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2007年2月13日に抗議騒動が始まった、オーストラリア人ジャーナリストであるベン・ヒルズ氏(スレでは便昼と記されることがある)が著した『プリンセス・マサコ』(原題=Princess Masako:Prisoner of the Chrysanthemum Throne:The Tragic True Story of Japan's Crown Princess)のこと。なお同本は3月に講談社から日本語版出版予定だったが、2月16日急遽出版中止と報じられた。


当抗議については「政府」と曖昧な表現をされている報道もあるが、どうやら外務省と宮内庁、それぞれバラバラの動きをしていることが伺われる。そして宮内庁による公式の抗議は両陛下の公務についてだけであり、本のタイトルにもなっている雅子夫人当人については一切触れられていない
宮内庁書簡が2007年2月1日付けであること(外務省は2月13日報道官会見で2月6日付け抗議書簡を出したと発表しており、タイムラグの存在が確認できる)、羽毛田信吾長官名義ではなく両陛下のお膝元千代田を取り仕切る渡辺允侍従長の名が記されていることから、千代田が東宮を完全に見放している姿勢が如実に見て取れる。(後掲)

ベン・ヒルズ氏の妻が「金森マユ」という女性で、彼女には在日説があったり統一教会と関わりがある(ttp://www.mayu.com.au/wedding/index.html におけるベン・ヒルズ氏との結婚式写真や、「金森マユ・洗礼」でググって参照されたし)と思われるところから、強硬な反日思想をバックに著されたのがこの便本ではないかという見方が強い。
この本と宮内庁・外務省の足並み揃わぬ抗議、それについてのマスコミ報道の態度、また日本語版出版予定であった講談社とランダム・ハウス・オーストラリアとの関わりや、翻訳者である藤田真利子氏の下ネタ満載のお下劣系既出版物伝蓋時代の友人・原久美氏提供である巨人軍・原田治明氏と小和田雅子の六本木ナイトクラブでの2ショット写真(便本では10代と書かれているが髪形ファッションから1986-87年あたりと推察される)等々、注目点がいっぱいあり過ぎな書籍である。

宮内庁、千代田付き渡辺允侍従長名義による著者ベン・ヒルズ氏への抗議書簡編集

http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taio/taio-hills.html
「プリンセス・マサコ」(ベン・ヒルズ)に関する宮内庁書簡(平成19年2月13日)
「プリンセス・マサコ」(ベン・ヒルズ)に関する宮内庁書簡
オーストラリア国在住のベン・ヒルズ氏がランダム・ハウス・オーストラリア社から出版した「プリンセス・マサコ」と題する本について,本年2月,同氏及び同社に対し,現地大使館を通じて日本国政府としての抗議が行われています。
宮内庁としては,同書に記述されている天皇陛下並びに皇室の御公務に関する部分についての見解を書簡によって著者に伝えています。


http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taio/hills-letter.html
「プリンセス・マサコ」(ベン・ヒルズ)に関する宮内庁書簡(日本語仮訳)
正文(英文)
2007年2月1日
ベン・ヒルズ氏へ
貴著「雅子妃ー菊の玉座の囚人」について,この書簡を送ります。
長年皇室報道を専門としてきた或る老練な新聞記者が,この本を読んで,「各ページに間違いがあるのではないかというくらい」不正確な箇所が目につくと書いています。また,より実質内容に関わる観点から,政府は,この本の描いている皇室像が如何に歪んだものであるかに驚き,対応ぶりを検討しています。その間,ここでは,天皇皇后両陛下の側近にお仕えしている立場から,両陛下に直接関わり,しかも明らかに事実と異なる一つの箇所に絞って,問題を提起します
この本の第7章で,貴方は,「天皇には,年間に千件以上・・の公務があるといわれるが,いずれも,・・当たり障りのない行事への,負担のない形式的な出席ばかりである」と述べた上で,「日本の皇室が,ダイアナ妃による・・レプロシー・ミッション・・への支援のような論議を呼ぶ事柄に関わりをもつことはありえない」と断定しています。
ここで貴方は,両陛下が,40年にわたってレプロシー,すなわちハンセン病の問題に大きく関与してこられたことを全く無視しています。日本には,全国各地に13箇所の国立ハンセン病療養所があります。両陛下は,1968年,皇太子皇太子妃の時代に,鹿児島県の奄美大島にある療養所をお訪ねになって以来,2005年までの間に,これらの国立ハンセン病療養所のうち青森,群馬,東京,岡山(2箇所),鹿児島(2箇所)および沖縄(2箇所)の各都県にある9箇所を訪ねてこられました。
これらの療養所のご訪問に当たっては,入所者と膝をつき合わせ,手を握って,病いと差別,偏見に苦しんできたその人々の苦しみを分かち合い,慰められるとともに,園長,医師,看護師など入所者の世話をしている人々の労をねぎらってこられました。
1975年に沖縄県の療養所の一つをお訪ねになった時には,入所者が,御訪問を終えられてお帰りになる両陛下を,沖縄の伝統的な別れの歌を歌ってお送りし,また,後に,感謝の意をこめた詩をお送りしました。これに対し,天皇陛下は,沖縄特有の定型詩を詠んで,この人々の気持ちにお応えになっています(陛下は,さきの大戦で唯一地上戦が行われ,その後1972年まで米国の施政権のもとに置かれることとなった沖縄の人々の苦難を理解する一助として,沖縄の古典文学を学ばれました)。2004年,両陛下は香川県の高松市をお訪ねになりましたが,その折,市の沖合にある小さな島の療養所から入所者が来て,両陛下にお目にかかっています。また,翌2005年の岡山県ご訪問の際は,ほぼ一日をかけて,島にある隣接した二つの療養所をそれぞれお訪ねになりました。
これまで入所者にお会いになることができなかった3箇所の療養所については,皇后陛下が,それぞれの園長をお招きになって,現状をお聞きになっています。また,皇后陛下は,政府の委託によって過去の日本政府のハンセン病患者隔離政策を批判的に検証した2005年の報告書が出版された際には,関係者をお招きになって,説明を聴取しておられます。
両陛下のこれらの活動は,常に静かに行われてきましたが,両陛下とハンセン病問題に関わる以上の事実は,全て報道され,記録されており,初歩的な調査によって,容易に知りうることであります。
また,天皇の公務は,「当たり障りのない行事への,負担のない形式的な出席ばかりである」というのが貴方の見解でありますが,例えば,1975年に皇太子同妃として沖縄を訪問された時には,ご訪問に反対した過激派が至近距離から火炎瓶を投げつけたにもかかわらず,全く予定を変更することなく訪問を続けられました。1995年,戦後最悪の自然災害となった阪神・淡路大震災が発生した際には,被災地に飛ばれ,本土と淡路島の双方にわたって,被災者の避難した小学校の体育館などを回ってその人々と一日を過ごされました。1994年,終戦50年に先立ち,両陛下は,硫黄島に赴かれ,日米双方の戦死者のために祈られました。2005年には,終戦60年に当たり,さきの大戦で激しい戦闘の行われたサイパン島を訪問され,炎天下,島内の日米韓各国民と現地島民の戦没者のための慰霊碑や大勢の婦女子が戦争の末期に身を投げた崖などで心をこめた祈りを捧げられました。
両陛下は,社会福祉の分野全般にわたって,この47年,困難を抱えた人々をたゆみなく励まし,慰めてこられました。これまでに,全都道府県の400箇所を超える福祉施設(知的障害者,身体障害者,高齢者,幼児などのための施設)を訪ねられ,外国においても,英国のストークマンデヴィル身体障害者スポーツ・センター(1976),いくつもの福祉施設が集まり,人々がナチス時代にも障害者たちを護り通したドイツの町ベーテル(1993),米国のナショナル障害者サーヴィス・センター(1994)など様々な福祉施設をたずねてこられています。貴方の母国オーストラリアでは,皇后陛下が,パース・リハビリティション病院(1973)を訪ねておられます。
貴方は,両陛下のなさっていることが,無意味で形式的なことばかりであると示唆しているように見えますが,仮に,そうであるとするならば,何故,世論調査で,現在の形の皇室に対して,常に75パーセントを超える支持があるのでしょうか。また,何故,両陛下が地方に旅行される度に,何万という人々が両陛下を歓迎するために喜んで沿道に出てくるのでしょうか。
以上の諸点について,著者はどのように考えるのか,少なくも,事実関係のはっきりしている皇室のハンセン病への関与に関して,回答を求めたいと思います。
侍従長 渡辺 允

著者ベン・ヒルズに対する政府(=外務省)と、宮内庁(=千代田付き渡辺允侍従長)の抗議ニュース集編集

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070213i513.htm(WebArchive記録)

政府、豪大使通じ「プリンセス・マサコ」著者らに抗議
 オーストラリア紙の元東京特派員の著書「プリンセス・マサコ」に事実誤認や侮蔑(ぶべつ)的な記述があるとして、政府は13日、在オーストラリア大使を通じて著者と出版社に抗議文を手渡したことを明らかにした。
 抗議文では、「(著書は)天皇、皇后両陛下をはじめ皇室の方々について、事実無根の極めて侮蔑的な記述がなされていたり、非礼な内容が記載されている」と指摘。「著者は皇室、宮内庁のみならず日本社会についてもゆがんだイメージで描いており、背景には著者の対日蔑視が存在する」とし、著者らに謝罪と適切な措置を要求している。
 一方、宮内庁もこれとは別に、著者と出版社に対し、渡辺允(まこと)侍従長名の抗議文を郵送。天皇陛下の公務について「負担のない形式的な出席ばかり」などとした記述について、
「両陛下が40年にわたってハンセン病の問題に大きく関与してこられたことを全く無視」
「社会福祉の分野全般にわたって、この47年、困難を抱えた人々をたゆみなく励まし、慰めてこられました」などと抗議した。
(2007年2月13日20時36分 読売新聞)

http://www.asahi.com/national/update/0213/TKY200702130382.html(WebArchive記録)

「著書で皇室を侮辱」豪人記者に外務省が抗議
2007年02月13日23時48分
 外務省は13日、皇室を題材にしたオーストラリア人ジャーナリスト、ベン・ヒルズ氏の著書「プリンセス・マサコ」に事実無根の内容が多数含まれ、皇室を侮辱しているとして、現地の日本大使館を通じて、謝罪を求める抗議文と宮内庁の書簡を著者と出版社に渡したと発表した。オーストラリア政府幹部にも「重大な懸念」を伝えたという。外務省によると、日本語版も近々出版される予定といい、抗議文を、邦訳を刊行する日本の出版社にも伝えるよう要求している。
 同書は昨年、オーストラリアで出版された。抗議文では、天皇ご一家をめぐって「事実無根の極めて侮蔑(ぶべつ)的な記述」があると指摘。外務省は「日本国の象徴である天皇陛下をはじめ、皇室の方々を侮蔑しており、日本政府として看過できない」としている。
 宮内庁の書簡は、両陛下のハンセン病への取り組みを無視した著書の内容に絞って、事実と異なっているとして著者に見解を求めている。
 01年、ドイツ有力紙の付録誌が皇太子さまを中傷する写真を掲載したとして、現地の日本大使館が抗議した例がある。

ttp://www.sannichi.co.jp/kyodo/news.php?genre=National&id=2007021301000550.xml

2007年02月13日(火)19時06分
政府が豪記者に抗議文
雅子さま本「事実無根」と
 オーストラリア紙の元東京特派員が皇太子妃雅子さまの苦悩などを取り上げた著作「プリンセス・マサコ」(英語版)について外務省は13日、「事実無根の記述があり、読者に誤解を与える」として、政府が12日に現地の大使を通じ著者や出版社に抗議し、謝罪と訂正などを求める文書を手渡したと発表した。
 天皇陛下の側近トップである宮内庁の渡辺允侍従長名の著者への質問状も同時に手渡した。大使は豪政府幹部にも懸念を伝える異例の対応を取ったという。
 抗議文は、両陛下の言動や雅子さまの体調、愛子さまの誕生などについての記述を事実無根、非礼と指摘し「実態と乖離した皇室像を描いていることに政府として看過することはできない」と強調している。

ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007021601030

2007/02/16-22:15 「プリンセス・マサコ」翻訳出版を中止=「著者の謝罪ない」-講談社
 オーストラリア人のジャーナリスト、ベン・ヒルズ氏の著書「プリンセス・マサコ」(英語版)の記述をめぐり、日本政府が事実誤認があるとして著者と出版社に抗議していた問題で、3月に日本語版の刊行を予定していた講談社は16日、出版を中止すると発表した。
「著者が明らかな事実誤認について謝罪しないため」としている。
 同社によると、翻訳作業中に原書に少なからぬ事実誤認が見つかり、著者の了解を得た上で政府が指摘した点も含めて再調査。修正済みの原稿がほぼ完成していた。
 しかし、著者はマスコミの取材などに対し、「謝罪の必要はない」と回答。同社は「ヒルズ氏の姿勢は容認できず、版元と著者との信頼関係を保つことはできない」と判断、刊行中止を決めた。




【Part789-791に降臨された在米翻訳奥様によるまとめ】 は[[Princess%20Masako">Princess Masako]参照。

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