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他罰感情

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「自分は悪くない! 上手くいかないのは全部自分以外の周りの奴等の所為だ!!」なる思考のこと。
以前からスレ住民奥様方の間では「雅子って被害者感情強すぎ」という評価が散見されていたのだが、『週刊新潮』2011年12月22日号<雅子さまは「適応障害」ではない! 周囲が困惑の「全部、他人のせい」は別のご病気が原因だった!? 「雅子さま」を他罰感情で支配する「聞きなれぬ病」 お誕生日の医師団見解で読み取れた「雅子妃」の被害者意識とメディアへの他罰感情。そこに浮かび上がるのは、「ディスチミア症候群」という見知らぬ病……。>にて、再確認されるに至った。

凝り固まった他罰感情の持ち主が日本の皇太子妃だとは、悪い冗談にも程があるとしか言いようがない。
なお、『週刊新潮』2011年12月22日号記事では雅子が「ディスチミア症候群=ディスチミア親和型うつ病」ではないかと書かれているが、スレ住民奥様方からは「発達障害→二次障害を引き起こし自己愛性or境界性人格障害に至ったのでは」という声が多い。

『週刊新潮』2013年1月17日号記事では、「妻(=雅子)は依然として他罰感情を露わにし、夫(=徳仁)はその制御さえ覚束ない――。」なるフレーズがスレ住民奥様方に結構なインパクトを与えている。

参考:【しかいし】、【お菓子作り】、【天敵

『週刊新潮』2011年12月22日号<雅子さまは「適応障害」ではない! 周囲が困惑の「全部、他人のせい」は別のご病気が原因だった!? 「雅子さま」を他罰感情で支配する「聞きなれぬ病」 お誕生日の医師団見解で読み取れた「雅子妃」の被害者意識とメディアへの他罰感情。そこに浮かび上がるのは、「ディスチミア症候群」という見知らぬ病……。>編集

pp.24-27より全文引用
 雅子妃が療養生活に入られて、はや8年余り。2005年のお誕生日からは、東宮職医師団による「見解」の発表が恒例となってきたが、今年はきわめて異例であった。何しろ、
<ご自身が懸命に努力され、ゆっくりとではありますが、着実に恢復されてこられました>
 と通り一遍の所見を述べつつも、
<最近、週刊誌を中心として(中略)悪意ともとれる誤った情報に基づく報道が(中略)なされている>
東宮職医師団は専門家として憤りを覚える>
 そう言い切っていたのだ。
 これらの見解が、雅子妃ご自身の「ご感想」と併せて宮内庁の記者にリリースされたのは、お誕生日の前日夕刻であった。
医師団の見解はともかく、この日は近年続いている東宮職の不手際ぶりが如実に現れていましたね」
 そう振り返るのは、さる宮内庁担当記者である。
「まず、午前10時頃から行われた事務主管の会見からして不思議なものでした。毎年、お誕生日に際してご一家の映像や写真が配布されるのですが、会見室で試写された映像を見て、テレビ局の記者を中心に大きなブーイングが起きたのです」
 一体、何があったというのか。
「それは一見して、12月1日の愛子さまのお誕生日にあたって提供されたものと酷似していました。ご一家は同じ服をお召しで、その上カメラは愛子さまばかりにズームイン。雅子さまのアップ映像はなく、記者からは『使い回しではないか』『どなたの誕生日のつもりなのか』と口々に抗議の声が上がったのです。事務主管は同じ日に撮った映像と認めたものの、あくまで雅子さま用に準備した“別物”だ、などと使い回しを否定し、『映像は素人なもので……来年から気をつけます』とうろたえるばかり。広報するという姿勢が欠如していたのが、ありありと見てとれましたね」(同)
 それより前、愛子さまのお誕生日に際しても、こんなやり取りがあった。別の担当記者が明かす。
「皇太子ご一家は、以前からを飼っていらっしゃいます。犬はユリといますが、の名が分からず、会見で質問が出ました。すると事務主管は『把握しておりません』と返答に窮してしまった。そこで、他の質問と合わせ、別途回答書を貰うことになったのですが、会見後に配られたペーパーからは、回答どころかその質問自体が抜け落ちていた。つまり、最初から“なかったこと”にされてしまったのです」
 ご一家のペットに関しては、こんな逸話がある。さる宮内庁関係者が言うには、
「皇太子さまが幼い頃、飼い犬に『ハナ』と名付けようとして、美智子皇后陛下に反対されたことがありました。常陸宮妃華子さまと同じ名だったからです。ところが現在の『ユリ』は、三笠宮百合子さまと同じ名。あらぬ誤解を招かないとも限りません」
 そのため“もしやにも……”などと勘繰る向きもあったというのだ。
「以前から東宮職は、ことの名については『奥のことなので』と返答を避けてきました。仮にそうしたお名前なのだとすれば、事前に東宮職が諌めるべき話でしょう。第一、こうした質問を受けた時に雅子さまや愛子さまと相談して上手く切り抜けられないようならば、ご一家とのコミュニケーション不足を指摘されても致し方ありません」(同)
 先に述べた映像の一件然り。物申せない東宮職が機能不全の状態にあることが露呈してしまったというのだ。

実は雅子妃の“意見書”
 そうした状況下で出された異例の見解。そもそも、東宮侍医長及び3人の侍医、そして04年6月から雅子妃の主治医をつとめている国立精神・神経医療研究センターの大野裕医師で構成される「医師団」がその所見を盛り込んだものである。が、その実、雅子妃ご自身の“意見書”に他ならないというのだ。
「発表にあたっては事前に妃殿下との間で綿密な擦り合わせなされ、内容が決められます。文書の一字一句に妃殿下のご意向が反映されているといっても過言ではない。一昨年発表が2カ月も遅れたことがありました。病状に詳しく言及しようとした医師団に妃殿下がストップをかけたのですが、このことが何よりの証左です」(東宮職関係者)
 つまりは雅子妃の「ご感想」が、形を変えて2通り存在するというわけなのだ。
 図らずも、この上なく“踏み込んだ内容”となった今年の「見解」その一方でご病状については、
<今なお心身の状態の波が続いておられ>
 などと、依然要領を得ないまま。これでは何のための医師団なのか、という謗りを免れまい。
 皇室ジャーナリストの神田秀一氏も、こう苦言を呈する。
「妃殿下もご公務として被災地へ行かれました。しかし、陛下のお見舞いには発熱のため行かれず、一方で愛子さまの私的行事には出席されたりする。これを医師団のいう『波』という言葉で片付けてしまってよいのでしょうか。医学的な説明を加えないまま、一方的に“治療に障るから書かないでくれ”と言われても、全く説得力はありません」

他罰的で他責的
 ご病状を「個人情報」だと強弁して口をつぐうのも結構。だが、精神科医の片田珠美・京大非常勤講師はこう指摘するのだ。
「雅子さまのご病状でまず申し上げたいのは、すでに『適応障害』の判断基準からは外れているということ。精神障害の診断には、一般にDSMと呼ばれる米国精神医学会が作成したガイドラインを用いますが、その基準に従えば、ストレス関連障害のうち、例えばPTSDは3カ月以内、適応障害は6カ月以内でそれぞれ治癒することになっています」
 愛子さまご出産からほどなくして発症されたとされる雅子妃は、つまり該当しないことになるというのだ。
「治癒は『患者への負担が除かれてから6カ月以内』という定義もありますが、これは広く捉えた場合で、雅子さまの症状がうつか適応障害かと問われれば、ご体調や気分に波があることから、前者だと思われます」
 今回、ご病気の好転しない理由に「週刊誌報道」を挙げられた雅子妃。いわば周囲への責任転嫁と取れなくもないが、そうしたお振る舞いから思いつくのは「ディスチミア症候群」という聞きなれない症状。
「ディスチミアとは気分変調、不機嫌といった意味。『ディスチミア親和型うつ病』とも称され、従来のような、自責の念に駆られる重い『メランコリー親和型うつ病』とは異なり、自身への愛着が見られます。また、失敗や挫折をした時に、“自分がこんな状態なのは周囲が悪い”といった、他罰的・他責的感情を抱くのも特徴だといえます」(医療関係者)
 絶えず気分が優れないといった状態ではなく、むしろ趣味など好きなことに携わってる時間は、却って生き生きしているという。
 精神科医の斎藤環氏は、
「現在の雅子さまの症状には、この特徴が当てはまると思います」
 と推察した上で、以下のように解説する。
「ここ10年ほど、40代よりも若い世代に急増している新型のうつ病です。遊びでも仕事でも、どんな活動であれ人間は何らかのストレスを感じるものですが、ディスチミアの場合、相対的にストレスが大きい活動はできず、小さなことはできるという症状が見られます。また、メランコリー型と違って薬が効きにくい。というのも、本来うつ病とは脳の病気なので脳に作用する薬が有効です。ところが軽いうつ病であるディスチミアの場合は脳以外の原因、おもに環境要因が大きくなるので、環境が改善されない限り恢復は難しいと思われます」
 さきの片田氏も続けて、
「特徴としては、休日になると元気を取り戻すという点も挙げられます。雅子さまの場合も、強い緊張を強いられるご公務は難しいものの、愛子さまの送り迎えやレストランでの会食など、ご自分の好きなことはなさっているように見受けられます」
 さらに、患者に見られる症例として、
「『受動的攻撃(パッシブ・アグレッション)』と呼ばれるものがあります。敵意や怒りを直接でなく曖昧な形で表出することを指すのですが、雅子さまのお振る舞いは、まさにこちらに該当します。もちろん皇室にいらっしゃる限り、そうせざるを得ないのでしょうが、概して“何々をなさらない”というように、抗議のご意思を消極的に示していらっしゃるのだと拝察されます」

本当にお強いのね
 雅子妃の「他罰的感情」については、まさにその連鎖であったとも言えよう。
 04年、皇太子さまのいわゆる「人格否定発言」では、御所並びに宮内庁との間に抜き差しならない緊張が生じ、なかでも、
<外交官の仕事を断念して皇室に入りながら、外国訪問をなかなか許されなかったことに苦悩していた>
 とのお言葉には、雅子妃の“こんなはずでは”とのお嘆きがこの上なく滲み出ていた。その頃、電話で東宮職幹部に対し「私、皇太子妃辞めます!」と叫ばれたこともあった。
 昨春発生した愛子さまの不登校問題をめぐっては、学習院と“冷戦”を展開。同年暮れには愛子さまの養育専門女官、また今年初めには東宮女官長がそれぞれ雅子妃との“すれ違い”もあって、不自然な時期に辞任している。特に女官長について、雅子妃は「なぜ分かってくれないのでしょうか」と周囲に漏らされたとされる。その間、ご自分の動静が報じられることを厭われ、カメラの砲列をことのほか嫌悪されてきた。そして今回、医師に名を借りたメディア批判――。
 同じく矛先を向けられた学習院はといえば、
お誕生日に発表された雅子さまの“ご感想”を読みましたが、その中には『学校とも相談を重ねて』お付き添い登校を続けてきたと書かれていました。また、[[山中湖事件|あれほど話題になった校外学習へのご同行]も『先生方のご配慮をいただき』などと仰っているのを読んで、やはり我々とは全然認識が違うのだな、と感じました。4年生の父母などは『本当にお強いのね』と、苦笑いしていました」(初等科PTA関係者)
 さきの斎藤氏は、
「雅子さまの『適応障害』とはもともと、より重い『うつ病』という診断名を避けるために付けられたものだと思いますが、これだけ長期化してしまうと、本来はごく軽いニュアンスで一時的な症状につけることが多い病名に、なぜあえてこだわるのか疑問を禁じ得ません。もちろん、周囲に“適応”できなかった結果のご病状であり、現在の環境におられる限りは続きますので、その点では誤診ではありません。ですが、この呼称を今後も続けるメリットが感じられないのです」
 いずれのご病状でも、大野医師の取り組む「認知療法」や環境の調整など、基本的な治療法に大差はないというのだ。さらに、
「正直なところ、医師団は雅子さまに対して、自分たちは何もできないことを自覚しているのだと思います。彼らだってご病状は『環境のせい』だと考えているけれど、その環境を変える力はゼロでしょう」
 そう断じるのは、精神科医の野田正彰・関西学院大学教授である。
「あるいは、そうした助言をすることすら許されておらず、見解の形でメディアに八つ当たりしているのでは。患者の側に立つのが医者であり、本来ならばたとえクビになってでも、言うべきところはきちんと口に出さねばなりませんよ」
 イエスマンばかりでは、他罰的なお振る舞いは止みそうにない。

『週刊新潮』2013年1月3・10日号<「天皇陛下」最後の誕生日記者会見でも明かさなかった胸中 宮内庁関係者が重大証言 陛下が漏らした「皇太子は変わってしまった」>編集

pp.29-31より全文引用
 心臓パイパス手術も無事成功し、順調に快復された天皇陛下が、12月23日に79歳の誕生日を迎えられた。が、あわせて行われた会見は、今回が事実上、最後になるという。長らく伏せられた「ご心痛」の先には、人知れず繰り広げられてきた父子の葛藤があった。

 誕生日に先立ち、12月19日には、皇居宮殿で恒例の記者会見が行われていた。宮内庁担当記者の話。
「15時から『石橋の間』で開かれた会見では、事前に記者会がお渡ししていた3つの質問に陛下がお答えになりました。趣旨はそれぞれ『この1年の社会情勢などを振り返って』『心臓パイパス手術』『今後のご公務と皇族方の役割分担について』。全体で30分ほどの間、終始穏やかな口調で、陛下は一つ一つ丁寧にお答えを述べられました」
 そうした貴重な機会が、今回で幕を閉じようとしている。
「陛下は間もなく80歳。宮内庁はかねてより、ご公務の負担軽減を最重要案件としてきました。すでに秋口には記者会に『来年以降の会見を取り止めたい』と打診があったところです」(同)
 その際、記者会の猛反発を受け、いったん棚上げとなっていることは先ごろ本誌でも報じた通り。年齢に伴い、お体にも当然変化が見られるわけだが、実際に今回の会見では、以下のようなこともあった。侍従職関係者が言う。
「3つのお答に続き、記者から『関連質問』が1つ出されました。この内容は事前に通知されず、陛下がいわばアドリブの形でお答えになるものです。今回は11月の沖縄ご訪問の感想についての問いでした。が、何しろ準備を伴わないご回答であり、訪問された施設の名称が咄嗟に出てこないといったご様子でした。その際、記者が正確な名称を言い直したのですが。陛下は十分に聴き取れず、言いよどまれる場面も見られたのです」
 とはいえ、
「常々、国民に向かって正しい情報を発信されることが務めだと考えていらっしゃる陛下には、会見を取り止めたいというお気持ちは微塵もありません。ですが、そのお気持ちを以てしても余りある“ご心痛”が、これまでの会見には伴ってきました。それが、ひいてはご負担の増加へと繋がっていったのです」(同)
 ご心痛を生じさせたのは、例年繰り返されてきた皇太子ご一家に関する“質問”に他ならない。
「雅子さまが『適応障害で療養されている』ことが公表されたのは2004年夏。その年末に初めてご病状に関する質問が出てから、皇太子さまとのやり取りや愛子さまの通学問題を含め、同じような問いが毎年繰り返されてきました。07年には、『私の意図と違ったように解釈される心配を払拭できない』として、陛下の方からお答えを打ち切られてしまったこともあった。このような問いにも、じっくりと回答を考えねばならず、その作業もまた、多大なご心労となってきました」
 そう解説するのはさる皇室ジャーナリスト。先の記者もこう振り返る。
「今回記者会で事前に質問を練るにあたり、ご家族についてはやはりお尋ねすべきだとの意見が出ました。ですが、トータルで3問という制約の中、単独で設ける余裕もなく、1問目に織り交ぜる形をとりました。文言は『国民を勇気づけるような明るいニュース』として、愛子さまがお付添いなしで登下校ができるようになったことなどを挙げ、ご家族との交流を具体的にお尋ねしたのです」
 が、陛下はこの箇所には全くお答えにならなかった。質問は11月中旬にはお手元に届いている。陛下は毎年、すべての回答をご自分でお考えになり、かつ徹底的に推敲なさることから、あえて触れないというご意思のほどが窺えるのだ。
「結局、ご家族のエピソードとしては、第2問で入院中に皇后さまが毎日お見舞いにいらしたこと、そして3問目の最後に『私が病気になった時には皇太子と秋篠宮が代わりを務めてくれます』という部分のみ。この1年間の、東宮家および秋篠宮家との交流についての言及は皆無でした」(同)
 先の侍従職関係者も、同じく指摘する。
「今回は、震災の関連死によって犠牲者の数が増えたことを悼まれ、また五輪での活躍や山中教授のノーベル賞受賞を讃えられるなど、ことさら社会の出来事に重点を置かれ、意図的にご家族の話はなさらなかった。寛仁親王殿下が薨去されたことにも触れられていないことからすると、『家族の話はもうよいのでは』といったお気持ちがおありなのでしょう」
 その会見に代わり、次からは文書での「ご感想」が出されることになりそうだ。宮内庁に聞くと、
「来年の天皇陛下お誕生日については、現時点では何も決まっておりません」(総務課報道室)
 と言うのみ。それでも、
「ご負担軽減は喫緊の課題。我々にとっては不可逆性の事案であり、方針の撤回など、まずもって考えられません」(宮内庁関係者)

愕然とされた紀宮さま
 さる宮内庁OBは、
「陛下が皇太子ご夫妻のお振る舞いに心を痛められた、いわばエポックメーキングとなった事柄は、過去に2つあります」
 としながら、こう続けるのだ。
「1つは、言わずと知れた2004年5月の『人格否定発言』。この時、皇太子さまが仰った『雅子のキャリアや人格を否定するような動き』
というフレーズの“主体”が、両陛下を指していることは明らかでした。皇太子さまは直後に渡欧されましたが、このご発言を大いに憂慮された陛下は、詳しいご説明をするよう皇太子さまに求められたのです。ですが、帰国後、宮内庁幹部が真意を伺おうとしたところ、妃殿下はその求めを強く拒まれたのでした」
 実はその頃、陛下を雅子妃との間で板挟みになっている兄の姿をご覧になり、たまりかねた紀宮さま(当時)が動かれたことがあった。
紀宮さまは『陛下も大変に心配なさっていますよ』と、皇太子さまにお会いして懇々と話をされ、円満な解決を願ったのですが、これに対し皇太子さまは何と『どちらを立てていいのか分からない』とお答えになったのです」(同)
 この場合の「どちら」とは、むろん陛下と雅子妃を指すわけだが、これを聞いた紀宮さまは愕然とされたという。
「皇室の一員である以上、陛下のご意向に優先されるものなどあるはずがない。自明の理であり、双方を天秤にかけているような皇太子さまの仰り方は、まさに耳を疑うような話でした。ここで紀宮さまは、仲介の労も空しく、刀折れ矢尽きてしまったのです」(同)
 もう1つ、これより遡ること数年前の出来事が、陛下のお心を暗鬱にさせているという。別のOBによれば、
「93年のご成婚以降、99年に雅子妃が第1子をご懐妊になり、稽留流産なさるまでの6年間、お世継ぎに恵まれなかったご夫妻について、陛下は大いにお嘆きのご様子でした。この間、言うまでもなく両陛下はご懐妊を心待ちにされており、一時期は東宮側の担当医師が毎月、秘密裏に皇居に呼ばれ、女性特有の体内周期を含む雅子妃のご体調について、両陛下にご報告をあげていたこともありました」
 そのころ、周囲ではご夫妻に不妊治療を勧める声も出始めていたという。が、
「ご夫妻は一貫して『私達に任せておいてください』と、治療を拒み続けてきたのです。ある時、御用掛だった産婦人科の坂本正一・母子愛育会総合母子総合保健センター所長(故人)がその話題を持ち出したところ、ご夫妻の不興を買ってしまい、それ以来しばらくは直接お目にかかれなくなってしまったこともありました」(同)
 さらにこのOBは、次のような「重大証言」をしてくれたのである。
「こうしたご夫妻のお振る舞いをご覧になるにつけ、陛下はある時、明確にこう仰ったことがあります。曰く、『皇太子は、結婚してから変わってしまった。あのような子ではなかったのだが……』と」

いまだ学習院を許さず
 落胆とともに、父子関係にも重大な亀裂を生じさせてしまった東宮家では、この12月9日に雅子妃の誕生日にあわせて医師団の見解が発表されたばかりだ。文書には、
<9月以降、少しずつお疲れがとれてこられ、徐々にご自身のご活動に取り組まれるようになってこられています>
 と好転の兆しを窺わせる表現を見受けられたが、一方で、その直後の12日にはこんな出来事が――
この日午後、皇居内の音楽堂では皇宮警察音楽隊創設60周年の記念演奏会が催されていました。両陛下をはじめ秋篠宮ご夫妻、常陸宮ご夫妻、高円宮久子さまとお揃いになった中で、皇太子ご夫妻だけがご欠席でした。丁度その頃、学習院初等科では愛子さまのクラスの音楽発表会が行われており、ご夫妻はそちらをご覧になっていたのです
 とは、東宮職関係者。初等科のある保護者も当日の様子をこう回想する。
「愛子さまの5年南組の曲目は、嵐の『ワイルド アット ハート』でした。普段は管弦楽部でチェロを弾かれていますが、この日の愛子さまはマリンバを演奏されていました。雅子さまと並んで鑑賞されていた皇太子さまも、ニコニコしながらその模様をビデオ撮影されていましたね」
 これについては14日、小町恭二東宮大夫が定例会見で、
「ご夫妻が皇宮警察の演奏会を欠席されたのは、『愛子さまの音楽会があったから』と明かしたところ、複数の記者から『いかがなものか』といった質問が出ました。小町さんは続けて、12月1日にあった管弦楽部の音楽会に、愛子さまがウイルス性胃腸炎で参加できなかった経緯を挙げ、『そういうこともあって、ご夫妻はこちらに行かれたのではないか……』と苦しい弁明をしていました」(先の記者)
 音楽隊の演奏を「60周年おめでとう」と労わられながら、長男夫妻のご不在には陛下もさぞ気を揉まれたことだろう。
プライベート優先」というご一家の方針にいまだ変化は見えず、そのスタンスは愛子さまの問題においても然りである。
ある学習院が打ち明けるには、
「今年(=2012年)3月のある日でした。前東宮大夫で11年7月から御用掛に就いていた野村一成さんが、現職の小町さんと連れ立って初等科にいらしたのです」
 野村氏が3月末で御用掛を退任するため、その挨拶という名目ではあったが、
「通常であれば、学校側とのやり取りは愛子さまご担当の東宮侍従の職分。いかに野村さんの在任中に“いじめ問題”が発覚したからといって、ことは既に解決し、数ヵ月前からお一人でのご通学に戻られていた。そんな時期に、新旧の東宮職トップが揃って来校するなど、きわめて異例のことでした」(同)
 この訪問には、他ならぬ雅子妃のご意向が強く働いていたというのだ。
妃殿下が11年秋まで続けてきたお付添い登下校は、いわば学習院に対するあてこすりでした。“娘の学校生活を脅かしておいて、どうするつもりか”という抗議とともに、先方に落ち度を認めさせたかったのです。今回は野村さんの方から、妃殿下の現在の所感が伝えられましたが、そこには“私はまだ学習院を許しておりません”とのご意思が込められていました」(前出・東宮関係者)
 妻は依然として他罰感情を露わにし、夫はその制御さえ覚束ない――。
 かれこれ10年近く、会見で陛下はひたすらお嘆きを抑えられてきた。ご心痛が取り除かれる日は、果たして到来するのだろうか。

『週刊文春』2014年4月24日号<天皇皇后「ご成婚記念」夕食会 雅子さまと紀子さま「お持ち寄り料理」対決 インドカレーvs.タイ料理>より、「手作り料理持ち寄りの集まりに幼い眞子さまが手作りチーズケーキを持ってきたために、チーズケーキが得意の雅子さまが持って来ることができなくなった」と主張する訳わからなすぎの、姪眞子殿下に露骨に向けられた他罰感情が恐ろしいまでの記事内容編集

関連記事は【お菓子作り】の項を見られたい。

Part2766-20 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/17(木) 07:52:09.00 ID:ZLLOhc5X0
避難所に書き込めないのでこちらでお礼を
避難所のレポ奥ありがとうございました
転載させていただきました

名前:可愛い奥様@避難所生活[sage] 投稿日:2014/04/17(木) 06:54:09 ID:Eg/a4tl6
ブンスン
下らなかった。
しかしかつて眞子様がチーズケーキを焼いて
おもちよりされたことがあり、
チーズケーキが得意料理の雅子が、以来
チーズケーキを作れなくなった

というくだりで、今後は眞子様も本格的下げ対象にされると確信。

おもちより料理は清子さまに軍配だそうだ。

セブン。
オール学習院を鑑賞したババンと節子さん。
ババンのみ近影あり。
ICJのときと同じ顔の角度、目付き。
こちらは批判記事。


21 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/17(木) 07:52:52.22 ID:ZLLOhc5X0
名前:可愛い奥様@避難所生活[sage] 投稿日:2014/04/17(木) 07:24:30 ID:IxTBwvJI [1/2]
文春読みました。
皇太子と雅子と愛子さんの三殿下でインドカレーを作った。
前日から仕込みをしていた。
しかし東宮職の方で寿司を用意。主食が寿司で副菜がカレーというバランスの悪いものになってしまう。
ご高齢の両陛下にはかなり重たい食事になったかも。
長男がしっかりしていないからこうなった(千代田)。
紀子さまは春雨を使った料理。ことしも前菜からデザートまで両陛下のために意気込んで
作られたそう。
しかし紀子さまも多忙のため最近では台所から随分遠のく。
お弁当作りは眞子さまの頃から昔からほぼ職員任せ。
食べたい料理があると侍女にレシピをコピーさせて職員の机の上に山のように置いていかれる。
食材に費用が足りなかった場合は職員が自腹を切った。安く魚を仕入れるため
築地の市場まで出かけることもしばしば(元宮家職員)
一方雅子もこの10年キッチンに立つことはほとんどない。愛子のお弁当は大膳任せ。
本来は雅子の料理の腕はプロの折り紙付きだそーだが。
ふろふき大根など和食は本格的。(ふろふき大根しか出来ないのかよ)


31 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/17(木) 08:03:52.45 ID:VaIH7TZM0
毎回チーズケーキを眞子様が持参なさるとも思えないし、一言確認すれば済むこと。
得意というからにはベイクド、レアー、スフレ、クレームダンジュなど色々作れるのでしょうから
全部かぶるとも思えませんし。
そしてふろふき大根…好きですけど、本格和食にしては簡単な料理ですね。


34 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/17(木) 08:14:18.96 ID:MSWEBkQs0
いちおつです

お料理好きなら、レシピ交換しない?
「あらおいしいですね、私もいいレシピ持っているんです。交換しませんか?」って
庶民のあてくしはチーズケーキのレシピだけで5種類くらい持ってるわ


60 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/17(木) 08:49:21.82 ID:Lqf8rMPh0
それより、眞子様がチーズケーキ焼いて持って来たから、
もうマサ子さんがチーズケーキを焼いて持ってこられなくなったって考えて、
文春に語った人って誰?
こんな変な考え方って小和田しかいないよね()

近い親族間の私的集まりでしょ。
次回チーズケーキ焼いて普通に持ってくればいいじゃない。
和気藹々とレシピ交換とかすればいいのにね()


105 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/17(木) 09:49:23.01 ID:N00ZOGL+0
「眞子さまがチーズケーキを作っていらしたことがあるから、チーズケーキが得意な雅子は作れなくなった」

ここ、笑うところだよねw
あるいは雅子の 「壊滅的コミュ障」 暴露なのかな?
「私もチーズケーキが得意なの、今度は私が作ったのを召し上がってくださる?」 で解決じゃん
で、以後、身位が低い眞子さまが遠慮なさる
皇室なんだから、眞子さまがかわいそうということはない
そこで、雅子が気を配り、「眞子ちゃんのもいただきたいから、また作ってくださいね」 でおk


117 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/17(木) 10:00:09.86 ID:Lqf8rMPh0
>>105
たかが手作りチーズケーキなのにね。

公式行事じゃなくて、身内の懇親の席でしょ。
カレーと寿司もお間抜けだけど、
別に週刊誌で他罰で言い訳するレベルの失敗とも思えないけどね。
だまっていればいいのに。


152 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/17(木) 11:38:26.96 ID:8oJyeuWt0
眞子様チーズケーキエピで思い出したのが、震災後の奉仕活動。
紀子様や眞子様が被災者のお風呂のためにタオル袋詰めをやっていた
と聞いて、
東宮大夫は「こちらに連絡がなかった」と週刊誌に愚痴った。

マサコが本来の素晴らしい能力意欲を発揮できないのは、秋篠宮家が余計なことをするせいだというディスチミア。
お世継ぎ誕生や両陛下への孝養からケーキ作りに至るまで、一貫してるね。


224 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/17(木) 13:36:32.83 ID:JhmBeMV70
今春の文春一部レポ

・本来、雅子さまの料理の腕はプロの折り紙付き。
海外暮らしが長かった雅子さまだが、外交官試験に合格した直顔から一年半ほど
料理教室に通われ、プロの料理人について包丁の持ち方から出汁の取り方まで本格的に和食の基本を習われた。
・当時、雅子様を料理教室にお誘いした政治ジャーナリストの田村玲子氏はこう振り返る。
「出汁そ取る作業など、雅子さま真面目に黙々とやられていました。ご成婚当時に雅子さまの得意料理は『ふろふき大根』
となっていましたが、この教室での学習が生かされているのでしょう。
お料理が好きだとか花嫁修業というよりは外交官には料理でもてなすスキルも必要だからと
必須科目として習われていたようです」
・しかし、ご成婚直後から料理を巡る親戚付き合いのご苦労は絶えなかった。
(そのあと眞子さまとのチーズケーキのバッティング。
お菓子作りは姉妹でお作りになられることもしばしば→で、雅子妃チーズケーキ遠慮のエピが続きます)


230 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/17(木) 13:41:47.53 ID:Lqf8rMPh0
>>224
レポありがとうございます。
>チーズケーキのバッティング

え、当日マサ子さんもチーズケーキ持参だったのですか?


237 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/17(木) 13:50:44.81 ID:JhmBeMV70
・・前略・・
>>230
ごめんなさい。実際にバッティングはしてません。皇太子と雅子が成婚間もなくのころ、まだお小さかった眞子さまが
御所でお手製の料理をお持ち寄りになった際に、手作りのチーズケーキを作ってお持ちになったことがあって、それ以来雅子は
「バッティングしないようにと」チーズケーキのお持ち寄りをされなくなったそうです。遠慮してるんだって。


240 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/17(木) 13:54:59.58 ID:TcIL2Kuz0
>>237
雅子が結婚したときって、眞子さまはまだ2歳前後。
成婚間もない…というのはどれぐらいの範囲なのかわからないけど、それでも眞子さまが小学生になるかならないかの時期よね。
その頃から眞子さまはチーズケーキをお作りに(紀子さまもお手伝いされているとは思うけど)なっていたのか。
そして雅子は、幼少時代の眞子さまよりもチーズケーキ作りが下手だったのね。


249 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/17(木) 14:04:25.46 ID:Lqf8rMPh0
>>237
230です。説明ありがとう。
誤成婚が平成5年、眞子様御誕生は平成3年。
ほんとに幼児の眞子様が頑張ってまぜまぜして、チーズケーキ作ったんですね。ほほえましい。

だけど幼児の作ったお菓子にバッティングとか遠慮とか、頭おかしくない?
しかも20年前の出来事。随分根に持っているようで、すごく気持ち悪い。


250 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/17(木) 14:05:13.17 ID:yrYPrxhF0
>>237
バッテイングしないように=あっちの方が美味そうでキレイじゃん=ブンむくれ。
味比べしたいもん、いくつあっても苦じゃないと思うよ。言いがかりに近いね。


260 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/17(木) 14:10:55.39 ID:Lqf8rMPh0
30過ぎの(自称だけど)キャリアウーマンが、
自分と親戚の幼児を同列に考えて比較するって変よね?
その上、得意料理取られた・・・って20年後愚痴るってかなりヤバイと思う。


283 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/17(木) 14:42:32.67 ID:dTV7XcqV0
>>249
すごい粘着、執念だと思いました
常人には考えも付かない異常性>幼児の心づくしのチーズケーキに遠慮


Part2767-16 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/18(金) 17:08:08.38 ID:QE8D3TXk0
>>1
スレ立て乙。

>「眞子さまがチーズケーキを作っていらしたことがあるから、チーズケーキが得意な雅子は作れなくなった」
>「眞子さまが黄色いツーピースをお召しになったから、黄色いワンピースが似合う雅子は着れなくなった」

雅子って今年50だよ?
眞子様と張り合ってるの?
いい加減にして。
情けないし気持ち悪いわ。


27 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/18(金) 17:24:22.77 ID:/27ANm/z0
>>16
チーズケーキの話は雅子が入内まもなくの話だとか。
3~4歳の小さな眞子さまがお手伝いしたチーズケーキにこれでは
50でも雅子は3歳児レベルの屁理屈をこね、サボる理由にでっちあげて
「眞子さまのご活躍に心凍らせた雅子さまは、心身の不調を訴えふじこふじこ」とやりそうでw


30 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/18(金) 17:30:24.50 ID:zev8eVVN0
>>27
幼児の作ったチーズケーキのせいで、30過ぎの女が「得意料理取られた」
20年後週刊誌リーク。

頭おかしい。


58 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/18(金) 18:22:46.13 ID:8sU9+OGR0
>>30
慣れた同じ場所にしか行けないのと一緒で
同じケーキしか作れないのよ・・お察しw


819 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/20(日) 17:24:29.62 ID:H0di9svz0
何度読み返してもよく意味が分からないのだけど、
「眞子さまがチーズケーキを作って来られたので、
雅子さまは御得意のチーズケーキを作れなくなった」って、
一体どういうニュアンスで書かれているのだろう?

1.「小さな眞子さまがわざわざお作りになったのだから、
 そのお株を奪っちゃいけないと気遣い封印した」
2.「こんな幼い眞子さまが私の得意料理に当たり屋して来るなんてと、
 ショックを受けて、子供でも作れるようなチーズケーキは封印した」
3.「眞子さまが作ったチーズケーキの方が評判が良かったので、
 『なら私はもう作らない!眞子さんのの方いいんでしょ!』と不貞腐れて封印した」
4.「まだ幼いのにチーズケーキを作ったという事で眞子さまが一時その場の主役になったのを、
 『私のより眞子さんののほうがいいっての!?なら私はもう作らない!』と解釈して封印した」
どれ?


821 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/20(日) 17:31:58.51 ID:Aai+bVlW0
>>819
以下文春4月24日号引用。

ベテラン皇室ジャーナリストが話す。
「雅子さまはケーキ類もお上手で,
中でもチーズケーキがお得意なのだそうです。
しかし,ご成婚まもなくの頃,御所でお手製の料理を
お持ち寄りになる機会があり,当時まだ小さかった
秋篠宮眞子さまがチーズケーキを作ってお持ちに
なったことがあった。
それ以来,雅子さまは,バッティングしないように,
チーズケーキのお持ち寄りをなさらなくなったそうです。
秋篠宮家のお子様方はお菓子作りがお好きで,
島井でおつくりなることもあるそうですから,
遠慮なさっているのでしょう」


822 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/20(日) 17:33:35.73 ID:Aai+bVlW0
>>821
自己レス。

×島井
○姉妹

すみません!


826 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/20(日) 17:37:56.45 ID:wwwNxzva0
雅子の作るチーズケーキって、生地にクリームを流し入れて冷やすだけの箱に入って市販されている
レアチーズケーキなんじゃないかな


828 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/20(日) 17:39:49.47 ID:NtcvSMF90
>>821
乙です
お菓子作りが好きな姪っ子のためなら、チーズケーキじゃなくて
お菓子作り全般を遠慮するよね普通は
それって大人としては当たり前の行動だけど、なんか漂う他罰臭


829 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/20(日) 17:40:58.61 ID:BdhEUtMt0
文春の記事を読む限り,
御所にお手製の料理を持ち寄る際に,
雅子がチーズケーキを披露したことは
なかったようですね。

> チーズケーキがお得意なのだそう


831 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/20(日) 17:44:53.25 ID:H0di9svz0
>>821
ありがとう。一応気遣って、遠慮して、という事にしているのね。
でもケーキ類がお上手なら、黙って他のケーキを作ればいだけなのにね。
つか誰が皇室ジャーナリストにそんな話をしたのかしら。
ケーキ類がお得意な雅子さま(棒)なら、豊富なバリエーションを持っているのだから、
そう度々あるわけでも無い持ち寄り会で雅子さんがチーズケーキを持って来なかったとしても、
誰も「あら、雅子さまは今回は何故チーズケーキをお持ち寄りじゃないのかしら?」なんて、
思うわけも無いのにね。


832 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/20(日) 17:47:53.89 ID:EB9yQl7D0
>>829
とにかく、因縁つけてごねたいんでしょ。
たまたまチーズケーキだっただけで、クッキーでも何でもいいんだと思う。


843 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/20(日) 18:16:45.94 ID:H0di9svz0
>>828
あー、普通ならこの流れではお菓子作り全般を遠慮するものなのに、
「【チーズケーキ】の持ち寄りはなさらなくなった」と書いてあるって事は…
雅子さんがかろうじて作る事が出来たお菓子は、唯一チーズケーキだったという事かしらん。
でも幼い眞子さまが作って来られたので、それすら作って持ち寄る事が出来なくなったと。
恐らく雅子さんは、手作りお菓子を持ち寄りした事など無く、
それを「お菓子作りがお好き眞子さまと佳子さまに遠慮して」という事にしているけど、
「眞子さんがチーズケーキを作ったせいでふじこふじこ」という、
雅子さんの幼稚で一方的な恨みを代弁しているから、こんなよくわからない文章になってるのでしょうね。


845 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/20(日) 18:19:18.66 ID:sQR8iS9B0
そもそも歳の離れた子ども相手にまともに張り合おうとしているところが
キ チ 全 開 !


854 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/20(日) 18:28:43.83 ID:H0di9svz0
なんというか、プリババと同じで「語るにおちる」って感じがしますね。
「御姉妹を気遣い御菓子作りをご遠慮されるようになった」とだけ書けばいいものを、
「チーズケーキの持ち寄りはなさらなくなった」と書かせる。
「挨拶で自分を飛ばされたの事がショックで晩餐会の食事が全く喉を通らなかった」とだけ書けばいいものを、
「この晩餐会のメニューは○と○と○と…:と書かせる。
何に拘って、何を恨んでいて、誰が書かせているのか、バレバレ。


857 可愛い奥様@転載禁止 sage 2014/04/20(日) 18:36:39.18 ID:XtMm5XYg0
同じ食事会を題材を記事にしてるのが、文春とセブンで
持ち寄りメニューの内容などの詳細を記事にしてるのが文春。
この食事会は給仕なども入らない内々の会なので、文春へのリーク者は
食事会参加者か参加者から直接話を聞ける人物。
プリババと同じ臭いがプンプン。



参考:『週刊文春』2011年9月1日号<皇室(秘)レポート全深層 雅子さまと紀子さま「那須ご静養」突然の合流!?>より
「秋篠宮家は両陛下と密にコミュケーションを取っているが(皇太子一家とは)正直“距離”があるように思う。(東日本大震災被災者に那須御用邸浴室提供時の)タオル詰めを紀子妃殿下たちがお手伝いされたが我々は複雑だった。職員が連携できていたら手伝えた」(東宮職関係者)

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