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下品室

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正式名称は「貴賓室」で、学習院の皇族在校生家族が学校行事などで来校される際、休息あるいは先生方と懇談などなさるために設けられた特別室。

2010年3月に突如発表された敬宮愛子ちゃん不登校問題に端を発し、皇太子夫人雅子が付き添いと称してこの部屋に入り浸っていることが、多くの週刊誌報道などで明らかになった。
雅子夫人の入り浸りは度を越して長期間・長時間に及び、遅刻しながら登校する愛子ちゃんを教室に送り込むやいなや滞在する。また本来学校食堂で生徒揃って食べるべき給食を愛子が食べられず、雅子と二人で食べるのに使われたりする部屋でもある。
先生方との懇談が聞こえてこないばかりか、中ではお気に入りのママ友とお茶をしたり、やりたい放題の模様である。

愛子初等科2年生の3学期に不登校が明らかにされ、以来ずっと雅子夫人に占拠されているに等しいこの部屋を、スレ住人が「下品室」と呼ぶ。まさに言いえて妙のネーミングである。

Part2160-595 可愛い奥様 sage 2011/10/17(月) 14:50:33.71 ID:urMP1YbO0
貴賓室が雅子クオリティにより下品室に・・・


週刊新潮 2010年6月10日号<学習院コンフィデンシャル!日常になった「雅子さま一人父母参観」! イジメっ子対策で「給食に向精神薬を混ぜては」と提案した「東宮」愛子さまの日記に綴られていた乱暴男子の行状。再び持ち上がった転校計画の行先はスイスのプライベートスクール。>編集

p.132より引用
 愛子さまの“イジメ”問題が発覚して、はや3カ月。
 だが、事態は一向に好転している様子はなく、雅子さまの“お付き添い”通学も未だに続いている。
 皇室ジャーナリストがこういう。
「愛子さまが授業に出られるのは、大抵、2時間目から。教室の後ろで雅子さまが授業を見学されるのも、相変わらずです。2時間目と3時間目の間に20分の休み時間があり、愛子さまは校庭で遊ばれますが、その時も雅子さまは近くでじっと見守っていらっしゃるそうです」
 愛子さまは、午後の授業を受けずに雅子さまと帰宅されるが、稀に給食を召し上がることもあるという。
 学習院関係者によれば、
「初等科の児童は本館3階の食堂で一斉に給食を食べます。4時間目の授業が終わると、クラスごとに整列して、食堂にぞろぞろと向かう。愛子さまはランドセルを背負い、帰り支度をした格好で、雅子さまと一緒にその列に並んでいます。階段のところで、お2人は列から離れ、3年生の教室と同じ2階のフロアのある“貴賓室”に入り、そこで、職員が用意した給食を摂られている
 ちなみに、貴賓室とは皇族専用の特別ルームで、昭和天皇などがお使いになった机や宮様の卒業文集などが展示されているそうだ。

週刊文春 2010年6月17日号<「週刊新潮」に猛抗議!東宮で何が起こっているのか 雅子さまご結婚18年目の「正念場」 「学校がもっと楽しければいいのにな」愛子さまの解消しない不安、“不登校会見”を事前に打ち合わせた学習院の裏切り。「もはや区立しかない」の声も上がる悲惨な「転校先」再び……>友納尚子編集

p.151より引用
 給食は一階にある貴賓室で、雅子妃と一緒に召し上がられる。昼過ぎに御所に戻られ、給食を召し上がらなかったときなどは、愛子さまと雅子妃は別々に食卓に着かれる時もある。これは今に始まったことではなく、雅子妃がご病気になられてからは、皇太子と愛子さまのお二人で食事をされることも少なくない。

サンデー毎日 2010年7月18日号<「学校に行きたい」愛子さまと雅子さまの「学習院不信」>編集

・7月2日愛子が雅子と一緒に登校したのはam11:30過ぎ、4時間目の音楽の時間にリコーダーを練習
 昼食をはさんで5時間目の道徳、6時間目終了まで学校に滞在(pm3:30まで)ただしこの日の6時間目は「放課後遊び」で自由に校庭で遊ぶ。
 「愛子は他の児童といくつかの球技を楽しまれていた」(学習院の保護者)
 この日の昼食は貴賓室で雅子と一緒に食べた様子 この時のお弁当は雅子が作ったもののようだ。
・6月3日 この日は月1度のお弁当の日。給食の日は3階にある食堂で、他のクラスの児童と一緒に食べるが、お弁当の日は各教室でとる。
 4時間目の授業を終え、いつものように帰り支度を始めた愛子にクラスメートの一人が 「愛子ちゃんも一緒に食べようよ。お弁当分けてあげるから」と声を掛ける。
 愛子も表情が明るくなり、にっこりうなずく。
・「今日は先生、あまりおなかがすいていないから」と話す担任や、他の児童からも少しづつ弁当のおすそ分けがあり、やがて一人分のお弁当になった。
 「ありがとう。みんなと食べると楽しいね」
 愛子は笑顔で言って、にこやかな表情を浮かべ、その間雅子はやはり教室の後ろで見守っていた
・2週間前には、3時間目の授業に合わせて登校した愛子は、他のクラスの仲良しの友達に「ああー、○○ちゃん元気ー?」と手を振りながら、小さな声で、しかし嬉しそうに話しかけた。
愛子自身は学校で楽しく過ごしたい様子が見えるけど、未だに雅子が学習院側の対応に不満を抱いているようだ。

週刊新潮 2010年7月22日号<異常通学4カ月 未だ続く学習院と「雅子妃」の冷戦 「愛子さま」転校候補はスイスと豪州「名門全寮制」 学習院との溝は深まるばかり。皇太子ご夫妻は極秘に「愛子さま留学先」を絞っていた。>編集

◯皇室ジャーナリスト
・愛子の出席状況:1、2時間目は欠席。3時間目より同伴通学。4時間目終了後は、稀に貴賓室で給食。午後の授業は受けずに昼過ぎ帰宅。
・6月22日より、プール授業開始。学年別なので欠席か? 写生大会も欠席。
◯宮内庁担当記者
・帰宅後、マサは横になることが多い。乗馬国連大学聴講、私的外出も減。
・結婚記念日の会食は、まず同伴通学の都合で変更。これに対して、両陛下への配慮が足りないとの批難の声もあって、体調不良を理由に結局中止。
◯東宮関係者
(本誌6月10日号で報じたスイス転校計画について)
・東宮大夫は「まったくない」と否定したが、報道後に犯人探しがあった。
・学習院との溝は深まる一報だが、慶應・早実・雙葉を断念。その後、海外検討開始。
・選んだのは、マサコ:ラ・ガレン。  ナル:ジーロング。
◯若草まや
<ラ・ガレン>
・英語は初級レベルでOK。
・寄宿舎は4人部屋で、部屋ごとにハウスメイド。日常生活の面倒も見てくれる。
・小規模校だが、社交感覚が身に付く。
・費用:年間600万。
<ジーロング>
・上級向け。公的なテストがあり、ある程度のスコアがないと、入学願書受付ず。
◯門田海香(ジーロング校で補助教員経験1年)
・名家の子弟ばかりではなく、アポリジニ奨学生他多彩な生徒。
・6年まで、日本語必修。
・費用:年間500万。
◯長谷川孝(教育評論家)
・母子分離という意味においては海外留学賛成。マサコが愛子に依存しているようだ。
・マサコが留学先に付いて行っては、元も子もない。
◯橋本明
・留学先は予想通り。
・現在の環境は愛子に好ましくないが、マサコが留学生活に係わらないのが大切。
・皇族としての教育には、厳しさも必要。
◯ラ・ガレン、ジーロング関係者
・セキュリティーは万全。打診の有無についてはノー・コメント。
◯東宮職
・「出来る限り静かに見守っていただきますよう、お願いいたします」(意味フ)
◯東宮関係者(前出)
・付いて行くのはムリと考えているようだ。
・世話係、警備を含む予算。両陛下のご了解をいただかねばならない等、ハードルはいくつもある。
〆は、7月24日からの夏休み中、静養先でじっくり話し合うのかも。

週刊ポスト 2010年10月8日号<現場の磁力 男どもが知らない「雅子妃と愛子内親王」そして「人間の壁」>編集

p.128より引用
 初等科には貴賓室がある
 昭和天皇以降、各宮家の子息女が通われていたころ、皇族が待機した部屋である。
 だが雅子妃が使い始めて、これまでと違う光景が見られるようになった。雅子妃は内親王とふたりだけでここでランチをとる。
 給食の代わりに学校が決めた「お弁当の日」のときもここで食事をされる。
 ほかの生徒は大食堂で食べる。
「あれなら家の食事と同じです」
「子ども同士、どんどん距離が生まれます」
 こんな父兄の声も、とどかない。
 給食すらいただかずに、下校することもある。
 さらに、通常では考えにくい光景が毎日、内親王の教室<3年南組>でみられる。
 雅子妃が、いちばん後ろにずっと坐って内親王と授業のようすを見聞きしているという。いわば、毎日が授業参観である。
「子どもたちはもう慣れたようですが40代の女性主管、彼女はやりにくいでしょうね」
「愛子ちゃんのママは、なぜいつも後ろで見てるの?」
 父兄と子どもたちの声のニュアンスはちがうが、いずれも違和を覚えていることはまちがいない。
 休み時間の校庭、鉄棒で遊ぶ内親王に雅子妃はぴったりと付き添った。気づいた高学年の児童たちは場を離れた。
 廊下に出られただけで内親王を、5人ほどの教師が護衛をする。
 次第に「内親王に近づかないほうがいい」と子どもに教える保護者も出始めている。
 これが次期天皇の8歳になる長女の現在の学校環境である。

週刊朝日 2010年11月26日号<ワイドどっきり!!情報流出 通学問題愛子さまを支える級友たちの“友情秘話”>編集

・11月11日、徒歩で下校する愛子さまを目にした皇室担当記者は驚いた
 「愛子さまは友達2人と赤坂御用地へ帰った。あんなにはしゃぐ愛子さまを見たのは初めて。友達と手をつなぐ愛子さまを見て雅子さまも嬉しそうに笑顔を浮かべていた」
・愛子さまの時間限定登校、雅子さまの授業参観は依然続いている
・しかし運動会前後から愛子さまに明るい兆しが
・「リレー選手選考の時、他に足の速い子もいて大接戦だった。愛子さまが選ばれ、級友たちは『トシちゃん(愛子さまのニックネーム)よかったね』と喜んだそうだ」(初等科関係者)
・貴賓室で雅子さまと食べていた給食にもこのころから変化が。
・「問題発覚前、食堂で気分が悪く戻してしまったお友達を男子がはやし立てた。これが愛子さまのトラウマになったようで同級生と食事できなかった。
  お友達が何度も誘って、食堂で一緒に食べるようになった。雅子さまは食堂の片隅で見守っている」(別の初等科関係者)
・皇太子一家は11月1日から7日まで、御料牧場へ。
・「御料牧場は在日外交団の接遇にも使われる。動物好きの愛子さまがお気に入りなのか、昨年も同じ日程で出掛けた。皇太子が先に帰京したのも同じ。殿下のご静養というより家族のためのご静養に見える」(皇室ジャーナリスト:山下晋司)
・級友の友情と皇太子夫妻の愛情に見守られ、愛子さまが通学問題を乗り越える日も遠くないだろう
1ページ弱・安藤麻子記者。

週刊女性 2011年3月15日号<愛子さま不登校から1年!365日続いた「ご同伴」に―「雅子さまは、もう学習院に来ないで!」>編集

2頁の記事
・2月25日、学級閉鎖が終わった1週間ぶりの授業も、愛子さまは2時間目ギリギリの時間に車で登校。5時間目終了後、友達に笑顔でバイバイしながら徒歩で下校。傍らにはずっと雅子さま。
・「(以下太字)いまだ1時間目から授業を受ける日はなく、車でご登校。給食も食堂でほかの生徒たちと一緒ではなく、雅子さまと教室でお弁当などを召し上がることが多いようです」(宮内庁関係者)
・「妃殿下は貴賓室でお待ちのときもありますが、授業参観もよくされているようです。休み時間には、愛子さまが校庭で遊ばれているところも見学されているようです」(学習院関係者)
・この1年間、療養8年目の雅子さまにとって、校外学習にまで同伴された毎日の負担は想像に難くないが、その影響で公務まで手が回らなくなっているのは確か。
・東宮関係者が懸念を表明する。
「(以下太字)実は23日の殿下のお誕生日の行事を、妃殿下は体調を理由にキャンセルされた。その後、天皇皇后両陛下をお招きした夕食会には出席されたようです。この日、愛子さまは学級閉鎖でしたから登下校の同伴もなく負担も少ないので余裕はあったと思うのだが…。これでは、英国訪問のこともまだ何ともいえません」
・「皇室が特殊な環境であることを考えれば、愛子さまは順調にお元気になっているといえると思います。授業を1時間分早く出られるようになったら、そのいい成果を学校や家庭で振り返りながら自信を深め、4年生へのいいイメージ作りをされていけばいいと思います」(教育評論家・尾木氏)
・昨年4月と6月に、本誌から学習院に、「1愛子さまの不登校に伴なう改善点について」「2愛子さまが怖がったという生徒の状況について」「3宮内庁との連携不足の対応について」質問しており、
それぞれ、「1、6名の教員による休み時間の看護を徹底する」「2特に変わった点なし」「3教員や主管が女官と日常的にやり取りをしている」という回答で、6月もほぼ同じ回答だった。
今回も同じ内容の質問状を出すと、「新学期に向けた新たな取り組みは特に予定しておりません。なお、『1』の6名による看護体制は特定の児童のためではなく、全児童の安心・安全な学校生活のための措置です」との答え。
・愛子さまが通常登校に戻っていないことに対しては、
「(以下太字)すべての児童に安心して学校生活を楽しんで貰えるよう、ご家庭と緊密に連絡を取り合いながら学校としてできるだけのことをしてまいります」という回答だった。
・つまり、「愛子さまだけを特別扱いしない」という意味で差し支えないだろう。
・「愛子さまの不登校に対してこの1年、十分な対策をしてきたという自信があるなら、学習院は、これ以上ひとりの児童のために特別な配慮はとれないという態度をとってもいい時期だと思う」(教育コンサルタント・山本氏)
・「(以下太字)もし雅子さまの授業参観が続いているなら、畏れ多いことかもしれないが、そろそろおやめくださいと学校は申し上げてもいいと思う。(その理由として)雅子さまが教室や校内にいらっしゃることにより、児童が緊張を強いられ、休み時間のときにも楽しみきれていないのではないかという心配を親としては抱いてしまうから。
先生も非常にやりにくい状況にあると思う」(前出・山本氏)
〆は、25日。学習院校門前。愛子さまは友達が出てくるのをお待ちになったり、お帰りになろうとするとUターンされたりと非常にご活発。もう、お元気をほとんど取り戻されているようだ。後は雅子さまがどうご判断されるか―

女性セブン 2011年4月28日号<雅子さま「子離れ」実現に被災者への誓い>編集

※巻頭カラーグラビア、被災児童達の笑顔の写真と、避難所を訪問された皇后陛下・紀子さま・雅子の順で構成された3頁あり。
・7時40分。正門前に警備担当の車着。1年ぶりの通常登校か、と期待される。8:20分、正門閉鎖。8:30分。雅子、愛子ちゃんを乗せたワゴン車着。
・各クラスで3月に行えなかった修了式後、正堂で始業式。こまめに明かりを消したりコンセントを抜くなど節電に努めている愛子ちゃんは科長の話にうなずく。
・今後の対応に活かすため、保護者には地震発生時どこで何をしていたかのアンケート配布。
・3月までの雅子は折りたたみ椅子持参で教室にいたが、この日は教室にも正堂にも付き添わず、愛子ちゃん下校時まで貴賓室で待機していた。
・味の素スタジアム訪問。孫が5年生になります、と話したA子さんに徳仁氏が「愛子は4年生になります」と答えたので、A子さんは思わず「愛子ちゃんは大丈夫ですか?」と。娘のBさんは「母はなんてことを言い出すのかと驚いた」が、雅子からは「愛子も私ももう大丈夫です」。
〆は忘れました、済みません。

週刊新潮 2011年6月9日号<「雅子さま」一人授業参観 350日の波紋>編集

・「(雅子さまも)以前は、登校してから下校するまで授業中は教室の後ろに座ってずっと見ておられたのが。最近は、給食の時間も含めて貴賓室で待っていることが増えたそうです。
・さらにその翌日も同じような光景が見られ、しかも、校門をくぐってからは教室の方ではなく、2人とも貴賓室のある方向に入っていったという。

女性セブン 2011年7月14日号<皇太子妃雅子さま 学習院初等科 貴賓室9時間の謎>編集

・学習院初等科の正門→右手に進むと本館の来賓用の玄関があり、ここは児童はもちろん、教職員も利用しない入り口となっている。
・そこから2階へ上がると、観音開きの重厚な木製の扉の部屋が。この扉は常時閉められており、中をうかがうことは出来ない。その扉が醸し出す厳かな雰囲気から、子どもたちでも、ただならぬ部屋だとわかる。そこは「貴賓室」と呼ばれる特別な部屋。
・昭和15年、今上陛下が初等科に入学される際に建てられたのが現在の本館で、貴賓室もその際に作られた。
・「貴賓室は、皇族方が来校された時に使用する“特別室”で、これまで運動会などの学校行事のときに、休憩場所としてお使いになっていました」(学習院関係者)
・だが最近では、この貴賓室の用途に変化が起こっている。6月22日、雅子は管弦楽部の朝練のため、午前7時過ぎに愛子と登校。
それから授業全てが終わる午後4時近くまで、実に9時間近くもの間、初等科の校内にいた。
しかも、その大半を貴賓室で過ごしていたという。
・「3年生までは、雅子さまは愛子さまの教室で授業を見学されていました。しかし、4年生となられた4月からはほとんど授業には姿を見せられず、貴賓室で過ごさるようになったそうです」(前出・学習院関係者)
・貴賓室は20畳ほどのゆったりとした空間。初等科内には、貴賓室とは別に応接室があるが、広さはその約3倍だという。貴賓室は白壁と木目が調和し、シックで落ち着いた雰囲気。
・「室内にはいくつかの観葉植物が飾られ、部屋の中央には応接セットが置かれていて、テーブルを挟んでベージュの3人がけのソファが並んでいます。
あくまでも皇族方が小休止するための部屋ですから、テレビや娯楽等の機器は置いていないということです」(前出・学習院関係者)
・この貴賓室には南側に大きな窓があり、天井から床まで舞台の緞帳のようなビロードのカーテン。そのカーテンを開けると校庭が一望に見渡せるという。
・「雅子さまも窓際に立たれて、愛子さまのご様子を遠くから見守られていることでしょう」(前出・学習院関係者)
・貴賓室に雅子がいるときには、周囲の様子で児童や教職員はすぐにわかるという。
・「貴賓室の前に2人、階段の下に1人と、合わせて3人のSPが警護にあたります。なので、“ああ、雅子さまはいま、ご在室なんだな”と認識します。いらっしゃらないときは、せいぜいSPは1人だからです」(前出・学習院関係者)
・雅子は長い日には9時間近くもこの部屋に滞在される。テレビもオーディオ機器もないこの部屋で、雅子さんはいったい何をしているのだろうか? 学習院関係者や児童たちの間では、気になることのひとつだ。
・「基本的には女官が一緒に貴賓室にはいって、お話し相手になったりしています。また授業が行われている間は静かなので、読書をなさることが多いようです。
その日、東宮御所からお持ちになった洋書や、国際関係などの本をお読みになっているそうです。ひとり静かに読書に専念されたいときは、女官に退室してもらうこともあるようです」(宮内庁関係者)
雅子にとって、この貴賓室は、“勉強部屋”の役割も果たしているようだ。以前はこの貴賓室で、愛子と一緒にお弁当を食べていた。
「3年生の3学期から、徐々に愛子さまはみんなと一緒に給食を召し上がるようになりましたから、雅子さまは、東宮職員が運んでくるお弁当をおひとりで召し上がられているようです」(前出・学習院関係者)
・雅子の時間が空いているときは、貴賓室に科長、副科長、それに主管が訪れては、学内のことや、愛子さんの現在の状況などをお話しすることも。
「初等科の保護者は、比較的頻繁に学校に行く用事があり、その際、貴賓室の雅子さまをお訪ねする人もいるようです。それだけではなく、雅子さまがお呼びになって、来校する保護者もいて、雅子さまのお好きな紅茶を飲みながら歓談される日もあるみたいですよ」(前出・学習院関係者)
・この貴賓室、以前は必要であれば教職員も出入りすることが出来たが、昨年来、雅子が使用し始めてからは、教職員であっても近づくことすら難しくなり、そのため、関係者のあいだでは、「東宮御所の別宅」「雅子さまのお部屋」などと呼ばれるようになっているという。

THEMISテーミス 2011年8月号<「東宮職」を小和田人脈で固めた 雅子さま&愛子さま「報道厳戒態勢」の内幕>編集

□お一人登校の取材に逆ギレし
・「報道の自由を何だと思っているんだ!」
「宮さま(愛子さま)の通学はプライベートだ!取材は許可してないッ!」
6月25日、早朝7時半過ぎ。学習院初等科付近に突然怒号が飛び交った。校門前に固定カメラ2台とハンディカメラを配備し、10人以上のスタッフを動員して堂々と取材するNHK。信号無視をして道路を横断したり、カメラのレンズを手で塞いだり、撮影を阻止しようと右往左往して猛抗議する東宮職。大声に驚いて怯えながら登校する子どもたち…。
・この夜、NHKが7時台のニュースで流した愛子さまの“一人登校”の特ダネ映像は、5分間にも及ぶ激しい攻防戦の末撮影されたものだった。
・普段、NHKが加盟する宮内記者会は、宮内庁の設定に基づく取材をするのがほとんどで、NHKは両陛下の金婚式や即位20年関連の特番で両陛下のプライベート映像などを撮影し、他社と一線を画すほど宮内庁からの信頼が厚い。
・なぜNHKはこの日に限り、取材設定のない愛子さまの通学の様子を撮影したのか。
「おそらく、NHKは独自ルートで愛子さまが一人で登校する情報を得て、ニュース性があると判断したんでしょう。異常な登校が長く続きすぎていますからね」(皇室担当記者)
・この日、初等科は休日だったが、愛子さまは管弦楽部の土曜日練習に参加するために登校。雅子さまの付き添いもなく、実に1年4ヵ月ぶりに“お一人で徒歩登校”を果たされた“記念日”だった。東宮御所から登校に付き添った警備陣ら10人ほどが愛子さまをぐるりと囲み、撮影されないようカメラから守った。
・ある東宮職は、
「宮さまは管弦楽部に入部して、チェロを練習することでお気持ちが上向きになっていたのに…。また逆戻りしたらマスコミのせいだ!」と、ほとんど逆ギレ状態。
別の東宮職は、
「まさかあのNHKが…。今後、宮内記者会に皇太子ご一家のプライベートの取材自粛を要請しにくくなる」と困惑。
しかし、愛子さまの「通学問題」関連の報道がヒートアップした発端は、野村東宮大夫(当時)の“イジメ会見”だ。
誰が見ても異様な付き添い登校をやめるように雅子さまに進言もせず、1年以上黙認していた東宮職が、マスコミに責任転嫁するのは本末転倒というしかない。
□野村大夫の“花道”を考えた?!
・東宮職も本音では愛子さまと雅子さまの取材設定が少ない現状に危機感を持っているようだ。
「このままでは宮さま(愛子さま)のご成長を記録する映像が極端に少なくて、将来、ご結婚されるときなど、アーカイブ番組の内容がスカスカになる可能性がある。妃殿下もご病気で公務にご出席できないことが多い。東日本大震災の被災者を見舞ったときも、被災した方に逆に励まされ、心配されてしまった。皇太子ご一家に対してこういう空気があることを深刻に考えている」(東宮職)
・7月13日朝7時15分過ぎ。愛子さまは皇太子さまと一緒に7時半から始まる管弦楽部の朝練に間にあうように登校。皇太子さまは、8時半ごろ車で駆けつけた雅子さまとバトンタッチ。雅子さまは放課後に行われた管弦楽部の父母総会を校内にいたのに欠席。
・「7月1日に野村東宮大夫の退任が発表されたことを考えると、NHKに“一人登校”を撮らせたのは“出来レース”だった可能性もある。愛子さまが一人で通学している姿を国民に印象づけて、野村さんが一応、“不登校”の幕引きを図ったのではないかと、勘ぐられるくらい不自然なタイミングだったと思う」(皇室関係者)
・7月5日付けで新東宮大夫に着任したのは小町恭士氏。
「小町氏は’06年、皇太子ご一家がオランダで静養されたときのオランダ大使。野村氏にとって小町氏は、そのときいろいろなわがままに奔走してくれた腹心の部下だった。東宮大夫とか宮内庁の幹部になると、両陛下や皇太子ご夫妻の海外訪問をひと区切りにして“花道”のように勇退するケースが多い。しかし、野村氏は皇太子ご夫妻の英国ウィリアム王子の結婚式への出席を“花道”に出来なかった。野村さんは小町氏に後を託したのだろう」(外務省関係者)
□皇太子さまの“ご覚悟”がカギ
・「本来、東宮職は皇太子殿下の公務を支えるのが職務。でも、野村さんといい、小町さんといい、雅子さまや小和田家とコミュニケーションがとりやすいことに着眼点を置いた人事。そもそも、世間の常識からいってもお嫁さんの父親の職場からの派遣そのものが異常ではないだろうか。ご高齢の両陛下のご公務をどう軽減して差し上げればいいかなど、皇室全体の将来を見渡す体制作りが喫緊に必要になのに、片寄った判断だと思う」(評論家・八幡和郎氏)
・最近、雅子さまは愛子さまの授業を参観せず、初等科内の貴賓室で過ごす時間も増えてきた。
「昨年、愛子さまはプールの授業を欠席されたが今年は出席された。4年生は教室で靴下と上履きを脱いでビーチサンダルに履き替えて水着が入ったバックを持って更衣室まで一列で向かう。ただ愛子さまはカメラとか人の視線に敏感なことはたしか」(学習院初等科関係者)
「次期天皇のお子さまである愛子さまに注目するなというのは無理です。ましてや愛子さまが1年以上、異常な登校を続けていれば、我が子との比較もあるし、国民が関心を持つのは当然でしょう。皇太子ご夫妻のお立場なら、愛子さまの通学問題もプライベートの一言で片付けられません」(文化女子大客員教授・渡辺みどり氏)
〆は、次世代皇室と国民が良好な関係を築くには、マスコミとの付き合い方も大きく関係する。皇太子さまはこのことを雅子さまと愛子さまに、はっきり説明されるべきではないか―

サンデー毎日 2011年10月23号<学習院初等科の愛子さまシフトで「うちの子の勉強が遅れる!」>編集

2頁の記事
・9/27に1年7ヵ月ぶりに愛子さま一人での登下校が実現したが再び雅子さまが校舎内で待機するようになった。
・それに先立ち、9月14日から2泊3日で行われた校外学習に母親としてただ一人雅子さまが同行。
「雅子さまは貴賓室で待機していることもありますが、教室の後ろに置いたパイプ椅子に腰掛けて参観することが現在もあります。その際、教室前の廊下にはスーツ姿のSPが二人周囲に目を光らせて物々しい雰囲気になっています。愛子さまは仲のよい友だちと笑顔で接しています。ただ、それ以外の児童が愛子さまに近づくことは殆ど無いようです」(学習院関係者)
・そうした異例の状況下で学習院初等科内で新たな火種がくすぶっている。
この1年7ヵ月の間、欠席や遅刻をすることが多かった愛子さま。当然、受けることの出来なかった授業は相当の時間にのぼる。
・「それに配慮してなのか、愛子さまの学年の学習内容が例年に比較して薄く易しくなっているのではないか、そんな声が保護者たちから聞こえてきています。高学年になると学習内容は難易度が高くなっていく。ですから学力の低下を心配している保護者が多いようなのです」(前出・学習院関係者)
・別の関係者によると、学習院の歴史や児童が自分の家系図を作成する社会化の伝統的な授業がある。通常は3年生の3学期に行われるのだが愛子さまの学年では実施されなかった。
・3年生は「自分の町調べ」をして4年生になるとそれを等高線や縮尺などを使って立体的に仕上げるという夏休みの宿題も今年は課せられなかったという。
・学習院初等科の教育目標には〈真実を見分け自分の考えを持つ子ども〉と謳われ、達成基本方針として〈自分の目で確かめ…(略)〉 2つの課題はまさにこれにあたるがどういうわけか愛子さまの学年では実施されていない。
・基礎学習に力を入れることも初等科の理念の一つとされており、そこの共感して子弟を入学させている保護者も多い。しかし漢字学習一つを取っても不満が残る内容になってしまっている。
・「子どもが一人だけの家庭ではこんなものかと思うかもしれないが、初等科に通っている兄弟がいる家庭では削られている項目が多いと敏感に感じ取っているようです。なぜそうなるかと突き詰めていくと、愛子さまが在籍していらっしゃる“宮さま学年”だからではないか。愛子さまの進度に合わせる“愛子さまシフト”です。それしか考えられないでしょう」(初等科OB)
・愛子さまが在籍するクラスでは提出物を出さなくても宿題を仕上げてこなくても特にペナルティーはないという。
「欠席や遅刻、早退が多い愛子さまに足並みを揃え、他の児童に不公平感を与えないためにそうなってしまっているのではないかというのが多くの保護者の見解。他のクラスも足並みを揃えている様子がうかがえる」(ある保護者)
・保護者が憂慮するのは学力の低下。ほとんどの児童は初等科から中等科へ進学し、他の中学へ進学するのは1学年で数人程度だが“宮さま学年”ではすでに異変が生じていると前出の保護者が言う。
「他の中学への転出を考えて進学塾へ通い始めたり家庭教師をつけたりする家庭が通常の学年よりも多くなっています」
「もし仮に愛子内親王殿下に慮って学習内容が緩くなり、他の児童への影響が出ているとしたら学習院は皇族を受け入れる資格がないと言えるでしょう」(元宮内庁職員・山下晋司氏)
・学習院本部へ愛子さまの欠席や遅刻に伴う授業への影響を尋ねたが、回答は「とくにごぜいません」
〆は愛子さまシフトともいえる学習内容の変化に危惧を抱き始めた保護者たちは公然と声を上げないまでも個人的に対応し始めているのは事実。未だに解決をみない愛子さまの不登校問題はほかの児童や保護者たちに影響を及ぼし始めていることを学習院やその関係者らはどのように考えているのだろうか。

女性自身 2011年10月25日号<雅子さま「正午の貴賓室待機」にあった癒えぬトラウマ 愛子さまの「摂食トラブル」!>編集

3頁の記事
・10/3(月)は運動会の総合練習もあったので愛子さまが欠席されたのは意外。5日はいつも楽しみにしていらっしゃる管弦楽部の朝練習もお休みになったよう。この2週間ほどは雅子さまがお昼ごろにいらして貴賓室に向かうのが定番。(保護者の一人)
・実は雅子さまは愛子さまの給食の時間に間に合うように初等科に通っていらっしゃる。(皇太子夫妻の知人)
・愛子さまは今年になって食堂で他の児童たちと給食を食べられるようにはなったが未だに強い不安感を訴えている。そのため、雅子さまは給食時間中には貴賓室にいるようにされている。(前出・知人)
・学習院初等科の給食の伝統は“しゃべらない”“残さない”。
・愛子さまを脅えさせる“嘔吐事件”が起こったのは不登校問題が起こるより少し前。
給食時間中に愛子さまのすぐそばの席で同級生の女の子が吐いてしまった。 それを見た男の子たちが囃し立てたり女の子が泣き出したりと大騒ぎ
p.39より
「初等科の給食時間は正直、子どもたちにとっては楽しい時間とは言えないと思う。休んだ子のおかずやパンをもらうために並ぶ元気な子どもたちもいる一方で、食が細く“残したら駄目だ”と不安を感じる子もかなり多い。愛子さまもご体調がお悪いときなどは、ときどき吐き気を訴えられていたそうです。時期はわかりませんが、実際に吐かれたこともあったと聞きました」(別の保護者)
・嘔吐事件以来、“摂食への不安”が愛子さまの学校問題を長引かせる一因になっているのは間違いないようだ。
・「口を大きく開ける、噛む、というように食事は普段とは違う姿を他人に見せる場です。そのうえ、こぼしたり遅かったりすると人の目にもつきやすくなります。そうしたことから他人と一緒に食事が出来ない『会食恐怖症』になるお子さんも思春期には多くなります。愛子さまももうすぐ10歳になられますし、食事中の自分の姿が他の子たちからどのように見られているかも気になっているのではないでしょうか」(精神科医・香山氏)
〆は給食時間を楽しむ子がいる一方、愛子さまのようにトラウマが癒えず不安を訴える子もいる。 時間差をつけての付き添いしながら貴賓室で待ち続ける日々を過ごされている雅子さま。母の苦悩はいつまで続くのだろうか―。

サンデー毎日 2011年10月30日号<雅子さま放課後謎の一時間>編集

学習院の運動会、予行練習を欠席され、参加が危ぶまれていた愛子さまが四種目出場した。短距離走でダントツ一位になった愛子さまは派手なガッツポーズで喜びを爆発させた。一方、引き分けの綱引きは残念そう。
週明けの11、12日雅子さまは愛子さまの二時間後に登校した、放課後も連れ立って下校。昨年以来この登校には学習院の中では賛否両論が渦巻いている。
そして13日の授業参観、この日は皇太子が午前8時から愛子さまに付き添った。岡山いちも同行。
授業参観は一時間から四時間のロングラン。皇太子さまはすべての授業を参観された。
・ロングラン→1時間目の前の「わかば」から>読書に充てられたり、HRの時間、学校全体の行事やその学年での注意事項が説明される時間
教室に入った保護者が皇太子がいるのを見て驚いたという。この日は平日なので父親は皇太子だけだったのだ。
・「いつも雅子さまが使われるパイプ椅子が、この日は見当たらなかった」(授業参観した保護者談)
授業は愛子さま得意の国語と算数、音楽、体育。皇太子はにこやかに参観していたという。
「体育の授業は参観する人は少なくて保護者も半分に減っていましたが、児童たちと一緒に校庭に出てそれまで以上に嬉しそうな笑顔でした。」保護者談。
四時間めの授業が終わると皇太子は園遊会のため学習院を後に。
それといれ代わるように雅子が校舎内に入っていき、その後一時間を学習院内で過ごし一時半過ぎに愛子さまと下校された。
・「(授業参観を終えた保護者とすれ違わない時間帯に来校)普段お一人で授業参観、本来の参観はされなかった。→この状況に、どこか違和感を持たざるを得ない」(学習院関係者談)
・「愛子さまが欠席がちになってから級友たちとの給食に不安になることがあった。現在は級友たちと(給食を一緒に)過ごすことが多くなったが、この日は愛子さまをおもんぱかって、雅子さまが一緒に給食を食べるためだけにお見えになったのではないか」(学習院関係者)
・「初等科正門を入るとすぐに左手にSPの控室。ナルアーヤ在籍の頃はSPは控室から奥の校舎内に入ることはまずなかった。
現在の両陛下が貴賓室をお使いになることも一度もなかった。その頃とは様子が変わってしまった」(初等科元科長小野田三男氏談)
「雅子さまがなにをしようが構いませんが、他の子どもたちの迷惑になることだけは避けていただきたい」別学年の保護者談
〆は学習院は何らかの手をうたなければならない。

週刊新潮 2011年10月27日号<ワイド続・女たちの常在戦場 園遊会ご欠席でも愛子さまと給食を共にした雅子妃>編集

・1頁強の記事。13日の授業参観に、皇太子は朝7時50分に到着。一番乗り。4時間目終了まで参観。12時半ごろ到着した雅子妃と入れ違いに東宮御所へ。
・院のお昼は1時間で給食が30分。私語は禁止。愛子様は貴賓室で雅子妃と給食やお弁当を。
・愛子様も胸につかえて戻したこともあった。
・愛子が不登校になったのもこれが原因ではないかと学習院関係者は推測する。その一方で
・「東宮からは沢山の子供たちと触れ合わせてくれとの要望がくる。給食よりその後の遊び時間を優先しろとのことか」(学習院の父母関係者)
・雅子妃にとって愛子様は生き甲斐なので周囲も反対できないのだろう。このままでは愛子様も心配。(大意。松崎敏弥氏)
〆は忘れました、済みません。

サンデー毎日 2011年12月11日号<御所と東宮かくもふかき「お堀」>編集

2頁の記事
・陛下の今回の入院は思わぬ事態を浮き彫りにした。それは天皇家と皇太子家の間の不信感のようなもの。それを端的に表す出来事が11/10の雅子妃が陛下のお見舞いを直前になってドタキャンしたこと。
・翌12日に東宮大夫がその経緯を「少し熱が出られ風邪の症状がおありだったため…」と説明。
・「しかし、体調を崩されたという公式の見解を額面通りに受け取っていいものかどうか、そんな見方が広がっているのも事実」(ある皇室ジャーナリスト)
・「世間でよくある嫁姑の確執のような構図で両家の間がうまくいっていない。ようするにお見舞いをドタキャンしたのは心理的な要因ではないかという意味。両陛下にお会いになる、会おうとすると雅子妃の体調に変化が生じるのではないか」(同前)
・最初に陛下のお見舞いに行ったのは秋篠宮夫妻。その翌日には黒田清子さんが訪れている。皇太子夫妻の予定はその後の10日、やや遅きに失した感は否めず、そして雅子妃はお見舞いに行くことはなかった。
・その後、雅子妃の風邪や発熱のことは話題に出てこず、陛下の入院中雅子妃はこれまでどおり愛子さんに付き添い、学習院初等科貴賓室では昼食をとっている。
・「もちろん体調に波がある雅子妃ですから一概に言うことはできないが、その行動に一貫性が見えてこないのは確か。雅子妃の回復がすすまないことが天皇家と皇太子家の間に皇居のお堀のような深い溝を作ってしまったように感じる」(橋本明氏)
・「今回、陛下のお見舞いに行かれなかったことも含め、公務が出来ずにいる雅子妃は天皇皇后両陛下になかなか顔をあわせにくい面があるのだと思う。両陛下の面前にいること自体が苦痛になってしまったのかも」(宮内庁関係者)
・「両陛下、特に皇后さまは雅子妃のことをとても案じている。病気は致し方ないが、参内がほとんど無く、両家のコンセンサスが全く取れていないことを大変憂慮されているようです。時々であっても愛子さまをお連れになるなどしてくださればいいのだが…。皇后さまはきっと、皇太子さまや雅子妃から歩み寄ってくれば笑顔で受け入れるはず」(美智子さまの側近の一人)
・長年にわたる積み重ねが溝を深くしたのか。
〆は、御所と東宮の間の「堀」は深いようなのだ。

週刊朝日 2011年12月23日号<療養9年目 雅子さまが誕生日に見せた悲しき“怒り” 週刊誌の「愛子さま付き添い」報道に逆襲>編集

h ttp://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20111214-00000301-sasahi-peo
雅子さまが誕生日に見せた悲しき“怒り” 週刊誌の愛子さま「付き添い」報道に逆襲
週刊朝日 12月14日(水)14時9分配信
 適応障害の療養生活が9年目となる雅子さまが、12月9日に48歳の誕生日を迎えた。この日に合わせて発表された医師団の見解では、週刊誌の報道が回復を遅らせているとの指摘も盛り込まれた。異例の批判が盛り込まれた背景は--。取材を進めると、雅子さまの悲しき“怒り”が浮き彫りになってきた。
 12月9日午前11時前、皇太子ご一家が住む赤坂御用地から皇居に続く沿道は、大勢の人で埋まっていた。この日、48歳の誕生日を迎えた雅子さまが、両陛下にあいさつするため皇居に向かう姿をひと目見ようとしていたのだ。
 雅子さまを乗せた黒塗りの車が沿道を走り抜けた。
「雅子さま~」
 歓声が波のように沸き上がり、雅子さまも車の窓から何度も、にこやかに手を振り返す。
 だが、このとき雅子さまは、笑顔の奥底に深い悲しみと怒りを抑え込んでいたのかもしれない。
 雅子さまは、2003年の12月4日に帯状疱疹で宮内庁病院に入院し、翌年7月には「適応障害」という診断結果が公表された。以来、丸8年。療養生活は長期化している。
 今年3月11日に東日本大震災が起きると、4~8月にかけて都内の避難所や宮城、福島、岩手各県の被災者を見舞ったが、秋以降は公の場に姿を見せていない。天皇陛下が入院中だった11月16日に行われたブータン国王夫妻の歓迎晩餐会という重要行事も欠席した。
 そんな雅子さまの暮らしの大部分を占めているのは、昨年3月以来、なかなか学校に登校できなかった愛子さまのことだ。
 雅子さまは1年10カ月にわたり、学校への付き添いを続け、校内の貴賓室で一緒に給食を食べる日々を送ってきた。今年10月13日には園遊会を欠席する一方、学校には姿を見せるなど、子どものことを重視する姿勢を貫いている。
 そんな心のうちは、誕生日に合わせて出された東宮職医師団の見解からも見てとれる。この見解は05年から毎年、雅子さまの病状を説明するために出されているもので、今年の柱は第一が愛子さまへの付き添い、第二が被災地へのお見舞いについてだった。
 今年の見解には、宮内庁関係者を仰天させたくだりもあった。全体の3分の1を占める文章量で、〈週刊誌を中心として(中略)悪意ともとれる誤った情報に基づく報道〉への痛烈な批判を展開していたのだ。
 見解では、これらの報道は〈妃殿下の更なるご快復の妨げになるのみならず、ご病状の悪化にさえつながります〉として、〈ご努力を否定するような批判的な報道が繰り返されますと、妃殿下は自信をなくされますし(中略)この状況が改善されない限り順調なご快復は望めないと考えております〉と結んでいる。
 この見解を読んだ宮内庁関係者は、怒りを込めてこう話す。
「まったくもって噴飯ものですよ。医師団は丸8年が過ぎても顕著な成果を出せていない。医師としての責任には一行も触れず、公務復帰できないのは報道のせいだと言うのは、責任転嫁でしかありません」
 それにしても、東宮職医師団はなぜ、これほど強い言葉で憤りをあらわにしたのか。それを説明するには、この見解の本質を読み解く必要がある。
 見解をまとめているのは、04年6月から雅子さまの適応障害の担当医を務める国立精神・神経医療研究センターの大野裕・認知行動療法センター長だ。
 同時に、雅子さまの肉声だと見てもいいだろう。なぜなら、東宮大夫は過去に何度も、「(見解は)妃殿下の了承を得たもの」と説明しているからだ。
 つまり、見解医師団の名で出されているものの、実際は大野氏と雅子さまの二人三脚で完成させた“作品”なのだ。
 話を元に戻そう。
 医師団見解、もとい“大野氏と雅子さま”は何に憤慨しているのか。ヒントは、見解と同時に発表された雅子さまの「お誕生日に際してのご感想」にある。
 A4判2枚にわたる「ご感想」は、震災の被災者と愛子さまへの思いにそれぞれ4割ずつが割かれている。このうち愛子さまのくだりで、とくに思い入れ深く語っているのは、9月に山梨県の山中湖で行われた2泊3日の校外学習についてだ。
 このとき、雅子さまは別の車を用意して同行し、児童と同じホテルで1泊12万円のインペリアルスイートに宿泊するなどしたため、学校側やほかの父母の反発を招いた。
 各週刊誌も批判を展開した(表)が、「ご感想」を見る限り、雅子さまは同じ一件をどうやら肯定的に受け止めているようだ。
〈学校からも参加をすすめられ、愛子自身も是非参加したいと希望した、山中湖での2泊3日の校外学習に、先生方のご配慮を頂き、私が少し離れて付き添う形で、全行程一人で、お友達の皆さんととても楽しく参加できたことが、学校生活に戻っていく上での大きな自信と励みになったように感じております〉
 愛子さまの登校問題にもプラスに働いたと、つづっている。
〈その後、愛子が私の付き添いなしに通学する日も増えてくるなど、段々と良い方向に向かってきていると思います〉
 確かに、山中湖の一件から、雅子さまが愛子さまに付き添う回数は減ってきているという。しかし、事情を知る皇室の関係者は、冷めた口調でこう話す。
「あの件以来、学習院初等科の父母から雅子さまへの批判が強まったため、少しの間、遠慮なさっているだけではないでしょうか」 
 山中湖の一件が週刊誌に猛烈に批判され、雅子さまは心配なのに付き添えなくなった。結果的に、愛子さまは一人で通うことが多くなった--。この関係者は、こう読み解くのだ。
 となると、雅子さまにとって週刊誌の報道はおもしろかろうはずがない。こうした思いが、医師団見解の憤りにつながったと見ることはできないだろうか。
 では、肝心な雅子さまの病状はどうなのか。
 下に掲載した「東宮職医師団の見解」を見てもわかるとおり、医師団の見解は毎年、「着実に回復されてきております」「徐々にではありますがご快復に向かわれており」と同じような言葉が並ぶ。
 7年も着実に「快復」し続けていれば、そろそろ公務に復帰できるのではないか、と思うのは当然のこと。テレビ朝日で宮内庁担当を20年間務めた神田秀一さんも首をかしげる。
「文面はいつも同じパターン。医学的見解が伏せられて『良くなられている』としか言わない。具体的に、病状がいつに比べ、どれぐらい良くなったのかがつかみにくいんです」
 そもそも、適応障害の治療はこれほど長くかかるのか。精神科医の香山リカさんはこう話す。
「適応障害は環境とのミスマッチなので、本来は職場の配置換えや引っ越しなど環境調整が必要です。しかし、雅子さまは立場上それが難しい。となると、ご自身の対応を変えるしかないが、よくも悪くも強靭な精神を持つ女性だけに、何でも全力投球しようとしてしまう。その結果、治療が長引く異例な事態になってしまっているのでしょう」
 となると、回復にはまだ長い時間が必要なのか。前出の神田さんは言う。
「93年の結婚から、18年間の半分近くを病気療養にあてているし、回復は簡単ではありません。ただ、愛子さまが大きな鍵になることは確かでしょう。あとは天皇、皇后両陛下のご心配を和らげること。毎週1回御所へ行ってお食事をともにされるなど、両陛下と十分にコミュニケーションを交わされれば、雅子さまを取り巻く環境も徐々に変化するのではないでしょうか」
 病状の見通しについて、週刊誌報道を痛烈に批判した大野氏はどう考えているのだろう。この点をぜひ聞こうと、本誌は大野氏を直撃したが、声を掛けても目をそらし、無言で足早に立ち去ってしまった。 (本誌・小泉耕平、永井貴子)
◆「山中湖合宿」を取り上げた主な週刊誌の見出し◆
女性セブン
9月22日号愛子さま「お泊まり学習」で噴き出した“かまぼこ”トラウマ
皇太子妃・雅子さまは同行されるのかで右往左往
週刊女性
9月27日号「親元を離れて・・・」の目的に反して--
愛子さま「山中湖合宿」に雅子さま「ご同伴」で楽しい?
週刊新潮
9月29日号学習院富士山2泊3日の校外学習を追尾した「雅子妃車列」
「樹海洞穴」行き違いで心配される「雅子さま」「愛子さま」不和の芽
週刊文春
9月29日号愛子さま「校外学習山中湖2泊3日」雅子妃密着に学習院保護者が激怒!
1泊12万円「インペリアルスイート」に懐石料理
◆雅子さまの病状についての東宮職医師団の見解(抜粋)◆
2004年7月※
ストレスを主要な要因とする適応障害によって不安や抑うつ気分が現れており、御公務を行われるのが困難な状態にあると考えております。今は御公務復帰を具体的に検討するより、まずは心のエネルギーを高めるような私的活動を優先していただくようにお願い申し上げております。
05年12月
ご病状は着実に回復されてきております。一方で、(中略)心身のストレスがご体調に影響を及ぼしやすい状態も続いております。ご公務に関しては、妃殿下が育児などご家庭で果たされる役割や、妃殿下のライフワークになるようなご活動、ご研究とバランスをとりながら選んでいただけるように、東宮職で慎重に検討していただきたいと考えております。
06年12月
徐々にではありますがご快復に向かわれており、今後も焦ることなくひとつひとつ可能な活動を積み重ねていただくことが重要だと考えております。今年から愛子内親王殿下のご通園が始まりましたが、幼稚園生活をはじめとして育児に心を配られていることは、妃殿下の心身のご健康にとっても大きな意味があるものと考えております。
07年12月
依然としてご体調には波がございましたが、前向きに頑張られるお気持ちを強くお持ちになられて、真摯に努力を重ねてこられました。公私を問わず、ご活動にも広がりが出てこられております。ご活動の後には依然としてお疲れが残られますが、以前にくらべるとご回復が早くなっていらっしゃいます。少しずつ着実に快方に向かっていらっしゃいます。
08年12月
東宮職医師団が最初に本格的な見解を出しました平成十七年十二月当時に比べますと、着実にご快復になって来られています。治療に長い日時を要しているということは、それだけ妃殿下の受けられたストレスが大きいものであったということであり、治療、即ちストレスの軽減に時間がかかる状態だということであります。
10年2月
ご快復はずいぶん進んでおりますが、なおご体調には波がおありで、(中略)いろいろなご活動を続けてはまだおできにならない状態にいらっしゃいます。これまでのストレス状況やご闘病が長期にわたっていらっしゃることを考えますと、ご活動の幅を更に大きく広げていただくまでには、さらなる時間が必要であると考えられます。
10年12月
着実にご快復されて来てはおられますが、今なお心身の状態の波は続いていらっしゃいます。妃殿下は、愛子内親王殿下が安心してご通学になれる環境作りに向けて非常に努力され、多くの時間とエネルギーを注いでいらっしゃいます。それだけに、その他のご活動は、公的な色彩のあるものを含めて、限られたものにならざるを得ない状況にあります。
11年12月
着実に快復されてこられました。しかしながら、今なお心身の状態の波が続いておられ、そのため引き続きご治療を必要とされる状況にいらっしゃいます。最近、週刊誌を中心として、(中略)悪意ともとれる誤った情報に基づく報道が、関係者とされる人物の発言の引用を含めてなされていること、そしてそのことに対して妃殿下が心を痛めていらっしゃることへの強い懸念を表明いたします。
※診断結果発表時の説明
最終更新:12月14日(水)14時9分

女性セブン 2012年1月5・12日号<ご自身の体調より愛子さまの“いじめ問題”優先した雅子さま>編集

http://www.news-postseven.com/archives/20111226_77016.html
ご自身の体調より愛子さまの“いじめ問題”優先した雅子さま
2011.12.26 07:00
2010年3月初めから突然、学校を休まれていた愛子さま。
「(愛子さまと)同じ学年の別の組に乱暴なことをする児童たちがおり、宮さまを含め他の児童に乱暴をしていることが(不登校の)理由と判明いたしました」
3月5日、野村東宮大夫の定例会見で明らかになった愛子さまへの“いじめ問題”。このとき雅子さまの胸中に、母親としてわが子を守らなければならないという、切実な思いが幾度も去来したことは想像に難くない。
3月8日、“いじめ問題”が明るみとなってから初めて愛子さまが登校されたのだが、その傍らには、ぴたりと寄り添われる雅子さまの姿があった。これが“同伴登校”の始まりだった。
「当初、雅子さまの同伴登校は登下校に付き添われるだけでなく、折りたたみの椅子を持ち込んで、教室の後ろで授業を見守られたり、給食の時間には、貴賓室でおふたりで昼食をとられるなど、一日中、学校に滞在されていました」(学習院関係者)
雅子さまは、ご自身の体調よりも何より愛子さまを優先された。そして、同伴登校開始から1か月が過ぎたころ、雅子さまの表情が陰りを帯びるようになっていく。
「愛子さまのことを心配されて精神的におつらいのと、毎日、学校に付き添われるのはご自身も病気を抱えられる身で肉体的にもきつく、負担も大きかったのでしょう」(前出・学習院関係者)
そんななか、4月下旬に行われた定例会見で、野村一成東宮大夫がこんな発言を。
「雅子さまが愛子さまの付き添いをされていることで相当なお疲れがあろうかと思う」
それを裏付けるように、前年は出席された「みどりの愛護のつどい」を、雅子さまは欠席された。こうして日を重ねるごとに、雅子さまの頭の中は、愛子さまでいっぱいになられた。
「雅子さまは、東宮御所だけではなく、夏休みに滞在される那須や愛子さまのアイススケートの練習にも、仲良しのお友達を呼ばれるなど、“すべてが愛子さまのために”と腐心されました」(宮内庁関係者)
ご公務はもちろん、それまで治療の一環としてされていた私的外出すらもなくなった雅子さま。そんななか2010年11月には、久しぶりのご公務となる「児童福祉文化施設文化祭」出席が予定されていたが、結局、体調不良を理由に欠席され、周囲を落胆させた。
そんな雅子さまのお姿に、心を痛めたのが、2008年4月から愛子さまの養育専任の東宮女官を務めていた小山久子さんだった。
「愛子さまの登校に毎日のように同伴される雅子さまに、小山さんは状況を冷静に分析した上で、“付き添いをおやめになられては”と進言したといいます。しかし、雅子さまは耳を傾けられることはなく、小山さんは“自分がいる意味がない”と嘆いていたそうです」(前出・宮内庁関係者)
※女性セブン2012年1月5・12日号

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