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プッチー

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小和田雅子が伝蓋小学校5年生当時、体育の原田先生の家に生まれた仔犬を貰い、小和田家で飼っていた犬の名前。

『週刊女性増刊永久保存版1993年3月3日号 皇太子さま貫かれた初恋 佳麗 雅子さんとご婚約』主婦と生活社

p.103より引用
兄弟の雑種犬をふたりで大切に育てた思い出が
村岡ルリ子さん(同級生 会社員)
 あれは確か、小学校の5年生だったと思いますが、体育の原田先生からいただいた兄弟の雑種の子犬をふたりで大切に育てたことがあります。小和田さんのところはプッチー、私のはドルという名前をつけて、いつもふたりでお散歩に連れて行ったものです。ふたりとも生物クラブで動物が大好き。カメレオンやハムスターを育てたこともありました。
 このニュースには本当に驚きました。ぜひとも皇太子さまと末永くお幸せに。そして個性を生かして皇室外交に活躍していただきたいと思っております。

『素顔の雅子さま』週刊女性皇室取材班 主婦と生活社(1993年)

p.31より引用
 田園調布雙葉小学校では5年生からクラブ活動が始まる。
 雅子さまは5年生のときは手芸部に所属し、6年生のときは生物部。
 ただ、同級生の記憶の中に残っているのはほとんどが生物部でのこと。
じゅう医さんになりたい ムリカナ?」と寄せ書きに書いたこともある雅子さまの生き物への関心は、いまも強く印象に残っているという。雅子さまとは自宅が近かったこともあって、特に仲の良かった同級生はこう振り返る。
「生物クラブにも一緒に入りましたが、小和田さんとはいつでも動物の世話をしたりして遊んでいました。5年生のとき、体育の先生がご自宅で生まれた子犬を2匹、学校に連れてこられたことがありました。雑種のとても可愛らしい子犬でした。私たちはその子犬を1匹ずつ引き取って育てたのですが、小和田さんは『プッチー』という名前をつけて本当に可愛がっていました。おうちに帰れば、いつも一緒だったんですよ。

『天皇家のユーモア―あんなジョークも!こんなシャレも!!』「女性自身」皇室取材班編集、光文社(2000年)

p.147より引用
 雅子さまは小学生のころ、『じゅう医さんになりたい』と作文に書いているほど、動物が大好きで、自宅でもたくさんの動物を飼っていらした。体育の先生の家で生まれた子犬を引き取ったり、おこづかいを貯めてカメレオンを買ってきたり、昆虫も、ネコも…。
 6年生のときは生物クラブに入り、ウサギやハムスターの飼育に熱中。ヘビの世話も雅子さまの係で、日当たりの悪い理科室の水槽ではかわいそうだというので、日向ぼっこさせてあげようと、ヘビをつかみだして校庭の草むらに放してあげたこともあるという。
 母親の優美子さんによれば、「6年生の夏休みにハツカネズミを3匹あずかってきて、それを漬物の樽のなかに入れておりました。すると、まさにネズミ算でどんどん増えまして、雅子はネズミの生態やお産の様子を観察していたようなんですが、休みの終わりごろには50匹ぐらいになってしまったんです。その後、樽をかじって全部脱走してしまって、あわてて保健所に連絡したりと、大騒動でした」。


これだけなら子供時代のほのぼのエピソードで済むのだが、飼い犬プッチーは後に小和田家の親戚に引き取られることになる。

『雅子さま 殿下の愛に守られて』江森敬治、集英社(2001年)

p.56より引用
動物好き
 再び、雅子さまの生い立ちに話を戻そう。田園調布雙葉小学校に入られた雅子さまは、五年生の時は手芸部、六年生のときは生物部に入られた。朝早く起きられ、学校で飼っているニワトリ、ウサギ、カタツムリのエサを家から持っていき、世話をされた。ウサギ小屋の掃除もされていたという。
 学校の体育の女の先生が飼っていた雑種犬がたくさん子供を生んだので、そのうちの一匹をもらわれ「プッチー」と名付けて、自宅で飼われていた。近所に住む友達も一匹をもらったので、雅子さまは「プッチー」を一緒に遊ばされていたという。「プッチー」は、雅子さまが高校一年でアメリカに行かれた際に、親戚の家に預けられたというが、お別れの時、雅子さまはとてもさびしそうだったという

『雅子妃の明日』友納尚子、文藝春秋(2006年)

p.67より引用
 雅子さまを語るのに動物好きだったというエピソードは欠かせない。小学校五年生の時、体育の女性の先生が飼っていた雑種犬がたくさんの子どもを産んだので、そのうちの一匹をもらって自宅で飼うことにした。名前を「プッチー」とつけた。他の一匹をもらった近所に住む友人を一緒に遊ばせてとても可愛がった。
 しかし、雅子さまが高校一年でアメリカに行くことが決まったために、「プッチー」は親戚の家に預けられた。悲しい別れだった。以来帰国したときには、「プッチー」に会っても必ずお別れを経験しなくてはならないため、あえて会わない方を選んだという


転勤先が犬を飼えない環境のため仕方なく犬を手放すのは珍しくなく、動物の検疫が厳しい側面がある海外への引越しでは無理からぬことである。しかし友納尚子単行本で書かれている『以来帰国したときには、「プッチー」に会っても必ずお別れを経験しなくてはならないため、あえて会わない方を選んだという。』には違和感ありまくりである。親戚が引き取ってくれなければプッチーは保健所で処分される運命を辿っていること間違いなしであり、家族のように可愛がっていたならばそれを世話してもらっているという義理があるわけで、帰国したときは挨拶に赴く(自ずと犬と会うことにもなる)のが当然であろう。しかしそれを『必ずお別れを経験しなくてはならないため、あえて会わない方を選ぶ』というワケワカメな理由で不義理を働いていることからして、雅子の薄情な人間性が推し量れるというものである。

この「渡米後の雅子、帰国時にもかつての愛犬プッチーに会わない方を選ぶ」事件は、後に小和田家の飼い犬「ショコラ」が晩年、小和田恒優美子礼子・節子家族全員が海外へ出て行ってしまったコンクリ御殿で近所の人に餌を貰うだけの状態で置き去り??疑惑が囁かれる中、東宮御所に引き取ろうとすらしなかった状況が重ね合わされる。
プッチーが親戚宅で天寿をまっとうできたかどうかは不明である。

参照:【ショコラ】、【ピッピとまり】、【ゆり】、【樽ネズミ】、【白犬ポポちゃん】、【


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