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お疲れ

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雅子が公務をサボる際の理由として頻繁に使うフレーズ「お疲れ」とは、ズバリ【公務のズル休み】のこと。
類似には【夏バテのようなもの】、【負担】がある。

公務を選り好みし、出たい公務には元気いっぱい出席し、出たくない公務は「お疲れ」でご欠席という、
公務は「受け身」ではなく「私が選ぶ!」という皇族としては歪んだ考えの持ち主の雅子妃、恒例のお振舞いのひとつ。

苦手とされる園遊会や八大行啓などの雅子が出席したくない公務の前後に、あえて国連関連の地方訪問や20年振りの伊勢参拝の日程を組むなど、「お疲れで欠席」「直後の◇◇を考慮」する為のわざとらしい日程調整が目立つという特徴がある。
また、体調不良ではないが欠席する「お疲れ」は「昼夜逆転」とセットで登場する事が多く、昼夜逆転の時差ボケ状態で眠い時に公務をサボる言い訳では?という憶測も呼んでいる。

2003年12月から始まった雅子妃の適応障害による長期療養生活も、はや13年目に突入
この期間ほぼ全ての公務に欠席し、税金で雇った100人近い東宮職に傅かれて東宮御所に引きこもり、毎年夏は御用邸のハシゴ静養、春は妹一家とスキー静養し続けるだけの生活の一体なにに疲れるのかサッパリ不明だが、「お疲れ」により公務のドタキャン、「体調が整った」としてドタ出を繰り返している

国連やOECD関連など興味のある分野は、自ら新たな公務を作りだしてでも出席し、やりたくない既存公務や祭祀はガン無視。皇室の伝統破壊が生き甲斐となっているように思える雅子妃の行動。
「バリキャリ外交官になるはずだったアテクシはそんな下らない公務いたしませ~ん!pgr」という特権意識がそうさせるのか、KZDな怠け癖や昼夜逆転の言い訳なのか、はたまた無能なのかは定かでないが、結果的に自爆し続け、皇太子妃失格という評判を急速に広めている。

国内公務のみならず、大好きなはずの海外絡みの公務まで、都合の悪い時は「病気療養中」「体調の波」「日程がご負担」「◇◇のお疲れが癒えず」「パワーの溜め」いう便利なマジックフレーズを振りかざし、ドタ出ドタキャンを繰り返す支離滅裂な行動は、実は単なる選り好み&ズル休み。と指摘されている。

2014年6月からは娘の愛子にも「お疲れ」が伝染、頻繁に「お疲れ」や「疲労感」で学校を欠席、遅刻、午後登校を繰り返し、2015年2月まで9ヶ月間に亘って欠席したり好きな時間に登校する不規則登校
東宮大夫が定例会見で欠席理由を問われ、「お疲れのため」と公言する異常事態が常態化している。

全欠席した定期試験の試験休みに特別待遇の遊園地で元気いっぱい遊びまわったり、初等科文化祭お楽しみ翌日の13歳誕生日に理由不明で学校を欠席し、笑顔でマスコミの前にお手振りしながら登場NNN12/1≫する愛子のお振る舞いには「やりたいことや興味のあることはやるが、試験など嫌な事はしない。病気になってからの雅子さまのよう」≪女性自身2014年1/13号≫「笑顔で手を降られた愛子さまのお姿からは、“体調不調”や“風邪”といった印象は受けませんでした。一体、どうして学校を休まれたのか、首を傾げざるを得ません(皇室記者)」≪女性セブン2013年12/18号 、NEWSポストセブン12/6≫などと報道され、御年わずか13歳にして昼夜逆転でKZDな母親同様の為たらくな行動が非難を浴びている。

愛子の不可解な欠席と遅刻一覧は【病弱】【不登校】参照のこと。

関連語彙:【選り好み】【同日シリーズ】【翌日シリーズ】【東宮職医師団】【医師団見解】【友納尚子


雅子の主なお疲れ報道一覧編集

2004年5月10日 雅子は入内10年経っても皇室に適応できず「お疲れ」と徳仁が記者会見(人格否定発言)
「雅子にはこの10年、自分を一所懸命、皇室の環境に適応させようと思いつつ努力してきましたが、私が見るところ、そのことで疲れ切ってしまっているように見えます。(中略)雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」≪宮内庁 皇太子殿下の記者会見「デンマーク・ポルトガル・スペインご訪問に際し(平成16年)」≫【徳仁の(゚Д゚)ハァ?な発言シリーズ
2005年12月9日 皇太子妃殿下(42歳)の現在のご病状に関する東宮職医師団の「お疲れ」見解<現在のご病状>より「お疲れ」
現時点ではまだご体調には波がおありで、心身のストレスがご体調に影響を及ぼしやすい状態も続いております。そのために、頑張って行動しようとされてもその前やその時に強い緊張を感じられたり、後でお疲れを感じられたりすることがあります。
<今後の課題>より「お疲れ」
育児とご公務の両立も今後の重要な課題です。妃殿下におかれては、ご流産に続くご妊娠、ご出産と初めての育児に関連した心身のお疲れが残られているご出産後間もなくから地方のご公務が始まり、その後も地方行啓を含めた多くのご公務が続かれ、それがご病気の引き金になったものと考えられます。【医師団見解
2005年12月28日 年末恒例の御所お餅つきで「お疲れ
《天皇皇后両陛下・東宮一家・秋篠宮ご一家・黒田ご夫妻・その他宮内庁職員皇宮警察官》
雅子初参加でお疲れの様子、雅子はずっと割烹着姿の愛子の手を握り締め孤立が影響している風」≪週刊女性2006/2/14号≫※雅子は毎回1時間ほど遅れて現われ(餅がつき上がった頃か?)食べに来ているだけと推測されている。【大食い雅子さま
2006年12月9日 皇太子妃殿下のお誕生日(43歳)に際しての東宮職医師団の「お疲れ」見解
なお、妃殿下のご活動の幅はこのように広がってきてはいらっしゃいますが、ご活動の後に予想以上の疲れが残られるために、ご自身が思っていらっしゃるようには行動がおできになれないこともあり、引き続きご治療が必要な状態でいらっしゃいます。【医師団見解
2007年12月9日 皇太子妃殿下のお誕生日(44歳)に際しての東宮職医師団の「お疲れ」見解
このようなご活動の積み重ねは、ご快復のために必要な自信につながるものであり、治療的に大きな意味があったと考えております。こうしたご活動の後には依然としてお疲れが残られますが、以前にくらべるとご回復が早くなっていらっしゃいます。医師団見解
2008年8月2?日 那須静養で御用邸近くに呼んだ愛子友達一家との会食を「お疲れ」で複数回ドタキャン≪週刊朝日9/12号、AERA10/6号≫「引越しの準備を終えた八月半ばから那須御用邸でご静養されたが、かなりお疲れはのこったままだった。那須に遊びに来た愛子さまのお友達一家との食事会も続けてキャンセルせざるをえなかったという。」≪文藝春秋2009年3月号 皇太子と雅子妃の運命p224≫
2009年2月5日 皇太子妃殿下(46歳)のご病状に関する東宮職医師団の「お疲れ」見解
治療開始5年目<宮内庁HP初掲載>12月9日発表できず→25日延期→2010年1月中旬に再延期
→2月5日にようやく公表
ご自身で“書き直し”2ヵ月間 ― 雅子さま「医師団治療報告」に込めた「母の喜び」「愛子さまとの将来」>≪女性自身2月23日号≫
<今後の展望>より「お疲れ」
妃殿下のご快復はずいぶん進んでおりますが,なおご体調には波がおありで,ご活動のご準備に大きなご努力が必要であったり,ご活動の後に疲れがお出になったりするなど,いろいろなご活動を続けてはまだおできにならない状態にいらっしゃいます。また,ご自身は努力しようとされても思うようにいかないこともありますし,無理をされてかえってご体調を崩されることもあります。(中略)ご公務はもちろん,育児などご家庭内のことや,東宮御所内でのお仕事など,なさらないといけないことが沢山おありになるなかで,できるだけ多くの要請に応えようとして,お疲れを表に出さずに無理をされる場面が少なからず見受けられます。しかも,こうしたご活動を複合的に行われることは,現在の妃殿下のご体調ではご負担の大きいものです。【医師団見解
2012年3月1日 心臓手術を受けた天皇陛下のお見舞いで「お疲れ」⇒昼夜逆転が悪化
「(東大)病院到着時、久しぶりに天皇と会う緊張感からか、表情は強張り、口を真一文字に閉じ、口角を上げようと力が入っていた」≪週刊文春2012年3月15日号>「この見舞い以降、雅子妃の体調がよくなく、普段は“大波小波”に揺られているという印象だが、久しぶりに大波がきたという感じで、最悪といえる状態」「昼夜が逆転しており、見舞いの疲れが出たのか眠れず、朝3時まで起きている日もある(東宮職関係者)」≪週刊文春2012年3月22日号≫<雅子妃の病名と、真実>「雅子妃の状態は、この天皇への見舞いをきっかけとして悪化した。(岩波 明(精神科医))」≪幻冬舎plus 2015年8月25日
2012年4月6日 小町恭士東宮大夫定例会見にて異例の東宮職医師団「お疲れ」見解発表
◇皇太子妃雅子さまの体調についての宮内庁の説明の概要◇
妃殿下におかれてはお疲れがたまられているために体調が崩れやすくなっていらっしゃると判断し、当面はお疲れをとっていただくことを優先していただきたいと考えます。今後、十分な休養をとりながら体調を整えられ、従来のご治療の基本ラインに沿って、私的なご活動から徐々にご活動の範囲を広げていっていただきたいと考えております。 (以下略)【医師団見解
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小町東宮大夫は、疲れがたまった背景として、1年以上続いた長女愛子さまの登校時の付き添いや気配りなどを挙げ、「当面はお疲れを取ることを優先していただきたい」などと述べた。 雅子さまは最近、体調がかなりすぐれない時もあったといい、3月24日には、秋篠宮ご夫妻の長女眞子さまの成人を祝う夕食会も欠席していた。その後は同26日と31日に療養中の天皇陛下を見舞い、異動職員へのあいさつにも出席。4日には宮内庁病院で健康診断を受けた。小町東宮大夫は「健診で特に問題があったわけではない。温かく見守られているという環境がとても大事。ご理解いただきたい」と語った。 ≪毎日新聞4/6≫
2012年12月9日 皇太子妃殿下のお誕生日(49歳)に際しての東宮職医師団の「お疲れ」見解
特に,昨年の秋から今年の夏にかけてはご心身のお疲れが認められましたが,夏にゆっくりとご静養いただけたこともあり,9月以降,少しずつお疲れがとれてこられ,徐々にご自身のご活動に取り組まれるようになってこられています。【医師団見解】<宮内庁HP三度目の掲載>
2013年8月23日~9月4日 那須静養では登山、りんどう湖、会員制ホテル、動物園時間オーバー等、「疲れ知らず」で連日元気にお楽しみ
<被災地訪問できるの?雅子妃の「夏休み」>「那須静養ではお取り巻き一行が泊まる会員制ホテルに雅子も宿泊する日があり、お酒も飲む予定。雅子はとても楽しみにしている。夏の静養三昧を批判されないためにも被災地訪問を。そのために雅子は現在大野医師の指示通り服薬して体調管理につとめている。」≪週刊現代8/17-24号≫【外食
30日那須どうぶつ王国(東宮一家+取り巻き)「7時間かけて園内をくまなく見て回った」≪週刊女性9/17号≫<愛子さま のび太くん似のご友人と那須どうぶつ王国を満喫>「同級生数名の家族も同行した。愛子はグッチの4万円新作トートを手に、ボーイフレンドとベッタリで大ハシャギ」≪女性セブン9/19号≫<愛子さま「グッチ騒動」小6に4万円バッグの是非で再び問われる雅子妃殿下の「経済感覚」>「ご一行は愛子のお友達やその保護者、併せて15名ほど。朝11時前から閉園後の18時半まで滞在された。(※那須どうぶつ王国営業時間9時~17時)猛暑が戻ってきたような蒸し暑さでしたが、愛子は片手にグッチのバックを提げ広い園内を歩き回り、雅子もお疲れの様子は全くありませんでした。」≪週刊文春9/19≫【テファニー
2013年10月12日 【八大行啓】全国障害者スポーツ大会開会式より愛子運動会観戦を優先
2013年10月13日 全国障害者スポーツ大会の試合観戦はその「お疲れ」でドタキャン予告
全国障害者スポーツ大会バスケットボール・車椅子バスケットボール競技競観戦(東京体育館・渋谷区)に【ドタ出】「当初は皇太子さま単独での観戦予定で、『開会式の疲れが回復すれば両殿下での参加となる』と説明していた」≪日刊スポーツ10/13≫
10月12日 第13回全国障害者スポーツ大会「スポーツ祭東京2013」(味の素スタジアム・調布市)開会式は愛子の学習院初等科運動会と同日開催で10/4「全国障害者スポーツ大会開会式に雅子は欠席、愛子の運動会観戦」と発表≪朝日新聞10/4≫10/9<公務より愛子さま運動会で「皇太子夫妻」に「天皇陛下」無言の叱責>≪週刊新潮10/17号≫報道により、10/11「雅子は体調が良ければ『できれば出席したい』との意向」と開会式前日に10年ぶりに【ドタ出】発表≪毎日新聞10/11≫開会式終了後(中央道を封鎖し)東宮御所にいったん戻り、午後2時から貴賓席で運動会を観戦 「午前中の公務を終えた皇太子夫妻も駆けつけ、演技終了後、雅子は目をうるませていた」≪日テレニュース10/12≫
<東宮家ご担当公務に天皇陛下 秋篠宮がお出まし ご家族優先をあきらめた「雅子妃」の涙>「雅子欠席発表の同じ頃、両陛下が極めて異例の障スポ観戦発表。更に秋篠宮ご夫妻の観戦発表が追い打ちをかけ前日になって『出席する見通し』と会見。今年の雅子は“ドタ出”と“ドタキャン”を繰り返し国民の眼はますます厳しい。外堀を埋められた雅子は、泣く泣く運動会のフル出席を諦め、障スポ出席を決められたのでしょう。」≪週刊新潮10/24号≫
2013年12月9日 皇太子妃殿下のお誕生日(50歳)に際しての東宮職医師団の「お疲れ」見解
妃殿下には,懸命に努力を重ねられ,ゆっくりとではありますが,着実に快復してこられました。妃殿下には,まだご療養中であり,行事が続いた場合にはお疲れもおありになりますが,その中で,ご体調を調えられながら公的なご活動に当たっておられます。【医師団見解
2014年8月1日 【八大行啓】開会式を愛子中学進学の私的な伊勢参拝の「お疲れ」でドタキャン
平成26年度全国高等学校総合体育大会「煌めく青春南関東総体2014」総合開会式(東京都・味の素スタジアム)ご臨席及び演技ご覧≪朝日・皇室7days7/28徳仁のみ≫「体調がよければ雅子さまも同行するとみられる」≪毎日7/29、とくダネ7/29≫7/29ドタ出発表→8/1ドタキャン「宮内庁は雅子さまの出席も検討したが、「(7月29日の)伊勢神宮参拝のお疲れから回復されていない」として医師と相談の上欠席を決め、直前に発表した。」≪朝日8/1≫「雅子さまの出席も検討されたが、体調を考慮して欠席となった。宮内庁によると、7月末の伊勢神宮(三重県伊勢市)参拝の疲労が残っているため、同行を見合わせた。」≪毎日8/1≫「雅子さまの12年ぶりの出席も検討されていたが、今週前半の伊勢神宮参拝後の疲れから体調が整わず欠席となった。」≪NNN8/2→「お疲れ」で八大行啓開会式欠席の2日後、8/3の観戦(20分のみ)は愛子を同伴しドタ出する【選り好み】※この観戦は愛子の「公務デビュー」として「宮内庁関係者によると、今回の競技観戦は1カ月以上前から水面下で準備が進められたそうです。」≪朝日新聞2014年8月6日と計画的行動だったと報道
2014年11月6日 秋の園遊会は9日前のオランダ国王夫妻来日晩餐会の「お疲れ」で欠席
秋の園遊会(赤坂御苑・和装)11年22回連続欠席雅子過去出欠一覧≪NHK8/25、朝日・皇室7days11/4予定なし≫「今回、雅子はギリギリまで園遊会に出席する意欲をお持ちだった。負担が大きく晩餐会の疲れと愛知訪問を考えいつも通り欠席」≪女性セブン11/27号≫※10月29日オランダ国王夫妻 国賓歓迎行事、 国賓宮中晩餐会の「本席」のみ11年振りに出席・途中退席し「後席」は欠席≪ANN10/29≫【選り好み
◆11年振り晩餐会出席の疲れで園遊会欠席のはずが園遊会11月6日前後の11月4日文化勲章受章者及び文化功労者等茶会(宮殿)と11月7日ご接見(コスモス国際賞受賞者)(東宮御所)は元気にドタ出
◆園遊会をお疲れで欠席のわずか3日後、名古屋で開催された国連関連の国際会議に初めて臨席
11月9〜10日 【愛知県】持続可能な開発のための教育(ESD)に関するユネスコ世界会議(名古屋国際会議場)開会全体会合≪週刊女性3/11号朝日・皇室7days11/4徳仁のみ≫→【7日夜・雅子ドタ出発表】「ただ、体調に配慮して、初日は名古屋入りするだけで、雅子さまは2日目の全体会合にのみ出席されるということです。」≪TBS11/7≫9日滞在ホテルでモロッコのハスナ王女やユネスコ事務局長とだけ非公式に面会→宮内庁日程に記載なしの「私的」な【押しかけ】その後同日の日本政府主催歓迎レセプションは欠席し、ウェスティン名古屋キャッスルホテル・インペリアルスイート一泊297,000円でホテル静養  
2014年12月9日 皇太子妃殿下のお誕生日(51歳)に際して東宮職医師団も「お疲れ」コピペ見解
妃殿下には,このように懸命に努力を重ねられ,ゆっくりとではありますが,着実に快復してこられています。同時に,妃殿下には,まだご療養中であり,行事が続いた場合にはお疲れもおありになりますが,その中で,ご体調を調えられながら公的なご活動に当たっておられます。【医師団見解
皇太子妃雅子さま病状 東宮職医師団発表がほぼコピペで波紋>女性セブン2014年12月25日・2015年1月1日号「しかし、ご体調に関する記述は、2013年の文書に少し文言を加えただけで、ほとんど同じなのである。なんと“引き続き”という言葉の場所を変え、“支援”を“支え”に変えただけの“コピペ”したような文章なのだ。」≪NEWSポストセブン12/17
2015年3月28日 スキー静養帰宅翌日でもデンマーク皇太子夫妻と夕食会なら「パワーの溜めで疲れ知らず」【レイシスト】※3月23日~27日まで長野県奥志賀で妹・礼子一家と春スキー静養
デンマーク皇太子夫妻を招いてご夕餐(東宮御所) 「雅子妃は「夕食会」に最後までご出席するため、ぎりぎりまで体調を整えられていたという。「夕食会」はお茶会よりも長い時間になることから、お身体への負担が懸念されたが、ご出席できることになった。だが王太子夫妻を正式に玄関までお出迎えすることまではできなかった。雅子妃は部屋でご挨拶をなさって、夕食を4時間近くともに過ごされたのだった。翌日も寝込まれるほどのお疲れが出ることはなかったという。」≪週刊女性6/23号、週女PRIME6/10 友納尚子署名記事≫「デンマークのフレデリック皇太子夫妻を招待されて、四時間近くを共に過ごされた。(中略)『まだ客人を正式に東宮御所の玄関先までお出迎えになることは、パワーを使い切ってしまうため難しく、ご歓談の途中から参加されるようです(東宮関係者)』(中略)このパワーの溜めがあったからこそ、前述したデンマーク皇太子夫妻を『夕食会』に招かれて、最後に玄関先まで見送ることができたのだった。」≪週刊文春4/23号 友納尚子署名記事≫
2015年7月3~6日 トンガ戴冠式ついでの南国リゾートホテル貸切静養なら「疲れ知らず」
トンガ名物子豚の丸焼き効果?で予定にない面会にドタ出するほど元気はつらつ【レイシスト
◆日本時間未明に現地到着の10時間のフライトも「疲れた様子もなく」と各紙一斉報道。
長期療養中の雅子さまは10時間近いフライトにも疲れた様子を見せず、皇太子さまとにこやかにタラップを下り、伝統の衣装で出迎えたトンガのウルカララ皇太子らと握手を交わした。」≪共同7/3≫「長期療養を続ける雅子さまの外国訪問は2年ぶり。羽田空港を出発して約10時間に及ぶフライトとなったが、ご夫妻は疲れた様子もなく笑顔でタラップを下りられ、出迎えたトンガの皇太子と握手を交わされた。雅子さまは体調や負担を考慮し宿舎のホテルで休養される。」≪毎日7/3≫「すごしやすい気候の中、10時間に及ぶ長旅にも疲れを見せず、出迎えたトンガの皇太子と笑顔であいさつを交わした。」≪朝日7/3≫「皇太子妃雅子さまは地元の女児から花束を渡され、腰をかがめて受け取られた。日の丸を振って歓迎する在留邦人にも笑顔で応えられた。長時間のフライトにも疲れた様子はなく、空港内でウルカララ皇太子らと懇談した後、王室が用意したリムジンで宿泊先のホテルに向かわれた。雅子さまは4日に行われる戴冠式に向けて体調を整えるため、ホテルで静かに過ごされる。」≪産経7/3≫「トンガ国王の戴冠式に出席する皇太子ご夫妻は、現地時間3日午前9時半前、日本時間の午前5時半前にトンガの国際空港に到着されました。およそ10時間のフライトでしたが、疲れを見せずに、にこやかにタラップを降り、トンガの皇太子や首相らと挨拶を交わされました。」≪JNN7/3≫<皇太子ご夫妻、トンガに到着…疲れた表情なく>「ご夫妻は約10時間のフライトと機内泊にもかかわらず、疲れた表情も見せずにトゥポウトア・ウルカララ皇太子と握手。その後、皇太子さまは、同国に派遣されている青年海外協力隊員らと面会。療養中の雅子さまは、負担や体調を考慮し、出席されなかった。」≪読売7/3
◆7月5日 雅子は終日ホテルで静養アンジェリカ王女主催の昼食会は欠席【選り好み】【同日シリーズ
<皇太子さま、王女主催昼食会に=雅子さまはホテルで静養―トンガ>「雅子さまは予定通りホテルで過ごした。」≪時事7/5≫<昼食会は皇太子さまお一人で、雅子さまホテルで休養>≪ANN7/5≫「雅子さまは、5日は終日、ホテルで過ごされる見通しです。(05日11:06)」≪JNN7/5≫「夜はホテルに国王の姉からトンガ料理が届けられ、雅子さまは初めて名物の「子豚の丸焼き」を食べられたという。」≪NNN7/5≫
<雅子さま、広がる活動 月に2度の地方公務、12年ぶり>「雅子さまは2003年10月に山形県と愛知県を訪問したのを最後に、この年の12月から長期療養に入っている。こうしたなか、「妃殿下の自信につながったようだ」と周囲が挙げるのが、今年7月のトンガ訪問だ。国王戴冠式など二つの行事に臨んだうえ、その翌日には、疲労を考慮して見合わせる予定だった在留邦人との面会にも参加した。緊張する相手に笑顔で語りかけ、会話を盛り上げた。≪朝日10/31ドタ出】【選り好み
2015年12月9日 皇太子妃殿下のお誕生日(52歳)に際して東宮職医師団「お疲れ」再コピペ見解妃殿下には,このように,少しずつご活動の幅を広げられながら,着実に快復してこられています。同時に,妃殿下には,まだご療養中であり,行事が続いた場合にはお疲れが出ることもおありになります。
◆3年連続「お疲れ」ほぼコピペ参考医師団見解
2013年「妃殿下には,まだご療養中であり,行事が続いた場合にはお疲れもおありになります
2014年「妃殿下には,まだご療養中であり,行事が続いた場合にはお疲れもおありになります
2015年「妃殿下には,まだご療養中であり,行事が続いた場合にはお疲れが出ることもおありになります
2015年12月 ここ数年、2月はお正月の「お疲れ」が出てしまうので予定は入れなかった報道
「ここ数年は、お正月の行事の一部にお出まし(※1/1ティアラロケと皇族新年祝賀(5分)、1/2一般参賀お手振りのみ)の後、お疲れがでてしまうので、2月のご予定はあまり入れていなかったのですが、来年は入っています。東宮御所内でのご接見などですが(東宮職関係者)」≪週刊女性12/22号、週女PRIME12/9≫【選り好み】【小和田家おせち事件

(2016年2月25日現在)


愛子の主なお疲れ報道一覧編集

2007年10月15日 「藤城清治 光と影展」(銀座教文館)お忍び鑑賞を「お疲れ」欠席
ヤフーブログ「藤代清治 銀座 雅子さま」≫≪女性自身11/6・13号≫ 教文館内の児童書コーナーにも立ち寄ったらしき目撃情報あり≪mixi「銀座 児童書専門店 雅子さま」≫☆愛子と一緒の予定だったが「運動会(10/13)でお疲れが出たのか」雅子一人で鑑賞とのこと。同日シリーズ
2014年6月1日 不登校再発「お疲れ」で2015年2月まで9ヶ月間遅刻と欠席を継続
<雅子さまと愛子さま「登校拒否」再発と「23時の食卓>【不登校】【ごみ事件
登校拒否の始まった十七日の夜、雅子と愛子は二人で夕食を召し上がった。時間は二十三時だった。
“昼夜逆転”生活を送られる雅子さまのリズムを心配されて、愛子さまが合わされたのだと思います(東宮職関係者)」桂宮さまの「斂葬の儀」が行われた六月十七日。その日、愛子さま(12)は学校を欠席。中等科に進学以降初めての欠席だった。これについて小町大夫は定例会見(6/20)で、「詳しくはうかがっていないが、新しい環境でお疲れが出たのではないかと思う」との見解を示しただけだが、東宮職関係者は不安を隠さない。「実はこの日を境に、愛子さまのご欠席・遅刻が始まったのです。この翌日、翌々日も、愛子さまは学校に遅刻され、お昼過ぎに登校された。実はここ一週間ほど、ご生活が不規則になっていて、お風邪ではないようですが、就寝時間も遅いようなんです。初等科二年生の終わりからは、雅子さまのお付き添いがないと登校できない“登校拒否”状態が約二年も続いた愛子さまですが、またここから四年前のあの状態が始まってしまうのではないかと、職員はみなご心配申し上げております」≪週刊文春7/3号
小町東宮大夫定例会見(6/27)「愛子さまは17日に中等科を休まれましたが、これについて大夫は「これまでと全く異なる新しい環境で御通学になっており、その中でお疲れがお出になったこともあったが、お元気に通学なさってます」と説明」≪朝日新聞記者・中田絢子ツイッター6/27≫「愛子さまは6月17日には、「新しい環境のお疲れ」(東宮大夫の定例会見)が原因でご欠席。」≪週刊女性7/15号
「本誌が確認しているだけでも六月中旬から僅か三週間で、遅刻が四回、欠席が二回――。『宮内庁記者会は、中学入学後の愛子さまの登校風景を取材できるように東宮職に掛け合ってきました。ところが、小町大夫は『新しい環境にお慣れになっていない』と拒み続けていたのです。今回の報道でその理由がようやく分かりました。もはや新しい環境の中で疲れが出た、という理由では説明がつかない』(宮内庁担当記者)今回の東宮職の対応には、身内である宮内庁職員からも『なぜ曖昧な表現をするのか』という不満の声が上がっているという。」≪週刊文春7/24号
※10月になって『サッカー・ワールドカップ観戦(日本対ギリシャ戦・朝7時〜)が遅刻原因?』報道あり
小町恭士東宮大夫は記者会見で『新しい環境でお疲れが出たのでは』などと釈明。サッカー・ワールドカップで日本対ギリシャ戦があった6月20日には、午後2時過ぎに登校されるところを本誌は目撃している」≪週刊女性10/14号
2014年11月13日 欠席(理由はお疲れ?)≪週刊女性12/2号≫【不登校
2014年11月14日 遅刻 11時30分頃登校(理由はお疲れ?)≪週刊女性12/2号≫【不登校
2014年11月25日 遅刻 11時30分頃登校(理由はお疲れ?)≪週刊女性12/16号≫【不登校
「誕生日の前週も愛子さまは2日遅刻をされている。連休明けとなった11月25日火曜日は午前11時30分頃にご登校。」≪女性セブン12/18号、NEWSポストセブン12/6※前日24日(月・祝日)は東宮御所で愛子13歳誕生日撮影会に元気に参加産経新聞12/1
2014年11月26日 遅刻 午後2時30分頃登校(理由はお疲れ?) 午後5時頃下校【不登校】「水曜日の5.6時限目に家庭科があるため、14時30分では6時限目からになる。家庭科は5時限目にいろいろな説明や準備をするため、愛子はついていけているのだろうか?(学習院関係者)」≪週刊女性12/16号≫
2014年11月の小町大夫記者会見にて、愛子の欠席と遅刻の理由を問われると「お疲れのため」と述べましたが、具体的な理由を問われると最後まで言葉をにごしたままでした。(宮内庁担当記者)」≪週刊女性12/16号≫
2014年12月1日 愛子13歳誕生日も「お疲れ」欠席、報道でもお疲れで学校欠席と連呼
「宮内庁によりますと、(中略)疲れなどのため、学校を休んだり遅れて登校したりすることもありましたが、頑張って通学され、初等科からの友達に加え、新しい友達も増えたということです。」≪NHK12/1
「ただ、風邪などの病気や疲れで学校を休まれたこともあったという。」≪産経新聞12/1
◆実は、誕生日当日も学校を欠席しており、笑顔でマスコミの前にお手振りしながら登場NNN12/1≫「笑顔で手を降られた愛子さまのお姿からは、“体調不調”や“風邪”といった印象は受けませんでした。一体、どうして学校を休まれたのか、首を傾げざるを得ません(皇室記者)」≪女性セブン2013年12/18号 、NEWSポストセブン12/6≫「やりたいことや興味のあることはやるが、試験など嫌な事はしない。病気になってからの雅子さまのよう」≪女性自身2014年1/13号≫
※欠席前日の11月30日は初等科文化祭でお楽しみ「気の合うお友達との私的な約束であればちゃんと起きられるんだなと感じました。久し振りの母校でのひと時を楽しまれ、そのお疲れが出たことで、翌日はお休みされてしまったのだろうか・・・・。」≪女性セブン12/18号 ≫【翌日シリーズ
「朝起きられない」と愛子さまは告白 雅子さま、51歳誕生日と愛子さま「母子シンクロ」の深きお悩み>「愛子さまはお誕生日の夜、二十二時から、家族水入らずで「御祝い御膳」を召し上がった食後には十三本のろうそくを立てハッピーバースデーのプレートを載せたケーキを召し上がったという。「二十二時のお祝い御膳なんて・・・・本当に異例のことです。本来は十八時半から供されるものなのです(別の千代田関係者)」≪週刊文春12/18号
2016年2月中旬 倦怠感で学校を一週間欠席病弱】【不登校
熱は無いが食欲不振や倦怠感といった症状で大事をとって一週間学校を休む。最近は夜型の雅子に合わせて徳仁雅子愛子で22時頃赤坂御用地を散策。皇太子は「快方に向かっています」と関係者に明かしているという」≪週刊文春3/3号≫※欠席中と思われる2月14日、元気に徳仁56歳誕生日の撮影会に参加同日シリーズ
※2月1~5日は学習院女子中・高等科の入試休み≪学習院女子中・高等科 入試案内
愛子は2月1日はお台場で目撃談、2月4日は東京ディズニーシーにてお楽しみ豪遊TDR
<<夢の国>で弾ける笑顔の愛子さま-滞在中ずっと生き生きとした表情/ミニーのカチューシャも!愛子さま「ディズニーシー」ご満喫ミニーマウスのカチューシャをして満面の笑み!の愛子と、レイジングスピリッツに乗り込み手を振るモノクログラビアあり≪週刊文春2/18号
※入試休み中のお台場やディズニー遊興の「お疲れ」が出て学校を一週間欠席か?【不登校

(2016年2月25日現在)


参考:両陛下の主な「お疲れ」報道編集

2014年11月15日
両陛下、紀伊水害の被災者を激励…奈良県訪問
ttp://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20141115-OYT1T50096.html
天皇、皇后両陛下は15日、奈良県を訪問し、2011年9月の紀伊水害の被災者を励まされた。
同県明日香村の県立万葉文化館で行われた懇談会には、被災者9人が参加し、両陛下に災害時の様子などを語った。
天皇陛下は「大変でしたね」「お心を痛めておられるでしょう」などと話しかけられた。
皇后さまは、現在は復興住宅で暮らす十津川村の市原光留みつるさん(63)を
「疲れがたまっているのでケアしてくださいね。お元気で」と気遣われたという。

懇談は予定の時間を超えて行われ、陛下は最後に、「本当に厳しい時を過ごされてきたことと深くお察ししています。経験を生かして地域の安全を高められるように願っております」と励まされた。
11年9月の紀伊水害では、台風12号の影響による記録的豪雨で、和歌山、三重、奈良県などで土砂崩れや川の氾濫が起き、死者・行方不明者は全国で計約100人に上った。奈良県の死者・行方不明者は24人。
2015年09月25日
両陛下、紀伊水害の被災者と懇談
ttp://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20150925-OYT1T50093.html
天皇、皇后両陛下は25日、和歌山県に入り、2011年の紀伊水害で甚大な被害を受けた田辺市で、被災者6人と懇談された。
自宅に土石流が流れ込み、当時高校生だった2人の息子と88歳の母を失った同市の打越貴美男さん(52)が、「母と息子が……」と言って声を詰まらせると、天皇陛下は「さみしいこととお察ししています」と静かに語りかけられた。
皇后さまは、妻と長女を亡くしながらも災害対策に当たった寺本真一・那智勝浦町長に対し、
「力を尽くされ、さぞお疲れだったでしょう」とねぎらわれた。

紀伊水害では和歌山、三重、奈良の3県で88人の死者、行方不明者が出た。両陛下は発生直後から被災者に心を寄せ続け、早期の訪問を希望されていた。奈良県の被災者とは昨年11月、同県を訪問した際に懇談されている。
2015年10月1日
両陛下、豪雨被害の茨城・常総市を訪問
ttps://www.youtube.com/watch?v=Rp4Vnzk4Y_I
ttp://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2602564.html
先月、茨城県常総市は、関東・東北豪雨で大きな被害を受けました。天皇・皇后両陛下が現場を訪れ、今も避難所で生活を送る人々を見舞われました。1日午後、両陛下は常総市を訪れ、鬼怒川の堤防が決壊し、甚大な被害が出た三坂町地区を視察されました。現在も道路が寸断され、大量のがれきなどが散らばったままとなっているこの地区では、71歳の男性が犠牲になっていて、両陛下は雨が強まる中、傘を閉じて深々と黙礼されました。その後、現在もおよそ180人が避難生活を送る施設で被災者と懇談されました。
 「自衛隊の人、それはボートでですか」(陛下)
 「ヘリコプターです」(被災した男性)
 「ヘリコプター大丈夫でしたか」(陛下)
 「ちょっと怖かったです」(被災した男性)
 「そうですよね」(陛下)
両陛下は、被災当初の様子や避難所での生活ぶりについてたずね、
皇后さまは「お疲れがたまっているでしょうから気をつけてね」といたわられました。

陛下は懇談の最後に「これから復興に向け進んでいかれるように祈っています」と被災者を励まされました。
「本当に優しい言葉をかけてくださって、これから頑張らなくちゃと思いました」(被災した人)
また、救助活動に尽力した陸上自衛隊や警察官らと懇談した両陛下は、その労をねぎらわれました。
両陛下は帰り際には、雨の中待ち続けていた被災者らに歩み寄り、「お大事にね」などと、声をかけてまわられる場面もありました。両陛下は今回の大きな被害に心を痛め、なるべく早く被災地を訪問したいとのお気持ちを示されていたということです。(01日17:20)

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