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お医者様

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東宮夫妻が公式会見などで医師を指して用いる言い方。皇族、取り分け生まれながらの皇族である徳仁が、庶民である医師について言及するのに「お~~様」の尊敬表現を用いるのは奇妙であり、このような場合「担当医」「医師」と言うべきであろう。
「お医者様」という表現を用いるのは世間一般では女性が多く、これらの記者質問への回答原稿を執筆するに当たって主導権を握っていたのは東宮家の誰だったのか、非常に興味深く思われる。

関連語彙:【東宮職医師団】、【医師団見解】、【大野裕

東宮夫妻による「お医者様」使用例編集

平成12年(2000年)12月8日雅子37歳誕生日記者会見編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h12hn.html
問2 昨年末には残念な出来事がありました。これまでのお気持ちをお聞かせください。
皇太子妃殿下
 国民の皆さんの期待もある中で,昨年の暮れの結果は私も残念に思っております。そしてまた同時に,非常に早い段階から報道が過熱してしまったということについて,正直申しまして戸惑いを覚えたことも事実でございます。その間,皇太子殿下には常に深い思いやりをもって私を包み支えてくださいました。また,両陛下にもこれまでずっといつも変わらず温かく支えお励ましいただきましたことを心より感謝申し上げております。お陰様でお医者様方に大変良くしていただきまして順調に快復することができましたことを深く感謝しております。そしてまた,国民の皆様からも大勢お便りを頂きましたり,温かい励ましを頂きましたことも忘れられない事でございます。どれほど多くの方々の善意に支えられて自分があるのかということを身にしみて感じました。国民の皆さんの温かいお気持ちにこの場をお借りして深くお礼を申し上げたいと思います。

平成16年(2004年)5月10日徳仁デンマーク・ポルトガル・スペイン訪問前の記者会見(いわゆる「人格否定」発言)編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/gaikoku/gaikoku-h16az-europe.html
 今回の外国訪問については,私も雅子も是非二人で各国を訪問できればと考えておりましたけれども,雅子の健康の回復が十分ではなく,お医者様とも相談して,私が単独で行くこととなりました。

平成17年(2005年)2月21日徳仁45歳誕生日記者会見編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h17az.html
 雅子の病気については,国民の皆さんにもご心配を頂き,また,お励ましを頂いていることに心から感謝をしております。また,天皇皇后両陛下にも,お心を寄せていただいていることを有り難く思っております。雅子の様子については,病状は回復傾向にあって,前向きの気持ちが出てきているように見受けられます。また,私的な外出を少しずつ重ねることなど,心身のエネルギーを高めていこうと積極的に努力しています。乗馬やスキーでの静養なども良い影響を及ぼしていると思えます。
 しかし,体調には依然として波がありますし,1年以上ほとんど外出していなかったこともあって,体調が回復するまでにはまだ時間が必要であるとお医者様は認識しているようです。昨年は雅子の祖母の江頭寿々子も他界し,幼少のころからの思い出もいろいろあり,力を落とした時期もありました。
 公務の復帰に関しては,体調を見ながらお医者様とも十分に相談して,徐々に活動の範囲を広げていきたいと考えております。公務の内容に関しては,今は特に決まった方向性を決められる状況にはなく,これも体調を勘案しながら決定していくことになると思います。なお,お医者様は,雅子はどうしても無理をして頑張ろうとし過ぎるところがありますので,「できるだけゆっくりと公務に復帰していただきたい」と考えているようです。
 周囲の環境に関しては,東宮職内のコミュニケーションを今まで以上に密にしたり,日常の生活の中でできるだけ公私の区別をつけるようにしたりするなど,様々な工夫をし,改善しつつあると認識しています。また,宮内記者会を始め,関係の方々のご協力もあって,私的な外出がこれまで以上に自由にできるようになっていることも,良い方向に働いていると思います。お医者様方の努力にも感謝したいと思います。多くの方々のこうしたご協力に関しては,雅子も有り難く思っています。ただ,こうした環境は,短期間で大きく変えられるものではないので,これからも関係の方々の協力を得ながらゆっくりと時間をかけてさらに良い形に変えていければ良いと思っております。


 また,雅子には,既にお話しましたように,回復傾向にありますが,お医者様からも,「徐々に公務を再開できるのではないかと思うが,当面は控え気味に」と言われています。少し公務を始めてはいますが,疲れやすさが残るなどの状態が続いており,当面体調の回復を最優先する必要がありますので,その都度判断し,負担の少ないものから少しずつ始めていくことが望ましいと考えております。
(当会見における「お医者様」使用回数は全部で5回

平成17年(2005年)12月9日雅子42歳誕生日に際しての感想(要旨)編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/gokanso-h17hn.html
 私自身も,お医者様をはじめ,まわりの方々からのお力添えをいただきながら,少しずつ公務に復帰していけますよう,心身の快復に努めていきたいと存じます。

平成18年(2006年)2月21日徳仁46歳誕生日記者会見編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h18az.html
 雅子もお医者様の治療方針に従って,努力していますし,私もこれからも支えていくつもりです。雅子は皇族としての自身の役割と皇室の将来を真剣に考え,これまでも努力してきましたし,現在もそのように考えて行動しており,私もそれに支えられています。環境の改善を勧めた医師団の見解は,こうした私たちの努力を更に実現していくために有意義なものであると考えてのことと思っています。

平成18年(2006年)3月10日徳仁メキシコ訪問前の記者会見編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/gaikoku/gaikoku-h18az-mexico.html
 雅子は徐々にではありますけれども順調に回復してきており,確かに,最近では足慣らしの意味での公務も,幾つか行えるようになりました。ただ,まだ,外国訪問のような遠距離を移動し,長い期間にわたる公務を果たすまでには十分回復しておりません。今回のメキシコ国への私の単独での訪問は,お医者様とのご相談の上で決めたことです。


 雅子の体調については,先日の誕生日の記者会見の折にもお話しましたように,お医者様の治療方針に従って,回復のために努力をしており,最近では,お医者様から勧められている私的な外出や運動の機会も増えて,また少しずつ公務を行うなど,順調に回復してきております。また,雅子は,愛子の幼稚園の入園を前に,様々な準備に気を配っていますが,愛子が1年間「こどもの城」に通うことなどを通して,成長してきていることを大変喜び,有り難く思っています。
 お医者様から指摘されている環境面での課題については,東宮職を始め関係者がいろいろと努力し,また協力をしてきてくれていることを大変有り難く思っていますし,今後も更なる理解と協力をお願いできればと思っています。
(当会見における「お医者様」使用回数は全部で4回

平成19年(2007年)2月21日徳仁47歳誕生日記者会見編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h19az.html
 雅子も体調を見ながらできるだけの努力をしており,それに伴い,少しずつ活動の幅が広がり,徐々に快方に向かっておりますが,お医者様が,個々の活動の後に疲れが残ることがあると指摘されているように,活動をどのくらいまとめて行うことができるかその時々で判断せざるをえない状況です。今後大切なことはお医者様のご指導の下,公務であるかどうかを問わずに更に活動の幅を広げていき,そして,個々の活動に自信を深めていくことであると考えます。活動に自信が持てるようになれば,公的な性格のある活動を行う幅もおのずと広がっていくものと思います。


 オランダ訪問については,かねてよりオランダのベアトリックス女王陛下からの有り難いご招待を頂いていたことや,幼稚園の夏休みの期間がオランダ側にとっても都合が良かったこと,両陛下より,温かいご理解を頂いていたこと,さらには,オランダに行くことが雅子の">治療上も意味あることというお医者様の意見があったことなどが重なって実現に至りました。オランダ行きは,私たちにとって,オランダ王室の方々と交流でき,また,有意義な体験でした。また,雅子の治療にとっても有益であったと思いますし,愛子にとっても様々な新しい経験をすることができ,良かったと思っています。なお,このような形での外国訪問の計画は,今のところ考えておりません。
(当会見における「お医者様」使用回数は全部で3回

平成19年(2007年)7月6日徳仁モンゴル訪問前の記者会見編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/gaikoku/gaikoku-h19az-mongolia.html
 今回,モンゴル政府からご招待を頂いたことを雅子は有り難く思っており,お伺いできないことを,本人はもとより,私も残念に思っております。今回の訪問においては,滞在期間も長く,連続してこなす必要のある行事が結構多くあり,お医者様の判断も難しいのではないかということでしたので,総合的に判断して,私一人で伺うことになりました。


 雅子の容態についてのお医者様の判断は,昨年12月の雅子の誕生日に際して発表された[[[東宮職医師団]]の見解のとおり,引き続き治療が必要である状態と聞いております。本人も体調を見ながらよく頑張っており,最近では,長野県において,久しぶりに式典を含め,また,宿泊を伴う公的性格のある活動を行うことができましたし,東宮御所での行事への出席など,目に見える形で活動の輪が広がっていることを実感します。
 徐々に回復に向かっておりますが,まだ回復の途上であり,お医者様の判断では,事前の準備も含めて,外国訪問が可能になるまでにはまだ時間が必要と伺っております。雅子も皆様の期待は有り難く思っておりますが,そのような状況ですので,長い目で見守っていただきたくお願いいたします。なお,質問にありました「適応障害」については,6か月以内に治るのは,医学的には急性の場合とお医者様から伺っております。


 今もお話ししましたように,雅子の公的な活動自体についても少しずつ活動の幅が広がっているということは私にも目に見えて感じられるところですけれども,さっきもお話ししましたように長期にわたって,そしてまた,こなさなければならない行事が続くような場合ですと,総合的に判断して,今回の同行は難しいのではないかという,これはお医者様の意見ですけれども,私もお医者様とご相談して,最終的にそのような判断に至りました。今回は残念ですけれども同行は見送った次第です。
(当会見における「お医者様」使用回数は全部で6回

平成19年(2007年)12月9日雅子44歳誕生日に際しての感想編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/gokanso-h19hn.html
 これまで,国民の皆様より,ご心配をいただき,温かい気持ちをお寄せいただいてきておりますことに,改めて感謝申し上げたいと存じます。まだ,十分に復帰できないことを心苦しく思いますが,この一年も,お医者様のご指導の下で快復に努め,少しずつ活動の幅を広げることができるようになりましたことをありがたく思っております。

平成20年(2008年)2月21日徳仁48歳誕生日記者会見編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h20az.html
 健康に関するご質問に対してですけれども, 昨年は十二指腸ポリープの手術で入院しました。お陰様で今は全快しており,今までどおりに公務をこなしております。短い入院期間ではありましたが,お医者様や看護に携わる方々の献身的な治療には,本当に頭が下がる思いがしました。また,内視鏡を使用しての最先端の医療に触れる機会にもなりました。


 雅子の現在の状況は,昨年の誕生日に際して,本人の感想と東宮職医師団の見解に述べられていますように,少しずつではありますけれども快方に向かっていますが,なお治療を必要としております。雅子は,依然として体調に波がある中,自分でもいろいろと工夫をしながら,公私を問わず活動の幅を広げるよう努力してきており,公務についても少しずつではありますが,頻度が増えてきています。以前に比べ,公務の後の疲れからの回復も早くなってきているようには思いますが,頑張り過ぎて疲れることなどもありますので,お医者様からは内容を慎重に考えながら活動の幅を広げていくよう指導を受けております。公務については,回復に伴って少しずつ積み重ねていくことにより,徐々に復帰していくことになると思います。現状では,公私を問わず,心の触れ合いを大切にしながら,負担の少ないところから活動の幅を広げることが治療のために必要とのお医者様の見解をご理解いただき,引き続き長い目で見守っていただきたくお願い申し上げます。また,結婚10周年のときにも申しましたけれども,雅子は,いろいろな面で私の力になってくれていますし,私も,雅子を今後ともしっかりと支えていきたいと思っております。
(当会見における「お医者様」使用回数は全部で3回

平成20年(2008年)6月11日徳仁ブラジル訪問前の記者会見編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/gaikoku/gaikoku-h20az-brazil.html
 今回,ブラジル国政府からご招待頂いたことを雅子もとても有り難く思っています。お伺いできないことを本人はもとより,私も残念に思っています。今回の訪問においては,訪問国が遠隔の地であることに加えて,各地で執り行われる移住100周年記念行事への出席という訪問の目的のために訪問期間が長く,また連続して出席する必要のある式典・交流行事が予定されているので,お医者様ともご相談の上,総合的に判断して,私一人で訪問することにいたしました。また,現地での準備の都合などを考え,早い段階で決定しました。私たち夫妻での訪問をと願っておられた,現地のブラジルの方々,そして日系人の方々のご期待にそえないことは忍びないものがありますが,ご理解いただきたく思います。
 スペインについても,検討に時間的な余裕がありましたが,同様に総合的に判断して難しいということになりました。今後の外国訪問についても,ケース・バイ・ケースでお医者様と相談しつつ判断することになろうかと思います。基本的には,前からお話ししているように外国訪問は我が国と諸外国との友好親善を増進する上でも良い機会であり,今後とも大切にしていきたいと考えております。


(記者からの関連質問:ケース・バイ・ケースでお医者様と相談されて判断するというのはどのようなことを想定しているのか?)
 お話のように,ブラジルは非常に遠隔地にありますし,それから連続して出席する行事,式典や交流行事がいろいろありますので,いろいろなことを考えて今回は難しいというふうに判断したわけです。これは,いろいろな条件が考えられると思いますけれども,今の雅子の体調にもうまく耐えられるのではないかと思われるような,そういうものが将来出てきた場合には,その場合として考えていければというような意味です。いずれにしましても,そのような訪問が雅子の回復の上でも役立つものであればということを強く考えております。
(当会見における「お医者様」使用回数は全部で2回

「外国訪問」が「雅子の回復の上でも役立つものであることを強く考えている」=希望しており、ブラジル訪問は「雅子の体調に耐えられない(でも他の国ならいいよ!)」ということを公式記者会見で口走るという、とんでもない事態になっている。


平成20年(2008年)12月9日雅子45歳誕生日に際しての感想編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/gokanso-h20hn.html
 秋には,運動会など愛子の学校の行事もありましたが,公務も少しずつ幅を広げて行うことができるようになったように感じております。11月には,スペインの国王王妃両陛下を国賓としてお迎えしての歓迎行事に出席させて頂きました。このような式典に出席するのは久しぶりのことでしたが,天皇皇后両陛下よりお心遣いをいただきながらお陰様で無事に出席することができましたことを嬉しく,心よりありがたく思いました。また,他にもいくつかの異なった行事に出席できましたことも私にとり励みになるものでした。 まだ全てのことを十分にできるわけではありませんが,少しずつ色々なことができるようになってきたように感じられ,今後もお医者様のご指導の下で一つ一つ努力を重ねていきたいと思っております。このような中で,皇太子殿下には,いつも温かく私を励まし,勇気づけてくださり,辛抱強く傍でお支えくださっていることに心より感謝申し上げます。

平成21年(2009年)2月5日徳仁ベトナム訪問前の記者会見編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/gaikoku/gaikoku-h21az-vietnam.html
 今回,ベトナム国からご招待を頂いたことを雅子も大変有り難く思っており,お伺いできないことを,本人はもとより,私も残念に思っております。外国訪問は,日本と諸外国との相互理解と友好親善を増進する上でも大切なものであると考えておりますが,同時に,雅子は,依然として病気治療中であり,外国訪問については,移動距離,訪問期間,訪問中の行事などの観点から,慎重な判断をする必要があります。今回の訪問についても,お医者様とも相談の上で総合的に判断して私一人で訪問することといたしました。お招きいただいたベトナム国の方々のご厚意におこたえできないことを申し訳なく思っておりますが,ご理解いただきたく思います。
 今後の外国訪問については,ケース・バイ・ケースでお医者様と相談しつつ判断することになろうかと思います。基本的には,前からお話ししているように外国訪問は我が国と諸外国との友好親善を増進する上でも良い機会であり,今後とも大切にしていきたいと考えております。いずれにしましても,雅子としては少しでも多くの公務ができるように頑張っておりますので,長い目で温かく見守ってくださるようお願いいたします。
(当会見における「お医者様」使用回数は全部で2回

・ベトナム訪問前公式記者会見ANNニュースより、パラリと乱れた前髪に弱弱しい口調で「(雅子を)長い目で見守って」「お医者様とも相談の上で」と訴える徳仁の姿に同情する人もいれば、「これはもうだめかもしれんね」と感想を持つ人も。なおテレ朝ですら「お医者様」は見苦しいと感じたのか、字幕スーパーはオリジナルと異なる「医者」を用いて報じている

・参考:第2日テレノーカット工房より:皇太子さま、ベトナム訪問を前に会見「長い目で温かく見守ってくださるよう、お願いいたします。」映像。都合の悪い質問に答えまいと、牛歩戦術ならぬ牛歩会見をしている態度に注目。


翌日2009/2/6には、東宮職(司会担当だった大森茂東宮侍従)が慣例に反して関連質問を受け付けず会見を打ち切ったため、宮内記者会が「国民の知る権利を尊重しないやり方」と文書で抗議、野村一成東宮大夫が「率直におわびいたします。今後、このようなことがないよう留意してまいります」と文書謝罪するという前代未聞の事件発生≪ttp://www.ji ji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009020600777 時事通信]、共同通信、女性セブン2/26号、週刊ポスト2/27号等≫


平成21年(2009年)2月20日徳仁49歳誕生日記者会見編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h21az.html
 しかしながら,(雅子は)体調が良いとどうしても頑張り過ぎる傾向があるため,お医者様からは,無理をして回復が逆行することのないよう慎重を期す必要があること,また,育児や東宮職内部の仕事とともに,ライフワークにつながるような活動を大切にしていくことが望ましく,これと公務とのバランスをよく考えていく必要があるとの意見を伺っております。
 したがいまして,公務復帰の見通しについては,現状では,焦ることなく,その時々の体調を勘案し,お医者様に相談しながら,これまでどおり個別に検討していくことになると思いますし,私自身,これからも雅子の回復の過程を支えていきたいと思っております。


 雅子にとって,一つの公務をする場合には周囲の期待もありますので,それに全力を傾けることになります。お医者様からはほかの活動もいろいろとしたらよいと言われていますが,その場合には,それらの活動を,言ってみれば,犠牲にすることにもなります。また,日数をかけて準備をすることになります。公務の後で疲れが残ることにもなります。したがって,新しく一つの公務ができたからということで,またすぐに次の公務を期待するというのは,本人を精神的に追い詰めることにもなるので避けてほしいとお医者様から伺っております。やはり,その時々の体調を勘案し,お医者様に相談しながら,これまでどおり個別に検討していくことになると思います。
(当会見における「お医者様」使用回数は全部で5回

平成21年(2009年)12月9日雅子45歳誕生日に際しての感想編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/gokanso-h21hn.html
 両陛下のお祝いの諸行事に,私も体調の許す範囲で出席させていただくことができましたことをとてもうれしく思っております。私自身につきましては,今年も引き続きお医者様のご指導の下で,心身の快復のために一つ一つ努力を重ねてまいりました。体調がまだ万全とは言えませんが,多くの方々のお力添えのお陰で,ここまで一歩一歩,歩みを進めて来ることができましたことを大変ありがたく思っております。両陛下に常に温かくお見守りいただいておりますこと,また,皇太子殿下には,日々温かく励まし,お力をお貸し下さっておりますことに深く感謝申し上げております。また,国民の皆様より温かいお気持ちをお寄せいただいていることが,私にとり,大きな支えとなっており,この機会に厚く御礼を申し上げます。今後とも,周囲の助けを得ながら快復に向けて努力を続けていきたいと思います。

平成22年(2010年)2月19日徳仁50歳誕生日記者会見編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h22az.html
 雅子の病状については,先日発表の東宮職医師団の見解に述べられているとおり,5年半前の治療開始のころに比べて,着実に快復に向かっており,温かく見守ってくださっている天皇皇后両陛下,そして多くの国民の皆様に感謝しております。また,私も間近で見ていて,雅子の一生懸命努力している様子や良くなってきている様子がよく分かります。しかし,そうは言っても,まだ治療を必要とする状況であることには変わりありませんので,私としては,お医者様の指摘を踏まえながら,更なる快復に向けて支えていくつもりです。

平成22年(2010年)3月3日徳仁ガーナ及びケニア訪問前の記者会見編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/gaikoku/gaikoku-h22az-ghanakenya.html
 今回,ガーナ,ケニア両国政府からご招待を頂いたことを雅子も大変有り難く思っており,お伺いできないことを,本人はもとより,私も残念に思っております。確かに,雅子はアフリカに関心があり,国連大学のアフリカ関係のシンポジウムなどに積極的に参加してきています。ただ,訪問となりますと,移動距離,訪問期間,訪問中の諸行事などを勘案する必要があり,お医者様とも相談した結果,私一人で訪問することとなりました。今後の雅子の外国訪問については,先日の私の誕生日に際しての記者会見でも述べましたとおり,東宮職医師団の見解を踏まえてどのような機会があり得るのか,周囲の人たちとも相談しながら,雅子と共に考えてみたいと思います。

平成23年(2011年)6月17日徳仁ドイツ訪問前の記者会見編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/gaikoku/gaikoku-h23az-germany.html
 こうした中,今回のドイツ訪問については,移動距離,訪問期間,訪問中の諸行事などを総合的に勘案し,お医者様とも相談した結果,私一人で訪問することとなりました。今回,ドイツ国政府からご招待を頂いたことを雅子も大変有り難く思っており,お伺いできないことを,私はもとより,雅子も残念に思っております。


 被災地への訪問については,先ほどもお話ししましたように,雅子も被災地で大変な思いをしておられる方々に対して,格別な思いを持っておりまして,被災地の訪問については,できる限りやっていきたいというふうな気持ちを持っております。被災地の訪問については,現地での受入れの状態なども考える必要がありますので,そのような意味でも,現地の県なりといろいろ協議をしながら,訪問に適当な時を選んで,考えております。それから,外国訪問ですね。これは,先ほどお話ししましたように,公式訪問となりますと,移動する距離ですとか,それから現地でのいろいろな諸行事への出席,その他いろいろな状況を勘案する必要がありますので,いずれにしましても,その日程などを勘案し,そしてまた,これはお医者様の意見を伺うことが大切ですので,お医者様などと相談しながら,今後のことについては考えていきたいと思っています。
(当会見における「お医者様」使用回数は全部で3回

平成24年(2012年)12月9日雅子49歳誕生日に際しての感想編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/gokanso-h24hn.html
 私自身につきましては,療養が長くなり,ご心配をおかけしていることと思いますが,国民の皆様より引き続き温かいお気持ちを寄せて頂いていることに,この機会に心からお礼を申し上げたいと思います。今後とも,お医者様をはじめ,まわりの方々からのお力添えを頂きながら,快復に向けての努力を続けていきたいと思います。そして,40代最後の年となるこれからの1年の日々を大切に過ごしていくことができればと思っております。これまで,天皇皇后両陛下にお心遣いを頂きながらお見守り頂いてきておりますこと,そして,皇太子殿下にいつも傍らでお支え頂いておりますことに心より感謝申し上げます。

平成25年(2013年)2月21日徳仁53歳誕生日記者会見、当会見では「佳子ちゃんや悠仁ちゃん」とちゃん付け発言も編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h25az.html
 お医者様から既にご報告があったとおり,雅子は一昨年後半から昨年にかけて,いろいろな疲れが出ておりましたが,最近はその疲れも少しずつ取れてきているように思います。先ほども申し上げましたが,先日も国立劇場で行われた宮城県石巻市の民俗芸能公演を一緒に鑑賞できたことを私もうれしく思いましたし,雅子自身も喜んでおりました。
 雅子は,確かに快方に向かっておりますが,更に療養が必要です。雅子には,健康の回復を最優先にし,お医者様からご助言いただいているように,体調を整えながら,焦らずに,少しずつ活動の幅を広げていってほしいと思います。引き続き皆様方にも,安心できる環境作りの面でご協力をお願いいたしますとともに,雅子の回復を長い目で温かく見守っていただければと思います。
(当会見における「お医者様」使用回数は全部で2回

ちなみに同日会見での愛子についての質問への回答で、「秋篠宮家とは,様々な機会にご一緒し,子どもたちで楽しく過ごすことがあります。愛子は,そうした機会などに,佳子ちゃんや悠仁ちゃんとご一緒し,楽しくお話をしているようです。」と徳仁が「ちゃん付け」発言。一般人の医師に「様」、身内とはいえ皇族を「ちゃん」呼ばわりと、公式記者会見でとんでもない常識外れをやらかしている。【徳仁の(゚Д゚)ハァ?な発言シリーズ


平成25年(2013年)6月30日徳仁山梨行啓(第28回国民文化祭・やまなし2013)知事臨時記者会見、徳仁より伝えられた妃殿下のお言葉編集

http://www.pref.yamanashi.jp/smartphone/chiji/kaiken/2506/30.html
「今回の山梨県への訪問には、できれば殿下とご一緒したいと思い、楽しみにしておりましたが、この数日体調がすぐれず、お医者様と相談の上、残念ながら失礼することになりました。せっかくの機会をいただきましたのに、皆様のお気持ちにお応えすることができず、大変心苦しくまた残念に思っております。また改めまして山梨県を訪問できます日を楽しみにしたいと思います。そして、今回の国民文化祭・やまなし2013のご成功を心よりお祈りしております。」

平成26年(2014年)2月21日徳仁54歳誕生日記者会見編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h26az.html
 このように,雅子は,確かに快方に向かっておりますが,これですぐに活動の幅が広がるわけではないと思います。お医者様からもご助言を頂いているように,体調を整えながら,まずは,できることから少しずつ時間を掛けてやっていってほしいと考えております。国民の皆様より私たちに対して温かいお気持ちを寄せていただいておりますことに改めて心より感謝の気持ちをお伝えいたします。

平成26年(2014年)6月13日徳仁スイス訪問前の記者会見編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/gaikoku/gaikoku-h26az-switzerland.html
 今回のスイス訪問については,訪問中の諸行事やスイス国内の移動を含む日程を勘案し,また,お医者様とも相談した結果,私一人で訪問することとなりました。今回,スイス政府からご招待を頂いたことを雅子も大変有り難く思っており,お伺いできないことを,私はもとより,幼少の頃から何度かスイスを訪れたことのある雅子も残念に思っております。
 これまでも申し上げたとおり,雅子は,病気の治療を続ける中で,体調をその都度整えながら,可能な範囲で国内での行事への出席や訪問,また,海外訪問などを行ってきました。雅子は,少しずつ快方に向かっておりますが,すぐに活動の幅が広がるわけではなく,お医者様からもご助言を頂いているように,体調を整えながら,まずは,できることから少しずつ時間を掛けて行っていってほしいと考えております。
また,愛子は,この春から学習院女子中等科に進学いたしました。愛子は,元気に通学しておりますが,これまでと全く異なる新しい環境で通学しており,その環境に徐々に慣れつつあるところであります。こうした中で,雅子も,新しい中等科生活を始めた愛子をいろいろな面で支えており,その中で気を遣うことも多いので,お医者様からも,今は余り無理をしないようにとの助言を頂いております。
 したがって,現時点において,雅子,さらには愛子と一緒に海外訪問を行う見通しについてお答えすることは難しいと思います。
 両陛下には,雅子の体調をお気遣いいただき,そして,愛子の成長を温かくお見守りいただいていることに心より感謝を申し上げております。また,国民の皆様に温かく心を寄せていただいておりますことに心より感謝しております。
(当会見における「お医者様」使用回数は全部で3回

平成27年(2015年)2月21日徳仁55歳誕生日記者会見編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h27az.html
雅子は,治療を続ける中で,体調をその都度整えながら,公私にわたってできる限りの活動をするための努力を続けています。そうした中で,この1年を振り返ると,昨年7月に神宮参拝のため三重県を訪問し,11月に「持続可能な開発のための教育(ESD)に関するユネスコ世界会議」への出席のため愛知県を訪問しました。東京でも10月にオランダ国王王妃両陛下の国賓訪問に際する国賓行事出席や11月に皇居宮殿での文化勲章受章者等の茶会などの行事に出席しました。また,東宮御所内の仕事などでも,私をよく支えてくれる一方,愛子の成長にも心を配ってくれています。
このように,雅子は,確かに快方に向かっておりますが,これですぐに活動の幅が広がるわけではないと思います。お医者様からもご助言を頂いているように,体調を整えながら,引き続き,焦らず慎重に,少しずつ活動の幅を広げていってほしいと思っています。


中学卒業~高校入学した敬宮愛子ちゃん取材時受け答えにおける「先生方とお友達云々」について編集

接頭辞「お」を外したり「友人」という単語を選択できないと見受けられるのが愛子の現状である。とても「ご優秀」の誉れ高いお子様とは思われない、幼い言葉遣いである。
この愛子による「お友達」の使用に当たっては、皇室公式コメントで不適切な「お医者様」をしきりに使い続ける親の言語感覚が大きく影響していると目されている。

2017年3月22日、愛子学習院女子中等科卒業取材時の受け答え「先生方とお友達に恵まれて楽しい3年間を過ごすことができました」編集

http://mainichi.jp/articles/20170322/k00/00e/040/218000c
愛子さま
学習院女子中等科を卒業「楽しい3年間」
毎日新聞2017年3月22日 11時00分(最終更新 3月22日 11時03分)
学習院女子中等科の卒業式に向かわれる愛子さまと皇太子ご夫妻=AP
 皇太子ご夫妻の長女愛子さま(15)が22日、学習院女子中等科(東京都新宿区)を卒業された。卒業式が同校の体育館であり、皇太子ご夫妻も出席された。愛子さまは4月から学習院女子高等科に進学する。
 晴天に恵まれ、式前に皇太子ご夫妻と愛子さまは門の前で記念撮影。報道陣から「おめでとうございます」と声がかかると、愛子さまは「ありがとうございます」と笑顔で応じた。「3年間いかがでしたか」との問いかけには「先生方とお友達に恵まれて楽しい3年間を過ごすことができました」と話した。
 卒業に際し、宮内庁は愛子さまが同校の記念文集に寄せた作文を公開した。愛子さまは「世界の平和を願って」と題し、修学旅行の広島訪問を機に考えたことを「『平和』は、人任せにするのではなく、一人ひとりの思いや責任ある行動で築きあげていくもの」などと記した。核兵器のない世の中を願う思いもつづった。【山田奈緒】

http://www.news24.jp/articles/2017/03/22/07357069.html
愛子さま 学習院女子中等科をご卒業
2017年3月22日 11:51
 皇太子ご夫妻の長女・愛子さまが22日、学習院女子中等科を卒業された。
 記者「愛子さま、おめでとうございます」
 愛子さま「ありがとうございます」
 記者「3年間、いかがでしたか?」
 愛子さま「先生方とお友達に恵まれて、楽しい3年間を過ごすことができました
 愛子さまは、22日朝、学習院女子中等科の卒業式に臨まれた。先月より少しふっくらとした様子で、式では、「[[敬宮愛子ちゃん[|敬宮愛子]]」と呼ばれると起立されたという。
 また、卒業文集に寄せられた「世界の平和を願って」と題する作文も公開された。修学旅行で訪れた広島の原爆ドームでの体験をもとに、「唯一の被爆国に生まれた私たち日本人は、自分の目で見て感じたことを世界に広く発信していく必要があると思う」とつづられている。
 愛子さまは4月から学習院女子高等科に進む予定で、22日午後は天皇皇后両陛下に卒業を報告される。

2017年3月学習院女子中等科卒業文集「世界の平和を願って」では“友達が待っていてくれること”と記す愛子編集

世界の平和を願って 敬宮 愛子
 卒業をひかえた冬の朝、急ぎ足で学校の門をくぐり、ふと空を見上げた。雲一つない澄み渡った空がそこにあった。家族に見守られ、毎日学校で学べること、友達が待っていてくれること…なんて幸せなのだろう。なんて平和なのだろう。青い空を見て、そんなことを心の中でつぶやいた。このように私の意識が大きく変わったのは、中三の五月に修学旅行で広島を訪れてからである。
・・後略・・

以下は【作文】の項を参照。


2017年4月8日、愛子学習院女子高等科入学取材時の受け答え「先生方やお友達と一緒に、充実した高校生活を過ごすことができればと思っています」編集

http://mainichi.jp/articles/20170408/k00/00e/040/258000c
愛子さまが高校入学 「充実した生活を」
毎日新聞2017年4月8日 10時56分(最終更新 4月8日 11時44分)
学習院女子高等科の入学式に臨まれる愛子さまと皇太子ご夫妻=東京都新宿区の学習院戸山キャンパス前で2017年4月8日午前8時52分(代表撮影)
皇太子ご夫妻と共に、学習院女子高等科の入学式に向かわれる愛子さま=東京都新宿区の学習院戸山キャンパス前で2017年4月8日午前8時52分(代表撮影)
学習院女子高等科の入学式を前に報道陣からの質問に笑顔を見せる皇太子ご夫妻と愛子さま=東京都新宿区の学習院戸山キャンパス前で2017年4月8日午前8時53分(代表撮影)

学習院女子高等科 ご夫妻も会場で見守られる
 皇太子ご夫妻の長女愛子さまが8日、学習院女子高等科(東京都新宿区)の入学式に出席された。ご夫妻も会場で見守られた。
 満開の桜をぬらす雨が降る中、式の前には、ご一家そろって校門前で記念撮影。報道陣から「おめでとうございます」と声がかかると、愛子さまは「ありがとうございます」とほほ笑んで答えた。「高校生活をどのように送られますか」という問いかけには、「先生方やお友達と一緒に充実した高校生活を過ごすことができればと思っています」と話した。【山田奈緒】

http://www.news24.jp/articles/2017/04/08/07358485.html
愛子さま 学習院女子高等科の入学式で笑顔
2017年4月8日 12:08
 皇太子ご夫妻の長女、愛子さまが学習院女子高等科の入学式に出席された。
 記者「愛子さま、高校ご入学おめでとうございます」
 愛子さま「ありがとうございます」
 記者「これからの高校生活をどのように過ごされますか?」
 愛子さま「先生方やお友達と一緒に、充実した高校生活を過ごすことができればと思っています
 雨の中、皇太子ご夫妻と登校された愛子さまは、スカーフの色が紺から黒にかわったセーラー服姿で、春休み中のスキーの日焼け痕が残る元気な笑顔を見せられていた
 9日、天皇皇后両陛下に入学の報告をされる予定。


東宮夫妻が会見で「お医者様」を使っていない例編集

平成14年(2002年)4月2日愛子誕生後初めての東宮夫妻会見 「医師の先生方」編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h14-gotanjo.html
皇太子妃殿下
 懐妊中は子供の誕生を楽しみに思うと同時に,初めてのことでもありましたので,無事に出産できるまではと,いろいろと不安に思うこともありましたけれども,医師の先生方を始め,たくさんの周りの人々に支えられて,順調に10か月を過ごすことができ,そして,無事に子供が誕生したことを心から有り難く思っています。懐妊中は,未知のことの連続でございましたけれども,実際に子供が生まれてみますと,おなかにいたときこの子があの頃こんなふうに動いていたんだなとか,そういった一つ一つの過程がとても大切に,懐かしく,楽しく思い出されます。

平成15年(2003年)2月20日徳仁43歳誕生日記者会見 「医師」編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h15az.html
問2 天皇陛下が,昨年暮れがんの告知を受けられまして,国民に事実を公表された上で手術に臨まれまして,その間,殿下はおよそ1か月にわたりまして,国事行為の臨時代行をなされました。一連の陛下のご行動と「天皇の職務」につきまして,陛下の負担を減らすための「公務の分担」へのお考えも含めて,殿下の感想をお聞かせいただけますでしょうか。
皇太子殿下
 天皇陛下が手術を受けられ,無事に退院なさったことを大変有り難く,また,うれしく思っております。先日,御所でお会いしたときもとてもお元気そうで,お早いご快復ぶりに安堵(ど)しております。陛下にはご手術以降大変なこともいろいろおありだったと思いますが,快復に向けてのご努力は大変なものがあったのではないでしょうか。また,皇后陛下がお近くで献身的に陛下の看病に当たられたことも,どれほど陛下にとってお力添えとなったことかと思います。陛下には,ご病気の状態について医師から説明を受けられ,その内容を正しく国民に伝えようとなさったことに対して,これは本当に勇気のいることだったのではないかと心から敬意を表します。

平成24年(2012年)2月21日徳仁52歳誕生日記者会見 「医師の先生」編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h24az.html
<関連質問>
問1
 昨年12月の妃殿下のお誕生日に際しての東宮職医師団の見解なんですが,その中で週刊誌を中心とした報道に対して「専門家として憤りを覚えるものであり,この状況が改善されない限り順調なご快復は望めないと考えております。」という文言がありました。医師団の見解としては異例とも言える内容だと思ったんですけれども,問4の質問にあったように,国民の間からもいろいろな意見が出ました。この医師団の見解について,殿下はどのようにお感じになりましたでしょうか。
皇太子殿下
 これは医師の先生が思われたことを率直に述べられたことですし,また雅子にとってもそのようなことが治療の上でも障害になっているとの見解でもありましたので,それはそのように私も受け止めましたし,先ほどもお話ししましたように,まだ雅子も治療の段階でありますので,引き続き皆様には温かく見守っていただきたいというふうに私からもお願いしたいと思います。

平成25年(2013年)2月21日徳仁53歳誕生日記者会見 「先生方」「関係者」編集

問5
 天皇陛下の心臓手術から1年が経ちました。陛下は昨年の会見で「しばらくはこのままでいきたい。病気になったときには,皇太子と秋篠宮が代わりを務めてくれますから,何も心配はなく,心強く思っています」と述べられました。今年80歳になられる陛下の公務の在り方についてどのようにお考えですか。手術前後やご回復の過程で,陛下や皇后さまとはどのようなお話しをされましたか。陛下は「天皇の務めには国事行為のほかに,公的に関わることがふさわしい象徴的な行為という務めがある」とも述べられましたが,将来天皇となられるお立場から,殿下ご自身は公務をどのようなものとお考えですか。
皇太子殿下
 天皇陛下には,昨年2月のご手術の後,順調にご快復になられていることを大変うれしく思っております。ここには,天皇陛下のご快復への強いお気持ちと皇后陛下の献身的なご看護がおありになったことと思います。ご手術に当たり,陛下には,3月11日の東日本大震災1年の式典へのご出席を念頭に置かれてご手術の日取りをお考えになられましたが,式典にご出席になることがおできになり,ご安堵どされたと思います。また,先生方にはよくご準備をされておられたとのことで,陛下も安心して手術に臨まれ,関係者の尽力を深く多としておられ,私も感謝したいと思います。私も雅子もご手術のご成功と順調なご快復を心からお祈りしておりました。臨時代行を務めたことに対して陛下からは温かいおねぎらいのお言葉を頂きました。

天皇皇后両陛下・秋篠宮両殿下による発表文書や会見等における医師の表現の仕方編集

いずれも「お医者様」は全く使用されていない。疑われる向きは、実際に宮内庁HP等で確認されたい。

平成15年12月18日 天皇陛下のお誕生日に際しての記者会見内容編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h15e.html
天皇陛下 入院中は,手術を含め,北村教授始め関係者から手厚い医療と看護を受け,深く感謝しています。入院中皇后が毎日付き添ってくれ,紀宮もしばしば来てくれたことは,精神的にまた実際に入院生活の非常な支えと助けになりました。また入院中,多くの人々が皇居などを訪れ,記帳してくれましたが,心配してくれた気持ちがうれしく,記帳簿を見ることは大きな励ましになりました。
 手術の結果は,かなりの程度確実にがんは取り切ることができたと思う,ということで,公務に復帰したころは,PSAの値も下降しており,回復のために明るい気持ちで散歩に励んでいました。しかし,その後にPSAの値が微増してきました。今後のことは,皇室医務主管始め専門家の判断を仰ぐこととしています。

平成18年10月20日 皇后陛下のお誕生日に際しての宮内記者会質問に対する文書ご回答編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h18sk.html
皇后陛下 この度のオランダ訪問は,東宮東宮妃共にこれをよしと考え,さらに治療に当たる専門医の薦めがあって実現いたしました。東宮職,本庁の幹部も,皆この計画を真剣にとり進める意向で一致いたしましたので,陛下と私もこれを支持し,一家,わけても東宮妃が,この滞在を元気に過ごすことを念じ旅立ちを送りました。

平成18年12月20日 天皇陛下のお誕生日に際しての記者会見内容編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h18e.html
天皇陛下 十分にお答えができないといけないと思いますので,書いてきたものを読みながらお答えしたいと思います。
 懐妊の兆候があることは聞いていましたが,安心な状況というばかりの話ではなかったので,検査の結果順調に懐妊しているということを宮殿で侍従長から聞いた時には本当にうれしく感じました。その後,秋篠宮妃には,つわりや大出血の可能性のある前置胎盤の症状が生じましたが,それを乗り越え,無事悠仁を出産することができました。秋篠宮妃には喜びと共に心配や苦労の多い日々であったと思います。予定日より早い帝王切開での出産でしたが,初めて会った時には立派な新生児だと感じました。出産に携わった関係者の尽力に深く感謝しています。また,大勢の人々が悠仁の誕生を祝ってくれたことも心に残ることでした。悠仁の生まれたとき滞在していた北海道を始め,その後訪れた各地の道々で,多くの人々が笑顔でお祝いの言葉を述べてくれました。

天皇陛下 この度のオランダでの静養については,医師団がそれを評価しており,皇太子夫妻も喜んでいたので,良かったと思っています。皇太子一家を丁重におもてなしいただいたベアトリックス女王陛下並びにウィレム・アレクサンダー皇太子,同妃両殿下に対し,深く感謝しています。
 最近の愛子の様子については,皇太子妃の誕生日の夕食後,愛子が皇后と秋篠宮妃と相撲の双六すごろくで遊びましたが,とても楽しそうで生き生きとしていたことが印象に残っています。ただ残念なことは,愛子は幼稚園生活を始めたばかりで,風邪を引くことも多く,私どもと会う機会が少ないことです。いずれは会う機会も増えて,うち解けて話をするようになることを楽しみにしています。
 皇太子妃の健康の速やかな回復を念じていますが,身近に接している皇太子の話から良い方向に向かっていると聞き,喜んでいます。健康を第一に考えて生活していくことを願っています。

平成19年5月14日 天皇皇后両陛下の外国(スウェーデン,エストニア,ラトビア,リトアニア,英国)ご訪問前の記者会見内容編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gaikoku/gaikoku-h19-europe.html
皇后陛下  体の変調を公表することには,常にためらいを感じますが,理由を伏せて休むことで実際以上に悪いような憶測を呼ぶようではいけないと思い,この度も発表に同意いたしました。
 心配をおかけいたしましたが,良い経過をたどり,今は元気にしております。医師が発表いたしましたように,この度の病気は痛みや苦痛を伴うものではなく,休養と投薬により軽快するとのことで,3月末の9日間ほどを静養に充てさせていただきました。

平成20年12月23日 天皇陛下のお誕生日に際してのご感想編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokanso-h20e.html
1 しばらくの間は,日程を軽くするようにとの医師の勧めに沿って,今回は,記者会見を取りやめることになりました。私の健康について人々が心配してくれていることに感謝します。最近は,体調もひところに比べて,良くなってきているように感じています。
(中略)
4 昨今,私や家族の健康のことで,国民に心配をかけていることを心苦しく思います。私も,健康に問題がないとは言えませんが,医師の注意を守り,これからも国と国民のため,また,より良き皇室の姿を求めて務めていきたいと考えています。皇太子妃が病気の今,家族が皆で,支えていくのは当然のことです。私も,皇后も,将来重い立場に立つ皇太子,皇太子妃の健康を願いつつ,二人の力になっていきたいと願っています。

平成18年11月24日 文仁親王殿下のお誕生日に際しての記者会見内容編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/03/kaiken/kaiken-h18.html
妃殿下 (すこしお考えになり,質問に答えはじめられる)子どもが無事に誕生したとき,ほっといたしました。あわせて両陛下をはじめ,今年の春から出産まで励まし,支えてくださった多くの方々,医療関係者や家族に感謝の気持ちでいっぱいになりました。二人の娘たちのときの誕生を思い出しながら,家族に新たに一人を迎える喜びと,誕生した幼子へのいとしさと,命をはぐくむことの重さを再び感じました。


 前置胎盤であるとの診断を医師より受けたとき,出産の経験が2回ありながらも,前置胎盤をはじめ,妊娠,出産に伴う他のさまざまな医学的な心配事について,一般向けの医学書を読んで得た情報しか知らないことに気がつきました。前置胎盤は安静にしながら経過を見ていくことが大事であること,安静にしていても母子ともにリスクがあること,しかし,医学の進歩により以前に比べてはるかにリスクが低くなっていることなど,詳しい説明を宮様と一緒に伺い,それらのことをしっかりと心に留められるよう努めました。

平成22年10月20日 皇后陛下お誕生日に際しての宮内記者会質問に対する文書ご回答編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h22sk.html
 陛下や私の健康については,医務主管を始めとし,侍医たちが常に注意をし,また,専門性の高い分野のことについては,外部の専門家ともよく連絡を取り合ってくれていますので,この頃は,ささいなことも侍医に報告し,指示を受けるようにしています。

平成24年10月20日 皇后陛下お誕生日に際しての宮内記者会質問に対する文書ご回答編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h24sk.html
 2回にわたる御入院生活,とりわけ心臓の冠動脈バイパスの御手術の時は,不安でならず,只々お案じしつつお側での日々を過ごしておりましたが,全期間を通じ,東大,順天堂,二つの病院の医師方が,緊密な協力のもと全てを運んで下さいましたことは,有り難く,本当に心強いことでした。力を尽くして治療に当たって下さった医師や医療関係者に深く感謝すると共に,皇居や各地で陛下の御回復を祈って記帳して下さった方々を始め,心を寄せて下さった国内外の多くの方々に,心から御礼を申し上げます。


 陛下や私の,これからの健康管理については,これからも医師や周囲の人々の助けを得,陛下の御健康を尚一層,注意深くお見守りしつつ,しかし全般的にはこれまでとさほど変わりなく過ごしていくことになると思います。

平成24年11月22日 文仁親王殿下のお誕生日に際しての記者会見内容編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/03/kaiken/kaiken-h24.html
 今年の2月,天皇陛下が心臓の手術を受けられました。まずその手術が無事に終了したということを,私たちは大変うれしく思いましたが,その後胸水がたまるという問題が出てまいりました。陛下ご自身も非常に大変であられたと思いますけれども,皇后陛下もさぞ心配されたのではないかと思います。しかし気候が良くなり,その後回復されて,海外,英国にも行くことができたというのは,私たちにとりまして大変うれしいことでありました。今回の手術を迅速に決断されたというのは,やはり私は昨年の東日本大震災以降,日本が大変な状況にある中で,少しでも良い健康状態で務めを果たしていきたいというお気持ちがあったからではないかと推察しております。東京大学そして順天堂大学が協力して手術に当たっていただいたわけですけれども,今回の執刀をされた順天堂大学の天野教授を始め医師の方々に深く感謝をしております。

平成25年10月20日 皇后陛下お誕生日に際しての宮内記者会質問に対する文書ご回答編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h25sk.html
 加齢と共に,四肢に痛みや痺れが出るようになり,今年,数回にわたり公務への出席を欠きました。体調の不良を公にすることは,決して本意ではありませんが,欠席の理由を説明せねばならず,そのため大勢の方に心配をかけることとなり心苦しく思っています。健康管理については,医師の意見に従い,その時々に必要な検査を受けていますが,まだ投薬などの治療を継続して受ける段階のものはなく,これからもしばらくは,今までとあまり変わりなく過ごしていけるのではないでしょうか。

平成26年10月20日 皇后陛下お誕生日に際しての宮内記者会質問に対する文書ご回答編集

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h26sk.html
 歓び事も多くありましたが,今年も又,集中豪雨や火山の噴火等,多くの痛ましい出来事がありました。犠牲者の冥福を祈り,遺族の方々の深い悲しみと,未だ,行方の分からぬ犠牲者の身内の方々の心労をお察しいたします。又この同じ山で,限りない困難に立ち向かい,救援や捜索に当たられた各県の関係者始め自衛隊,消防,警察,医療関係者,捜索の結果を待つ遺族に終始寄り添われた保健師の方々に,感謝をこめ敬意を表します。

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