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ツッタカター

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徳仁親王の歩く様の形容表現。転じて徳仁本人を指す意味合いでも使われることがある。略して「ツッタカ」とも。

葬儀のような人の死が絡んでいる場面でも薄笑いを浮かべた表情を見せたりする彼の空気の読めなさと、秘密靴利用がこのポーズの理由では?と考えられる。

弔問・葬儀でも薄ら笑い、空気が読めない徳仁親王編集

1988年5月29日 母・正田富美子さんの弔問を済ませ正田邸を出られる美智子妃(当時)と浩宮・礼宮・紀宮

妃殿下-美智子さま2
4分52秒から1988年5月29日正田富美子さん(美智子さま御母堂)密葬映像。自分の母方祖母密葬にきたのに、いつもの作り笑顔で登場の浩宮。最愛の母上を亡くした美智子さまの静かでありながら悲痛な表情と対照的である。
http://www.youtube.com/watch?v=czPWqOPvFIo

1989年1月9日 祖父・昭和天皇崩御の2日後「即位後朝見の儀」に、薄笑いを浮かべた表情とそっくりかえった足取りで向かう新皇太子徳仁(吹上御所玄関にて)

1993年10月19日 雅子の父方祖父・小和田毅夫氏死去により小和田家を弔問する東宮夫妻。徳仁はなぜか薄ら笑い風の表情

19931231皇太子妃誕生物語3
1分55秒から、雅子の父方祖父・小和田毅夫氏死去で小和田家を弔問する東宮夫妻(1993年10月19日)
http://www.youtube.com/watch?v=o8wgLtmIvqw


2002年11月29日 豊島岡墓地における高円宮憲仁親王斂葬の儀での東宮夫妻、薄笑いを浮かべているように見える表情。高円宮は浩宮が兄のように慕い仲良くしていたとの触れ込みで、1987年4月に浩宮と小和田雅子を宮邸ディナーに招き、結びつけるのに大きな役割を果たした人物である恒久子

2004年11月21日 雅子の母方祖母・江頭寿々子葬儀に出席する夫妻、幼少期から寿々子に可愛がってもらった雅子はさすがに虚ろで沈痛な面持ちだが、徳仁は薄ら笑い

2016年10月27日 この日薨去した三笠宮について宮邸弔問を済ませ赤坂御用地南門から出てくる車内の徳仁雅子連結画像、徳仁は薄ら笑いを浮かべたような表情で胸を張り何故かうんうん頷く「ツッタカカー」態度、雅子は非常に珍しいことにお手振りもせず歯を見せた笑いもせず皮膚が弛むほど痩せた風体(FNN)

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