009.1.5:頃 ロイター記事「Spats cast pall over Japan imperial anniversary」
皇室内に亀裂が生じた原因は、恐らく皇太子の怒りにあるだろうと言われている。
皇太子の怒り。それは、彼の唯一の子である愛子内親王に皇位を継承するべく
法律改正を図ろうとまさに動き出していたところで、秋篠宮紀子妃殿下の御懐妊によって、(計画途中でというニュアンスです)あきらめることとなってしまった
ことへの怒りである。「皇太子は完全にキレてしまったんですよ」と語るのは、Portland State University の教授Kenneth Ruoffだ

http://dalje.com/en-world/spats-cast-pall-over-japan-imperial-anniversary/220811
EMPEROR
JANUARY 5 2009 10:00hSpats Cast Pall Over Japan Imperial AnniversaryJapan
Haketa went on to list issues he said were causing friction, from concern over Naruhito`s own health, after he was Emperor Akihito marks two decades on the Japanese throne on Wednesday, but the anniversary is set to pass quietly given the poor health of the royal family that some officials blame on internal squabbling.
The 20th anniversary of the death of his father, Emperor Hirohito, comes a few weeks after Akihito, 75, cancelled his annual birthday news conference and other official duties due to high blood pressure and intestinal bleeding. [ID:nT299887]
A senior official said Akihito was believed to be stressed over the future of Japan's monarchy and disputes with his eldest son, Crown Prince Naruhito, prompting recriminations between officials from the two households.
But some experts say the problems facing the imperial household go beyond the succession and reflect a gulf between the idealised image of the institution and its reality.
"Imperial Household Agency and East Palace (Naruhito's residence) at war" said one headline in the weekly tabloid Shukan Shincho after officials weighed in on both sides.
"Over the past few years, I have noticed that he constantly seems to be anxious about the various problems facing the imperial household, starting with the succession issue," the head of the Imperial Household Agency, Shingo Haketa, told domestic media last month when discussing Akihito's condition.
Haketa went on to list issues he said were causing friction, from concern over Naruhito's own health, after he was treated for a polyp, to doubt over who was overseeing treatment for his ailing wife, Crown Princess Masako, local media said.
Other officials pointed out that Masako had also been hurt by speculation over the cause of her condition, media reports say.
A former diplomat, she has been largely absent from the public eye for five years, suffering a mental disorder officials have said was caused by the stress of adapting to palace life. But pressure to produce a male heir also likely played a role.
SUCCESSION QUESTION POSTPONED
The small size of the modern imperial Japanese household has led to a dearth of male heirs, although this dilemma was temporarily resolved by the birth two years ago of Prince Hisahito to the wife of Naruhito's younger brother, Prince Akishino.
Some observers say rifts within the imperial family likely stem from Naruhito's anger that moves to change the male-only succession law to allow his only child, Princess Aiko, to take the throne, were abandoned when Akishino's wife became pregnant.
"I think he was really ticked off," said Kenneth Ruoff, a history professor at Portland State University and author of "The People's Emperor: Democracy and the Japanese Monarchy 1945-1995".
"Now Crown Prince Naruhito and Crown Princess Masako don't even get to raise the heir to the throne," he said.
Tabloids have splashed increasingly bold stories on the imperial household across their covers in recent years, Ruoff said, although newspapers steer clear of gossip.
"They enjoyed for much of the post-war period an image as an ideal family," said Ruoff.
"Now they're obviously not an ideal family. They're a family which has its squabbles and so on," he added, saying that could make some Japanese feel closer to their monarch, while others might see it as an affront to imperial dignity.
Many agree that if any senior member of the imperial family were to breach the high standards of behaviour expected of them, kid-glove treatment by mainstream media could stop, leaving them open to the paparazzi treatment faced by European royalty.
"The imperial family has a lot of self-control," said Yohei Mori of Seijo Gakuen University, an expert on the imperial household. "None of them have done anything really stupid. But if someone does, then the whole thing could change immediately."


挫折したものの、
■2009/06/16 週刊女性「愛子さま天皇再浮上で雅子さまに嵐の予感」 2009/06/16レポ

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