FANDOM


皇室御一行様スレでは以前から「友脳」のあだ名でお馴染みの、元女湯盗撮カメラマンにしてフリージャーナリストを名乗る友納尚子が『週刊文春』2012年6月14日号から2014年4月3日号まで連載していた「ザ・プリンセス雅子妃物語」のこと。連載自体は2014年4月3日号で区切りがついているが、その後2015年に入っても「最新版」「特別編」という形でだらだら書き連ねたものが週刊文春に掲載されている。

「この雅子らの行動について、まるで現場で見ていたかのようなやたら細かい記述はいったい何だ? 数十年前の出来事について、やたら細かい描写や台詞一つ一つの記憶力がありすぎでは? 情報ソースは雅子本人か小和田恒優美子からではないか?」と思わずにいられない完全雅子寄りの露骨な擁護記事であることが最大の特徴であり、殊に優美子臭が強いことからプリンセス・ババン→プリババとの呼称が定着している。

全文検索はこちら


友納尚子連載プリババ一覧編集

これ以外の友納尚子署名記事については【友納尚子】の項を見られたい。
週刊文春 2012年6月14日号 ご成婚20年目ザ・プリンセス雅子妃物語 第1回 初公開エピソードで綴る素顔 幸せの黄色いワンピース

たくあん】、【甲の肉】、【ジョーズのテーマ】、【皇太子・小和田雅子婚約内定記者会見】、【言質

週刊文春 2012年6月21日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第2回 婚約会見のかすかな不安

たくあん】、【皇太子・小和田雅子婚約内定記者会見】、【言質】、【THE_WORLD_OF_SHINTO

週刊文春 2012年6月28日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第3回 我慢強く、聞き分けのいい子だった

錦鯉】、【御婚約晴れ姿、お扇子ド真ん中挿し事件】、【一足遅れのクリスマスカード】、【野村一成】、【浜尾実
「雅子さまの成長は周囲が驚くほど早かった。首が据わったのは三ヶ月、歩き始めたのは一歳に満たず、一歳を過ぎたころから片言を話し始めた」←いやそれは全然早くない、ごく普通のありふれた子供の成長ですww

週刊文春 2012年7月12日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第4回 ニューヨーク、初めてぶつかった壁

浴衣
※本来、週刊文春 2012年7月5日号に第4回が掲載予定だったが、<紀子さまご結婚22周年 秋篠宮家「過酷すぎる職場」 10年間で職員10人以上が交代>=秋篠宮家sage記事を急遽押し込んだ煽りを受けてか、1週遅れの12日号掲載になっている。

週刊文春 2012年7月19日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第5回 帰国子女の憂鬱

伝蓋】、【しかいし

週刊文春 2012年7月26日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第6回 カメレオンとハツカネズミ

伝蓋】、【樽ネズミ

週刊文春 2012年8月2日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第7回 「生物クラブ」顧問の回想

伝蓋】、【プッチー】、【剥製作り

週刊文春 2012年8月9日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第8回 三番小和田雅子、背番号8

伝蓋】、【ソフトボール部】、【原田治明】、【小和田毅夫】、【あだ名】、【ダーツ目】、【いたずら

週刊文春 2012年8月30日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第9回 新たなる旅立ち、再びアメリカへ

伝蓋】、【ソフトボール部】、【プッチー】、【1級位の実力】、【ナンシー雅子】、【ダーツ目】、【土川純代

週刊文春 2012年9月6日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第10回 ハイスクール、あだ名は「ブレーン(脳)」

ブレイン

週刊文春 2012年9月13日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第11回 雅子さんと双子の妹たち

礼節姉妹】、【ペアルック】、【Madeleine】、【しょっちゅう会ってるシリーズ】、【学歴ロンダリング

週刊文春 2012年9月20日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第12回 雅子さんのハーバード「白熱教室」

学歴ロンダリング】、【小川東洲】、【お姫さま

週刊文春 2012年10月4日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第13回 「父娘二代外交官」に取材殺到

学歴ロンダリング】、【小川東洲】、【コンクリ御殿】、【ウインナー炒め

週刊文春 2012年10月11日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第14回 ひそかに推挙された「お妃候補」

テファニー】、【恒久子

週刊文春 2012年10月18日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第15回 浩宮さまとの初めての出会い

おえらいの?】、【恒久子

週刊文春 2012年10月25日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第16回 記者の尾行が始まった

恒久子】、【賀陽さん

週刊文春 2012年11月1日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第17回 「お妃候補」を固辞した雅子さん

指差し恫喝】、【コンクリ御殿

週刊文春 2012年11月8日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第18回 「“名刺を出しなさい”事件」の真相

チッソ】、【指差し恫喝】、【フンドシを締め直して】、【ショコラ】、【コルマール

週刊文春 2012年11月22日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第19回 宮内庁も驚いた完全否定会見

学歴ロンダリング】、【微熱】、【土川純代

週刊文春 2012年11月29日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第20回 デスクに専門書とぬいぐるみを並べて

土川純代】、【医師団見解

週刊文春 2012年12月6日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第21回 皇太子妃選定「極秘会議」

チッソ】、【土川純代

週刊文春 2012年12月13日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第22回 皇太子と5年ぶりの再会

チッソ

週刊文春 2012年12月20日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第23回 鴨場のプロポーズ

ワゴン車

週刊文春 2012年12月27日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第24回 「わたくしでよろしいのでしょうか」

ワゴン車】、【言質】、【土川純代】、【あだ名】、【小川東洲】、【一足遅れのクリスマスカード】、【ジョーズのテーマ

週刊文春 2013年1月17日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第25回 ご成婚 雅子さんのいちばん長い日<第一部完結>

言質】、【たくあん】、【指差し恫喝】、【ハマナス】、【ショコラ

週刊文春 2013年2月7日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第26回 「新皇太子妃」に差す影

食卓】、【ゼニゴケドレス

週刊文春 2013年2月14日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第27回 「居眠り事件」と皇室バッシング

居眠り】、【予定時間オーバー】、【ショコラ】、【ケータリング】、【静養】、【小和田毅夫】、【スライド

週刊文春 2013年2月21日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第28回 長引く風邪と「懐妊説」

小和田毅夫】、【微熱?

週刊文春 2013年2月28日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第29回 皇太子の怒り、妃殿下の悩み

微熱?】、【ふっくら】、【言質】、【距離】、【基礎体温

週刊文春 2013年3月7日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第30回 喜びと哀しみの中東訪問

居眠り】、【静養】、【ドタキャン】、【アハージージュ】、【死海

週刊文春 2013年3月14日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第31回 阪神大震災と「不妊」

死海】、【基礎体温】、【私の友達にそんなことを言う人は一人もいません】、【ふっくら

週刊文春 2013年3月28日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第32回 カレーライスと大江健三郎
ふっくら】、【籠の鳥】、【静養

週刊文春同号巻末コーナー「読者より」にて<雅子さま、自分らしく輝いて>なる読者投稿掲載:
「ザ・プリンセス雅子妃物語」を読み進めることで雅子さまが現状に至るプロセスが理解できた。私たちの抱える今日的課題(うつ病・子供の不登校・家族関係等)を東宮家が共に引き受け、共に闘って下さっているのでは……と不思議な気持ちになる。友納尚子氏のきめ細やかな取材力に感謝する。雅子さま、いつまでもお待ちいたします。あなたがあなたらしく輝く時がくるその日まで。(長野・渡辺久美子・元教諭・59)

週刊文春 2013年4月4日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第33回 「初の単独会見」削られた二文字

脳内モルヒネ】、【けれども】、【法則

週刊文春 2013年4月11日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第34回 長官が尋ねた「お身体のこと」

ピッピとまり】、【基礎体温】、【死海

週刊文春 2013年4月18日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第35回 深まる溝と「ご懐妊デッドライン」

運転免許証】、【バラバラ】、【ピッピとまり】、【籠の鳥】、【宮内庁職員組合文化祭

週刊文春 2013年4月25日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第36回 長野オリンピックと「宅配ピザ」

剥製作り】、【ハグ】、【ピザ】、【堤治】、【子供を産める身体

週刊文春 2013年5月2・9日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第37回 本格的な治療の始まり

堤治】、【ピッピとまり】、【クワガタクワガタ】、【プラチナフルート】、【ジョルダン】、【礼節姉妹】、【ベルギー訪問

週刊文春 2013年5月16日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第38回 朝日スクープ「懐妊の兆候」

ベルギー訪問】、【基礎体温】、【堤治

週刊文春 2013年5月23日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第39回 雅子さまの心を折った「厳しい叱責」

ベルギー訪問】、【静養】、【夏バテのようなもの】、【化学的流産

週刊文春 2013年6月6日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第40回 37歳の岐路「わがまま批判」と「高齢出産」

夏バテのようなもの】、【静養】、【礼節姉妹】、【スケート】、【引き馬】、【堤治】、【湯浅利夫

週刊文春 2013年6月13日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第41回 愛子さまご誕生までの全舞台裏

堤治】、【タバコ

週刊文春 2013年6月20日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第42回 愛子さま誕生「生まれてきてくれてありがとう」

雅子の(゚Д゚)ハァ?な発言シリーズ】、【鍋料理特集】、【小和田優美子】、【駅弁抱っこ

週刊文春 2013年6月27日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第43回 悲痛――高円宮さまの急逝

恒久子】、【10年目】、【外国行かせろ会見】、【雅子の(゚Д゚)ハァ?な発言シリーズ

週刊文春 2013年7月4日号  ザ・プリンセス雅子妃物語 第44回 「第二子」への希望と絶望

Like you!】、【湯浅利夫】、【堤治

週刊文春 2013年7月11日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第45回 涙が止まらない

礼節姉妹】、【ケータリング】、【林田英樹】、【湯浅利夫
同号で記されている「メキシコ大統領への皇族メンバー紹介で雅子が飛ばされた事件」は、『週刊文春』2013年8月10日号ザ・プリンセス雅子妃物語 第48回、また『週刊文春』2014年11月13日号「友納尚子緊急寄稿」記事にも再び記されることになるのだが、それに対し、2014年11月13日宮内庁名義で「念の為2003年10月にメキシコ大統領を国賓としてお迎えした際の宮中晩餐での御紹介の状況につき,当時皇太子妃殿下の次に控えておられた秋篠宮殿下に伺ったところ」そのような事実はないと抗議文書発表。
後節参照

週刊文春 2013年7月18日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第46回 「秋篠宮家に第三子を」発言の衝撃

湯浅利夫】、【林田英樹】、【私、皇太子妃を辞めます】、【しょっちゅう会ってるシリーズ】、【食卓】、【静養】、【運転免許証

週刊文春 2013年7月25日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第47回 「人格否定発言」初めて語られる真相

静養】、【湯浅利夫】、【林田英樹】、【足慣らし

週刊文春 2013年8月1日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第48回 雅子さまの「人格を否定」したのは誰か?

湯浅利夫】、【外国行かせろ会見】、【私、皇太子妃を辞めます】、【産後の肥立ち
同号で記されている「メキシコ大統領への皇族メンバー紹介で雅子が飛ばされた事件」は、『週刊文春』2013年7月11日号ザ・プリンセス雅子妃物語 第45回で既出、また『週刊文春』2014年11月13日号「友納尚子緊急寄稿」記事にも再び記されることになるのだが、それに対し、2014年11月13日宮内庁名義で「念の為2003年10月にメキシコ大統領を国賓としてお迎えした際の宮中晩餐での御紹介の状況につき,当時皇太子妃殿下の次に控えておられた秋篠宮殿下に伺ったところ」そのような事実はないと抗議文書発表。
後節参照

週刊文春 2013年8月8日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第49回 「人格否定発言」が火を付けた愛子さまバッシング

不本意】、【死ぬのを待っている】、【籠の鳥】、【ネ、ペ】、【林田英樹】、【福迫美樹子】、【大野裕

週刊文春 2013年8月15日・22日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第50回 秋篠宮から皇太子「人格否定発言」への苦言

大野裕】、【おむずかり】、【不本意】、【医師団見解

週刊文春 2013年9月5日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第51回 天皇から皇太子夫妻への苦言

岩井克己

週刊文春 2013年9月12日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第52回 皇太子はなぜ「謝罪会見」をしたか

外食】、【静養】、【不死鳥】、【準公務】、【ドタキャン】、【小川東洲

週刊文春 2013年9月19日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第53回 「愛知万博」真夏の強行スケジュール

ロー・ノルトの詩】、【ドタキャン】、【しょっちゅう会ってるシリーズ】、【医師団見解】、【羽毛田信吾】、【マンモス療法】、【モリコロ無視

週刊文春 2013年9月26日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第54回 ついに公表された「東宮医師団の見解」

モリコロ無視】、【大きなジャンプ】、【準公務】、【お慎みの日】、【東宮職医師団】、【医師団見解】、【お医者様】、【ライフワーク

週刊文春 2013年10月3日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第55回 最初で最後のディズニーランド

TDR】、【東宮職医師団】、【医師団見解】、【選り好み】、【ご会釈】、【江頭2:47】、【同日シリーズ】、【携帯電話】、【礼節姉妹】、【しょっちゅう会ってるシリーズ

週刊文春 2013年10月10日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第56回 「オランダ静養」をめぐる攻防

TDR】、【木乗せ】、【】、【国連大学】、【股間バッグ】、【野村一成】、【オランダ静養】、【東宮職医師団

週刊文春 2013年10月17日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第57回 「悠仁さまご誕生」急転する運命

オランダ静養】、【シャネル足】、【大野裕】、【ツボ押し】、【ドタキャン】、【長い目】、【やめろよ】、【準皇族】、【フラッシュバック

週刊文春 2013年10月24日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第58回 天皇「愛子に会えない」発言の波紋

病弱】、【チッソ】、【着袴の儀】、【これは中国の犬ですか】、【ゴキブリ】、【便本

週刊文春 2013年10月31日秋の特大号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第59回 問題の書「プリンセス・マサコ」

便本】、【ご会釈】、【ドタ出】、【ドタキャン】、【岩井克己

週刊文春 2013年11月7日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第60回 天皇発言「私的に外国へ行ったことはない」

便本】、【不死鳥】、【礼節姉妹】、【電車でGO!】、【ロケ】、【オランダ静養】、【健康診断】、【ポ様】、【出前療法

週刊文春 2013年11月14日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第61回 「遊んでばかり」批判が高まる

遊び過ぎ】、【電車でGO!】、【静養】、【夏祭り】、【大食い雅子さま】、【八大行啓】、【ドタ出】、【ドタキャン】、【しょっちゅう会ってるシリーズ】、【ペアルック】、【外食】、【FDK
<引きこもらず、外に出ての日常生活が回復に必須なのは言うまでもない(原文ママ)が、気軽にどこへでも行けないのが雅子妃のお立場。慎重に手配したこうした外出が「公務を休んでいて高級レストランとは何事か!」という短絡的な批判に結びつく。なかでも12月28日の「ロオジエ」での会食は“深夜の饗宴”とまで言われた。>なる雅子擁護論調が認められいる当記事であるが、その雅子ロオジエディナーお楽しみ批判記事を掲載したのは『週刊文春』2008年1月17日号<雅子さま三つ星レストランロオジエ深夜の饗宴を許した東宮職の「見識」>である。文句は週刊文春編集部内で言ってもらいたいものである。

週刊文春 2013年11月21日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第62回 宮内庁幹部から皇太子への苦言

医師団見解】、【治療の一環】、【外食】、【小和田家おせち事件】、【八大行啓】、【ドタ出】、【ドタキャン】、【プライベート】、【節電節水】、【健康診断

週刊文春 2013年11月28日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第63回 「東宮への最終通告」の衝撃

静養】、【ドタキャン】、【ドタ出】、【同日シリーズ】、【ガッテシー】、【】、【東宮職医師団】、【健康診断

週刊文春 2013年12月5日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第64回 五年ぶりの宮中祭祀

プライベート】、【礼節姉妹】、【大野裕】、【頑張り過ぎ

週刊文春 2013年12月12日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第65回 雅子妃が反対した「医師団の見解」

医師団見解】、【予定時間オーバー】、【福迫美樹子】、【小山久子】、【筒井美奈

週刊文春 2013年12月19日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第66回 愛子さまが学校に行かなくなった日 「不登校問題」への苦悩が初めて明らかに

不登校】、【病弱】、【ひざかけ】、【死海】、【ドタ出】、【医師団見解】、【負担】、【ライフワーク】、【給食】、【下駄箱】、【愛子さまが怖いと言ったら怖いんだ

週刊文春 2013年12月26日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第67回 「愛子さま不登校」学習院と東宮―食い違う説明

不登校】、【小山久子】、【野村一成】、【愛子さまが怖いと言ったら怖いんだ

週刊文春 2014年1月2日・9日新年特大号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第68回 愛子さま「登校お付き添い」の真実

不登校】、【給食】、【下品室】、【下駄箱】、【向精神薬】、【ダッシュ】、【お慎みの日】、【夏祭り】、【礼節姉妹】、【のび太君】、【スケート】、【同日シリーズ】、【八大行啓】、【かまぼこ事件

週刊文春 2014年1月23日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第69回 東日本大震災その時「東宮」は

東日本大震災】、【不登校】、【夏祭り】、【小山久子】、【ハクションさん】、【うっかり】、【愛子さまが怖いと言ったら怖いんだ

週刊文春 2014年1月30日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第70回 被災地で、言葉もなく

東日本大震災】、【コンソメスープ】、【節電節水】、【お慎みの日】、【不登校

週刊文春 2014年2月6日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第71回 山中湖「校外学習」お付き添い

山中湖事件】、【不登校】、【治療の一環】、【野村一成】、【小町恭士】、【筒井美奈】、【霜鳥加奈】、【東日本大震災】、【かまぼこ事件】、【雅子の(゚Д゚)ハァ?な発言シリーズ】、【長い目】、【KZD】、【ゴキブリ

週刊文春 2014年2月13日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第72回 異様な母子と呼ばれて

FDK】、【山中湖事件】、【ゆり】、【病弱】、【出前療法】、【東日本大震災


参考:週刊文春 2011年10月6日号<東宮大夫「大荒れ会見」をスッパ抜く!雅子さま愛子さま校外学習に宮内庁記者が「税金泥棒」「異様な母子」 >中吊り記事

週刊文春 2014年2月20日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第73回 「東宮職医師団」のマスコミ批判

東宮職医師団】、【医師団見解】、【大野裕】、【同日シリーズ】、【礼節姉妹】、【しょっちゅう会ってるシリーズ】、【野村一成】、【マネジメント】、【カーテンシャー

週刊文春 2014年2月27日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第74回 治療九年、回復の兆しは

東宮職医師団】、【複数回の準備】、【国連大学】、【授業参観】、【大野裕

週刊文春 2014年3月6日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第75回 医師vs.医師、治療を巡る対立

大野裕】、【ドタ出】、【礼節姉妹】、【しょっちゅう会ってるシリーズ】、【医師団見解】、【オランダ静養

週刊文春 2014年3月13日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第76回 オランダ訪問「早く返事を」の謎

大野裕】、【オランダ静養】、【選り好み】、【籠の鳥

週刊文春 2014年3月20日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第77回 被災地訪問とご回復の兆し

復帰】、【長い目】、【東日本大震災】、【ロケ】、【決意

週刊文春 2014年3月27日号55周年記念号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第78回 学習院で浮かべた涙

ドタ出】、【八大行啓】、【復帰】、【不登校

週刊文春 2014年4月3日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 終章(=第79回、最終回) 悲劇を乗り越えて明日へ

】、【作文

週刊文春 2014年10月30日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 特別編 愛子さまの「反抗期」と雅子さまの葛藤

左手】、【成績表】、【不登校】、【病弱】、【愛子の( ゚д゚)ポカーンな発言シリーズ】、【恒久子】、【食卓】、【モップ姫】、【胸倉掴み]】、【TDR】、【スライド
「コツコツコツゴシゴシサッサッサッ――」「ピッピピッピピピピピ」がお勧め閲読ポイントである。

週刊文春 2014年11月13日号 雅子さま“復活の笑顔”-「晩餐会」直前に掛けた一本の電話(ジャーナリスト友納尚子 緊急寄稿)

オランダ静養】、【不登校】、【静養】、【引き馬】、【フラッシュバック
既出である週刊文春 2013年7月11日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第45回週刊文春 2013年8月10日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第48回そして同号で記されている「メキシコ大統領への皇族メンバー紹介で雅子が飛ばされた事件」に対し、2014年11月13日宮内庁名義で「念の為2003年10月にメキシコ大統領を国賓としてお迎えした際の宮中晩餐での御紹介の状況につき,当時皇太子妃殿下の次に控えておられた秋篠宮殿下に伺ったところ」そのような事実はないと抗議文書発表。
後節参照

『ザ・プリンセス 雅子妃物語』文藝春秋 2015年1月28日

「皇太子妃を辞めなくてはなりませんね」
ご病気の直前、追い詰められたあまりに雅子妃はそう訴えた――
初めて明かされる衝撃のエピソード(プリババ帯煽り文句)


巻末によると、単行本化にあたって再構成と大幅な加筆修正を行ったそうだが、
>正殿「松の間」で主催の両陛下から皇族方を順番に紹介されるのが儀礼となっていた。
のとこがシレッと「松風の間」に直っていたのに陛下ガーのとこはそのまんま≪Part2922-496奥様ご指摘≫
後節参照

週刊文春 2015年4月23日号 ザ・プリンセス雅子妃物語最新版 雅子さま「11年半ぶり園遊会」への期待高まる
週刊文春 2015年7月16日号 ザ・プリンセス雅子妃物語特別編 雅子さま「トンガ訪問」ご夫婦の時間


いろんなツッコミどころ編集

数十年前の小和田家、また東宮御所内のことについてやたら些細なことまで細かすぎる描写ができる不思議な友納プリババ編集

1993年1月19日皇太子・小和田雅子婚約内定記者会見に着て行くワンピースをノリノリで選ぶ小和田一家の光景ww→第1回

 ソファの上に並んでいたのは、急いで仕立てられた絹の二着のワンピース。ひとつは淡いピンク、もうひとつは、レモンイエローだった。ワンピースのデザインはどちらも同じで、襟なしで腰のところで切り替えがあった。
 来客によると「同じデザインなのに色が違うだけで、とても雰囲気が違って見えた」という。
「どちらの色もいいわねぇ」
 いつも明るい礼子さんは、まるで自分のことのように声を弾ませていた。優美子さんと角田さんも頷いたり、笑ったりしていたという。
 いつまでたっても決まらないやり取りの途中で、節子さんも顔を見せたが、姉たちの様子に微笑みながら、そっと通り過ぎたという
 一度、別室に行った雅子さんがピンクのワンピースを試着し登場した。皆が「とてもお似合いね」と見惚れる。はにかむ雅子さんに皆が黄色のワンピースも着るように勧めた。
 別室で着替えた雅子さんに優美子さんが、「黄色もいいわね。春らしくて、希望の色という感じね」と語りかけたという。
 そこへ父親の外務省事務次官の恆さん(60)が帰宅した。すかさず礼子さんが、
「お父さまは、どちらが似合うと思う?」
 と声を掛けると、最初恆氏は照れ笑いしながら通り過ぎようとした。
 しかし追い打ちをかけるように、礼子さんが「ねえ、どちらがいいと思う?」と聞くと、恆氏は困ったような恥ずかしいような微妙な顔をして、「いま着ている黄色の方でいいんじゃないのかな」と答えた。
 雅子さまは、その言葉を聞いて「黄色にするわ」と輝く笑顔を見せて言った。

「(編入生小和田雅子に付き添いできた母・優美子について)いつも普段着で来る自分たちの母親とはちがうスタイルに、男子たちは『まるで外国人みたい』といってました」:原町小学校同級生証言に名を借りた優美子美化臭い箇所 →第5回
ある日、校庭で遊んでいたとき、雅子さんに友だちが、「アメリカでハンバーガーを食べた?」と例によって質問した。すると雅子さんは、

「うーん、食べないよ、だって私は日本人だもん! でもベーグルならあるかなあ。あれは真ん中に穴が空いているからねえ、作る途中でネズミが齧っちゃったのかも」
 とネズミが齧る物真似をした。 →第5回

雅子さんは、制服の採寸をする少しの間、優美子さんの陰に隠れるようにスリップ姿で待っていた。そこにもう一人、スリップ姿の女の子が現れた。同じく田雙に編入することになっているというその子は、雅子さんに、「こんにちは。仲良くしようね」とやさしく言った。雅子さんも「ありがとう。こちらこそ、宜しくね」と微笑んだ。→第6回
旅行から帰った雅子さんが、新しい宝物をしまったところ、優美子さんから小さな箱を手渡された。雅子さんが首を傾げて、「お母さま、これなあに?」と言うと、優美子さんは自分の宝物箱だという。そして、開けてごらんなさい、と促された。箱の中にあったのは、絹布に包まれた田雙の校章だった。それは二十年以上も前に、優美子さん自身が付けていたものだった。→第6回
「お父さま! お父さま! 大変よ。家の前に沢山のカメラマンがいるの!」と叫んで、そのまま土間にへなへなと座り込んでしまったといわれている。→第17回
雅子妃殿下は、朝陽が射す机に座られて、一日の始まりのお気持ちをノートに書きとめられることがあるという。→第62回
二階のご自分の部屋で身支度をされた制服姿の愛子さまは、一階のリビングダイニングルームから静かに流れるクラシック音楽に招かれるように、階段を降りて来られた。「おはよう」 テーブルクロスが掛かった丸い食卓テーブルに雅子妃殿下が座っておられ、愛子さまは声を掛けられた。雅子妃は振り返られて「あら、早いのね」と、愛子さまの緊張をほぐすように少しおどけられた。→第79回
東京・元赤坂の東宮御所の二階にある愛子内親王の十畳ほどの部屋は、深夜十二時を過ぎても灯りがついたままだった。コツコツコツゴシゴシサッサッサッ――勉強机に向かわれている愛子さまが左手のシャープペンシルで書いた文字を消しゴムで消して、カスを右手で払われる。その仕草はどこか規則的なようでもあった。静寂な時間の中で、こうした音だけが響いていた。ベッドに並べられた動物のぬいぐるみたちが、愛子さまの姿を見守っているかのようだった。・・中略・・(雅子妃殿下は)別の部屋で耳を澄ませて、時間を気になさりながら、一体何時になったら床につくのだろうと、浅い眠りを続けていた。→週刊文春2014年10月30日号特別編
朝、愛子さまが起床される時間には、いつも通りに目覚まし時計はピッピピッピピピピピと鳴る。→週刊文春2014年10月30日号特別編
最終的に、皇太子がトンガ行きを促されると雅子妃は「行けるでしょうか」と笑って応えられたという。
トンガ行きを伝えられた愛子さまは、さりげないご様子で「良かったね」と笑顔を浮かべられた。→週刊文春2015年7月16日号特別編
(補足:トンガ公式訪問の2015年7月)五日の朝、雅子妃は初めて二階奥のスイートルームの窓を開けられた。海風と木々の香りを胸いっぱいに吸い込まれたのだ。→週刊文春2015年7月16日号特別編 


東宮御所内、また何十年も前の小和田家内のやたら些細なことまで細かすぎる描写ができる友納尚子先生の不思議記事については、【タヌキ】【為せば成る、為さねば成らぬ何事も】【ウインナー炒め】【給食】も参照されたい。

斯様にやたら些細なことまで細かすぎる描写ができる友納尚子プリババが、敢えて記事に書かず隠蔽していると考えられる事柄編集

蟻を踏み潰した同級生を小和田雅子が非難していることは書いているくせに、雅子が自分の尻で虫を押しつぶして、それを「【押し虫】ね」といって笑ったこと
カトリック系列である田園調布雙葉学園中学校の夏休み宗教合宿における【ホスチア】盗み食い事件
一人ひそかに大洋ホエールズグラウンドまで【長崎啓ニ】選手を応援に行っていた雅子、田園調布雙葉時代の友人・原久美を川向こうのグラウンドに連れて行き「こちら大洋の長崎さん」と紹介する事件
田園調布雙葉高校の【ソフトボール部】合宿で部員たちと対立、雅子が一人勝手に合宿を抜け出し帰ってしまい、後日母優美子がアイス持参で謝罪事件
高校で渡米した小和田雅子と文通を続けていた田園調布雙葉時代の友人【原久美】に対し「こちら(ハーバード大)の優秀な学生についていくには一日十数時間勉強しなければならない。もう返事は書けない」と雅子が文通拒否
デビッド・カオ】とのあれこれ
原田治明】とのあれこれ
学士入学した東大法学部在学中の1986年10月、同級生岡田直樹氏の案内による金沢旅行。【金箔箪笥】参照。
小和田雅子&父・恒のマイカー通勤内規違反事件。【運転免許証】参照。
徳仁の結婚プロポーズ受け入れ前の時期、異例の予算無視で取り寄せフレッシュフォアグラ使用のロッシーニステーキや伊勢海老料理やフカヒレ料理を小和田雅子のために饗した、東宮御所で複数回開かれていた徳仁雅子夕食会。【大膳】【殿下の料理番】【大食い雅子さま】参照。
外務省同僚の上田奈生子さんに、「ネズ母さん」「(飼い犬と同じ)ショコラ」という【あだ名】を着けていたこと→第24回
田崎真珠】ネックレス事件
金箔箪笥】事件
1993年7月20日明治神宮参拝、ドレスの裾踏ん付け事件→第27回
雅子のお召し物当たり屋シリーズ
1999年12月雅子妊娠初期の【ベルギー訪問】におけるグルメ旅行と飲酒→第38回
スペイン・フェリペ王子訪問時の雅子うっとり【ハグ】→第36回
堤治】教授が「雅子さまは妊娠中も【タバコ】を辞めなかったんだ(『テーミス』2004年7月号 原文ママ)」などと語ったという件→第41回
2001年12月1日敬宮愛子ちゃん誕生にあたって両陛下から引き継がれた【ベビーベッド】の存在
2001年12月1日雅子第一子出産・東宮家内親王誕生特集番組を組んだTV局は軒並み視聴率を稼げず惨敗、【鍋料理特集】を放送したテレビ東京一人勝ちという結果。一応マスコミ業界人である友納尚子が知らないはずがないが、きれいさっぱり隠蔽→第42回
2001年12月1日小和田恒・優美子夫妻会見にて、優美子発言「新宮さまも大変にお可愛らしい赤ちゃんでいらっしゃいまして」と記し、オリジナル【赤ちゃま】発言をせこく隠蔽捏造→第42回
2002年4月2日愛子誕生後初会見での雅子発言「生まれてきてありがとう」を、「生まれてきてくれてありがとう」とせこく隠蔽捏造→第42回、第79回
2002年12月17日豪シドニー小児病院(Sydney Children's Hospital)訪問について隠蔽。自ずと当病院で雅子が起こした【Like you!】事件も隠蔽→第44回
2004年4月24日八大行啓の一つ、第15回全国「みどりの愛護」のつどい、徳仁は独りぼっちで吉野ヶ里歴史公園を視察。この公務で徳仁が式典最中に突然泣き出し、周囲を驚かせる事件発生。また皇居・御所での夕食会で徳仁が母美智子皇后の手を握って泣いたといったエピソードもあり、徳仁の「苦悩」描写アピールにはうってつけの材料だが、友納プリババは隠蔽。【浩宮徳仁伝説】参照。→第47回
サーヤの【御宿かわせみ】事件
徳仁幼稚園時代の通園バッグのデザインなんてどうでもいい情報を書いているくせに、【オランダ静養】画策中に徳仁雅子と両陛下との関係良好をアピールする狙いの【ホタル鑑賞会】すったもんだを完全隠蔽→第56回
オランダ静養における、ベアトリクス女王陛下からのご招待「緑の竜」ヨットクルーズを雅子愛子【ドタキャン】、またオランダで小和田家家族と会っていたことを完全隠蔽→第57回
2006年11月11日には愛子【着袴の儀】ニュースが報じられたのだが、、陛下ご発言に絡めてほんの少し触れただけで、内容については友納プリババ完全隠蔽。東宮家一人娘内親王の成長の節目となる重要な宮中儀式を全く記述しないのは明らかに異様である。→第58回、第59回
2008年2月徳仁誕生日発表用東宮一家映像撮影会での愛子股間【スティッキー】事件→第62回
2009年3月6日WBC観戦では本来5回裏終了時までだったのを、『ご夫妻が再三、「もう1イニング」、と延長を希望され』て7回まで引っ張ったという予定時間オーバー事件が発生しているのだが、友納プリババは隠蔽。→第65回
2013年8月20日仙台市宮城野区「岡田生産組合」味噌加工工場視察、白衣・帽子無しの仮設住宅視察と同じそのままの格好で、そもそも8月にはあり得ない「みそ仕込み」の麹室に入りこんでしまう徳仁雅子はメディアでかなり大きく問題視されたのだが、友納プリババは隠蔽。【ロケ】参照。→第77回
2014年10月12日学習院初等科運動会でやり直し実施となった「むかでリレー」で最下位となり、小学6年生の愛子は「悔しさを噛みしめながらも皆で励まし合う」どころか一人だけわんわん大号泣事件を起こしているのだが、友納プリババは隠蔽。【おむずかり】参照。→第78回
愛子の初等科時代には「廊下に寝転んで遊ぶ」「突然体育の時間に同級生を背負って校庭を走り回る」「同級生に胸倉掴みをする」「長い手足で壁に男子を押さえつける」「男の子の頭を後ろから腕で挟む」といった、「どちらかというと大人しいご性格」とは到底かけ離れすぎなエピソードが記事になっており、それらについては東宮職からの抗議すら行われていない。【モップ姫】【胸倉掴み】参照。→週刊文春2014年10月30日号特別編
2014年7月に女子中等科一学期期末テストの半分を欠席し、また7月19日終業式にも欠席しているその一方で、7月10日は愛子と男女友人一行で東京ディズニーシーお楽しみ予定があり(欠席した期末試験追試のため中止)、7月17日には富士急ハイランド遊園地愛子ら一行お楽しみを実行しているのだが、これらについてプリババ友納で完全隠蔽。【TDR】【のび太君】参照。→週刊文春2014年10月30日号特別編

以下確認中


友納プリババが「それは誤りだった」「だがあらためて取材してみると、この~はなかった」「だが、それは事実ではない」等々と完全否定している事柄編集

1986年10月18日スペインのエレナ王女パーティで浩宮と会った小和田雅子、帰宅後祖母江頭寿々子に「浩宮さまって【おえらいの?】」質問→第15回
1987年10月24日夜、小和田雅子が東宮御所を訪問して浩宮と個人的にご対面。当訪問をその場に在席していた賀陽正憲氏自身が証言→第16回
「しばしば、当初から小和田側も雅子さんと浩宮の交際に積極だったと言われることがある」→第17回
浩宮と小和田雅子が【コルマール】で逢引していたと報じられている件→第18回
1992年3月27日小和田恒が非公式に御所訪問、『最終的にノーということではない』『娘はアメリカ育ちだから殿下のお気持ちのニュアンスは分からないかもしれない』等皇室入りに前向き発言→第21回
1992年8月16日徳仁と小和田雅子が千代田区五番町の柳谷謙介邸でに5年ぶり再会(実は三番町の宮内庁長官公邸だったと友納主張)→第23回
1992年10月2日新浜鴨場での徳仁プロポーズを小和田雅子が断った(とされるが、実は単にはっきり回答していないだけだったと友納主張)→第23回
御料牧場の牛乳は雅子の口に合わず飲まない(これは事実でないと友納主張)→第36回
宅配ピザを注文して食している(それは職員が注文したものだと友納主張)→第36回
那須御用地の外で急遽天体観測をすることにした東宮夫妻、天体望遠鏡を運んだり警備の配置をしたりしたことで、地元警察などから不満の声。「雅子妃のわがままからこのような予定外の仕事が増えたのだと事実ではないことを言う人までいたのだった。」→第40回

急遽やらされることになった仕事は「予定外」になるのが当たり前では???

(2010年4月)新学期が始まり、五月に入っても愛子さまの不規則な登校は続いた。連休明けには通常登校ができるのではないか、というマスコミの期待も叶わなかった。

 毎朝、八時二十分までの登校時間に間に合うことはなかったが、二、三、四時限目から一時限だけ授業に出られて、給食を召し上がらずに下校なさるというパターンだった。愛子さまが登校時間までに学校へ来ることができないのは「ご病気の雅子妃が朝起きられないこともあるのではないか」(宮内記者)といわれたが、事実ではなかった。→第68回

結論的に言えば、(2014年学習院女子中等科について愛子の)「登校拒否」はない。皇族といえども、不登校から時間をかけて立ち直った子どもがちょっと学校を休んだり、遅刻したりしただけで、不登校が“再発”したなどとは、あまりに心無いのではないか。→週刊文春2014年10月30日号特別編

以下確認中

雅子がいかに酷い目に遭ったかを強調するプリババ記事にて、実名を挙げられ雅子の他罰感情の犠牲になった人々編集

皇室御一行様避難所 part55より(参照:【他罰感情】、【天敵】)

136 :可愛い奥様@避難所生活:2013/12/28(土) 15:28:30 ID:TyTndW2c
選択レポ読ませて頂いて、まあ、軽く年末にブチ切れましたね。
レポ奥様によりますと
実名を挙げて 雅子妃がいかに酷い目にあったかと強調する記事、とありました。
余計なお世話ですけどプリババにおける
「その実名を挙げられた方々」を各号一回だけ読んで(複数回はきつい)挙げておきます。まあ、暇つぶしにどぞ。
漏れはあるかもしれないけど。あの文章に耐性がついたのか、40号分、ざっと続けて読めましたw
明日から正月旅行に出かけてしまうので、今年中にやっておかなきゃいけないような気がしましたんでやっておきます。

第一回 (特になし)
第二回 皇后陛下(雅子入内に対してお力添えをなさった。雅子に入内を涙ながらに頼む)
    曽我侍従(雅子さんは皇太子に自由に連絡する事は出来ず、まず曽我侍従に話さねばならなかった)
第三回 (特になし)
第四回 お手伝いの井上さん(おにぎりのお弁当に箸を入れなかったため、日本人は汚いあっちへ言ってといわれ
    ショックを受けた)

第五回 (特になし)
第六回 (特になし)
第七回  かかりつけの近所の獣医(雅子が「出来れば獣医さんになりたい」と言ったら、「可愛がったりするだけで離れないんですよ、
     医学の進歩のためには動物の命を犠牲にして実験をしなければならない」といわれショックを受けた)
第八回  (特になし)
第九回  (特になし)
第十回  妹(せっかくの西海岸の景色を写真に撮ったのに、妹がフィルムを入れ忘れていた)

137 :可愛い奥様@避難所生活:2013/12/28(土) 15:29:43 ID:TyTndW2c
(続き)ベルモントのクラスメイト(雅子のじれったいはにかむ仕草を真似して皮肉り、クスクスわらってしまったことから
    下を向いたまま何も言わなくなってしまった)
第十一回 小和田恒 (転勤で引っ越しが多かったため異国の様々な苦労をのりこえなければならなかった)
     ダンスパーティーに雅子を誘った皆(晴れがましい席は苦手だった)
     オーウェン・ベーカーとリーサ(寮で同室の女性たち。雅子さんは一日8時間以上勉強したかったのに
     たまには彼女たちと映画や買い物に出かけないといけなかった)
第十二回(特になし)
第十三回(特になし)
第十四回 中川融(故人・元国連大使) 高円宮憲仁
第十五回 高円宮憲仁殿下(雅子に恋心を持った浩宮の相談に再三乗っていた)
第十六回 高円宮憲仁殿下・久子妃殿下
第十七回 いきなりシャッターを切ったマスコミと中川氏
第十八回 外務省の仕事に早く取りかかりたいのにマスコミに追い回される生活はこりごり
第十九回 イギリスまでおいかけてきたマスコミ。著しく体調を崩す。
     外務省。イギリスで修士論文を書き終えたかったのに急遽呼び戻された
第二十回(特になし)
第二十一回(特になし)
第二十二回 柳谷氏と須之部参与(小和田邸に「皇太子の結婚がいかに日本にとって重要であるかを
      電話で再三語る)。藤森長官。千鳥ヶ淵の二階建ての建物での逢い引きをセッティング)
      富田朝彦(藤森の前任者。江頭がチッソの役員をした事を重く見ていた)
第二十三回(特になし)
第二十四回(特になし)
第二十五回(特になし)

138 :可愛い奥様@避難所生活:2013/12/28(土) 15:30:42 ID:TyTndW2c
第二十六回 「晩餐会後の春秋の間でまるで自分たちの披露宴のように妃殿下が各国の首脳たちと
      外国語で話されて目立ってしまう事に違和感があった」と言った宮内庁関係者。
第二十七回 公務中居眠りした事をすっぱ抜いたマスコミ。その雅子妃に「自覚がない」と追いつめた「千代田」。
第二十八回 曽我侍従
第二十九回 太った写真を「すわ!懐妊か?」と騒ぎ立てたマスコミ
第三十回  スケジュール管理すらできない東宮職。夫婦不仲説も出てきてしまい大変傷ついた。
第三十一回 陛下「国民みんなが待っているからね」。坂本医師
第三十二回 鎌倉長官。オフレコ懇談を流出させたマスコミ。
第三十三回 鎌倉長官
第三十四回 特になし
第三十五回 鎌倉長官 曽我侍従 
第三十六回 宮内庁病院(旅s重なる検査が辛かった)
第三十七回(特になし)
第三十八回 鎌倉長官と当時の医師団とマスコミ

139 :可愛い奥様@避難所生活:2013/12/28(土) 15:32:20 ID:TyTndW2c
第三十九回 朝日新聞社。古川大夫。
      主治医(懐妊したかしないかわからないのに無理をしないようにと雅子の斂葬の儀の出席を止めた
      千代田(妃殿下と射手のおつとめを立派にこなされたいという気持ちが強かったのに強く叱責された)
      皇后陛下(ごく簡単なアドバイスを受けたが自分だけが咎められたと解釈し、ショックを受けた)
第四十回  千代田(流産後休む間もなく懐妊を期待した)
      宮内庁(雅子が休んでばかりいるという批判が漏れはじめた)
ふー。半分は出来ましたか…。詳細は
ttp://wiki.livedoor.jp/dosukono/d/ͧǾをあたってくださいw
続きはいつかまた…w

改めて。自分の不手際をお世話になった人たちのせいにして、楽しいの?って連載ですよね。
他罰は40回以降、もっともっと酷くなっていくのは皆様もご存知の通りです。


198 :可愛い奥様@避難所生活:2013/12/31(火) 18:16:14 ID:iwvg1nx6
>>139の続き(お暇なときに、どぞー)

第四十一回  東宮職  (2001年2月末まで正式な産婦人科の専門医を置こうともしなかった)
       坂本医師 (非常に口が軽く、御所にたびたび上がり、両陛下に雅子の様子について報告すらしていた。その度に非常に雅子妃は複雑な思いをしていた)
       宮内庁幹部と両陛下 (7月の定期検診日の著音波検査では内親王とわかっていたが皇太子ご夫妻はご誕生まで知りたくなかったというご希望だったので知らされなかったが
        宮内庁幹部と両陛下は把握していた。宮内庁幹部は落胆していたといわれる)
       曽我侍従(林田氏が東宮侍従長に着任するまで8ヶ月も空白期間をおいてしまった)
第四十二回  産婦人科医の定月みゆきと看護士(雅子妃は愛子出産直後朦朧とした感覚だったのに、お祝いの声をかけて現実に呼び戻してしまった)
       マスコミ (内親王出産後優美子さんの表情がうつむきがちで暗かったと報道した。事実はカメラのフラッシュが眩しかっただけ)
       マスコミ (小和田夫妻のお見舞い良平かより先立った事を報道してしまった。じつはすべて皇室のしきたりに則ったもの。東宮妃の
        ご出産には母親だけは病院に行ってもいいし、優美子さんはきちんと宮内庁の手配した車で病院にはいった。
        ご出産前に恒さんが駆けつけた事も両陛下のお見舞いが翌日医なったのもすべてしきたり通りなのだが、こういった事は知られていないため。)
       千代田 (出産直後の雅子妃に露骨に第二子の話をする)
第四十三回  マスコミ (お忍びで神宮外苑に行ったご一家だったのにそれを囲んでしまい物々しいものになってしまう)
       皇后陛下 (入内後、同じ10年なのに13カ国も訪問されていた。雅子妃の海外訪問はあまりにも少ない)
       雅子妃の周囲 (「何が一番大事なのかわからなかった」ほど親身に相談に乗ったり助言できる存在がいなかった)
       湯浅長官 (雅子妃の言葉を蒸し返した。“そんなに外国訪問をなさりたかったのかと、おどろいた”と発言した。
        “国内の旅行を軽くしてご静養をお取りいただくべき”ということで国内旅行までも規制してはどうかと発言した。
        これまで、妃殿下の発言に対して一役人が釈明する事など一度もなかった。)

199 :可愛い奥様@避難所生活:2013/12/31(火) 18:17:12 ID:iwvg1nx6
        これまで、妃殿下の発言に対して一役人が釈明する事など一度もなかった。)
第四十四回  湯浅長官(外国訪問をあれだけなさりたかったとは驚いている」という発言。雅子妃はずっとその発言の背景を読み取ろうと努力を重ねられた。
       両陛下と秋篠宮ご夫妻と紀宮さま (愛子1歳誕生会の食事愛の後、最後で皆で写真を撮る事になっていたのに翌月に新年用の撮影があるのでそのときに
        一緒に撮ればいいという事になり、雅子妃はその事をとても残念に思っていた。なぜという思いを引きずってオーストラリアに海外公務をしにいかなけれ     
        ばならなかったw
       みなみもと町公園と神宮外苑児童遊園に出かけたときに追いかけた報道陣 (雅子妃は「何度出かけても上手く行かないと落ち込まれた)
       三歳児神話 (愛子さまを守ろうとするあまりに雅子妃はこれに拘りすぎてしまった)
第四十五回  湯浅長官 (定例会見で「やっぱりもう一人は欲しい(長官の第二子発言)」と発言した
       宮内庁幹部 「(東宮夫妻に)世間を気にして欲しい」といらだちを募らせた。
       両陛下(メキシコ大統領フォックス夫妻に雅子を紹介するはずだったのだが、皇太子の次に秋篠宮殿下が紹介されたため、雅子の表情は引きつった。
        雅子妃はこの日、食事にほとんど手をつけられる事がなかった。誕生した子供が女の子だったから、自分は必要ないと感じた。
       これが、療養生活10年以上継続している雅子の病気の一因となる。)
       宮内庁(内科医師か派遣してくれなかった。かれらは心の持ち方次第、治療する間でもないと断じた)
       このときの愛知の地方行啓(一泊での地方公務のスケジュールでは移動が多いものとなってしまった。
       千代田幹部(雅子妃の自覚で直して頂きたいという見方があった)
       湯浅長官 ただでさえた以上方針が完治していない雅子妃に、秋篠宮ご夫妻にも第三子を希望し、更なるプレッシャーをかけた。

200 :可愛い奥様@避難所生活:2013/12/31(火) 18:17:39 ID:iwvg1nx6
第四十六回 林田東宮大夫  (育児に出来る限り関わりたいと考え、過密な公務の日程について雅子妃は何度も訴えたのに聞き入れなかった。)
      湯浅長官  (秋篠宮第三子希望発言。結局、両陛下も愛子の誕生を喜んではいないと雅子妃は感じた)
      宮内庁 (帯状疱疹後の雅子妃があまりに長期間休む事に世間の理解が得られるかどうか気にした)
      宮内庁(軽井沢で長時間欠けて気分転換すれば雅子妃のご病気は自然に治ると考えていた。これが病気を悪化させた。医学的治療が必要だった)
      長野県警(静養先軽井沢にはゴールデンウィークで人が集まるため警備の万全は確約できないと打診した。結局帰京を余儀なくされた)
第四十七回 長野県警(軽井沢療養は一ヶ月では足りなかった)
      東宮職(雅子妃の精神疾患をわがままと表現した)
      湯浅長官(“第三子発言”が皇太子人格否定発言の原因のひとつだった)←??
      林田東宮大夫(皇太子の人格否定発言の直後の収拾もうまくできなかった)
      東宮職幹部(皇太子ご夫妻との意思の疎通が上手く出来ない)
第四十八回 湯浅長官(秋篠宮殿下ご夫妻に第三子をという発言が両殿下をどれほど傷つけたのか理解していなかった。)
      宮内庁(8年も外国訪問を許さなかった。その代わり国内公務で過密なスケジュールを組んだ。ご懐妊をせっついた。
      不妊治療(辛かった)
      皇后陛下と宮内庁?(皇室のしきたりと伝統について必要以上に叱咤された)
      一般人(公園デビューで集まってきてしまい大騒ぎになり上手くいかなかった)
      陛下(例のメキシコ大統領夫妻で紹介飛ばした)
      宮内庁(しょっちゅう両親のいるオランダに電話をし相談する雅子。「実家が関わりすぎている」と批判した) 
      宮内庁(両殿下のご意向を伺う参与を4人増やした。しかし彼らは高年齢で気軽に相談できなかった)

201 :可愛い奥様@避難所生活:2013/12/31(火) 18:18:29 ID:iwvg1nx6
第四十九回 テレビ局のヘリコプター(人格否定発言をきっかけに上空から東宮御所を散策するマサアイを盗撮する。雅子妃は恐怖を覚え
       愛子を連れて急いで東宮御所に戻られた。。
      タイムズの記者(雅子妃を鬱病と報道する。鬱病ではない。愛子自閉症説を出す。雅子妃は深く傷つかれた
      宮内庁(何年も雅子妃を放置し、精神科の専門医の治療を受けさせなかった)
第五十回  宮内庁 (幹部による雅子妃への嫌がらせ。ブルネイ訪問に対する)
      東宮職(保身ばかりで雅子妃のご病状については理解しようとしなかった)
      駅に迎えに出た那須市民(雅子妃は生真面目な性格なので懸命にそれに応えようと努力しお疲れがたまってしまわれ熱が出る風邪を引きなかなかさがらなかった)
      皇后陛下 (古希祝賀行事には用意に時間がかかる。そのために体を整える必要があった。夕食会にだけご出席されたが寝込んでしまわれた)
      秋篠宮殿下(このときの誕生日会見での発言)
      
 -----------------------------------
もうね。ナルマサは全世界、全人類を敵に回せばいいと思うよwwww

2003年10月15日メキシコのフォックス大統領来日歓迎宮中晩餐会で「雅子妃が挨拶の順番を飛ばされた!!!!」と主張する友納プリババ編集

週刊文春2013年7月11日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第45回 涙が止まらない編集

ザ・プリンセス雅子妃物語 第45回記事
pp.39-40より引用
 (補足:2003年)十月十五日、国賓として来日したメキシコのフォックス大統領夫妻を迎えての宮中晩餐会でのことだった。メキシコ大統領夫妻は皇居・宮殿に到着した。正殿「松の間」で主催の両陛下から皇族方を順番に紹介されるのが儀礼となっていた。「フォックス大統領は、まず燕尾服姿の皇太子を紹介されて、次はイブニングドレス姿の雅子妃の番でした。フォックス大統領が雅子妃に向かって手を差し出したのですが、隣の秋篠宮殿下が紹介されたため、一瞬大統領の手が宙で迷われ、おかしな雰囲気でした。雅子妃は明らかに引きつった様なご表情でした。その後に運ばれてきたジュースにも口をつけておられませんでした」(元東宮職)
 両陛下と皇族は「石橋の間」に移動して、小泉純一郎首相を始めとした三権の長や各大臣、政財界人など百人以上から挨拶を受けた。その中の一人が語る。
「この時の雅子妃は笑顔でしたが、抜けがらのようで、ご体調がすぐれないのだろうと思ったほどでした」(出席していた人物)
 豊明殿で宮中晩餐会が始まった。会場にシャンデリアが輝き、招待客は美しく花が飾られたテーブルに着席していた。雅子妃はメインテーブル中央の両陛下と国賓の横に着席された。陛下の歓迎のお言葉から始まり乾杯などの後、料理が運ばれてきた。この日のメニューは次のようなものだった。
 コンソメスープ仕立ての洋風茶碗蒸し
 殻付の伊勢エビ揚げ
 車エビ、ホタテ貝、オクラ、鮭のテリーヌ
 若鶏のソテー、温野菜添え
 サラダ
 富士山型のアイスクリーム
 メロンと巨峰のデザート
 雅子妃はゆっくりと召し上がったが、そのほとんどを残されていた。
 午後十時過ぎに東宮御所に戻られた、雅子妃は、愛子さまの寝顔を見つめられながら、失意の底にいた。

「メキシコ大統領への皇族メンバー紹介で雅子が飛ばされた事件」は、『週刊文春』2013年8月1日号ザ・プリンセス雅子妃物語 第48回、そして『週刊文春』2014年11月13日号「友納尚子緊急寄稿」記事にも再び記されることになるのだが、それに対し、宮内庁名義で「念の為2003年10月にメキシコ大統領を国賓としてお迎えした際の宮中晩餐での御紹介の状況につき,当時皇太子妃殿下の次に控えておられた秋篠宮殿下に伺ったところ」そのような事実はないという抗議文書発表(後掲)。


週刊文春2013年8月1日号 ザ・プリンセス雅子妃物語 第48回 雅子さまの「人格を否定」したのは誰か?編集

ザ・プリンセス雅子妃物語 第48回記事
p.40より引用
 ご夫妻は愛子さまを「普通の子と同じように育てたい」というご希望から公園デビューを果たされるが、一般の人が集まってきて大騒ぎになるなどして、うまくいかなかった。そのことで宮内庁から責められることもあったといわれ、母親としても自信をなくされていったという。
 公務と育児の両立でお疲れが蓄積して、まさに八方塞がりの状態だった。夜に寝付けないことや心臓が高鳴るようになっていたという。
 そして、〇三年のメキシコ大統領夫妻を招いての宮中晩餐会で、妃殿下としてご紹介を受けなかったことが自己の存在を見失う大きなきっかけになったと言われた。母親としてのみならず、皇太子妃としても自信を喪失し、絶望的な気持ちになっていったのだった

週刊文春2014年11月13日号 雅子さま“復活の笑顔”「晩餐会」直前に掛けた一本の電話 (ジャーナリスト友納尚子 緊急寄稿)編集

週刊文春2014年11月13日号 雅子さま“復活の笑顔”「晩餐会」直前に掛けた一本の電話 (ジャーナリスト友納尚子 緊急寄稿)
pp.36-38より抜粋引用
雅子妃の長期療養のきっかけのひとつとなったのが、十一年前の宮中晩餐会でのある“事件”だった。それからほどなく不調を訴えられ、今日までの療養生活に入られた。だからこそ晩餐会ご出席は、ご回復に向けての大きなハードルだった。それを後押ししたのは――。
 
 オランダのアレクサンダー国王夫妻を招いての宮中晩餐会を終えた雅子妃殿下は、穏やかな毎日を過ごされていた。これまで治療のために行ってきた乗馬や散策、私的外出をなさらなくても、最近では精神的エネルギーが低下することはなくなってきたという。
 また、以前は大きな公務を果たされた後に、必ず感じた「起き上がれないほどのお疲れ」も、今ではなくなっているそうだ。そんなご回復に、
「雅子妃自身がいちばん驚いていらっしゃるのではないでしょうか」
 と宮内庁関係者は、語る。
 十一年ぶりの宮中晩餐会という大きな公務に臨まれたことが、またひとつ自信に繋がったようだった。
 
 十月二十九日午後七時過ぎ、皇居・宮殿の最大の広間「豊明殿」で開かれた宮中晩餐会。天皇皇后両陛下が主催され、国賓のオランダ・アレクサンダー国王夫妻を招かれたのだった。
 会場には、いくつものシャンデリアが煌々と輝き、宮内庁楽部のオーケストラにより優雅な曲が奏でられていた。両陛下が国王夫妻を伴って入場されると、音楽はオランダのフォークソング「風車のところに」に変わり、会場を盛り上げた。続いて、正礼装の燕尾服をお召しになった皇太子殿下と宝石と真珠がちりばめられたティアラとネックレスに、薄いクリーム色のローブ・デコルテ姿の雅子妃が並んでゆっくりと進まれる。
少し緊張されたご様子だったが、前を向かれて、口元は静かな笑みをたたえていた。
 その表情を見た宮内庁関係者は、安堵したという。
十一年前にメキシコ大統領歓迎の晩餐会にご出席なさった時は、下を向かれて口はとじられたままで、まるでお元気がなかった。この度のご表情では、以前よりも活気を取り戻されたようでした」
 晩餐会へのご出席は、実に十一年ぶりのこと。関係者や報道陣はもちろんのこと、安倍晋三首相夫妻をはじめとした百六十三人の招待客からも注目を集めていた。
・・中略・・
十一年前の「衝撃的な出来事」
 雅子妃が「適応障害」で療養にはいられたのは、二〇〇四年のことだった。〇三年十二月に帯状疱疹になり、入退院後、療養に入られたのである。その二カ月前の十月に、メキシコ大統領を迎えた宮中晩餐会に臨まれたのだった。
 実は、この晩餐会の際に、雅子妃が妃殿下としての自己の存在について、決定的に自信を喪失した出来事があったという。大統領に対する紹介が、皇太子の次に並んでいた雅子妃を飛ばして、秋篠宮殿下に移ってしまったのだ(本誌『ザ・プリンセス雅子妃物語』十三年七月十一日号既報)。
「雅子妃殿下は世継ぎ問題などで疲れきっていたところに、妃殿下としてメキシコ大統領に紹介されなかったことで大変なショックを受けられたと言われています。歓談もままならずフランス料理の食事も何を食べたのか記憶に残らないほど頭が真っ白になってしまったそうです」(宮内庁関係者)
 この出来事こそ、ご病気になった要因の一つではないかと考えられたのだった。
・・中略・・
 そして、今回の(補足:2014年オランダ国王王妃来日歓迎宮中)晩餐会へのご出席も、雅子妃のオランダ側に対する強い思いがあったといわれた。
「雅子さまは夏の静養から体調を整えられて、体力を温存されていたそうです。精神的・身体的エネルギーを高められて備えられたのです。それでも十一年前の悲しいお気持ちを思い起こされる、フラッシュバックと戦っておられました」(東宮職関係者)
・・後略・・

2014年11月13日宮内庁HP掲載「メキシコ大統領への皇族メンバー紹介で雅子が飛ばされた事件」についての抗議文書:「週刊文春」(平成26年11月13日号)の記事について編集

http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taio/taio-h26-1113.html
「週刊文春」(平成26年11月13日号)の記事について
平成26年11月13日
 「週刊文春11月13日号」に掲載された「雅子さま“復活の笑顔”「晩餐会」直前に掛けた一本の電話」と題する友納尚子氏の記事についての事実関係及び宮内庁としての対応は下記の通りです。

 同記事は,「十一年前の「衝撃的な出来事」」との小見出しの下に,2003年10月,メキシコ大統領を迎えた宮中晩餐の前席で,大統領に対する天皇陛下の皇族御紹介が,「雅子妃を飛ばして,秋篠宮殿下に移ってしまった」ことから,「雅子妃が妃殿下としての自己の存在について,決定的に自信を喪失した」との趣旨のことを記しています。
 しかしながら,以下に記すように,これまで踏襲されてきた皇族方の国賓に対する御紹介の段取りからして,「皇太子妃殿下を飛ばして」というようなことは到底起こり得ないことです
 宮中晩餐御出席のために宮殿南車寄に到着された国賓御夫妻をお出迎えになった両陛下は,国賓とご一緒に松風の間に入られます。間内では,皇太子同妃両殿下始め皇族方が,御身位の順に列立してお待ちになっておられ,天皇陛下は皇太子殿下から順番にお一人ずつ国賓御夫妻に御紹介になり,すぐその後に続き皇后陛下が同様にして国賓夫人に次々と皇族方を御紹介になります。そして御紹介が完了すると飲み物が供され,国賓御夫妻と皇族方の御懇談が始まります。このようにして進められる国賓御夫妻と皇族方のお出会いは,通例15分程度で終了し,次いで両陛下と国賓御夫妻お四方が松風の間を出,その日の晩餐会の招待者一人一人から挨拶をお受けになるレシービング・ラインに立たれるため,石橋の間に向かわれます。この石橋の間での行事の完了後,両陛下は国賓御夫妻とご一緒に,そして皇族方がその後を進まれ,晩餐が供される豊明殿にお入りになります。
 以上のように,国賓御夫妻への皇族方の御紹介及びそれに続く行事は,毎回全く同じ段取りで取り進められており,その第一段階で,秋篠宮殿下以下全員の皇族が見守られる中で,天皇陛下が,皇太子妃殿下を賓客に御紹介になることなく,秋篠宮殿下を御紹介になるというようなことは到底起こり得ません。念の為2003年10月にメキシコ大統領を国賓としてお迎えした際の宮中晩餐での御紹介の状況につき,当時皇太子妃殿下の次に控えておられた秋篠宮殿下に伺ったところ,自分(殿下)は,行事などの際に,何か手順通りに進められなかった場合は,直ちに気が付く方だし,また,再発を防ぐためにもかなりの長きにわたりそれを記憶しているつもりだが,これまで国賓をお迎えした際の陛下の皇族御紹介で何か手順と異なることを陛下がなさったという記憶は全くなく,皇太子妃殿下を飛ばして自分が紹介されたということは決してないと思う。また,万一にも自分が先に紹介されそうになったら,自分は必ずその場で陛下に申し上げ,皇太子妃殿下の紹介が先になるように取り計らったと思うとの御返事を頂きました
 国賓を迎えるという晴れの席で,天皇陛下がそのようなことをなさるという事実に反することが手記として掲載されたことは,陛下に対する礼を失する誠に遺憾なことであり,本日付で週刊文春編集長及び友納尚子氏に速やかに訂正することを要求しました。


Part2893-510 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/16(日) 02:38:27.69 ID:rX58sb+A0
>>10プリババ
>正殿「松の間」で主催の両陛下から皇族方を順番に紹介されるのが儀礼となっていた。
    ~~~~
>>14抗議文
>宮中晩餐御出席のために宮殿南車寄に到着された国賓御夫妻をお出迎えになった両陛下は,
>国賓とご一緒に松風の間に入られます。
          ~~~~~
>間内では,皇太子同妃両殿下始め皇族方が,御身位の順に列立してお待ちになっておられ,
>天皇陛下は皇太子殿下から順番にお一人ずつ国賓御夫妻に御紹介になり,
>すぐその後に続き皇后陛下が同様にして国賓夫人に次々と皇族方を御紹介になります。


正殿「松の間」は即位の礼をする広さ370平方メートルの板張りの大広間
ttp://www.kunaicho.go.jp/about/shisetsu/kokyo/img/07ph-24.jpg


「松風の間」は車寄せに近い小広間
ttp://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/photo1/img/ph1-h220315-iryokorosho.jpg


場所も間違えてるし…友脳はアタマ大丈夫?


雅子擁護書き込み「このことは数年前にその場にいた元メキシコ大統領(当の本人)が本国で出版した回想録にシッカリと明記してるよ」
 →「メキシコ元大統領の回顧録を入手して読んでみましたが、雅子さまのこと、宮中晩さん会のことについては、まったく触れられていません。」
  スネークさん曰く「タイミングが合わなくて握手は出来なかったが 紹介は飛ばされていない」
編集

Part2892-253 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/14(金) 04:36:54.60 ID:6lnkLi7Z0
援護がメキシコ大統領の回顧録に書かれてる!と言いだしたわぁー初耳w

673 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/13(木) 19:55:56.83
>>618
このことは数年前にその場にいた元メキシコ大統領(当の本人)が
本国で出版した回想録にシッカリと明記してるよ
そして、しばらく後に雅子さまが病気だと発表されたのを知って
「やはり悪い予感が的中してしまった」とも嘆いてる

そんな見え透いた嘘で天皇皇后を庇っても意味ないよ宮内庁


690 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/13(木) 20:17:59.33
メキシコの大統領
2000年 - 2006年: ビセンテ・フォックス・ケサーダ Vicente Fox Quesada

705 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/13(木) 20:36:45.86
>>690
ハーバード大卒なのね。

711 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/13(木) 20:43:45.76
>>690
amazonで見てみた

これかな>回顧録
ttp://www.amazon.com/Vicente-Fox-Quesada/e/B001IGHSCI

Vicente Fox Quesada
Revolution of Hope: The Life, Faith, and Dreams of a Mexican President
by Vicente Fox (Oct 4, 2007)

噂板:秋篠宮家のお噂987[転載禁止]©2ch.net参照のこと。


254 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/14(金) 04:37:26.97 ID:6lnkLi7Z0
856 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/13(木) 23:40:28.68
メキシコ大統領回顧録ゲット!!

857 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/13(木) 23:43:03.40
紀伊国屋書店に発注してもいいわね
本人が書いた言語の原文の本のほうが削られたり添削されたり
編集されたりはしてないと思う

858 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/13(木) 23:44:31.38
>>673が持ってるんじゃないの?

860 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/13(木) 23:46:00.01
>>858
どっかの雑誌にそう紹介されてたんじゃないの
あなた、読解力ない人でしょ


867 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/14(金) 21:01:52.24 ID:2Gq29bz90
宮内庁 抗議でぐぐってヒットした雅子派ブログ

ビセンテ・フォックス・ケサーダ元大統領が、回顧録にこのことを書いていたとありますが
本当ですか?(人格否定発言についても悪い予感が的中したと書いているそうですが)
あいにくスペイン語はわからないので、どなたか堪能な奥様…いつか翻訳を…

902 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/14(金) 22:14:31.70 ID:7w6QB5Os0
>>867
そのスペイン語の回顧録、どこにありますか?
ググったけど本の表紙しか見つからなかったのでもしお分かりでしたら教えてください。

904 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/14(金) 22:24:13.51 ID:7w6QB5Os0
>>867
Vicente Fox Quesada la revolucion de la esperanza Masakoでググったけど
何も出ないわ。回顧録にそんな記述があったなんて、そもそも嘘なんでは?


910 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/14(金) 22:37:00.42 ID:SQ5HzsNo0
>>253-254の続報

ソースは出せない、現物はない、引用できない、原語を買え、自分で確かめろ、だそーですwwwwwww


Part2893-70 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/15(土) 09:38:54.81 ID:qZ/Pl0Db0
>>50

241 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/14(金) 21:19:43.24
私頭おかしいのかな?w
例のメキシコ大統領晩餐会の雅子様飛ばし映像見たことある気がするんだけど…。
誰か保存して持ってない?

303 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/15(土) 06:52:57.23
>>241
私も見た

304 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/15(土) 07:04:58.87
>>241
私もTVでハッキリ見た

305 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/15(土) 07:06:06.06
>>241
自分も!あれは絶対夢じゃないはず


72 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/15(土) 09:39:31.81 ID:qZ/Pl0Db0
275 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/14(金) 23:48:21.06
友納さんの記事の出典は、メキシコ大統領の回顧録だったんじゃなかったっけ
いつの間にか雅子さまが情報源になってる。
こういう嘘ばっか重ねてんだね、アンチ東宮。

306 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/15(土) 07:11:28.67
回顧録も見た
これ読んだら宮内庁がケツまくって逃げ出すわ

307 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/15(土) 07:14:01.04
>>306
私も見た

308 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/15(土) 07:17:36.72
>>306
見た見た、すごいよねー衝撃の内容

309 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2014/11/15(土) 07:20:46.77
>>306
見たけど読めなかった



75 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/15(土) 09:43:29.66 ID:s56EBz8n0
70と72がバカすぎるwなんだよこれw

76 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/15(土) 09:43:42.68 ID:sDwXkiAy0 ←スネークさんらしい書き込み
タイミングが合わなくて握手は出来なかったが
紹介は飛ばされていない

97 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/15(土) 10:40:50.98 ID:jOGSo6Mr0
●、晩餐会の<前席>での出来事だと未だに理解してないのね
前席の映像が流れるなんて普通はないし、本当に雅子無視があったなら当時に大騒ぎになってるよ
おまけに回顧録を「見た」ってw どんだけ日本語が不自由なのよwww

>>83
共通の有名な「名物」があるじゃないですかw


Part2894-378 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/17(月) 17:27:38.03 ID:TxI/ZLMf0
ID:tkngtFmr0ちゃん、
次スレ全然立たないけど
どーしたのーw?

  秋篠宮家のお噂988[転載禁止] [転載禁止]©2ch.net
  http://hope.2ch.net/test/read.cgi/uwasa/1415897517/

メキシコ大統領の回顧録まだーww?


823 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/18(火) 09:24:42.29 ID:9FtipN8C0
メキシコ大統領回顧録について (気になりましたので)
2014-11-17 13:59:51
メキシコ元大統領の回顧録を入手して読んでみましたが、雅子さまのこと、宮中晩さん会のことについては、まったく触れられていません。
2chでは「無視したことが明記されている」という書き込みがあったようですが、虚偽情報だと思います。なんの目的でそんな虚偽を書いたんですかね。

回想録の内容 (気になりましたので)
2014-11-17 22:33:34
>Unknown様
私もスペイン語は読めませんで、読んだのは英語版です。ざっと読んだかぎりということでご容赦いただきたいですが、
この本の半分以上は、大統領の子ども時代から青年期、奥さんとの出会い、宗教的バックグラウンドなど、伝記的意味が強いものです。

日本についての記述は、2003年10月に来日して当時の総理大臣・小泉純一郎に会ったことがメインというか、ほぼすべてといっていいと思います

日本とメキシコ間の貿易について話し合い、メキシコの米を日本に買ってもらう代わりにIT機器を輸入する交渉をしたことなど。
多くの企業人に会ったようです。その頃大統領は背中?腰?(back)の手術をしたばかりで、小泉にそのことを聞かれ、
まだ痛みがあると答えると、自分も同じ体験がある、いい医者を紹介すると言ってくれ、実際その夜ホテルに医師が来て
施術してくれたといったエピソードなどが書かれています。小泉については絶賛に近い感じです。

日本の皇室に関する話は1行も見当たりません。宮中晩餐会についての記述も無いです
それで終わりではつまらないので、何か話のタネにできるものはないかと、大統領がVIPとdinnerをした話を拾ってみました。


824 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/18(火) 09:25:08.82 ID:9FtipN8C0
164頁:ハリウッドスターのシュワルツネガー、1990年代初期。
167頁:キューバのカストロ、1999年
213頁:ブッシュ大統領(ホワイトハウス) 、2001年9月
262頁:スペイン王、2001年4月
306頁:プーチン大統領(ロシア クレムリン)

また、dinnerではないですが、2001年10月にメキシコで初めてPOPE(ローマ法王)を招待したこと、2005年4月に葬式に参列したことが書かれています(263頁)。

>日本の天皇陛下は、アメリカ大統領よりも、エリザベス女王よりも、ローマ法王猊下よりも上座に在る事ができる存在だと言われています。
その天皇が主催する宮中晩餐会について全く触れられていないとは、どういう事なのでしょうか?

この本の内容とは別として、ほんとうに日本の天皇陛下は、世界にとって、それほどのご存在なのでしょうか?

>このような事は考えたくないのですが...全く触れられていないとなると、陛下は国賓をしっかりと接待しているのだろうかという疑問を呈してしまいます。
それとも「あえて全く触れなかった、全く書かなかった宮中晩餐会」に、大統領に何らかの意思が在るのでしょうか?

元大統領が日本の皇室や宮中晩さん会についてまったく触れていないことが、そういう意味を持つのかどうかまでは読み取れなかったというのが、正直なところです。


Part2895-554 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/19(水) 00:57:00.62 ID:fXu1hn4YO
>>521
スペイン語奥ですが、回顧録Amazonで買ってしまったわw
もう検証済みなのね。まあいいや、スペイン語の勉強がてらに読んでみます。
まだ届いてないけど(来月になりそうだわ)。

Part2909-316 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/12/24(水) 04:06:30.88 ID:gNnTxFvM0
メキシコ大統領の自叙伝、アマゾンに頼んでる者ですが、当初12月半ばに届くはずだったのが
先ほどメールで連絡があって、絶版だか何だかで探すのが時間かかるらしいという事です。
ほとんどの方は忘れているだろうけど、忘れずに検証を望んでくれている奥様もいたので、
一応お知らせします。
こういう事はいくら時間がかかっても検証できる時にするべきだと思うので、
気長に届くのを待つことにします。


『週刊朝日』2014年12月12日号<雅子さま記事に宮内庁が訂正要求 秋篠宮さまに異例の“ウラとり”>編集

http://dot.asahi.com/news/domestic/2014120200095.html
秋篠宮さままで巻き込み…宮内庁“ウラ取り”の裏
(更新 2014/12/ 3 07:00)
 宮内庁は11月13日、ホームページに「週刊文春」の記事の訂正を求める文章を発表した。宮内庁が問題とするのは、週刊文春11月13日号に掲載された「雅子さま“復活の笑顔”『晩餐会(ばんさんかい)』直前に掛けた一本の電話」という記事。雅子さまが妃殿下として「決定的に自信を喪失した」要因の一つではないかとして、帯状疱疹(ほうしん)で入院する2カ月前の03年10月のできごとを挙げる。
 それは、来日したメキシコ大統領を迎えた宮中晩餐の前席で、天皇陛下が大統領に皇族を紹介する際、「雅子妃を飛ばして、秋篠宮殿下に移ってしまった」ことで、雅子さまがショックを受けたという内容だ。雅子さまはその後11年間、晩餐会に出席しなかった。
 これに対して、宮内庁は、「事実に反し、陛下に対する礼を失する」と訂正を求めた。その際、宮中晩餐の手順を詳細に説明したうえで、異例なことに秋篠宮さまを証言者として登場させている
「秋篠宮殿下に伺ったところ、(略)これまで国賓をお迎えした際の陛下の皇族御紹介で何か手順と異なることを陛下がなさったという記憶は全くなく、皇太子妃殿下を飛ばして自分が紹介されたということは決してないと思う」
 この宮中晩餐の話は、同誌がこれまでも報じていたが、訂正要求は出ていなかった。宮内庁幹部によると、「繰り返し報道され、事実として定着することは見過ごせない」ということのようだ。
 確かに、元宮内庁職員の山下晋司氏が、
「ご家族だけの私的な場ではなく、元首として国賓を接遇する場面で、そうしたことがあれば、お客さまにも大変失礼な話です。まずあり得ないと思います」
 と話すように、天皇陛下が雅子さまの紹介を飛ばすとは考え難い場面ではある。
 一方で、この異例の訂正要求は、「秋篠宮さまに確認を取るのであれば、なぜ皇太子ご夫妻に確認を取らないのか」という疑問も生じさせる。このため、宮内庁側(両陛下や秋篠宮さま)と、東宮側(皇太子ご夫妻)との対立構図があるのではないかとの臆測も呼びかねない。
「週刊文春」編集部は、宮内庁の訂正要求については黙したままだ
 もし、雅子さまの病気の要因に“誤解”があったとしたら、この一件によってわだかまりが解け、快復へのきっかけとなることを願いたい。
※週刊朝日 2014年12月12日号より抜粋


2015年12月1日宮内庁HPが再び訂正要請掲載“実際には当日,秋篠宮殿下は愛知県お成りのため欠席されていましたが,秋篠宮殿下がメキシコ大統領の宮中晩餐におけるお話をされたような印象を与えたことは当庁の不手際でありました。” 友納尚子が適当な嘘を書いて全く訂正しないまま単行本発行に至っている事実が炙り出される編集

http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taio/taio-h27-1201.html
「週刊文春(平成26年11月13日号)の記事について」の一部訂正について
平成27年12月1日

宮内庁は,平成26年11月13日付の当庁ホームページ「週刊文春(平成26年11月13日号)の記事について」と題する発表文の中で,同記事に記載された事実関係について説明し,2003年10月のメキシコ大統領を迎えた宮中晩餐の前席で,天皇陛下が,皇太子妃殿下を賓客に御紹介になることなく,秋篠宮殿下を御紹介になるというようなことは到底起こり得ないとの見解を示し,関係者に速やかに記事の訂正を求めたことを公表しました。

この時の当庁の見解に何ら変更はありません。

発表文にある秋篠宮殿下の御発言は,週刊文春がメキシコ大統領宮中晩餐において「大統領に対する紹介が,皇太子の次に並んでいた雅子妃を飛ばして,秋篠宮殿下に移ってしまったのだ」との友納氏の記事を掲載したことから,天皇陛下が国賓に皇族方お一人お一人を御紹介する場において,記事にあるような奇異な出来事がこれまでにあったのかをお伺いしたことに対し,殿下が,国賓をお迎えした際の陛下の皇族御紹介で何か手順と異なることを陛下がなさったという記憶は全くなく,万一にも皇太子妃殿下を飛ばして自分が紹介されそうになったら,必ずその場で陛下に申し上げたと思うと述べられたことを記載したものであります。

週刊文春の記事内容をそのままに受け取り,「雅子妃を飛ばして,秋篠宮殿下に移ってしまったのだ」との同誌の記事から,「当時皇太子妃殿下の次に控えておられた」と記載したことにより,実際には当日,秋篠宮殿下は愛知県お成りのため欠席されていましたが,秋篠宮殿下がメキシコ大統領の宮中晩餐におけるお話をされたような印象を与えたことは当庁の不手際でありました。

当時の発表文の中で,「念の為2003年10月にメキシコ大統領を国賓としてお迎えした際の宮中晩餐での御紹介の状況につき,当時皇太子妃殿下の次に控えておられた秋篠宮殿下に伺ったところ」との記載は,「念の為宮中晩餐で,出席されたすべての皇族方を天皇陛下が御紹介する場において,秋篠宮殿下が何か奇異に感じられたことがあったかを伺ったところ」と訂正します。

以上の経過を踏まえた平成26年11月13日号の週刊文春の記事についての事実関係と宮内庁の見解は下記の通りです。

なお,この点における当庁の事実関係の説明に一部誤解を与える点があったことは,週刊文春の関係者にも通知しています。



同記事は,「十一年前の「衝撃的な出来事」」との小見出しの下に,2003年10月,メキシコ大統領を迎えた宮中晩餐の前席で,大統領に対する天皇陛下の皇族御紹介が,「雅子妃を飛ばして,秋篠宮殿下に移ってしまった」ことから,「雅子妃が妃殿下としての自己の存在について,決定的に自信を喪失した」との趣旨のことを記しています。

しかしながら,以下に記すように,これまで踏襲されてきた皇族方の国賓に対する御紹介の段取りからして,「皇太子妃殿下を飛ばして」というようなことは到底起こり得ないことです。

宮中晩餐御出席のために宮殿南車寄に到着された国賓御夫妻をお出迎えになった両陛下は,国賓とご一緒に松風の間に入られます。間内では,皇太子同妃両殿下始め皇族方が,御身位の順に列立してお待ちになっておられ,天皇陛下は皇太子殿下から順番にお一人ずつ国賓御夫妻に御紹介になり,すぐその後に続き皇后陛下が同様にして国賓夫人に次々と皇族方を御紹介になります。そして御紹介が完了すると飲み物が供され,国賓御夫妻と皇族方の御懇談が始まります。このようにして進められる国賓御夫妻と皇族方のお出会いは,通例15分程度で終了し,次いで両陛下と国賓御夫妻お四方が松風の間を出,その日の晩餐会の招待者一人一人から挨拶をお受けになるレシービング・ラインに立たれるため,石橋の間に向かわれます。この石橋の間での行事の完了後,両陛下は国賓御夫妻とご一緒に,そして皇族方がその後を進まれ,晩餐が供される豊明殿にお入りになります。

以上のように,国賓御夫妻への皇族方の御紹介及びそれに続く行事は,毎回全く同じ段取りで取り進められており,その第一段階で,秋篠宮殿下以下全員の皇族が見守られる中で,天皇陛下が,皇太子妃殿下を賓客に御紹介になることなく,秋篠宮殿下を御紹介になるというようなことは到底起こり得ません。念の為宮中晩餐で,出席されたすべての皇族方を天皇陛下が御紹介する場において,秋篠宮殿下が何か奇異に感じられたことがあったかを伺ったところ,自分(殿下)は,行事などの際に,何か手順通りに進められなかった場合は,直ちに気が付く方だし,また,再発を防ぐためにもかなりの長きにわたりそれを記憶しているつもりだが,これまで国賓をお迎えした際の陛下の皇族御紹介で何か手順と異なることを陛下がなさったという記憶は全くなく,皇太子妃殿下を飛ばして自分が紹介されたということは決してないと思う。また,万一にも自分が先に紹介されそうになったら,自分は必ずその場で陛下に申し上げ,皇太子妃殿下の紹介が先になるように取り計らったと思うとの御返事を頂きました。

国賓を迎えるという晴れの席で,天皇陛下がそのようなことをなさるという事実に反することが手記として掲載されたことは,陛下に対する礼を失する誠に遺憾なことであります

編集

広告ブロッカーが検出されました。


広告収入で運営されている無料サイトWikiaでは、このたび広告ブロッカーをご利用の方向けの変更が加わりました。

広告ブロッカーが改変されている場合、Wikiaにアクセスしていただくことができなくなっています。カスタム広告ブロッカーを解除してご利用ください。

FANDOMでも見てみる

おまかせWiki